ハイスクールD³   作:K/K

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思ったよりも長くなりそうなので前後編にしました。


幕間 続・魔法、少女?(前編)

 その夜、シンの携帯電話に見知らぬ電話番号から着信が入る。いつもなら無視するのだが、何故だか着信中の携帯電話から異様な圧を感じ取る。明らかに一般人からのものではないと察したシンは、気乗りはしなかったが電話に出ることにした。

 

「はい」

 

 通話ボタンを押してすぐに謎の番号の主が話し掛けてくる。

 

『はぁい☆ シン君☆ セラフォルー・レヴィアタンだよ☆』

 

 セラフォルーがいつものように高いテンションで甘く可愛らしい声を発する。

 

「……何かありましたか? ピクシーたちの撮影は来週だった筈ですが?」

 

 シンの仲魔たちはセラフォルーが主役とする『マジカル☆レヴィアたん』の準レギュラーである。彼女たちが頑張ってくれているおかげでシンの預金通帳には一瞬では数え切れない桁の数字が刻まれている。

 

『今日はー、シン君たちにお願いがあるのー☆』

 

 いつ聞いても甘ったるい声。女性に免疫の無い男が聞いたら鼓膜は痙攣し、三半規管は震え、脳髄は蕩けることであろう。尤も、シンはそんな男を堕落させる声を聞いても眉一つ動くことはない。

 

「お願いですか?」

『そう☆ シン君に紹介して欲しい人がいるの☆』

「俺が貴女に、ですか……?」

 

 意外な内容だったのでシンの眉が僅かに動く。人脈の広さでいったらシンよりもセラフォルーの方が遥かに大きい。それなのにセラフォルーの方が紹介して欲しいとなると余程特殊な人物ということになる。

 このときシンは頭の中で無意識に候補を選ぶ。結果としてセラフォルーが興味を持ちそうな人物が一人該当する。出来ることならば当たって欲しくはないが。

 そして、セラフォルーは紹介して欲しい人物の名を告げた。

 

『シン君ってミルたんって子と友達なんだよね☆』

(当たりか……)

 

 魔法少女というカテゴリー。色んな意味で目を惹く存在感。該当するのは彼? 彼女? しか居らず、見事に的中する。

 

「俺というかピクシーとジャックフロストと仲が良いだけです」

『でも、当然シン君だって顔を覚えられているでしょ?』

 

 あくまで知り合いの知り合いという立場であると主張するが、セラフォルーは逃げ道を与えてくれない。

 

「……そうです」

『じゃあ良かったー☆』

 

 セラフォルーの声が安堵と喜びでより弾んだものに変わる。

 

「……それで、何で紹介して欲しいんですか?」

 

 本題に入る。魔王という立場のセラフォルーが、特殊であるとはいえ人間であるミルたんにコンタクトを取りたいのだろうか。

 

『うふふ☆ あの子には是非『マジカル☆レヴィアたん』の映画に出て欲しいの☆』

 

 想像以上に関わりたくない案件であった。

 セラフォルーが主演の映画のことはシンも知っている。まだ冥界で『おっぱいドラゴン』が撮られていない頃に一誠、アーシア、小猫、ゼノヴィア、ギャスパーの五名がセラフォルーからの依頼で映画に出ていた。

 シンも声を掛けられていたが『お断りします』と映画出演の話を蹴っている。後にセラフォルーの番組に仲魔たちが準レギュラーになっていることを考えると世の中良く分からないものである。

 後日、シンもその映画を見てみたが、色々あって最終的に段ボール箱に入って飛び回るギャスパーとセラフォルーが激戦を繰り広げるという深く考える方が悪いという印象の映画であった。

 

『劇場版『マジカル☆レヴィアたん 段ボールヴァンパイア神襲来!』は大好評だったから早くも続編を撮りたいの☆』

「……どうして出て欲しいんですか?」

『今の『マジカル☆レヴィアたん』には強力なライバルが居るの! そう! 冥界の子供たちに大人気の『おっぱいドラゴン』よ! 『おっぱいドラゴン』の人気を超えるには前作以上のインパクトが必要なの!』

 

 熱く語るセラフォルーだが、シンとしては早く電話を切りたい気分である。余談だが、セラフォルーの映画に『おっぱいドラゴン』になる前の一誠が出演していたことが話題となり再上映が行われ、冥界の子供たちが殺到したことがある。それもまたセラフォルーの対抗心を燃やす理由の一つとなった。

