ハイスクールD³   作:K/K

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講義、強制

 何とも間の抜けた空気が漂う中、真っ先に一誠が声を張り上げる。

 

「ギャスパー、離れろ! そいつがアザゼルだ!」

「……えっ?」

 

 一誠が何を言っているのか理解出来ないといった表情をしていたが、ギャスパーの中でアザゼルという名と記憶の中にあるアザゼルという言葉が結びついたのか、流していた涙は恐怖によって逆に引っ込み、しがみついていた手を離す。

 

「あ、あああああ、アザゼルって……!」

「くっ付いたり離れたり忙しいヴァンパイアだな、お前」

 

 ギャスパーの様子に呆れた眼差しを向けながら、掴まれたことで乱れた衣服を直す。アザゼルは一誠やシンと出会ったとき同様に浴衣を着ていた。

 

「う、ううう、うわあああああああ!」

 

 堕天使の総督という大物を前にしてギャスパーの感情が一気に振り切れ、宿している『神器』が暴発しそうになるが、それよりも早くアザゼルの手がギャスパーの頭を押さえ、そのまま頭の向きを横へと向けた。その直後、ギャスパーの『停止世界の邪眼〈フォービトゥン・バロール・ビュー〉』の力が放たれる。放たれた力は視界の中にあった木々に直撃し、落ちていた木の葉が空中で静止する。

 

「危ない危ない。噂で聞いていた通り本当に制御出来ていないな。全く、器はそれなりなのに扱う奴の容量〈キャパ〉が不足過ぎだろ。これじゃあただの害悪だな」

 

 ギャスパーを観察しながら感想を述べるアザゼル。頭を掴まれたギャスパーは声を出すことも出来ずに震えていた。

 

「おい! ギャスパーを離せ!」

 

 『赤龍帝の籠手』を出現させ声を荒げる一誠だが、その顔にゼノヴィア手製のピクシーのお面を付けているせいでさまにならない。アザゼルもそんな一誠の姿を見て、頭痛を耐えるように額に指を当てる。

 

「別に危害を加えるつもりもないしお前らとやり合うつもりはないさ、下級悪魔諸君。……というかその顔に付けているのをどうにかしろ。気が散ってしょうがない」

「なら――」

「相手の言葉を鵜呑みにしてこちらが素直に動くと思っているのか?」

 

 面を外す理由が出来たかと思えば、作った本人であるゼノヴィアがアザゼルの指示を拒否する。恐らく言葉通り相手に隙を見せない為に拒絶したのであろうが、このせいか折角面を外せるタイミングであったにも関わらず、真剣そのもののゼノヴィアの態度のせいで逃してしまい、一誠、アーシア共に面を継続して付けるままとなった。

 

「――まあいい。気が抜けるがしょうがない。それより噂の聖魔剣使いは居ないのか? 興味があるから少し見に来たんだが」

 

 出鼻を挫かれて面が外されないことに対し、アザゼルの方が折れ話を再開させる。

 

「木場ならここにいないさ!」

「あっそう。いないなら別にいい。つまんねぇけどこっちも散歩のついでにっていうぐらいの気持ちだったからな」

 

 あっさりと引き下がるアザゼルに、敵対心を見せていた一誠は拍子抜けしたような表情となる。しかし、アザゼルは散歩のついでと言っているが、この学園には外部から人外が来た場合に反応しリアスやソーナに報せる結界が施されていると聞いている。今の状況下では更に強化されているらしいが、それを反応させずさも当然の様にすり抜けてくることで、アザゼルの力量の断片を見せられた気分となる。

 

「一度会った奴も初めて会った奴もよろしく。俺が堕天使どもの頭をやっているアザゼルだ」

 

 その言葉を証明するようにアザゼルの背からコカビエルよりも多い、十二枚の黒翼が展開される。

 

「おいおい! マジかよ!」

 

 半信半疑であった匙も漆黒の翼を見せられたことで本物のアザゼルであることを理解し、右手に自らの『神器』である『黒い龍脈〈アブソーブション・ライン〉』を出現させた。それを見たアザゼルは『ほぅ』と感心した声を洩らす。

 

「『黒い龍脈』か。ちょうどいい『神器』を持ってるじゃねぇか。それなら不必要に動く『神器』への補助具になる」

「お、俺の神器で?」

「ああん? 『黒い龍脈』なら『神器』の力だって吸えるだろうが」

 

 聞き返してきた匙にアザゼルは訝し気な表情をしながらも答える。その内容は思いもよらないものであったらしく匙は驚いた表情となった。

 

「……念の為に聞いておくがお前、自分の『神器』についてどれくらい知っているんだ?」

「え、えーと……相手の力を吸収するというのと……ああ、あとこの神器の中にヴリトラとかいう奴が眠っているとか……」

 

 たどたどしく出てきた匙の答えにアザゼルは大きく溜息を吐く。自分が望む答えの遥か下であることを態度で示していた。

 

「全然理解していねぇじゃねぇか。ったく、お前あれだろ? 携帯電話やパソコンとかの説明書を全く読まずに使用するタイプだろ? そんなんじゃあいつまでたっても『神器』を使いこなすことなんてできねぇぞ。よく覚えとけ。どんなものでも上手く使いこなすにはきちんとした理解が必要なんだよ」

 

