ハイスクールD³   作:K/K

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心傷、克服

 映し出された映像の中でリアスと彼女よりも数倍大きい獅子が対峙をしている。アザゼルの解説によると神滅具である『獅子王の戦斧』が『兵士』の駒により疑似的な肉体を得た姿であるとのこと。

 宿しているネメアの獅子の魂が『兵士』の駒に干渉して獅子となり、尚且つ『獅子王の戦斧』を咥えて装備している。リアスにとってかなり厳しい状況であった。

 

「へぇー。便利なもんだ。『悪魔の駒』ってのはああいうことも出来るんだなぁ」

 

 前例のない現象にマダの興味を示している。

 

「何だかお前みたいだな、刃」

 

 傍らでうつ伏せになっている刃の頭を撫でながら鳶雄もまた所有者無しで独自に動く『獅子王の戦斧』を見ていた。神滅具というのも興味を惹かれる要素の一つでもある。

 鑑賞している皆の前でレグルスは動く。巨体が軽々とした動きで前方に跳び、俊敏な動きでリアスに前肢による爪撃を繰り出す。

 リアスは足元を狙ってきた爪撃をジャンプして躱す。すると、レグルスは事前に捻ることで力を溜めていた首を動かし、空中にいるリアスに戦斧を振るう。

 相手の動きを読んでの二段攻撃。だが、リアスは冷静に対応した。背中から翼を広げ、更に一段高い位置に移動したのだ。

 リアスの靴底を戦斧が掠めていく。下手をすれば足一本持っていかれたかもしれない紙一重のタイミングであった。

 躱されたレグルスは勢い余って一回転する──そのときであった。

 リアスの体が横へ折れ曲がり、弾かれたように空中を飛んで行った後に落ちる。

 

「尻尾か……」

 

 シンは小さく呟く。レグルスは三段目までの攻撃を用意していた。戦斧を振り抜いて一回転した際にリアスに尾を叩き付けたのだ。

 リアスの胴体ぐらいありそうな太い尾を脇腹へ叩き付けられたリアスは、地面の上で横たわる。リタイア判定が出ていないので意識はまだあるが、ダメージですぐには動けない状態である。

 シンはその光景を顔色を変えず、眉一つ動かさずに見ている。薄情な反応だが、喚いたところでどうしようもないことが分かっているからだ。その代わりにピクシーたちがワーワー、ギャアギャアと素直な反応をしてくれている。

 アーシアはすぐさま神器による治癒を試みた。リアスの体が淡い光に包まれて治癒が始める。

 レグルスの前でリアスとアーシアが無防備を晒す恰好となるが、何故かレグルスは攻撃をせず治癒が終わるまで待っている。

 実力差による余裕故の待機。そう映るかもしれない。

 

「へっへっへっ。あの獣の中々えぐいことを考えるじゃねぇか」

 

 マダはレグルスに意図があることを察し、愉快そうに酒を飲む。

 

「何か意味がある行動なのか? あれが?」

「見てりゃあ分かる」

 

 マダは答えを言わず、映像を見るように言う。

 アーシアの神器により治癒されたリアスは立ち上がり、レグルスへ滅びの魔力を弾にして放っていた。

 獅子の姿となっても『獅子王の戦斧』の効果は持続しており、リアスの放った攻撃はことごとく逸れていく。

 

「許された攻撃手段は直接攻撃のみか……厳しいな」

 

 鳶雄はリアスの置かれている状況を思い眉間に皺を寄せる。或いは自分がリアスの状況に陥ったらどうやって攻略するのかを考えているのかもしれない。

 リアスは翼を羽ばたかせ、レグルスへと接近。覚悟を決めてレグルスに接近戦を挑む模様。

 飛翔しながら滅びの魔力を込めた掌打を繰り出す。レグルスは巨体からは想像も付かな

 い身軽さで跳躍をしてそれを回避。リアスが下を潜り抜けると降り立ち、振り向き様にリアスの背中目掛けて戦斧を振るう。

 背後から迫るプレッシャーを感じ取り、リアスは後ろを確認する前に後方へ宙返りをした。

 空中で逆立ちするような体勢となったリアスの頭の下を戦斧が通過する。その直後にレグルスの前肢がリアスへ打ち付けられる。

 華奢なリアスにレグルスの豪腕が叩き付けられる様に観客席から悲鳴が上がる。

 一方でレーティングゲームに精通している者たちからは厳しい視線が向けられる。先程と変わらない攻防。しかも、今度はレグルスの三段攻撃ではなくその手前の二段目の攻撃を当てられている。早くもリアスは万策尽きたのではないか、という見方をされていた。

 レグルスに殴られたリアスは地面を何度も跳ねながら転がっていく。転がる勢いが弱まり、地面へと横たわる。制服も誰もが憧れる紅髪も土埃で薄汚れていた。

 

(──成程)

 

 シンが心の裡で零した言葉は感心を含まれていた。

 

「そういうことか……」

「やるじゃねぇの」

 

 鳶雄とマダもまた何かに気付いた様子で感心していた。バラキエルは言葉にしないものの驚きと納得、そして心配を混ぜ合わせた複雑な表情をしている。

 薄汚れたリアスが立ち上がる。咳き込んだ彼女は喀血する。内臓を痛めているらしいが、レグルスの攻撃を受けた直後と考えると思ったよりもダメージが軽く感じられた。

 何故そうなったのか。答えはレグルス自身が示している。

 