 打倒『おっぱいドラゴン』。そこで白羽の矢が立ったのがミルたんの存在である。

 

『あの子のこととっても気に入ったの☆ 私の眷属にしたいぐらいに☆』

 

 セラフォルーがミルたんを知ったのは、実写映画版『魔法少女ミルキー』のオーディション。魔法少女に憧れているセラフォルーは、特に『魔法少女ミルキー』のアニメシリーズに夢中であり、実写映画化すると聞いてわざわざ人間界までオーディションを受けに来たことがあった。

 しかも、オーディションを受けたのはセラフォルーだけではない。ソーナと彼女の眷属。そして、リアスとリアスの眷属たちも参加となった。セラフォルーの警護という理由でソーナもオーディションに参加。自分だけでは恥ずかしく耐えられないという理由でリアスたちも参加することとなった──セラフォルーが用意した魔法少女の衣装を着て。

 リアスとソーナがまずこの先着ないであろう魔法少女姿になったときは一誠も匙も喜んでいたが、このとき二人の姿を見たシンは終始無言で真顔で無反応。

 

『せめて何か言ってちょうだいっ!』

『少しでもリアクションをしてくれた方がましですっ!』

 

 ──と羞恥で赤面したリアスとソーナに叱られたのを覚えている。これが原因かは知らないが、シンはオーディションに付いて行かずに待機を命じられた。

 結局、そのオーディションも途中で『禍の団』の魔法使いたちの襲撃を受け、うやむやになってしまった。

 

『どうにかしてミルたんのことを見つけられないかなーと思って手当たり次第に聞き回っていたら、何と赤龍帝君がシン君とミルたんがお友達だって教えてくれたの☆』

 

 口の軽い奴め、とシンは内心毒吐く。おかげで厄介な事に巻き込まれそうになっている。

 

『ピクシーちゃん、ジャック君、ランタン君、ケル君の銀幕デビューにミルたん! これってもう運命ね☆』

 

 最早逃れることが出来ないと悟ったシンは、潔く観念してセラフォルーの頼み事を引き受けることにした。

 

「……分かりました。話してみます。ですが、あくまで話すだけです。もし断った場合は説得などはしませんよ」

『それだけで十分☆ ありがとう☆ シン君☆』

 

 セラフォルーは上機嫌で了承する。彼女はミルたんがこの話を断らないという絶対的な自信に満ちていた。同じ魔法少女を目指す者。そういった者たちにしか通じないシンパシーのようなものがあるのかもしれない──かなり限定的な人種間のものだが。

 

『ちゃんと監督と脚本にもミルたんのことを言ってあるから、良い配役を用意してあるって伝えておいてね☆ じゃあねー、シン君☆ ピクシーちゃんたちにもこのこと言っておいてねー☆』

 

 セラフォルーからの通話が切れる。シンは小さく溜息を吐く。しかし、引き受けてしまった以上考えても仕方がない。シンは迅速に次なる行動へ移っていた。

 ミルたんに連絡を入れる。二、三回コール音が鳴った後に繋がった。

 

『もしもしにょ』

 

 相変わらずの野太い声と相反する語尾。初めて聞く者は脳が混乱することだろう。

 

「もしもし、俺です」

『にょ、悪魔さんにょ。珍しいにょ。てっきり妖精さんからだと思っていたにょ』

 

 ミルたんが言っているように一番やり取りをしているのはピクシーである。シンの方から連絡したことは一度くらいである。

 

「今日は折り入って頼みたいことがあります」

『何かにょ?』

「……映画に出てみませんか?」

 

 電話の向こうのミルたんは沈黙する。そして──

 

『出るにょっ!』

 

 鼓膜を突き抜けていくような大声量が携帯電話から聞こえてくる。生身で会話していたら鼓膜が破けていたかもしれないと思えるぐらいの爆音であった。

 

『ミルたんは何役なのかにょ!?』

「……詳しくは知りませんが、かなり良い役なのは間違いないです……魔法少女関連なのは間違いないです」

 

 耳鳴りのする鼓膜に追い打ちを掛けるミルたんの覇気に満ちた歓喜の咆哮。携帯電話を少し離して会話をする。

 