 駄目な生徒を叱る先生のような口調で、自分の『神器』に対しての無理解を咎める。言われた匙も、相手が相手である上に間違った指摘でも無い為、口を噤んでしまう。

 

「特別サービスで教えてやる。そいつはあらゆる物体に接続して、そこから対象に流れる様々な力を抜き取ることも、逆に流し込むことも出来る『神器』だ」

「吸うだけじゃなくてこっちの力も流し込めるのか……?」

「熟練度が足りなければ出来ないが足りれば可能だ。二天龍には劣るものの『五大龍王』の一匹である『黒邪の龍王〈プリズン・ドラゴン〉』のヴリトラの力を宿した『神器』だぞ?……ああそうそう、お前にはまだ無理だろうけど、極限まで深く『神器』と結びつけば、ヴリトラそのものから力を借りられるかもしれんな」

「ご、五大龍王?」

 

 アザゼルの口にした大層な肩書を、初めて聞いたといった様子で口にする匙。それを察したアザゼルは額に手を当てて天を仰ぐ。

 

「かー! これだから最近の若い奴は……こっち側の世界に居るんだったら五大龍王の名ぐらい覚えておけ」

 

 そのままアザゼルはシンたちをじろりと見る。

 

「正直に答えろ。この中で五大龍王について全く知らない奴、手を挙げろ」

 

 いきなりの展開にシンたちは戸惑ってしまう。そこにゼノヴィアが口を挟む。

 

「先程も言ったが素直に動くと――」

「いいから知らないなら知らない。知っているなら知っているとはっきりさせろ。どうなんだ?」

 

 有無も言わせない迫力にゼノヴィアは思わず口を閉じる。最初に現れたときとは比べものにならない威圧感であったが、それを発揮している状況が状況なだけに言葉に出来ない奇妙さがあった。

 

「アタシ知らなーい」

「オイラも知らないホー」

「ボクも知らないよ~」

 

 先に手を挙げたのはピクシーたちであった。その素直さにアザゼルは頷く。

 

「素直で結構。お前らもこいつらの素直さ見習ったらどうだ? 今敢えて恥を晒すことで数年後の大恥を防ぐことだって出来るかもしれないんだぞ?」

 

 まるで教師が教え子に話すかのような口調で再度挙手を促すアザゼル。最初にギャスパー目当てに来たのかと思えば、元の話から勢いよく脱線し始めていることをシンを含めて皆が感じていた。肝心のギャスパーはアザゼルに頭を掴まれたまま死にそうな顔をして震え続けている。

 

「わ、私は知りません……」

 

 三人に続いておずおずと手を挙げたのはアーシアであった。それを隣で見ていた一誠は渋い表情をしながらも挙手する。

 

「俺も……」

「お前、仮にも二天龍を宿している身だろうが。龍全部とはいかないまでも五大龍王ぐらいは押さえておけ。赤龍帝の名が泣くぞ」

「す、すみません!」

『何で本気で謝っているんだ相棒……』

「悪い……何だが先生相手にしているみたいで反射的に……」

 

 謝る一誠にドライグは呆れ、謝った本人も未だ敵である存在に謝ってしまったことに自己嫌悪を抱いている。

 一誠たちが手を挙げたのを見て、シンは無言で手を挙げ、五大龍王について無知であることを報せる。相手が強引に造った流れに乗るのは釈然しないものを感じるが、知らないことを知らないままでいることに比べればまだましであり、また教えてくれるであろうアザゼルは途方も無い年月を生き、長い年月をその内に刻んできた存在である。どういった意図でこのようなことをする気になったのかは判りかねるが敢えて乗る。色々と浅慮な行動かもしれないが純粋に好奇心の方がこのとき優っていた。

 

「よし。――それで結局お前は知っているのか知らないのか?」

 

 シンが手を挙げたのを見てアザゼルはゼノヴィアに再度尋ねる。ゼノヴィアはしばし黙っていたがやがて手を挙げ知らないという意志を示した。それでもやはり不満があるのか手を挙げる動きがぎこちない。あの面の下で苦虫を噛み潰した表情をしているであろうことが容易に想像出来た。

 

「まあ、これで全員だろうな。グレモリー眷属でもそれなりにキャリアがある奴は知っているだろうしな」

 

 最後まで手を挙げなかった小猫とギャスパーを見ながら一人納得する。尤も、ギャスパーは知っていても知っていなくても、とてもじゃないが動くことの出来ない精神状態となっているが。

 

「さてさっき言った五大龍王についてだが、と言っても別にそこまで詳しく説明するつもりはない。名前と異名をざっと言うから頭に記憶しておけ。――ああ、あと先に言っておくが五大龍王とか異名というのは悪魔や天使、堕天使たちが付けたもので本人たちが名乗っている訳じゃないからな。恐らく会うことは無いと思うが本人に対して異名で呼ぶなよ。変な反応されるだけだから。とまあ無駄な話はここまでにして一度しか言わないから良く覚えとけよ?」

 

 そう言われると自然に記憶することに意識が集中するよう構えてしまう。

 

「五大龍王というのはさっき言った『黒邪の龍王〈プリズン・ドラゴン〉』のヴリトラ、『黄金龍君〈ギガンティス・ドラゴン〉』のファーブニル、『天魔の業龍〈カオス・カルマ・ドラゴン〉』のティアマット、『西海龍童〈ミスチバス・ドラゴン〉』の玉龍〈ウーロン〉、『終末の大龍〈スリーピング・ドラゴン〉』のミドガルズオルムのことを指して言う。更に昔は六大龍王と呼ばれていたんだが『魔龍聖〈ブレイズ・ミーティア・ドラゴン〉』のタンニーンが悪魔側に付いたことで龍王から外された」

