アドシアード最終日。今日で全競技日程が終了します。
私は武偵高生徒会長の星伽白雪先輩が先頭に立つアドシアード準備委員会の一員として現在、各競技の成績処理や撤収作業に追われています。
初日はそりゃもう色々と大変でしたね。
朝から開会式準備に追われて、競技が始まれば成績処理に追われ、もう忙しかったですよ。
教務科ももう少し役割分担を考えてほしいですね。白雪先輩に今後の改善案でも提出してみようかな。
それから夕方頃に届いた周知メールによるケースD7の事件。
私は詳細をまったく知りませんでしたが、陽菜ちゃんからの情報によると、どうやら白雪先輩が巻き込まれた事件だったらしいです。
確かに夕方頃から姿が見えなくて準備委員会がバタバタした記憶があります。
それでその事件、解決に関わったのが、強襲科のアリア先輩と探偵科で陽菜ちゃんの戦兄のキンジ先輩。
そして非公式みたいですけど、京夜先輩も関わってたらしいです。
聞いた時はもうビックリでした。
思い返せば確かにアドシアード開催前夜に私に白雪先輩をそれとなく観察するように言ってきたり、普段しないイヤホンで何か聴いてたりと思い当たる節がちらほら。
でも、言われないと気付きませんよね、そんなこと。
そして一番の驚きはその事件の犯人。
なんと!
あの都市伝説とまで言われていた超偵誘拐犯、魔剣だったと言うんです!
実在してたという事実に衝撃を受けましたし、陽菜ちゃんも自分で仕入れた情報なのに「嘘か真か定かではないでござるよ」とか自信なさげでした。
普段は確実な情報しか言わない陽菜ちゃんにしては珍しかったですね。
そして私はその事件解決の夜、くたくたになって帰ってきた京夜先輩をいつも通り料理を作って出迎えたのですが、何故か1時間ほど説教を食らうハメに。
なんでもお昼頃に武藤貴希さんから1年内で私が京夜先輩のことを凄い人だって言いふらし……エフン、自慢していたのが知られたようで、説教の内容を要約すると、それを金輪際やめろということでした。
私としては京夜先輩に貼られている『反面教師』のレッテルを剥がそうと結構真剣に話していたんですが、「周りにどう思われようとオレはまったく気にしてないんだよ。だから余計なことするな」と一蹴されました。
善かれと思ってやったのに……難しいものです。
その後やっぱりくたくただった京夜先輩は、さっさと料理を食べてシャワーを浴びて寝てしまいました。
そんなこんなで色々あったアドシアード初日。
それ以降も忙しかったですが、戻ってきた白雪先輩のおかげでだいぶ楽できました。
そして今現在、私はアドシアード閉会式の準備を黙々とやってます。
閉会式では恒例となっている
私はちょっと鈍臭いのでチアのメンバーには入ってません……といいますか、たとえ誘われてもチアのユニフォームはとてもじゃないですが着れません。
あんなむ、胸元に銃弾型の穴が開いた服。着たら最後、私の主張してない胸が……言ってて悲しくなるよ……
そ、それで今とっても面白い話になってます!
「これは命令よ白雪! あんたはあたしと一緒にチアのメインをやるの!」
「む、無理だよアリア。私が人前で踊るなんてできるわけ……」
「あたしの前で無理とかできないとか言わない! そもそも振り付けはあんたが考えたんだから踊れないわけはないでしょ!」
「だってあんな衣装恥ずかしいし、私がメインリードなんて……」
私達が閉会式会場の準備をしている脇。
チアの打ち合わせをしていたメンバーの皆さんと白雪先輩。
そのチアのメイン担当だったアリア先輩が、今日になって白雪先輩を同じメインとしてメンバーに入れると言い出したのです。
ですが白雪先輩はさっきからやらないの一点張りで首を縦に振りません。
アリア先輩もアリア先輩で意地があるみたいで全く退く様子がないので、話は数分間平行線。
でも白雪先輩があの衣装を着たらきっと似合うだろうなぁ。
胸も大きいですし……きっと踊ったらあの胸も楽しそうに……って、何か男の人みたいな想像してるよ私!
でも羨ましい。お母さん、そんなに大きい方じゃないから期待できないんだよなぁ……そういえば胸の大きさって遺伝なのかな?
おっと、話が変な方向に行ってる。
「ああ! もう! これはもう決定事項! 白雪に拒否権はないわ!」
「あ、ありますぅ! それにアリアにだって決定権はありませんー!」
「なら多数決にしましょ? 白雪にチアをやってほしいメンバーは手を挙げて?」
「「「「「はーいっ!」」」」」
「ひゃあ!」
あれ?
