緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Bullet113

「段取りは頭に入ったかい?」

 

「オレは作戦でイレギュラーを除いて予定外のことをしたことはない」

 

「頼もしい返事じゃないか。さすがジャンヌの懐刀だね」

 

「ワトソン君、作戦前に気を緩めすぎだ」

 

「貴様は強張りすぎだ。その厳つい顔をやめてくれ。こっちまで息が詰まる」

 

「お前にどうこう言われる謂れはない」

 

 まとまりないなぁこの集団。

 キンジ捜索も光明が見え、眷属の動きに隙が出来たのをしっかりと確認したオレ達は、キンジ達の合流を待たず――そもそも見つかった報告も来ていないが――に好機を逃さないため電撃作戦を決行に移していた。

 すでに手回しをしてもらっているバチカンが眷属に流した情報はオレ達。ここではワトソンとカイザーを指すが、この2人が現在進行形でアムステルダムにいるという誤情報。

 一応の証拠としてリバティー・メイソンのメンバーが変装した2人の姿を写した映像もローレッタさんに持たせたので、今までの功績から信頼度は高いそれを眷属は信じるだろう。

 そしてその誤情報の裏で今まさにオレ達は竜の港の近くにまで水面着陸のできる飛行挺で来ていた。

 

「とにかく行くよ。向こうに探知されて救援でも飛ばされたら厄介だから、読んで字のごとく『何もさせずに制圧する』」

 

『了解』

 

 それでオレ達がこれから行うのは、飛行船でどこへと行って主戦力が留守中の竜の港を電撃戦で制圧し、のこのこと戻ってきたパトラ達も奇襲によって制圧してしまう、ちょっと変則的なトロイの木馬みたいな作戦。

 ここで重要なのはワトソンが言うように速度。制圧の前に救援を出されたらその次の奇襲に続かない。

 そのための打ち合わせはすでに何回もしたし、不測の事態にも3パターンほどで対応は考えたから現場で混乱することは極力少なくはできてるはず。

 いまいちまとまりのない4人ではあるが、やる時はやるのはわかってるからワトソンの作戦開始の合図で完全に切り替わると、飛行挺は洋上から離陸して十分な加速を得てから竜の港の滝へと突撃。

 勢いよく突っ込むと手前の潜水艦に突っ込むので、滝を抜ける直前に着水して水面でブレーキをかけて港へと入り込むと、潜入した時と代わり映えしていない中を進み帆船まで横付けすると、タイムラグもなく運転していたカイザーを除き帆船へと乗り移り「敵襲ー! 敵襲ー!」とドイツ語か何かで叫ぶ魔女連隊がゾロゾロと甲板に姿を現すのを黙ってみることもなく、ワトソンがまとめて捕らえるネットランチャーを何発か撃って一網打尽にする。

 

「行け。ここはボクとカイザーが押さえる」

 

 それでも魔術という手段がある魔女連隊は厄介なので油断ならないが、ここで足止めを食うのもいただけないのでワトソンが遅れて乗り移ってきたカイザーと一緒に甲板を押さえると言ってくれ、オレと羽鳥は返事もせずに甲板から帆船の中へと侵入し、リーダー格のイヴィリタとかいう長官を探す。

 

「君はイヴィリタを。私は通信機器を押さえてくる」

 

「機械音痴にはありがたい」

 

 中は大して入り組んだ構造ではなさそうだったので、早々に羽鳥が通信機器を探すために分かれ、オレはおそらく船内で1番大きな部屋。食堂のような長テーブルのある部屋にいち早く到達し、そこにいた臨戦態勢の金髪ロング美人の女性を見る。

 襟にある徽章(きしょう)からしてかなり高い位の女性なのでイヴィリタと見て良さそうなのだが、その横にいる黒豹が今にも襲ってきそうで困る。

 

「動物は苦手だ……」

 

「ブロッケン、あなたをご指名のようだから、やってしまいなさい!」

 

 黒豹とか人間が普通に勝てる動物じゃないので、そういった意味で苦手と言ったのだが、オレが動物嫌いとでも取られたのかけしかけられてしまい、どのみちそうなっただろうことはこの際に気にしちゃ負けなので、テーブルに乗って襲い掛かってきた黒豹の迎撃を黙ってする。

