ハイスクールD³   作:K/K

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乱戦、四巴

「──少し見ない間に随分と成長したな」

「こんなときにそんなつまらない冗談を言える君に感心するよ、ヴァーリ」

 

 思ったことをつい口に出してしまったヴァーリに、曹操の皮肉が飛ぶ。

 

『ヒホヒホヒホォォォォ!』

 

 赤い目に渦巻く黒い蛇を宿すジャアクフロストは、腕をグルグルと振り回しながらヴァーリと曹操へ駆け寄る。

 動きは単調。しかし、オーフィスの蛇で能力が爆発的に上昇していることで瞬間移動染みた速度で二人の前へ現れる。この動きにはヴァーリたちも流石に目を丸くした。

 

『ヒィィィィィホォォォォォォ!』

 

 振り回していたジャアクフロストの拳が突き出される。動きが大振りなこととジャアクフロストの腕が短いこともあって避けることは然程難しくなく、ヴァーリと曹操は意図せず同じ方向へ回避する。

 外れたジャアクフロストの拳。全身を投げ出すように繰り出しているので途中で止めることも出来きず、二人の背後にあった巨木へ打ち込まれる。

 瞬間、根本から全ての葉先までが瞬時に凍結。同時に粉微塵になり、細かな氷の破片となって周りに飛び散る。

 

「へぇ! 元から強かった冷気が更に強くなっているな。殴った物を瞬間凍結させながら衝撃で粉砕するか……悪くない攻撃だ」

「……褒めている場合かい? 君の鎧ですらあれを受けたら危ないと思うが?」

「だろうな。大したものだ」

「……そういうところだけはやっぱり合わないなぁ」

 

 戦うことに喜びを見い出すヴァーリと戦いという試練を乗り越えた先の成長に喜びを感じる曹操は微妙に感性が合わない。

 

『ヒホ! ヒホ! ヒホ!』

 

 ジャアクフロストの巨体が跳ねている。自分よりも遥かに大きい巨木を粉砕したことを喜んでいる様子。力は飛躍したが、その代償として知性の方はかなり下がっており、子供か動物ぐらいになっている。目の前のことに意識が向いており、ヴァーリたちのことを完全に忘れてはしゃいでいる。

 強いが本能に忠実ならば恐れるに足りず。ジャアクフロストの意識が別に向いている間に曹操は聖槍の穂先でジャアクフロストを指す。

 穂先から放たれる聖なる輝き。『黄昏の聖槍』が発する聖光が集束され、ジャアクフロストを貫く──

 

「待て」

 

 ──刹那、聖槍の下に差し込まれたヴァーリの腕が、聖槍を下から持ち上げて穂先を上空へ向け指す。集束された聖光は空へと放たれ、彼方へ消えて行った。

 

「邪魔するのかい? ヴァーリ」

「当たり前だ。黙って仲間がやられる所を見ている筈が無い」

「意外だ。彼のことを疎ましく感じていると思っていたよ」

「まさか。強くなろうとしている奴は大好きだ」

 

 曹操は聖槍を半回転させ、石突きでヴァーリの胴体を打つ。ヴァーリの鎧には全く効果が無いが、当てた曹操本人もそれは理解しており、その行動は次に繋げる為のものに過ぎない。

 胴体を打たれたヴァーリは即座に拳で反撃を繰り出す。だが、曹操はその展開を読んでおり拳を聖槍の柄で防ぐ。同時に両足をわざと地面から離してヴァーリの力を受け流しつつ突き飛ばされることで間合いをとる。

 凄まじい勢いで飛ばされる曹操。何か遮蔽物があれば一瞬で原型を留めずに潰れる速度。すぐに聖槍の刃を地面に突き立ててブレーキを掛ける。

 間もなくして飛ぶ勢いは弱まり、曹操の両足が地面に着く。曹操は聖槍を構えようとし、その表情を微かに強張らせる。

 肩に生じる痛み。ヴァーリの攻撃を受け流したと思っていたが完全ではなかった。

 最強の神滅具である『黄昏の聖槍』の所持者であり英雄の血を受け継ぐ曹操だが、自分でも理解しているように超人ではなく生身の人間である。一部例外は居るが、刃物で刺そうとすれば刺さるし、力強く殴れば骨も折れる。

