突然白雪に向けて発砲したキンジ。
おいおい何やってる……と思ったのは一瞬で、白雪はそれをあたかも予想していたかのように白小袖でキンジの腕を弾き狙いを外してみせた。
白雪はそれからアリアの側面へと回り込み、背後へ。
そして隠していたであろう刀を取り出し鞘から抜く。あれは白雪のイロカネアヤメだな。
アリアも危険を察知したようで、両手に銃を抜き白雪に振り返ろうとしたが、その首、頸動脈にピタリと刃が当てられ動けなくされる。
「しら……ゆき! 何よ! どう、したの!」
喚くアリアの右拳に白雪はフッと息を吹きかける。
するとアリアは短い悲鳴と共に持っていたガバメントを落としてしまった。
さらにその落ちたガバメントの周囲がパキパキッと氷に包まれていくのを見て、オレは驚愕する。
「アリア! 違うんだ! ――そいつは白雪じゃない!」
様子を見ていたキンジがアリアに叫ぶと、白雪はアリアの左手にも息を吹きかけガバメントを手放させる。
「――只の人間ごときが、超能力に抗おうとはな。愚かしいものよ」
そんな白雪から、今度はまったく別の声色の……凛とした女性の声が発せられる。ああ……こいつが……
「……魔剣……」
正体に気付いたアリアが凍らされた両手を胸に寄せながらそう口にした。
「――私をその名で呼ぶな。人に付けられた名前は、好きではない」
「あんた……あたしの名前に、覚えがあるでしょう! あたしは、神崎・ホームズ・アリア! ママに着せた冤罪、107年分は――あんたの罪よ! あんたが、償うのよ!」
いきり立つアリアに対して、魔剣は……
「この状況で言うことか?」
フンッ、とアリアを嘲笑っていた。
「それに、お前の名――たかだか150年ほどの歴史で名前を誇るのは、無様だぞ。私の名はお前より遥かに長い――600年にも及ぶ、光の歴史を誇るのだしな」
……600年前……歴史には疎いが、中世時代の有名人は……わかるかそんなの!
ヒントがまったくないぞ! ヒントプリーズ!
「なるほど、お前は『双剣双銃』が――リュパン4世が言った通りだ」
リュパン……フランスの大怪盗、アルセーヌ・リュパンの子孫か?
その4世がイ・ウーにねぇ……いったいどんな悪顔してんのやら。
今度会わせてくれよ、魔剣さんよ。
「アリア。お前は偉大なる我が祖先――初代ジャンヌ・ダルクとよく似ている。その姿は美しく愛らしく、しかしその心は勇敢――」
「ジャンヌ・ダルク……!?」
だと!?
口に出したアリアと同じことを思ったオレは、魔剣の祖先に気配が漏れそうになった。
危なっ! とんでもないな、魔剣。だが確かジャンヌ・ダルクは……
「ウソよ! ジャンヌ・ダルクは火刑で……10代で死んだ! 子孫なんて、いないわ!」
そうだ。ジャンヌ・ダルクは子孫なんて残せるほど長生きしていない。
そんなの歴史にも書かれている。
「あれは影武者だ」
それを魔剣はバッサリ切り捨てた。マジかよ……
「我が一族は、策の一族。聖女を装うも、その正体は魔女。私たちはその正体を、歴史の闇に隠しながら――誇りと、名と、知略を子々孫々に伝えてきたのだ。私はその30代目。30代目――ジャンヌ・ダルク。お前が言った通り、我が始祖は危うく火に処されるところだったものでな。その後、『この力』を代々探求してきたのだ」
言い終わると同時に魔剣……ジャンヌはアリアの太ももに触れる。
するとアリアの膝小僧に氷が張りつき、それにアリアも呻く。
「
「……アリア……!」
それを聞いたキンジは持っていたベレッタでジャンヌに狙いを定めるが、あの位置関係じゃアリアを盾にされて、頭か手くらいしか狙えないし、何より武偵法の9条で武偵は人を殺せない。
ジャンヌはそれがわかっててあの位置関係を作り出したのか。
「私の変装を見抜いたお前は『普段のお前』ではないのだろうな。警戒せねばならないのは確かだが、今のお前の弱点は『女を人質にされること』、だろう?」
おいおい、『今のキンジ』と『いつものキンジ』の変化まで知ってるのか。さすがは策士。余念がない。
「遠山。動けば、アリアが凍る。アリアも動くな。動けば、動いた場所を凍らせる」
「キンジ……撃ち、なさい……!」
「喋ったな、アリア? 口を動かした。悪い舌は、いらないな」
ジャンヌは口を開いたアリアの顎を強引に押さえ、自らの唇を寄せていく。
冷気を口に吹き込むつもりか!
