緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Bullet97.5

 

 12月24日。今日はクリスマスイヴ。

 2年生が修学旅行Ⅱで大半が出払い、こういうイベントが嫌いな蘭豹先生や引率でバカンスを楽しむ綴先生らもいないちょっとだけ平和な東京武偵高は、普段カップルが賑わうイベントは抑圧され気味ですが、今日はそれらの事情からそんなこともなく、クラスでも今夜は寮でパーティーをやる人達がワイワイと計画を立てたりしていた。

 元々はイエス・キリストの聖誕祭としての意味があるクリスマスですが、日本はそういうことはあまり気にせずにイベントにしたがるところはちょっと謎ですね。日本関係ないのに。

 そんな日本のイベントとして定着しているクリスマス。京夜先輩がいない今夜は当然私はフリー。

 だから登校してすぐに親友である陽菜ちゃんを誘って、普段は贅沢できない陽菜ちゃんを喜ばせてあげようとしましたが、さすがは陽菜ちゃんで、陽菜ちゃんにとってのクリスマスは絶好の稼ぎ時らしく、修行――という名のバイトですが――であっちこっち駆け回るとかで夜も空きがないみたい。

 鍋にしようと思ってたと言ったら物凄く揺らいでましたが、目の前の御馳走よりも先の稼ぎ。

 何とか踏み留まってましたが、ちょっと泣いてたような気もして苦笑するしかなかったな。

 そうなると1人寂しく――昴はまぁ、数に含みません――クリスマスを過ごすことになりそうな私は、昼休みに教室で陽菜ちゃんと昼食を摂っていたら、幸帆さんとかなめちゃんが私達のところにやって来て輪に加わると、こちらもやっぱりタイムリーな話題を振ってきた。

 

「あの、小鳥さん、陽菜さん。不躾ですが、今夜は空いていますか?」

 

「えっ? うん。陽菜ちゃんはバイトで忙しいみたいだけど、私は……寂しいです……」

 

 上品にサンドイッチを口に運んでから、そんな質問をしてきた幸帆さんに私が陽菜ちゃんの分まで本音と一緒に返すと、明らかな落ち込みを見せた私と申し訳なさそうな陽菜ちゃんに苦笑した幸帆さんは、お気になさらずと会釈して質問の意図を話してくれる。

 

「実はジャンヌ先輩が今朝方にシンガポールから戻ってきまして、何やら傷心気味でしたのでささやかながらクリスマスパーティーでもと思いまして。なのでお暇なら小鳥さんにもご参加願えたらなーなんて」

 

「ちなみにあたしも参加するからねー」

 

 へぇ、ジャンヌ先輩もう帰ってきたんだ。自由な修学旅行Ⅱとはいえ早いなぁ。

 やっぱり京夜先輩がいないとつまらなかったりしたのでしょうかね。今頃は香港でしょうし。

 とかなんとか勝手に考察しつつも、その傷心気味のジャンヌ先輩を元気付けるためにクリスマスパーティーを利用しようというのは良い考えなので、

 

「お邪魔でなければ喜んで。陽菜ちゃんもバイトが早く終わったらおいでよ」

 

「むっ、しかし拙者、今宵は修行をスシ詰めにした故、なかなかどうして首が回らぬでござるよ……」

 

 快い返事をしつつ、やっぱり陽菜ちゃんにも来てほしいから改めて振ってみたけど、なんか目に涙がにじんで……も、もう振らないであげよう。

 ちょっとここにも傷心気味になってしまった友人ができちゃったけど、私のお弁当をちょっと分けたら喜んでくれたので、それを横目に幸帆さんとかなめちゃんとパーティーの話を詰める。

 まずはパアッと鍋でもつついて、その後はケーキを食べようみたいなアバウトな内容から、折角だからとかなめちゃんの推しもありでケーキは自作――なんでもお兄さんに作ってあげたいとか――しようと決まり、鍋の材料も合わせて放課後に台場まで買い物に行くことに。

 時間的に余裕がないのでケーキは夜遅くの完成になりそうですが、どうせ夜更かし前提なので問題ないかな。

 そういった内容をジャンヌ先輩にメールで送ってみると返事はすぐに返ってきて、場所は提供してくれるということと、同室の中空知先輩といつか京夜先輩が知り合いだと言って一緒に寝ていた玉藻ちゃんも参加させたいとあって、人数は多い方が楽しいと了承。