『それってやっぱり悪魔さんのお仲間さんが撮ってくれるのかにょ?』

「そうです」

 

 なので人間世界では公開されず、悪魔の間のみで見られる映画であることを教えておく。

 

『それでも構わないにょぉぉぉぉぉ!』

 

 出演する気しかないミルたんの返事。薄々分かっていたがあっさりと交渉は終わった。

 

「それじゃあ出演出来るということを向こうに伝えておきます。また後日詳しい説明をしますので」

『悪魔さん! 待っているのにょ!』

 

 最後まで大声量に鼓膜を揺さぶられながらシンは通話を切る。この後、ミルたんが出演を了承したことをセラフォルーに伝えなければならないし、ピクシーたちにも映画出演の話が来ていることを教えなければならない。

 なし崩し的にマネージャーのようなポジションに置かれている自分に気付き、シンは溜息を吐いた。

 

 

 ◇

 

 

 某日、冥界某所にて劇場版『魔法少女マジカル☆レヴィアたん』の撮影が行われていた。

 機材を持ったスタッフたちが慌ただしく走り回っている中でシンは渡されていた台本を片手にその光景を眺めている。傍にはピクシーたちも居り、騒がしい様子を楽しんでいる。

 そして、もう一人シンの傍に立つ者が居た。

 

「……今更ながら俺は何でここに居るんだろうな」

「本当に今更だな」

 

 台本を読みながら愚痴るのは匙。彼もまたセラフォルーから映画出演を頼まれた一人である。

 

「安請け合いするんじゃなかった……」

 

 天を仰ぎ、匙は後悔する。

 シンがセラフォルーからミルたんのことで連絡を入ったほぼ同時期にセラフォルーはソーナにも連絡を取っていた。内容は眷属の中で誰か映画に協力して欲しいというもの。

 前はリアスの眷属たちに頼んだが、今の彼らは『おっぱいドラゴン』のキャラクターであり、商売敵なので頼むことが出来ず、誰か良い人材は居ないか妹を頼った。

 それを聞かされたソーナは悩んだ。姉の我儘に自分の眷属が振り回されるのはもう勘弁して欲しいからだ。無理矢理魔法少女の恰好をさせられたトラウマが蘇るが、いっその事自分が立候補するべきかと思い悩んでいたとき、ソーナの心情を見抜いて匙が申し出た。

 

『俺が出ます!』

 

 ソーナに良い所を見せたい。また彼女の姉であるセラフォルーにも存在をアピールしたいと思い自ら買って出た。そして現在に至る。

 

「はぁ……」

 

 匙は何度目かになる溜息を吐く。彼は少し後悔していた。この映画に出ることに。何故ならば──

 

「何で俺、ボス役なの?」

 

 嘆く匙は、黒く刺々しい鎧の衣装を着ており如何にも悪役という風体であった。

 匙に与えられた役はこの映画での黒幕でラスボス。匙の予想ではモブ役か最初にやられる一敵怪人程度だと思っていたのだが、予想を遥かに上回る重要なポジションを与えられてしまった。そのせいでプレッシャーから弱気な発言が目立つ。

 

「お前の神器とヴリトラが今回のボス役のイメージと合ったかららしい」

 

 シンはセラフォルーと監督からそう聞かされている。

 

「……吐きそう」

「吐くなら向こうだ」

 

 青白い顔をしている匙にシンは御手洗いの場所を指差す。

 

「兵藤たちも悪役で出ていたのは知っているけど……俺もそうなるとは……演技なんて小学校の頃の学芸会以来なんだぜ……?」

 

 ちゃんとした演技をするのは今回が初めてであり、しかも大役を与えられたこともあって匙は重圧で縮こまってしまっている。

 

「初演技はお前だけじゃない」

 

 視線を別方向へ向ける。匙も同じ方を見た。そこにはある意味で本日の主役と言ってもいいミルたんが椅子に座ってスタッフにメイクをされている。

 

「相変わらず強烈だな……」

 

 オーディション会場に続いて二度目のミルたんだが、強烈な存在感は薄れていない。その存在感は冥界でも通じており、初めてミルたんを見た悪魔たちは誰もが二度見を超えて三度見をする。