 今のヴァーリの一発でいとも簡単に肩を負傷してしまった。改めて、人間と悪魔のハーフであり両者の長所を受け継いだヴァーリを反則に思うと同時に少し羨ましくも思う。

 割り切っている筈なのにどうしても抱いてしまう羨望に似た感情。それが捨てきれない辺り、やはり自分は人間なんだと内心で自嘲する。

 痛みは異常に対する警告。しかし、曹操はそれを無視して構えをとる。多少の負傷があっても戦える技術は身に付けている。

 曹操が構えをとったときにはヴァーリは既に戦闘態勢に入っていた。素質、実力共に抜き出たものがあるのに微塵も油断をしていない。

 

(何とも可愛げのないことだ)

 

 曹操がヴァーリの隙の無さに頭を悩ませている中、ヴァーリ本人は曹操のことを警戒しながらもジャアクフロストのことも考えていた。

 

(ああなった原因は間違いなくオーフィスだな……全く、無邪気に場をかき乱してくれる)

 

 経緯は不明だが、良かれと思ってジャアクフロストに自らの蛇を与えたのだろう。結果としてジャアクフロストはパワーアップをしたが、扱い切れない力に翻弄されて暴走をしてしまった。尤も、ジャアクフロストがこの場に混沌を起こしたことで結果的に曹操たちの足止めには成功している。

 

(どうするべきか……)

『方法が無い訳ではない』

(アルビオン?)

『だが、リスクもある』

 

 悩むヴァーリにアルビオンが助言をする。

 

『今の奴は身の丈以上の力を得てしまったことで暴走している。ならば、溢れ出る力を削いでやればいい』

(ということは……)

『半減の力を奴に打ち込み、余剰した力を我々が吸収、放出すればいい。だが──』

(下手にオーフィスの力を取り込むせいで俺の『覇龍』が暴走する危険がある、ということだな?)

『──その通りだ』

 

 アルビオンはヴァーリの才と実力に絶大な信頼を置いている。胸を張って歴代最強と評するだろう。しかし、それでもオーフィスは別格である。無限の名を持つドラゴンの力がヴァーリにどんな悪影響を及ぼすか想像も付かない。

 奇跡とも言える才覚を持つヴァーリに何かがあれば、相棒としてアルビオンは永遠に消えることのない後悔をすることとなるだろう。

 

「よし、やろう」

 

 だが、そんなアルビオンの心配とは裏腹にヴァーリは即決した。何も考えていない訳ではない。それはアルビオンにも分かっている。色々なリスクを想定した上でヴァーリは揺るぎない意志で決断をしていた。

 

『……いいんだな?』

「俺が無限に屈すると少しでも思っているのか? アルビオン?」

『……ふっ。杞憂だったな』

 

 アルビオンはそれを過信とは思わない。困難を前にしてより強く燃える魂。その輝きは本物であった。

 

「方法が決まったなら早く助けるとしよう。何せ俺のライバルだ」

『自称だがな』

 

 ヴァーリは仮面下で笑いながらまずは半減を発動させる為にジャアクフロストに一撃入れるつもりであったが──

 

「うん?」

 

 ──足元から小さな揺れを感じ、立ち止まる。

 

『ヒホ! ヒホ! ヒホ!』

 

 相変わらず興奮した様子で跳ね続けているジャアクフロスト。だが、揺れの原因は彼が跳ねているものとは違う。

 様子を窺っていた曹操もまた小さな揺れを感じていた。それと同時に口から漏れる息が白くなっていることに気付く。ジャアクフロストが現れてから気温が凄まじい勢いで下がり続けており、気付けば真冬並みの気温にまでなっている。

 

『ヒィィィィィホォォォォォォ!』

 

 ジャアクフロストが一際大きく跳び上がり、大地を踏み締めるように着地したとき、地面の揺れは最高潮となり地面を突き破って何かが出現する。

 

「むっ」

 