 メンバーも決定したところで、若干慌ただしくなりそうなパーティー準備のために、残り少ない昼休みで放課後の調達材料を急いでまとめていった。

 放課後。

 私と幸帆さんとかなめちゃんでお決まりのアクアシティ台場まで買い物に行って、鍋とケーキの材料をどっさりと買い揃えて3人ともが両手に買い物袋を持った状態で学園島に戻ろうと施設の出口に向かってお喋りしながら歩いていたら、後ろの方からちょっと騒がしい雰囲気がしたのでみんなで振り返ってみる。

 するとそれと同時に勢いよく走ってきた男の人と幸帆さんがぶつかって買い物袋を落としてしまい、その拍子に中の卵がぐちゃっ。生クリームも容器から漏れ出てしまう。

 ぶつかった男の人はこっちに謝ることもなく出口に向けて走り去っていってしまい、幸帆さんを心配しつつそれを見て落ちた買い物袋を見たままのかなめちゃんは棒立ち。

 でもなんか……雰囲気が……変わった?

 

「……非合理的ぃ」

 

 そう感じた瞬間、かなめちゃんはボソッと呟いてから持っていた買い物袋を置いて弾丸のごとく飛び出して先を行く男の人を追っていって、男の人が接近に気付くよりも早く追い付いて追い越し、その右手で胸ぐらを掴んで片手で持ち上げてしまう。

 

「あたし達にぶつかっといて謝罪もできないクズは、生きててもしょうがないよね?」

 

 とかなんとか言いながら全然心が笑ってない笑顔で男の人を見たかなめちゃんは、恐怖のあまり失神した男の人をフッと放して床に落とすと、遅れてやって来た警備員さんにその身柄を渡しながら話をしてこちらへと戻ってくる。

 

「なんかー、万引きして見つかったから逃げてたんだってさ。いるよねー、小物のやり口すらできない不器用なクズって」

 

「そ、そうだね……」

 

 みんなが仰天する確保を見せたかなめちゃんが、ケロッとそんなことを言いながら報告をしてきたので、苦笑しつつ幸帆さんと一緒に立ち上がって散々な状態の買い物袋を見て買い直しだなとため息。

 結局、卵と生クリームは改めて買ってからアクアシティ台場を出て学園島に戻った私達は、そのまま第2女子寮へと向かってジャンヌ先輩達のお部屋にお邪魔すると、早速鍋の準備とケーキの製作を同時進行。

 鍋の方は幸帆さんと中空知先輩がやってくれて、私とかなめちゃんがケーキ作りに集中。

 なんかネットとも繋がるらしいヴァイザーを装着しながら私の説明とヴァイザーの中の情報にふむふむ言ってテキパキ作業するかなめちゃんがなんとも異様でしたが、やれば出来る子かなめちゃんは磁気推進繊盾とかいう布まで操って片付けまで同時にやる。器用すぎる……

 

「おい京夜……まったく、忙しないやつだ」

 

 思いの外かなめちゃんが私を必要としなかったので、スポンジの焼き行程まで行ってからお役御免な雰囲気を察して鍋の方に移りコンロをリビングの方に準備しに行ったら、どうやら京夜先輩と電話してたらしいジャンヌ先輩が通話が切れた後に呆れながらにそんなことを呟いていた。

 

「京夜先輩、元気でしたか?」

 

「ん、元気かと言えばまぁそうなのだろうが、あいつはいつも何かしらのトラブルを抱えているな。理子のこともまだのようだし……」

 

「でも、京夜先輩はなんだかんだでちゃんと解決して帰ってきますから、今回も大丈夫ですよ」

 

「そうでなくては困る。こちらも問題を抱えてしまっているのだから、解決してもらわねばな」

 

「それは他力本願というのではないかと……」

 

 なんだか信頼なのかどうかわからないけど、真顔でそんなことを言うジャンヌ先輩に苦笑しつつ、テーブルにコンロをセットした私は、よいしょよいしょと箸を持って音頭を取る玉藻ちゃんが鍋を呼び寄せるのを横目に飾り用の苺をつまみ食いどころではない量を口に運びながら作業するかなめちゃんを発見して鍋を運ぶ幸帆さんと入れ替わりでキッチンに突入してかなめちゃんの手を止める。