 今も大人しくメイクをされているが、椅子に座っている筈なのにメイクをしているスタッフよりも頭の位置が高い。スタッフにメイクされる前に『よろしくお願いいたしますにょ』と巌の如き笑みを向けたら『ひぃ! よ、よろしくお願いします!』とスタッフ数名が気圧されていた。

 

「にしても……」

 

 匙はミルたんの恰好を何とも言えない表情で見ている。魔法少女姿なのは変わらないが、いつもと衣装が違う。『魔法少女マジカル☆レヴィアたん』と同じ衣装で髪型も同じであった。

 同じ衣装なのは理由がある。今回の映画でミルたんに与えられた役はセラフォルーのライバル兼メインの敵役。しかも、セラフォルーの遺伝子情報から生み出されたクローンという設定であった。

 

「……全く似てないのに無理がないか?」

「戦闘用に強化されたという設定がある。ちゃんと作中で映像として説明するらしい」

「いやいやいや。強化なんて生易しいもんじゃないだろ! 改造だ改造! 改造人間だよ!」

 

 骨格レベルで違うので匙が納得出来ないのも仕方がない。シンとて設定だからといって全てに納得している訳ではない。

 

「俺たちがどうこう言っても無駄だ。この映画ではそうなっている。それが全てだ」

「……自分を誤魔化す自信が無いぞ、俺」

 

 割り切れない様子の匙。無理矢理と分かっていても呑み込まなければならない設定に苦悩している。

 

「俺、自信が無くなってきた……」

「今更逃げられないぞ」

「分かってんだけどさぁ……」

 

 匙の視線がまた別の方に向けられる。今回の映画でのもう一人の大物キャストがそこに座っていた。

 

「ぷはぁ……」

 

 本番前だというのに堂々と飲酒をする巨大な異形──マダである。彼もまたセラフォルーが敵役としてオファーされていた。正確には、セラフォルーが良い敵役はいないか探していたときにアザゼルに頼み、彼の伝手で紹介されたのがマダである。

 見るからに悪役そのものに見た目を気に入り、今回の映画の出演が決定した。マダは以前冥界でインドラと揉めたせいで冥界を出禁になってしまっていたが、冥界に対する奉仕活動ということで特別に冥界へ入ることを許されていた。

 マダに与えられた役は黒幕が使役するゴーレム。つまりは匙の手下である。レヴィアたんのクローンを生み出し、強化したのも黒幕。彼女もまた匙の手下。設定とはいえ匙は濃過ぎる二人の上に立っているのだ。

 

「あんな二人に挟まれたら、俺の存在感薄くね?」

「負けないように存在感を出すんだな」

「無理そう……」

 

 演じる前から弱腰の匙。そのとき、ミルたんのメイクが終わったというスタッフの声が聞こえた。すると、先程まで腰を下ろしていたマダが徐に立ち上がり、ミルたんの方へ歩いて行く。

 

「お、おい。大丈夫か? あれ」

 

 マダの行動を不安視する匙。他のスタッフも同様であり、騒めている。

 ミルたんはマダが近付いて来ていることに気付いて椅子から立ち上がった。マダとミルたんが向かい合う。流石にマダの背丈の方が高いが、それでも二人が並ぶと世界が縮小したかのように見えてしまう。

 皆の注目が集まる中でマダは口を開いた。

 

「──良い体してるねぇ。俺と楽しいことしない?」

 

 まさかのナンパの常套句。

 

「いやぁん。セクハラだにょ」

 

 ミルたんは照れながらマダの胸を小突く。ただし、常人には目で追えない速度で。空気が爆ぜるような音と共に胸を突かれたマダ。

 

「うへへへへ。やっぱ良い筋肉してるじゃねぇか」

 

 微動だにせず下卑た笑い声を出している。

 

「おい、見ろよ……怪物が怪物にセクハラしてんぞ……」

「良かったな。きっと一生ものだ。目に焼き付けておけ」

「やめろ! 今夜にも夢で見そうだ!」

 

 匙は頭を振って今見た光景を追い出そうする。

 

「みんなー! 今日もよろしくねー!」

 

 どよめいていた撮影現場に響き渡る可愛らしい声。セラフォルーの現場入り。ミルたんとマダの存在感に圧倒されていたスタッフたちは安堵の息を洩らす。

 

「凄い……凄い普通だ……!」

 

 現れたセラフォルーを見て匙が感動したように言う。魔王が魔法少女の恰好をしているという点で考えれば普通ではないが、二人と比べたらまともにしか見えないだろう。

 

