ハイスクールD³   作:K/K

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エイプリルフールなので嘘予告にしようとしたらダイジェストになりました


SLASHDØG編
SLASHDØG-彷徨えるマネカタたちー


「どうした! 一体何が起こっている!」

 

 ある施設内で鳴り響く警報に驚き、そこに務める男の一人が声を荒げる。

 

「そ、それが……」

 

 異常事態を報せる為にきた別の者は、これから言うことが恐ろしいのか口に出す前に一旦口を閉ざしてしまう。その態度が男を苛立たせる。

 

「とっとと言え!」

「せ、成功体二名が脱走しました!」

「何だと! 精神操作は完璧な筈だっただろうが!」

「じ、自力で解いたのか、あ、あるいは最初から効いていなかったのか……」

「もういい! すぐに術士たちを成功体の下に向かわせろ! 可能ならばあの魔女たちもだ!」

 

 責任者という立場なのか、感情は荒立たせているものの指示自体は冷静なものであった。

 

「通路も順次閉鎖していけ!『あの二体は絶対にここから出すな!』――なっ!」

 

 途中で言葉が重なったことに驚く。すると男の前で報せに来た者がその場で一瞬体を震わせた後に崩れ落ちる。見れば背中にねじ切られた鉄の棒が突き立てられていた。

 

「ずーと考えてたんだよ」

 

 ペタペタと聞こえる素足の足音。男は引き攣った表情のまま、その足音の方を恐る恐る見た。

 白い検査衣を着た十代の少年。形の整った眉。染みも黒子も無い白い肌。細い絹糸の様な髪を後ろで一房に束ねている。中性的且つ美麗な容姿をしている少年だが、その手に持つ血塗れの鉄棒と歪められた口元が形作る笑みのせいで全てが反転し、悍ましいものに見えた。

 

「あんた達にどんなことをしてやろうかってさ」

『ま、待て』

 

 男が息を呑む。再び男が言った言葉に少年の声が重なったからだ。

 

『わ、私が何を言おうとしているのか分かるのか!』

 

 重なる声。男の表情が蒼褪める。男の動揺に少年の笑みが深まった。精神的に男を痛ぶることに暗い喜びを感じている。

 

「くっ!」

 

 男はその精神的重圧を跳ね除ける様に両手を動かし始める。一見すれば滅茶苦茶な動きであったが、よく観察すれば一定の法則を以って動いており、何らかの印を結んでいる様子であった。

 その印が完成しようとしたとき、男の肩に鉄棒が突き刺さり完成を中断させる。

 

「あぐあっ!」

 

 激痛に転げ回る男のさまを少年は喉の奥で笑いながら接近する。

 

「何かするって分かっていて黙って見ている訳ないでしょ? ましてやこの部屋焼こうとしているなんてさ」

 

 何をするかを把握していた少年に、男は確信する。

 

「こんな、ことが……何かしらの、能力を、開花させたというのか! 『アレ』を顕現させただけじゃ、ないのか!」

「まあ、俺だけじゃないけどね」

 

 少年は手を伸ばして男に突き刺さっている鉄棒を掴むと、わざと手首を回しながら引き抜いた。傷は抉られ、鉄棒が抜けると同時に血が噴出する。

 

「ああああああああああ!」

 

 悶え苦しむ男に少年は引き抜いた鉄棒を振り下ろす。――が、頭を砕く寸前に鉄棒の動きは止まった。

 少年は自分が来た方角を見ている。

 

「あー。あいつも早いなぁ」

 

 何かを察知し、少年は詰まらそうな表情をしていたが、すぐにそれを喜色満面の笑みに一変させた。

 

「今から十分後にこわーい人がやってくるよ。逃げないと今よりもっと酷い目に遭うだろうね」

 

 警告を促している様に思えたが、すぐにそれが違うということを少年は行動で示す。

 寸止めした鉄棒を男の両足に振り下ろし、足の骨を砕いた。

 

「その足で逃げられるんだったらね。ははははははは!」

 

 再び上げられる男の絶叫を背中に受けながら、少年は楽しそうな笑い声と共に歩き去って行った。

 

「あぐ、うあああ……」

 

 男は痛みに耐えながらも少年の言葉に従う様に匍匐で逃げ出し始める。足は動かず、負傷しているせいで片腕の力のみで体を運ばなければならない。

 部屋の出口までが遠くに感じる。しかし、それでも逃げ延びなければならない。

 呻きながら、冷や汗を垂らしながら必死に逃げる男。肩の流血が這った後に血の筆跡を残していく。

 早く逃げなければ死が待っている。どちらにせよこのことを外に知らさなければ、彼の命は誰が手を下さずとも消え失せる。

 ようやく出口まで辿り着く。あともう一息でこの部屋から出られる。時間はまだ十分ある。

 

