緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Bullet100

 世界最強の式神使い、土御門陽陰との海上での戦闘。

 唯一の足場であるクルーザーを沈められて、幸姉の超能力で一時的に海面に浮くことができていたオレ達だったが、その頼みの綱である幸姉が度重なる超能力の使用と維持で限界が見え始めて、構えていた刀も緩んで目に見える呼吸の乱れまで出始めてしまう。

 陽陰は幸姉の超能力が長続きしないことを見越してクルーザーを沈め、十分に弱ったところで確実に仕留めるつもりだった。

 幸姉が被害を出さないためにこの海上に留まることも折り込み済みで。

 そんなことに幸姉が苦しそうにしてから気付いたオレは、相手が超能力の専門であることを失念していた。

 

「さらばだ、魔眼の魔女」

 

 そのタイミングを見計らって、幸姉の足下の海中にぬぅっと式神の影が上がってきて、その足に式神の手がかかり海中へと一気に引きずり込もうとする。

 

「はいドーン!」

 

 それを見て走り出したオレの耳に、緊張感の欠片もない幸姉のそんな声が響きマジでビックリして幸姉を見ると、足首を掴まれた幸姉はその足を超能力を上乗せした力で振り上げて海中から式神を引っ張り出すと、持っていた刀で掴んでいた手首を切りすかさずあさっての方向に振り飛ばす。

 それと同時に引っ張り出した式神が海中に戻れないように残りの言霊符を総動員して海面に敷き詰め足場を作ってしまい、幸姉と式神はその上に着地。

 しかしそれを最後に幸姉は片膝をついて崩れ、周りに焚いていたかがり火も消えてしまう。

 ――ざわぁぁ。

 それを見た時、オレの中で嫌な胸騒ぎが押し寄せてきて、その感覚は理子が趙煬に狙われた時に感じたそれに似て……いや、同質のもので、その感覚に何かを掴みかけていたオレは、それに従うようにその足を前へと最速で進める。

 自分が思うより少しだけ速く幸姉の敷いた足場に到達し、式神が自らその右腕を切り離して幸姉の近くに放ったのを確認するよりも、それをどう処理するか判断するよりも速くアンカーボールを投げてその腕に取り付けて巻き取りながら手元へ来たところでミズチを後ろへと投棄。

 すぐに訪れた後ろからの爆発と爆風も無視して懐の単分子振動刀を抜いて一閃。

 式神の胸を両断して、振り向き様にまだ効力のある単分子振動刀で切り返して腰の辺りに一閃。

さらに下から上へと正中線をなぞる軌道で式神をさらに両断。これで、4分割以上にはなっただろ。

 

「幸姉ッ!!」

 

「よくやったわ京夜!」

 

そして最後に自爆を控えた式神の上半身だった4つのパーツをオレが連続回し蹴りで横へと蹴り飛ばし、片膝をついていた幸姉が足払いで下半身だった2つのパーツを反対の方向へと蹴り飛ばす。

 

「……今回は俺の負けだが、次は貴様らが死ぬことになるだろうな」

 

 蹴り飛ばしたパーツの1つから、爆発の瞬間にそんな言葉が飛んできたが、それに耳を傾ける前に幸姉に近寄って抱き締めて爆発から守ると、今回一番大きな爆発がオレと幸姉を襲い、その熱が体まで届くが余波で起きた高波を被ってすぐに冷やされてしまった。

 爆発のあと、一応周囲を確認して何の気配もないことを確かめてから、胸の中で小さくなっていた幸姉を少し離して顔を見合うと、何故か互いに笑ってしまう。

 

「イイ男になったね。あの場面できっちり決めてくれたのは100点満点っ」

 

「あのやり方はマジで勘弁してくれ。心臓に悪すぎる……」

 

「だって、京夜ならちゃんと守ってくれるって信じてたから」

 

「……ったく」

 