 反射的に下がって隆起したものを回避するヴァーリ。間近で見たそれは幾つもの氷が束となり柱状になった、所謂霜柱というものだがサイズは可愛らしいものではなく文字通りの柱であり、ヴァーリの背丈を超えている。

 揺れは収まらず、次々と地面から巨大霜柱が突き出てきた。

 

『あの動き、これの仕込みだったか』

「やるじゃないか」

 

 予知するように生えてくる霜柱を紙一重で回避しながら一見無意味に見えたジャアクフロストの行動が次なる攻撃の下準備だったことを称賛する。

 

「やれやれだ……!」

 

 曹操もまた下から強襲してくる霜柱を避け、間に合わないと察したのなら地面に聖槍を突き刺して消し飛ばすなどし、直撃を回避していた。

 霜柱の攻撃範囲はかなり広く、離れた場所で戦っている他のメンバーもまた射程内に入っている。

 

「ゲオルグ! レオナルドと一緒に離れろ!」

「言われなくとも!」

 

 ゲオルグに指示を飛ばすが、ゲオルグの方は指示される前に既に行動を開始していた。レオナルドを傍に寄せ、周囲を『絶霧』の結界で守りながら危険地帯と化したこの場から離脱をする。

 戦えるが直接戦闘向きではないゲオルグと非戦闘員のレオナルド。どちらの神滅具も貴重である為、万が一を避ける必要がありゲオルグたちもそれを十分自覚している。

 戦闘に混乱を齎すジャアクフロスト。その影響は他の者たちの戦いにも強く影響していた。

 

「うおらっ!」

 

 目の前に現れた巨大な霜柱に拳を叩き込むヘラクレス。途端に爆発が起こり、霜柱が粉々に砕け散る。

 

「ぐぅ!」

 

 その直後、ヘラクレスの口から苦鳴が発せられた。ヘラクレスの脇腹にめり込む如意棒の先端。美候は如意棒を突き出した構えのまま好戦的に笑う。

 

「油断大敵だぜぃ?」

 

 ヘラクレスの気が目の前の霜柱に向けられると同時に美候はヘラクレスの死角に回り込み、霜柱を破壊して一瞬だが気と体が緩んだ瞬間を見極め、渾身の力で如意棒を最も防御の薄い箇所を狙って突いた。

 

「せこいことしやがって……!」

 

 怒りでヘラクレスの筋肉が膨張する。脇腹にめり込んでいる如意棒が筋肉の膨張により抜け難くなる。しかし、美候は冷静であった。

 

「おっと」

 

 手首を捻り、如意棒を捩じる。固くなった筋肉が捩れ、発生する痛みによりヘラクレスの体が反射的に力を緩めてしまう。その間に抜けなかった如意棒を引き抜く美候。

 

「てめぇ!」

 

 まんまと美候の狙い通りに動かされたヘラクレスは、怒りのまま拳を振り下ろそうとした。だが、脇腹の痛みが残っているせいで動きのキレが一段、二段下がっている。キレが損なわれた動きならば美候の方が速い。

 美候は如意棒で地面を突き、その反動で後ろへ下がる。ヘラクレスはすぐに追おうとするが生えてきた霜柱により視界と道を遮られて踏み止まってしまう。

 

「邪魔くせぇ!」

 

 苛立ちながら霜柱を粉砕するヘラクレス。砕いた霜柱の陰に居た美候は消えていた。

 

「そうカッカするなよ。体に毒だぜぃ?」

 

 声のする方向は頭上。ヘラクレスが顔を上げれば新たな霜柱の上に美候がしゃがみ込んでおり、ニヤニヤと挑発染みた笑みでヘラクレスを見下ろしている。

 

「このエテ公が……!」

「煽りセンスは貧弱なんだな、脳筋。ウケるぜぃ」

 

