緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Bullet94

 招かれた香港藍幇の拠点、洋上に浮かぶ藍幇城に夜遅く訪れたオレは、適度な緊張を保ったまま藍幇との交渉に備えて色々していたら、何故か今は理子、劉蘭、狙姐と一緒にご褒美有りルールの麻雀をやっていた。

 

(フー)。ツモ、4000オールネ」

 

 中国での和了(あが)りを意味する和を交えて東一局を制したのは親の狙姐。

 全員が相手の出方をうかがう中での綺麗な和了りに理子も思わず舌打ちしつつ点棒を渡し、表情ひとつ変えない劉蘭は静かに点棒を渡す。

 親の和了りなので連荘となり、1本場を示す100点棒を隅に置いた狙姐がまたサイコロを回し牌が配られる。

 麻雀というのはその人の性格が結構モロに出るゲームとして、日本の武偵は割と出来るやつが多い。

 特に諜報科ではポーカーフェイスや人間観察する目を養うために時々だが授業でやらされたりもする。

 なのでどんな相手でも最初は様子見をしてほとんど動かないのだが、狙姐はそういった武偵の警戒心を逆手に取った大胆な手で和了ってきたわけだ。

 劉蘭も見たところ相当な打ち手であるのがポーカーフェイスからわかる。理子もあの手この手で仕掛け方が毎局コロコロ変わるので打点に偏りが出にくくやりにくい相手だ。

 そんなわけで今回の面子が非常に面倒臭そうな相手なのを今ので把握したオレは、イカサマ有りのこの卓で誰もそれをしそうにないことをなんとなく察する。

 理子は言わずもがな、オレとやる時は100%バレるから即負けになる今回はやらない。笑い話やバックドロップで終わる麻雀なら別だがな。

 劉蘭は対局が始まった時点で左手を全く出さずに右手だけで処理するスタンス――基本的にみんなそうだが、最も分かりやすくしてくれてる――で暗に「不正などしません」と示しているし、服も袖のないチャイナドレス。

 狙姐は一番やりそうだが、この面子から本能的にイカサマはリスクが高いと理解してるのか、怪しい素振り1つしない。それがフェイクであることもあり得るが、オレはオレの目を信じて今はこのゲームを終わらせることだけ考える。

 

「はいローン! 直撃ブッ刺し3900ー!」

 

 とかなんとか人の表情をうかがってたら、理子が乱暴に手牌を見せて対面の劉蘭の捨て牌を拾いドヤ顔で和了る。

 その言動からどうやら劉蘭を狙い撃ちすることだけを考えていたのだろうが、この辺が性格が出るといったところか。直前のやり取りがモロに影響してる打ち方だ。

 

「この親番でお前を飛ばしてやるよ」

 

 理子にしては珍しく敵意丸出しで劉蘭にそう言いながらサイコロを振るが、この理子は麻雀では見たことないな。そんなに劉蘭を裸に剥きたいのか。

 だがそれはできれば阻止したいところ。理子と劉蘭の間でやる分にはオレも構わないが、何故かオレに公開が決定してるそれをさせては劉蘭が可哀想だ。見たい見たくないは別としてな。

 

「理子様はトラッシュトークもお上手ですね。場の盛り上げ方をわかってらっしゃいます」

 

 そんな理子の飛ばし宣言も涼しい顔を崩すことなく受けて返す劉蘭も劉蘭で全く表情が読めない。

いま気付いたが、劉蘭はどうやら人と状況によって与える印象を意図的に変えているっぽい。かなり役者向きの性格のようだ。

 現にオレに見せる笑顔と理子、狙姐に見せる笑顔では微妙に受ける印象が違う、気がする。

 それが2人にもわかるのか、さっきから劉蘭の笑顔に怒気みたいなものを感じてるような。気のせいであってほしい。

 とりあえず今回は理子に勝たせるわけにはいかない。それがオレに課せられた最低限の目標。

 あわよくばオレが勝って理子と話をする時間を作る道もあるが、この面子でトップは確実性がなさすぎるし、勝ちに急くと即座に食われる気がする。3人とも醸し出す雰囲気が戦う女なんだよ。

