Bullet78
ジーサード襲来。羽鳥の問題。中間学力テストと立て続けの出来事にようやくひと息つけたと思った11月28日の土曜日。
オレは現在、第2女子寮の1011号室に『缶詰』を食らっていた。
「うっほぉぉぉい! キョーやんうめぇーっす! マジリスペクトっす!」
「な……バカな……まさかお前がここまでとは……」
「そこの3人、口じゃなくて手を動かしてちょうだい」
リビングに4つドカンと並べられた机に座って作業をしていたら、隣で別作業中だった理子とジャンヌが横から覗いてきてそれぞれ感想を述べてくるが、すぐに現場監督からお叱りを受けてしまう。
オレは口を動かしてないんだが、怒られたのに不満がある。
しかし立場が低い今はそんな文句も口から出てはこない。
以前、ヒルダと理子の件で図らずも世話になってしまった夾竹桃に、解毒剤の使用返済が完了してなかったため、漫画の原稿を仕上げる作業を昨日から寝ずにやらされていたわけだが、手は多い方がいいだろと提案したら夾竹桃が召集をかけて今日の昼時に理子とジャンヌがやって来て巻き込まれて現在に至る。
リビングには他に理子についてきたヒルダが影の状態で何かできないかと右往左往してるのだが、そんなことしてるなら黙っててほしいと思いつつお茶汲みでもしたらと小言して、そわそわは解消しておいた。
作業中にうろつかれると異常に目に入るんで気が散るからな。
何でも年末に冬コミという夾竹桃には最重要なイベントがあるらしく、そこに持ち込む漫画をいま描いてるらしいのだが、今年もあと1ヶ月か。
修学旅行Ⅱはどこに行くのかねぇ。ここにいるリーダーに聞いてみてもいいが、雑談すると夾竹桃に怒られそうだしやめておくか。
などと今年残ったイベントのことを考えながら作業していたら、オレの携帯に着信があり、電話の相手が相手なだけに夾竹桃に許可をもらってから席を外して通話に応じると、なんだか久しぶりのその声に脱力してしまう。
『やっほー京夜。元気にしてた?』
「ああ、傷は絶えないけどなんとか元気にやってる。幸姉も元気そう……でもないかな。ちょっと声に疲れが混じってる」
『あはは……やっぱり京夜は誤魔化せないか。最近はお父様に色々こき使われて正直しんどいのよね』
メールこそ頻繁に送ってくるが、こうして話をするのは久しぶりな幸姉は、家の仕事を任されるようになってずいぶん忙しくなったようで、それを見せまいと明るく振る舞っていたが、長い付き合いだからこそわかる若干の空元気を見抜くと苦笑しながら愚痴を漏らしたので、それにはオレも苦笑。
『幸帆も元気? あの子メールしてもたまーにしか返信ないからちょっと心配してるんだけど、無沙汰は無事な便りってことでいいのかな』
「それでいいと思うよ。オレのところにもよく泊まりに来るし、元気にしてる。それで、近況報告聞きたいために連絡してきたわけじゃないだろ。オレもいま取り込み中だし、話があるなら手短に頼むよ」
『依頼か何か? まぁそういうのは聞かない方がいいか。今日はちょっと仕事関係の話だったんだけど、先約があるなら正規に申請するかな』
そんな挨拶もほどほどに、用もなしにわざわざ電話なんてしてこないだろうことを予想して話を進めたら、どうやら依頼の話でも持ち込んできたようで、オレが忙しいならと話をする前に終わる流れになりかける。
「うーん、ちょっと待って幸姉。実は先約は夾竹桃なんだけど、交渉次第では手が空く可能性はある」
『夾竹桃? この時期は冬コミの準備期間に入るから基本外部とは関わりを断つはずだけど、漫画のアシでもやってるの?』
うぇい、大当たりぃ。
てかイ・ウー時代もそんなイベントに参加してたのかあいつ。どんだけ漫画好きなんだよ。
「ちょっと現金払いが難しいもの押し付けられて、挙げ句に使っちゃったから、その返済のためにな……いつ終わるかわからないけど、話せばわかってくれると……」
『ふむ、私的には
それで正直に夾竹桃とのことを話してみたら、何か交渉のカードがあるのか夾竹桃に替わるように指示されたので、恐る恐る漫画に集中している夾竹桃に携帯を渡すと、不機嫌丸出しの顔で携帯を受け取った夾竹桃はそのまま幸姉に八つ当たり気味で話を始めたが、すぐに青ざめた表情へと変わって小さく「わかったわ」と呟いたのを最後にオレへと携帯を投げて返してくる。
「…………あなたは釈放よ。どこへなりとお行きなさい。まったく、あの女は余計なことをしてくれたわ……」