 途端、ヘラクレスの剛腕の一撃が炸裂し、周囲の霜柱が粉砕されていく。しかし、美候は軽業師のような身のこなしで既に爆破地帯から逃れていた。

 地の利がどちらにあるのか。明白となっている戦いである。

 ヘラクレスが血管が千切れそうなぐらいに熱くなって戦っているとは真逆にジークフリートとジャンヌは冷静にアーサーと戦っている。

 前衛でジークフリートが戦い、ジャンヌは後衛でジークフリートの援護。決して二人同時には挑まない。それはアーサーのコールブランドの能力が理由であった。

 アーサーがコールブランドを横薙ぎに払う。命中すればジークフリートの顔の上半分が斬り飛ばされる。ジークフリートは光の尾しか見えない高速の斬撃に対し、足を着けていた地面が爆ぜる程の勢いで後退。

 アーサーの斬撃はジークフリートの頭部を斬り飛ばすことなくジークフリートの残像を通り過ぎていく。ジークフリートにはアーサーの斬撃が見えていた。

 素早く後退したジークフリートは下がったとき以上の速度で前へ跳び出し反撃の聖魔剣でアーサーを狙うが、アーサーは下がろうとはせず逆に前進する。

 自殺行為に等しいアーサーの行動。しかし、次の瞬間アーサーの前方に空間の裂け目が生じ、アーサーはその裂け目の中へ入っていく。ジークフリートが聖魔剣を振り抜いたときには既にアーサーは裂け目ごと消えていた。

 これがコールブランドの能力である。空間を斬り、生じた裂け目の中を移動することが出来るのだ。例え、空振りをしても空間を斬っていることに変わりはなく、アーサーは先程の一振りで攻撃と逃げ道の確保を同時に行ったのだ。

 空間の内側に入ったアーサーを探知する方法はジークフリートとジャンヌは持っていない。なので二人は非常に単純な方法でアーサーを撃退しなければならない。

 ジークフリートの頭上。何もない空間から飛び出す刃。未だに気付かないジークフリートの脳天へ刃が落ちていく。

 

「ジー君!」

 

 ジャンヌは叫び、聖剣を飛ばす。聖剣が刃の側面に命中して金属音を鳴らすと共に振りの速度を鈍らせる。

 ジャンヌの声に反応し、ジークフリートは真上に剣を振り上げる。空間を滑るように落ちて来た刃が聖魔剣に衝突し、火花を散らす。

 

「そう簡単には行きませんか」

 

 刃が飛び出している空間が開き、中からアーサーの上半身が出てくる。

 

「それでも冷や汗ものさ」

 

 本気とも冗談とも取れる言葉を返すジークフリート。実際、ジャンヌの声と援護が無ければ少し危うかった。

 空間の裏側に完全に隠れられるアーサーに対し、二人がやれる対策は周りの変化に常に目を光らせることしかない。二人居ることでどちらかが気付けば対処が可能。

 ジークフリートは聖魔剣でコールブランドを押さえながらグラムでアーサーを斬り付けようとするが──

 

「ちっ」

 

 ──異変に気付き、舌打ちをしながらその場から離れる。すると、ジークフリートが立っていた所へジャアクフロストの霜柱が隆起してきた。

 

「また一段と騒がしくなりましたね」

 

 ジャアクフロストの異変に気付き、アーサーは少しだけ心配そうな表情をすると生えてきた霜柱の上に飛び移った。

 

「そこ!」

 

 ジャンヌはそのタイミングで『聖剣創造』により大量に創り出した聖剣の群をアーサーへ一斉発射する。

 

「待て! ジャンヌ!」

 

 ジークフリートが声で制止するが、間に合わなかった。

 数多の聖剣がアーサーへ飛んで行く。直撃すれば原型も留めない挽肉になる攻撃に対し、アーサーは逃げる素振りすら見せなかった。

 彼が行ったことはただ一つ。腰に差してあるもう一本の剣を引き抜き、その刀身を僅かに晒したこと。

 次の瞬間にはアーサーを狙っていた筈の聖剣の群が方向転換をし、ジークフリートへ群がっていく。

 

「ジー君!」

 

 ジャンヌは急いで神器を解除しようとしたが、聖剣はジャンヌの指令を弾き、制御出来ない。別の意思によって支配されたかのように。

 ジークフリートは聖魔剣とグラムを交差させた斬撃を繰り出し、飛んできた聖剣の殆どを破壊する。しかし、全てを破壊することは出来ず残った聖剣がジークフリートに突き刺さった──かと思えば、ジークフリートが体を軽く動かすと刺さった筈の聖剣が地面に落ちていく。その切っ先には血の一滴も付いてはいない。