おいアリア。使われずに終わる手札は一番惨めなんだぞ。早く合図を出せ! 死ぬぞ!
「――アリア!」
そこに響いた別の声。この声は……白雪!
じゃりっ!
声のあと、ジャンヌの背後、3メートルはあるコンピュータの山から分銅つきの鎖が伸び――ジャンヌの持つ刀の鍔に巻き付き、ぐいっと引っ張られジャンヌの手から離れた。そのコンピュータの上には……
「キンちゃん、アリアを助けて!」
白雪がいた。
白雪は鎖を引き上げて刀をキャッチ。
それからアリアとジャンヌを分断するようにコンピュータから飛び降り刀を振り下ろし、対応しようとしたジャンヌをアリアがカンガルーキックで妨害。それにはジャンヌも思わず後退した。
キンジ、アリア、白雪の3人はまとまり、ジャンヌは孤立。状況は好転した。
そしてやっと全員集合だな。
「白雪――貴様が、命を捨ててまでアリアを助けるとはな」
言いながらジャンヌは緋袴の裾から発煙筒を落とし、白い煙幕を作り出した。
逃げるつもり……ではないだろうな。
ばっ。ばっ、ばっ。と、煙を感知した天井のスプリンクラーが作動し水を撒き始める。
その間に白雪はキンジとアリアにじりじりと退がって近づいていった。
「ごめんねキンちゃん。いま、やっつけられると思ったんだけど……逃がしちゃったよ」
「上出来だよ、さすが白雪だ。アリア、大丈夫か」
「や……やられたわ。まさか、白雪が2人とはね……」
言いつつ、アリアは屈んだまま両手を開閉していたが、あれではおそらく刀も銃も扱えないな。
「白雪――2つ、思い出してくれないか」
そんな中、キンジは白雪に対して質問を始めた。
今のキンジなら無意味な確認はしない。何か気になったのか?
「アリアのロッカーに、ピアノ線を仕掛けた覚えはあるか?」
「ロッカー……? そんなこと、誓ってしてないよ」
「あともう1つ。白雪はこの間、花占いしてるところを不知火に見られたか?」
「え、あ、うん……」
それがなんだというの……いや待て。さっきのジャンヌの変装……今回『だけ』だったのか?
「俺は同じ時刻に、もう1人の白雪とすれ違ってる。あの女は今までずっと、白雪に化けて武偵高に潜んでいたんだ。だから俺たちを細かく監視し――分断できた。アリア。お前のロッカーにピアノ線を仕込んだのも恐らくジャンヌだ。さっき下の階に仕掛けてあったピアノ線を覚えてるだろう。木を隠すなら、森――白雪のアリアへの嫌がらせの中に、奴の
「キンジ……あんた、また……なれたのね!?」
アリアもどうやらキンジの変化に気付いたらしい。
遅い気もするが、状況が緊迫してるからな。仕方ないか。
「魔剣! ――あんたがジャンヌ・ダルクですって? 卑怯者! どこまでも似合わないご先祖さまね!」
今のキンジに強気になったのか、アリアは煙の向こうにいるジャンヌに挑発する。
「お前もだろう。ホームズ4世」
そんなジャンヌの声が返ってくると、少し前から気にはなっていたが、室内の気温が急激に下がっていく。
さらに煙の向こうのスプリンクラーから出る水は空中で氷の結晶となり、雪のように舞っている。
あの現象は……なんて言ったか……そうだ、ダイヤモンドダスト。
しかしこの室温、吐息が白くなるから息を潜めるのも難しいぞ。ジャンヌに気付かれるかもしれない。
「キンちゃん……アリアを守ってあげて。アリアは、しばらく戦えない。魔女の氷は、毒のようなもの。それをキレイにできるのは
「――何を言うんだ白雪。お前を1人で戦わせるなんて、できない」
「キンちゃん……そう言ってくれるの、うれしいよ。でも今だけ、ここは超偵の私に任せて。アリア、これ、すごく……しみると思う。でもそれで良くなるから。ガマンして」
白雪は会話の間にアリアの前で片膝をつき、アリアの手を両手で包み込んで何か呪文のようなものを呟き始めた。
「……あっ……! んくっ……!」
白雪の言ったように、治癒は痛みが伴うらしく、アリアは痛々しい声を出すが、ジャンヌに悟られないように声を殺していた。
それから治癒を終えた白雪は、キンジとアリアの近くにあったコンピュータに御札を張り付けて立ち上がり、1歩前へ踏み出す。
「ジャンヌ。もう……やめよう。私は誰も傷つけたくないの。たとえそれが、あなたであっても」
フン。
白雪の言葉に煙の向こうからそんな笑い声が聞こえた。
「笑わせるな。原石に過ぎぬお前が、イ・ウーで研磨された私を傷つけることはできん」
「私はG17の超能力者なんだよ」
笑い声が、聞こえない。というかG17!?
