ハイスクールD³   作:K/K

62 / 190
異界合宿のヘルキャット編
友人、先生


 タン、タン、タン。

 一定の間隔で刻まれる乾いた音。それが広い一室に響いていた。

 壁に掛けられた絵、カーテン、ベッド、椅子、机、ソファー、目に映る家具等全て一級品で揃えられた豪華絢爛とした部屋。

 本来ならばそれらはそれに見合った輝きを放ち、見る者を魅了する筈であったが、カーテンを閉め切った薄暗い部屋ではその魅力も半減してしまう。

 更に魅力を損なう原因がこの部屋の使用者にあった。

 皺だらけのシャツと同じく皺だらけのズボンを身に着け、金色の頭髪は碌に手入れをしていないのかぼさぼさに乱れ、口周りには無精髭を生やしている。きちんとしていれば二十代程に見えるであろうが、手入れをしていない格好のせいで老けて見える。

 光の無い濁った眼をしたこの部屋の住人は天蓋付きのベッドに腰掛けたまま、側に置いているテーブルの上に置かれたチェス盤で、黙々と一人でチェスをしていた。絶えず鳴っていた音の正体がこれである。

 ポーンを進め、ビショップを取り、ナイトで躱し、クイーンで深く切り込む。

 やがてポーンがキングの前に立つ。逃げ場の無いチェックメイトの状態であった。

 男がポーンの駒を持ち上げる。何故か摘まむ指先が震え出す。

 震える指先に反応し、カチカチと男の歯の根も合わない。

 すると男は摘まんでいたポーンの駒を地面に投げつけた。ポーンの駒は床を跳ね、壁にぶつかり、そのまま床の上を転がる。

 男の濁った眼に初めて感情の色が付く。怯え、動揺、苛立ちという負の色であった。

 転がるポーンの駒から目を逸らし、男はベッドに横たわるとベッドカバーを頭から被る。まるで嫌なものから逃げるかの様に。

 そのとき、扉をノックする音が聞こえる。

 

「誰だ?」

 

 ベッドカバーの中から顔も出さず、不機嫌そうな声で応じる。

 

「私です」

 

 扉の向こうから聞こえてきたのは艶のある女性の声であった。

 

「何の用だ?」

「用というほどではありませんが、少し外を歩きませんか? 毎日部屋の中にいますと気分も優れませんでしょうし……」

「今はとても気分が悪いんだ。誰とも会いたくないし、ここから出たくも無い。ほっといてくれ……俺はここがいいんだ」

 

 生気の無い、さながら亡者の様な声。

 

「ですが――」

「ほっといてくれ! 頼むから今の俺に構わないでくれ!」

 

 なおも食い下がろうとする女性に強い拒絶の言葉を吐くと、男はベッドの上で体を丸め、身を縮め込む。

 

「……分かりました。失礼します」

 

 男の醜態にも礼儀を尽くし、寧ろ不憫にすら思っている女性は、去り際にこう言った。

 

「私共はいつまでも待っています。――ライザー様」

 

 

 

 

 三勢力によって行われた会議の場が襲撃されてからそれなりの日数が経った。

 あのゴタゴタで行われなかったが後に場所を変えて、総督アザゼル、四大魔王サーゼクス、天使長ミカエルという各勢力代表によって和平協定が調印された。

 これによって三勢力が争うことが禁じられ、有事の際には互いに手を貸し合うという協調体制となった。

 協定が結ばれる切っ掛けとなった学園から名を取って『駒王協定』と称されるこの協定によって、目下の敵である『禍の団』も迂闊に事を起こすことが出来なくなり、今日に至るまで平穏な日々を送ることが出来た。

 駒王学園も夏休みに入り、シンもまたゆっくりとした日常を送っている――ことは無かった。

 夏休みに入り、人気が殆ど無くなった駒王学園の校庭。そこで二人の男が向かい合っている。

 一人はシン。いつもの学生服ではなく、夏用の普段着である半袖のシャツに薄生地の長ズボンという格好であったが、それでも降り注ぐ日差しによって、額からは大粒の汗が浮き出ている。

 そしてもう一人は匙であり、こちらもシンと似た様な半袖のシャツにハーフズボンという、動きやすい格好をしていた。

 そんな相対する二人から少し離れてピクシー、ジャックフロスト、ジャックランタン、そして数名の女子が見学をしていた。

 見ている女子の中にはソーナ、椿姫の姿があり、残りの女子たちも生徒会役員である。

 

「どっちが勝つと思う?」

 

 ソーナの肩に乗っているピクシーが皆に尋ねる。

 

「順当に考えれば間薙君が勝つでしょうね。まだサジは間薙君の動きについていけていませんから」

「私も会長と同じ考えです」

 

 身内贔屓しない冷静な分析でソーナはシンが勝利すると言った。その考えに椿姫も賛成する。

 

「じゃあオイラはサジが勝つ方を選ぶホー!」

 

 椿姫がソーナに差した日傘の日陰にちゃっかり入っているジャックフロストは匙の勝利を選ぶ。

 

「悩むが、元士郎には悪いが私は間薙が勝つと思うな。私も何度か間薙と手合わせをしているが、はっきり言って強い。今の所勝つ方法が見当たらないぐらいに」

 