 

「ジャンヌ。今のは流石に不用意だ」

「ごめん。お姉さん、反省」

 

 ジークフリートに注意され、ジャンヌは素直に謝る。

 

「まあ、相手が悪かったとも言える。流石は最強と謳われた七本目のエクスカリバー。使っている所は初めて見たが、まさかジャンヌの神器も支配出来るとは……」

 

 刀身を晒すだけで神器のコントロールを奪ってみせたアーサー。その気になれば魔法や法則、意思なども意のままに操ることも出来る。最強という名に相応しい『支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)』。しかし、アーサーは最強のエクスカリバーを持っていても積極的には使用しない。

 

「出し惜しみしているそれをやっと使わせられたよ」

「出し惜しみをしている訳ではないです。コールブランドの方を気に入っているだけです」

「最強のエクスカリバーを持っているのにかい?」

「最強だからといってそれが最高だとは限られません。同じ剣士として私の気持ちが分かりませんか?」

 

 アーサーの問いにジークフリートは頷く。

 

「良く分かる。グラムや他の魔剣よりも聖魔剣を振っている方が楽しいからね」

 

 明け透けな感想を言った瞬間、グラムを持っている腕から爆ぜるような音がした。袖が破け、肌が露出。鱗のような質感を持つ肌の内側から血が滲み出ていた。

 

「ほらね?」

 

 子供に悪戯されたかのような軽さで肩を竦めるジークフリート。アーサーはそれよりもジークフリートの人外の肌の方が気になった。それが聖剣が突き刺さらなかった理由としか考えられない。アーサーが見ている間に鱗が人の皮膚へと戻り、グラムの対抗心によって付けられた傷も治っていた。

 

「危ないものを着込んでいるという話を耳にしましたが、どうやら噂以上に危険なものを着ているようですね……」

「そんな目で見ないでくれよ。傷付くだろ?」

 

 どちらもまだ余力を残しており、相手の出方を窺っている。

 

「ジャンヌ。次は同じ失敗は無いようにね」

「分かってますよー。お姉さんは同じ失敗は繰り返さない出来る女だから」

 

 ジャンヌがタクトのように持っていた聖剣を振るう。地面に散らばっていた聖剣がジャンヌの許へ集まっていき束ねられ、形を変え、ワイバーンを模した姿となった。

 

「今度は簡単には操られないようにたーっぷりとお姉さんの力を注いであるからね。ジー君、こっからが本番よ」

「了解。それじゃあギアを上げて行こうか」

 

 ジークフリートの背中から生える第三の手。ジークフリートの神器である『龍の手』の解放。手数だけでなく身体能力もこれで倍になる。

 

「どうぞ。こちらは迎え撃つだけです」

 

 

 ◇

 

 

 各々が戦いの火花を散らしていく。ヴァーリもジャアクフロストに近付き、正気に戻そうとするが、曹操が大人しく見守っている筈も無い。

 自慢の聖槍を構え、いつでも最上級の聖なる気を放てる準備が出来ている。ヴァーリであっても直撃すれば危うい。オーフィスの蛇で強化されたジャアクフロストも溶けるのを超えて蒸発してしまう。

 

『ヒホヒホヒホ!』

 

 そんな危機的状況なのも知らずにジャアクフロストは高々に笑っている。力に溺れた笑いというよりも目一杯遊べていることが楽しくて仕方がない上機嫌の笑い。いつもは虚勢込みで大人ぶっているジャアクフロストが、今は子供同然の思考となって無邪気に暴れ回っている。

 その場で跳び続けることが飽きたのか跳ねるのを止め、周囲を見回し出した。新しい玩具や楽しいことがないか模索している。

 

『ヒホ!』

 

 ジャアクフロストの目がヴァーリと曹操に止まる。黒い蛇が螺旋を描く赤い目が一段と輝きを増したように見えた。

 

「ようやくこっちに気付いたか」

 

 眼中に入れることなく好き勝手やっていたジャアクフロストが、今になって自分たちを視界に入れたことにヴァーリは苦笑する。

 

