一誠の言葉を受けて、歴代の赤龍帝たちの残留思念が見せた反応は二通り。動揺と反発である。
中立寄りの考えを持っている残留思念たちは、共に歩もうと手を差し伸べてきた一誠を見てざわめき、どうするべきか互いを見合っている。
一方で過激な思考を持つ残留思念たちは負の感情を昂らせ、黒いオーラを燃やすように立ち昇らせている。
『覇龍だ。覇龍しかない』
『覇龍による破壊。それこそが唯一の道』
『覇道の力、それ以外があるものか』
一誠に是が非でも『覇龍』を使わせようと黒いオーラを飛ばし、再度一誠を取り込もうとする。
どす黒い感情の塊に身構える一誠であったが、何処からか飛んで来た三つの光──赤が二つ、白が一つ──が一誠をどす黒いオーラから守る。
「これは……!」
赤い二つの光が人の姿へと変わる。一誠はその人物らを知っていた。
「エルシャさん! ベルザードさん!」
「来たよ、おっぱいドラゴン君」
歴代でも最強と名高い元赤龍帝の二人、エルシャとベルザード。エルシャは親しみやすい笑顔を一誠に向け、手を振る。ベルザードは無表情のまま口笛を吹く。吹いているのは前と変わらずにおっぱいドラゴンの歌であった。
「どうしてここに……?」
「そりゃあ、来るでしょう? 君がまた凄いことをやろうとしているんだから。私たち、貴方のことを気に入っているの。先代らしく最後くらいは後代のお手伝いしないとね」
「最後……?」
エルシャの最後という言葉が気になり、その意味を問う。
「最後ってどういうことですか? エルシャさん」
「そのままの意味よ。私とベルザードは逝こうと思っているの」
エルシャの言葉にベルザードが頷いて同意を示す。
「逝くって……居なくなっちゃうってことですか……?」
「そういうこと。私たちは未練を残して死んだ残留思念。その未練で自分たちを神器の中に縛り付けていたけど、そろそろ自分を解放するときね」
突然別れを告げられ、一誠はどうしていいのか困ってしまう。そんな一誠の表情を見てエルシャはクスリと笑った。
「そんな顔をしないで。私たちは元々死んでいるのよ。ここに居る私たちは、私たちだった者の記憶の断片に過ぎない。魂ですらない存在よ。不自然なものが在るべき場所へ還るだけのこと」
そこに悲壮感は無く、解放されることを当然ように受け止めており、その表情には爽やかさを感じる。
「そう。来るべき時が来ただけのこと。貴方に自分を託して先に逝った彼のように。寧ろ、私たちは驚いているのよ。未練だった私たちがこんな気持ちで逝けることを」
神器にしがみつくような未練はあった。だが、所詮は本体から零れ落ちた想いの残滓。幾ら未練を晴らしたとしてもそれが死した自分に届くことなど決してない。しかし、そんなときに現れたのだ。歴代でも特に変わり者の赤龍帝が。
資質は今まで見た中でも最低と言うべきだった。『赤龍帝の籠手』に宿る残留思念たちは、一誠などすぐに死んで別の持ち主に移ると思っていた。だが、思いの外一誠はしぶとかった。
人間としての命を奪った堕天使にリベンジし、制約有りだが禁手によりフェニックスを倒し、名を広く知られているコカビエルを倒し、歴代最強と謳われ、奇跡を体現したかのような白龍皇ヴァーリを撃退した。
神器の中でそれらを見ていた残留思念の中に一誠に強い興味を持つ者が現れ始める。それがエルシャとベルザードであった。
彼女たちの一誠に期待をしていた。そして、一誠は彼女たちの期待に応えた。そして、気付けば『赤龍帝の三叉成駒』などという未知なる力すら『赤龍帝の籠手』から引き出してみせた。
そんな彼に『覇龍』などという覇道の力は不要。一誠は誰とも違う道を辿っている赤龍帝。
「こんな頼もしくも面白くて、何をするか全く分からない赤龍帝がどんな道を進んでいくのか見たくない? 私は見たい!」
エルシャの言葉に残留思念の何体かがフラフラと一誠たちの方へ歩み寄って来る。彼らもまた一誠の活躍に心惹かれていた者たち。エルシャの言葉に決心がつき、一誠の力になる為に来てくれた。
