緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Bullet99

 

 香港藍幇との戦いを終えたのも束の間。

 休む暇もなく襲撃してきた魔女連隊のカツェと、傍観者を決め込んでいた『完璧な犯罪者』の異名を取る土御門陽陰の登場で場は騒然となり、その対処に追われる形で行動を開始。

 オレと幸姉は陽陰を迎撃するためにクルーザーを使い藍幇城から少し離れた位置まで移動して洋上で孤立状態になるが、完全復活を果たした幸姉との初めてのコンビとあって不安よりも期待感を抱いて、エンジンを切って迎撃準備を整え始めた幸姉の話を聞く。

 

「陽陰は世界最強の式神使いなの。私の言霊符もあいつにとってはお遊びレベルで、イ・ウーにいた頃に教授に頼み込んで式神を通してだけどあいつから超能力のいろはを教わったわ。その代償に魔眼を奪われそうになったけど、教授が仲裁して対価を払ってくれて事なきを得たの。対価についてはもう教授に返してチャラになってるからいいんだけど、そういう経緯があって私はあいつの魔力に触れる機会があった」

 

 話を聞く限り、幸姉の言霊符のレベルが上がったのは実質的に陽陰のおかげということになりそうだが、話の本題はそこではなく、それによって陽陰の魔力に触れたということらしいな。

 

「陽陰は世界中のどこにでも式神を飛ばすことができるシステムを作り上げていて、その根幹に利用されているのが、地球の地脈の噴出点。簡単に言うと自然エネルギーが噴き出るポイントなんだけど、陽陰はその上に自分の術式を置くことで自然エネルギーを魔力に変換して式神を作り操る術を開発したわけ。その式神を通じてあいつは世界中に目を持ち、時には気まぐれで干渉をしていたの」

 

「それって、パトラの無限魔力みたいな感じだったり?」

 

「んー、術式の発動には自分の魔力を使うっぽいから無限魔力とはいかないと思うけど、推定でG30のチート陰陽師だから計り知れないところね」

 

 ……予想してたとはいえ、やっぱりパトラよりもGが高いのか……

 しかも推定って曖昧なところが怖すぎるが、喧嘩を売って襲ってくる以上は戦うしかない。

 幸姉も勝ち目がなくて喧嘩なんてしないだろうし、何かがあるんだろう。

 

「それでそのチート陰陽師に仕掛けたイタズラってのは?」

 

「さすが京夜。そこに辿り着いたってことは、そこに勝ち筋があることに気付いたわね? いま話した通り、陽陰の魔術システムを支えてる地脈の噴出点。そこにあったあいつの術式を壊してやったのよ」

 

「壊したって簡単に言うけど、今まで影も形も見せてなかった奴の術式なんて見つかるもんなのかよ」

 

「簡単じゃないわよバカたれ。京夜が香港に来る前から時間のある限り探し回ったんだからね。地脈の噴出点って言ったって、その大きさは半径数キロ単位の泣きそうな範囲で、そこの範囲内にある小さな術式を見つけなきゃならないんだから。それに用心深いことに数ヵ月くらいの単位で術式も式神を使って移動させてるみたいで大変。特に香港は対魔性が強いから探知も難しくて血の涙が出そうだったわ……」

 

 その何かが陽陰との会話で出たイタズラなのだろうと勘繰れば当たりだったが、そのための作業は血の滲むようなことだったようでうっすらと目に涙を浮かべていた。

 だがそうまでして陽陰に喧嘩を売る必要があったのか?

 

「それで、陽陰に喧嘩を売った理由は?」

 

「あいつを捕まえるため、かな。ここまで条件を整えるのに時間はかかったけど、第1段階はクリアしたってところね。あいつがいつどこで何を見てるかは私でも予測できないから、いま派手に動いてるあなた達の戦いなら見てそうって思ってそこに狙いを定めたのよ。カツェとパトラまで来たのは予想外だったけど、その動きも陽陰を引っ張り出す要因になったかもね。あ、ダジャレじゃないからね」

 

「いや、説明しなくていいから……」

 

 と、そこまで余裕のあるような態度で話していた幸姉だったが、懐の携帯に連絡があって、それが姿の見えなかった誠夜からとわかると途端に真剣さを増した表情で通話に応じて一言二言で終わると、いよいよな顔でオレを見る。来るのか。