 ピチャン。

 

 滴り落ちる音。何故かその音が鼓膜を震わせたとき、男の全身は震えた。

 

 ピチャン。ピチャン。

 

 まだ少年が言った時間にまで猶予がある筈だというのに。

 

 ピチャン。ピチャン。ピチャンピチャンピチャンピチャンピチャンピチャンピチャンピチャンピチャンピチャンピチャンピチャンピチャン。

 

 迫る恐怖を前にして人が出来ることなど二つしかない。一つはその恐怖から必死になって逃げること。だが、負傷している男にその選択肢は最初から無い。

 そしてもう一つは、突き付けられて恐怖に目を向けそれを受け入れることだけ。

 男は極寒の中に身を置いている様に体を震わせながら音へと目を向け――

 

「うああああああああああああああ――」

 

 その恐怖に絶叫を上げるが、すぐにその声は途切れるのであった。

 

 

 施設を脱出している少年は、微かに聞こえた絶叫を聞き噴き出す。

 

「十分って言ってたけど本当は三分以内に、だったんだ。ごめんなぁ」

 

 悪びれた態度は一切無く、少年は哄笑し続けた。

 

 

 ◇

 

 

 (いく)()(とび)()は逃げていた。背後から迫りくる大きな蜥蜴の化け物から。

 謎の事故により二百名ものクラスメイトと幼馴染を失うという不幸を経験した鳶雄。その傷が癒えないまま日々を空しく生きていたが、ある日偶然死んだと思われた幼馴染――東城(とうじょう)紗枝(さえ)の姿を見つけ、彼女を追った先に彼女と同じく行方不明になったクラスメイト佐々木(ささき)(こう)()を発見する。現在、鳶雄を追いかけている蜥蜴の化け物と共に。

 

「みつ、けた。みつ、けた」

 

 蜥蜴の化け物を使役する佐々木は虚ろな表情のまま、壊れたレコードの様に同じ言葉を繰り返す。言われている鳶雄はその言葉を問う暇も余裕も無かった。

 資材があちこちに置かれているマンション建設中の現場では身を守る物や場所も多くあるが、蜥蜴の化け物相手にはひどく頼りなく見える。

 意を決し近くにあった木の角材を握ると蜥蜴の化け物に向けて突き付ける。それに対し蜥蜴は口から舌を垂らし、蠢かせる。

 攻撃というよりも身を守る為に持った角材だが、構えてみせた鳶雄もこれからどうするべきか焦っていた。思考しようにも目の前に居る怪物のせいで頭が上手く働かない。

 蜥蜴の舌が伸びる。咄嗟に角材を突き出し体は後ろに仰け反らせた。角材に舌が巻き付き、そのままへし折る。人の腕ほどの太さがある角材をまるで小枝の様に簡単に折ってしまった。

 殺される。このまま訳も分からない化け物に訳の分からないまま殺される。

 後退りしようとするが急に足から力が抜けその場で転んでしまう。死という恐怖に体が言うことを聞かなくなる。

 

(死ぬ、のか? 俺?)

 

 遠く先のことだと思われた死が眼前に現れ、鳶雄の視界は暗く狭まっていく。

 

「あーあ。騒がしいなぁ」

 

 緊迫した場に不似合いな気の抜けた声。

 声の方に鳶雄の、そして佐々木と蜥蜴の目が向く。

 建設中のマンションの中から鳶雄とそう歳の変わらない少年が目を擦りながら現れる。

 少年は不機嫌そうな表情で何度か目を瞬かせると最初に鳶雄を見て、次に佐々木たちを見た。

 

「何? お前の友達とペット?」

 

 三メートルを超える蜥蜴の化け物を前にしてあまりに緊張感の無い台詞に、鳶雄は慌てて叫ぶ。

 

「あ、危ないからすぐに逃げろ!」

 

 だが少年は鳶雄の必死な叫びを鼻で笑う。

 

「こんな時に自分よりも他人を優先か?」

「いいから早く逃げろ! 何でか知らないけどあいつらは俺を狙っているんだ!」

「へぇー……」

 

 少年は口の端を歪めて笑いながら逃げるのではなく鳶雄に近寄って来る。その笑みに何故か鳶雄は得体の知れない気持ち悪さを覚えた。

 