一誠の周りが少し賑やかになる。
『否、否。天龍とは覇王。それが在るべき道程。それ以外は有り得ない』
『覇王、覇龍こそがこの神器に組み込まれた本来の姿』
それでも頑なに一誠のことを認めようとしない残留思念も存在する。
「俺は覇王になんかなりません!」
『成るのだ、覇王に! 覇龍に!』
『覇龍による破壊を! 破壊を!』
「だから!」
呪詛、呪怨を撒き散らす残留思念につられて一誠もヒートアップしていく。語気が強まり、このまま怒声が飛ぶかと思ったとき──
「まあまあ、落ち着いてくれ」
──柔らかな声と共に一誠の肩に手が置かれた。
「あ、貴方は……?」
感情が昂った一誠を宥めたのは白い光を纏った男性。エルシャとベルザードと共に一誠をどす黒い情念から守ってくれた白い光が人の姿となったもの。
白い光の男性を見たとき、残留思念の一人が突如として激昂する。
『貴様っ!』
並々ならぬ感情の昂ぶり。因縁のある間柄なのがすぐに分かる。
「初めまして赤龍帝。僕は歴代白龍皇の一人だ」
思いもよらない存在の登場に一誠は驚く。
「何で歴代白龍皇がここに……あっ」
「気付いたようだね」
敵対関係にある筈の白龍皇の残留思念がここに居る理由は一つしかない。
『君がヴァーリと戦ったときに彼から奪った宝玉を『赤龍帝の籠手』に填め込んだ。そのときの宝玉に僕の残留思念の一部が入っていたんだ。本来の僕はまだ『白龍皇の光翼』の方にいるだろうけどね』
残留思念の分霊とも言うべき存在。それが今ここに居る白龍皇の正体。
『馬鹿な……! 今まで気付かなかったとは……!』
赤龍帝の神器の中に宿敵である白龍皇が混じっていたことに驚くと同時に今までその存在を察知出来なかったことに戸惑う赤龍帝の残留思念。
「それは、私たちが隠してたから。そうよね? ベルザード」
あっさりと種明かしをするエルシャ。ベルザードも首を縦に振る。
『なっ!?』
赤龍帝が白龍皇を隠していたことに驚愕する。
「正直、僕も驚いた。ここに来て間もない頃に二人に見つけられ、神器のより深い所へ匿われたのだから。歴代でも最強と名高い二人だ。会った瞬間に消滅させられていてもおかしくはなかった」
そして、今日まで他の残留思念たちに見つかることなく隠し続けられた。
「戦うことはあっても恨みを持ったことは無かったから」
エルシャが言うとベルザードも頷く。ライバルであったことは間違いないが、それでも敬意を払うべき宿敵。時と場合によっては手を貸してもおかしくはなかった。
『白龍皇ォォォォ!』
敗れた記憶がある残留思念たちの怨念が魔手となって一誠たちに襲い掛かろうとする。しかし、歴代白龍皇が淡い白銀の光を空間に広げていく。途端に怨念のオーラは縮小して勢いを失った。
「赤龍帝。僕の半減の力で彼らに渦巻くものを抑えよう。その間に君がすべきことをするんだ」
援護してくれることに一誠は驚きと戸惑いを隠せない。
「いいのか? 俺は赤龍帝であんたは白龍皇。それにヴァーリでもないし……」
「僕の立場としてこんなことを言っても良いか分からないが、僕は貴方を気に入っているんだ──面白いしね」
「お、面白い?」
「ああ。君の熱意と可笑しさは他の赤龍帝たちには無い。君の中で見ていて、こう思ったよ。君なら二天龍を新たな可能性に導けるかもしれない、と」
歴代白龍皇が光を強める。黒い怨念が押されていく。だが、それに反して歴代白龍皇の体が薄くなっていく。彼は残留思念の欠片。力を使用すればその分存在が消費される。
「体が……」
「是非とも見たいものだね。ヴァーリ・ルシファーと君が成る新たなドラゴンを」
そう言い残し、歴代白龍皇の残留思念は白銀の光そのものと化す。空間全体に光が行き届くことで負の力が完全に抑えつけられた。
『我らの憎しみ、恨みを封じるかっ!』
『天龍は哀しみへの道! それ以外に道は無しっ!』
頑なに抵抗をする過去の残留思念。一誠はそれを疎ましくは思わなかった。彼らもまた彼らの信念を全うし、心半ばで挫折し未練を残した先輩たち。一誠はまだ運良くそうなってはいない。自分と彼らの差は紙一重のものだと理解していた。