 やっぱり目を離しちゃダメだこの子……

 それからちゃんとケーキに使うための苺は保管して、一旦スポンジの焼き上がりを待つ間にみんなで鍋をつつき始めると、落ち込み気味だったというジャンヌ先輩も中空知先輩も純粋に楽しんでいるようだったので良かった。

 それよりもかなめちゃんと玉藻ちゃんが食いっ気ありすぎてどうしようもない感じになってますが、元気なのは良いことですし咎めたりはしません。パーティーですしね。

 そんな風に様子を見ていたら、スポンジも焼き上がったのでオーブンから出して粗熱を取る作業をし、かなめちゃんを呼ぼうと思ったけど、鍋に夢中だったので結局私が仕上げの方をやることになる。

 まぁ、ここまで来たら簡単だけどね。

 とかなんとか思いつつリビングの様子を見ながらスポンジを上下で半分に切り、下のスポンジにホイップクリームを塗ってスライスした苺を乗せてスポンジを被せ、そこにスポンジが見えなくなるようにホイップクリームを満遍なく塗ってその上にトッピングしたら、出来上がりです。

 シンプルすぎる気もしますが、急ごしらえにしてはまぁまぁかな。

 そうした感想を抱きながら、まだ鍋をつついているリビングに持っていくのは早いかなと思ってとりあえず冷蔵庫の方にしまって再びリビングに戻ると、何やら京夜先輩の話で盛り上がってて、幸帆さんからは昔の京夜先輩の話が。

 ジャンヌ先輩からは愚痴のようなものを交えての誉め言葉。

 玉藻ちゃんはよくわからないけど京夜先輩のご先祖様? との違いについてを話していて……何でそんなこと知ってるんだろう。

 中空知先輩からはおどおどして何も話されてなかった。

 かなめちゃんにいたっては必死にお兄ちゃんの話に切り替えようとお兄ちゃんとのラブラブ話を繰り広げてましたが、なかなか流れは掴めない様子で、結局私にも何かないかと話を振られて1時間くらい京夜先輩の話をしてしまいました。

 人1人をネタによく話せました……

 鍋も食べ終えてお腹を休めていたら、時間も夜の11時になるくらいになって、どうやら日付変更まで起きてるみたいな雰囲気の中で満を持して登場させたケーキに、夜中なのにみんな大興奮。

 これがなくちゃクリスマスじゃないみたいなことを各々が言う中で幸帆さんが見事な6当分でケーキを切り分けて改めて盛り上がりながら自作ケーキに口をつけていく。

 かなめちゃんのおかげでちょっとだけ苺の量が少ないけど、満足そうに食べてるから問題ない、かな。

 そんなケーキを食べ終えたら、とうとう騒ぐ力も失ってきた面々。

 騒ぎ続けてタイミングを逃しまくっていたというジャンヌ先輩は中空知先輩と玉藻ちゃんを連れてお風呂へ行ってしまい、私と幸帆さんは色々とお片付け。

 かなめちゃんは時計を見ながら何やらせっせとパーティー帽子とクラッカーを用意してヴァイザーと磁気推進繊盾をセッティングしてます。

 聞けば香港にいる遠山キンジ先輩にメリークリスマスの時報をお送りするみたいで、この辺でもお兄ちゃん好きがうかがえます。京夜先輩も香港でのクリスマスを満喫できてるのでしょうか。

 そうして片付けを終えてみたら時刻は深夜0時まであと5分というくらいになって、ソワソワしてるかなめちゃんがクラッカーを思わず鳴らしそうになってるのにちょっと笑ってしまって、それにムッとされちゃったけど、怒られることもなくまたソワソワし出して、私はそろそろ帰ろうかなと考えたところでチョンチョン。

 幸帆さんに肩を指で叩かれて振り向くと、ベランダを指して行こうと示されたので、ちょっと寒いけど2人で夜のベランダに並んで東京湾とお台場の景色と夜空を眺める。

 

「やっぱり東京だと星は見えないなぁ」

 

「小鳥さんのご実家では見えるんですか?」

 

「うん。うちは田舎だから街明かりが少なくて、夏には綺麗な天の川が見えたりするんだ」

 

「いいですね。私の実家は街外れとはいえ京都市内ですから、東京で見える夜空とあまり変わりません。満天の星空というのは1度も見たことがないので、いつか小鳥さんのご実家に招待されたいです」

 

「そんなの大歓迎ですよ。なんなら明日にでも行きましょうか?」

 