「はい。質問」

 

 ピクシーが手を挙げる。

 

「何だ?」

「その龍って今もいるの?」

「好き勝手やった奴らの半分がその力の脅威や危険性から封印され、もう半分は二度と暴れないことを誓って隠居生活のようなものをしている。今も生き延びているのは一体だけだ」

「ふーん」

「オイラも質問だホー」

 

 ピクシーの質問が終わると今度はジャックフロストが手を挙げる。

 

「何だ?」

「王っていうぐらいだから凄い力があったんだホー? どれだけ強かったんだホー?」

「ドラゴンとしての強さならば上から数えた方が早いな。単純に硬くて力が強いという分かり易い強さをもった連中だったが、それのせいで逆に弱点らしきものが殆どなくて攻略し辛いのが強みだった。こっちも質を数で補うぐらいしか戦う手段がなかったからな。例外としてヴリトラは他の五大龍王と比べて力が劣っていたものの、備わっていた特殊な能力のせいで脅威とみなされていたが」

 

 自分の内に宿る存在の脅威を知らされ、匙は目を丸くしながら自らの神器を凝視する。

 

「は~い。質も~ん」

「何だ」

 

 ジャックランタンがカンテラを持った手を挙げる。

 

「さっき匙って人の神器にはヴリトラっていう龍が宿っているって言ってたけど~、神器を上手に使えばそのヴリトラって龍を呼び出せるの~?」

「結論から言えば無理だ。ドラゴンそのものの力を操ろうとするならばかなりの力が必要になる。そもそもそいつの神器に宿っているのはヴリトラの力の一部だ。それだけじゃあ呼び出せない。……まあ、やろうとすれば方法も無いことは無いんだがな」

 

 最後に付け加えた言葉には若干の歯切れの悪さが感じられた。ある程度の目途は立っているが、未だ実証されてはいないことである様子であった。

 

「他に質問は無いな。なければこの話はここまでだ。そしてさっきの話なんだが――」

 

 自ら脱線した話をアザゼル自ら元に戻す。

 

「そいつの『黒い龍脈』をこのヴァンパイアに接続させながら練習させてみろ。神器の余分な力を吸い取ることで神器の暴走を妨げることが出来る。五感と繋がっている神器は扱い辛い傾向にあるからそれが妥当だ。あとは自分の意志で神器を繰り返し発動させて、扱いのコツを掴むのが妥当な方法だな」

 

 度々アザゼルという存在が、神器を収集したり研究したりしているという話を聞かされたことがある。それを信じるならばアザゼルの助言は的確なものであると考えられた。

 

「まあ一番手っ取り早い方法なら赤龍帝の力を宿した奴の血を飲むのが早いな。これなら大概の神器使いは一段階上に到達できる。ヴァンパイアのこいつだけじゃなくそこの奴もな」

 

 アザゼルの言葉に匙は驚きながら一誠の方を見る。一誠も匙の方を似たような表情で見返すが、同時に顔を顰めて嘔吐を我慢するような表情となった。お互いに血を飲ませるという行為を想像し、気分を悪くしたみたいである。

 

「あとは自分たちでやってみろ、俺は――」

 

 そこまで言い掛けたときアザゼルの足元に複数の魔剣が突き刺さる。そして一誠たちを前にして護る様に立つ人影。

 

「様子を見に来たらまさかこんなことになっているなんてね……」

 

 険しい表情を浮かべながら聖魔剣を構える木場の姿。思いもよらない木場の乱入に、アザゼルも少し驚いた表情をする。

 

「へぇ、聖魔剣使いの方から姿を見せるなんて思わなかったぜ」

「今すぐギャスパー君を離せ。そして――」

 

 そこで言葉を区切り、背後に居る一誠たちを何故か沈痛な眼差しで見詰めた後、アザゼルに対し怒気を込めて叫ぶ。

 

「イッセーくんとアーシアさんとゼノヴィアに何をした!」

 

 場に沈黙が降りる。

 

「ん? あー……んん?」

「彼らに付けた呪具らしきものを今すぐ外せ! 場合によっては実力行使させて貰う!」

 

 木場の台詞の意味を一瞬理解出来なかったアザゼルは困惑した様子であったが、そんなことに構う事無く木場は怒気に殺気を孕ませて更に吼える。

 ギャスパーの頭を押さえるアザゼル。不気味な面を付け変り果てた――ようにみえる――一誠たち。客観的に見てアザゼルが何かをしたように、木場が勘違いをしていることをシンは悟る。

 

「木場――」

「くっ! 済まない! もっと僕が早く来ていれば……!」

「じゃなくてあの人は――」

「分かっている。彼は堕天使総督のアザゼルだ。まさかこんな大物が現れるなんて……」

「……」

 

 シンは木場の名を呼ぶが、心底申し訳なさそうに言う木場に続く言葉が言えなくなってしまう。一誠たちも同様であった。

 

「例え命を賭けてでも護ると誓った筈なのに!」

 