話がいつの間にか多数決に。
しかもチアのメンバー全員手を挙げて白雪先輩もビックリしてるし。
でもアリア先輩せこいよ。チアのみんなが前から白雪先輩を誘ってたのを知ってて多数決なんて。
「会長! お願いします!」
「お願いします!」
「え……え? え!?」
「はい決まりね。じゃあ白雪に合うサイズのユニフォームを……」
「「「「「もうありまーす!」」」」」
「準備が良いわね。ならさっそく着替えて練習よ!」
「え、あ、ちょっと待って……」
……そうして白雪先輩はアリア先輩とチアのみんなに拉致されていきました。一件落着? ですね。
でも、普段はあんな感じの人達が、あの都市伝説並みの犯罪者、魔剣を逮捕したなんて未だに信じられません。
しかも事件発生、解決から数日しか経ってないのに、もうあんな調子なのも凄いなぁと。
私だったらたぶんまだ逮捕した余韻とかに浸りまくってます。
そういえば京夜先輩も事件後は緊張の糸が切れたみたいに脱力しまくって、アドシアード初日以降は登校もしてなかったです。
さすがに閉会式がある今日は来ているみたいですけど、今頃何してるのでしょうか。
「……何してるんですか、京夜先輩……」
そんなことを考えていたわずか数十分後。
ユニフォームに着替えたアリア先輩達がチアの最後の練習を始めた頃に京夜先輩がふらふらとやってきて、その様子をありがたそうに見学してました。隣には武藤先輩も。
「知ってるか小鳥。男性には女性を無意識に見る性質がある。逆もまた然り」
「それはちょっと違う気がします……」
「せっかく見せるために着てる衣装なんだから、それならたっぷり見ておこうってわけだ、小鳥ちゃん」
「武藤先輩はそうじゃなくても覗きとかしていそうです」
「小鳥、合ってるぞ」
「合ってねーよ! そりゃ『たまたま見えるもんは見る』けどよ……」
「お前は将来悪いニュースで名前を見ることになるな。先のない人生、今のうちに堪能しておけ」
「猿飛……てめぇ……」
「お? ほら、貴希がお前に手を振ってるぞ?」
「あれはお前にだ。鈍いねぇ」
そんな調子でチアを見ながら話すお2人に私は溜め息を1つ。
でも貴希さんって京夜先輩のことが……やっぱりわかる人にはわかるんですね、京夜先輩のいいところ。なんだか嬉しいです。
けど何故でしょう、素直に喜べない自分もいます。
「京夜先輩はやっぱり、胸が大きい女性が好みなんですか?」
「…………は?」
「はっ! いや! あの! ち、違います! 今のなしです!」
あわわわわ! 口に出ちゃったよ!
何してるんだろ私。それに聞いたって京夜先輩が答えるわけ……
「こいつはそうだろうがオレは違うな。そもそも今の見学だって全体は見てるが、こいつとは見てるポイントが根本的に違う」
な、何か語り出した!
てっきり「何聞いてんだお前は」って言われるかと。しかも止まりそうにない。
せっかくだししばらく聞いてよう。
「こいつは胸の揺れを見てよだれ垂らしてるが」
「垂らしてねーよ!」
「オレはむしろああいった衣装で時折見えるチラリズムに重点を置いている。普段はスカートとニーソックスの間の絶対領域に芸術を感じる。故に胸の大きさは特に関心はない。それに好みなんて好きになった奴になるんだから、容姿や体格は関係ない。しいて挙げるなら長髪の方が好きなくらいか」
「わかってないな、猿飛。揺れを生む胸というのは現代においては国宝も同然! それを見ずして男を語れるか!」
「浅いな武藤。だからお前はいつまで経っても年齢=彼女いない歴なんだよ」
「お前も彼女いたなんて話聞いたことないぞ!」
「あ、白雪の胸が激しく……」
「なに!?」
えぇと……話がなんだか性癖っぽいものまで語ってた気がしますが、ツッコんだらダメなんですよね、たぶん。
でもそっか……京夜先輩は髪が長い方が好きなんだ……
私ショートだしな……って! 何で私が京夜先輩の好みに合わせようとしてるの!
京夜先輩は私の戦兄でそれ以上でも以下でもないよ!