 

「術式の破壊は私の遠隔で、誠夜にはちゃんと破壊されたかをその場で隠れて確認させていたのだけど、やっぱり用意周到。万が一術式が破壊された場合に一番手強い式神が作られるように保険がかけられてたわ。しかも距離に関係なく陽陰と直接繋がる別系統の術式。本来なら術式を破壊した奴を排除して別のところに新たな術式を組み立てる役目なのでしょうけど、さっき礼をするって言った手前、まず私を確実に排除しに来る」

 

 そうやって自分の作戦を説明しながら今度は別の誰かに事前に作成済みのメールを送った幸姉は、何やら意味ありげに手で印を結ぶと、十数秒で返ってきたメールを確認して携帯を懐へとしまい、小さなガッツポーズをして説明の続きをする。

 

「でも、さすがの陽陰でも世界中の式神を、しかも特別製の強力なやつを同時に手動操作はできない。あいつの目は1つしかないわけだし当然だけど。だから香港の式神を手動操作している間に、日本にある術式を破壊してしまえばどうなると思う?」

 

「そりゃ、保険の式神は出るだろうけど、手動じゃない分で強弱は出るんじゃないか? 超能力に関してはよくわかんないけどさ」

 

「そう。いくら優れた式神でも、自動ではあらかじめ組まれたプログラムの中でしか動けない。たぶんだけど、式神は消滅の可能性が出てきたら逃げ隠れて手動に切り替わるまで待機するように組まれてるはず。でも、逃げる前に式神を倒してしまえばこっちの勝ちよ。それがいま完了したってさ。秒殺したって言うから怖いわよねホント……」

 

「日本にある術式……それってどこに?」

 

「島根県の出雲市。出雲大社がある土地の人目がない場所よ。あそこら辺ならギリッギリで眞弓達が動いてくれたからホント助かったわ。昔馴染みで連携も取りやすかったしね」

 

 話を聞いてても終わりがいまいち見えないのだが、ここまでは概ね幸姉の作戦が成功していることはわかるのでポジティブに捉えておく。

 とりあえずこの作戦において今から始まる戦闘は切り抜けなきゃならないことは理解できたので、ついに臨戦態勢に入った幸姉に合わせてオレも援護できる体制を整えると、九龍の方の夜空からオレ達の乗るクルーザーの目の前に黒い物体が降ってきて海上に音もなく着地。

 よく見ればそれは羽鳥達と請け負った依頼で相対した黒い影のような人形で、海面が影響を受けてないのでスレスレに浮いているようだ。

 

「何やら別のところで同じような事態が起きたのだが、これもお前の仕業か、魔眼の魔女」

 

 幸姉の読み通り手動らしい式神は、先ほどの人工的な低い男の声で身に起きたことの確認を幸姉に取る。

 

「世界中に目と干渉力を持つって便利だけど、複数の出来事に同時に同じレベルで対処できないって致命的よね。もうちょっと複雑なシステムを開発した方がいいんじゃない?」

 

「これですでに人智を越えた所業なのだが、俺の『天地式神』の存在を看破したのはシャーロックと貴様だけだ。お世辞にも貴様にこれの存在を知る術があったと思えんが、誰の助言を受けた? あのシャーロックが貴様ごときに教えるとも思えんが……」

 

「さぁ? どうあれあなたは今、私によってここに引っ張り出された。ならやることは1つしかないでしょ?」

 

「そうだな。貴様を倒し、俺の天地式神を看破した奴の名を吐かせて、そこの仕留め損ねた男共々このヴィクトリア湾に沈めてやる」

 

 高圧的な陽陰の物言いに臆することもなく言霊符を取り出した幸姉に、同じくマントのように羽織っていた言霊符を手に持った式神は、ほぼ同時にそれを大鎌の形へと変化させて構える。

 

「過去に見た分には確かこう……だったか」

 

 この場で鎌を選択した幸姉はクルーザーを沈められる可能性も考慮してリーチと攻撃力を優先したのだろうが、陽陰は鎌を持った途端にバトンのようにそれを操ってヒュン、ヒュン、刃をあっという間に視認できない速度で振り回してカナ。金一さんがやっていた技を披露する。マ、マジかよ……