 悔い、己の行動の遅さを恥じる木場。その真面目過ぎる態度が盛大に空回りしているのを見て、事情を知っている面々の涙を誘う。はっきり言って直視できない。

 剣を突きつけられているアザゼルも目当ての聖魔剣が目の前にあるのにも関わらず、木場の様子から誤解が発生しているのを察し、眉間に皺を寄せ難しい表情をしている。

 

「えーと、あれだ。最後にこの間はヴァーリが勝手に接触して悪かったな。色々と変わった所はあるが根を真面目な奴だ。多少はギラついているがな。――という訳でじゃあな」

 口早にそう言うとギャスパーから手を離し、逃げる様にして立ち去って行く。手を離されたギャスパーはそのまま仰向けに倒れ込む。ぴくりともしていない様子から、あまりの緊張のせいで気絶してしまったらしい。

 

「ちょっと待ってホー! 最後に一つだけ質問させてくれホー!」

「……何だよ」

 

 意外なことにジャックフロストが声を張ってアザゼルを呼び止める。アザゼルは一刻も早くこの場から去りたいのか嫌そうな表情を浮かべながらも、ジャックフロストの呼び掛けに応じて足を止めた。

 

「この間、ヴァーリがオイラにそっくりなのを知ってるって言ってたホー! ヴァーリとアザゼルは知り合いなんだホー! だったらアザゼルもそのそっくりなのを知っている筈だホー! 知っているなら教えて欲しいホー! ただのそっくりでもやっぱりオイラ一度会ってみたいホー!」

「――悪いが俺は知らない。残念だったな。今度こそじゃあな」

 

 そう言い残し今度こそアザゼルは去って行く。期待した言葉が返って来なかったことにジャックフロストは肩を落とす。一方で二人の会話を聞いていたシンは、アザゼルが一瞬言葉を詰まらせたことが気になった。まるで何か隠しているかの様な間、だがそれを追及するよりも先にアザゼルは姿を消してしまう。

 色々と唐突に現れて、あれこれ教えられ、そして来たときと同様に唐突に去って行くアザゼル。わざわざ助言をする為に現れたのか、それとも単なる気紛れか、それは本人にしか分からない。しかし今はそれを考えるよりも先にするべきことがあった。

 

「なんて禍々しい……! 待ってくれ! 今すぐ対呪用の魔剣を創造するから!」

「いやこれはな……何と言うかその……」

 

 一誠たちの前で悲痛な顔をしながら魔剣を創造しようとする木場。一誠とアーシアはどう事情を説明しようか混乱している。木場が本気で身を案じているせいもあり、中々事実を切り出せないでいる。一方、この事態の元凶であるゼノヴィアの方はというと、焦っている木場を見て何故そうなっているのか分からないのか首を傾げていた。

 

「どうすんだこれ……」

「――どうしようか」

 

 混沌としていた場が新たな混沌を生み出しているのを見て、匙は力の抜けた声で聞いて来るが、シンもどう解決すればいいのか分からなかった。

 そのときシンは視線を感じる。視線を感じる方向に目を向けると、一誠とアーシアがシンに助けを求める目を向けていた。――面越しであるが。

 それと同じくして匙に肘で小突かれる。匙も二人と同意見であるらしく、木場に説明するように促してきた。

 シンは短く溜息を吐くと腹を括る。今から友人の精神を奈落の底へと突き落とすことへの覚悟であった。

 慌ただしい木場の近くに歩み寄ってから話しかける。

 

「木場、気をしっかり持って聞いてくれ」

「どうしたんだい? すまないけど今は――」

「実はな――」

 

 一方、一誠たちの下から立ち去ったアザゼルは僅かに口元を顰めて学園から離れていた。気紛れと暇潰しと趣味と好奇心を兼ねて、本来ならば敵である悪魔たちの学園に顔を出したアザゼル。戦友の堕天使が入れば軽率であると目を吊り上げて怒るであろうが、その堕天使も本来ならばアザゼルがすべき仕事を全て押し付け、『神を見張る者』の本拠地で缶詰となっている。

 ギャスパーの持つ『神器』も見たし適切な訓練方法も教えた。五大龍王の系譜である匙の珍しい『神器』とその正しい使い方も教えた。ついでに変な状況であるが一番の目当ての聖魔剣も目にすることも出来た。

 個人的な収穫としては上々の内容である。だが最後の最後で一つだけ、心の裡に小さいがしこりとなって残るものがあった。

 聞かれたことをそのまま返せば良かったにも関わらず、小さくてつまらない嘘を一つ吐いてしまっていた。

 

「……あいつ、ジャックフロスト扱いされるとうるさいからなー」

 

 ここにはいない知り合いに義理立てたことに、一人ごちるのであった。

 

 

 ◇

 

 

「うう……疲れて食べられないよ……」

「食べる食べる~。食べることも訓練だヒ~ホ~」

「むぐぅぅぅぅ!」

 

 仰向けに倒れ疲労困憊の様子のギャスパーの口に、ジャックランタンが無理矢理サンドウィッチを捩じ込む。

 アザゼルが去って現在に至るまでの間、彼が示した訓練方法を試し、匙の神器をギャスパーに接続した状態でギャスパーの神器を発動させる訓練を行っていた。

 軽いもので宙に投げたボール、ジャックフロストが作った雪玉などを空中で停止させることから始まった。やはりというべきか最初から上手くことは進ませることが出来ず、一応ボールなどは停止させられたものの、ついでに視界に収まったものまで停止させてしまうことが多々あった。