 景色を見てたら思わずそんな会話になっちゃいましたけど、誘ってきたのは幸帆さんで、きっと話があるのでしょうが、私の冗談混じりの了承にクスクス笑ってから視線を前に向けた幸帆さん。

 後ろではパパーン! とかなめちゃんが盛大にクラッカーを鳴らして私達に25日になったことを知らせてくれてますが、大した反応もなく口を開いた幸帆さん。

 

「小鳥さんは、将来どんな武偵になりたいんですか?」

 

「……えっ?」

 

 唐突すぎる直球な質問に対して、何の準備もしてなかった私は聞き返すように反射的にそうした反応をしてしまい、戸惑う私に対してちょっとだけ笑ってからその質問の意図を話してくれる。

 まさか幸帆さんからそんな質問が来るなんて想像すら出来なかった。

 

「今日、アクアシティ台場で私、万引き犯とぶつかってしまったじゃないですか。後ろからとはいえ、仮にも武偵である私がその程度の危険も察知できなかったのはダメだなぁと思いまして。こういうところを京様は見抜いて前線の学科はやめろと言ってくださったのかもしれないと思うと、余計に情けないなぁって」

 

 ちょっとだけ落ち込んでるような口調でそう話した幸帆さんは、武偵になってまだ日が浅いのに真剣に悩んでいる様子で、後方支援が基本の情報科だからという言い訳をせずにそれが情けないことだと思っているみたい。

 

「……私、物心ついた頃からお母さんもお父さんも私立探偵で、小学校に上がるまでは日本でお仕事してて、家を空けることが割と多かったけど、2人のお仕事に強い憧れがあったんです。武偵みたいに物騒なお仕事はしないですけど、完遂できずに帰ってくることがなかった両親が凄く誇らしくって、私も将来こんな風になれたらなぁって子供心にそう思って」

 

「それでどうして武偵だったんですか?」

 

 幸帆さんが目指す武偵というものがどんなものかはわかりません。

 でもそういった理由で問われたさっきの質問はきっと、幸帆さんにとっては大事なことなのだとわかるので、唐突ではあったけどそう話したら、やっぱりそこを突かれてしまう。

 

「私は……お父さんみたいに無尽蔵の体力とか、行く先で話が出来る動物達がいるわけでもないし、お母さんみたいにマルチリンガルで推理力があるわけでもなかったから、昴達と話が出来るだけのただの小娘同然で。だからせめて自分の身くらいはちゃんと守れなきゃって思って。護身術、というわけではないんですが……その……」

 

「ご両親のように、純粋な探偵業だけは難しいと、そう思ったからですね」

 

「そういうことに、なりますね」

 

 我ながら少し情けない事情ではあるけど、それが私なりに考えて決めた武偵の道。

 両親への憧れはあるけど、だからといって私が探偵としてやっていけるかわからない以上、それに類する武偵になることは悪い選択ではない。

 別に武偵免許は持ってて損はないし、そこから探偵になることだって出来なくもないしね。

 それに今は武偵になって良かったと思ってる。

 探偵を育てる学校というのは存在しないから、それだけなら私は普通の中学や高校に通うことになってた。

 そうなっていたら、この学校で出来たたくさんの大事な繋がりはできなかったから。

 

「幸帆さんは、どうして武偵になったんですか?」

 

「私は小鳥さんのように誇らしい理由があるわけではありません。姉上が戻ってきて、そのまま家の仕事を継いでしまい、私はやるべきことを奪われてしまって、そうなった時に私はどうしたいのかわからなくなりました。認めたくはありませんが、私はずっと、姉上のようになりたかったのです。姉上のように何でもできる人に。でもどんなに頑張ったところで私は姉上にはなれませんし、姉上と同じ景色を見ることはできない。そんな当たり前のことにそうなってようやく気付いたんです」

 

 話の流れ的に当然そうなっちゃって、幸帆さんがどうして武偵になったのかを問いかけてみたら、ちょっとした昔話をして武偵になる直前までをしてくれる。

 確かに幸音さんは何でもできちゃう人ですから、そんな人が姉だと色々とあったのでしょうね。

 兄弟のいない私にはピンとは来ませんけど。

 

「だから私は、家を出たんです。狭い見聞でしか……姉上の背中しか見てこなかった私が、これからどうしたいのかを見つめ直すために。でも、やっぱり初めから1人は不安で仕方なくて、だから私は京様を頼って東京に来てしまいました。京様のそばにいたくて、京様に頼ってもらえるようになりたくて武偵になりました。いま考えても浅はかな理由です」

