ハイスクールD³   作:K/K

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光明、暗雲

「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」

 

 呼吸する度に肺が痛む。周りの筋肉の収縮に合わせて胸が万力で締め付けられたように苦しい。

 最も防御力が高い『龍剛の戦車』。しかも、ドライグのサポートによるオーラで防御を極限まで高めていた。それなのにサイラオーグのたった一発の拳は全て無駄だと嘲笑うかのように一誠の鎧を貫いて肉体に重いダメージを与えてきた。

 貰った瞬間、頭から足の先まで電流のように衝撃が駆け抜けていき、許容量を一瞬超えてしまったせいで頭の中が真っ白になり、すぐさま感覚が追い付いて目が覚めるような痛みと苦しみを一誠は味わうこととなった。

 

『何だ……あいつの拳は……!』

 

 ドライグすらもサイラオーグの拳に戦慄する。禁手の鎧の防御を、こうも容易く貫くなどドライグの長い経験の中でも初めてのことであった。

 

「いってぇ……」

 

 正直な感想が我慢出来ずに一誠の口から零れ出る。しかし、ドライグにもその気持ちは良く分かる。守りを無視して入ってくる拳の痛さは言葉にして吐き出さなければ延々と体内に残ってしまうような感覚に捉われる。

 

『紙一重だったな……俺たちは運が良い』

「ほんと……それな……」

 

 『龍星の騎士』で急接近して『龍剛の戦車』でサイラオーグに先に攻撃を入れていたことで、サイラオーグは後方へ下げられたことで完璧な拳を入れることが出来ず一誠のダメージはこの程度で済ますことが出来た。もし、タイミングが同時であったのなら一誠はその場でリタイアをしていたかもしれない。

 体の中に今も残り続けるサイラオーグの拳の残留に一誠は納得してしまう。木場もゼノヴィアもロスヴァイセが、ああも容易く破れてしまったことに。

 

「痛かったよな……怖かったよな……きっと……」

 

 ほんの少しでもそれを知ることが出来た。膝を突いていた一誠は仰け反るようにして立ち上がる。体の内側を引き裂くような痛みが生じるが気付け代わりに丁度良いとすら思えてしまう。

 

「俺が全部返してやる……!」

 

 木場たちの痛みを知ったことで闘志が燃え上がってくる。

 

「あの強い人に……!」

 

超えるべき壁──サイラオーグの強さを思い知り、気合が湧き上がってくる。

 

「くくく……良い気迫だ。それでこそこの戦いに相応しいっ!」

 

 サイラオーグはそう言いながら一歩踏み出す。すると、サイラオーグの体が僅かに傾いた。

 

「むっ」

 

 サイラオーグ自身もそれに少し驚く。見ると踏み出した脚の膝が微かに震えている。一誠の拳を受けて全くダメージが無かった訳では無い。あの鍛え上げられた肉体と闘気による二重の防御をぶち抜いていた。

 自分のやっていたことは無駄ではなかったと知る一誠。一方でサイラオーグは──

 

「ふふふ……はははははっ!」

 

 大声で笑いながら震える大腿部に拳で叩く。自らに喝を入れる行為で脚の震えが一瞬で消えた。

 

「自惚れが過ぎたな……! 赤龍帝の! 俺が心から戦いを待ち望んだ男の拳が通じぬ訳がないっ!」

 

 己を叱咤し、一誠を讃えるサイラオーグ。僅かでも生じそうな油断や慢心が即座に修正されていく。そして、その度にサイラオーグの戦意が高まり、闘気の輝きが増しているように見えた。

 

(こえーよ、あの人……)

 

『ここまで生真面目過ぎる悪魔は俺も初めてだ……』

 

 何処までも自分に厳しいサイラオーグに一誠とドライグは軽く恐怖を覚え、圧倒されそうになる。ここまでストイックな人物とは会ったことがなく、この先も会える気がしない。

サイラオーグが積み重ねてきた生き方が、そのまま他者を圧する存在感へ変換されていた。

 