そして何故かはわからないがオレが残していた返済分はもういいと言って帰宅の許可が下りたのだが、電話の向こうの幸姉に聞こえないようにグチグチ呟いた夾竹桃は貴重な戦力を失ったからかさらに不機嫌に。
それには残される理子とジャンヌが顔を青ざめていたが、触らぬ神に祟りなし。
見なかったことにして腰にしがみついてきた理子とジャンヌを払いのけて部屋を出たのだった。
「夾竹桃になに言ったんだよ。めっちゃ怖かったんだけど」
『ん? 別に大したことじゃないわよ。京夜が抱えた負債を私が肩代わりするから京夜を解放してって頼んだの。まぁ、頼む時にあの人のつつかれたくないことを持ち出しはしたけどね』
女子寮を出てから改めて通話に応じたオレは、周りに人がいないことを確かめて植生する木に背を預けてどんな交渉をしたかを尋ねれば、ちょっと黒い幸姉が見えたのでこっちにも恐怖するが、これで話も進んだので持ち込んできた依頼について聞き出す。
『あー、ちなみに報酬の方は肩代わりした分をさっ引いて払うとほぼタダ働きになるけど、京夜なら許してくれるよね?』
「…………仕方ないか。元々はオレが招いた事態だし、いつ終わるかわからないアシよりは気が楽だよ」
『ありがと。それじゃあ依頼の方だけど、実はね……』
その依頼の話の前にタダ働きさせられることを告げられて若干やる気は下がったが、負債の肩代わりをしてもらっておいて文句も言えなかったので、それで引き受けると、お仕事モードに入った幸姉の話を真剣に聞き始めた。
『…………ってことなんだけど、京夜ならやれるよね?』
「やれる……とは思う……けど……今のところ解決の見通しはつかない、かな」
話を全て聞いた後、改めてやれるかどうかを尋ねてきた幸姉に、はっきりとは判断がつかなかったオレがそう答えたら、それでも幸姉は「やれない」と言わなかったのが満足だったのか、嬉しそうに「さすが私の京夜。愛してるっ」なんて軽い感じで言ってくる。
携帯越しにウィンクでもしてそうなのが目に浮かぶな。
『それじゃあ進展があったら随時メールでお願い。電話は出れないことの方が多いからね。本当は眞弓達に出張ってもらおうと思ったんだけど「今は関西から出る余裕ありまへん」って断られちゃって。愛菜は自腹切ってでも行くって駄々こねてたんだけど』
「ははは……皆さん忙しい身だから」
無事に依頼の受理がされたことで、連絡方法の指定をしてきた幸姉は、ついでに月華美迅にも話を持ち込んでいたことを小言してきたが、関西屈指の武偵チームはやはり忙しいらしい。
それでも行くと駄々をこねたらしい愛菜さんには乾いた笑いが出てしまうが、幸姉と話をしていくうちにちょっと気になることが出てきて、もうすぐ通話をやめてしまう流れになったところで一応確認のために聞いておくことにした。
「なぁ幸姉。オレの勘違いならいいんだけどさ、今日の幸姉って、なんか『不安定』じゃないか?」
『やだ! 疲れで情緒不安定になってた!? でもそんなことまで見抜かれちゃうなんて、京夜に私の全部見られちゃってるみたいで恥ずかしいな』
「……そうじゃなくて、今日の幸姉が『どの幸姉なのかはっきりしない』って言ってるんだよ。まるで昔に戻ったみたいな、そんな感じが……」
『……さぁて、今日の私は一体どの私なのでしょうか。正解者には私から熱いキッスをプレゼントしちゃいまーす! 答えは直接聞きたいから、年末年始にでも幸帆と一緒に帰ってきなさい。これでも会えなくて寂しいと思ってるんだから』
どうにも話をしていて『七変化』のどの幸姉にも見られる明確な特徴が見え隠れしてて、これだけ話してもまだどの幸姉なのかわからなかったのだが、オレの問いにはっきりとは答えなかった幸姉は、そこから帰省の話へと持ち込んで上手く畳んでしまって、結局答えはわからないまま「必ず帰るよ」と答えさせられて通話を切らされてしまったのだった。
ここ最近相手のペースに嵌まることが多い気がしてきたな……注意しておかないと。
とりあえず依頼に関しては今すぐにどうこうという緊急性はないため、なるべく慎重に、穏便に済むようにやり方を考えておくとして、動くのは明日からでいいか。
あまり支障はないとはいえ、すでに夾竹桃に一徹させられてるし、羽鳥に負わされた傷も癒えきってない。
体調くらいは良い方向に持っていきたい。
そう思っていたら、女子寮から理子が買い出しにでも行くのか出てきて、オレを発見するや否やぷんぷんがおーなあれな感じで近付いてきて、不機嫌爆発の夾竹桃のその後を語ってきたが耳を塞ぐ。あー、聞こえん。