『むぅ……』

 

 レグルスが唸る。レグルスの前肢は消失していた。観客たちもそのことに気付いてどよめく。リアスに厳しい目を向けていた者たちも一転して驚きへと変わっていた。

 飛び道具は効かない。直接ぶつけるにもリアスの近接戦能力は高くない。どうやればレグルスに滅びの魔力を当てられるのか。ここで発想を変える。当たらないのなら向こうから当たりに来ればいいだけのこと。

 リアスはレグルスが攻撃した際に全身に滅びの魔力を纏い、相打ち覚悟のカウンターを行ったのだ。

 攻撃が来るギリギリまでそれを悟らせず、刹那のタイミングで滅びの魔力を纏う。リアスも攻撃を受けてしまったが、それと引き換えにレグルスの前肢を一本貰った。

 滅びの魔力を纏っていたことで獅子の爪で切り裂かれるのは免れたが、接触した際に受けた衝撃が残っておりリアスはまた咳き込む。攻撃の最中に消滅させたので威力は軽減していたが、細身のリアスの体には十分重い一撃であった。

 

「無茶をする……」

 

 シンたちがリアスの捨て身の行動を褒めていたのに反し、バラキエルは咎めるような言葉を洩らす。もしかしたら、傷付いたリアスの姿に娘の朱乃を重ね合わせて心を痛めているのかもしれない。

 

「何だよ、羨ましいのかよ」

 

 そんなバラキエルを茶化すマダ。バラキエルはマダを睨む。

 

「嫁に殴られるのがお前の趣味だもんなぁ。今も他のパートナーとやってんのか?」

 

 シンと鳶雄は映像を見ていたのでマダの発言に特に意識を向けていた訳では無い。しかし、入って来た言葉を脳が処理して内容を理解した途端、シンと鳶雄の視線は自然とバラキエルの方へ向けられる。

 

「あまりふざけたことを言うな……! マダ……!」

 

 バラキエルから怒気が溢れる。どうやら、今言ったことはマダお得意の挑発──

 

「この体は朱璃にしか許していない!」

 

 ──では無かった。バラキエルも認めてしまっている。本人としては亡き妻に操を立てていると主張したかったのであろう。そんな彼をシンと鳶雄は『この人、そんな趣味があったのか……』という目で見てしまっているが。

 

「まあ、そんなどうでもいい話はいいとして、どうすんだかねぇ、このお嬢ちゃんは」

 

 自分から振った話題を一方的に打ち切ったマダ。既に興味は映像の方に戻っている。

 

「……確かに厳しい状況だが、神器によるサポートがある。なら勝機は──」

「そっちじゃねぇよ。こっちの方だ」

 

 マダが指差したのはリアスではなくアーシアである。アーシアは先程のようにリアスの傷を癒すが──

 

『あと何回リアス・グレモリーは苦しむことになるだろうな』

 

 不意に呟いたレグルスの言葉にアーシアは硬直する。

 

「っ! 耳を貸してはダメよ!」

 

 リアスはレグルスが何をしようとしているのかを察し、アーシアに声を掛けるが既にアーシアの顔色は変わっていた。

 薄々理解していた。戦いの中で癒すということは、その者が再び戦場へ立つということ。治した故に再び傷を負うという矛盾。そして、自分はそれを見送るだけ。

 リアスが傷付き、治し、再び戦う。自分はそれを見て、守られるだけ。心優しい故にそれを卑しいと感じてしまう自分。戦いの熱気に充てられて目を背けていたが、レグルスの冷水のような言葉を浴びせられたことで嫌でも向き合わせられる。

 アーシアとてレグルスの言葉が動揺を誘う為のものだと理解している。しかし、レグルスの強さ。彼が神滅具であること。傷を負うリアスの姿。それらの要因が重なり合うことでアーシアの中に迷いを生じさせてしまう。

 迷いは想いに影を差し、神器の力を弱める。それを表すかのようにリアスの傷が治る速度が遅くなっていた。

 アーシアもそれが見えてしまっているので必死になって祈りを捧げるように集中するが、どうにも空回りしてしまい、治癒速度に変化が生じない。

 

「ッ! レグルス!」

 

 アーシアの心に傷をつけたレグルスにリアスは怒りのまま叫ぶ。眷属の痛みは自分の痛み。グレモリーの愛情は深い。傷付けた者に対してその愛情は反転して苛烈な憤怒となる。

 

「面白くなってきたなぁ!」

 

 アーシアが葛藤し、リアスが怒る様を肴にして酒の飲むスピードを上げていくマダ。マダは楽しんでいるが、少なくともこの場で楽しんでいるのはマダだけである。

 

「……お前もあの獅子と同じ立場だったのなら、同じことをするのか?」

「やるねぇ。戦いの場に於いちゃあ戯言同然だが、ああも気持ち良く決まるなら幾らでも言うなぁ」

 

 マダの言う通り戦いの最中ならばレグルスの言葉など聞くに値しないが、相手がアーシアであった為にクリティカルヒットをしてしまった。アーシアは良くも悪くも戦いに向いている性格ではない。

 

「まぁ、誰が悪いかって言えばグレモリーのお嬢ちゃんだよな。素直に待機させておいた方が良かったんじゃねぇか?」

 

 数としては二対一で一見すればリアスたちの方が有利に思えるかもしれない。しかし、戦いになれば必ずしも味方の存在がプラスに働くとは限らない。要所で活躍をしていたアーシアだったが、この状況ではリアスの枷になりかねない。