「──でも、戦って勝たなきゃな……」

 

 サイラオーグを前にして放つこの言葉。自分は何て無謀なのだろうか、と言った一誠本人も自分の正気を疑いそうになる。

 

『戦えるのか? 勝てるのか?』

 

 ドライグの問いは疑う為のものではなく、一誠の答えが分かった上でその背を押す為の問い。

 

「やれる」

 

 サイラオーグは恐ろしい。サイラオーグの拳はとても痛い。だが、それを理由に逃げる気には全くならない。

 敗北した木場、ゼノヴィア、小猫、ロスヴァイセ、朱乃、ギャスパーたち。そして、今も戦っているリアスとアーシア。背負っている無念と期待を思えば前に突き進む闘志しかない。

 

「滅茶苦茶キツイと思うけど、付き合ってくれるよな? ドライグ」

『ふん。愚問だぞ、相棒?』

 

 内に宿る頼もしい存在の答えを聞き、一誠は口元を綻ばせる。

 

「そんじゃ行こうか……『龍星の騎士』っ!」

『Change Star Sonic!』

 

 『龍星の騎士』形態へと変わると、赤い残像だけを残して一誠は常人の目に捉えられない速度で動き出す。

 

「それか! 『騎士』や『戦車』を特化させた姿にあるとは驚いたぞ!」

 

『赤龍帝の三叉成駒』の能力を讃えながらサイラオーグの動体視力は接近してくる高速の一誠を目で追い、先手を入れられる前に先に仕掛けた。

 

「はあっ!」

 

 最小の動きから直線で放たれる速度重視の拳。ボクシングのジャブに近いものだが、サイラオーグがやれば牽制どころか一撃必殺に至る可能性すらある。

 音を超える拳に対し、一誠は倍に増えた背部のバーニアの角度を変え、ほぼ真横へスライドして躱す。

 がら空きになっている脇腹に一誠の拳が入る。

 

(やっぱ硬ぇ!)

 

 『龍星の騎士』は速度特化の形態。『龍剛の戦車』と比べてパワーが落ち、限界まで鎧をパージさせているので体重も落ちている。打ち込んだ拳の威力も当然ながら低下しており、サイラオーグに与えたダメージは微々たるもの。しかし、『龍星の騎士』だからこそ出来ることもある。

 攻撃を躱されたサイラオーグが突き出した拳を裏拳にして放つ。砲弾のような圧を体の側面から感じる。

 今すぐにでも離れたい衝動を捻じ伏せ、一誠は腕部からバーニアを展開。赤いオーラが火のように噴くと最速の拳が連続で繰り出される。

 

「うおらぁぁぁぁぁぁ!」

『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』

 

 反動で体が壊れる寸前まで倍化を行うことで可能な限り『騎士』としての速さを高める。それによって繰り出される両腕が消失したかのような連打。それが最初に打ち込んだ箇所という一点のみに集中される。『騎士』である木場がやっていたように一発一発が軽いのであれば、それを数で補う。サイラオーグも攻撃の最中に回避することは出来ない。だから、裏拳が届く限界ギリギリまで打ち込み続ける。

ゼロと一の秒数間に行われる高速一点集中連打。やがて、サイラオーグの裏拳が危険域に達しようとしたとき、一誠はバーニアを噴かせてサイラオーグの背後へ移動。そこで再び一点集中攻撃を行う。

攻撃を引き付けてがら空きになっている箇所を一点集中攻撃。攻撃が届きそうになったら移動してまた同じことを繰り返す。当然、サイラオーグの周りをずっとグルグルと回っている訳では無い。時折、反転してサイラオーグの意表を衝く。

動いては攻撃、動いては攻撃。これを『騎士』の速度で連続して行う。傍から見るとサイラオーグの周りに赤い残像が円を描いているように映る。

 

『これは目にも止まらぬ早業だぁぁぁ! サイラオーグ選手を中心にして赤龍帝による赤い旋風が巻き起こる! このスピードにはサイラオーグ選手も手も足も出ないかぁぁ!?』

 