『ヒーホー!』

 

 ジャアクフロストは両腕をグルグルと回しながらヴァーリ目掛けて突撃してきた。

 

「遊んで欲しいのか?」

 

 曹操を警戒しながら構えるヴァーリ。ジャアクフロストが近付いて来ると鎧の表面に霜が降り始める。

 接近するだけでもこれ程の冷気。直接ぶつけられでもしたら、一体どうなってしまうのか。ヴァーリは恐れよりも期待を抱いてしまう。

 助けたいが戦ってもみたいという矛盾した感情。仲間相手に向けるこの感情、つくづく自分は戦いが好きなのだと実感してしまう。

 ジャアクフロストは本能の赴くままに突進し──

 

『ヒホ?』

 

 ──何故か足を滑らせてバランスを崩し、顔面から地面へ突っ込んでしまった。

 

『……』

 

 この展開にはヴァーリも曹操も言葉を失ってしまう。だが、すぐにそんな暇もなくなる。

 

「これは……!?」

「何だと……?」

 

 曹操、ヴァーリは戸惑いの声を出す。細かな震動と共に視界が何故か斜めになっていく。足が地面を滑り出し、足に力を込めて踏ん張らないと体が倒れそうになる。

 

「……何時からここは坂道になったんだ?」

 

 水平であった地面が段々と斜面になっていく。視界が傾いていく原因がそれであった。恐らくジャアクフロストが転んだのも傾いた地面に足を取られたのが原因と思われる。

 傾きはどんどん酷くなっていき、真っ直ぐに立てなくなる程であった。

 ヴァーリと曹操が一瞬視線を交わす。この事態を引き起こしているのは目の前の相手ではないかと互いに思ったからだ。しかし、互いに戸惑っているのが伝わり、これを引き起こしているのはヴァーリたちでも曹操たちでもなく第三者によるものだと察する。

 坂というよりも壁になりつつある地面。遠くに見える景色が徐々に下になってきており、ヴァーリたちは高い位置に移動させられていた。

 ヴァーリたちが立っている地面が何者かによって持ち上げられている。しかも、一部ではなく広範囲の地面を。そんなことが出来るなど人外の所業。それを可能とする者は極限られていた。

 リーダーである二人の行動は迅速であった。

 

「ここから離れるぞ!」

「急げ! 戦いは一旦中断だ!」

 

 仲間たちに指示を出し、即座に離脱するよう促す。

 戦いに夢中になっていたヴァーリチームと英雄派だったが、リーダーの指示が聞こえた瞬間、すぐに指示通りに動き出す。

 垂直になりつつある地面を駆け、持ち上げられている範囲外を目指す。

 曹操を含めた英雄派たちはすぐに持ち上げられている地面の端まで移動し、飛び降りる。

 美候は筋斗雲に乗り、アーサーを拾い上げるとヴァーリに声を掛けた。

 

「ヴァーリ!」

「先に行ってくれ。俺は彼を連れて行く」

 

 ヴァーリの視線の先には事態を把握し切れておらず、地面にしがみつきながらキョロキョロと周りを見ているジャアクフロスト。

 

「──遅れんなよぉ!」

 

 美候はヴァーリを信じ、アーサーと共に先に離脱する。

 

「さて」

 

 残ったヴァーリはジャアクフロストの方へ顔を向ける。兜を収納し、素顔を晒す。

 

「追いかけっこでもしようか、ジャアクフロスト? 鬼は君だ」

『ヒホ?』

 

 ジャアクフロストは首を傾げる。その状態でヴァーリを凝視していたが、やがて嬉しそうな声を上げる。

 

『ヒホヒホヒホ!』

 

 足を凍らせることで地面に張り付くという器用な方法で斜めになった地面に立つと、両手を伸ばしてヴァーリ目掛けて駆け出す。

 

『暴走していても、お前の顔は覚えているみたいだな』

「光栄だ」

 

 ヴァーリはジャアクフロストを引き付けながら飛翔し、脱出を開始。ジャアクフロストはそれにしっかりと付いて行く。

 間もなくして斜面の端に到着。大地が遥か下に見えた。

 