「──それでも、だ」
先代たちの無念や悲しみを理解しても、否、理解しているからこそ同じ道を歩むことはしない。
「俺は俺が歩く道がもう見えているんです」
宣言する一誠。そのとき、白い空間に声がこだまする。それも一つではなく無数の、小さな子供たちの声であった。
『おっぱいドラゴーン!』
『やだよー! 立ってよー! おっぱいドラゴン!』
『負けちゃやだよー!』
サイラオーグの一撃により動かなくなった一誠を見て悲痛な声を上げる冥界の子供たち。
『皆、こういうときは泣いちゃダメよ』
そんな子供たちを宥めるのは落ち着いた声──イリナの声であった。
『大丈夫。イッセー君──おっぱいドラゴンはきっと立ち上がってくれるから。そして、どんな強敵も倒してくれる。だから、応援しよう! 信じよう! おっぱいドラゴンを! 皆のヒーローなんだから!』
イリナの声は微かに震えていた。顔が見えなくとも分かる。子供たちを安心させる為に涙を押し込んで子供たちに笑顔を見せている姿が。
誰かが応援を送る。一人が送ると連鎖して別の誰かが応援する。それが繰り返され、やがて子供の泣き声は無くなり、盛大な応援へと変わっていた。
『おっぱい! おっぱい! おっぱい!』
その声は確かに一誠へ届いていた。
「あははははは!」
子供たちの応援にエルシャは声を上げて笑い、ベルザードも微笑を見せる。
「こんな風に応援される日がくるとはね……まあ、掛け声は私が思っていたものとはちょっと違うけど、でもまあ、これが今の君には相応しいんでしょうね」
おっぱいドラゴンのコールに心底愉快そうに笑う。すると、エルシャの体が歴代白龍皇と同じく薄れていることに気付いた。隣にいるベルザードも同じ事が起こっている。
「エルシャさん! ベルザードさんも!」
「ああ、気にしないで。来るべき時が来たってだけ。新しい赤龍帝の可能性が見られて私たちは満足しているわ」
何一つ未練を感じさせない表情。出会いと別れまでの間を時間にすれば短いものだろう。しかし、彼女たちから与えられたものは時間など関係無く大きい。
「じゃあね、変わり者の赤龍帝君」
エルシャはそう言うと人の姿ではなくなり、赤い光となって一誠の体へ吸い込まれる。
「エルシャさん……」
偉大なる先輩との別れに寂しさを感じる一誠。
「赤龍帝」
名を呼ばれて声の方を見る。そこにはベルザード。初めて彼の声を聞いた。
「──ポチっと、ポチっと、ずむずむいやーん」
人差し指を突き出しながらそんなことを言う。
「へっ?」
それがおっぱいドラゴンの歌の歌詞の一部だと理解したとき、一誠は思わず吹き出してしまった。真面目な顔をしていきなりそんなことを言われたら無理も無い。
すると、ベルザードは笑う一誠の顔を見て満足そうに頷くとエルシャと同じく赤い光となり一誠の体に飛び込んだ。
「ベルザードさん……」
最初で最後の会話、にしては破天荒なものであったがベルザードなりに一誠との別れを湿っぽくしない為の気遣いだったのかもしれない。或いは最期の言葉にするぐらいおっぱいドラゴンの歌を気に入っていた可能性もある。ずっと口笛を吹いていたので。
二人が取り込まれるのを見て、一誠の味方になってくれた残留思念もまたその形を崩して一誠へ自らを吸収させる。
歴代の中でも最強と誉れ高い二人、そして先代たちの想いを取り込んだことで空間内の黒いオーラは残留思念共々捻じ伏せられようとしていた。
『認めん……! このようなこと決して認めん……!』
空間内での支配者は実質一誠だが、それを認めずに歴代赤龍帝の残留思念は最後の抵抗と言わんばかりに覇龍の呪文を口にし出す。
『我、目覚めるは覇の理を奪いし、二天龍なり──』
一誠はそれを止めることはしない。先代の無念を受け止める覚悟で好きにさせる。
『無限を嗤い、夢幻を憂う──』
ありったけの想いが込められた呪文を聞きながら一誠は白い空間内の天を見上げた。白一色に染まった空間の筈だが、彼方に点のようにして見える紅の光が見える。