 実況が興奮したように捲し立てる。サイラオーグは確かに手も足も出ていない──今は。

 当事者である一誠は気付いていた。紙一重の攻防を繰り返す自分に突き刺さる寒気立つ気配に。その気配を辿った先にあるのはサイラオーグの目。サイラオーグの目は静かに、それでいて確実に一誠の動きを追っていた。

 一誠は圧される感覚に耐える。怯めば負ける。退いても負ける。勝つには恐れを乗り越えて攻撃し続けるしかない。

 一誠は背後へ回り込み拳を打ち込もうした瞬間、視界からサイラオーグの上半身が消えた。同時に下から殺気を感じて攻撃を中断させて仰け反る。

 耳が痛くなりそうな風切り音と鋭い何かが眼前を通過する。

 それは振り上げられたサイラオーグの足。サイラオーグは前傾姿勢になりながら足を振り上げ、背後に立っていた一誠を踵で攻撃したのだ。

 サイラオーグの踵。想像もしたくもない威力が秘められているに違いない。そして、その踵の切れは──

 

「ッ!?」

 

 ピシリ、という音を立てて半壊していた兜に切れ目が入る。次のときには一誠の頭部から兜が剥がれるように落ちていった。

 完全に避け切れなく踵は掠めていた。蹴りの切れ味を身を以って思い知らされる。

 

(反応された……!)

 

 いつかは追い付かれるとは思っていたが、想像以上の速さで対応された。或いは動きのパターンを見抜かれたのかもしれない。それなりの戦闘を経験してきた一誠だが、サイラオーグと比べればそれも劣る。戦闘経験の差がこの場で出てしまう。

 

(どうする!? 『龍星の騎士』を止めて他の──)

『相棒っ!』

 

 ドライグの声が頭の中に響いたとき、一誠は『しまった』と思った。一瞬とはいえ戦いの中で迷ってしまった。コンマ数秒の迷いであってもサイラオーグが相手ならばそれは棒立ちに等しい。

 その代償を身を以って知ることとなる。

 外気が吸い込まれそうな勢いで回るサイラオーグの体。半回転により生じたエネルギーが足に乗せて放たれる。

 

(やばいっ!)

 

 回避は間に合わない。やれることは守りを固めること。

 

『Change Solid Impact!』

 

 『騎士』から『戦車』への切り替え。更にオーラにより防御力を増大させる。特性の切り替えと防御力の増大などを繰り返す度に一誠の体力は消耗されていくが、最後の戦いで出し惜しみをする理由は無い。

 しかし、これだけ守りを固めても一誠は冷や汗を流す。フラッシュバックする拳を受けたときの記憶。『龍剛の戦車』の頑丈さでも薄紙のように衝撃を通してきた。

 間もなく来る衝撃と痛みに備えて一誠は大きく息を吸い込む。直後、サイラオーグの蹴りが腹に突き刺さる。

 

(……あれ?)

 

 蹴りを受けた一誠は困惑した。確かに衝撃はあった。痛いことは痛い。しかし、あのときのような細胞の一つ一つに染み渡ってくるような暴力的な力の流入が感じられない。奥では無く表面で押し止められた、一誠の鎧が鎧としての機能を発揮しているということ。

 拍子抜けというよりも困惑が勝る。サイラオーグの攻撃を鎧で受け切ることが出来たのか。この差の意味が分からない。

 

(どういうことだ……?)

『相棒、考えろ。これには何か理由がある』

 

 手加減をしている、などとは考えられない。サイラオーグは常に圧倒するような気迫を放っている。

 

(じゃあ、別の理由?)

 

 そこまで考えたとき、思考を中断させるサイラオーグの突きが繰り出される。本来ならば避ける選択しかないのだが──

 

(悪い、ドライグ。無茶をする!)