「じゃあ、こうすれば確実に逃げられるな」

 

 鳶雄の側まできた途端その背を蹴りつけ、蜥蜴に向かって蹴り飛ばす。

 

「うあっ!」

「ほーら。餌だぞー」

 

 少年の暴挙に考えが追い付かない鳶雄であったが、転がった先に大口開けた蜥蜴の姿を見上げたとき、自分はこれから死ぬのだと確信した。

 連なって並ぶ細かくも鋭い蜥蜴の牙。吐息すら感じられる程にそれが近付いたとき――貫く音と共に蜥蜴の顔が弾かれる。

 

「馬鹿みたいに隙だらけ。『視る』必要もないな」

 

 いつの間にか蜥蜴に接近していた少年。蜥蜴の不注意を嘲笑いながら手を伸ばす。

 鳶雄は気付く。蜥蜴の片目に何かが生えていることに。よく見れば生えているのではない柄らしきものが飛び出ているのだ。

 少年はその柄を掴み引っ張る。ゾロリと眼球ごと引き抜かれ、眼窩と視神経が繋がったままであったが、少年はそれを引き千切る。

 

「図体がでかいと目玉もでかいな」

 

 そんな感想を洩らしながら眼球から柄を抜く。柄の先には体液で濡れた刃が鈍色の光を放っていた。

 少年は引き抜いた目玉をわざと鳶雄の側に落とす。転がる蜥蜴の目と目が合い鳶雄は嘔吐感を覚える。

 眼球を失った蜥蜴は狙いを鳶雄から少年に変えて飛び掛かろうとする。

 しかし、少年は蜥蜴の動きに意を介さない。

 蜥蜴の牙が少年の頭を嚙み砕くかと思われたとき、突然蜥蜴が吹き飛ばされた。

 三メートルもの巨体が軽々と飛び、置かれた資材にぶつかって止まる。

 目の錯覚でなければ鳶雄は見た。少年の体から手の様なものが飛び出し、それが蜥蜴の腹を打った。

 少年は、蜥蜴の体液塗れのナイフに何を思ったのか舌を這わせそれを舐め取る。口の中で味を確かめる様に転がした後、唾と一緒に吐き捨てた。

 

「不味い。生き物の味じゃないな」

 

 それだけ言うともう興味が無くなったのか、この場から立ち去ろうとする。

 

「お、おい!」

「もう終わってるから気にするな」

 

 鳶雄の声を無視し少年は夕闇の中に姿を消してしまう。

 その直後、資材が飛ばされ埋もれていた蜥蜴が動き出す。

 

「何が終わっただよ! 普通に動いているじゃないか!」

 

 今度こそ殺られる。と鳶雄が思ったとき――風を斬る音が鳴り、蜥蜴の頭が地面に落ちる。

 

「間に合ったようね」

 

 振り向くとそこには自分と同じくらいの少女。その腕に鷹の様な鳥を止まらせている。

 

「大丈夫?」

 

 鳶雄の安否を確認する少女。

 

「ほ」

「ほ?」

「本当に終わった……」

 

 鳶雄の言葉の意味が分からず少女は困惑した表情を浮かべるのであった。

 

 

 ◇

 

 

 黒い子犬がその額から飛び出した刃で異形の怪物を切り刻む。

 子犬の動きに鳶雄は呆然と眺めるしか無かった。

 謎の怪物から襲撃を受けた鳶雄は、彼を助けた少女――同じ生き残りである皆川(みながわ)(なつ)()から襲ってきた化け物とそれを使役する者を合わせて『ウツセミ』と呼ばれることを教えられ、それが生き残りである自分たちを狙っていること、それらから身を守る為という理由で『タマゴ』を渡された。

 そして、自宅マンションでウツセミたちの襲撃を受け、渡されたタマゴからではなく自分の影から現れた子犬に現在進行形で守られている。

 三体いたウツセミの内の二体は子犬によって倒され、残るは一体となったが羽を生やした化け物が子犬を掴んで外に出て行ってしまう。

 慌ててベランダに出る。鳶雄が住んでいるのはマンション上階。ここで落とされたのなら子犬はどうなるか。

 月明かりの下。化け物が子犬を落とそうとしたとき、化け物の翼が燃え上がる。

 その拍子で子犬が落とされるが飛翔して来た見覚えのある鷹が子犬を空中で掴まえた。

 炎は翼から本体へと燃え移り、宙にいる間に化け物は炭どころか灰へと変えてしまう。

 