 

「陽陰の式神の最大の長所は、自分でできないことも明確なイメージとそれを実際の動きにシンクロさせる連動性。つまり陽陰本人に戦闘能力がなくても、式神が鬼みたいに強いってこと。強固なイメージがあいつの力の根源。だから世界中に目を持って興味のあるものを観察して自分のものにする。悪趣味の裏に隠されたイメージコレクターってところかしらね」

 

「それは俺の趣味の1つでしかない。第一、俺がこうして趣味を披露すること自体が稀なのだ。俺の本質はそこにない」

 

 依然、大鎌を振り回しながら幸姉の説明に少し否定を示した陽陰。

 確かにイメージを式神に連動させられるのは動き。それによって直接得られるのは戦闘力に留まる気がするし、こいつがそんなに頻繁にオレの時のように式神をぶつけてくることもないからこそ、存在自体がずっと曖昧だったはずだ。

 たとえ式神が見られてもあの自爆特攻で証拠も証人も隠滅出来ていたのも現実なのだろう。

 

「俺は生来から人を動かすことにこの上ない支配感を得て快感を覚えるクチでな。俺の思うまま動き破滅する姿は愉快で仕方ない。その結果が人が死んだり国が滅んだりと規模はまばらだが、そんなのは俺には関係ないからな」

 

「戦国時代にでも生まれてたら歴史に名を残すバカになれたかもね」

 

「俺も生まれる時代に恵まれなかったと思うぞ。三国の時代にでも生まれれば、孔明や司馬懿とも面白いことができたかもしれんからな。だが、この時代だからこそ俺は世界中に目を持つことができたのも事実。科学の発展というのもまた俺には必要だったということだな」

 

 思考と会話をしながらに式神の動きに乱れさえ生じさせない陽陰の頭の構造がどうなってるのかわからないが、ここまでの観察で陽陰の思考を途切れさせて式神の動きを阻害するということが相当難しいことを理解し、さらに音速で振り回されるあの鎌の壁とでも言うべき攻防一体の技も攻略の糸口が見つからない。

 話の内容はもう、陽陰がぶっ飛んだ暴君思考なのだということで納得して考えるのをやめた。

 世界規模の犯罪者はオレの考えなど及ばない次元で動いているんだから。

 

「さて、無駄話で時間を使ったな。貴様ら2人を殺すのは容易いだろうが、新たな天地式神を敷く必要もあるしな、万が一に最終手段を使わされる前に終わらせるぞ」

 

「その万が一を起こしちゃうのが私と京夜の最強コンビなのよ」

 

 それで自分でも喋りすぎたのを自覚していたのか、向こうから話を終わらせた陽陰は、式神をフワリと浮き上がらせて鎌を振り回したままオレ達に上空から突撃を開始。

 直前にそう言ってオレにウィンクなんてしてきた幸姉にちょっとその余裕がどこから来るのかわからなかったオレは、今ので初撃は自分がなんとかするとアイコンタクトで伝えてきた幸姉にそれを任せて別の行動を取る。

 やっぱり言葉もいらずに連携が取れるのは、幸姉とだけの特別な繋がりを感じるな。

 式神の音速の鎌はためらいなく迎撃に構えた幸姉へと迫ったが、衝突の直前に幸姉の魔眼が発動。

 鎌の運動エネルギーを根こそぎ奪い取って加速を1度止めると、結果的に普通に振り下ろされた鎌と激突。

 しかし常人の筋力値を大きく上回る設定なのか、式神の力に押されて片膝をついてしまった幸姉は、足場も不安定なクルーザーのせいで踏ん張りが効かないようだ。

 それを見て即座にオレは式神の後ろ、クルーザーの最先端に移動してその足首にワイヤーを巻きつけて先端の手すりとで結び一時的に前へ行けなくすると、幸姉も即座に後退してクルーザーの後ろに移動し体勢を整える。