 横にあった椅子を取って足を向けまずは牽制し正面からの強襲を防ぐのと同時に上着を脱いで前足で椅子を器用に叩いて退けてきた黒豹の顔に被せて視界を奪う。

 そして上着を取られないように袖を結んでやれば、しばらくは悪戦苦闘してくれるだろう。

 動物が苦手なのは殺すのが嫌なのもあるので、上着と格闘を始めた黒豹はこれで放置し、拳銃を構えたイヴィリタへとすぐに駆けると、あまり容赦なく撃たれてしまって狙いも正確らしく死の回避が発動。

 額へと迫ったっぽい銃弾を躱して間合いを一気に詰めて格闘戦に切り替えられる前に拳銃を手刀で落として背負い投げ。

 床に仰向けで沈んだイヴィリタをすぐに反転させて腰に乗り、後ろ手に拘束すれば終了だ。

 

「あなた……猿飛京夜ね。戦闘力の評価は低かったのだけど……」

 

「実際そうでもない。ただ相手の土俵でまわしを取らないってだけの話だよ」

 

 オレの下敷きにされて忌々しげなことを言うイヴィリタに、そうした返しをしつつワイヤーで両手を縛って、ついでに両足も縛ってしまうと、まともに動けなくなったイヴィリタを肩に担いで甲板へと移動。

 上着と格闘していた黒豹も抜け出してはきたが、ご主人様の有り様にどうしたものかといった雰囲気を出して襲い掛かってくることもなく、上着も回収しつつ怖いので黒豹を先頭に甲板へと移動してもらう。

 ――ズズンっ。

 順調に思えた作戦だが、甲板に上がる前にその甲板から来たであろう重い衝撃で帆船全体が沈んだように揺れ、なんだか嫌な予感がしたのと同時に担いでいたイヴィリタが背中から話をしてくる。

 

「この拠点の制圧は見事なものだったけど、あなた達は大きなミスをしているわ」

 

「イレギュラーは慣れっこだ」

 

「そんなものじゃないのだけど、こればかりは実際に見た方が絶望できるわね。甲板に上がってその顔が恐怖で凍りつくのを期待してるわ」

 

 謎の揺れに確信めいた心当たりがあるのか、イヴィリタは捕まってる身でありながら偉そうに言うので、1度だけその尻を叩いて黙らせる。セクハラではない。

 しかしそう言われると誰でも気にはなる心理は道理。甲板に近づくにつれてオレの緊張感も高まり、何を悟ったのか前を歩いていた黒豹が甲板に出る前に完全に腰の引けた伏せで止まってしまったため、それを抜いて甲板へと出ると、そこには衝撃があった。

 

「マジかよ……」

 

 甲板へと出て視界に飛び込んできたのは、巨大な金棒を手に持った筋骨隆々の巨漢の女。

 しかしその体躯もさることながら、原始人スタイルなかなり簡易の衣服に頭部から生える2本の角を見れば、それが人間という種族ではないと嫌でも理解させられる。

 

「鬼……ハビとか言ってたあれと同種だな」

 

「あら、察しが良いようね」

 

 そこから察して、宣戦会議に姿を見せていたハビとかいう少女を思い出し、あれも眷属入りを宣言していたことも鑑みての言葉を漏らすと、担がれたイヴィリタも正解と言うように答えてくれる。

 だがオレがハビの名前を口にしたからか、対峙していたワトソンとカイザーを無視してこっちを見た鬼は、金棒を肩に担いでハスキーな声で話しかけてきた。

 

「覇美様を呼び捨てにするとはおこがましい。謝すれば今なら許そうぞ」

 

 その言葉でハビがあれよりも上の存在である事実はわかったのだが、とんでもないな。強さが全く見えない。

 いや、強い弱いとかそういう強弱が見えないではなく、純粋に『強さの底が見えない』のだ。

 今、あれから放たれた気迫というかプレッシャーというかが、戦意を根こそぎ奪うレベルで腰が抜けそうになったぞ。

 

「すまないが、敵に敬意を払うのは戦闘中にはあまりしたくない」

 

「なれば我が天誅をかざそう。その安き意地を後悔せよ」

 

「イヴィリタ、巻き込まれたい?」

 

「じょ、冗談はよしなさい! 下ろして!」

 