「あー。間に合ったー」

 

 後ろから聞き覚えのある声。そこには夏梅が立っていた。急いできたのか肩で息をしており、制服もやや乱れている。

 

「ごめんね、遅れちゃって。ここに来たらいきなり襲われちゃって。しかも三体。サカハギさんが居なかったらもっと遅れていたかも」

「サカハギ?」

 

 初めて聞く名に疑問符を浮かべる鳶雄。そこで気付いた。夏梅の後ろにもう一人居ることに。

 上から下まで隙一つ無いキッチリとした身だしなみをした壮年の男性。鳶雄の視線に気付くと優し気な表情で笑う。

 

「初めまして、幾瀬鳶雄君。サカハギと申します」

 

 紳士的態度で名乗った。

 

 

 ◇

 

 

 鳶雄は調理場に立ち、手際よく野菜を切っていく。その隣りでサカハギもまた慣れた手付きで料理を作っていた。

 昨晩、夏梅ともう一人やって来た自称魔法少女ことラヴィニア・レーニと手を組むこととなり、このマンションを拠点として行動することになった。それはいいのだがこの少女二人、壊滅的に料理が出来ず、朝からカップ麵を出す始末。見兼ねて鳶雄が適当な材料で料理を作ることとなり、それをサカハギが手伝うこととなった。

 

(それにしても――)

 

 横目で料理を作るサカハギを見る。彼もラヴィニアと同じ『総督』という人物から送られてきた助っ人である。その一切淀み無い動きから只者でない雰囲気を出していた。

 

「切り終えたよ」

「は、はい!」

 

 カットされた野菜を受け取る。年が倍ほど離れているせいか妙に緊張していた。助けてくれたのに失礼ではないかと思ってしまう。

 

「昨日今日会った人間と急に馴れ合うことなんて出来はしないさ。君の反応は正しい」

 

 こっちの内心を正確に読み取ったかのようなサカハギの台詞に鳶雄は驚く。

 

「いや、そんなつもりは……」

「まあ、時間を掛けていこう」

 

 笑うサカハギに鳶雄は第一印象であった『良い人そう』という感想を『良い人』へと昇格させた。

 

 

 ◇

 

 

 同じ生き残りであり鳶雄や夏梅と同じ生物――セイクリッド・ギアを操る青年鮫島(さめじま)(こう)()を探す為に廃業したデパート内を探す一行であったが、途中夏梅、ラヴィニア、サカハギはウツセミの襲撃を受けて対応せざるを得ない状況となってしまい、鳶雄もまた鮫島を見つけたのはいいが、ウツセミたちを操る男、童門(どうもん)計久(かずひさ)に捕らえられてしまっていた。

 

 童門が生み出した土人形に取り押さえられる二人。

 

「どうやら現時点では、私の人形の方が君たちを上回っているようだね」

「くそったれ……!」

「……くっ!」

 

 手も足も出ない状況に悔しさと屈辱が募っていく。

 

「こんな場所でそんなモノ使って青少年を嬲っているのか? ちょっと特殊過ぎないか?」

 

 飄々とした声。鳶雄はその声の人物を知っていた。

 

「誰だ!」

「お前……!」

 

 鳶雄を囮にして結果的に助けた少年が、ナイフをヒラヒラと振り回しながら現れる。

 

「こんな所で何してんだ! さっさと逃げろ!」

「また人の心配かよ」

 

 あの時は違い、周囲には何十ものウツセミたち。更には土人形を操る童門も居る。段違いの危機的状況だというのに少年はヘラヘラと危機感の無い笑いを浮かべていた。

 

「どうやって入った。ここには結界が張ってあった筈だ。そもそもここに来るまでウツセミたちを配置していた筈だ」

「ウツセミ? あの化け物たち? 全部床にばら撒かれて混じっているよ」

 

 さも平然と答える少年に童門の顔色が変わる。

 

「まさかお前もセイクリッド・ギアを!」

「セイクリッド・ギア? 何それ?」

 

 童門の言葉を否定し、少年は少し考えた後にこう答える。

 

「強いて言うなら、俺は『マネカタ』だ」

 

 

 ◇

 

 

「『真似(まね)(かた)計画(けいかく)』?」

 

 部屋に備えられたスピーカーから伝わって来た『総督』の声に鳶雄は思わず聞き返した。

 

 《そう。今回の事件を引き起こした『虚蝉(うつせみ)()(かん)』が『四凶(しきょう)計画(けいかく)』の前身として進めていた計画だ。ウツセミ同様に人工セイクリッド・ギアの実験としてな》