 匙を下の名前で呼ぶのは女性にしては長身であり、一見すると美少年にすら見える容姿を持った女性。駒王学園二年にしてソーナの『戦車』である由良(ゆら)(つば)()である。

 

「うーん……私もシン君かな? 前に相手してもらったとき、私の木刀を片手で白刃取りされちゃったのを思い出すとねぇ。今の元ちゃんだと無理かなーと?」

 

 由良に続くのは、くせ毛の髪を二つに縛った同じく二年の(めぐり)(とも)()であり、彼女はソーナの『騎士』である。

 

「うう、心情的にはどっちも負けてほしくはないけど、どっちかを選ぶとなると間薙先輩かな、勝率的に。でも匙先輩に一矢報いて欲しい気持ちもあるけど……」

 

 眉間に皺を寄せ、苦悩しながらもシンが勝つ方を選んだのは、長い髪を二つに縛った唯一の一年である『兵士』の()(むら)留流子(るるこ)である。同じ『兵士』という立場からか歯切れが悪い。

 

「ヒ~ホ~。シンが勝つ方ばっかだね~。じゃあ、ボクは匙が勝つ方に一票~。選んだ理由? そうなったら面白そうだからだよ~。ヒ~ホ~」

 

 フラフラと空中を揺れ動くジャックランタンはそれだけの理由で匙が勝利する方を選択した。ちなみに彼はギャスパーの住処から何も言わずにシンの家に遊びに来るので、その度にシンは電話越しからギャスパーの――

 

「すみませんぅぅぅ! そっちにうちのランタン君が来ていませんかぁぁぁぁ!」

 

 ――という涙声混じりの絶叫を聞く羽目になっていた。

 今日も当然、何も言わず無断でこちらに来ている。

 

「難しいですね……元ちゃんも神器の扱いを目に見える程の早さで上達させてきました。――ですが間薙君も異常と言える早さで成長しています。同じ早さで力を増していたと想定して、勝つのはやはり間薙君でしょう」

「だね。実戦訓練に間薙君が参加してから今日まで、元ちゃんは間薙君にボコられっぱなしだったからね。中々差が縮まらないなー」

 

 ウェーブのかかった長い髪と持つ女子は二年で『僧侶』の花戒(はなかい)(もも)。その花戒に同意をするのが同じく二年であり『僧侶』である(くさ)()憐耶(れや)である。

 全員の意見を聞いたピクシー。そのピクシーにソーナが逆に聞く。

 

「貴女はどちらが勝つと思いますか?」

「うーん、シンが勝つ! って言うと何か普通過ぎて面白くないからー、ここはもしもに賭けてサジが勝つ!」

「――だとさ?」

「ええい! こんちくしょう! ピクシーにジャックブラザーズ! 見てろよ! お前らに大穴見せてやる!」

 

 外野の勝敗予想を聞いた匙は自分の低すぎる勝率に悔しそうな表情を浮かべつつ、自分を選んだ三人に対し意気込みを見せつける様に『黒い龍脈』を発現させた。

 匙の腕に装着された蜥蜴の口から伸びる数本の黒いライン。それぞれが別々の意思を持っているかの様に蠢いている。

 それを見たシンもまた右腕に紋様を浮かび上がらせた。手の甲に浮かんだそれは蛇を彷彿とさせる動きでシンの腕を這い、肩まで一気に紋様が描かれる。それに伴い、シンの左眼の光彩が変わり、紋様と同じ蛍光が瞳に宿る。

 二人の間合いは約五メートル。伸縮自在のラインを持つ『黒い龍脈』を操る匙にとって有利な間合いであった。

 シンが僅かに前のめりになる。それを見た匙はいつでも迎撃出来る様にシンから目を離さない。

 その場から一歩踏み込む。次の瞬間、足の裏が爆発したかと錯覚する様な勢いで地面を蹴り付け、シンが一気に間合いを詰める。

 

「いっ!」

 

 その踏み込みの早さに瞠目する匙であったが、すぐに後ろへ飛び、それと同時にラインをシンに向けて振るった。

 勢いの付いたシンへと迫るライン。顔を目掛けてきた一本目は頭を傾けて避け、続け様に胴体を狙ってきた二本目は上体を捻りながら躱した。だが、避けたと思った二本目のラインが途中で枝分かれし、そこから三本目のラインが現れ、避けたシンの右手首に巻き付く。

 どうやら二本目のラインに三本目のラインを予め絡めており、シンが回避するのも計算の内に入れて動かしていたらしい。

 

「よし!」

 

 まんまと匙の思惑に嵌ったシン。匙の方も特訓の中で初めてシンにラインを巻き付けたことで嬉しそうに笑っている。

 巻き付いたラインから力が吸われていくのを感じる。だがここで怯む様なシンでは無い。

 地に足裏が付いた瞬間、さっきよりも更に強く地面を蹴り付けた。

 その動きに匙の笑みも凍る。

 一瞬にして匙の目の前に立つと、表情を凍りつかせている匙の顔を左手で鷲掴みにし、そこに意識を集中させる。

 すると、掌に掴んでいる匙の体温以外の、熱を持ったものが流れ込んでくる。左手に流れてきているのは匙の魔力であった。

 以前、実戦の場で使用し、思わぬ体調不良を招いたこの魔力吸収――シンは吸魔と呼んでいる――あのときの失敗を繰り返さない様に何度も相手を変えて練習を重ねた結果、ある程度症状を抑えることが出来るようになった。