 

「そう決まった訳じゃないですよ」

 

 マダの態度があれだったので鳶雄がリアスたちの肩を持つ発言をする。マダはへっ、と笑いシンの方を見た。

 

「お前も同じ意見かぁ?」

 

 シンの瞳が揺れ、一瞬だけマダへ向けられる。だが、すぐに元の位置に戻り、何一つ語ることはなかった。

 

「おい、無視すんなよ」

 

 マダが言ってくるがシンの口は閉ざされたまま微動だにしない。

 

「バラキエルー。こいつ無視してくるー」

「甘えた声を出すな! 気色悪い!」

 

 マダが悪ふざけをしている中でも映像の中では戦いは進行していた。

 

 

 ◇

 

 

 怒りに燃えるリアスは翼を羽ばたかせ、レグルスへ接近する。『王』自らが近接戦に挑むことに観客は騒めいた。

 レグルスは戦斧でリアスを迎え撃とうとするが、振り回す直前に動きが止まる。

 レグルスの目的は一誠とサイラオーグを一対一で戦わせること。ここでリアスをリタイアすることになればそこでレーティングゲームは終了してしまう。高い忠誠心を持つ故にその考えがレグルスの動きを縛る。

 リアスはレグルスの内心などお構い無しに渾身の拳をレグルスの顔面に叩き込む。『戦車』の力には及ばないものの勢いで感情をありったけ込めた全力の一撃は、レグルスの巨体をよろめかせる程の威力を出す。

 

「私を見なさい! アーシア!」

 

 荒々しい一撃を放ったリアスは、雄々しく叫ぶ。

 

「戦うことは確かに恐ろしいことかもしれないわ!」

 

 よろめいているレグルスに、リアスの追撃のキックが命中。前足を失っていることもあってレグルスの巨体が横転する。

 

「傷を負えば痛い。それは間違っていないわ。でもねっ!」

 

 リアスは手を掲げる。掌に滅びの魔力が集まり、圧縮された球体となる。

 

「私は戦うことを恐れない!」

 

 レグルス目掛けて滅びの魔力の球体を投げる。飛び道具ならば戦斧の効果によって外れてしまうが、滅びの魔力が一定の距離まで近付いた瞬間、リアスの意志によって爆発を起こし、広範囲に滅びの魔力を拡散させた。逸らしても無駄なぐらいに広範囲攻撃することで『獅子王の戦斧』の効果を無理矢理突破しようとしたのだ。

 紅色の爆発に煽られながらリアスはアーシアに呼び掛け続ける。

 

「誰も戦うことを怖がったりしないわ。そんなことよりも何も為せないまま終わる方がずっと怖い。私も貴方たちの期待に応えられないまま負けるのが一番怖いわ。でも、貴女の力で戦い続けることが出来るの」

 

 一瞬でも抱いてしまった不安を消すかのようにリアスはアーシアに優しく微笑む。

 

「リアス、お姉様……!」

「大丈夫よ、アーシア。貴女のやることは何も間違っていない。それを咎めるような奴がいれば、私がぶっ飛ばしてあげるわ──こんな風に」

 

 紅の魔力が生み出す破壊を背に同じ色の髪を靡かせるリアス。アーシアの迷いごと抱き締めてくれるリアスの包容力にアーシアは涙を流すと共にレグルスの言葉を受け止め、それでも尚リアスの為に己の力を尽くすことを固く誓う。

 すると、紅の爆発が切り裂かれる。その中から現れるレグルス。滅びの魔力の爆風を受けて無傷では済まず、鬣の一部や尻尾の先の欠損が見られた。だが、獅子から放たれる戦意に翳りは見られない。

 

『──小細工は通用しないか』

 

 アーシアの目に再び強い光が宿ったのを見て、言葉で惑わせるのは二度と通じないと察する。

 このやり方はサイラオーグが褒めるようなものではないことはレグルスも分かっていた。しかし、我が身を捧げる程の忠誠心が少しでもサイラオーグの役に立てられるなら、と汚いやり方すらも躊躇せずに行わせる。

 出来ることなら『フェニックスの涙』を使用させたかった。そうすればサイラオーグは大きく有利になる。

 しかし、それも最早叶わないこと。慣れていない謀略はリアスの前に消し飛ばされた。

 

(流石はサイラオーグ様と同じ血が流れる者)

 

 どうしてもサイラオーグを絡めながら讃えてしまう。レグルスにとって全ての基準はサイラオーグなので仕方ない。

 互いに傷を負いながら睨み合うリアスとレグルス。

 

(獅子の体なら私の魔力でも滅することが出来る。でも、あの神滅具で攻撃されたら……)

(本体がある限りこの体がどれだけ傷を負っても問題は無い。しかし、リアス・グレモリーの滅びの魔力に対抗するには我が本体でなければ……)

 

 相手の戦い方を見て、自然と選択肢が限られてくる。

 リアスは限られた選択肢に従い、両手に滅びの魔力を纏わせる。『獅子王の戦斧』の能力を封じるには接近戦しかない。

 レグルスもまた咥えている柄に力が込められる。リアスは戦う相手として申し分ない。しかし、同時にある欲求も心の隅で出て来る。

 

(このような戦いが出来るのは恐らくは一度限り。ならばこそサイラオーグ様には悔いの無いように全力で戦って欲しい。あの力を全ての者たちに見せつけて欲しい……!)