『我、赤き龍の覇王と成りて──』
その色が誰の色なのか知っている。鮮やかな紅。一誠が好きな、愛した紅。光を見た一誠は大好きな彼女の──リアス・グレモリーの温もりが体を包んでいることに気付く。現実世界で今にも意識が完全に断たれそうになっている自分を抱き締めてくれているのが見えなくとも分かった。この温もりと紅の色が一誠の意識が断たれるのを引き留めていてくれる。
『汝を紅蓮の煉獄に沈めよう──ッ!』
覇龍の呪文が紡がれたが、変化は起きない。
『何故だ! 何故覇龍にならん!』
『どうしてだ! 何故なんだ!』
覇龍に至らない一誠を信じられない様子の残留思念たち。
起る筈が無い。至る筈が無い。
「俺はリアス・グレモリーの前で無様を晒す訳にはいかないんだよっ!」
一誠の一喝は漂っていたどす黒いオーラを全て吹き飛ばす。執念の象徴とも言うべき負のオーラを消し飛ばされた残留思念たちは認めざるを得なかった。現赤龍帝である一誠は最早自分たちの意に沿うことはないと。
一誠は覇を唱えていた残留思念たちの許へ行く。このまま消されることを覚悟していた彼らであったが、一誠はまたも彼らにとって予想外のことをする。
あと一歩という距離で足を止め、一誠は彼らに向けて手を差し出したのだ。
『何の……つもりだ……?』
「俺は、あんたたち先輩方のような生き方はしない。というか出来ない。おっぱいドラゴンとか乳龍帝とか呼ばれて、子供たちのヒーローになりたいのが俺なんだ」
一誠は彼らが望んだ道を歩むつもりはない。だが──
「あんたたちは、恨みや憎しみや悲しみで深く傷付いた果てに覇龍に手を出したんだと思う。それを理解出来るなんて分かったようなことを言うつもりもない。でも、一つだけ言えることがある!」
一誠は残留思念の一体の手を掴んだ。
「先輩たちのおかげで今に繋がっているんだ! 先輩たちが色んなものを背負ってくれたから今の俺がここに居るんだ! あんたたちだって未来を創ることが出来るんだっ!」
両手で残留思念の手を覆い、感謝の気持ちを言葉にする。今言った言葉に何一つ嘘はない。それは残留思念たちにも伝わっており、一誠の感謝に戸惑いを覚えている。
『私たちのおかげ……?』
『未来を創る……』
残留思念たちの体から負の感情が消えていき、清廉なオーラが湧き立ち始める。
「そうだ! 俺と共に新しい未来を創って一緒に見よう! そんで皆に見せてやろうぜ! 仲間に! 友に! 好きな女に! 子供たちに!」
一誠の熱意が伝播していく。黒かったオーラは赤へと変わり、赤龍帝としてあるべきものへ戻っていく。
「行こうぜ一緒に! 俺が! 兵藤一誠がっ! 全部背負って連れて行ってやる!」
空間内全てに響くような一誠の声。
残留思念たちは、その言葉を信じ、赤い光となって残された力を一誠に委ねる。これにより歴代赤龍帝の残留思念たちは全て一誠に力を貸すこととなった。
一人となった一誠は、誓いを果たす為に新たなる呪文を唱える。
「我、目覚めるは覇の理を捨て去りし赤龍帝なり!」
覇龍ではなく赤龍帝として戦う覚悟。
「無限の希望と夢を胸に抱え、王道を往く!」
悲しみや憎しみではなく希望と夢の為に覇道ではなく王道を進む。
「我、紅き龍の王者と成りて──」
惚れた女性の色である紅。それを掲げるのに相応しい男になりたいという想い。
「汝らに誓おうっ! 真紅の光輝く未来を見せると!」
先人たちの為に見たこともない未来を見せることを宣言する。
頭上に輝く紅の光が一際強く輝き、その下に立つ一誠を照らすと──
◇
誰もが終わったと確信させるサイラオーグの一撃が、一誠に打ち込まれた瞬間、リアスは走り出していた。
攻撃を終えたサイラオーグは掴んでいた手を離し、一誠から離れる。一秒、二秒と変化は起こらなかったが、三秒が過ぎた時点で一誠の口から血塊が吐き出され、その体が崩れ落ちる。
リアスは倒れそうになる一誠の体を後ろから抱き締めて支えた。