「シンくーん! サジくーん! 来てくれてありがとう☆」

 

 二人に気付いてセラフォルーが近付いてきた。

 

「レ、レヴィアタン様! 今日は精一杯やらせていただきます!」

 

 匙は緊張で体を固くしながら挨拶をする。ソーナの姉であっても相手は魔王。向かい合って話すとなると嫌でも緊張してしまう。

 

「シン君☆ ミルたんを連れて来てくれて本当にありがとう☆ これで良い映画が撮れるわ☆」

 

 礼を言うセラフォルーにシンは軽く頭を下げ、『大したことはしていないので』と謙遜する。実際、言ったら即OKを貰ったので苦労もしていない。

 シンと匙への挨拶もそこそこにセラフォルーは今回の映画の準主役であるミルたんの方へ行く。

 

「今日はよろしくね☆」

「にょ!」

 

 声を掛けて来たセラフォルーにミルたんは驚き、自前のバッグをゴソゴソと漁って何かを探し、見つけるとそれをセラフォルーへ差し出す。

 

「サイン下さいにょ!」

 

 ミルたんは色紙を取り出し、セラフォルーにサインを頼む。

 

「『魔法少女マジカル☆レヴィアたん』を全話見たにょ! 面白かったにょ! 是非ともレヴィアたんのサインが欲しいにょ!」

「まぁ! ミルたんったら良い子ね☆」

 

 セラフォルーは嬉しそうにミルたん宛てのサインを書く。

 撮影数日前にミルたんから連絡が入り、役作りの為にも『マジカル☆レヴィアたん』を見たいと言われた。シンはその頼みを聞いてすぐにセラフォルーにそのことを話すとすぐに『マジカル☆レヴィアたん』全話が入ったDVDが転送されてきた。

 それを持ってミルたんの許へ向かい、手渡す。ここまでは良かったのだがミルたんが同行していたピクシーに一緒に鑑賞しないかと誘ってきたのだ。

 ピクシーはすぐに了承。そして、シンもまた付き合うように頼んで来た。乗り気ではなかったが、ミルたんの方が契約として頼んで来たので付き合わざるを得なくなり、それから毎晩ミルたん宅で『マジカル☆レヴィアたん』を一緒に鑑賞することとなった。

 最初は演技目的であったが、後半では純粋に作品を楽しんでいるようだった。

 

「やあやあ。今日もよろしくねー、間薙君」

 

 サングラスに帽子の中年男性が親し気に声を掛けて来る。この男性は『マジカル☆レヴィアたん』の監督である。間薙とも何度も会っており、面識があった。

 

「今日も迷惑を掛けるかもしれませんが、よろしくお願いします」

「いやいやー。間薙君とこのピクシーちゃんとジャックフロスト君とジャックランタン君、それにケルベロス君はいつも良い仕事してくれるよー。皆、天性の役者だよ。演技指導も要らないくらいの。彼らが出演して以降ずっと評判良いよ?」

 

 上機嫌に笑う監督。別に悪い悪魔ではないが、自分のことを完全にマネージャーとして見ているのはシンとしては勘弁して欲しかった。そんなつもりは微塵もない筈なのに知らない内にそういうポジションとして定着してしまっている。

 そのピクシーたちは、今控え室でスタッフが用意してくれた菓子を食べてくつろいでいる。毎度毎度スタッフが、ピクシーたちが好みそうな菓子を準備してくれているので、ピクシーたちもそれを楽しみにしていた。

 ピクシーたちはスタッフたちに可愛がられており、映像でも現場でもマスコットキャラ扱いである。

 

「サジ君にも期待してるよー。あの龍王ヴリトラを宿しているんだかね。レーティングゲームの映像も見させてもらったよ。君なら今回の役のイメージにピッタリだ!」

「せ、精一杯頑張ります!」

 

 監督から期待を寄せられ、匙は元気の良い返事をする。

 

「それじゃあ、台本チェックの後に撮影開始と行こうか」

 

 

 ◇

 

 

 シーンA『レヴィアたんとクローンレヴィアたんの邂逅』

 

 撮影が始まる。破壊され、炎上する家々のセットの中心で対峙するセラフォルーとミルたん。

 

「あ、貴女は何者なの……?」

「……私は貴女」

 