 そうした恥じらいもなく褒めてくれる幸姉に調子を狂わされてしまったオレだったが、今はこの人を守り切れたことの喜びが大きくて素直に嬉しかった。

 それに、今ので掴みかけていたものを掴めた気がする。

 

「それで悪いんだけど京夜。そろそろマジで限界だから、とりあえず岸までダッシュして」

 

 そんな喜びも束の間で、次にオレに無理矢理お姫様だっこをさせてきた幸姉は、その状態で本当に限界が近かったのか、足場にしていた言霊符を燃やしてしまい、自分の足に装着していた皿と刀まで燃やしてしまい、残ったのはオレの足に装着された2つの皿だけ。

 

「はーやーくー。あと2分持たないかもぉ」

 

「嘘だろオイ! 岸まで500メートルはありそうなんですけど!?」

 

 もう嘘かどうかわからない駄々っ子になってしまった幸姉に、本当ならマジでヤバイから半ば強制的にお姫様だっこのまま海上を走らされたオレは、約500メートルをほぼ全力疾走して汗だくになりながら香港島の岸まで走り切って、そこでついに力尽きて大の字になって倒れてしまった。

 それからめっちゃご機嫌の幸姉はさっきまでの満身創痍など嘘のようにケロッとした感じでオレから離れて劉蘭と連絡を取り始めて、わずか数分で趙煬の運転する車が迎えにやって来た。や、痩せ我慢だよなあれ……

 さすがにもう休憩なしに動けそうになかったオレを、面倒臭そうに趙煬が乱暴に担いで車へと放り込み、先に乗っていた劉蘭と幸姉に抱き止められてそのままなんかダブル膝枕みたいな状態で後部座席に収まって車は乱暴に発進。

 なんでもジャックされたタンカーの方はまだ九龍に向けて進行中らしく、今ようやくカツェとパトラの撃退に成功したとのことで、オレが方法もわからない香港殲滅作戦を止めるべく動いているらしい。

 この車も今は予想衝突地点の九龍の岸の方へと向かっているみたいだ。

 

「原油の流出を促す炸薬の撤去が済んでくれれば私がタンカーを強引に止められるけど、間に合うかしらね……」

 

「皆様を信じましょう。あちらにはエネイブルもいらっしゃいます」

 

「まっ、金一の弟君ならって思えるところはさすがよね。あ、その前にエネルギー補給しとかなきゃ。京夜ぁ」

 

 とりあえず話のわかる幸姉と劉蘭が会話していたのだが、オレ蚊帳の外かなと思っていたら、いきなり幸姉がオレに甘い声を出して見下ろしてきて、それに嫌な予感がしつつもまともに動けないことをいいことにその顔を近づけてキスしてきやがった。エ、エネルギー補給……?

 

「はい、エネルギー補給完了っ。1回くらいなら強いの使えるかな」

 

「……前から気になってたけど……具体的にはメーヤさんに超能力者の仕組みについて聞いた時からだけど、幸姉の『魔眼使用後の補給体内物質』って何? あと劉蘭、羨ましそうに見ないでくれ……」

 

「えー、そんなの恥ずかしくて言えないよぉ。でも今夜はクリスマスだし特別だぞ。魔眼使用に消費されるのはエストロゲン。いわゆる女性ホルモンよ。それを補給するにはまぁ、キュンッてなるのが一番だからキスした次第であります。でも似た成分のイソフラボンとかでも量のほどは変わるけど補給できるから、別にキュンキュンする必要性は薄いけど、今は緊急事態だし、大豆製品とかも用意できないしね」

 

 あー、なるほど。

 だから幸姉は恋愛系の少女漫画をやたらと読んでて、魔眼の使った後はちょっとベタベタしてきてたのか。

 イソフラボンなら食に片寄りも出ない――大豆に含まれる成分だから醤油とかでも最悪良さそうだ――し気付くわけないよな……

 そうしたやり取りがありつつで九龍へと突入した車は、海上に見えているタンカーを横目に予想衝突地点の岸へと到着。

 岸には警察やら色んな人達が殺到していてうるさかったが、車から降りた幸姉と劉蘭の言葉で騒ぎが一瞬で収まると、香港警察からタンカーに乗り込んだ人達と連絡が取れる無線を拝借した幸姉は向こうの状況を聞き出して、どうやらもうタンカーを止める段階にまで進んでいることを確認すると、