 その度にギャスパーは情けない声を出しながら訓練場所から逃げようとするも、その都度火を吐くジャックランタンに追い回されて、情けない声を出しながら訓練場所へと戻ってくることを何度も繰り返していた。

 流石に長時間神器を発動させたり、匙に力を抜かれたり、逃げたりしていたせいで大分疲労が蓄積してきたので一旦休憩をすることとなったが、そこに打ち合わせを終えたリアスと朱乃が差し入れを持って現れ、皆で差し入れのサンドウィッチを食べることとなり現在に至る。

 

「まだまだ先は長いわ。でもそんなに急ぐ必要も無いから少しずつ前に進んで行きましょう。一息入れながら」

 

 皆が食事をしながらその味に舌鼓を打つ。空腹と味の両方のせいでかなりの速度でサンドウィッチが消費されていく中、一誠は先程アザゼルと出会い、ギャスパーや匙の神器について助言を貰ったことを報せる。

 

「アザゼルが神器を集めていたり、それについて独自の研究を行っていることは知っているわ。――あまり認めたくはないけど神器に関する専門的な知識なら恐らく三勢力の中で堕天使が頭一つ抜けている筈よ。……だからと言ってその知識を他者に与えるのは少し理解に苦しむわ。余裕の現れと言ったらそこまでだけど……ところで」

 

 そこで話を区切り、リアスの視線が一誠から別の人物に向けられる。

 

「祐斗は一体どうしたの?」

「さっきからずっとあの様子ですが……」

 

 リアス、朱乃の心配する声。視線の先には一誠たちとは離れた場所で、膝を抱えて座りながら顔を伏せる木場の姿がある。一目見ただけで落ち込んでいると分かる程に沈んだ気を発しており、心なしか周りが黒ずんで見える。

 

「私たちが居ない間に一体何があったの?」

「それは……ははははは……」

 

 問われた一誠は誤魔化すように乾いた笑いを上げた。事情が事情なだけにそう簡単に話す訳にもいかない。実際一誠が同じ立場だったなら似たようなことをしているだろうと考えていた。

 ちなみにことの元凶となった面は現在皆外している。余計なトラブルを起こさないという為に外したのだが、何故かゼノヴィアは外すとき非常に不満気な表情をしていた。

 

「取り敢えずこれでも食べて気でも紛らわせておけ」

「……間薙君かい」

 

 その様子を見兼ねたシンが、差し入れのサンドウィッチを持って木場の側に近寄る。説明した本人としての責任のようなものであった。

 シンの声に反応し、俯いていた木場が顔を上げる。その顔は見事なまでに羞恥によって真っ赤に染まっていた。

 

「……あのときから今までの記憶を全部消したい気分だよ」

「……良かれと思ってやったことだ」

「今は慰められるよりも一層のこと笑い飛ばされたいね……」

 

 盛大な勘違いをしてしまったことを恥じ力無い言葉を洩らす。木場はこう言ってはいるが、あの状況のことは正直笑い話に昇華出来なかった。痛まし過ぎて。

 

「状況が状況だ。お前が真剣だったのは皆も分かっている」

「ははは……文字通り痛いほどかな?」

 

 木場の自虐的な冗談に愛想笑いの一つも出せなかった。ある意味で正解だったので。

 

「気を遣ってくれてありがとう。大丈夫、この時間の間にきちんと気持ちは切り替えるさ」

 

 いつもよりも輝きのくすんだ笑みを浮かべる木場であったが、こう言っているならば大人しく切り替えるのを待つしかない。

 そんなときギャアギャアとジャックフロストたちの騒ぐ声が聞こえてくる。

 

「絶対そんな食べ方おかしいホー!」

「君に言われたくないよ~ヒ~ホ~」

 

 見れば、ジャックフロストとジャックランタンが面と向かい合って言い争いをしていた。部屋で語尾について言い争っていた一件からかどうにもお互いを強く意識している傾向がある。火と氷という対照的な能力を持っていることもあり、何かと反発するのを度々見る。

 

「僕はいつもこうやって食べてるんだホ~」

 

 ジャックランタンが手に持っていたカンテラを器用に頭に乗せると空いた手でサンドウィッチを掴むと口元まで持ってくる。騒がしい二人に皆の目が集中していく中、ジャックランタンのくり抜かれた口の部分にサンドウィッチの角が入り込んだかと思った次の時には蒸発するように消えてしまう。

 

「おー」

 

 手品でも見せられた気になったのかそれを見てピクシーは歓声を上げる。

 対するジャックフロストは両手にサンドウィッチを持つとそれに向かって息を吹きかけた。すると冷気によって柔らかかったパン生地は瞬時に凍り付き固さを身に付ける。熱いものが苦手で冷たいものを好むジャックフロストのいつもの食べる前の準備である。

 そしてそれを口の中に放り込むとガリガリなどジャリジャリなどの咀嚼音を出しながら頬張った。

 

「ヒ~ホ~。食欲が萎えるね~それ」

「ヒホ! これがオイラのいつも通りだホ!」

「変だね~、変だね~ やっぱり変だね~」

「変じゃないホー! ピクシーはどっちが変だと思うホー!」

「どっちも変」

 