 なのでオレは目立たないように要所で理子の稼ぎを奪う方針で黙々と卓を進めておく。

 というか理子と劉蘭の会話がヒヤヒヤもので割り込む勇気がないだけなんだが。

 

「時に理子様は、京夜様のことをどう思われてるのですか?」

 

「あ? 今そんなこと関係ないだろ」

 

 そんなオレの内心を知る由もない劉蘭は、打ちながらの会話を始めて理子に唐突な質問をするも、ずっと素の状態の理子は応じる気配がない。

 戦闘以外でこんなに長く素でいる理子も初めて見るよな。

 

「関係なくはありません。少なくとも私には。理子様がもし、京夜様のことを好いておられるならば、私はこの場で宣言せねばならないからです」

 

「私は京夜様が大好きですー、ってか? 勝手にやればいいだろ。そんなのあたしに宣言する必要はねーよ」

 

「では、これから京夜様に告白のお返事をもらってもよろしいですね?」

 

「ちょっと待つアル! 劉蘭勝手すぎネ!」

 

「それこそ今やることじゃねーだろ」

 

 タンッ!

 と、オレ関係の話なのに会話に割り込む隙すらない応酬に呆然としていたら、喋りながら牌を切った理子に「和」と落ち着いた口調で宣言した劉蘭は、一転して沈黙した卓で理子の捨て牌を拾って手牌を開示。見事な清一色(チンイーソー)にドラも乗っての倍満。16000点の収支が2人の間で行われる。

 

「そうですね。ではこのゲームに勝って2人きりになってからお尋ねしようかと思います。次は京夜様の親ですね。サイコロをどうぞ」

 

 怖い……

 今の会話で劉蘭は理子の判断力を奪って単調な打ち方をさせて、そこから直撃で点数を奪った。しかもサラッと理子の飛ばし宣言まで流してしまった。

 これは理子の心情を正確に把握していないと出来ない揺さぶり方だが、まだ会って会話すらほとんどしてないはずなのにここまで理子をいいように扱うのは今のオレでも無理だ。

 何でそんなに理子のことを理解できてるのか謎すぎる……

 全員が劉蘭に恐怖すら感じてる中で、親番がオレに回ってきて配牌を終えて手牌を見やすいように並べ替えたタイミング。そこで信じられないものをオレは見てしまった。

 なんと、手牌がすでに和了っているのだ。これは手牌がどんな形でも揃っていれば役満となる『天和(テンホー)』。

 確率的に確かプロの麻雀打ちでも一生で1度あるかどうかという天文学的な和了りだ。

 これを和了ると3人から16000点ずつを一気に奪えるが、現在の得点状況では理子がマイナス収支になってゲームは終了。

 オレがトップで勝ちになるわけだが、ここでチャンスと見てそうするのは早計だと考えてしまったオレは、なかなか牌を捨てないオレを見る3人を多少無視して思考する。

 ここでオレが理子を飛ばして勝って、それで理子と2人になって話をしたとして、果たしてそれは今の問題が解決に向けて前進するのか。

 考えすぎかもしれないが、理子を飛ばして勝つことでオレが劉蘭を守ったなどと思われたらまた面倒極まりないことで、否定もしにくい。

 それに今の理子はやはりいつもの冷静さが欠けてるから、強引に2人きりにしてもオレの言うことを素直に聞き入れてくれる保証が全くない。

 むしろ耳を塞がれてしまう可能性だってある。

 

「…………はぁ」

 

 そんなことを考えてたら思わずため息が出てしまい、このゲームでもう理子の問題を解決することを放棄したオレは、波風立てずに終わることだけに終始することを決定して、和了ってる手を崩して手牌の1つを河に捨て順番を劉蘭に回した。

 まぁ天和は惜しいが、そんな一時の幸福感で理子との仲を引き裂かれては堪ったものではない。

 その後の展開は恐ろしいレベルで動かず、誰1人として和了ることなく流局が続き、8連続流局から劉蘭の満貫ツモでようやく南4局。

 オーラスを迎えて点数状況はトップが狙姐から劉蘭に変わり、尻に火が点いてるのが理子。

 オレと狙姐は和了る手によっては逆転も圏内だが、理子が勝つには最低でも3倍満は必要と厳しい感じ。

 役満なら文句なしで勝ちだが、高い手は作ろうとすればそれだけ読まれやすいし、和了る1歩手前の聴牌(テンパイ)までの手も遅くなるからな。まず理子の勝ちはないだろう。

 