 

 ──心の中でドライグに謝ると、一誠は構えながら左肘にある撃鉄を起こす。

 

「うおらぁぁ!」

「ふんっ!」

 

 左拳と右拳が衝突。そこに撃ち込まれた撃鉄による時間差の衝撃が生じ、両者は弾かれた。

 二人共両足で地面を踏み付けて急ブレーキを掛ける。飛ばされる力に逆らうことに特に意味など無い。無駄に力を消耗するだけである。ただ相手に無様な姿を晒せないという意地のみある行為であった。

 何百メートルも離れてもおかしくない衝突であったが、互いに意地を張ったことで数十メートル離れただけに抑えられる。

 サイラオーグは自分の拳を見た。長い間研鑽し続け、この世で最も信頼出来る己の武器。だが、握られた拳頭の皮膚が捲れ上がり血が滴っている。鉄塊すら無傷で砕くことが出来るサイラオーグの拳が傷を負っていた。

 動揺は無い──と言えば嘘になる。ただし、一誠が期待以上の相手だったと切り替えれば動揺は即座に高揚へと転じる。

 サイラオーグと同じく拳を打ち付けあった一誠の方は、サイラオーグと比べると深刻な状態である。左手がだらりと垂れ下がり、籠手が肘の辺りまで亀裂が生じている。亀裂の方はオーラを流し込めば修復出来るが、問題は籠手の中身であった。

 

(いってぇぇぇぇぇ!)

 

 今すぐにでも声を大にして叫びたい。誰でもいいからこの痛みについて知ってもらいたい。これまでの人生で経験してきた痛みとは何だったのか、と問い質したくなるような痛みという情報で脳がショートしそうになる。涙は出ない。それよりも全身から冷や汗が噴出しているので目の方に水分が回らない。

 指先から肩に掛けて骨と肉と神経がぐちゃぐちゃに混ぜられたのではないかと錯覚してしまう。肘から下が痺れ過ぎて指を曲げるだけで数千の針が刺されたような痛みが伝わって来る。打ち合いによりある程度威力を相殺してもこれである。『龍剛の戦車』のパワーがなければ拳が潰れて肩辺りまで折り畳まれていたかもしれない。

 

(滅茶苦茶いてぇ! いてぇけど……!)

 

 サイラオーグと拳を打ち付けあって一つ分かったことがある。

 

(拳だけだ! サイラオーグさんの拳だけが特別なんだ……!)

 

 防御の一切を無視して衝撃を通してくる必殺に等しい魔拳。だが、それは拳限定でしか発揮出来ないと一誠は推測する。蹴りなどでは同様の効果が得られないのを身体を張って検証してみせた。もし、蹴りにまで同じ効果を乗せられるのだとしたら、今頃一誠は倒れ伏していた。

 思い返してみればサイラオーグが木場たちと戦っている際、何度か拳の握り具合を確認する動作を行っていた。考えられるのは、サイラオーグはその力に目覚めて日が浅いのかもしれないということ。

 

『奴の力もまだ完全ではないということか……』

 

 ドライグも一誠と同じ考えである。もし、この推測が正しいのではあれば戦い様もあるかもしれない。

 微かな勝機が見えてきたかもしれないと思う、一誠の眼前にサイラオーグが立っていた。思考している間にサイラオーグは容赦無く詰めてくる。

 来る、と思ったときには一誠の手が反射的に伸びていた。サイラオーグの右手首を掴み、動きを止める。一誠の行動に眉根を寄せるサイラオーグ。すると、反対側の腕が動き出したので先程と同じく今度は左手首を掴む。これによりサイラオーグの両手は一誠によって封じられた。

 これで一先ず拳は使えない。そう思った矢先、サイラオーグは両腕を後ろへ引く。両手首を掴んでいた一誠が前のめりになるタイミングに合わせ、サイラオーグは膝を一誠の鳩尾に突き刺した。

 視界が白黒に点滅する。甘い考えであったことを文字通り痛感させられた。サイラオーグの拳は一撃必殺を可能とする拳ではある。だが、それを封じたからとしてもサイラオーグは一つ武器を失うだけ。全身が武器そのもののサイラオーグにとっては些細なことであった。