 

 今のサイラオーグは本気であるが、本気では無い。矛盾しているように思われるが、それが本当のことである。

 真の力の解放。それをレグルスは望んでいるが、自分の口からそれを進言することが出来なかった。或いはそれを言う余裕が無いのかもしれない。

 燃えるような真紅の魔力を纏うリアスを前にしてレグルスは己を押し殺して忠義を全うしようとする。

 

 

 ◇

 

 

 変幻自在は正にこのことか、とサイラオーグは舌を巻く。一誠はサイラオーグとの戦いに合わせて鎧の形状を目まぐるしく変化させ、同時に能力も変化させる。

 スピードで撹乱し、パワーで押さえ込み、隙あらばオーラで砲撃。サイラオーグに喰らい付いていこうと必死に頭を働かせながら動き続ける。

 これ程の相手と戦えることを誇らしく思いながらサイラオーグは拳を突き出す。

 一誠はサイラオーグの拳を最も警戒しており、あの手この手で直撃を避けていく。その度にサイラオーグの心は昂っていき、これならどう避ける、と難問のように変化を入れた拳を突きつけた。

 昂ぶりと喜びにより心が満ちていく──筈なのに、サイラオーグの心にはどうしても満たすことの出来ない箇所があり、そこが飢えたように叫ぶ──これで満足なのか? と。

 

(満足だ。これ以上無い程に俺は満たされているっ!)

 

 それを消し飛ばそうとサイラオーグは心の中で叫ぶ。一誠との戦いを続けている内にある思いが、否、そんな上品なものではない。欲というべきものが鎌首をもたげる。

 

(俺はこの男とこの体一つで戦うのだっ!)

 

 邪念を振り払うようにサイラオーグは拳で一誠を突く。が、サイラオーグの拳は『龍剛の戦車』の分厚い装甲により受け止められた。

 次の瞬間、サイラオーグの顎が跳ね上がる。一誠のアッパーがまともに入っていた。

 一誠はそのまま肘の撃鉄を打ち込もうとするが、サイラオーグは仰け反った体を更に仰け反らせることで一誠の拳から顎を離れさせる。そのすぐ後に撃鉄が打ち込まれ、拳から放たれた衝撃波はサイラオーグの眼前を通り過ぎていく。

 サイラオーグは倒れそうになるが、そのままバク転に繋ぎ、後方へ跳んで一誠との間合いを広げる。

 サイラオーグは顎に手をやり、嚙み合わせを確認する。口の中に鉄の味が広がり、関節部分に多少の痛みを感じるが問題になる程では無い。あのまま顎に衝撃波を貰っていたら危うかったかもしれないが。

 観客席からは驚きが混じった歓声が上がっている。近接戦最強と言っても過言ではないサイラオーグがこの試合で初めて打ち負けた光景を見れば誰もがそうなるだろう。だが、皆の反応とは裏腹に打ち勝った一誠の方は特に喜んではいなかった。

 

「……サイラオーグさん」

「何だ?」

「何か迷っていますか?」

「むっ……」

 

 一誠に内心を見抜かれたサイラオーグは言葉を詰まらせる。

 

「図星みたいですね」

「……良く分かったな」

「そりゃあ分かりますよ。さっきの拳……全然効きませんでしたから」

 

 何度も殴られたせいで自然と分かってしまう。先程の拳は今まで受けてきた中で一番腑抜けた拳であった。

 

「拳一つで伝わる。これを喜ばしいと思うか厄介と思うか、悩むところだな」

 

 サイラオーグは隠し事が出来なかったことを自嘲する。

 

「……まだ出し惜しみしていることがあるんですよね?」

 

 サイラオーグは答えない。しかし、一誠は自分が正解を辿っているという自信があった。

 

「今以上の力……サイラオーグさんはまだ本気を出していないんですか?」

 

 もしそうだとしたら一誠はその事実に悲しみを覚える。あれだけ必死に足掻き、がむしゃらになってもサイラオーグの本気を引き出すことが出来ていなかったのだから。

 

「いや、間違いなく俺は本気で戦っている。それは間違い無い」

「なら……何かをすればサイラオーグさんはもっと強くなれるってことですか?」

 

 サイラオーグは口を真一文字に結ぶ。自分の口からは言えない、といった様子。制限されているのか、もしくは自ら枷を課しているのかもしれないと一誠は感じた。

 

「……そんな力があるのなら使って下さい」

 

 一誠の言葉にサイラオーグは目を丸くした。

 

「それを使ったサイラオーグさんに勝たなければ意味がないんです……今日、この日まで培ってきた意味がないんです!」

 

 自分自身でも馬鹿なことを言っているのは分かっていた。しかし、一度吐き出した感情を止めることは出来ない。

 

「今日、俺は貴方を倒しに来た! 俺たちの夢の為に! 最高じゃない、本気を出していない相手を倒して掴んだ勝利が何になるんだよ! サイラオーグ・バアルっ!」

 

 言った。言ってしまった。と一誠は自分の後先の考え無さに呆れる。観客席は一誠の叫びに唖然とする中でイリナは変わらずに子供たちと一緒に声援を送り続ける。実況のアザゼルはしょうがない奴だと呆れを混ぜた笑みを浮かべ、傍にいるディハウザーは微笑を浮かべると共に一誠に対してどんな反応をするのか、とサイラオーグへ期待の眼差しを向ける。

