Bullet12
アドシアードが終わってしばらく。
オレのところに1通のメールが届いていた。
送信元のアドレスは未登録で、誰からかを特定できる内容も書かれていなかったそのメールを、オレは読んでから無視しようとした。
内容は「今から第2女子寮の屋上に来い」というもの。
時間としては日も沈んだ夜中で、しかも男子禁制の女子寮。
普通ならまず行く気にはなれない。武偵高の女子寮なんて入ったら最後、蜂の巣にされる。
冗談抜きで、な。
そんな理由からオレは完全にシカトモードに入ったのだが、そのメール、どうやら改行でずいぶん下までスクロールできたらしい。
そしてその下に書かれていた内容を読んで、オレはシカトモードから一変。すぐに指定された女子寮の屋上へと足を運んだ。
――キョーやんの一番の悪友より――
割とダッシュで女子寮まで辿り着いたオレだったが、さすがに女子寮の真正面から堂々と入って屋上に行くわけにもいかない。
だからオレは壁伝いにワイヤーで登って屋上まで行くことにした。
だけど2、3階の高さなら躊躇わないが、それ以上はしんどいんだよなぁ。
などと思いながらも屋上へとさしかかったところで、その屋上から誰かの声が聞こえてきた。
「――理子!」
「あぁ……今夜はいい夜。オトコもいて、硝煙のニオイもする。理子、どっちも大好き」
この声、間違いないな。峰理子。そしてアリアか。
オレはメールの送り主が予想したその人物、理子だと確信しつつ、様子を伺うために物陰に隠れて身を潜める。って、キンジもいるのかよ。
「峰・理子・リュパン4世――今度こそ逮捕よ! ママの冤罪、償わせてやる!」
そう叫んでアリアは手に持つガバメントを屋上のフェンスに腰掛けた理子に向けた。
……ん? リュパン4世? 確かつい最近その名前をどこかで聞いた気が。
どこだったか……あ……魔剣……ジャンヌが口にしてたか。
確かアリアをさらいそこねたとかなんとか。あれ理子のことだったんだな。
へぇ……って! 理子がリュパン4世!? マジか……
「やれるもんならやってみな。
「言ったわね。
ん?
よくわからんが互いに祖国語の侮蔑か。仲悪いなオイ。そりゃそうか。つい最近正面衝突してんだから。
などと考えてるうちにフェンスから降りた理子がばっ! と屋上を駆けた。
「キンジ! アル=カタ戦でいくわ! 離れ際に援護しなさい!」
それに反応したアリアがキンジに叫びガバメントで発砲しながら理子に突っ込んでいき、理子は笑いながらそれを側転で躱し中央でアリアと交錯。
たんッ!
バッ! ババッ!
しばらくの間互いに1歩も引かないアル=カタ戦を繰り広げた両者。
早く打ち倒して身柄を押さえたいアリアと、戦いを楽しんでいる理子。
その両者の手持ちの弾が尽きて互いに距離を取った頃、オレはふと疑問に思った。
どうやって理子は
不知火の話ではアメリカに長期任務という名目で不在していた理子だが、その実、先の『武偵殺し』の犯人なわけだ。
つまりは『犯罪を犯した武偵』ってことになる。そんな奴が普通にここに戻ってこれるわけがない。
そしてハイジャック事件が4月に起きて、6月に入った今になって戻ってきたってことは、その間に『なんらかの策で問題を解決した』ということになる。
「あんたブサイクだから、いま気付いたんだけど……髪型、元に戻したのね」
「よく見ろオルメス。テールが少し短くなった。お前に切られたせいだ」
おっと、なんだか不毛なやりとりになる予感。
「あら。ごめんあそばせ」
「言ってろ、チビ」
「何よブス」
「チビチビ」
「ブスブスブス!」
「チビチビチビチビ」
「ブスブスブスブうっぷぇ!」
あ、アリアが噛んだ。
それからまた理子がアリアとの距離を詰めにいくが、その間にベレッタとバタフライナイフを手にしたキンジが割り込み2人を強引に止めた。
あの化け物2人の間に割り込めるのは『使えるキンジ』くらいだな。
「今は堪えてくれ、アリア。それに――愛らしい仔猫同士のケンカを鑑賞するのは、俺の趣味じゃない」
「……こ、こね、こね、ね……?」
「――理子。本気じゃない恋も、本気じゃない戦いも……味気ないモノだとは思わないかい?」
キザな台詞でアリアを黙らせたキンジは、続いて理子にそう質問すると、理子は寂しげな表情で1歩下がり言葉を返した。