「もぉ! 理子りんの可愛い声に耳を塞ぐなんてぷんぷんがおーだぞ! はい、お耳は開けてご静聴。それでゆきゆきからは依頼か何かの話?」
両手で耳を塞いだオレ――実はあんまり塞いでないが――にリスのように頬を膨らませて両手を退けた理子は、愚痴はほどほどに先程の電話の内容について尋ねてきた。
「守秘義務だ。今回は1人の方が動きやすいから協力も必要ない」
「えー……理子りん最近キョーやんに構ってもらえないからしょんぼり気味だよ? 八つ当たりでほっちゃんで着せ替え人形しちゃったり、ことりんに夜のお勉強をしたりしちゃうよ?」
「別にやってもいいが、泣かせるなよ。依頼が終わったらまぁ、ちょっとは構ってやるから、なるべく人に迷惑はかけるな」
「うー、ラジャー! 約束だからね? 破ったらキョーやんの色んな初めて貰っちゃうから。そんで理子の色んな初めても貰ってもらうの。きゃっはー!」
依頼に関しては協力したいとでも言うような顔をしていたが、オレがそう言えば割とあっさりと引き下がった理子。
しかしどうやら最近は一緒にいることが少なかったから不満が溜まってたらしく、それは依頼が終わったら解消すると約束してやれば、花が咲いたような笑顔で喜ぶので、その姿に不覚にも照れてしまうが、影に潜むヒルダもついてきていたためすぐに悟られないよう表情を戻して、ハートマークでも飛んでそうな投げキッスと一緒に買い出しに行く理子を見送ってから、オレも明日に備えて準備の方を進めていくのだった。
まずは最近なんだかんだで羽鳥に世話になってたなと改めて思いながら、動くのに足は必要とあって武藤に連絡したところ、貴希の方ならなんとかできるかもと言われてそっちに連絡を取ると、明日の朝までに整備した上で用意してくれると言うので、お言葉に甘えておいて足は確保。
次に依頼の間の仮拠点だが、今回の報酬はタダ働きに等しいので可能な限り出費を抑えないと赤字。足も当然タダではないし贅沢はできない。
が、まぁそこはアテを頼ってからでも遅くはないかもしれないな。
幸い今回の依頼でも訪ねておくべきアテだから、全くの無駄足にはならないはず。
というかそれがなかったら依頼は結構渋っていたと思う。毎日寮の部屋に戻るなんてことになったらそれこそ大赤字だし。
あとは隠密行動が主になるので、活動中は防弾制服だと目立つから、あややに防弾性の私服と防寒着を調達してもらって、足と一緒に受け取りに行くことになって本日やるべきことは終了。
今日はもうゆっくり体を休めて明日からの活動に備えるだけだ。
それで帰ってからは久々に小鳥と2人、リビングでまったりとした時間を過ごしていたのだが、夜の9時頃に急に寝室から全快したかなめが現れて、驚く小鳥に謝ってからオレに用があるらしくて寝室へと招き入れられた。
かなめはジーサードに逆らって重症を負わされたが、その場にはカナさんとワトソン、白雪がいたことで大事には至らずにこうして元気になってキンジの元に残った。
ジーサードとは縁が切れたような話を聞いたが、その辺はまだジーサードと直接話をしたキンジから詳しいことは聞いていない。
そのかなめが小鳥のベッドに腰かけるので、オレも自分のベッドに腰かけて何の用なのかを問うと、かなめの腰付近から磁気推進繊盾がニョロッと出てきてオレの手前まで来ると、包んで持っていた物をオレへと落としそれをすかさずキャッチ。
見れば刃渡り30センチほどのサバイバルナイフのような物で、何の素材なのか大きさに対して予想より軽いから少しビックリする。
「これは?」
「あたしの
とは言われたものの、急にこんな物を押し付けられる理由がよくわからなかったオレだが、一応渡された単分子振動刀を抜いてどんなものかを確認するが、片刃直刀の刀身でサバイバルナイフとほとんど違いがなくて、どの辺が先端科学なのかわからない。
「普通に抜いたら刃がちょっとざらついてるナイフだよ。その刃には分子レベルの炭素原子が主素材のワイヤーが糸鋸状に張られてて、その鞘から高速で抜刀することでチェーンソーみたいに刃が回転して、一時的にあたしの単分子振動刀と同じ切れ味を生み出せる。持続時間があたしの抜刀でも5秒持たないから、たぶんお前じゃ3秒が良いとこだと思うよ」
「ふーん。それで、オレにこんなの渡す義理とかはないはずだけど?」
さっきからの口ぶりにして、ジーサード襲撃以降に連絡を取ってるのは確実だが、確かワトソンがアメリカでかなめは死亡扱いになって、その辺が掘り返されないよう情報操作をしたと言っていたと思うので、予想ではあるがアメリカに消されるとかなんとか言ってたかなめをジーサードが助けたんだと思われる。