 VIPルームで観戦しているサーゼクスはここから先の戦いを期待し、ライザーは一笑するがそれは馬鹿にした笑いではなく、隣のレイヴェルはこれでもかと瞳を煌めかせていた。

 レーティングゲームのフィールド内は時間が止まったように誰も動かなくなっていた。レグルスは一誠の発言に思わず棒立ちになる。

 彼と戦っていたリアスはつい苦笑を浮かべてしまう。だが、同時にこうも思ってしまう。『それでこそイッセー』であると。

 サイラオーグは視線を動かし、自分の陣地へ向ける。ベルーガとクイーシャはサイラオーグと目が合うと力強く頷く。それは何があろうともサイラオーグに付いて行くという強い意志が込められていた。

 今度はレグルスを見る。レグルスは期待を込めた眼差しで見返してきた。サイラオーグの一言を待ちわびている。

 サイラオーグは天を仰ぎ、深く息を吐く。

 

「冥界の危機にのみあの力を使う……そのつもりであった」

 

 サイラオーグはポツリと洩らす。自分の為でなく冥界に生きとし生ける者たちに捧げる力。誰が為の力として自分を戒めてきた。

 

「……だが、お前がそれを望むのなら、お前の為に力を使うのはやぶさかではない」

 

 サイラオーグは笑う。普段見せるような男らしい笑みとも不敵な笑みとも違う爽やかな笑み。サイラオーグ自身も全ての力を使い切ることを心の奥底で喜んでいるのかもしれない。

 

「お前のような男を前に、俺は行儀が良過ぎたな」

 

 二度と無いかもしれない戦いに不要なものを抱え過ぎていた、とサイラオーグは自分の愚かさを反省する。

 サイラオーグは右手を掲げる。その手にはフェニックスの涙が入った小瓶が握られており、それを握り潰してフェニックスの涙を浴びる。これによりサイラオーグは完全回復した。

 

「イッセー」

 

 リアスが名を呼んできたので一誠はそちらを見る。彼女は一誠にフェニックスの涙が入った小瓶を投げ渡し、一誠が受け取ると無言で頷く。それを見て一誠もまたフェニックスの涙を取り出して、浴びる。全ての傷が癒え、サイラオーグと同じ条件となる。

 

「……後は俺に任せて下さい」

 

 それは遠回しに手出し無用であることを頼むものであった。サイラオーグと対等に戦う為にリアスの援護もアーシアの治癒すらも拒んだのだ。

 リアスは一瞬呆れた表情をし、溜息を吐くと「勝ちなさい」という言葉で背中を押す。アーシアは何も言わず、一誠の勝利を信じて祈る。

 これで場は全て整った。

 

「レグルスっ!」

『ハッ!』

 

 その言葉を待ち兼ねていたと言わんばかりにレグルスは跳び上がり、体を金色に輝かせると幾千の光となってサイラオーグへ降り注ぐ。

 

「ここから先は死戦となる! 命を懸けろ! 一切の悔いなく全てを出し尽くせ! 兵藤一誠っ!」

 

 全身に金色の光を浴びる中でサイラオーグは高らかに叫ぶ。

 

「我が獅子よっ! ネメアの王よっ! 獅子王と呼ばれた汝よっ! 我が猛りに応じて衣と化せぇぇぇぇ!」

 

 大地が揺れ、それにより亀裂が生じていく。強化された結界が余波で壊れそうになるぐらい震える。

 

「禁手化っ!」

『禁手化っ!』

 

 サイラオーグとレグルスは声を重ねながら最後の鍵を開く。金色の光が閃光のようにフィールドに広がっていく。

 誰もがその眩さに目を閉じてしまう。一秒、二秒が過ぎて光が収まる。フィールドを揺らしていた余波は嘘のように消えていた。

 一誠は見た。獅子を模した金色の全身鎧を纏うサイラオーグを。

 頭部には獅子の鬣を思わせる豊かな金毛が靡き、胸には獅子の顔が付けられている、そこに意思があるように両眼が輝く。

 一誠の『赤龍帝の鎧』と同じく全身に纏うタイプの禁手。拳で戦うサイラオーグにこれ以上相応しい禁手は無い。

 サイラオーグの禁手に観客席から一斉に歓声が上がる──

 

『わあぁぁぁぁ──』

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 ──が、サイラオーグの咆哮により掻き消されてしまった。その咆哮はサイラオーグのものか、それとも力を解放されたレグルスのものかは分からない。しかし、誰もが黙ってしまう程の威圧が込められた王者の一声であった。

 

「『獅子王の戦斧』の禁手『獅子王の剛皮(レグルス・レイ・レザー・レックス)』! 今更だから言わせて貰おう! 兵藤一誠! お前の禁手を見たときから、俺たちの禁手とどちらが強いか試してみたかった!」

 

 隠していた本音を晒しながら構えるサイラオーグ。元からあった存在感が禁手により数段上がって目の前に巨人でも立っているかのような錯覚を覚える。

 

(俺と戦う奴の禁手って皆鎧とか纏っているな!)