「立直だ」

 

 と思ったのだが、その理子がまさかの立直。

 立直ということはその和了りで逆転が可能ということを示したことになるため、狙姐もオレもちょっと驚き、劉蘭もさすがにほんの少しだけ緊張した表情を見せたが、すぐに不敵な笑みに変わる。

 だが、その揺らぎを見逃さなかった理子はニヤリとちょっといつもの調子の笑みを浮かべた。

 

「食えない女もさすがにビビるよな。お前以外の誰かが振り込んでも負け。あたしがツモっても負けだ」

 

「ですが、理子様の手が役満でない限りはその条件も崩れますよ。3倍満止まりならば、京夜様と狙姐が振り込んでも私の勝ちです」

 

「あたしがそんな逃げ道を用意するとでも思ってるのかよ。世の中そんなに甘くねーんだよ、お嬢様」

 

 最初から劉蘭にやられ気味だった理子がここにきて息を吹き返したように劉蘭を攻める様子に、表情にこそ出さないがちょっとだけ笑ってしまった。やっぱりこういう理子の方がらしいな。

 だがここで理子に勝たせるわけにはいかないので、オレと狙姐は完全にこの局をオリて理子の当たり牌を捨てないように切り替えたが、劉蘭は時折、かなり危険な牌も切って自分の手を進めていた印象があり、流局でも勝ちのはずの劉蘭がそうする理由が全くわからなかった。

 結局この局はヒヤヒヤしたが流局になり、劉蘭と理子がテンパイで手牌を開示。

 すると理子の手牌は3倍満どころか、立直のみの1翻役。

 和了る気がなかったとしか思えない、というか当たり牌は何枚も捨てられてるのに完全に見逃してる辺り、和了る気はゼロだったみたいだが、さっぱり意味がわからん。この局に関してはオレの理解の範疇を越えた……

 意味不明すぎて思考停止状態のオレが呆然と両サイドの2人を見てみると、その2人はこれまで見せていたどれとも違う同種の笑みを互いに向けていたので、今の局には2人だけが理解できる何かがあったことはなんとなく察することはできた。

 ゲーム上の勝ち負けではない何かで競った印象だ。

 

「くふっ。いいんじゃないか、劉蘭」

 

「お誉めに預かり光栄ですわ」

 

「ほら、サイコロ回せよ。やるんだろ、連荘」

 

「はい。もちろんです」

 

「ん? 連荘するかは親が決められるのに、やるのか?」

 

「どうしてやめる必要があるのですか? このような終わり方は理子様も狙姐も納得いきませんでしょう。それに私も逃げたみたいな勝ち方は嫌ですしね」

 

 互いに認め合ったみたいな雰囲気の2人にちょっと信じられないものを感じつつも、今ので勝ちは決まったのに嬉々としてサイコロを回し始めた劉蘭に思わず質問してしまったが、なんかここにきて女子が一致団結した感じでオレの方がなに言ってんだこいつ状態に。

 オレがおかしいのかこれ……

 その後の局は結局誰も和了れずに流局で劉蘭もノーテンでゲーム終了。

 内容としてはモヤッとしたものになったが、唯一聴牌していた理子が今度は紛れもなく役満である国士無双を13面待ち――待ちで最高の状態――という超絶馬鹿げた状態だったため、明らかに捨て牌がおかしかった理子を全員が警戒した結果だ。

 どうやったら13面待ちなんて出来るんだよ。変な意味でアホなのか。

 それで最終結果は劉蘭のトップで、勝利者特権は劉蘭が行使できることになったのだが、もう内容は聞いてるオレが立ち上がって劉蘭をリードしようとすると、その劉蘭はフルフルその首を横に振ってオレに目配せする。

 

「では私は狙姐と2人きりになりますね。ですので恐縮ですが京夜様と理子様はこの部屋から退出願いますか?」

 

「ちょっと待つネ劉蘭! ココはお前と2人きりは嫌ヨ!」

 

「合意の上でのことですよ。よもや曹操の血筋が約束を違えるということは、ありませんよね?」

 