 

「はい了解。ブレーキを掛けても慣性で岸にちょっとぶつかる? そんなことにはならないわよ。私を誰だと思ってるの。魔眼の魔女舐めんなよ」

 

 無線の向こうのココらしき声に自信満々でそう返して、目前まで迫ってきたタンカーを正面で迎える。

 当然他の人達は甚大にはならなそうだが衝撃と破壊に備えて退避をしていたが、幸姉はその最後の力を振り絞って魔眼を発動。

 あの巨大なタンカーの運動エネルギーを根こそぎ奪って、岸にぶつかるほんの少し手前で停止させることに成功。

 急な停止だったのでタンカーの方はバランスを崩すほど前のめりになっただろうが、これにて本当に一件落着だな。

 その後、タンカーからゾロゾロとキンジ達バスカービルメンバーやココ姉妹、猴に何故か武藤やらが降りてきて香港警察や藍幇構成員達から英雄扱いで迎え入れられて、それを遠目から見ていたオレと幸姉と劉蘭は、こちらに気付いたキンジ達に軽く会釈して合流。

 ワイワイと賑わう中でキンジとアリアがこれからディナーだとか話して、それを聞いた香港のお偉いさんが気を利かせてレストランを貸切りで無料にするとか言えば、まぁみんな行く流れになってしまい、アリアが香港の拠点にしていたICCビルの最上階にあるバーレストラン『OZONE』にゾロゾロと大所帯で移動してそこでどんちゃん騒ぎが開始されてしまった。

 キンジとアリアは2人きりでディナーにしたかったみたいで悪いとは思いつつも、オレ1人ではあの流れは止められなかったので仕方ない。

 とはいえ立て続けにキツい戦闘をしたせいでオレも限界1歩手前だったので、海水を被った幸姉と1度シャワーを浴びてから参加したどんちゃん騒ぎに本格参戦は避けて、武藤がらっぱ飲みしてた紹興酒を一升瓶で貰ってコップを2つ取り、武藤と同じ武偵チームのよしみで来ていたあややにミズチが爆散した報告と、新しいミズチの製作予約を取り付けて、事が済んでから合流した誠夜が色んな奴に弄られてるのをちょっと笑いつつスルーし静かなバルコニーに移動。

 そこで体育座りして星を見ていたレキと何を喋るわけでもなくゆっくりしていたら、諸葛のピアノ伴奏でココ達とダンスパフォーマンスをしていた理子がヒョコッと姿を現して目で「そっちに行ってもいいですか?」と訴えてきたので、元々そのつもりだったオレは横で黙ってたレキに1度席を外してもらって、無言でバルコニーから中へと入っていったレキと入れ替わりで理子がオレの隣に来たので、用意していたコップを1つ渡して紹興酒を注いで1度乾杯。

 本当は藍幇城の屋上の予定だったが、場所なんてこだわる必要はないしな。

 互いに一口飲んでから沈黙が訪れ、理子から話す気配がないのでオレが話を切り出す。誘ったのはオレだしここは当然か。

 

「まずそうだな。ジャンヌとのデートは、お前の本心を探るためにジャンヌが仕組んだものだってのは……」

 

「……なんとなくわかってた。わかってて乗せられてたし、わかってない風で知らんぷりしてた」

 

「そっか……劉蘭についてはなんだ……その、オレも香港に来てから聞かされたんだが、小さい頃に親が結婚の約束をした許嫁ってやつで、劉蘭側が一方的に進めてたらしいんだが、今は合意の上で解消されてる。先日一緒に香港島にいたのは、オレを許嫁だと信じてきた劉蘭の気持ちを汲んでだな……」