 匙の神器がシンから力を吸い取り、シンもまた匙から魔力を吸い取る。この状態が続けば決着が付くことがないだろうが、当然シンも次の行動に移っていた。

 

「いででででででででで!」

 

 匙の口から出る苦鳴。

 シンが掴んでいる左手に力を込め、頭を締め上げているからである。

 五指の圧力が匙の頭蓋骨に悲鳴を上げさせる。その痛みで集中は乱れ、神器も上手く操作できなくなり、そのせいで拮抗状態は崩れ、どんどん魔力が吸い出されていく。

 抵抗しようにも魔力が奪われ、脱力状態になっていく匙の今の力では指一本も剥がせない。そうでなくても力ではシンの方が上である。

 

「割れる! 割れる! ギブ! ギブ! 参った!」

 

 負けを認め、神器を解除したのを見て掴んでいた手を離す。締められた痛みの余韻でその場で膝を突き、頭を押さえながら悶えていた。

 

「いってー……お前、指先に万力でも仕込んでんのかよ……」

 

 顔を顰め、恨めしそうにシンを見上げる匙。そんな匙にシンは手を差し出す。

 溜息一つ吐きながら差し出された手を掴み、そのまま持ち上げられた。

 

「……また負けか」

 

 何度も訓練で戦っているがその度に匙はシンに敗北していた。あのまま意固地になって勝負を長引かせることも出来たが、恐らくは途中でソーナが止めに入るのは分かり切っていた。実際、それをやったことがあったが、そのせいでソーナや椿姫から地獄の様な説教をされて以降やらなくなったが。

 

「少しは手応えを感じる様になったか?」

 

 いつもシンが無表情なせいか余裕を持って勝っている様に見えてしまっている匙は、少し卑屈な質問をしてしまう。

 

「……」

 

 その質問にシンの眉間に僅かに皺が寄った。どう答えるべきか悩んでしまったからだ。

 良く言っても悪く言っても、所詮は勝った側の上から目線の言葉に過ぎない。どう転んでも匙のプライドに傷を付ける結果になると思ったからだ。

 だが聞かれたからには何か言わなければならない。

 言葉を選んでいるシン。そこに第三者の声が介入する。

 

「間薙君の動きも流石でしたが、サジ、貴方も『黒い龍脈』の扱いも上達してきましたね。ラインが一本のときとは違い、三本のラインを動かすのはそれに見合った複雑な思考を有します。だからこそ先程の間薙君の動きを読んで、ラインを巻き付けたのは素直に見事だと思いました」

 

 ソーナが匙の神器の扱いを褒める。それを聞いた匙は一瞬呆然とした表情となったが、すぐに頬を紅潮させる。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 余程嬉しかったのか、頬を痙攣させながら、にやつきそうになる顔を抑えていた。

 

「あー、サジ負けちゃったかー、もう! 折角応援してたのにー! 負けた罰でケーキ奢って!」

「ならオイラはかき氷だホ!」

「二人とも贅沢だよ~。あ、ボクはお菓子だったら何でもいいよ~」

「何で俺が!」

 

 本気かそれともからかっているのか。集ってくる三人に匙は抗議し、そのままじゃれ合いの様な言い争いを始めた。

 狙ってやっているのかは分からないが、匙の意識は先程の勝負から完全に離れていた。

 シンがソーナの方を見る。シンの視線に気付き、いつものクールな表情のままこちらにウインクをする。

 見兼ねて助け船を出したことが分かる。

 

「そろそろ時間ではないですか? リアスからも呼ばれているのでしょう?」

 

 そう聞かれ、シンは携帯電話を取り出し時刻を確認する。ソーナが言った通り、今出発すれば集合場所である一誠の家に、待ち合わせ時間内に着く。

 

「そうですね。それでは俺はこれで」

「休みの最中まで付き合ってもらって悪いですね」

「気にしないで下さい。呼ばれること自体、嫌という訳ではないので。ピクシー、ジャックフロスト、ジャックランタン、もう行くぞ」

 

 声を掛けると三人は匙との言い争いを止め、シンの方を見る。

 

「はーい。じゃあね、サジ。次は勝つんだよー」

「ヒホ! かき氷はまた今度で言いホー」

「じゃあね~。ボクもお菓子は今度でいいよ~。ヒ~ホ~」

「あー、あー! 分かった! 分かったよ! 今度奢ってやるよ! またな! チビ共! それと間薙もな!」

 

 ヤケクソ気味に言いながらシンたちに別れの言葉を言う匙。

 シンは生徒会メンバーに一礼した後、校門に向かって歩いていく。そのときふと思い出す去り際に見た匙の顔。真一文字に強く結ばれた口。苦悩する様に集まった眉間の皺。負を感じさせる表情がやけに印象に残った。

 そんなことを考えながら歩いている途中、シャーシャーと水を撒く音がした。誰かが学園の花壇に水を撒いているらしい。

 こんな暑い中、大変だな。と他人事の様に思いつつ校門を目指すシンであったが、その足が突如止まる。

 

(……誰が撒いている?)