 そうしてまさかの狙姐を指名した劉蘭は、物凄く嫌な顔をしてオレに助けを求める狙姐に抱きついてオレと理子に手を振るので、勝者の言うことには従うのが決まりなので素直に部屋を出たオレと理子は、最後に見えた狙姐の絶望したような表情にちょっとだけ恐怖しつつ扉を閉めたのだった。

 劉蘭なりにココ達と仲良くしようとしてるってことかね。相手があんな感じだと先は長そうだけど。

 ともあれ事なきを得た麻雀対決を終えて安堵したオレに対して、いきなりローキックをお見舞いしてきた理子に飛び退いて何事かと理子を見れば、ムスッとした顔をした理子はまだ素のままで口を開く。

 

「何で和了らなかった」

 

「あ? そんなの和了れなかったからに決まってるだろ」

 

「嘘つくな。京夜が麻雀で手を止める瞬間なんてまずない。東3局で天和だったろ。劉蘭とツァオ・ツァオは気付かなくても、あたしまで気付かないと思ったか」

 

 指摘されたのは終始オレが和了れなかったことじゃなくて、天和を和了らなかったことについて。

 やはり理子だけは気付いていたようだが、自分を飛ばせてトップで終われる状況でそれをしなかったオレの行動が疑問だったのか、尋ねないわけにはいかなかった感じだ。そりゃそうだろうよ。

 

「……強引な形でお前と話がしたくなかった。お前がオレの言葉を受け入れてくれる状態で、ちゃんと話したいと思ったから」

 

 理子の真剣な問いに正直な言葉で返したオレは、そのあとの理子の反応を見ていたら、ちょっと驚いたような表情からムッとしたかと思えば、なんか恥ずかしそうにしたのを隠すように後ろを向くという珍妙な現象を見せた。

 何だそれは。オレのデータにない反応だ。

 

「お前が質問したからオレも1つ聞くけど、さっきのオーラスのブラフ。あれはなんだったんだよ。ゲームの展開上、全く無意味だったろ」

 

「あ、あれは試したんだよ。劉蘭が……隣に立つに相応しい女かどうか。あそこで退くような女だったら別の意味では勝てたんだが……」

 

「隣に? 誰の?」

 

「それくらい察しろバカ京夜。だから色んなところで女が寄ってくるんだよ」

 

 後ろを向いてしまって仕方ないので、向こうが質問したならと質問返しで先ほどの謎の解明に当たってみると、どうやら劉蘭の度胸試しをしていたみたいだな。

 その理由はまたオレか。オレの隣にいるのに相応しいだなんだってのがよくわからないが、理子にとってはゲームの勝ち負けよりも優先したかったことなんだな。

 

「ちっ、お前達のせいで動くチャンスをだいぶ潰された。今夜のうちにやっときたいこともあったのに」

 

「藍幇城の探索か? それならオレがある程度やっといた。あとは1階の見張りがいる扉の奥くらいだな、怪しいところは」

 

「…………そういうところがムカつくんだよバカ……」

 

 それで会話も終わらせにかかってきた理子はこれから藍幇城に探りを入れてくるようなことを言うので、その辺に関してはすでにやっていたオレが突破してない関門を述べてやると、ブツブツ何か言った理子はオレに振り向いてアッカンベー。

 まだ怒ってるのか、それで下への階段に向かっていく。

 

「そういえば……明日はイヴだな」

 

 かと思われたが、急にピタリとその足を止めて独り言のように口を開いた理子。何だ急に。

 とは一瞬考えたが、その意図にはオレへのメッセージが込められてることに気付く。イベントってのは何かとタイミングが良いものだしな。

 

「そうか……イヴか。じゃあ何事もなかったら夜にでも、せっかくの中国だし藍幇城の屋上で誰かと酒でも飲みながら2人っきりで話したいもんだな。できれば話上手で退屈しない、悪酔いしないでくれるイイ女と。まぁ、そんな女がいるとは思わないけど」

 

 だから向こうが独り言で通したいならばと、オレも独り言のように理子とは別の方向を向いてちょいちょい理子のことを示す言葉で誘ってみると、ちょっとの沈黙のあとにまさかの反応が返ってきた。

 

「でっかい独り言。そういう癖あるなら直した方がいいと思うよ、キョーやん」

 

「……大きなお世話だ」

 