「そ、それで京夜先輩はわざわざチアの練習を見にここに来たんですか?」
「ん? ああ、ついでにバンドやるキンジ達をからかいに+特等席の確保にな」
「お前ってホントいい性格してるよな」
「褒めるなよ」
「褒めてねーよ! ってかこのパターンのツッコミ何回させんだ!」
「からかいに来てるからな。オレが飽きるまでか。だがそろそろ飽きてきた」
「なんかお前とは親友になれてる気がしない。というかハイジャック事件のも結局お前だけお咎めなしなのが今更だがムカついてきたぞ」
「後先考えない行動は身を滅ぼすって教訓を教えてやったまでだ。感謝しろ?」
「……もうツッコまないぞ」
「……ちっ」
「舌打ち!?」
……お2人とも、質問1つしかしてないのにずいぶん話を広げますね。
間に入れないのは私が未熟なんですかね。精進しないと!
「……キャッ!」
そんな話をしていると、チアの練習をしていた方向からそんな短い悲鳴が。
私達がすぐにそちらを向くと、何やら倒れている1人のメンバーをアリア先輩達が囲んでいました。
「どうした? アリア、白雪」
京夜先輩はすかさず声をかけ事態を把握しにかかり、それにアリア先輩がすぐ答えた。
「この子足を挫いちゃったのよ。ちょっと立てないみたいね」
「とりあえず保健室に連れていってあげて」
「すみません……」
それから白雪先輩の指示でメンバー2人が足を挫いたメンバーを支えて保健室へと行って、残りのメンバーは少し沈黙してしまいました。
「どうする白雪? 今からフォーメーションを変える?」
「私がメインから外れてもいいけど……」
「それはダメよ! なんのために白雪をメインにしたと思ってるの!」
「でも……」
ああ……なんだか暗雲立ちこめてきましたね。
武藤先輩は何も言わなくなっちゃいましたし、京夜先輩も……
「要は替わりがいれば良いんだろ? だったらできる奴を知ってるぞ?」
そんなこと言ってるし……って、えぇ!?
「まさか京夜がとか言わないでしょうね?」
「バカかアリア。なんで見る側のオレが代わりをやらなきゃならん」
「バ、バカですって!?」
「ア、アリア! 今は押さえて! 猿飛くん、それって誰なの?」
「うちの戦妹」
「…………えっ!? わ、私ですか!?」
え? え? 京夜先輩? なんでなんで? なんで私なんですか? おかしいですよ。
「あら、小鳥ができるのね。なら早速準備しなさい。時間もあと30分ないし、練習も1回できれば良い方だからね」
「え? ちょっと待ってください! 私まだやるなんて……」
「やるかやらないかじゃないわ! できるかできないかが重要なの!」
あれ? 私あっという間に白雪先輩の二の舞に?
「いや、その、そもそも私チアできるなんて一言も……」
「やってたろ。誰もいないところで密かに黙々と。オレにバレてないとでも思ってたのか?」
た、確かにちょっと練習してはいましたけど、ホントに誰もいないの確認してからやってたのにー!
うぅ……そんなわけで急遽私がチアをやることに。
しかも閉会式まであと20分ないから合わせは1回しかできないとか急すぎるよー!
京夜先輩のアホー! 今日は夕飯抜きだー!
そんなわけで急いでユニフォームに着替えてみんなの前に姿を晒した私。
でもやっぱりこれ恥ずかしいよぉ……スカートの中は見えてもいいようになってるけど、この胸元の銃弾型の穴の向こうは素肌だし、胸がない私じゃ下手したら服との隙間から中が……
そんな私の内心など知る由もない京夜先輩は、出てきた私を見て何故か少し目を逸らしました。
なんですかそれ! そりゃ見られないなら私も変に緊張することないのでいいですけど。
「まぁ、あれだ、似合ってるぞ」
そう考えていたら、不意に京夜先輩が近づいてきて話しながら私の頭を撫でてくれました。
「あ、ありがとう、ございます」
ズルいです京夜先輩。そんなこと言われたら夕飯抜きとかできないじゃないですか。
「ほら小鳥。時間もないし早速合わせやるわよ。白雪もいい加減ジャージ脱ぎなさい! 本番まで15分しかないのよ!」
「だ、だってアリア。やっぱり恥ずかしい……」
「白雪先輩はいいですよ……出るとこ出てるんですから……私なんて……」
「た、橘さん!?」
「2人とも時間がないって言ってるでしょ! さっさとやる!」
「「は、はい!」」
アリア先輩こういう時は頼もしいくらいに引っ張ってくれるから助かるなぁ。
それから私を入れたメンバーで1回だけ合わせをしてから、閉会式まで待機となりまして、京夜先輩は会場最前列をキープしに行き、武藤先輩はバックバンドのドラム担当だったのでその準備をしに舞台裏に。
そして私は出番まで昴とリラックスタイムです。こうでもしないと本番まで持ちません。
「橘小鳥だよね?」
そんな私に近づいて話しかけてきたのは、武藤先輩の妹さんで同じ学年の貴希さん。
彼女もチアのメンバーに入ってて、先ほど練習中に京夜先輩に手を振っていましたね。
といいますかスタイルいいですよね、貴希さん。
聞いた話だとレースクィーンのアルバイトをしてるとか。
「はい、そうですけど……」
「あなたが京夜先輩の戦妹……こうして面と向かって話すのは初めてだね」
「そうですね。貴希さんみたいな有名な方とは話す機会なんてまずないですから」
「あんたもある意味有名だよ。ただ互いに接点がなかっただけ。最近までは」
「最近までは?」
「そ、それでちょっと聞いてもいいかな? 橘さんは京夜先輩のことをどう思ってるの?」
「どう……って言われるとどう答えていいのかな……」
「た、例えば、戦兄として以外に、京夜先輩を異性として見てる、とか……」
「それは京夜先輩は男の人ですから当然ですよ。今だってちゃんと家では線引きを……はっ!」
や、やばっ!