 倍近い身長差がある二人。セラフォルーはシリアスに、ミルたんはクールにセリフを喋る。野太い声でクールに喋っているせいでミルたんからハードボイルドの気配を感じるが、恰好が魔法少女姿なのでギャップで脳が誤作動を起こしそうになる。

 セラフォルーが煌めくステッキを構える。それに合わせてミルたんも同じ形のステッキを構えた。衣装以外真逆の体型をしている筈なのに何故か似ている、と錯覚してしまうミルたんの構えた姿。穴が開きそうな程『マジカル☆レヴィアたん』を見ていた成果か、ミルたんはセラフォルーの構えを完璧にコピーしている。

 

「お、俺、目がおかしくなったのか……? 何か似ているように見えるぞ……?」

 

 何度も目を擦り、自分の目が正常か確かめる匙。彼だけでなくこの現場に居る誰もが同じ感想を抱いている。

 

「い、言っている意味が分からないわ!」

「戦えば分かる」

 

 台詞の応酬の次は戦いのシーンへ移る。

 

「レヴィアビーム!」

 

 ステッキから放たれる魔力のビーム。『マジカル☆レヴィアたん』は基本CG無しで出来るだけ本物の魔力で演出を行っている。

 

「ふぅぅぅぅん!」

 

 ミルたんは荒々しい声と共に正面から魔力のビームへ突っ込んで行き鉄板よりも固く、分厚い胸板でビームを受け止めながら前進していく。

 

「嘘っ!?」

「嘘っ!?」

 

 セラフォルーの作中の台詞と見ている匙の思わず出してしまった声がシンクロする。

 

「何で魔王の魔力を真正面から受けられるんだよ!?」

「流石に加減はしている筈だ」

 

 驚愕している匙に演出用に手加減していると宥めるシン。

 ミルたんから弾かれた魔力がセットの建物を掠める。掠めた部分は綺麗に消失していた。

 

『……』

 

 シンと匙がその部分を無言で見つめてしまう。

 

「に、人間じゃねぇ……」

 

 匙の感想にシンも否定することは出来なかった。

 セラフォルーのビームに逆らっていき、遂には自身の間合いまで詰め寄るミルたん。ステッキを徐に振り上げ──

 

「レヴィァァァァ・スウィィィングッ!」

 

 ──音を置き去りにするステッキによる一撃でセラフォルーは吹っ飛び、セットの建物に衝突するとそのまま何棟も貫いていく。

 

「レヴィアタン様っ!?」

 

 魔王が洒落にならない速度で殴り飛ばされる光景に、匙は悲鳴のような声を上げる。

 不敬罪では済まないような状況に対し、監督はというと──

 

「良いぞ……! 私の描いていた絵よりも遥かに迫力がある! 凄い逸材だ……!」

 

 ──ミルたんを絶賛していた。今は魔王の身の安全よりも映像の方が大事な様子。

 すると、瓦礫を押し退けてセラフォルーが出て来る。腕を押さえて顔を苦痛で歪めているが、見た所大した怪我をしている様子は無く演技を続行している。あの一撃を受けてもほぼ無傷なのは流石である。

 

「何て力なの……!?」

「戦うだけ無駄。私は貴女を全てに於いて上回っている」

「そんなことっ!?」

 

 セラフォルーは再びステッキからビームを放つ。しかし、ミルたんはステッキの一振りでビームを真っ二つに裂いてしまった。

 

「え、怖っ」

 

 ミルたんの人間離れした芸当に一々リアクションする匙。驚きの上に更なる驚きを重ねられたせいで大袈裟なリアクションも心底畏怖したせいで消極的なものへ変わっている。

 

「そんな!?」

 

 自慢の技を容易く破れたことにショックを受けた演技をするセラフォルー。そこから先はミルたんの独壇場であった。

 セラフォルーが三度目のビームを放つ前に後ろへ回り込み、セラフォルーが気付いて距離を取ると一足で追い付き、ステッキで空を切ると風圧でセラフォルーが飛んで地面に倒れる。

 戦いの内容はアドリブがやや多いものの話の展開は脚本通り。次はミルたんが倒れているセラフォルーのツインテールの片方を掴んで持ち上げるシーンなのだが、ミルたんは片手を伸ばした状態で硬直してしまい──

 