 

 今日はこの学園に生徒会メンバーと、シンたちを除き誰も居ない筈である。だからこそ、校庭で堂々と訓練をすることも出来た。

 ソーナが、うっかり人が来るのを忘れていた? 在り得ない。そんな簡単なミスを、あのソーナが犯す筈が無い。

 シンは音のする方へ足早に駆ける。十数秒ぐらいで目的の場所に着いた。

 そこには麦わら帽子を被り、青い作業着を着た用務員らしき男性が、しゃがみながら花壇に水を撒いている。

 

(何だ? これは……)

 

 何故かシンはその人物を見た途端、既視感を覚えた。何処かで会ったことがある感覚。しかし、その後ろ姿に見覚えは無い。

 

「――どちら様ですか?」

 

 意を決し、声を掛ける。

 

「どちら様と聞かれても、私は只の用務員ですよ。貴方はここの学生さんですか? 夏休みに入っても学校で勉強でもしていらしたんでしょうか? そうなら感心ですね。それに比べて私はこうやって花に水を与えるだけですよ」

 

 振り返らないまま中年男性らしき声だけが返ってきた。だが返ってきた答えにシンの不審は増す。

 

「花に水やりですか……でもそれ以上水をやると花の根が腐りますよ。――そこは一度水を撒きましたから」

 

 そう言うと水を撒く音が消える。

 

「何せ花壇の水やりは『生徒会』の仕事ですから」

 

 そして、男が小刻みに震え始めた。どうやら笑っているらしい。

 

「へへへへ。そうかい。そうかい。やっぱり慣れないことはするもんじゃねぇなぁ」

 

 聞こえてきた声は先程とは別人のものであった。低く、枯れており、酒やけしている様な声であった。

 初めて聞く声であったが、その笑い方には聞き覚えがある。

 シンの前で男は徐に立ち上がった。

 男の一挙一動を見逃さない様に視線で追うシン。だがその視線は徐々に上を向いていき、最後には見上げる形となる。

 

(――でかい)

 

 立ち上がった男は明らかに二メートルを超えており、目測で見ても三メートルはあろうという巨体であった。

 しゃがんでいた時は普通の体型であった。信じ難いことではあるが、明らかに立ち上がっている最中に大きくなっていた。

 

「人……じゃないな」

「おうよ。見ての通りの化け物さ」

 

 そこで男がシンの方に振り返る。このときシンは男の顔を見る――が、その顔は男の言った通り人のものではなかった。

 それを見たピクシーたちは一斉に声を上げ、素早い動きでシンの背後に隠れた。

 

「わっ!」

「ヒホッ!」

「わ~お」

 

 仮面を彷彿とさせる群青色の無機質な顔を持ち、そこに目や鼻などの部位は無く、代わりに橙色の縦線が扇状に並んで描かれていた。

 口は付いているものの歯が剥き出しとなっており、どの歯も鮫の様に鋭利な形で人の歯とは全く異なる。

 

「俺がやったギリメカラは元気か?」

 

 口を歪める異形。表情が殆ど無い為、分かり辛いが笑っているらしい。

 顔を見てピクシーたちが驚いていたが、シンもピクシーたち程ではないが驚きで少し思考が止まっていたものの、異形の台詞を聞いて止まっていた思考がすぐさま動き、その正体を確信する。

 

「貴方がマダか」

「おうよ。これがオレの本当の姿ってやつよ。あのときは変装していたからなぁ。へへっ、男前だろう?」

 

 聖剣事件の際アダムという名を騙って暗躍、何度か接触、行動したこともあった。あのときは聖職者という人の姿であったが、その下にこの様な正体を隠していたと思うと、何とも言い難い不思議な気分になる。

 

「ここには何の用で?」

 

 動揺は見せず、努めて冷静な態度で接する。そんなシンにマダは身を屈めながら近付き、顔を覗き込む。

 

「お前をぶっ殺しに来た」

 

 笑みが消え、場の空気が凍て付いたのかと思える程の殺気で満たされる。

 いきなりの発言と重圧に、背後に隠れていたピクシーたちが体をビクリと震わせたのが伝わってくる。

 シンもまた頬から一筋の汗を流す。

 そんなシンたちの顔をまじまじと見つめていたマダであったが、急に吹き出し、そのまま爆笑し始める。と同時に、先程まであった殺気も霧散する。

 相手のころころと変わる態度に付いていけず、シンも困惑してしまう。

 

「冗談だよ! 冗談! そんなマジな顔をするなよぉ。ははははははは!」

 

 冗談と言いつつ洒落にならない様な空気を発していたマダは、悪びれる様子も無く豪快に笑う。その様子に、さっきまで危機感を抱いていた自分を馬鹿らしく感じてしまうシンであった。

 

「……それで、本当は何をしに来たんですか?」

 

 目を細め、冷めた視線を向けて問う。

 