 

「だからキョーやんは女に甘いってば。もう……そんなんだから嫌いになれないんだよ……」

 

 まずは順を追って話そうとジャンヌとのデートから説明をしたのだが、理子も理子でなんとなく真意についてはわかってたようで、劉蘭についても納得はしてくれたみたいだ。

 これで誤解してそうな案件は片付いたか。

 そんな面倒な案件を片付けて、理子もちょっとスッキリしたのかコップの紹興酒を飲み干しておかわりを要求し、それに応えて注いでやる。

 

「それで話は終わり? それだけだったら激おこプンプンがおーだけど?」

 

「ん、まぁここからが本題ってことになるが、最初に謝っておくよ。今までお前の真剣な気持ちに向き合わなくて悪かった。お前は真面目とおふざけがわかりにくいってのは言い訳でしかないが、お前のことを真剣に考えてこなかったのはオレの怠慢だ。それでお前を怒らせて今までギクシャクしちまったしな」

 

「……理子も悪かったんだよね。なんとなくノリで好き好き言ってた時もあったし、どうやって真剣な気持ちを伝えればいいかわかんなかったりで。でもほっちゃんの告白に真剣に答えたって聞いた時、どうして理子の気持ちは伝わんないんだろうってムキになっちゃってさ……それでツンツンしちゃって素直になれなくて……だから理子もゴメンだよね」

 

 この件についてはオレが全面的に悪いはずなんだが、なんか塩らしい理子は自分も悪かったと言ってオレを見るので、互いに少しだけ笑って紹興酒に口をつけ話を続ける。

 

「でだ。お前の気持ちに対して返事をしたいんだが、いいか?」

 

「うぇっ!? ちょ、ちょっと待って! さすがにそんなすぐに来るとは思ってなかったから……んくっ」

 

 そして本題も本題。

 今まで先伸ばしにしてきた理子の気持ちへの答えを言おうとしたら、急に顔を赤くして紹興酒を一気飲みし無理矢理気持ちを整理させた理子は、ちょっとやけくそ気味に「ばっちこい」みたいな顔でオレを見る。

 

「オレにとって理子は……何がなんでも守りたい、これからもそばにいてほしいって思える、幸姉とはまた違った特別な存在で、好きか嫌いかで言ったら絶対に好きで……」

 

「うん、うんっ」

 

「幸姉を好きだった時とは少し違う気持ちで戸惑ってるところはあるんだが、要するにオレは理子のことが……よくわからん」

 

 ――ドンガラガッシャーン。

 話すうちに理子の表情がみるみる期待に膨らんでるのがわかったのだが、そうして悩みに悩んで出てきたオレの答えを聞いた瞬間、バルコニーの柵に額をぶつけて崩れた理子に、中の方から聞き耳を立てていた幸姉と劉蘭も勢い余ってバルコニーに転げ出てきた。

 そんなギャグみたいにリアクションしなくてもいいだろ……

 

「おうふ……さすがキョーやん。理子の期待の斜め上を行くアンサーに芸人並みのリアクションをしてしまいましたよ……」

 

 バルコニーの柵を支えに顔を上げた理子は、額を真っ赤にしながら予想外とか言いつつ呆れたような、やっぱりなみたいな顔を向けてくるのでちょっと納得がいかない。

 

「……とにかく、それが今の理子に対するオレの気持ちだ。んで、ここからは劉蘭にも聞いてもらいたいから、そんなところにいなくてもいいし、幸姉も退散しなくていい」

 

 幸姉と劉蘭の存在に気付いてはいたので、理子もどういった話かをなんとなく察してそれに文句を言うこともなく、申し訳なさそうに近寄ってきた劉蘭と面白半分で来た幸姉も交えて改めてオレから口を開く。内容は……

 