「さあ、こっちだ」

 

 ヴァーリが飛び降りる。ジャアクフロストもまた躊躇なく飛んだ。

 かなりの高度から落ちていく二人。ヴァーリは飛べるので問題無いが、ジャアクフロストはそうもいかない。

 

『ヒホ! ヒホ! ヒホ!』

 

 空中で藻掻いているジャアクフロストにヴァーリが手を伸ばす。救助と同時に予定通り力を半減させ暴走を治めようとしていた。

 ジャアクフロストに触れる瞬間、ヴァーリの腕が肩部まで一気に凍結する。

 

『ぬぅ! 触れるな、ヴァーリ! 砕け散るぞ!』

 

 ドラゴンの鎧すらも芯まで凍らせるジャアクフロストの凍結能力。オーフィスの力で底上げされているが、逆を言えばここまで出来る伸びしろがあるということ。

 

「はははは! 凄いな!」

 

 片腕を凍結されたにも関わらず、ヴァーリは嬉しそうに笑う。ヴァーリはジャアクフロストを弱いとは思っていなかったが、ここまで出来るとも思っていなかった。仲間の秘めた可能性につい喜んでしまう。

 が、その喜ぶに浸る間もなく地面に着地。ヴァーリは何事もなかったかのように両足から地面に着いたが、ジャアクフロストは大の字のまま地面に叩き付けられ、そのまま地面に埋まる。

 

「あー……」

 

 助けが間に合わなかったことにヴァーリは気まずそうにする。

 

『ヒ、ヒ、ホ……』

 

 しかし、ジャアクフロストは無事であった。だが、少し痛かったのか顔を擦りながら自分の形に凹んだ地面から這い出て来る。

 

「良かった、無事か……」

『しぶとさも増したか……』

 

 ヴァーリは安堵し、アルビオンは呆れた声を出す。

 その直後、垂直からゆっくりと傾き始める大地の巨塊。ヴァーリたちに掛かっていた影が晴れ、量り切れない質量の土塊が倒れていく。

 十秒後、数十キロ先まで届く轟音と震動を起こしながら大地の上に裏返しになった大地が重なる。凄まじい風圧が生じ周囲の木々が薙ぎ倒されそうになり、視界がゼロになる程の土煙が巻き起こる。

 土煙の中でヴァーリは腕を一振りし、曹操は聖槍を払い、他のメンバーたちも各々の方法で土煙を消し飛ばす。放っておけば何日も舞っていてもおかしくない土煙が超人たちにより瞬時に払われた。

 土煙が晴れるとこれといって特徴が無かった場所に大きな谷ができ、その隣には山ができている。一夜にして谷と山が出来た異常現象に翌日の新聞やニュースはさぞや騒がしいこととなるだろう。

 

「……で? そろそろ出て来たらどうだ?」

「近くに居るんだろう?」

 

 騒動を起こした犯人に呼び掛けるヴァーリと曹操。すると、品の無い笑い声が返って来る。

 

「へっへっへっ。楽しかったかぁ? 俺からのサプラーイズ?」

 

 現れたのは四本腕の阿修羅マダ。瓢箪の酒を煽りながらヴァーリたちの許へ歩いてくる。

 

「あんたか……横槍を入れたのは……」

 

 マダの姿を見た途端、ヴァーリは不機嫌そうな表情をする。曹操との戦いを邪魔されたことに気分を害していた。

 

「……アザゼルに頼まれたのか?」

「さぁて、何のことやら……? 急に変なことを言い出すなよ、ヴァーリ」

 

 マダが現れたことに対し、心当たりが一つしかないヴァーリ。マダは半笑いで惚けている。

 

「俺はなぁ、散歩してたら偶然お前たちを見つけたんだよ。何か楽しそうにしてたから、混ぜてもらおうと思ってなぁ。横槍を入れるつもりなんて全く無いんだぜぇ? 楽しいことに混ざりたいっていう純粋な想いだ」

「白々しいな」

 

 曹操はマダの態度に呆れ果てていた。ここまで嘘をつらつらと並べ立てる相手と話すのは稀な経験である。

 