 当然そうなればワイヤーを切ってオレが狙われるが、予測できれば対処もできる。

 過去の相対で式神には物理的なダメージが通らないことはわかってる。

 そして陽陰が使いたくないと言っていた最終手段は十中八九、美麗と煌牙の前線離脱を余儀なくさせたあの自爆だ。

 あれを使えば陽陰はここ香港に新たな術式を組み立てるのに不都合が起きるのは確実。

 しかしその自爆をここで使われたらほぼ確実にオレと幸姉は死ぬ。つまりオレ達の勝利条件はこの式神を自爆させずに倒すこと。

 それができなくて幸姉が喧嘩を売るわけがないので、この戦いの中で幸姉のやることを全力で援護するのがオレの役目だ。

 なんてことはない。今までやって来たことをやるだけ。ただ幸姉の前に立ちはだかるものを排除する。

 だけど戦いが始まる前にどうするのか聞いておくべきだったなぁ……こういう説明不足なところが幸姉の欠点かもしれない……

 邪魔とばかりに足に巻かれたワイヤーを切断しにかかった式神に対して、別のワイヤーを取り出したオレは、ワイヤーを切断するために振るった鎌の柄に引っ掛かるようにワイヤー投げ入れて新たな拘束をする。

 またあの音速の攻撃を出されては魔眼を使わされてしまうので、式神をクルーザーから降ろさずに距離を開かないよう立ち回らなきゃならない。

 しかし力の強さがハンパじゃない式神は拘束したワイヤーを持つオレを振り回す勢いで鎌を動かして拘束を解こうとするので、オレも振り払われないように手すりに肘を絡めてその場を動かないように固定する。

 が、やはり趙煬との戦闘でのダメージが回復していなくてすぐに身体中から嫌な軋みが聞こえてきて踏ん張りが効かなくなってくる。連戦はやっぱりキツい……

 だがそれはオレを連れてきた幸姉も知る現実。

 オレがどの程度なにが出来るのかはちゃんとわかってくれてるので、持っていたワイヤーをいきなり放したオレに、式神は振り解く力が後ろへと勢いよく流れて一気に振りかぶる体勢までいくが、その初動を止めるように後ろから迫った幸姉が鎌に鎌を絡めて妨害。

 それも力技ですぐ振り払われることは直感的にわかったので、式神を挟んでのアイコンタクトでどうすべきを聞くと、なんともシンプルな策が託されたので即実行。

 幸姉が鎌を止めてる隙に制服の上着を脱いで前進しダンッ。

 式神と幸姉を飛び越える月面宙返りを決めて、足りない跳躍を式神の頭に手をつくことで補い、交錯と同時に脱いでいた上着で式神の顔に当たる部分をすっぽりと覆い被せて視界を奪う。

 どうやら式神にも視覚を司る機能が頭部にあるようで、そこから視覚情報を得ている陽陰の視界を奪えたみたいだ。

 月面宙返りで幸姉の後ろまで下がって着地したオレを確認するよりも早く、絡めていた鎌を解いた幸姉は即座に鎌のリーチを最大生かせる距離を取って、視界を奪っていたオレの上着を式神が取った瞬間。

 幸姉の鎌は逆V字を描く軌道で鋭く振るわれて式神の両腕を上腕の半ば辺りから切断。

 それによって風に流されたオレの上着を鎌の柄で引っ掛けて後ろのオレに投げ返した幸姉は、流れるようにぼとりと落ちた式神の両腕と鎌を弾いて海へと放り出すと、正面の式神にも回し蹴りをお見舞いして海へと放り出してしまった。

 ――ドドォォォオオン!!

 それらの動作が全て完了し、式神の各パーツが海へと沈んだ瞬間、切り離された両腕がクルーザーを転覆させかねない規模の爆発を起こして、その揺れでクルーザーから落ちそうになった幸姉を慌てて抱き止めて支える。

 本体から切り離されたパーツは時限式で爆発する仕組みになってたのか。しかも両腕だけであの時の爆発より威力が高かった。

 それだけあの式神が特別製なのだろうが、本体が爆発したらどうなるのか想像するだけで恐ろしい。

 体積に威力が比例するなら、今の約5、6倍ってところか。

 だがこれで両腕を失った式神。戦闘力は大幅に削れた。

 そう思って正面の海上に浮く式神に目を向けると、式神は喪失した腕の根元から新たな腕を生やして復活。

 しかしその分の密度みたいなものが低くなったのを感覚的に察する。それもごくわずかな感じだがな。

 