『直接攻撃を重視する者にとってはあれが究極に近い形なのだろう。攻防一体の鎧が最もバランスが良い』

 

 自分も同じタイプなのでドライグの推測に納得してしまう一誠。

 サイラオーグは構えたままその場から動こうとしない。サイラオーグが見せる不敵な笑み。一誠はそれを攻撃して来い、という挑発と捉えた。

 全力で来いと言外に伝えてきているのならば、その挑発に全力で乗る。

 

『Change! Fang Blast!』

 

 トリアイナの『僧侶』により鎧が砲撃形態へと変わる。砲口にオーラを充填すると同時に突き出した両手にもオーラを溜める。

 ドラゴンブラスターとドラゴンショットの同時発射。サイラオーグはその構えを見ても微動だにしない。

 

『敢えて直撃は避けろ。『獅子王の戦斧』のように飛び道具を逸らす能力を持っているかもしれん』

「了解っ!」

 

 ドライグの助言に従い、一誠は照準を微調整。サイラオーグの手前に着弾するようにする。

 

「いっけぇぇぇ!」

 

 充填完了と同時に砲口と両手から圧縮されたオーラが発射される。大小二つの弾が一直線に並らぶと接触して一つに合わさり、ドラゴンブラスター時よりも一回り以上大きくなる。

 オーラの塊は一直線に飛んでいるように見せかけて下斜めに向かって飛んでおり、一誠の狙い通りサイラオーグから一メートル手前で地面に着弾。内包されていたオーラが爆発してドーム状に広がっていく。

 サイラオーグは一歩も退かず、寧ろ待っていたかのように歯を剝いて笑う。

 

「勝負っ!」

 

 サイラオーグは目の前に迫る赤いオーラ目掛けて拳を繰り出した。

 

「──えっ?」

 

 そこから先の光景を見た一誠は呆けた声を出してしまう。だが、それはこの会場にいる者たちの総意でもあった。

 拳が赤いオーラに触れた瞬間、広がっていく筈の爆発が押し留められる。実体の無い膨大な量のオーラがサイラオーグの拳で殴られて大きく凹み出した。

 

「おおおおおおおっ!」

 

 気迫の叫びと共にサイラオーグは拳を前に押し出す。オーラの変形はどんどん酷くなっていき──

 

「はあああああっ!」

 

 ──更なる力が加えられるとサイラオーグを呑み込む筈であったオーラが押し戻される。あろうことかサイラオーグは拳一つで一誠のドラゴンブラスターを殴り返したのだ。

 

「嘘だろっ!?」

『馬鹿なっ!?』

 

 跳ね返されたオーラの爆発が迫っている状況に一誠とドライグは揃って驚愕する。だが、どんなに信じられない光景であっても現実は迫って来ている。

 避け切れないと判断した一誠は即座に形態を変えた。

 

『Change! Solid Impact!』

 

 戦車の形態となり可能な限り全身を縮こめながら防御に全ての力を注ぐ。その直後に一誠は爆発を受けた。初めて経験する自分自身の攻撃。全身に掛かる圧に体がバラバラにされそうになる。

 我ながらよくこんな強力な攻撃を放てるものだ、と思いつつ、これを拳で殴り返したサイラオーグはまさに鬼神、力の権化と称すべき存在である。

 爆発が消える。ドラゴンブラスターに耐え切ってみせた一誠であったが、その目が限界まで見開かれた。一誠の眼前にはサイラオーグが居る。

 

「さあ、打ってみろ」

 

 この状況でサイラオーグは一誠に先手を許した。相手を舐めている──のではない。撃たれても勝つという絶対的自信の表れである。

 例え与えられたものであっても全力の一撃を放つチャンス。一誠は上半身を大きく捻る。殆どサイラオーグに背中を向ける無防備な体勢であったが、サイラオーグは攻撃してこないという信頼がある故の守りを放棄した捨て身の攻撃態勢。

 一誠の体勢に合わせて鎧が変形する。腰回りの装甲が凹凸のある円形──歯車のような形になり、力を溜めやすくまた放てやすくなるようにサポートする。

 背部の噴射孔も位置が微調整され、更に腕周りに新たな噴射孔が追加される。一誠の攻撃の意志に鎧が応じ、対サイラオーグの為の攻撃準備を整えてくれる。

 肘にある撃鉄が起き上がる。それが準備完了の合図となり、噴射孔からオーラが噴き出し、それによって得た加速で捻っていた腰がスムーズに回り、溜め込んでいた力が解き放たれる。

 サイラオーグへと突き出される一誠の左拳。サイラオーグがそれに向けて手を伸ばす。

 一誠の拳がサイラオーグの掌に触れた。その瞬間、力も速さも掌に吸い込まれたかと思うぐらいに左拳の動きが止まった。

 伝わってくる感触に冷や汗を流しながら肘の撃鉄を打ち鳴らす。勢いは拳に伝達され。拳の威力を上げる──筈だった。

 

「嘘だろ……」

 

 サイラオーグの掌は微動だにせず。真っ直ぐ伸びた腕を押し返すことも出来ていない。完全に力負けをしていた。

 攻防高めた『戦車』の全力が通じなかったことにショックを受ける一誠。この僅かな思考の空白をサイラオーグは見逃さない。

 サイラオーグのもう片方の手が一誠に向けて放たれる。一誠は我に返ってすぐに撃鉄を撃とうとするが、サイラオーグの方が速かった。

 サイラオーグの掌打が一誠の胴体に打ち込まれる。

 その様子をモニターで見ていた観客たちは後にこう語る。

 

『あの瞬間、赤龍帝の体が波打った』、と。

 

 サイラオーグの掌打から発生した衝撃は、相手を貫くのではなく相手に浸み込む。掌が押し当てられた『龍剛の戦車』の鎧が本来あり得ないことだが確かに波打った。現時点で最強の硬度を持つ筈の装甲に水面のような波紋が広がっていく。波紋は鎧を通じて本体である一誠の体へ浸み込む。