「劉蘭にはちょっとだけ話したが、現段階でオレは劉蘭とは付き合わない。理子とも、付き合わない。もっと言うなら、誰とも付き合わないつもりだ」

 

「納得する理由は当然あるわけだよね?」

 

「お聞かせください」

 

「……率直に言って、オレはまだ武偵として半人前だ。そんな状態で誰かと付き合っても、特別なにかをしてやれる自信はないし、まずは自分の道をしっかりと定めたいと思ってる。少なくとも武偵高を卒業するまでは、その考えは変わらない」

 

 オレがまだ武偵として未熟なことは分かりきっている。それなのに恋愛などしている余裕はない。

 たとえいま誰かと付き合ったとしても、恋人らしいことなどしてやれる自信は全くないし、悲しませたり寂しがらせたりすることの方が多くなるのは目に見えている。

 そんな思いをさせるくらいなら、オレが少しでも納得のいく武偵になってから。どういった武偵になるかをちゃんと決めて進み始めてからでも遅くはない。そう思ったのだ。

 

「にゃるほど……じゃあ理子達はここで1回フラれたわけだよね?」

 

「……そうなるな」

 

「ですが、1年半後に同じように告白した時には、わからないわけですね?」

 

「オレがちゃんと武偵高を卒業できたら、まぁそうなるな……」

 

「ううむ……理子的にはちょおっと自信ないなぁ。自慢じゃないけどそんなに気が長い方じゃないし、目移りもするからねぇ」

 

「ふふっ、私もその間は他の男性との交友を深めてみようと思います。見聞を広げることでより魅力に気付けることもありますから。理子様はご容姿が愛くるしいですから、引く手数多で男性にお困りにならなそうで羨ましいです」

 

「あれれぇ? なーに勝手に離脱コースに追いやってくれてるのかなぁ。あそっかぁ。蘭ちんは遠恋だから焦ってるんだぁ。理子はぁ、このあと日本に帰ったらぁ、一緒に年越ししてぇ、初詣行ってぇ……」

 

 だからオレへの気持ちを1度切るために2人をフッた形を取ったのだが、なんか勝手に盛り上がり始めて口喧嘩みたいなことを始めてしまい、幸姉もそれを見てクスクス笑っていた。な、何がどうなってる……

 

「あのさ、オレは2人をフッたんだぞ。なのに何で盛り上がってるんだよ」

 

「えっ? だって別にフラれたって言ってもキョーやんが誰かと付き合うわけでも、好きな人がいるわけでもないんでしょ?」

 

「でしたら京夜様が恋愛に真剣になってくださる時までアプローチは続行させていただきます。その時になって選んでもらえるように、後悔はしたくありませんから」

 

 ちょっと動揺しつつ2人の口喧嘩に割り込んでそう言えば、揃ってそんなことを言うので完全に思考停止。

 こっちは見限られるの覚悟でフッたのに、何でそうなるんだ……

 そうして女心がさっぱりわからないオレに近寄って肩を叩いた幸姉は、年長として笑いながらに言葉をかけてくれる。

 

「甲斐性を大事にする京夜の考えも大事だけどさ。女って理屈じゃないのよね」

 

「……結局答えを出しても何も変わらないんだなこれ……」

 

「あははっ、頑張れ京夜。こんな贅沢な悩みはモテ男の特権だぞ」

 