冥界の子供たちは倒れそうになる一誠の姿に泣きそうになるが、すぐにイリナの励ましにより泣き声を声援に変える。
サイラオーグは拳を握ったままリアスと一誠を見ている。無防備なリアスを倒せばこのレーティングゲームはサイラオーグの勝利で終わる。しかし、サイラオーグは限界まで待っていた。
まだ一誠の『リタイヤ』は宣言されていない。一誠がリタイヤし、このバトルフィールドから消える瞬間まで彼が立ち上がってくることを願う。
「兵藤一誠。ここで終わりか? このまま終わるのか? それがお前の限界だというのならそれも良いだろう……だが、もし、この戦いに於いて僅かでも悔いが残っているのなら立ち上がってみせろっ! お前の想いを全て出し切れ! 俺はまだ全力を出し尽してはいないぞっ!」
サイラオーグからの檄が飛ぶ。本来ならあるまじき行為ではあるが、それを咎める者はいない。何故ならばこの場にいる誰もが一誠が立ち上がることを望んでいるからだ。
そして、それは遠く離れた地でも同じ。
「けっ。つまんねぇもん見せてんじゃねぇぞ」
映像に映る一誠を見て、マダは不機嫌そうに言う。
「師匠の前で弟子が恥晒すな。とっとと立って、とっととやっちまえ」
厳しいながらもマダなりの情を込めた言葉。
「……仮にも朱乃の想い人ならばその程度で倒れるな。それでは娘はやれん」
渋々という態度でありながらも一誠を信じるバラキエル。
「君は応援しないのかい?」
鳶雄は隣にいるシンへ話し掛ける。ほぼ無言で映像を見ているシンに対し、画面に映っている一誠に何か言うことはないのか訊ねる。二人の関係の詳細を知らないが、鳶雄は何となくではあるがシンと一誠が友人関係であると思っていた。映像を見るシンの顔は無表情だが、向けている目には確かに感情の色が宿っているからだ。
「……ここで言っても届かないですよ」
シンはあくまでも現実的な態度であった。シンの言う通りここであれこれ言ったとして何かが起こるとは限らない。
「どうかな? 神滅具なら意外と何とかなるかもしれないよ?」
超常的な力を持つ神滅具ならば常識を打ち壊す現象を起こしてもおかしくはない。神滅具所持者である鳶雄が言うと説得力が生まれる。
「──騒ぐのは柄じゃないので」
それでも冷めた態度を崩さないシン。薄情なのかと鳶雄は思ってしまう。
「心配じゃないのかい?」
ほぼ意識を失っている一誠のことは心配ではないのか訊くと、シンは首を横に振る。
「別に」
次に続く言葉を聞いたとき、鳶雄は思い違いをしていたことを知る。シンは薄情なのではなく──
「──ここからあいつはしつこいですから」
──最初から友人のことを信じているのだと。
鳶雄は現赤龍帝である一誠のことを殆ど知らない。アザゼルから名前のみ聞かされている程度である。だから、どんな相手であるかこの映像を通じて少しでも知ろうと思った。
距離など関係無く皆から想われている一誠。その中で一際強く想うのは未だに目を閉じる彼を抱き締めているリアス。
目覚めて欲しいと思いながらも同時にこれ以上傷ついてほしくないとも思っていた。だが、リアスは分かっていた。一誠は最後まで諦めないことを。サイラオーグとの戦いを最後までやり切ることを。
そんな彼女に残されたことは一つしかない。
「大丈夫よ、イッセー……私が貴方を守るから」
一誠が再び立ち上がるそのときまで彼を守ること。主としてではなく彼を愛する女として。
「──いいえ、俺が貴女を守ります」
抱き締めているリアスの手に暖かな感触が重なる。意識を取り戻した一誠の手がリアスの手に重ねられていた。
すると、リアスの体が紅の光が放たれる。意識せずにそれが出ているのかリアスは自分の変化に驚いていた。紅の光はリアスを通じて一誠へ伝わっていく。
一誠の全身が紅の光に包まれると鎧の形状が通常時とは異なる作りになり、鎧の色も赤からより濃い色──鮮やかな紅に変わる。
「イッセー……その姿は……」