 いがみ合う二人。正直、見た目が見た目だけに喧嘩をしているというよりもじゃれ合っているようにしか見えないし、何よりも殺伐としたものを感じにくい。

 ジャックフロストがピクシーにからかわれている姿を何度も見てきたシンたちにすれば、いつもの光景の延長線上にしか見えない。

 しかし、唯一外の事情を知らないギャスパーから見れば、友人が一触即発の空気を醸し出しているように見えており、二人をオロオロとしながら見ていた。

 

「だ、だめだよ、ランタン君。け、怪我とかしちゃうかもしれないよ」

 

 疲労が溜まった身体を起こしながらもジャックランタンを宥めようとする。声を震わせながらも必死に落ち着かせようとするが、そんな声に構う事無く二人はどんどん感情を昂らせていく。

 

「ヒホー!」

「ヒ~ホ~」

 

 ジャックフロストの抑え切れない感情が冷気へと転じて、真夏にも関わらずジャックフロストを中心にして地面に霜が降り始める。ジャックランタンの方はと言うと、ジャックフロストのように怒る訳では無く、寧ろこの状況を愉しんでいるのか肩を震わせて笑っている。だがその手に持つランタンの炎は勢いを増して燃え上っており、周囲を歪める陽炎が出来ていた。

 共に臨戦態勢に移った状態。ギャスパーの顔色がどんどんと蒼褪めていく。助けを求めるようにリアスたちの方を見るが、リアスたちは焦る様子も無くサンドウィッチを食べながら二人を眺めていた。一応アーシアや一誠、匙などは、動くか動かないか迷っている素振りをみせていたが。

 止める気の無いリアスたちにギャスパーの心臓は鼓動を増していく。どうにかしなければという思いはあったが、では何をするかという答えが無かった。

 『神器』の力を使う。その考えも浮かんだがすぐにそれを拒否した。ギャスパーにとって自分の力は忌むべき力であり、他人を自分から離れさせ自分も他人から離れさせた元凶である。過去に何度かジャックランタンのことを停めてしまったこともある。それでも恐れずに寧ろ楽しんでみせ、側に居てくれるジャックランタンの存在は、容姿の好みを抜きにしてもギャスパーにとって心安らぐ存在であった。

 だからこそそんな友達を、仲間を停めることが出来ない。考えるだけで手足が前に出ない中で、ジャックランタンとジャックフロストは互いに衝突し合う

 ――かに思えた。

 

「そこまでだ」

 

 いつの間にか二人の間に割って入るシン。そして二人に向けた両腕を伸ばすと躊躇う事無くその額を人差し指で弾いた。

 

「ヒホー!」

「わ~」

 

 その威力にジャックフロストは地面を勢いよく転がり、ジャックランタンは宙を水平に飛ばされてからギャスパーに抱き止められる。

 

「ラ、ランタン君!」

「う~ん、思ったよりも痛い」

 

 心配そうにしているギャスパーにジャックランタンは呑気な反応を見せた。

 

「ヒ、ヒーホー……」

 

 弾かれた額を痛そうに押さえるジャックフロスト。そんな中でその身体が勢いよく持ち上げられる。

 

「喧嘩するなとは言わないが出すなら口までにしろ」

 

 ジャックフロストの首根っこを掴み眼前へと運ぶシン。しかしジャックフロストも怯えることなく腕を組んで不満そうに頬を膨らませながら顔を背けた。

 

「ふーんだホー! 別に本気で喧嘩している訳じゃないホー! いつかオイラは王様になるんだからこれぐらいじゃ怒らないホー!」

 

 子供の言い訳を並べるジャックフロストにシンも呆れるが、一応これ以上ことを大袈裟にするつもりはないらしく、放っていた冷気も納まっている。

 

(幼いな……)

 

 割と感情に従って動くジャックフロストであるが、昂るのも早ければ冷めるのも早いのを見てシンはそんな感想を胸に抱く。美徳とまではいかないが、思ったことに素直に動くこと自体は悪徳とも言えない。ただその率直さが将来余計な困難を招かなければいいが、とまで思ったとき、まるで子のことを思う親の様な心境だと考え思考を止めた。これ以上深く考えると、精神だけが老け込んでいくような感覚を覚えた為である。

 掴んでいたジャックフロストを降ろしながら、もう一方の相手であるジャックランタンへと目を向ける。視線を向けた途端にギャスパーはビクリと怯えるも、ジャックランタンの方は腕の中で愉快そうに笑っていた。

 

「ヒ~ホ~。こうやって叱られるのも新鮮だね~」

「あんまりこいつをからかわないでくれ。見た目に反して熱くなりやすいんだ」

「う~ん。無理かな~、ギャスパーとは違った意味で反応が面白いからね~。何もしないなんて色々損だよ~。ヒ~ホホ~」

 

 あくまで態度を改めないジャックランタン。だがシンはそれ以上強く出ようとはしない。ピクシー、ジャックフロストもそうであるが、こういった精神的な幼さを感じさせる相手にはどうにも強く出ることが出来なかった。

 

「しっかり手綱を握っておいてくれよ」

「え! は、はいぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

 ジャックランタンを抱きしめているギャスパーにそう頼むと、声を裏返しながら返事をする。まだシンに対して若干の恐怖心を抱いている様子であった。

 

「さて一悶着も終わったことだし、そろそろ練習を再開しましょう? 匙君のおかげで力も大分調整された筈でしょうし、残り時間は私たちも手伝うわ」

 