 一誠の鳩尾にある装甲は円形に凹み、凹みを中心にして亀裂が伸びている。『龍剛の戦車』の防御すらも破壊するサイラオーグの四肢。『赤龍帝の三叉成駒』に目覚めていなかったら一誠は数度死んでいた。そして、今から本当に死ぬかもしれない。

 膝蹴りにより呼吸が出来なくなった一誠。両手首を掴む力が若干緩まる。それを待っていたサイラオーグは、両腕に闘気を一気に流し込んだ。両腕部から噴出した闘気が一誠の指を跳ね除ける。

 万歳でもするかのように両腕を開けて大きな隙を晒してしまう一誠。サイラオーグは流れるような動作で構えていた。

 勝機を掴みに行くつもりが勝機は一誠の手から離れ、逆にサイラオーグが勝機を得る。

 このとき、一誠は時間が引き伸ばされたようにゆっくりと見えた。極限状態に追い込まれたことで脳の枷が無意識に外れ、普段以上の速度で頭が情報を処理している。

走馬燈の一種ではあるが、一誠は過去を思い出すのではなく目の前のことにその集中力を生かす。

 急いでこの場から離れる──ということ出来ない。速くなっているのはあくまで一誠の頭の中だけのことであり、体の方は現実の時間に置き去りにされている。

 

(どうする!? どうする!?)

 

 得られた刹那の猶予の中で何か打開する策を考えるが、頭に力を入れて良いアイディアが浮かんでくる程一誠の頭は上等に出来ていない。限られた時間を消費しながら同じ言葉を繰り返すだけ。このときばかりは自分の頭の出来を恨めしく思ってしまう。

 時間が引き伸ばされていても事は進んで行く。サイラオーグの握られた拳が真っ直ぐと突き出され始めた。亀の歩みのような速度の突きなのに、空間が歪んで見える圧を放つ。

 現実時間にすれば一秒の何百、何千分の一後にそれが一誠の体をぶち抜く。

 折角得られた最後のチャンスをものにすることが出来ず、一誠の頭の中では打開の為の考えではなく、走馬燈らしく過去の思い出が流れ始め出していた。一誠が心の片隅ではあるが敗北を意識してしまった為である。

 思い起こされるのは戦いの記憶。数ヶ月前までは普通の学生だったのに、気付けば悪魔で赤龍帝。堕天使と戦い、不死鳥と戦い、白龍皇のヴァーリと──

 走馬燈が途中で止まる。過去の記憶の中で答えを得た。この状況を打開する方法を。半ば賭けであるが何もしないよりは遥かにましである。

 答えが出ると同時に一誠は前に出る。未だに時間は引き伸ばされている。全身が鎖で巻かれたように重く、鈍い。しかし、それでも前に出る。サイラオーグの拳へ向かうという恐怖を乗り越えて。

 与えられた猶予がいよいよゼロとなる。極限状態を脱すると覚悟したことで外れていた枷が戻ろうとしているのだ。

一誠は次に起ることを覚悟して奥歯を強く噛み締めた。

 世界が元のように動き出したとき、一誠はサイラオーグの拳に自分の方から衝突すると同時にあの能力を発動。

 

『Divide』

 

『白龍皇の籠手』。これこそがこの窮地を切り抜けるたった一つの手段。

 

「むっ!?」

 

 サイラオーグは一誠が何をしたのかすぐに理解した。拳が伸び切る前に自分の方からぶつかることで最大威力を出せないようにする。そして、その状態で『白龍皇の籠手』の能力を使用し、自分の体に入って来る衝撃を半減。二重に威力を削ぐことで辛うじて耐え切れるまで抑える。

 血反吐を吐き出しそうになるのを我慢し、一誠は下から突き上げた拳でサイラオーグの腹部を突く。右拳が入ると同時に撃鉄を打ち込み、サイラオーグの足が地面から離れた。

 

「まだだぁぁぁ!」

 

 間髪入れずに叩き込まれる左拳。殴った瞬間に反動が痛みとして一誠の神経を焼くが、堪えて撃鉄を炸裂させた。

 サイラオーグの体が宙高く打ち上げられる。一誠の捨て身の策が次なる一手へと繋げる。

 