京都にいた頃、
おそらくジャンヌもオレと同じことを思ったのだろう。
「――ブラフだ。G17など、この世に数人しかいない」
「あなたも感じるハズだよ。星伽には禁じられてるけど……この封じ布を、解いた時に」
「……仮に、真実であったとしてもだ。お前は星伽を裏切れない。それがどういうことを意味するか、分かっているならな」
「ジャンヌ――策士、策に溺れたね。それは今までの、普段の私。でも今の私は、私に星伽のどんな
沈黙。
白雪の言葉にジャンヌは応えない。
その間に室温は元に戻り、煙も晴れ、スプリンクラーも止まっていく。
「――やってみろ。直接対決の可能性も想定済みだ。Gの高い超偵はその分、精神力を早く失う。持ち堪えれば私の勝ちだ」
言ったジャンヌは着ていた緋袴と白子袖を脱ぎ捨て、その下に着ていた西洋の甲冑を露にする。
「リュパン4世による動きにくい変装も、終わりだ」
次にべりべりっと被っていた薄いマスクを剥いで、その素顔をさらすジャンヌ。
……サファイアの色の瞳。2本の3つ編みをつむじの辺りに上げて結った銀髪。雪のように白い肌。
ヤバい……冗談抜きで綺麗だ……ってそんな場合じゃないぞオレ! 危うく気配が漏れるところだった! くっ、ジャンヌの策、恐るべし。
「キンちゃん、ここからは……私を、見ないで」
「……白雪……?」
「これから――私、星伽に禁じられてる技を使う。でも、それを見たらきっとキンちゃんは私のこと……怖くなる。ありえない、って思う。キライに……なっちゃう」
次いで白雪は頭にいつもつけていた白いリボンに手をかける。
「白雪――安心しろ。ありえない事は、1つしかない。俺がお前のことをキライになる――? それだけは、ありえない」
しゅらり。
それを聞いた白雪は白いリボンを解き微笑む。
「すぐ、戻ってくるからね」
言って刀を右手だけで、柄頭のギリギリを握り、頭上に掲げるようにして構えた。
「ジャンヌ。もう、あなたを逃がすことはできなくなった」
「――?」
「星伽の巫女がその身に秘める、禁制鬼道を見るからだよ。私たちも、あなたたちと同じように始祖の力と名をずっと継いできた。アリアは150年。あなたは600年。そして私たちは……およそ2000年もの、永い時を……」
白雪が言い終えてから、振り上げていた刀の刀身にバッ! と強い焔が纏われる。
「『白雪』っていうのは、真の名前を隠す伏せ名。私の
カッ!
言ったと同時に床を蹴ってジャンヌへと迫る白雪。
ジャンヌはそれを背後に隠していた見事な洋剣で受け止め、炎と氷が入り乱れる。
鍔迫り合いの後、さっ――それをいなしにかかったジャンヌにより、白雪の刀は傍らのコンピュータに向きを変え、それを音もなく切断した。
その間にジャンヌは白雪から距離を取り後退した。
ジャンヌとしては相性が悪いのだろう。炎と氷。当然といえばそうか。
「いまのは
再び炎を纏う刀を頭上に掲げた白雪。
「それで、おしまい。このイロカネアヤメに、斬れないものはないもの」
「それは――こっちのセリフだ。聖剣デュランダルに、斬れぬものはない」
それから白雪とジャンヌの壮絶な切り結びが繰り広げられ、2人の刀と剣が触れたコンピュータなどは、豆腐のように切断されていく。
しかし、2人が切り結ぶ刀と剣には傷1つ付かない。
互いに斬れぬものはないと謳った得物は、ただその1点にだけ矛盾を生んでいた。
しかし、あんな大出力の超能力が互いに長続きするわけがない。
超偵は万能ではない。
大きな力を使うには、それに比例して精神力を消耗する。
見ればアリアの手も動くようになったみたいで、今キンジとどう動くかを話しているようだった。
おそらく狙うならガス欠の瞬間。ようやくオレにも出番が回ってきそうだな。
そうこう考えているうちに、ジャンヌが壁際まで追い詰められていた。
しかし、追い詰めた白雪の方が息が上がっているようで、逆にジャンヌにはまだ余力を感じられた。