色と形を変えた一誠の鎧にリアスは目を丸くする。鎧が変質すると同時に破損していた箇所も修復されており、一誠も復活した兜の下でリアスと同じような表情をしている。
『おおっと! 赤龍帝が奇跡の復活を遂げたと思えば、紅いオーラに包まれて鎧を変質させたぁぁぁ! このダブル奇跡! スイッチ姫の胸の加護が為すものなのかぁぁぁぁ!』
実況がテンションを上げて一誠の復活を讃える。
『赤いオーラ……いや、紅のオーラか? 何とまあ『紅髪の魔王』の色を纏っちまってやがる。うん、というか十中八九リアスをイメージした色だな、あれは』
アザゼルは一誠の変化に呆れと感心を混ぜ合わせた表情をしていた。一方で隣に座るディハウザーは少々複雑な表情をしている。九十九パーセント、サイラオーグの勝利で終わるかと思われたレーティングゲームが土壇場で奇跡を起こされ、予断を許されない状況までひっくり返された。サイラオーグのアドバイザーを務めているディハウザーからすれば、このような奇跡などたまったものではないだろう。しかし、同時に新たな力に目覚めた一誠と禁手と本気を出したサイラオーグとの全力の戦いを見たいと思っている。このような戦いはレーティングゲーム史で唯一無二の戦いなのは間違いなかった。
『相棒!』
今まで聞こえなかったドライグの声が聞こえる。
『俺の声が届かなくなったときは、流石に終わったかと思ったぞ。しかし、一体何があった? お前が意識を失い掛け、復活したときに神器の内部にある残留思念たちの執念が殆ど消失したぞ?』
ドライグは一誠の意識が神器の内部に入り込んでいたことまでは分かったが、歴代赤龍帝の怨念によりドライグは意識を内部に送ることが出来なかった。それ故に怨念を浄化させたであろう一誠の行動に驚く。
「詳しいことはサイラオーグさんとの戦いの後で話す」
『確かに悠長に話している場合ではないな。──相棒、気付いているか? お前は赤龍帝の力を解放した状態で『女王』に昇格しているぞ』
ドライグに言われて一誠は気付く。いつの間にかプロモーションして『女王』に昇格していることに。しかも、『赤龍帝の三叉成駒』と同じく『女王』と融合して特化された形態になっている。今まで不可能であったが、歴代赤龍帝たちの残留思念が一誠を押し上げてくれたことで成れた。
「──『
サイラオーグは一誠の新たな姿に名を与える。
「良いですね、その名前。使わせて貰います」
一誠は与えられた名を気に入り、今後はそう称することを決めた。何よりも尊敬すべきサイラオーグが付けてくれたことが嬉しかった。
「──よく耐えた。そして、より強くなって俺の前に立ってお前は尊敬に値する」
「……敵に送る言葉じゃないですね」
「そうだな。だが、遂本音がな……」
復活して強くなった一誠のことを純粋に喜ぶサイラオーグ。一誠もサイラオーグに禁手を使うよう促したので人のことを言えない。
サイラオーグは改めて一誠の鎧を見る。
「赤ではなく紅。それはサーゼクス様と全く同じもの。お前の場合はリアスの髪の色の方が馴染み深いか」
すると、一誠は何故か兜を収納し素顔を晒す。
「惚れた女のイメージカラーだ」
リアスは一誠が何を言ったのか一瞬理解が出来ず固まってしまうが、言葉の意味が脳に染み込むと顔を真っ赤に染める。サイラオーグも一誠の突然の告白に目を丸くしていた。
言った。言ってしまった。後悔も後戻りもしない。一度箍が外れてしまえば、今まで溜め込んできた想いを伝えるのみ。
「……部長、リアス・グレモリーは俺が惚れた女だ。だからこそ、守りたいし勝たせたいし、彼女の為に戦いたい! 俺は──俺はっ!」
気付けば誰もが聞き入っており、次に続く言葉を固唾を呑んで待っている。
「俺は、俺を求める冥界の子供たちと惚れた女に恥じない男になる! 俺の夢! 子供たちの夢! リアス・グレモリーの夢の為にこれからも戦い続ける! リアス・グレモリー! 俺は貴女が大好きだぁぁぁぁぁ!」
ありったけの想いを込めた一世一代の告白が会場に響き渡る。観客の反応は様々なもので、大勢の前で告白した一誠に拍手を送る者。まるで自分が告白されたかのように顔を真っ赤にする者。琴線に触れ、かつての恋を思い出して遠くを見つめる者等々。