「あーん?」

 

 マダの視線がジャアクフロストに向けられる。自分と変わらないぐらいの身長になっているジャアクフロストを興味深く見ていた。

 

「何だー? 成長期か? 見ない間に大きくなって……」

 

 大きくなったジャアクフロストを揶揄う。途端、ヴァーリが苦虫を嚙み潰したような表情となった。似た冗談を言ったことを思い出したからだ。曹操も思い出したらしく、つい失笑してしまう。

 

『ヒホ! ヒホォォォォ!』

 

 マダを警戒してファイティングポーズをとるジャアクフロスト。この時点でマダを敵と認識してしまっている。

 

「お? やるか? ってか何か入れられたな、お前?」

 

 ジャアクフロストの暴走を即座に見抜く。ついでに元凶が誰なのかも予想がついていた。

 

「──まあ、いいか。お前も遊んでくれよ」

 

 四本の腕を広げるマダ。それだけで存在感と威圧感が何倍にも膨れ上がる。

 

「色々と言いたいことがあるが……取り敢えずは戦ろうか?」

 

 ヴァーリは構え、収納していた兜を装着する。

 

「大事になってきたな……」

 

 予想していた以上の規模になっていることを嘆息しながらも曹操は聖槍をヴァーリたちに突きつける。

 

『ヒホ! ヒホ! ヒホォォォォ!』

 

 ジャアクフロストは戦いの空気に興奮し、獣のように鳴く。

 アザゼルが想定していた展開とは大きく異なる四つ巴の戦い。しかし、一応は狙い通りに曹操たち英雄派の大きく足止めすることに成功するのであった。

 

 

 ◇

 

 

 そして、時間は現在へと戻り、シンの拳がオーフィスの顔面に迫っていた。

 オーフィスの顔面にシンの拳が命中した瞬間、拳から伝わってくる感触は『無』の一言。殴ったのに何も殴っていないような相反する感触。大海に、大気に拳を沈めたらこのような感覚に陥るのかもしれない。

 シンはオーフィスに拳を打ち込んでも何も分からなかった。そこに在る筈なのに一切不明なのだ。

 

「成程、我は知った。これが『痛み』」

 

 シンの拳は間に入ったオーフィスの小さな掌により受け止められている。押し込もうとしても微動だにしない。

 オーフィスの中に小さな驚きが生まれていた。拳を受け止めただけ。無限に届く筈の無いそれに触れた瞬間、痛みが生じた。小さな針に刺された程度の痛みだが、それでも痛みは痛み。届くとは思わなかったものが届いたことにオーフィスの驚きは興味に変わる。

 

「──流石、ベルとルイのお気に入り」

 

 オーフィスの微かな言葉にシンの眉間に僅かに皺が寄る。知らない二つの名前。こちらは知らないのに向こうは知っている。それに不快感を覚える。

 その二人について詳しく尋ねようとしたとき──

 

「ぅおい! 何やってんだお前っ!」

 

 ──焦っているアザゼルの声が耳に飛び込んで来た。

 

「おはようございます、先生」

「よくそんな状況で挨拶出来るなぁ! 離れろ! 取り敢えず二人共離れろ!」

 

 アザゼルに言われた通り、シンはその場から三歩後退。オーフィスの方もアザゼルが抱き上げて引き離す。

 

「……昨日言ったよな? 攻撃はするな、まずは話を聞けって?」

「話はしましたよ……一言だけですが」

「話を聞いたら攻撃して良し、って意味じゃねぇよ! 

「すみませんかんがえがおよびませんでした」

「白々しいんだよ! 分かっててやっただろう!」

 

 普段以上に無感情なシンの謝罪の言葉。アザゼルは自分が迷惑を掛けている側だと理解しつつも、今日の為に色々と危うい橋を渡って来ていた。それが玄関を開けたら五秒で台無しにされそうになったので、つい頭に来てしまった。

 オーフィスとアザゼルが玄関に行き、中々戻って来ないことを心配して一誠たちが様子を見に来た。

 玄関先ではアザゼルに本気で怒られているシンが居り、その光景に困惑してしまうのであった。

 


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