思わずポロっと話すところだった!
京夜先輩の家に居候してるのは内緒なんだよね。
「線引き?」
「ああ、えっと……その、京夜先輩とは互いに深く関わらないって線引きを、です」
苦しいよ私。もう一押ししないと!
でも私にこんなことを聞くなんて、やっぱり貴希さんって京夜先輩のことを……
「えっと……京夜先輩とは徒友なだけであって、それ以上でも以下でもないです。その、貴希さんが想像するようなことはまったくこれっぽっちもないです。安心してください」
ズキン……。
なんでかな。今そう言ったら胸に何かが。き、気のせいだよね、きっと。
「私が想像するようなことって何よ。で、でもまぁ、橘さんがそう言うならそうなんだろうね。橘さんは嘘つける人っぽくないし」
あれ、なんかちくりと刺が……案外当たってるから余計に。
「そっか、そうだよね、徒友だもんね。うん、話はそれだけ。ありがとね。本番は互いに頑張ろう!」
「は、はい!」
それから貴希さんは明るい表情をして他のチアメンバーの元へ行ってしまいました。
そして本番。
キンジ先輩達の奏でる演奏と同時に両手にポンポンを持った私達が舞台に上がりチアを踊り始めました。
その直前に白雪先輩がギリギリまで躊躇ってましたが、そこはアリア先輩の強引パワーで押し切りました。グッジョブです!
会場にはたくさんの武偵高生徒とその他大勢の記者やカメラマンがいて、正直凄く恥ずかしかったです。
でも、舞台に上がってから吹っ切れたのか、白雪先輩がしっかりとリードしてくれて、アリア先輩も普段どおり堂々としててとても頼もしかったです。
そんなチアの最中に、最前列にいた京夜先輩に何度か視線を向けると、京夜先輩も諜報科らしくしっかり視線に気付いて、その度に笑みを見せてくれます。
それだけで私も何故か嬉しくて緊張も解けていきました。ありがとうございます、京夜先輩。
「でも何で私がチアの練習してるなんて知ってたんですか? 京夜先輩、ずっと白雪先輩を護衛してたんですよね?」
アドシアードが終わって帰ってから夕飯を食べた後、私は絶対に見られてないと思いつつ京夜先輩に改めて問い掛けてみた。
「バーカ。お前いっつも料理作ってる時にチアの曲を鼻歌混じりに歌いながら軽くステップとか踏んでたろ。それ以外でも生活の中に普段と違う感じが混じってた。誰だって気付くぞ」
「あ、あれ? そうでしたか? お、おかしいですねー、アハハハハ……」
そ、そんなに面に出てたの!? 無意識って怖いよぉ。
えっ、す、昴? 「最初からバレバレだったよ」って、今さら言うの!? 酷くない!? 親友に裏切られた気分だよー!
「まぁいいじゃないか。今回はそれが功を奏したわけだしな。万々歳ってことでこの話は終わり」
「……それもそうです……」
「ただし、今後は自分の感情とかをコントロールしていけよ。諜報科じゃ基礎中の基礎だからな。そこら辺は見逃せない」
「うぅ……精進します」
そうしてアドシアード最終日の夜は明けていきました。