 

 幸帆さんは自分が武偵になった理由をあまり良く思っていないようですが、私はそうは思いません。

 何故なら私も誰かのためにと思って今ここにいるのは確かで、幸帆さんの理由だって京夜先輩に頼られるほどになれたらそれはきっと、その時は誰もが認める武偵になってるはず。

 きっかけは所詮、きっかけでしかない。それを誇るとかはどうでもいいんだと思う。

 

「理由なんて……きっかけなんて気にしなくてもいいと思うよ。だって今、幸帆さんは自分で選択して武偵であり続けてるもん。武偵は中途半端な気持ちでやれるお仕事じゃないって思うから」

 

 そうした本心を口が動くままに伝えたら、キョトンとしてしまった幸帆さんは私を見続けて、急にクスリと笑った。

 そんなおかしなこと言ったかな。

 

「そうですね。きっかけなんて些細なことなのかもしれません。これからどんな武偵になるか。どんな武偵になりたいかは明確じゃないですが、京様が将来、真っ先に頼ってくれるような武偵になれたら、それはきっと素晴らしい武偵になれたと思えると信じて、今はがむしゃらに頑張るだけですね。向いてるとか向いてないとか悩む時期にはまだ早かったかもです。ありがとうございます、小鳥さん」

 

「いえいえ、私はそんな大層なこと言ってませんから」

 

 どうやら何か吹っ切れた幸帆さんは、とてもスッキリした顔で笑っていて、私もなんだかポカポカして……寒い! か、体が冷えてきたみたい……

 それを察して幸帆さんが中に入ろうと言ってくれてリビングに戻ろうとしたら、急に「あっ」と何かを思い出したように私を引き止める。

 

「そういえば、小鳥さんはどうして京様の戦妹になられたのですか?」

 

「へっ? 何でって……それは京夜先輩がただ者ではない感じをビビッとといいますか……」

 

「この学校に来て日は浅いですが、そのような方は上級生には割といらっしゃる印象です。さすがに眞弓さんクラスの方は神崎先輩やレキ先輩くらいしかお見受けできませんが、その中で京様を選んだ明確な理由などがあるのかなぁと……」

 

 きっと幸帆さんにとっては素朴な疑問だったのでしょう。

 でもそんな質問をされて改めて私が京夜先輩を戦兄に選んだ理由についてを考えるとちょっと不思議だった。

 ビビッときたのは本当。だけどそんな風に感じた先輩は他にもいた。

 でも私はほとんど迷いなく京夜先輩を戦兄にしたいと思った。

 それは何でか。その答えに辿り着いた瞬間、私は冷えていたはずの体に熱が入っていくのを感じて、次いで顔が真っ赤になってしまい、幸帆さんはそんな私を心配して近寄ってきてくれた。

 気付いてしまった。

 昴を猫に狙われて困ってたところに、何でもないみたいにやって来て猫を追い払い、初対面で昴と仲良くなってしまった京夜先輩に、惹かれていたんだ。

 私の能力にも変な目を向けずに普通に受け入れて接してくれた京夜先輩を、好きになってしまっていたんだ。

 一目惚れ。

 自分はしないと思っていたそれをしていたことに、今更ながら気付いて恥ずかしさで死にそうです……

 

「…………うぅ、幸帆さんのバカぁ」

 

「えっ? えっ!? わ、私が何かしましたか!?」

 

 別に幸帆さんが悪いわけではないけど、今この時に混乱気味になっていた私は顔を手で隠しながらそんなことを口走ってしまい、困った幸帆さんはおどおど。どうしたものかと悩み始めてしまいました。

 でも困ってるのは私もだよー!

 まさかここにきて実家でのお母さんの言葉が的を射ていたことを理解してしまうけど、今はまだ京夜先輩とは戦兄妹。

 この気持ちは契約が切れるその時までは胸の内に秘めなくちゃ。

 それに、この気持ちが本当にそうかは京夜先輩と面と向かって会ってみないとハッキリしない。

 でもこのフワフワした感じは初めてでなんだか落ち着かない。

 あーもう! 早く帰ってきてください京夜先輩! 私のこれは恋なんでしょうか!

 そんな私の心の叫びは、東京湾の向こうに響くこともなく私の中で延々と反復するのでした。


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