「『龍牙の僧侶』ッ!」

『Change! Fang Blast!』

 

駒を変化させ『僧侶』となることでオーラが増大する。両肩に形成された二つのキャノンの砲口に高まったオーラが充填されていく。

 地上ではサイラオーグの速さの前では充填することが出来なかったが、サイラオーグが空中にいる今、充填するまでの時間が稼げられる。

 サイラオーグも翼を展開して体勢を立て直そうとするが動きがややぎこちない。直前に受けた二連撃のダメージが響いている様子。

 この絶好の機会を逃す訳にはいかない。

 

『ドラゴンブラスタァァァァ!』

 

 ドラゴンショットの強化版であるドラゴンブラスターがキャノンから発射された。飛び出した二つのオーラの砲弾は、一つに合わさって直径十数メートルまで大きくなる。限界まで圧縮されてこの大きさ。込められたオーラの量は尋常ではない。

 

「おおっ!」

 

 それが自らに放たれていると分かっていてもサイラオーグは感嘆の声を上げずにはいられなかった。悪魔としても、神滅具所持者としても日が浅い一誠がここまでの力を得たことに思わず感動してしまう。

 ズルいとは思わない。少なくとも一誠の戦い方からはあまり才能というものは感じられない泥臭いものであり、自分と似たようなものを感じたからだ。恐らくは日頃から鍛錬を重ね、更には一歩間違えていれば死を免れない戦いを経験してきたからこそのもの。

 経験と成長を糧に得た力から逃れるのは失礼。サイラオーグは翼を動かし、射線から逃げるのではなく空中で体勢を安定させる。

 

「はあっ!」

 

 右拳に集中された闘気が放たれる。それは一誠のドラゴンブラスターに匹敵する大きさ。一誠とは違い十分な溜めもない状態からのこの一撃である。

 ドラゴンブラスターと闘気が空中で衝突。前回の戦いを踏まえてより強固にしたバトルフィールドの結界が壊れそうになるぐらい震わせられる。

 二つの力のぶつかり合いはドラゴンブラスターがやや押している。しかし、だからといって一誠が押し勝つことが決まった訳ではない。サイラオーグは押されている状況を理解して奮起。闘気の大元は生命力。追い込まれることで生き抜こうとする意志が強まり、闘気の質が上がる。それにより徐々に押し返し始め、やがて拮抗状態になる。

 だが、この事態は一誠にとって想定外のことではない。サイラオーグならばそれが出来る、と戦いを通じて確信していた。

 だからこそ、この状態を待っていた。一誠は重ね合わせた両手を上へ向ける。

 

「ドラゴンショットォォォォ!」

 

 一誠の両手から魔力の塊が発射される。ドラゴンブラスターではチャージに時間が掛かる。故に威力は低くなるが、すぐに放つことが出来るドラゴンショットを選んだ。

 先に発射されていたドラゴンブラスターにドラゴンショットが追突する。これによって拮抗状態は崩れ、サイラオーグの闘気は押し戻され出した。

 

「ぬぅぅぅ!」

 

 何とか押し返そうとするが、ドラゴンブラスターとドラゴンショットが突き進む方が速い。巨大な力にサイラオーグは呑まれ、空中で赤い光が爆発のように広がった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

『大丈夫……じゃないな。悪いが、今のような無茶はもう出来んぞ』

 

『赤龍帝の三叉成駒』による連続変身。不慣れな『白龍皇の籠手』の使用。そこに加えてドラゴンブラスターとドラゴンショットの連射。最後の戦いということもあってオーラと体力を消耗し過ぎてしまった。

 花火のように輝いた赤い光が消える。やはり、というべきかサイラオーグは健在であった。翼を羽ばたかせ降下してくる。

 地に降り立ったサイラオーグは無傷ではなかった。体の何箇所は表皮が捲れ上がり、流血している。逆に言えばそれだけであった。ドラゴンブラスターとドラゴンショットの重ね撃ちが命中したと考えれば軽傷。恐らくは直前まで放出していた闘気が膜のようになり、サイラオーグの身を守ったと考えられる。