 ジャックフロストとジャックランタンの諍いが終わるとリアスが練習の再開を告げる。最初から二人の喧嘩をシンが止めると分かっていたので傍観している様子であった。

 

「それとギャスパーもちゃんと後でシンに礼を言っておくのよ。貴方のお友達がもしかしたら怪我をするかもしれなかったんだから」

 

 また傍観していた別の理由として、ギャスパーに少しでもシンの性格を教えようとしていた。第一印象があまり良くなかったこともあり、それを少しでも和らげようとする措置である。

 

「は、はい!」

 

 その日ギャスパーの力が空になるまで練習は続き、終わるころには日が沈み空に星が見え始めていたのであった。

 

 

 ◇

 

 

 翌々日の放課後。シンは何故かギャスパーが封印されていた筈の教室の前に立っている。他のオカルト研究部のメンバーも同様であった。

 何故ここに集まっているのか、その理由は教室の中から聞こえてくるギャスパーの泣き声にあった。

 

「ふえええええええええええええええええええん!」

 

 教室越しでも鼓膜が震える程のギャスパーの大声。昨晩、一誠と共に依頼主の下へ喚び出され戻って来たときからこのような状態だという。

 元々ギャスパーは引き籠っていた際に、パソコンを介して契約を希望する人物と直接会わずに特殊な契約をするという、やたら先進的な方法で契約の数を稼いでいたらしい。本人の才もあって、新人の悪魔の中では上位の契約数を誇ると説明された。

 パソコンでの契約。悪魔も進んでいるというべきか、はたまた俗っぽくなっているのか、判断の難しいものである。

 だが今回、本人の対人恐怖症を克服させるため、一誠と一緒に悪魔の仕事を行うこととなった。しかし結果はこの通りである。

 

「毒を以って毒を制する訳にはいかないか」

「人の依頼者を毒呼ばわりするなよ」

 

 シンの呟いた言葉が聞こえたらしく、一誠が顔を顰めながら抗議する。

 

「ギャスパー、出て来てちょうだい」

「誰も怒ったりはしていませんよ」

 

 扉の前でリアスと朱乃が呼び掛けているものの応答はなく、ただ泣き叫んでいるのみ。埒の開かない状態となっている。

 

「本当にしょうがないね~、ギャスパーは~」

 

 呆れた声を出しながらジャックランタンはふわふわと宙を浮き、ギャスパーの閉じこもっている部屋を見ていた。

 一誠とギャスパーとの仕事の際、本人の為だと言って同行を拒否したジャックランタン。その結果、教室から締め出されている格好となってしまった。

 

「一緒に居なくてもいいのか?」

「別に~。この際だからギャスパーの悪い部分を色々直したほうがいいんじゃないかと思ってね~。あと勘違いしないでほしいけどボク、部屋に閉じ篭もることには慣れているけど~別に閉じ篭もること自体好きじゃないんだよ~。ヒ~ホホ~」

 

 言葉の中で引っ掛かる部分を覚えたが、今はギャスパーのことを優先としているので、深く聞くことは無かった。

 

「人が怖~い、自分の力が怖~い、怖い怖~いじゃ何にも出来なくなっちゃうよ~。ヒ~ホ~」

「あいつも色々と抱えているからな」

 

 一誠が言う抱えているというのはギャスパーの生い立ちにある。吸血鬼の名門に生まれた妾の子という立場。追い打ちを掛ける様に純血では無く人間との混血、それによって起こる他の吸血鬼や身内からの迫害と差別、蔑視。最終的には路頭に迷った挙句、異形を狩る者たちに命を狙われて死亡。それをリアスが『駒』を使用することで命と共に拾われたというのが眷属までの流れである。

 聞く者にとってはそんな目にあったならばああなるのも仕方ないと思うか、それだけの目に遭ってあの程度で済んでいるのか、はたまた甘えるなと厳しい評価を下すのかはそれぞれである。一誠はどちらかといえば同情的な立場であった。

 

「でも泣いていれば解決することじゃないよ~?」

「そりゃ分かっているけどよ……何かお前、やたらとギャスパーに厳しいところがあるな」

「ヒ~ホホ~。嫌いなんだよ、ボク。ああやってどうしようもなくて泣く声が~」

 

 間延びしながら喋っているものの態度は真剣なものに思えた。普段、おどけたような態度を取り続けているジャックランタンなだけに、それがやたらはっきりと感じられる。

 

「という訳で今日もギャスパーを仕事に連れてってね~」

「でもな……普通――よりかは少しずれているけど、一般人相手でもまともに対応出来なかったしな……」

「中途半端じゃ駄目だよ~。やるならとことんやってくれるような相手じゃないと~」

「そう言われてもな……」

 

 そんな都合のいい相手が居るかどうか一誠が考え始める。シンもまたジャックランタンの要望に合いそうな人物について考え始める。

 条件としてはギャスパーの異能にも恐れず柔軟に対応出来る人物。またギャスパーの趣味についても差別しない方が良い。容姿はこの際無視する。どうせ誰であろうと怖がるので。出来ればそれなりに身体能力があった方が良い。ギャスパーの能力の暴発に速やかに反応できるなどと贅沢は言わないが、せめて逃げるギャスパーを追うことが出来る程の。