「ははははは! ――んん? 待ち合わせ」

「待ち合わせ? 誰と?」

「俺だよ」

「――アザゼル先生」

 

 背後から掛けられた声に振り向くと、そこにはアザゼルが立っている。日差しは強く、湿度の高い日だというのに、学園内でいつも着ている黒のスーツ姿。だが、汗一つ流していない。

 三勢力の会談以降、オカルト研究部の顧問という立場になったアザゼルに対し、シンは先生と敬称を付けて呼んでいる。

 

「よおアザゼル。来てやったぞ。つーか、何だその格好は? 見ているだけで暑苦しいなぁ」

「お前に言われたかねぇよ。というかお前の格好こそ何だ? 俺が用意してやった変装道具はどうした? 何処の世界に麦わら帽子に作業着を着た化け物が居るんだよ。世界どころか、三界探しても居ないぞ」

「お前さんの目の前に居るぞ。良かったな、これでお前も歴史の目撃者だ」

 

 気心の知れた仲なのか、対等といった様子で軽口を言い合う二人。アザゼルがマダと繋がっていることはシンも知っていたが、二人の関係が上司と部下という関係ではないことをこのとき初めて知る。

 

「何かお前に言ってたみたいだが、こいつの話は話半分で聞いておけよ。基本的にこいつの言ってることは酔っ払いの戯言だ」

「おいおい。何も知らないからって純真無垢な青少年たちに嘘を吹き込むんじゃねぇ。俺ぁ、いつだって大真面目よ」

「それが戯言だっていうんだよ。だいたいあのとき――」

「それを言うんだったらお前だってな――」

 

 あれこれと昔話を始め出した二人。これ以上喋らせると話が先に進まなくなる。それにシンたちはリアスたちに呼ばれていて、あまり長居も出来ないので、強引に話に割って入る。

 

「それで申し訳ないんですが、どうしてアザゼル先生はこの人を呼んだんですか?」

 

 言い争うのを止め、アザゼルがシンの方に顔を向ける。

 

「ん? あー。それは、イッセーの家に着いてから話す。全員に話した方が効率が良いしな」

「そうですか。分かりました」

 

 それ以上聞くことはなく、素直にアザゼルの言葉に従う。焦らされている様にも思えるが、シン自身そこまで深く興味があった訳ではないので、質問の答えは後に回すことにした。

 

「じゃあ、行きますか?」

「おうよ」

「――って、おい待て」

 

 シンに付いていこうとするマダの作業着をアザゼルが後ろから引っ張る。

 

「その面で街中歩くつもりか?」

「別にいいじゃねぇか。ちょっとした仮装みたいなもんだよ」

「百歩譲ってその面で人前に出るのは認めてやる。だが、その図体をどうにかしろ。世の中、三メートルを超える人間は居ないんだよ」

「小さくなるのは息苦しいんだがなー」

「つべこべ言うな。とっとと普通の大きさになれ。あとこれを顔に張り付けておけ」

 

 アザゼルが懐から肌色をした球体を取り出す。シンには見覚えの無いものであったが、マダの方はあるのか、嫌そうな声を上げる。

 

「うぇぇ。またそれかよ。それ、付けるとき気持ち悪いんだよなぁ」

「お前が人の姿に化けられたならこんな手間を掛けん」

「へいへい」

 

 マダは不満そうではあるがアザゼルの言葉に従い、肌色の球体を受け取る。そして、それを躊躇うこと無く顔に押し付けた。

 パキリという音が鳴って球体が割れると、中から粘液状の物体が出てマダの顔全体を覆う。肌色ののっぺらぼうの状態から、瞬く間に目、鼻、口、耳などの部位が形成され、あっという間に人の顔になる。

 出来上がったのは年の頃は二十代から三十代。これといって特徴も無い顔立ちであり、すれちがったら数秒で忘れてしまう程、没個性という言葉がこれ以上無いくらいに似合う顔であった。

 

「これを使って人に変装していたんですね」

「わざわざこいつの為に作ってやったんだよ。こいつ、変装とか人間の目を誤魔化す方法はからっきしだからな」

「……こう言うのは何ですが、あの事件のとき、よくこの人を選びましたね」

「……丁度いい人材が居なくてな……俺も送って後悔した。全然こっちの言うこと聞かずに好き勝手やってくれたからな……ただ質の悪いことに実力だけは本物なんだよ」

 

 顔を顰めながらもマダの力は認めているアザゼル。シンも相対したとき、向こうがどれほど本気を出していたかは分からないが、力の一端を感じ取っていた。

 

「これで準備も出来たし、そろそろ赤龍帝の家に遊びに行くとしようか?」

 

 肌の感触を確かめつつ、いつの間にか平均的身長にまで縮んでいるマダがさっさと歩いていく。

 

「勝手な奴だぜ、全く」

 

 溜息を吐きながらアザゼルも後を追い、シンもまたそれに付いていく。

 その道中での会話。

 シンは声量を絞り、アザゼルだけに小声で話し掛ける。

 

「ちょっとお聞きしたいんですが、あの人って俺の正体について知っているんですか?」

「ああ、それは――」

「知ってるぞー」

 