 それでも今は戦闘中。ここでオレが退けば甲板での戦闘に嫌な流れが出来る。

 見ればまだ魔女連隊も完全に制圧できてるわけでもないので、士気が及ぼす影響はバカにならないと踏んだが、死ぬかもしれない。

 オレの安いプライドによって鬼の標的は明確にオレへと移り、圧倒的な存在感で歩いて迫るのにオレは動けない。

 イヴィリタも命の危機にじたばたするが、そんなことを気にしてる余裕すらない。怖ぇ……

 

「残す言葉はあるか?」

 

「んー、じゃあ1つだけ」

 

「申せ」

 

「弱者はただ蹂躙されるだけじゃない。弱いからこそ『知恵を持つ』」

 

 目の前にまで来た鬼は、その金棒を片手で振りかぶって最後の言葉を促してくれ、それに甘えてそんなことを言ってやると、首をかしげた鬼の一瞬の気の緩みを見逃さずにその場でサッとしゃがむ。

 

「良い胆力だった」

 

 しゃがんだのと同時にオレの後ろ、出てきた甲板の下の空間からそんな声がしたかと思うと、オレの頭の上を何かが飛び去り目の前の鬼の振りかぶっていた右腕に命中。

 

「ん? 小蝿(こばえ)がついた……か……」

 

 威力はなかったそれだが、命中した途端に鬼はよろよろと意識を手放して仰向けに倒れてしまい、そのまま寝息を立て始めてしまう。

 

「誘導ご苦労」

 

「殺気をぶつけて知らせるなアホ」

 

 鬼に命中したのは超強力な麻酔で、こういった不測の事態。この場合、未知の強敵の出現にはこれを迷わずに使うことが決まっていて、事を収めて呑気に甲板に出てきた羽鳥が責任を負っていた。

 だからオレは甲板に出てから割とすぐに背中に突き刺す殺気をぶつけてきた羽鳥の存在に気付き、鬼を近くに誘導。

 鬼の視界からは後ろにいた羽鳥が完全に見えない位置取りで狙わせてやったわけだが、ブラド以来の大迫力で寿命が縮みそうだった。

 

「象でも倒せる威力だから半日くらい起きないと信じたいが、オーガとなるとわからないね。効いてくれたのは幸いだが」

 

「効いてくれなきゃオレが死んでた。ついでにイヴィリタも」

 

「ついでとか言わないで!」

 

 鬼が本当に寝ているかを確認しつつの羽鳥とのそんなやり取りは緊張感がないが、鬼が一時的とはいえ倒され、オレが捕まえたイヴィリタを見せられた魔女連隊はほぼ戦意を消失していて、とどめにワトソンが「君達の上官がどうなってもいいなら反撃してきたまえ」と口を開けば、もう戦う者はいなかった。

 その後、(えん)と言うらしい鬼を気休め程度に拘束しておき、救援も飛ばされていないことを確認した上で色々と準備をし、これから戻ってくるだろうパトラ達の襲撃を待つ。

 その間、竜の港の異変を悟られてはいけないので、魔女連隊は拘束せずに動かしておき、オレはイヴィリタと閻の監視を任されて帆船の食堂に戻されていた。

 イヴィリタも潔さはなかなかのもので、黒豹もイヴィリタの拘束が自分でどうにかできそうにないことがわかるのか襲ってくることもなく、オレの例の体質によってなつかれてしまった。

 

「不思議な男。私が命令してないとはいえ、ブロッケンがこうも簡単になつくなんて」

 

「敵意のない動物には本能的に好かれるらしいんだ。体質と思ってくれていい」

 

「動物に好かれる人間に悪い人はいないと言うけれど、あなたはどうかしら」

 

「面倒なことは避けたいよ。何事も犠牲とかそういうのが出るのは敵だろうと味方だろうと思うところはあるし、これもお前達を余計に傷つけないためにやれる最善だと信じてる」

 

「その結果で私達の立場が悪くなることには心遣いがいってなくてよ」

 

「それはそれだろ。生き死にの話をしてるつもりだったが」

 

「ふふっ、わかってるわ」

 