「やっぱりミルたんは女の子の髪を引っ張り上げるなんて乱暴なこと出来ないにょぉぉぉ!」

 

 ──顔を覆って泣き始めてしまった。

 慌てて監督が撮影を中断させ、泣くミルたんをセラフォルーが宥める。

 

「大丈夫大丈夫☆ 魔法で体を浮かせるから引っ張り上げても私は痛くないから☆」

 

 クスン、クスンと気分が下がっているミルたんを何とか励ましてモチベーションを上げさせようとしている。

 

「何だあの絵面……」

 

 泣く巨漢を慰める少女の図に違和感しか覚えない匙。

 

「しかし、あんなに泣かなくてもいいんじゃね?」

「好きなジャンルがジャンルなだけに悪役は色々とストレスが掛かるんだろう」

 

 愛、夢、希望、友情などの魔法少女に成りたいミルたんからすれば、演技とはいえそれと真逆の振舞いがかなりのストレスになっていることをシンは察して、ピンと来ていない匙に説明をする。

 

「あー……そういうことか」

 

 匙は気不味そうな表情をして後頭部を掻く。先程の発言がやや無神経であったと反省している。

 すると、ミルたんの許へ待機していたピクシーがパタパタと飛んで行く。

 

「無理しなくても良いんだよー」

「妖精さん……でも」

「いざというときは替わってもいいし。ほら、シンとかやってくれるかも」

 

 とんでもない提案をするピクシー。

 

「今日まで妖精さんや悪魔さんが手伝ってくれたにょ! それを無駄にしたくないにょ!」

 

 ミルたんはこれまでのことを振り返って自らを奮い立たせ、セラフォルーと監督たちに頭を下げる。

 

「撮影を中断させてごめんなさいにょ。次はちゃんとやるにょ!」

「初めての撮影なんだから気にしない気にしない。それよりも良かったよー! 君の演技! もっと見たいと思ったよ!」

 

 監督が演技を褒めるとミルたんは顔を赤らめて照れる。

 

「今からプレッシャーだ……俺、あれ以上の演技出来るのか……?」

 

 ミルたんの演技力の高さは、匙も同意する程のものであり同じ初演技の素人という立場から自分の番が回ってきたときのことを想像し、プレッシャーで身を震わせている。

 撮影は再開され、NGを出した場面の撮影が始める。ミルたんは倒れているセラフォルーの髪を掴み上げて持ち上げた。さっきは出来ないと泣きべそをかいていたが、気持ちを切り替えて演技をすれば表情筋が全く動かない。無慈悲なライバルという演技が出来ていた。

 

「うぅ……」

「これで終わり」

 

 ミルたんがステッキを振り上げる──そこへ電撃と氷柱が飛んできた。ミルたんは一振りでそれらを払う。すると、掴んでいた筈のセラフォルーの姿が消えており、離れた場所でピクシー、ジャックフロスト、ジャックランタンに守られるような形で囲まれている。

 

「アタシたちが相手だ!」

「ヒーホー! レヴィアたんはオイラたちが守るホ!」

「ヒ~ホ~」

 

 ここでピクシーたちの登場となる。元々ピクシーたちはセラフォルーに召喚されて戦う助っ人的なポジションであったが、人気が上がるにつれて召喚という設定は薄れていき、最終的にはセラフォルーと共に行動する仲間というポジションに落ち着いた。

 ピクシーたちはセラフォルーを守る為に電撃、氷、炎を飛ばす。一応見た目は派手だが威力は極力抑えて演技用のある意味見かけ倒しの攻撃である。

 

「無駄」

 

 ミルたんはステッキを振り抜くことでそれらの攻撃を掻き消してしまう。先程の振り払いのときもそうだが、見かけ倒しとはいえ物理で消し飛ばせるような攻撃ではない筈なのだが。

 助っ人のピクシーたちが参戦しても事態は好転せず、セラフォルーたちが追い込まれた所で──

 

「グルルル……」

 

 唸り声が聞こえ、倒壊した建物にカメラが向けられる。そこに雄々しく立つケルベロス。

 

「ケル君!」

 

 セラフォルーが嬉しそうな声を上げてケルベロスの名を呼んだ。

『マジカル☆レヴィアたん』の作中ではケルベロスも仲間だが、少し特殊なポジションに付いている。仲間との馴れ合いを好まない一匹狼であり常に単独行動をしているという設定。クールに見えるこの設定のおかげで男の子や女の子にカッコイイと評判とのこと。