 その後、オレは色々悩みまくったここ数週間が何だったのかとやけくそになって持っていた紹興酒をらっぱ飲み。

 完全なるやけ酒でそれ以上の思考を放棄して理子と劉蘭と幸姉を交えて夜の雑談を開始したのだった。

 真剣な答えにあの軽い感じの返しは正直クルものがあったな……

 翌日。

 バスカービルメンバー共々同じ便で帰国することになったオレは、まだ別件が片付いてないとかでもう1日滞在予定の幸姉と誠夜、劉蘭と別れて飛行機に搭乗。

 その直前に劉蘭と連絡先を交換したが、人脈は大事だよな、うん。

 色々ありすぎて濃厚だった香港滞在。たった3日程度でも得られたものは大きかったな。

 まずミズチはまた木っ端微塵にされてしまったが、あの時に掴んだ感覚は今もオレに確かな手応えを残している。

 きっかけは理子が趙煬に狙われた時。オレはそれを見て直感的に『理子が死ぬ』ことを予感した。

 それを受けてオレの体は死の回避とは少し違う感覚で動き、理子を守ろうとした。

 そして次の幸姉の時にもそれは起こり、結果的に2人を無事に守ることができた。

 つまりオレの死の回避はもう1つの段階に至ったことになる。言うなれば『死の予感(デス・フィーリング)』。

 自分以外の死に敏感に反応しそれを防ごうとする条件反射だ。

 おそらくはこれの発動には対象と状況を視認する必要はありそうだが、これこそが猿飛の秘伝の本質。やっとオレはそこに足を踏み入れた。

 これで今までよりもっと、たくさんの人を守れる。そう、信じたい。

 そして幸姉が喧嘩を売った土御門陽陰。

 撃退後に聞いた話によると、陽陰の『天地式神』には操作限界距離というものがあるそうで、1つの術式から操作が届く範囲は日本をすっぽり覆えるほどはあるが、それ以上は陽陰でも無理らしい。

 それを補うために世界各地にある地脈の噴出点に術式を置き、その円心状のどこかを別の円心状のどこかにくっつけることでカバーしていたとか。

 今回はその1つを破壊し、カバーしきれない範囲を作り出すこと――今回で言えば香港と日本――で、新たに術式を敷くために陽陰自らを日本へ誘き出すことが真の狙いだったと言う。

 香港は新たに術式を敷かれてしまうことにはなるだろうが、地脈の噴出点が固定されてる以上、日本で待ち構えることができるとあって、幸姉は本気で陽陰を逮捕する意思を見せていた。

 曰く『これが武偵、真田幸音の最後の大仕事』らしい。

 必要とあれば協力も辞さないと一応言ってはおいたが、こればっかりは超能力者の領分で、幸姉も日本の武偵庁全体と協力してスペシャリストの厳選と万全の体制で迎え撃つと意気込んでいた。

 今の幸姉なら何でもできそうな気がするし、心配はしていない。

 

「どうしたのキョーやん?」

 

 そうしたことを考えながらファーストクラスの席で外の景色をぼんやり見ていたら、アリアに月餅を食わせてた理子がぬぬっと膝に滑り込んで膝枕の状態で顔を見上げてくるので、その額にチョップを叩き込んで引き起こす。

 

「別に。まだまだやることいっぱいだなって考えてただけだ」

 

「ふーん。そんなの考えてもキリがない気もするけどねぇ。あっ、そうだキョーやん」

 

 それで隣に何故か正座した理子と短い会話をすると、なんか突然思い出したように理子が名前を呼ぶので反射的に振り向けば、その振り向きに合わせて理子がオレの頬にチュッ。

 キスをしてきて、キョトンとしたところにうっすら頬を赤くした理子は、

 

「もっかい言っとくね。大好きだよ、京夜」

 

 1度フッたオレに対して、超がつくほど可愛い笑顔でまた告白してからアリア達と絡みに行ってしまった。

 

「……ったく、油断も隙もないなあいつは……」

 

 とは言いつつも、まんざらでもないと思ってる自分を自覚しつつ、騒ぐ理子達を無視してまた外の景色を見始めた。

 アリアの残りの殻金に緋緋神化の可能性。

 極東戦役のカツェやパトラに、宣戦会議以来姿さえ見えないハビやLOOの撃破。

 ジャンヌが報告してきた修学旅行Ⅱの結果に伴う事態。

 問題は山積みだが、これからもきっと、こいつらとなら解決していけるはずだ。

 それにこれらを解決した時に、オレも少しは自分自身のことを認められるようになってる。

 そんな気が、しないでもない。


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