 アザゼルが答えるよりも先にマダの方から質問の答えを返す。かなり小さな声で喋っていたが、それを聞き取るとは思ってもいなかった。

 

(随分、地獄耳だな)

「まあ、こいつには以前、堕天使と魔人〈それ〉に関わる問題で外部から手を貸してもらった連中の一人だからな」

 

 アザゼルの言葉でコカビエルの話を思い出す。コカビエルは魔人と戦ったことがあると言っていたが、マダが協力したのはそのときの戦いなのかもしれない。

 

「ところで俺がやったギリメカラはきちんと仕事しているのか?」

「『禍の団』が攻めてきたときに助けてもらいましたが、それっきり姿を見せないです」

「あー、俺の『やばくなったら守れ』っていう命令だけ聞いているのか。つーか、敬語は止めろ。そういうのはむず痒い」

「分かりまし――分かった。それで、何でギリメカラの方から殆ど接触して来ないんだ?」

「そりゃあ、お前のことを舐めているからだよ。自分よりも弱いって思っている奴の言うことなんて聞かないぞ、そいつは。只でさえ怠け者だっていうのに」

 

 マダはそう言ってシンの影を蹴る。すると影の中心に眼が一つ現れると、嘶きを上げる。

 

「おうおう、起こしてやったっていうのに随分な態度だな」

「……何て言ったんですか?」

 

 シンには象の鳴き声にしか聞こえなかったので、小声でアザゼルに尋ねる。

 

「まだ二十七時間しか眠っていないのに起こすな、だとさ」

 

 果たしてこのギリメカラという象は、一日が二十四時間であることを知っているのであろうか。

 

「こいつを従えたければ、それ相応の実力を見せるしかないなぁ。手っ取り早い方法としてこいつをぶちのめすってのがあるが」

 

 言うことを聞かせるには殴り合わなければならないらしい。このままずっと影の中で眠らせている訳にはいかない。せっかく貰った強力な力である。これから先どんな敵が襲ってくるか分からない。力は多いに越したことは無い。

 

「もし、こいつをぶちのめす時が来たら呼んでくれよぉ。観戦したいからなぁ」

「シン。こいつの言うことを聞くんじゃないぞ。どうせ、酒の肴にして囃し立てるだけだからな」

「冷てぇ奴だなぁ。それでも俺の飲み友達か? それに俺はギリメカラを送った者としての責任を……」

「責任だぁ? よくそんな言葉を出せるな。お前に最も縁の無い言葉だろうが」

 

 再び言い争いを始める二人。どういう関係で繋がっているかを聞いていなかったが、マダの言葉を信じるならば酒の縁で繋がっている仲らしい。

 二人の言い争いは一誠の家に着く直前まで続き、シンはそれを少しうんざりした顔で、ひたすら聞き流し続けていた。

 

 

 

 

 一行は一誠の家の前に着いた――筈であった。

 何度か一誠の自宅を訪れたことがあったが、どういう訳か一誠の家が見当たらない。それどころか一誠の家の周りにあった家すらも無い。

 代わりに広々とした敷地と、六階建てのビルの様な家が建っている。

 思わず周囲を見渡してしまうシンであったが、肩に乗っていたピクシーが飛び出していき、六階建ての家の玄関まで飛んで行く。

 

「ねえー、これってイッセーと同じ字じゃなかったけー?」

 

 表札を指差すピクシー。見ると確かにそこには『兵藤』の文字が彫られた大理石の表札。

 

「……前に来たときから一ヶ月も経っていないぞ」

 

 表札が兵藤家のものであることを示しているが、シンは頭の片隅で理解しつつも常識の範囲として否定してしまう。

 これほどの家が一ヶ月かそこらで建つ筈も無い。それどころか周りの家をどうやって立ち退かせたのか。

 

「おーおー、随分とでっかい家にリフォームしたなー」

「そうかぁ? 俺には小っちゃく見えるぞ?」

「お前の図体ならどんな豪邸だろうとウサギ小屋だろうが」

 

 あれこれ考えているシンの他所でアザゼルとマダは、特に驚いた素振りを見せずに呑気な会話をしている。

 

「……悪魔の力を使ったらこんな家、一ヶ月以内で建てられるんですか?」

「馬鹿言うな」

 

 アザゼルは一旦否定するが――

 

「一晩で建てられる」

(成程。ファンタジーだ)

 

 ――想像の上を行く回答をする。

 

「まあ、流石に家の土地を広げるのには正攻法を使ったんだろうがな。きっと元の土地の価格に零を一つか、二つ付けて買ったんだろうさ」

「……ああ、そうですか。凄いですね」

 

 色々と豪快過ぎて真面目に考えるのも億劫になってきたので、気になることは全部胸の奥に仕舞い込んでさっさと家の中に入ることにした。

 呼び鈴を鳴らす。暫くすると、パタパタと廊下をスリッパで歩く音が扉越しに聞こえてきた。

 

「はい。どちら様でしょうか? あら、間薙君?」

「こんにちは」

 

 玄関の扉が開けられ、そこから一誠の母親が出てきた。

 

「間薙君も呼ばれていたのね。もう他の子たちはイッセーの部屋に来ているわよ」

 