「半分ハズレ。理子、キーくんには本気なんだもん。でも、半分アタリ。今の理子は万全じゃない。だから、アリアとは……まだ決着をつける時じゃないんだよ」
「そうかい」
む、なんか全部わかった風なキンジだな。
使えるキンジは頭も抜群に冴えるから仕方ないか。
「――アリア。理子と戦っちゃダメだ」
「キ……キンジ!? あ、あんた理子に何されたの!? ――どうして止めるのよっ!」
「アリアを犯罪者にしたくないからだよ」
「さすがキーくん! あったりー! 分かってくれちゃった!? 理子とキーくん、カラダだけじゃなくてココロも相性ぴったりだねー!」
……ダメだ。意味わからん。答えだけで内容のない会話はイライラするな。
アリアもオレと同じ思いらしい。
「……犯罪者……って、どういうことよっ」
「『司法取引』、だろう? 理子」
「あったりー! そうでぇーす! 理子はもう4月の事件についてはとっくに司法取引を済ませているんですよー、きゃはっ!」
なるほど、司法取引か。
アメリカでは割とメジャーな制度。
簡単に言うなら犯罪者が犯罪捜査に協力したりすることで罪を軽減、なかったことにする制度だな。
日本にも近年導入されたとか授業で聞いた記憶があるが、馴染みがないからやっぱりピンとはこなかったな。
「つまり理子を逮捕したら、不当逮捕になっちゃうのでーす!」
「ウソよ! そんな手にあたしが引っかかるとでも――」
「ウソかもしれないが、本当かもしれない。俺たちはここでそれを確かめられない」
確かに理子がウソをついてる可能性もあるが、司法取引が本当なら、今の理子に罪はない。
それがわからないほどアリアもバカではないが、やはり納得しかねてはいるようだった。
「でも、ママに『武偵殺し』の濡れ衣を着せた罪は別件よ! 理子! その罪は最高裁で証言しなさい!」
「いーよ」
「イヤというなら、力ずくでも……って……え?」
返答早っ!
アリアまだしゃべってたろ。
「証言してあげる」
「ほ……ほんと?」
おいアリア。そんな簡単に信じるのか?
相手はお前を殺そうとした奴だぞ。
「ママ……アリアも、ママが大好きなんだもんね。理子も、お母さまが大好きだから……だから分かるよ。ごめんねアリア。理子は……理子は……お母さま……ふぇ……えぅ……ふえぇえぇええぇえぇ……!」
すると突然泣き出す理子。
それにはアリアもどうしていいかわからなくなってしまう。
まぁ、オレはあの理子が人前で簡単に涙を見せるような奴とは毛ほども思ってないから、呆れ気味だな。
「ちょ、ちょっと。なに泣いてんのよっ。ほ、ほら……何よ。ちゃんと話しなさい」
そんな理子でもアリアは心配らしく、持っていた日本刀を納めて理子をなだめ始め……あ……理子の奴、今ニヤってしやがった。
「理子、理子……アリアとキーくんのせいで、イ・ウーを退学になっちゃったの。しかも負けたからって、『ブラド』に――理子の宝物を取られちゃったんだよぉー」
「……ブラド。『無限罪のブラド』……!? イ・ウーのナンバー2じゃない……!」
へぇー、そうなのか。
イ・ウーについては何も知らないに等しいから、アリアの反応に感情が追い付かないな。
「そーだよ。理子はブラドから宝物を取り返したいの。だからキーくん、アリア、理子を『たすけて』」
「……『たすけて』……って。何をしろっていうんだ」
キンジがもっともなことを聞くと、理子は涙を拭って笑顔を作り言葉を返した。
「キーくん、アリア、一緒に――『ドロボーやろうよ』!」
その言葉にキンジとアリアはえっ!? とでも言いそうな顔をしてしまうが、そんな2人に理子は「詳しい話はまた後日するからぁ」と言って返事を聞かずにささっと帰してしまった。
そしてこの屋上には今、理子とオレの2人だけに。
「ってことなんだけど、キョーやんわかったかな?」
そうやってどこに隠れているかわからないオレに対して確認をする理子。
「オレにもそのドロボーの片棒を担げってことか?」
オレは言いながら理子の前に姿を現しゆっくりと近づいていく。
「くふっ、真面目なキョーやんす・て・き」
「茶化すなよ理子。オレはお前に言いたいことは山ほどあるんだからな」