 条件を並べると難しいものであり、そんな都合の人物はいない――と思っていたが、それらの条件に該当する人物が唯一居た。

 しかし、それはあまりに酷な選択である。

 シンが一誠の方を見ると、一誠も何か思いついた表情をしていたが、すぐに顔色を変えて消し去る様に頭を振る。

 

「今、お前の頭に浮かんだ依頼者に頼もう」

「――正気か!」

 

 十中八九シンが思い描いている人物であるらしく、その言葉に一誠は驚愕に満ちた顔をした。

 

「……責任ぐらいは持つさ」

 

 

 ◇

 

 

 その日の夜。ギャスパーは自室で泣き疲れて寝ていた。

 しかしいきなりの破砕音に寝ていたベッドから跳び起きる。

 

「え? え? 何? 何?」

 

 見れば真っ二つに割れた扉が床に転がっていた。あまりに突然のことで思考が上手く回らない。だがそんなギャスパーの混乱を無視し、教室の外から複数の影が現れる。

 

「ラ、ランタンくん!」

 

 見慣れた友達の姿が真っ先に目に入った。そしてその背後からピクシーとジャックフロスト。そして――

 

「ま、まままま間薙先輩っ!」

 

 苦手意識を持っているシンが現れる。

 

「ど、どどどどどどうしたんですか?」

 

 全身を震えさせながらギャスパーは問うが、シンは無言でギャスパーへと近付くと素早く首根っこを掴み、視界に入らないようにする。

 

「ヒィィィィィィィィ! 何をするんですかぁぁぁぁぁぁぁ!」

「仕事の時間だ」

 

 シンはそのままギャスパーを愛用している段ボール箱の中に入れて閉じ込めると、その場から持ち去っていく。

 

「ランタンくぅぅぅぅぅん! 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「ダメダメ~。これもキミの特訓さ~。今回はボクも付いて行くから。ヒ~ホ~」

 

 喚くギャスパーを無視しオカルト研究部の部室に到着するシン。そこでは既に魔法陣の準備が整っていた。

 

「出すことに手を焼いていたけど……ちょっと強引過ぎるかしらね」

「憎まれ役ぐらい買いますよ」

「自分の眷属の責任は『王』である私が取るわ。さっきのも今回のも私の指示で貴方が行った」

「リ、リアス先輩! ボク、どうなっちゃうんですかぁぁぁぁぁ!」

 

 外が見えないギャスパーはただ不安に怯えている。そんなギャスパーを宥める様にリアスは優しげに声を掛ける。

 

「悪魔の仕事よ。大丈夫、向こうの依頼者は貴方を傷付けたりしないわ。それにシンが貴方をサポートしてくれる」

「ボ、ボクには無理ですぅぅぅぅぅぅ!」

「このままだと本格的にうるさくなるから~早く送って~」

 

 ジャックランタンはギャスパーの叫ぶ声を無視して先に進むよう促す。

 

「では行ってきます」

「気をつけてね」

 

 それを合図にシンたちの姿は魔法陣から消えるのであった。

 一瞬の浮遊感の後に依頼人の下へと到着する。ただし、ギャスパーは段ボール箱の中に閉じこもっている為に外の様子を把握出来ない。

 外ではシンやジャックランタンたちが誰かと会話しているらしいが、不安で震えているギャスパーの耳にはそれを聞いている余裕など無かった。

 暫くして自分の入っている段ボール箱が置かれる。そして閉ざされた蓋が開かれたとき――

 

「にょ?」

「……」

 

 ギャスパーの思考は完全に停止した。中を覗きこむのは、猫耳を付けた魔法少女――の格好をした、自分の倍以上の体躯と彫りの深さを持った男性。恐怖や動揺以前に、目の前の存在の意味が分からなかった。

 

「この子がミルたんを撮ってくれるのかにょ?」

「そうです」

 

 シンは頷き、見た目の衝撃で思考が停止してしまったギャスパーの首にカメラを掛ける。

 

「取り敢えず撮り切るまで帰れないと思え」

 

 その言葉に、ギャスパーは声も無く口を開閉させる。

 

「ギャスパ~、お仕事の時間だよ~」

「にょ! 妖精さんだけじゃなくて新しいファンタジーなお友達の雪だるまさんとカボチャさんが増えてミルたん感激だにょ!」

「久しぶりー」

「よろしくホー!」

「ヒ~ホ~。よろしくね~」

 

 固まっているギャスパーとは対照的に、初めて会うジャックフロストとジャックランタンは平然とした態度で挨拶をしている。

 

「頑張れとかお前なら出来るなんて知った様なことは言わない」

 

 いつまでも硬直しているギャスパーの肩に手を置き、シンは至って真面目な態度で一言。

 

「死んで来い」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ようやく事態に思考が追い付いたギャスパーは悲惨な絶叫を上げるのであった。

 

 それから数時間後。

 魔法陣が光り、仕事へと向かったシンたちが部室へと戻ってきた。

 ピクシー、ジャックフロスト、ジャックランタンの両手には、今回の仕事の報酬として貰った溢れんばかりの菓子。

 そしてシンの両手には、開かれた段ボール箱の中で今にも口から魂が放たれそうになるほど放心しているギャスパー。それを持っているシンもまた、いつもの無表情ではあるが、一目で憔悴していると分かる顔色をしているのであった。

 




今年最初の投稿となります。
2015年もよろしくお願いします。

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