じゃなきゃ重症を負わせたジーサードと事後に連絡を取ったりしないだろう。
「あたしもここまでしてやる意味ないって言ったんだけど、サードが『使わねェ武器だったら押しつけとけ』って言うからそうしたの。まっ、それ壊したら粗悪品でも結構なあれだから、サードになに言われても文句は言えないね」
「じゃあいらねーよ。首輪代わりに押しつけられて遠慮なく使えるわけないだろ」
「じゃあサードに直接返して。あたしはもうそれの所有権は放棄してるし、渡されても小鳥に保管してもらうから」
……面倒臭い。
何であんなやつに目をつけられたんだよオレ。
いつまた会うかもわからないやつに返せとか隣人感覚で言われても困るわ。下手すりゃずっと持つ羽目になるぞ。
しかも本当にいつ会うかわからないから返しそびれるかもで、必然的に常備携帯が決定したじゃねーか。
まったく以て嬉しくないプレゼントにため息も出たところで、用が終わったらしいかなめはベッドから立ち上がって「これからお兄ちゃんとダイ・ハード2観るんだー」とか嬉しそうに言いながら、いつの間にか復活した階下とを繋ぐ上下扉を開けて下へと降りていった。
完全に押しつけられてこれどうしよう状態になったオレだが、ジーサードの分析はあながち間違ってないことも認めなきゃならないわけで、羽鳥との戦闘でこれがあればあそこまで撃ち込まれたりはしなかったかもしれない。
装備の差は戦闘において優劣を決める大事な要素の1つだしな。
ともあれどうせ持ち歩くなら使ってやるかと開き直って、どう携帯するかを考えてからこの日は就寝した。
翌日。
9時頃にまずはあややの元へと防弾着を取りに行き、インナーとVネックの長袖にパンツ。その上にダウンジャケットを着て、最後に各武装をかさばらない程度に忍ばせて準備完了。
ジーサードに押しつけられた単分子振動刀はキンジのベレッタのようにショルダーホルスターみたいに左脇の下から取り出せるようにしておいた。
防弾着はあり物を見繕ってくれたこともあって、あややにしては安上がりで助かり出費も許容範囲内に余裕で収まってくれて、報酬を払いつつその格好のまま次は貴希の待つ車輌科の倉庫へ。
朝から最終調整をしてくれていたのか、顔に少し汚れがついた貴希が、到着したオレを見るや元気な挨拶とともに用意してくれた機体を披露。
「ホンダのVTR‐STYLEⅡです。京夜先輩っぽく色は控えめですが、今年の春先に出たばかりの私の秘蔵っこですよ」
と説明してくれた通り、用意されたバイクは白と黒の基調で後方にかけてスリムになってるカッコ良いデザインで、正直乗るのを躊躇ってしまう感じがある。
「もっと地味なやつでも良かったんだが、まぁ任せるって言っちゃったしな」
「存分に乗ってあげてください。この子も京夜先輩に乗られるのを喜んでますから」
しかし用意は貴希に完全に任せていた手前、ここで文句を言うのは失礼どころか人間としてどうかしてるので、早く乗ってみてと急かす貴希に応えてバイクに股がりハンドルを握ってみると、乗り心地は抜群に良いな。
「よく似合ってますよ。バイク雑誌の表紙飾ってほしいくらいです」
「そういうのはいいって。それよりレンタル料は後払いで良いんだよな?」
「はい。使用後に点検して割合で貰おうかと思ってます。あ、私を後ろに乗せてドライブしてくれたら割り引きしても良いですよ? 確か京夜先輩のバイクの後ろに乗ったことあるのってレキ先輩だけって話ですし」
「そりゃ運転自体滅多にしないしな。免許取って片手の指で数える程度だし、依頼の時以外は乗ったことすらない」
「じゃあ私がプライベートで初めてのタンデムですね」
「まだ乗せてやるとは言ってないんだが……まぁそれで安くなって美人を後ろに乗せられるならサービスとしては優良だな。だけど貴希、お前とは……」
「わかってますって。私は単に京夜先輩とのドライブデートをみんなに自慢したいだけです。それ以上は望んでませんのでご安心を」
バイクに股がりながらそんな会話をして、依頼後に貴希とドライブデートが決まってしまうが、最近告白されてフッたこともあって一応忠告しようとしたら、もう吹っ切れたというのが本当らしい貴希は笑顔でそう答えつつ、持ってきたヘルメットをオレへと手渡してきて、それを受け取って装着すると一言「サンキュー」とだけ返して手を振られながらバイクを走らせて学園島を出発したのだった。
まず最初に目指すのは、新宿区神楽坂。