「貴様らの連携、声もなしにやられると厳しいな。武器もなくしてしまったし、これは貴様らを相手するのを諦めるしかなさそうだ」

 

 戦闘中は一切口を開くことのなかった陽陰は、自分の予想よりもオレと幸姉の連携が面倒臭いと正直に言うと、一見しただけでは撤退するような口ぶりをするが、それがそんな意味を持たないことはわかりきっていた。ならばこいつがやることは……

 上着を着直したオレは陽陰が何をするかをある程度予測した上で先手を取られないようにミズチのアンカーボールを投げて式神に取り付けようとしたが、式神は元が紙だから避けてるのかと思っていた海中にその身を沈めて潜行。アンカーボールも空を切って回収せざるを得なくなる。

 

「幸姉!」

 

「わかってるって!」

 

 オレの叫びに対してすでに動き出していた幸姉は、その手の鎌を燃やして次の言霊符を手に持ち高速で文字を記して4つの円形の皿を作り出し、そのうちの2つをオレへと渡してきて、それを受け取るや否やクルーザーの底から衝撃が来て、それが深刻なダメージになったのがすぐにわかる。

 陽陰はオレと幸姉を相手にするよりもクルーザーを沈めて海中に投げ出されたオレ達を仕留める方が確実だと考えて、唯一の足場を破壊した。

 それをさせまいと動いたが、どうやら船底に大穴を開けられたようで1分とかからずにクルーザーは沈んでしまうだろう。

 そうなると幸姉が渡した謎の皿が頼みだが、足がすっぽり収まる程度の大きさのそれをどうしろと言うのかと幸姉を見れば、それを足に装着した幸姉は沈み始めたクルーザーから飛び出て海面にピタッ。

 謎の力が働いているのか地面にいるかのように普通に走ってみせて、ほら早くとオレに目で訴えるので、それにならって足に装着すると磁石でも付いてるのかピタリとくっついた皿は意外なほど安心感満載。

 そして意を決して海面へと飛び出してみれば、やはり地面を捉えたようなしっかりとした感触と摩擦力で海面を歩けてしまった。超能力すげぇ……

 

「京夜!」

 

 と、説明不可能な現象に驚いていたら幸姉がオレに声をかけて向いた瞬間にその指を全て開いて『5』を示すので、どうやらこの超能力は5分がタイムリミットみたいだ。

 だからその間に地上まで走り抜けるか式神を倒すしかないが、何故幸姉が戦場を海上にしたかを考えれば地上まで行く選択肢は消える。

 もしもあの式神が自爆したら、その被害は甚大だ。

 そんなオレの考えを肯定するように、真っ暗なヴィクトリア湾を照らすかがり火を超能力で作り海上にいくつか投げ放ち、言霊符で新たに日本刀をひと振り作って構え海中に潜む式神の動きに集中する幸姉。

 相手が海中にいられるなら、ほぼ確実にオレと幸姉を海中に引きずり込んで窒息死を狙うだろう。だから狙いは足下。

 

「京夜、あの式神を倒すには本体を1度で4分の1以上に分断しないとダメなの。それで自爆機能が全てに働いて消滅させられるけど、自爆までのタイムラグは3秒。倒したからって悠長にはしてられないわよ」

 

「あの自爆はもうこりごりだ」

 

 ここでようやく幸姉から式神攻略の説明を受けて、幸姉が知る由もない過去の依頼の件を引っ張り出して1人呟いて懐の単分子振動刀へと手を伸ばす。

 しかし下手に切断してハンパな自爆を誘発すると危ないので、単分子振動刀を振るのは確実に式神を4分割以上に出来る時だけにする。

 そうして互いに式神の攻撃を待っていたのだが、かがり火に照らされる海面には一向に式神の影も形も照らされず時間だけが過ぎていき、進展のないままタイムリミットである5分も過ぎ去ろうとしていたその時、ふと幸姉を見ればその額からじんわりと汗を流し始めていて、その表情にもすっかり余裕がなくなっていたのを見て、ここで陽陰の狙いに今さら気付いた。

 陽陰の狙いは最初から、幸姉の燃料切れだったんだ。


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