「きゃっはー! まさかキョーやん、理子りんに愛の告白ですか? いやーん、だいたーん!」
こいつはホントに変わらないなこのやろう。
「さっさと用件を言え。オレが泣き落としやごり押しで丸め込められるほどお人好しな性格じゃないのは知ってるだろ」
「うん、知ってるよー。知ってるからわざわざここに呼んだんだもん。アリア達に話をしてから2人っきりでお話するためにね」
言いながら理子は背負っていたランドセルを下ろして中から何かの資料を取り出しオレに手渡してきた。
「理子の宝物が隠されてる場所がここ。横浜郊外にある『紅鳴館』」
資料には写真付きの洋館の見取り図やらなにやらが書かれているようだが、ぶっちゃけ月明かりだけじゃほとんど読めないし見えない。
「ここね、ブラドの別荘のうちの1つなんだけど、中はマゾゲー並みのセキュリティーらしいんだー」
マゾゲーとか専門用語出されても困るが、まぁガチガチに固いセキュリティーなんだろうな。
「それでキョーやんには……」
……もういい。わかったよ理子。
「中のセキュリティー状況を調べて、あわよくば宝物とやらを取り返してほしいってことだろ」
「ピンポンピンポンピンポーン! キョーやん大正解ー! キョーやん大好きー!」
「お前の大好きは信用できん。それにオレはまだやるとは言ってない」
「キョーやんひどーい。理子の大好きはホントだよー。それに――」
いつもの調子で返してきた理子だったが、それから男喋りの時の声色に変わり、
「『
「ウソだな」
「ウソじゃないぞ、京夜。あたしは交渉材料でウソはつかない。京夜がこの依頼を引き受けて、最低でも洋館の内部を探れて戻ってきたなら、真田幸音についての情報を教えてやる――」
こいつが……理子が何で幸姉の情報を持ってるのかは知らないが、あの人はちょっと調べた程度で掴める情報を流したりしない。そういう人だ。
「どうする? 猿飛京夜」
なら、オレの答えは決まってる。
「……やるさ。そのかわり、報酬はきっちり払ってもらう」
「くふっ。さっすがキョーやん! キョーやんになら、報酬とは別にご褒美あげちゃう!」
オレの返事を聞いた理子は、怪しく笑ったあといつもの調子に戻ってそんなことを言い加えてきた。
ホントに読めない奴だよ、オレの悪友は……
それから理子はオレとのホットラインを確保したあと、さっさととんずらしてしまい、家に戻って資料に目を通しながら侵入経路などを探っていたオレの元に細かい依頼内容をメールで送ってきたのだった。
そして翌日。
作戦開始にはまだ準備が十分にできていなかったオレは、いつも通りに登校して、一般授業の時間にその作戦を詰める作業に集中していた。
「たっだいまぁー!」
そんなわけであっという間に一般授業が終わってしまって、未だ唸っていたオレの耳にそんな陽気な声が聞こえてきて、一気に集中力を削がれた。
声の主、理子はヒラヒラの改造制服で2年A組に入ってきて、それにクラスのバカ連中が沸き立つ。頭痛くなってきた。
その理子は教壇に上がってハイテンションなままくるりんぱっと1回転。
「みんなー、おっひさしぶりー! 理子りんが帰ってきたよー!」
「理子りん! 理子りん!」
……改めて思うぞ。バカばっかりだこのクラス。
理子りんコールしてる奴は間違いなくバカ筆頭だ。もうダメだ、集中できん。
「理子ちゃんおかえりー! あーこれなにー?」
「えへへー。シーズン感を取り入れてみましたー!」
近寄ってきた女子に背中の赤ランドセルを指されて、理子は見せ付けるようにそれをアピールする。
側面にはてるてる坊主がぶら下がっている。
ああ、そういやそろそろ梅雨のシーズンか。
「くふっ。キーくんもおいでよー!」
みんなにちやほやされる理子は、わなわな震えてるアリアと一緒にいるキンジを手招きするが、そのキンジはフンとソッポを向いていた。
そうなると次は……
「むぅ、じゃあキョーやん!」
「じゃあってなんだ」
「あれれー? キョーやんやきもち? きゃっはー! 理子りん照れちゃうー!」
しまった。関西の血が騒いだ。
しかもクラスの奴らの視線がイタい。
お前らも理子の冗談を真に受けるな、面倒臭い。
「敵が多そうだからパス。今まで通り悪友で頼む」
「奪い取るくらいの根性見せてよキョーやん」