 てっきりそのまま立ち去っていくのかと思っていたのに、急にいつもの理子になって久々の呼び方をしてきたので、不覚にもちょっと嬉しかったオレが振り返って口を開けば、そこにもう理子の姿はなかった。

 じっとしてられない性格なのはわかるが、話しかけたならこっちの反応くらい待て。

 それから理子の単独行動を邪魔するのは忍びなかったので、今夜はもう休むことにして最初の方に案内されたオレの部屋に戻って、明日にでもキンジに渡すための藍幇城の簡単な見取り図を書いてから寝たオレは、ようやく良い方向に向き始めた流れにちょっと安心しつつ、そのきっかけを作ってくれた劉蘭に感謝するのだった。

 翌朝。

 早くに劉蘭が九龍に戻ることを聞いていたので、藍幇城の正面玄関で待ちぼうけしていたら、なんか階段近くに置いてあった巨大な(かめ)からのそっとキンジが出てきてギョッとする。

 なんともアホ臭いトラブル臭のするキンジがそこで寝ていたことにはあえてツッコまず、こちらに気付いた時に軽く挨拶しつつ近付いて、昨夜に作っておいた藍幇城の見取り図と、先日返却されたアリアの殻金を渡しておく。一応はバスカービルのリーダーだしな。

 

「交渉は任せるが、問題が起きたら戦力になる。そうならないようにしてはほしいがな」

 

「俺も気持ちは同じだが、そうなった時は頼りにしてるよ。アリア達はすでにオトされてるしな……」

 

「ふーん、昨夜の感じだと確かにそう見えたが、全オチするほどバカな連中じゃないだろ。チームメイトならもう少し信じてやれ」

 

 渡された殻金に少し驚きつつも、諸葛から渡されたことを伝えて納得し、見取り図をひと通り見て礼を言った後、そうした先を見据えた会話をして階段を登っていったキンジ。

 荒事にならないのが最善だが、難しい問題だよな。戦わずに師団と眷属の旗色を変えるのは、無条件降伏くらいどちらかが折れないとダメな気がするし。

 見えなくなったキンジに委ねてるとはいえ、この交渉が今更ながらに難しいことに考え至ったオレは、武偵らしく最悪の事態を想定した動きをシミュレートしながら、元いた位置に戻ると、その後すぐに趙煬を隣に置いた劉蘭がやって来て、オレを見るなり走ろうとしたのを制して慌てず歩いて近寄ってきたところで話をする。

 趙煬はアイコンタクトで先に玄関に停まるクルーザーへと向かっていった。

 

「見送りなどよろしかったのに」

 

「いや、それくらいはさせてくれ。礼も言いたかったしな」

 

「理子様とは、無事にお話ができたようですね。私も狙姐とゆっくりお話できたので、互いに有意義な時間になって良かったです」

 

 やはり昨夜の劉蘭は理子とオレの仲をどうにか取り持とうと動いてくれていたようで、そのほとんどが演技だったっぽいことがわかる。

 狙姐と話があったのは本当のようだったが、その辺の人の動かし方に才能がある劉蘭にはちょっと恐ろしい部分があるものの、我欲に使わないその性格はマジで惚れそうだ。イイ女の証明だな。

 

「ありがとな、劉蘭」

 

「いえいえ。お礼を言われるようなことは何も。それに今日も夜にはこちらに戻りますので、お話はその時にまたゆっくりいたしましょう。ですが……」

 

 とはいえオレのためにしてくれたことには礼は言っておくと、謙遜する劉蘭は笑顔でそう返してまた夜に戻ってくることを告げると、スッとオレの制服のネクタイを直しつつ小声で続ける。

 

「今夜は気を抜かぬようご注意ください。備えあれば憂いなし、ですから」

 

「……劉蘭が言うと重みが違ってくるな」

 

「ふふっ、そうでしょうか。それでは京夜様。今夜はクリスマスイヴですから、よい1日になりますよう願っています」

 

 そうして意味深なことを言ってから離れた劉蘭は、一転して明るい台詞でお辞儀をしてから、趙煬の乗るクルーザーへと乗り込んで行ってしまった。

 さて、今日はどうなることやら。

 思い返して良い1日だったって言えるように頑張りますけどね。


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