 

 あの少年が言った『マネカタ』の意味を尋ね、その答えがそれだった。

 

 《結果としては大失敗に終わった。マネカタっていうのは人工セイクリッド・ギアに使役者の魂の一部を混ぜ合わせることでより強い力を発揮させるというものだったが、被験者の九割は記憶障害を起こし廃人化。マネカタを生み出してもそれを見ちまったせいで発狂し、力を暴走させて死亡が殆どだ》

「マネカタを見て発狂ですか?」

 《魂を切り離して混ぜるってのはな、至難の業なんだよ。だから敢えて切り離し易い部分を探してそこを混ぜ合わせるんだが、その切り離したい部分っていうのがその人間が自分の中で最も嫌悪する部分。最も見たくない本性と呼ぶべきものだ。マネカタにそれを入れるということは、目を背けていたものが表層化することに等しい》

 

 思わず息を呑んだ。誰しも見せたくない自分というものがある。もし、それが曝け出されたとき、人は果たしてまともでいられるのだろうか。

 

 《お前たちがあったその少年は記録上残っている成功体の二人内の一人なんだろうな》

「二人? じゃあもう一人は?」

 《それは……》

「私ですよ」

「え?」

 

 その声に全員の視線がサカハギに向けられる。

 

「私が残る一人です」

 

 サカハギは臆することなく告げた。

 

 

 ◇

 

 

 鳶雄とラヴィニアが『虚蝉機関』に攫われ、鮫島と夏梅もまた敵に追われている。その情報を知らされたサカハギは、普段の冷静さを捨てて走り続けていた。

 サカハギには過去の記憶が少ししか残っていない。力を得た代償として、家族の思い出と自分の本名を失った。

 彼に残ったのは妻と娘がいたというぼんやりとした記憶と、何故か心の中に残っていた『サカハギ』という名だけである。

 彼が鳶雄たちに対し父性愛を以って接するのはその無くしたものを埋める為の代替行為だったのかもしれない。だが、それを抜きにしても彼は真っ直ぐな鳶雄たちのことを気に入っていた。

 だからこそ許せる訳が無い。

 血溜まりの中で倒れる鮫島の姿を見て。自分のセイクリッド・ギア――グリフォンを潰され泣いている夏梅を見て、許せる筈など無かった。

 

「お前もこいつたちの仲間か?」

 

 加虐的な喜びに塗れた声。しかし、サカハギにはその声は獣の鳴き声に聞こえた。

 何がおかしい。何が嬉しい。子供を傷付けて何が面白い。

 悪だ。悪だ。悪だ。悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪。

 こいつは人じゃない獣だ。人に仇なす獣ならば駆除しなければならない。

 

「俺に……」

「うん?」

「俺にまた殺しをやらせようってのかぁ! 悪党めっ!」

 

 咆哮を上げるサカハギの体から何かが浮き出てくる。その途端、場に濃い金臭さ、あるいは錆のニオイで満ちていく。

 現れたのは人の形をしていた。頭部の左半分に頭髪は無く右半分には乱雑に伸ばした髪。その手には短刀が握られていたが、片方は直刀。もう片方は直角に曲がった鉤状の刃という一風変わった刃が両端に付いていた。

 しかし、そんなことが些細に思える程のもっと注目すべきことがある。それはその人型の体中に張り付いた顔、顔、顔。剥がされた顔の皮を体の至る所に縫い付けられており、その人型の顔の下半分にはマスクの様に顔の皮が巻かれていた。

 誰もが言葉を失う。仲間である夏梅ですらその姿に恐怖を覚えていた。

 

「痛い目を見るだけで済むと思うなよっ!」

 

 爆発する怒りを殺意に変え、サカハギは吼えた。

 

 

 ◇

 

 

 『虚蝉機関』に連れられてきた鳶雄は、そこで組織を束ねる者、機関長姫島(ひめじま)(はね)()からその目的を聞かされ、自らの願いの為に鳶雄にウツセミと化した紗枝をけしかけた。

 結果として勝負は鳶雄が勝った。鳶雄のセイクリッド・ギア――刃のブレードを自我を戻した紗枝が自ら受けることによって。

 助けたかった者を目の前で失い絶望の底へ誘われとき、幾瀬鳶雄の中の『狗』が目覚める。

 唱えられる言葉は祝詞か呪詛か。その全てを唱え終えた時、二頭の『狗』がこの世に顕現する。

 