「オレがそんな青春野郎に見えるか?」
「青春してるキョーやんとかキモいね」
「青春してる理子も負けず劣らずだがな」
それでお互いにクスリ。
2ヶ月ぶりの悪友との変わらないやりとりでわずかに笑みがこぼれてしまった。
放課後、すぐに帰宅したオレは、明日に依頼を遂行することを決めて早々に装備の準備を始めた。
明日は中間テストがあるから学校に行きたくない。ってのが本音かもな。
そうして準備をしていると、またも下の部屋から話し声が。
もうキンジの家は溜り場に成り果てたらしい。
ならオレも混ざってやるか。準備も急ぐ必要はないしな。
それでオレはウキウキで夕飯を作る小鳥に一言残してベランダから下の部屋に侵入。
何事もなかったかのようにアリアの隣の空いたソファーに腰を下ろした。
「猿飛!? なんでお前!?」
「京夜!?」
「ああいいから続けろ。どうせ理子についてだろ? オレもあいつに手玉に取られててな。愚痴の1つも言いたくなる」
そう話すオレに対してキンジとアリアは少し戸惑いを見せるが、オレの性格をわかってきた2人は気にかけながらも話を続けた。
「で、いいのかお前は。理子は俺たちに盗みの片棒担ぎをさせるつもりだぞ」
「よくないに決まってるでしょ。リュパン家の人間と組むなんて、ホームズ家始まって以来の不祥事になるわ。けど、今は状況が状況よ。理子がママの裁判で証言するって言うんだから……これも必要悪と割り切って、本当にやってもいいっと思ってる。それに、聖書にもあるでしょ。汝の敵を赦せ、って」
「盗みでもするのかお前ら?」
「「あっ」」
ぷっ。2人揃って間抜けな声出しやがって。
「冗談だよ。昨夜の理子との話は……」
「「だろうと思った(わ)よ」」
おお、息の合った2人だな。この2ヶ月で互いに理解してきたってところか。うらやましい。
「まぁ、柔軟なのは結構なことだけどな。泥棒はつまり窃盗罪だ。前科一犯、つくんだぞ。まぁ武偵なんて、その辺が身ぎれいなヤツの方が少数派だけどな……それも覚悟の上か?」
おっ、キンジ君。ついにスルースキルを会得したか。生意気な。
「ああ。そこ。そこは心配しなくていいのよ。これは犯罪にはなり得ないわ」
「……何でだよ?」
「イ・ウーが絡んでるからさ、キンジ。イ・ウーはどの国の国家機密でも最上位に位置するレベル。それが意味するところは理解できるだろ?」
「京夜、あんたイ・ウーのこと……」
「知らないさ。知らないながらも今までの事件を整理するとそのくらいでないと納得いかない部分が多い」
「……付け加えるなら、深く知れば存在が消されるわ。戸籍、住民登録、銀行口座、レンタルショップの会員情報に至るまで、その痕跡を全てね」
さらっと怖いこと付け加えたなアリア。キンジも引いてるぞ。
オレも消されたくないし、イ・ウーについては詮索やめるか。
「そんなことよりね、キンジ」
そんなことより!? そんなことで済む話だったか?
「あんたはどうするの。やるの?」
「あ……ああ」
「ふーん。なんで理子を手助けするのよ」
「それは……お前に関係ないだろ」
ん?
この感じはオレと似てるな。何か情報を取り引きに使われたか。
哀れキンジ。ついでにオレもな。
「……カワイイ子に泣きつかれたから、助けるってわけ?」
「なんだよそれ。それはどちらかと言えばお前だろ。泣いて済むなら武偵はいらない」
「じゃあ、なんでよ」
そこで少し黙ってしまうキンジ。そんなに知られたくない情報握られてるのか。
「キンジ? どうしたの」
「あ、いや……お前には関係ないことだ」
「――知ってるんだから。ふん。あんたが言わなくてもだいたい分かるわよ。理子はブリッ子だから、男子ウケいいもんね。むっ、むっ、胸もあるし」
おっと、なにやら夫婦喧嘩に発展しそうな流れだな。
巻き込まれる前においとまするか。
しかし見てて飽きない奴らだよホント。ネタに尽きないというかなんというか。
思いつつオレは興奮してきたアリアとそんなアリアを不思議に思うキンジの目を盗んでベランダへと出て上の階に戻っていった。
案の定それから下の部屋からはアリアの止むことのない叫び声が。
オレはそんなアリアの叫び声をBGMに、明日の準備を整えていったのだった。