 肉が、骨が、血が、血管が、神経が、臓腑が、細胞が浸み込んできた衝撃により波打つ。

 

「……ごふっ」

 

 一誠の口から零れ出る血。流血はそれだけに収まらず鼻孔や目、耳からも流れ、体の至る箇所が内出血により赤黒く変色する。突き出していた左拳が力無く下ろされた。

 

『相棒っ!』

 

 全身から出血する一誠だが、まだ意識は失っていない。ドライグは鎧を操作し、噴射孔を噴かせて離脱を試みる。

 

『なっ!?』

 

 先程打ち込まれた掌が鎧を掴み、一誠たちの離脱を許さない。吸盤のように吸い付く掌。握力と腕力で噴射の勢いを捻じ伏せる。

 サイラオーグは一誠を掴んだ状態で拳を握る。

 それを見てドライグは戦慄した。さっきの掌打は次なる攻撃に繋げるものに過ぎないことに。本命の一撃はこの後放たれる。

 サイラオーグの黄金の拳が真っ直ぐ放たれる。狙う先にあるのは、あろうことか一誠を掴んでいる手。拳が手に打ち込まれる。本来ならばサイラオーグの手は粉々に砕けてもおかしくはない。

 だが、今のサイラオーグの拳は万物を貫く。

 衝撃はサイラオーグの手を無傷で貫通し、一誠の体内に衝撃を通す。

 

「──終わりだ」

 

 掌打と拳による二重攻撃。手ごたえを感じたサイラオーグは、若干の名残惜しさを含まれせた幕引きの言葉を送る。

 刹那、一誠は体が破壊される音を聞いた。

 

 

 ◇

 

 

「──え?」

 

 意識を失ったかと思ったら、すぐに目覚めた。鎧も着ていない。痛みも無い。一誠にはこの現象を良く知っている。

 

「また来たのか……」

 

 一誠の心の中にある謎のベッドルーム。目を覚ます度に忘れてしまうが、ここに来ると何があったのかを思い出せる。

 しかし、違和感があった。記憶の中でのこの部屋はもっと暗かった印象があったが、今は部屋の中が大分明るくなり、妙に殺風景に感じられる。

 

「貴方にとって、ここが必要じゃなくなっている証よ」

 

 いつの間にかベッドに腰を下ろしていたのは、一誠にとって色々な意味で忘れられない女性──夕麻。

 

「それって、どういう意味だ……?」

「鈍感なイッセー君でも言わなくても分かるでしょ? それとも私の口から言わせる気?」

 

 夕麻が悪戯っぽく笑う。一瞬、その姿が薄れて見えた。

 

「夕麻ちゃん……!?」

 

 一誠は驚くが、夕麻は変わらず笑っている。自身の存在が薄れていくことに何の恐れも抱いていない。

 

「それも……そうか……」

 

 一誠は独り納得して夕麻の隣に座る。指を組み、そこに額を当てて俯く。

 

「君は俺のトラウマが形になったみたいなもんだったな……」

「そういうこと」

 

 消えかかる夕麻。それは一誠がトラウマを克服しようとしていることを視覚化しているのだ。

 

「何その顔? イッセー君は私が居なくなるのが寂しい?」

「はっ! まさか」

「だよねー」

 

 夕麻はクスクスと笑う。一誠もそれにつられて小さく笑った。以前だったなら考えもしなかったこと。一誠は今、自分の心の傷と向き合っているのだ。

 

「私が消えるってことはさ、イッセー君がようやく新しい一歩を踏み出せるってこと。良かったじゃない。女の子とちゃんとした恋が出来るようになったんだよ?」

 

 夕麻の口からそんなことを言われ、一誠は内心複雑であった。そうなった原因は夕麻ことレイナーレのせいである。

 

「そう言われてもねー。私って単なるイメージだし。本物はきちんと始末したでしょ?」

 

 自分の事を他人事のように言う。夕麻の言う通り、この夕麻は一誠のイメージが作り出したものだから間違ってはいない。

 

「そん時に割り切れたらどんだけ楽だったか……」

 

 怨敵であり初めて心の底から殺してやりたいと思った女性は後にも先にもレイナーレしかいない。最期の瞬間は無様なものであり、レイナーレが一誠の前に現れることは二度と無いが、彼女のそんな姿を見ても一誠の溜飲はあまり下がらなかった。元より死に様を見て笑うようなタイプではない。

 

「イッセー君って繊細ね」

「馬鹿にしてんのか?」

「違うわ。知っているから。私と初デートするとき、これでもかってぐらい念入りにデートのプランを考えてくれたでしょ?」

「……絶対に良いデートにしようと思っていたんだ」

 

 あのときの思い出が蘇って来る。古傷を抉るような行為の筈だが、不思議と心が痛みを感じることはなかった。

 

「本屋行っておすすめスポットとか店とかの本を買えるだけ買ったなー……エロ本以外で本で金使うの初めてだった。あとめっちゃくちゃ恥ずかしかった……」

「えー、エッチな本を買うのは平気なのに?」

「慣れていないとそういうもんなの」

 

 すらすらと当時の思い出が言葉となって出て来た。一誠が悪魔に転生して以降誰にも話した事が無い内容である。

 

「柄にも無くデート場所の下調べもしたな。色んな場所を歩き回ってメモしたり」

「予行練習を一杯した割には当日は緊張でガチガチだったじゃない」

「練習は練習、本番とは違うんだよ」

 