 一誠の母親は人の良さそうな笑みを浮かべながらシンを招き入れる。シンやピクシーたちが玄関を潜ると扉が締められたので、まだ二人残っていると声を掛けようとしたとき、アザゼルとマダの姿が無いことに気付く。

 

(いつの間に……)

 

 姿を消した二人。思い返せば一誠の母親は、扉を開けたときからシンにしか話し掛けていなかった。アザゼル、マダがあのとき居ればその二人にも声を掛けている筈である。

 一体何の為に、と考える。

 

「あの子の部屋は二階にあるから階段でもいいし、そこにエレベーターもあるから間薙君も自由に使って頂戴」

 

 ――が、そんな考えも前の面影が全くない一誠宅の内部を見て、やや呆気にとられてしまい中断される。

 

「おおー! 広―い!」

「大きいホー! かけっこ出来そうだホ!」

「かくれんぼしたら隠れる場所に困らないね~」

 

 豪華になった一誠宅に目を煌かせているピクシーたちを引っ張る様な形で、シンは二階に上がっていく。

 二階にも部屋がたくさんあるが、幸い部屋の扉にネームプレートが掛けられていたので、迷うことなく一誠の部屋の前に立つ。

 扉を二回ノックする。

 

「どうぞ」

 

 中からリアスの声が聞こえたのでシンは扉を開いた。

 扉の向こう側は以前の一誠の部屋と比べ、倍以上の広さとなっており、置かれている家具も一新されている。私服姿のオカルト研究部メンバーが豪華なソファーに座り、紅茶や菓子が置かれたテーブルを囲って話していた。

 

「遅かったわね。貴方が最後よ?」

「少しごたごたがあって……」

「生徒会の仕事も兼任していますからね。間薙君も大変なんですよ」

「無理の無い範疇で頑張って欲しいわ。体は一つなんだから」

 

 シンが遅刻してきたことが珍しかったのか、少しからかう様な口調のリアス。朱乃が擁護するが、事情は分かっているらしく気遣う言葉を付け加える。

 

「やあ」

「……こんにちは」

 

 私服姿の木場と小猫が挨拶をしてきたのでシンも軽く挨拶を返す。

 

「ヒ~ホ~」

「ラ、ランタン君! 僕に黙ってまた勝手にどっかに行っちゃって!」

「ギャスパ~。僕が居なくたってメソメソしない~。あの時の度胸は何処にいっちゃったんだい~?」

「だ、だって、だってぇぇぇぇ」

 

 ふわふわと飛びながら自分の下に来たジャックランタンを抱きしめるギャスパー。当然というべきか私服は女物の服であり、皆がソファーに座っているなか、彼だけ持参したと思わしき段ボール箱の中に居た。

 

「よお」

「見ない間に随分な豪邸になったな」

 

 手を上げながら声を掛けてくる一誠にシンは、少しからかう様な言葉を掛ける。

 

「ははは……俺も朝起きたらびっくりしたよ」

 

 一誠が乾いた笑いを浮かべながら言う。

 アザゼルが言っていた一晩で出来るという言葉通り、本当にこの家は一晩で建っていたらしい。

 

「皆は既に聞いているから知っているけど、実は私、皆を連れて冥界に帰ろうと思っているの。夏休みだしね」

 

 冥界。つまり悪魔の故郷へ帰ることを告げるリアス。勿論、眷属である一誠たちも連れて行くと言う。

 

「い、生きている間に冥府へ行くのなんてき、緊張してしまいますね! こういう場合、決死の覚悟とか、死ぬ気で行くのが正しいのでしょうか!」

 

 ずれた意気込みを見せるアーシア。未知なる世界に対しての不安と、それを上回る興奮が見て取れる。

 

「冥界、つまり地獄に行くということだな。天国を目指して研鑽してきた私だが、まさか地獄を見る日が来ようとは皮肉だな。まあ、元信者だが地獄では悪魔に恥じない様な振る舞いを心掛けるとしよう」

 

 自虐なのか冗談なのか良く分からないことを言うゼノヴィア。ただその口元に微笑を浮かべていることからまだ精神的余裕を感じる。ほんの少し前であったならば自分で言った自虐や皮肉に落ち込んでいたであろう。

 やはり、三勢力の会談後、喧嘩別れしていたイリナときちんと別れの挨拶をしたことで、少し吹っ切れた様子であった。因みにイリナと別れの言葉を交わした際、手土産としてあの自作の面を渡していた。渡されたイリナの絶妙に引き攣った笑みが、何とも印象的であった。

 

「尤も、地獄に居ようとも神への敬虔を怠るつもりは無いがな。なあ、アーシア?」

「はい! そうですね、ゼノヴィアさん!」

 

 二人が微笑む。そして、特に合図を出し合った訳では無いのに同時に十字を切り、『アーメン』と神に祈った。

 本来ならばここで悪魔の性質として痛みが発生するのだが、会談後のミカエルに一誠が、その発生を無くしてもらうよう嘆願したことで、何時でも祈れる様になっていた。

 シンは、祈る二人の様子を横目で見つつ、リアスの言葉にも耳を傾ける。

 