アザゼルは一誠の告白に苦笑し、サーゼクスは微笑を浮かべていた。
そして、サイラオーグは──
「ははははははは」
──一誠の告白を聞いて豪快に笑う。馬鹿にしている様子は無く、感心しているようであった。
「本当におっぱいドラゴンとスイッチ姫は切っても切れない仲のようだ。羨望を覚える。俺もそれぐらいの恋をしてみたいと思えるぐらいにな」
「サイラオーグさんなら絶対に良い人が見つかります」
「そう褒めてくれるな。照れて手加減してしまいそうになる」
「サイラオーグさんも冗談を言うんですね」
「ふっ」
軽口を言い合いながら一誠は収納していた兜を展開する。
「リアスの夢、お前の夢を叶えるにはまずやるべきことがあるな」
「ええ。貴方を倒す。そうじゃなきゃ先には進めない」
「そうだ、それでいい。俺もまたお前たちを打ち倒し、我が夢の糧とするっ!」
刹那、一誠は莫大な紅いオーラを纏い、神速の踏み込みで前へ出る。トリアイナの『騎士』にも勝るとも劣らない速度。だが、サイラオーグは既にその動きを知っている。一誠の速さはサイラオーグにとって捉えられる範囲のものであった。
突っ込んでくる一誠にサイラオーグは拳で迎え撃つ。『獅子王の剛皮』を纏わせた突きは、自身が放つ輝きすらも置いて行きそうな拳速であった。
一誠の速さを上回るサイラオーグの突きが迫るが──
『Star Sonic Booster!』
一誠の速度がそこからもう一段階上がり、サイラオーグの突きを紙一重で躱すと懐に入り込む。
『Solid Impact Booster!』
音すら追い付けない拳打の嵐がサイラオーグの胴体に炸裂した。
『戦車』と同格以上の力を、『騎士』と同格以上の速度に乗せて繰り出す。兎に角がむしゃらに打ち込み、サイラオーグが一動作する間に数十発の拳を叩き込む。
サイラオーグは拳打の豪雨を浴びながらも拳を繰り出す体勢に入っていく。生身だったなら怯んでいただろうが、鎧を纏っていることで耐久性が格段に上昇している。
サイラオーグが拳を打つと分かった瞬間、一誠はサイラオーグの右肩辺りに拳を先に打ち込んだ。直後にそれを跳ね除けるようにしてサイラオーグが反撃の拳を打ち出す。一誠はこれをダッキングのような動作で躱した。通常時ならば反応出来なかったかもしれないが、事前に肩を打ったことでサイラオーグの拳のキレを若干だが鈍らせたので躱せられた。
サイラオーグがすかさず二撃目を放とうとしたので一誠は両手でサイラオーグの胴体に触れる。
『Solid Impact Booster!』
密着状態で予備動作無しの衝撃がサイラオーグを突き飛ばした。双掌打のような形の一誠の攻撃だったが、サイラオーグは百メートル近く飛ばされたが普通に着地をする。ダメージの方は薄いが、一誠の方も距離を取る為の攻撃だったので動揺はしない。
(やっぱすげぇな……)
『女王』にプロポーションしてやっと互角に戦えている。改めてサイラオーグの力を実感させられた。
『いや、まだ俺たちの状態も安定していない。脱皮直後の蟹みたいなものだ。無理をすると本体に膨大なダメージが伝わるぞ』
一見すると強くはなっているが、実際は不安定な土台の上で成り立っていることを告げる。目覚めたばかりの力を完全に使いこなす、という美味い話は無い。
『それに、相棒の体も万全じゃない……今でも結構きているだろ?』
ドライグの指摘は正しい。サイラオーグの一撃で瀕死になり、神器の中の歴代赤龍帝の残留思念たちに力を借りて復活することは出来たが、一誠の負ったダメージが完全回復した訳ではない。今もサイラオーグの拳の衝撃が体の芯で痛みとなって残っている。
サイラオーグの一撃を受けたら一誠に次は無い。故に初っ端から最大速度で動き、サイラオーグの攻撃が当たらないようにしていた。
『ここは無理や無茶はせず、戦い方を──』
(いや、無理も無茶をしなきゃ勝てない!)