「甘い――お前はまるで、氷砂糖のように甘い女だ。私の肉体を狙わず、剣ばかりを狙うとはな。聖剣デュランダルを斬ることなど――絶対、不可能だというのに」
「くっ……」
ついに刀を落ちていた朱鞘に収めてしまった白雪は、膝をつきながら歯を食いしばる。
しかし、白雪はまだ何かを狙ってる。あの状況で、わざわざ鞘に刀を収めたのだから。
アリアも動こうとしたキンジを制しているのが見て取れた。
そして、室内の温度が急に下がり、ジャンヌが持っていた聖剣を構えた。
「見せてやる、『オルレアンの氷花』――銀氷となって、散れ――!」
「キンジ、あたしの3秒後に続いて!」
その瞬間、アリアが2本の刀を抜き、弾丸のように飛び出す。
「ただの武偵如きが!」
力を溜めた一撃を、ジャンヌはアリアに向けて横凪ぎに払い振るう。
そしてアリアはさっきジャンヌが脱ぎ捨てた巫女服を刀で払い上げて視界をわずかに塞ぎ、その一瞬でスライディングで横凪ぎの下を潜り抜ける。
ジャンヌの一撃は、アリアの上空を氷で埋め尽くし、天井に砲弾のように突き刺さった。
「今よキンジ! ジャンヌはもう超能力を使えない!」
アリアの掛け声より早くキンジがジャンヌへと駆け銃撃する。
ジャンヌはそれをデュランダルで弾き、キンジへと突っ込むが、その足をアリアが2刀流で払う。
それをさらにジャンヌは信じられない跳躍で躱しキンジに突っ込む。
――さわっ。
このタイミングでアリアは自身のツインテールの先を右手で触る。やっとか。
「キンジ! 1歩下がれ! アリアは動くな!」
言いながらオレの声にすぐ対応したアリアとキンジを確認したオレは、天井に仕掛けたワイヤーを手元の手動に用いるワイヤーをクナイで切ることでトラップを起動した。
トラップはジャンヌのいる地点の天井から網のように張ったワイヤーを四隅につけた重りで落とし、ジャンヌを捕らえようと迫った。
ジャンヌはそれに一瞬動揺を見せたが、すぐに持っていたデュランダルでワイヤーを切断。
しかしキンジへの攻撃は中断せざるを得なく、ジャンヌはアリアとキンジの間に着地するが、そこで間髪入れずに分銅付きワイヤーを投げつけて持っていた剣の柄と手をまとめて絡め取る。
「バカな!? 猿飛京夜だと!? お前は私の予定にない!」
ん? オレを知ってる? まぁ今はどうでもいいがな。
「切り札ってのは最後まで取っとくもんだろ?」
カッ! カカカッ!
ジャンヌの前に姿を見せワイヤーで力比べをするオレと同時に下駄を鳴らしてジャンヌに近付いた白雪は、オレが拘束したジャンヌの持つデュランダル目がけて鞘に納めた刀を下から上へと抜き放つ。
「――
その一撃でワイヤーごとデュランダルを両断し、大きな炎が天井へと突き刺さった。
「30代目ジャンヌ・ダルク!」
「未成年者略取未遂の容疑で」
「逮捕よ!!」
デュランダルを両断され、放心したジャンヌにオレとキンジが互いにクナイと銃を向けながら、アリアが超能力者用の手錠をかけた。
これで、一件落着だな。
それからジャンヌは尋問科の綴に取り調べを受けることになった。
つーん、とそっぽを向いて黙秘を決め込むジャンヌを見た綴が「イジメ甲斐がありそうだなァ」とか言ってたのが怖かった。
あれは本気でジャンヌが壊れるかもしれない。南無三。
そして綴はジャンヌを連れてきたオレを見てニヤリ。
「ご苦労さん。おかげで星伽も無事だったよ」
と、綴らしからぬ発言をしてきたのが衝撃だった。それにはなんだか照れ臭くなった。
それから元に戻ったキンジと白雪に「いたなら最初から加勢しろ」などと非難を浴びたり、アリアとレキからは「さすが京夜(さんです)ね」とか喜んで良いのかどうかわからない状態になり、それから逃げるように帰宅したオレは、先に帰ってきていた小鳥に例の噂の件で小1時間ほど説教したあと、疲れ果てて眠りに就いた。