 ケルベロスが参戦したことでミルたん有利であった戦いは互角となる。すると、突然ミルたんは苦しみ出し、逃走したところでこのシーンの撮影は完了する。

 

 シーンB『クローンレヴィアたんと黒幕の登場』

 

 薄緑色の液体に満たされた円筒状のカプセルの中で膝を抱えた状態で浮くミルたん。それを眺めながら匙は台詞を言う。

 

「ふん。調整はまだ不十分か」

 

 この時点では匙はシルエットのみであり、姿を隠している。その背後にはマダも立っており、匙同様にシルエットのみである。

 

「だが、まあいい。初戦にしては上々だ」

 

 感情の籠っていない声の演技──というか匙が緊張し過ぎているせいで棒読みになっており、それが上手く役と嚙み合って冷酷な演技になっている。

 

「レヴィアたんよ。己の血から生み出された分身によって滅ぶがいい……」

 

 ここでミルたんがセラフォルーの血から生み出されたクローンであることを視ている人たちに伝え、更には戦闘用に強化されていることも教える。ついでに無理な強化によってデメリットが生じているという前振りもする。

 監督からの合図が掛かり、このシーンは撮り終える。

 

「ど、どうだった……?」

 

 初演技、初撮影の緊張のせいですっかり顔色が変わってしまっている匙がシンに演技の出来を聞いてくる。

 

「…………まあ、良かったんじゃないか?」

「何だその間!?」

 

 言外でも言わんとしていることが分かってしまう

 

「……俺に演技のことを聞くな。素人同然だぞ?」

「他の人に聞けるかよ! 相手はプロだぞ! 怖い!」

 

 色々と言われるかもしれないと思い、一人震える。

 

「あー! 今すぐやり直したい! 撮り直してほしい!」

「下手くそが生意気にプロ意識出しても下手くそは変わらねぇよ」

 

 身悶えする匙に掛けられる冷水の如き言葉。匙を一瞬で固まらせた言葉を放ったのはマダである。

 

「そ、そんなストレートに言わなくても……」

「下手くそに下手くそって言って何が悪いんだぁ下手くそ。そんなに下手くそって言われるのが嫌か? 下手くそ。悪いな下手くそ。本当のこと言ってごめんな下手くそ。落ち込むなよ下手くそ。頑張れ下手くそ──下手くそ」

 

 罵倒の洪水に匙は言葉を失い半泣きになっている。

 

「もうどっかへ行ってくれ」

 

 トラブルメーカーのマダにシンはシッシッと手を払って追い払おうとする。心底鬱陶しいと思っているのを露骨に態度に出す。

 

「あんまり甘やかすなよー、惚れられるぞ?」

「……」

 

 シンは会話をする気すら最早無いと手を払い続ける。ぞんざいな扱いをされてもマダは余裕がある態度で品の無い笑いを残しながら去って行った。

 

「酔っ払いの戯言なんか気にするな」

 

 ショックを受けているであろう匙にシンは気にする必要はないと言うが──

 

「く、悔しい……!」

 

 ──ギリギリと噛み合わせた歯を鳴らす匙の顔は、先程のような半べそをかいたものではない。屈辱を晴らす為に燃えるやる気に満ち満ちた顔付きであった。

 

「次の演技は絶対下手くそなんて言わせねぇ……! ハリウッド級の演技を見せてやらぁ!」

 

 マダから受けた侮辱と屈辱をバネにして闘志を見せる匙。初演技に対する不安は既に払拭されていた。

 

「お前も見てろよ! 冥界の映像世界に俺の名前を刻む瞬間を!」

 

 やる気が出過ぎているせいで大層なことを言い出し始めるが、理由はどうあれ折角のやる気に水を差す訳にもいかない。

 

「分かった」

 

 シンが頷くと匙は台本を持って何処かへ行ってしまう。次の自分の番までリハーサルをする様子。

 匙もこの映画に対する思い入れが強くなったのは良いことだが、シンはどうにも胸騒ぎがしていた。マダと会ったときから薄っすら感じていたが、撮影が進むにつれてそれが強くなってきているような気がする。

 どこぞのトラブルメーカーが良からぬことを企んでいるような気がしてならなかった。

 


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