『おい!』
言うことを聞かない一誠にドライグは声を荒げるが、一誠の考えは既に決まっていた。
(後ろに惚れた女が居て、前には尊敬すべき敵が居る……そんな状況で無様なことなんて出来ない!)
見守っていてくれているリアスに。真正面から戦ってくれるサイラオーグに恥じない姿を見せたい。その為ならば無理も無茶もする。それが一誠の答え。
『力が……』
紅のオーラの量が増える。一誠の想いに神滅具が反応し、力を引き出している。皮肉なことに退くという選択をしなかったことで強さが増す。仮に退いて戦うことを選んでいたらこうはならなかったであろう。
『──全く、お前は本当に放っておけない奴だよ、相棒』
(ごめんな、ドライグ)
『おかげで退屈とは無縁だ』
呆れながら言った言葉には皮肉と本音を混ぜられているように聞こえた。
『だが、無茶や無理をするにしてもどうする? 生半可な攻撃は効かんぞ?』
ドライグの言う通りであった。サイラオーグは自身が纏う闘気と神器の鎧という二重の守りで固めている。『戦車』と『騎士』の合わせ技による連打も装甲を凹ませる程度でしかない。しかも、装甲の方は時間経過で修復されている。
『攻撃するにもさっき以上の攻撃じゃないと意味が無い。そんな手段はあるのか?』
ドライグの問いに一誠はすぐには答えられなかった。
(『戦車』級でもあの鎧を通すには力が足りない……それこそサイラオーグさんぐらいのパワーがなきゃ。俺にはそんな力は──)
その時であった。一誠の頭の中で雷鳴が鳴り響く。
(ある……! あった!)
それは今までの一誠だったなら不可能だった。しかし、覚醒し新たな力を手に入れた今の一誠ならば可能。
あのときの感覚を思い出しながら全身のオーラを左腕にのみ集中。膨大なオーラが限定された箇所に集められることで許容範囲を超えてしまい、左腕が沸騰するような苦痛に襲われる。
「ぐっ、ぐぅぅぅぅ!」
だが、それで良かった。力を託されたときと同じ痛み。思い描いたイメージが再現され、鎧の中で眠るあの力が呼び起こされている証。
オーラの過剰供給により一誠の左腕が一回り以上太く、大きくなっていく。それに伴いバチバチと音を立てながら紅い雷が放電され始める。
一誠が異常なことをしているのはサイラオーグも分かっていた。何をするのか見たいという思いもあるが、これは戦い。大きな隙を晒している一誠に向かってサイラオーグは踏み込み、弾丸の如き跳躍で距離を詰める。
痛みが最高潮に達する。頭の中で雷の音が鳴り響き続ける。視界の端でサイラオーグが来ているのが見えたとき、一誠はその力を解き放った。
「──なっ!?」
サイラオーグの視界から一誠が消えたかと思えば、轟音と紅雷と共にサイラオーグの懐へ入っていた。さっきよりも圧倒的に速い。まさに雷の如き速さ。
再現するのは雷神の剛力。ロキ打倒の為に託されたトールの力。鎧に刻まれた雷神の力を復活させる。
「うおりゃああああああっ!」
一誠の左腕が雷の速度で突き出される。サイラオーグはその突きに反応出来ず、胴体に拳を受けてしまう。
直撃と同時に鳴る雷鳴。サイラオーグが受けた剛腕の一撃は、今までの経験の中で味わったことのないものであった。
あと二回ぐらいでこの章は終わりそうですね。