 当時のことを思い出しただけでも恥ずかしくなってくると同時に今ならもっとましなデートが出来るのでは、という思いも出て来る。

 

「根拠の無い自信ねー」

「うるせぇ」

 

 夕麻に時折茶化されながら過去を振り返る一誠。忘れたい過去の筈なのに今でも鮮明に思い出せる。それがどうしてなのか、一誠も気付いている。

 ウィンドウショッピングをしたり、部屋に飾る小物を買ったり、今思い返せば一誠を揶揄う為に起こした夕麻のハプニングを対処したりなど思っていた以上に語れる。

 

「そして、俺は……夕日が見えるあの公園で……君に……君に殺されて悪魔に転生したんだ……」

「……良く最後まで言えたね」

 

 人生の絶頂であった初デートの日は同時に人間・兵藤一誠の命日。苦く辛い思い出を最後まで語った一誠に夕麻は優しく褒める。

 

「夕麻ちゃん……」

 

 夕麻の体は殆ど消えていた。足は無くなり、片腕も無く、体も虫食いのように穴だらけになっている。一誠が思い出を振り返る度に夕麻の体は削られるようにして消えていっていた。

 

「お、俺……俺は……」

「なぁに?」

 

 何度も言葉を詰まらせながら何かを言おうとする一誠を夕麻は急かすことなく待つ。

 

「俺は……!」

 

 一誠は気付けば双眸から涙を流していた。

 

「俺は楽しかったんだ……! あのとき、本当に、心の底から……! 君とのデートが楽しかった……! 全部……嘘だったとしても……あの日、あの瞬間の思いだけは消えないんだ……!」

 

 全てはレイナーレが一誠を抹殺する為の演技に過ぎない。しかし、それが分かっていてもデートの為に一生懸命に考えたこと、夕麻とデートしたことが楽しかったと心に刻まれてしまっていた。その思いは一誠にとって罪悪感に等しい。

 

「女の子が怖くなった……そして、同時に思った……こんな節穴の俺が女性と付き合う資格があるのかって……」

 

 騙されていたとはいえ外道を好きになってしまった負い目。そんな自分を嫌う一誠。

 

「でも……俺のことを好きだって言ってくれる人たちがいたんだ……俺のことを……!」

 

 こんな俺を、とは口が裂けても言わない。自分を下げることは彼女たちを下げることにも繋がる。だから、それに見合うだろう立派な男になろうと思った。

 

「冥界の子供たちも、おっぱいドラゴン、おっぱいドラゴンって言って慕ってくれる……俺は──」

「自分のことが好きになれたんだね」

 

 過去に負った二つの傷が癒されだし、一誠はようやく前へ進み出せる。

 

「夕麻ちゃん……俺、好きな人が出来た」

「そう。じゃあ、想いを伝えないとね」

 

 一誠は涙を拭い、頷く。夕麻から色と輪郭が失われていく。

 

「あーあ。こうやってイッセー君と会えるのは最後かー。最後くらいお別れのハグくらいする?」

「俺と君はそんな関係じゃないでしょ?」

 

 一誠は苦笑し、抱擁の代わりに手を差し出す。夕麻はその手を見て一誠に告白したときのような可愛らしい笑みと共にその手を掴んで握手を交わした。

 

「……さよなら、夕麻ちゃん」

「さよなら、イッセー君」

 

 夕麻の姿が見えなくなる。消えたのではない一誠の心の中に還ったのだ。一誠にとって忘れることのない出来ないトラウマであると同時に青春の記憶。一誠はそれを完全に受け入れた。

 一誠を中心にして周りの空間がテクスチャー剥がれるように消えていく。中核となっていた夕麻が居なくなったことでこのベッドルームも必要無くなったのだ。

 ベッドルームの外は白い世界。神器の内部にある歴代赤龍帝の残留思念が宿る場所。

 見れば歴代の赤龍帝たちが座って一誠を無言で見つめている。

 

「──お願いがあります」

 

 一誠は歴代の赤龍帝たちに頭を下げた。

 

「俺に力を貸して下さい!」

 

 サイラオーグは強い。今のままでは勝てない。勝てる方法があるとしたら歴代の赤龍帝たちの力を借りることしか思いつかなかった。

 

『……覇龍』

「え?」

『覇龍だ……』

『覇龍を使え……』

 

 呪詛めいた言葉を吐きながら歴代の赤龍帝たちの体から黒いオーラが立ち昇り、それが一誠へ伸びていく。

 黒いオーラから感じられるのは負の思念。恨み、憎しみや力を欲する哀叫。志半ばで倒れていった積み重なった無念。

 どす黒い感情の塊が一誠を侵す為に彼を呑み込む──

 

「そんなのでサイラオーグさんに勝てる訳ないでしょ」

 

 ──ことなく弾かれてしまう。あまりに簡単に弾かれたことに歴代の赤龍帝たちは不気味な笑みを一転させ、驚きに変えた。

 

「えーと……新参者の俺が生意気を言うかもしれませんが、俺が欲しいのはこんな力じゃないんです。こんな過去に囚われたもの要りません」

 

 歴代の赤龍帝たちが殺気を膨らませるが、一誠は怯まず、歴代の赤龍帝たちに向けて左手を差し伸べる。

 

「俺と一緒に未来(さき)へ進みませんか?」

 

 

 




メガテンよりもペルソナっぽい展開になりました。

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