 ……なんだろう。不思議なやり取りだった。

 暇なのもあったのだろうが、穏やかな口調で話すイヴィリタはなんか普通にイイ人で、仲間という括りならきっとこんな顔が常なのかなと思う。

 悪だ正義だという定義が昔から曖昧にされる理由は、こうした見る側の立場によって変わるからだというのを改めて確認できたような、そんな気がしないでもない。

 この戦役だって、よくよく考えれば正義も悪もないわけで、こっちとしての大義名分で挙げるのであれば、アリアの奪われた殻金を取り戻すことくらいなもんだ。

 

「…………何で戦ってるんだか……」

 

「戦争に理由を求めるのはやめなさい。争いには様々な思惑がうごめいているのだから、何でなんて疑問は考えたらキリがない。特に最前線で戦うあなたみたいな人はね。それを思えばそっちのメーヤなんて救われてるわ」

 

「あれが救いとは思いたくない」

 

 それを考えたら思わず口に出てしまったが、優しさなのかなんなのかツッコミを入れてくれたイヴィリタにはちょっと感謝だ。

 意見が参考になったとは思わないが、それでも自分なりに考えて行動することに意味がないとは思わない。

 それができなきゃ武偵としてやっていけないと、大切な人達に言われたのだから。

 作戦自体は日のあるうちに制圧まではいったものの、パトラ達がいつ帰ってくるかはわからなかったため、しばらくは待ちぼうけを食らっていたオレ達。

 陽も完全に沈んで、外で監視をしていたカイザーから「今夜は満月のようだ」とかいう地味な報告がある中、通信機器での魔女達の監視をしていたワトソンから吉報があり、あと1時間ほどで到着する連絡が入ったらしい。

 丁度イヴィリタと黒豹の食事タイムで食べさせてあげていたため、もうすぐパトラ達が来ることを知らせてやってから、監視の係りを戻ってきたカイザーと交代しオレは奇襲作戦の切り込み役として羽鳥と一緒に帆船から潜水艦に潜り込む。

 パトラ達が到着した際には、潜水艦に招いてから竜の港に入る手はずとかなので、それで移動が完了しパトラ達が甲板に移動したら御用。

 まぁそんな上手くはいかないだろうが、そういった段取りで決まった以上は成功させるつもりでやる。

 

「んで、吉報の裏では悪いのもあるわけで……」

 

「こればかりは不幸でしかなかったが、災い転じて福と成す。我々の目的も達成できて一石二鳥だろう?」

 

 そしてパトラ達を乗せた飛行船が砂浜に到着し、ゾロゾロと河口に移動してきたところに潜水艦が出迎えに発進。

 それを確認しつつ艦内で隠れていたオレと羽鳥は、その帰ってきたパトラ達がどこに行ってたのかと、どんな成果を持ってきたかを知ったのでそれについてをタイムリーで話すが、羽鳥はポジティブだ。

 それもわからなくはないが、どうにもパトラ達が出ていった理由は、行方不明になっていた仲間の居場所をおおよそ割り出したため、その迎えとして行っていたようなのだが、その行方不明者のところに何故かキンジもいて、さらに同時刻にキンジの居場所を割り出したジャンヌとメーヤさん達が鉢合わせ。

 戦闘の末に魔剱が猛威を振るってメーヤさん他の超能力者を無力化し捕まってしまったらしいのだ。

 だから今、迎えに出たこの潜水艦に意気揚々と乗り込んできたパトラ達の中に拘束されたキンジとジャンヌや、意識の無さそうなメーヤさんなどが連れ込まれてきて、それらを乗せた潜水艦は再び竜の港へと入港し帆船に横付けする。

 それなりに長旅だったのと、キンジ達を捕まえたことにすっかり気の抜けていた一同は帆船へと乗り移るために甲板へと上がってキンジ達も連れ出されていき、いよいよ襲撃かと動きハッチから一気に出ようとしたら、そのタイミングで帆船の方から騒ぎが起きて潜水艦の甲板でどよめきが起きてしまう。

 

「行きたまえ。そして死んでこい」

 

「てっめ! クソがっ!」

 

 それに1度引っ込もうとしたら、下の羽鳥が器用に反転して両足で尻を蹴り上げてくれやがったため、勢いで甲板に出たオレはまぁ目立つ目立つ。

 おお、キンジとジャンヌと目が合った。

 

「あー、まぁ、そんなわけで第2ラウンドスタートっ!」

 