「……素晴らしい」

 

 神をも殺す者の出現に唐棣は恐怖よりも先に感動を覚えた。

 『狗』は赤い目を輝かせ、鋭い牙を震わせ唸る。

 

 ――こいつを斬れるのであれば俺は『人間(バケモノ)』でいい。

「へえ。だったらそのお前を殺せば俺は『人間(えいゆう)』か?」

 

 第三者の声。

 

「誰だ?」

「俺? 名前は忘れた。フトミミとでも呼んでくれ」

「フトミミ? 布帝耳神だと? 神を名乗るか、狂人め」

「神様なんて人から見たら全部イカれて見えるさ。そういう意味じゃ神なんて全員狂人だ」

 

 ケタケタと笑いながら少年――フトミミは変異した鳶雄の前に立つ。

 

「俺の視た未来通りだ。こうなるのは、な」

『斬る伐る切るkill切る斬る斬るkill斬る伐る切るkill切る斬る斬るkill!』

 

 鳶雄から吐かれる言葉に正気の欠片も無い。

 

「あはははははは! 今ならお前と友達になれそうだ!」

 

 少年は笑いながら、その身から何かを顕現させる。

 襤褸の様な衣服を纏いながらもまるで聖人の如き穏やかな表情を浮かべる人型。そこにいるだけであらゆる負が浄化されそうな気すら感じさせる。フトミミという狂人から現れるには不似合いなものであった。

 

「殺し合おうぜ! なあ! 人間(バケモノ)!」

 

 ナイフを構え、高らかに笑いながらフトミミは鳶雄へ挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……」

 

 廃墟同然と化した『虚蝉機関』本部でフトミミは呻きながら体を起こす。その全身に裂傷が刻まれており、傷の深さや出血量を見れば今すぐ死んでもおかしくは無かった。

 死闘の末フトミミは鳶雄に負けた。フトミミは腑に落ちなかった。彼が視た未来では、フトミミが鳶雄に勝っていた筈なのである。だが、それが覆された。初めての経験である。

 フトミミの手にはへし折られたブレードが握り締められていた。鳶雄の刃が額から生やしていたものを折って奪った物である。

 これからどうするべきか。そんなことを考えているフトミミの側に複数の存在が現れる。全員ローブに身を包んだ女性であった。

 

「『虚蝉機関』の生き残りか?」

「どちらさん?」

「我々は『オズ』だ」

 

 虚蝉機関と協力関係にある魔術師の一団が、倒れているフトミミを機関の生き残りと誤解している様子であった。

 

「ちょうど良かった」

 

 フトミミは笑い、よろよろとした動きで立ち上がると魔術師の一人に接近する。

 

「試し斬りしたかったんだ」

「何をっ!」

 

 魔術師の胸にブレードを突き立て、素早く抜く。

 

「貴様っ!」

 

 魔術師たちを挑発する様に血で濡れたブレードを舐め上げ、口内に溜まった血を吐き捨てた。

 

「スッキリしないなー」

 

 激昂する魔術師たちを無視し、一人喋り出す。

 

「今まで外したことなんて無かったんだ。未来をさ。ああ、スッキリしないスッキリしない」

 

 フトミミの言葉が徐々に熱を帯びていく。

 

「この苛つきはさぁ。あいつを殺らなきゃ治まらないだろうなぁ! 待ってろよ! 『狗』共っ!」

 

 何処かにいる標的に向け、フトミミは生まれて初めて心の底から殺したい相手を見つけるのであった。

 




本編の前日譚として書いてみました。本格的に書くとなると本編を一年ぐらい休載しないといけないのでダイジェストで勘弁して下さい。
この作品のマネカタはメガテン3とペルソナと人工セイクリッド・ギアの設定を混ぜ合わせたものとなっています。

以下キャラの設定。
フトミミ
通り魔として自由に生きてきたが捕まり実験体とされた。
過去の記憶と名前を失っているが、やることは変わらない。
マネカタの能力は未来予知。
見たくない本性は『誰かに求められたい、必要とされたい自分』


サカハギ
性格も能力も良い紳士。社会でも高い地位にいたがその能力の高さに目をつけられ実験体にされた。
常識人で理知的だが、それ故に自分の本音を押し殺す傾向にある。
フトミミによって娘を殺された過去がありその記憶は失っているものの悪と認識した存在に対し激しい怒りと憎悪を見せる。
マネカタの能力は相手の皮を纏うことでその相手の能力を得る
見たくない本性は『悪を惨たらしく殺したい自分』








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