「無理にとは言わないけど、帰るならばオカルト研究部メンバー全員で帰りたいと思っているのだけど……」

 

 出来れば来て欲しい。という言葉を口に出さなかったが、言外に匂わせている。

 リアスたちには申し訳ないと思うが、シン自身は冥界に行くことに乗り気では無かった。魔人という自分の正体も理由であるが、人間である自分が悪魔たちの世界に入っていくことで、向こう側が拒否感を覚えないか、という考え。そして、自分が不在の間に『禍の団』やマタドールといった、他の魔人が身内に手を掛けないかという不安が、シンから行く気を削いでいた。

 

「俺は――」

 

 自分の意思を伝えようとした、そのとき――

 

「そいつは冥界に行くぜ。あと俺とこいつもな」

 

 口を挟んできたのは、いつの間にかソファーに座っていたアザゼル。突如現れたアザゼルに対し、訪問を知っていたシンやピクシーたち以外のメンバーは面食らっていた。

 

「ア、 アザゼル――先生? それと――」

 

 皆の視線がアザゼルの隣に向けられる。そこで同じくソファーに座っていたマダが、我関せずといった様子で菓子を食べている。

 

『誰?』

 

 言葉を発しなくとも、メンバーの困惑した空気が嫌でも伝わってくる。リアスたちにしてみれば、今のマダは見ず知らずの男でしかない。

 不審に満ちた視線がマダに集中する。流石のマダも視線に気付いたのか、テーブルに置かれた菓子を食べ終えてから一言。

 

「お代わりある?」

 

 図々しく且つマイペースな態度を続け、皆の視線など全く意に介していない。

 そこで一誠は気付く。

 

「あ! それ、俺の分!」

 

 目の前に置かれていた菓子が消えていた。消えた菓子は当然、マダの胃の中に既に納まっている。

 

「こ、この!」

「気を付けて、イッセー君。アザゼル先生もそうだけど、この人がここに入るまで全く気配を感じられなかった」

 

 流石に魔剣は取り出さなかったものの、見知らぬ不審者に対し何時でも剣を抜けられる様に構えている。少し離れた位置にいるゼノヴィアも同様であった。

 

「アザゼル先生! 誰ですか! この人!」

 

 警戒しているせいか強い口調で尋ねる一誠。

 

「うん? お前の先生の一人だよ」

「……へ?」

 

 返ってきた答えの意味が分からず、一誠は間の抜けた声を出す。

 すると今まで黙っていたドライグが声を出した。

 

『久し振りだな、マダ。前と比べて力が少し衰えたか?』

「久しぶりだなぁ、ドライグ。そう言うお前さんは随分と大人しくなったもんだ」

 

 

 

 

 冥界。魔王の部屋にてサーゼクスが、何時もの様に魔王としての職務を熟していた。その傍らには彼の『女王』であるグレイフィアが立っている。

 紙の上をペンが走る音だけが支配する中、突如凄まじい勢いで扉が開き、セタンタが早歩きで入ってくる。

 

「やあ、セタンタ。どうしたんだい? そんなに怖い顔を――」

 

 サーゼクスに近付いた途端、最後まで喋らせることなく問答無用でその頭を掴み、ぎちぎちと締め上げる。

 

「聞いたぞ、この野郎ぉ。赤龍帝の家に朱乃、小猫、あのゼノヴィアという娘を同居させたらしいじゃねぇか」

 

 ドスを効かせた声で魔王の頭を締め上げるセタンタ。無礼、不敬を軽く超えた行為であるが、側に立つグレイフィアは黙って見ている。何故ならば何度も見てきた光景であるからだ。

 

「はははは。スキンシップの向上の為にね」

 

 ミシミシと頭蓋が音を立てて軋んでいるというのに、サーゼクスは朗らかな笑みを浮かべている。

 

「てめぇ……自分の妹の恋路を応援したいのか、邪魔したいのか、どっちなんだ」

 

 穿てそうなほど鋭い視線を向けるが、サーゼクスには全く効果が無い。

 

「これはこれで良い方向に向かうと私は思うのだがね」

「お前の質が悪い所は、そんな思いつきの様な提案でも本当に良い方向に向かう所なんだよ」

 

 これ以上効果は無いと察し、セタンタは手を離す。

 

「この駄目魔王め」

「セタンタ。そこはもう少しきつい表現をしなければこの人には通じませんよ?」

「はははは。グレイフィア、そこは彼じゃなく私をフォローする場面じゃないかね?」

 

 いつも通りのサーゼクスに湧いた怒りも萎え、セタンタはさっさと背を向けて部屋から出ようとする。

 

「ああ、そうだ。丁度、君に頼みたいことがあったんだ」

「……何だ?」

 

 渋々といった様子で立ち止まり、視線をサーゼクスに向ける。

 

「君に鍛えて欲しい子――いや」

 

 そこでサーゼクスの笑みの質が変わる。超越者としての底知れない笑みに。

 

「『魔人』がいるんだ」

 

 

 




この話から五巻に入っていきます。
人修羅やシリーズ主人公が出ると知って思わず真・女神転生Ⅳfinalを買ってしまいました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。