 帆船では依然として騒ぎがあったが、それよりもハッチから出てきたオレの言葉が竜の港に響いたような気がしないでもないそれにより、作戦開始。

 瞬時に単分子振動刀を抜いてキンジとジャンヌの拘束を破壊し、ノーマル状態っぽいキンジをジャンヌの胸に飛び込むように押してやってから、奪われていた武器類を羽鳥の牽制射撃を借りて隙を作り奪い返し、ジャンヌの胸に顔を埋めて尻まで鷲掴みしてHSSになったっぽいキンジとそれを押し退けていたジャンヌにベレッタとDE、デュランダルを投げ渡してやる。

 

「猿飛、あとで文句は言わせてもらうぞ」

 

「メルシー、京夜。魔剱なき今、ブータンジェでの借りは返させてもらうぞ!」

 

 一気に騒がしくなった場でそうしたやり取りをしてから、人数的にはほぼ五分になったのでそれぞれが相手を見定めてタイマンに持ち込もうと動く。

 ジャンヌは相性が良いパトラ。

 羽鳥が1番近くにいたカツェを。

 キンジは見慣れない金髪の女の子を助けてから、帆船の方で目覚めちゃったらしい閻が甲板に出てきたのを見てそちらの相手を買って出てくれる。

 そうなるとオレは凄く嫌なんだが、何故かいないという魔剱ではなく、傭兵、颱風のセーラの相手をすることになるわけで、そのセーラちゃんはどこかの学校の制服でも通用しそうな服にチェックのミニスカート。羽根飾りのついたつばの広い帽子を被った銀髪ロングのジト目の少女。

 明らかにオレよりも年下なその子はその手に弓を持ち背には矢筒を背負ってどんな原理なのか空中で何度かジャンプして帆船のマストの上に着地。

 

「颱風のセーラだけに風を味方にしてるってか」

 

 そんなことを予測して、セーラに明確に意識を向けると、向こうもオレに視線を向けてきたので、迎撃しにくい同じマストを選んで真下からセーラへと迫るが、そのセーラはオレへの警戒をしつつも、何故か帆船を港に固定していた壁とで繋がれたロープをその矢で射抜いて切断。

 オレがマストの頂上に辿り着いた時には、船首側のマストにロングジャンプしてしまい、全てのロープを切断された帆船は、川の流れによってゆっくりと河口へと動き始めた。

 下ではジャンヌや羽鳥、キンジの戦闘が始まるが、オレの相手のセーラは警戒こそしては来るが、向こうから先制しようとする気配は微妙なところ。

 

「射たないのか?」

 

「あなたを射る命令を受けていない。命令されていないことはやらない」

 

 なので向こうが傭兵ということも考えて無駄な戦闘は避けたいと会話による足止めを試みると、セーラはプロ意識が高いらしくオレが何かしない限りは攻撃してこないっぽい。

 

「ならそこで黙っててくれないか。オレも君がどこかに茶々を入れないなら、何かするつもりはない」

 

「…………命令にないことはしない」

 

「セーラは良い子だな」

 

 ――ビュンっ!

 なので一応こちらの意思を向こうに伝えたら、くどいとばかりに同じことを言うので、そうした返事をしたらいきなり射たれた。

 しかも死の回避が発動して額めがけて不思議な軌道で飛んできた矢を手で掴んじゃったし。

 

「子供扱いが気に障ったか。謝るよ」

 

「…………私の矢、何で止められる?」

 

「ん? んー、その質問の重要性について理解が及んでないけど、死ぬような攻撃はオレにはあんまり有効じゃないとだけ」

 

「…………変な男。名前は?」

 

「猿飛京夜。オレにも自己紹介してくれない?」

 

「……セーラ・フッド」

 

「フッド? 弓……ロビン・フッドの子孫とかだったり?」

 

 オレの曲芸みたいな矢の掴み取りに少々驚いた雰囲気のセーラがオレに興味を持ったのか、会話になったのでそのまま互いに自己紹介をし、セーラの名前を聞いて思い当たる偉人の名前を挙げると、それに首を縦に振ったセーラは、なんか可愛かった。いや、ジト目があまり印象良くないか。

 そんなセーラとの奇妙な遭遇を果たして、ゆっくりと動く帆船での戦いはクライマックスへと近づいていた。


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