 

「今のは流石にひやりとしたぞ」

 

 そう言うサイラオーグは笑っている。纏っている闘気は未だに翳りも減りも見えず、それどころか輝きが増しているように感じられた。ヴァーリと同様に戦いを愉しんでいる。もしかしたら、相手が一誠だからこそ愉しんでいるのかもしれない。

 

(どう攻めりゃあいいんだか……)

 

 

 

 

 サイラオーグに一誠の攻撃が命中する度にレグルスの体が一瞬硬直する。それに嫌でも気付いてしまうリアスは少し呆れた表情をする。

 

「貴方、無表情の割には分かり易いわね」

「……」

 

 指摘されたレグルスは眉間に皺を寄せ、表情を険しくする。威嚇しているように思われるが、リアスからすると恥ずかしがっているように見えた。

一誠が『赤龍帝の三叉成駒』を使い出したときからレグルスの集中力が欠け出した。踏み止まってはいるものの今すぐにでもサイラオーグの許へ駆け付けたい、というオーラを出しながらも自らの使命を全うしなければ、という使命感で葛藤しているのが伝わって来る。

 

「貴方ね……もう少し集中しなさい」

 

 リアスは思わず苦言を呈してしまった。集中していない方が戦っているリアスからすれば隙が生まれるというものだが、度を過ぎれば舐められているようにも思えてくる。

 

「こんなこと敵の貴方に言うのはおかしいけれど、サイラオーグはそんなに心配するほどやわじゃないわ」

 

 リアスは自分でも何を言っているんだろうか、と思いつつもサイラオーグが苦難の道を歩んできたことを知るリアスからすれば、レグルスは過保護過ぎてサイラオーグを甘く見ているように感じられた。

 すると、レグルスは急に肩を落とした。その姿は落ち込んでいるように見える。

 

「私は……出しゃばり過ぎる……」

 

 演技かと思ったが、レグルスの態度を見ていると到底演技には思えない。本気で落ち込んでいるのが伝わってきてしまう。

 事実、レグルスのモチベーションは最悪に近いものであった。シンを危険視する余り、出しゃばった真似をした挙句に主であるサイラオーグに謝らせるという眷属としてあるまじき失態に落ち込み、その後にレーティングゲーム前日、サイラオーグは誰にも告げずに姿を消し、一段階上になって戻って来た。レグルスはサイラオーグからシンの気配を感じ取り、出しゃばったことで置いて行かれたこと、サイラオーグから成長の機会を奪おうとしていたことでまた落ち込んだ。

 恩人であり、主でもあるサイラオーグに何か一つでも返したいとは思っているが、裏目に出てしまっていることにやや弱気になっている。今もサイラオーグの一対一の戦いを邪魔させない為にリアスたちを足止めしているが、すぐにでもサイラオーグに力を貸したいと思っており、それが出しゃばりなのだと自己嫌悪を繰り返していた。

 

「何で急にそんなことを言うのよ……」

 

 戦いの最中に悩みを言われてリアスも困ってしまう。サイラオーグも真面目だと思っていたが、輪をかけて真面目過ぎる。

 リアスはアーシアの方を見る。アーシアも今のリアスと同じ表情をしていた。

 

「……そんなこと悩んでも仕方ないでしょう。貴方の好きなようにやりなさい」

「しかし、そうなるとサイラオーグ様に──」

「舐めたこと言わないでくれる? サイラオーグがそれを受け止める器が無いとでも? それに私なら全て受け止めてあげるわ。私が選んだ可愛い眷属なんだから」

 

 もし、自分の眷属が同じことで悩んでいたら、リアスは今言ったことを言う。眷属の全てを受け止め、抱き締めてこその主である。

 

「……私は相手を見くびる悪癖があるらしい。リアス・グレモリー、お前の言葉に感謝する」

「どういたしまして」

「流石はサイラオーグ様と同じ血が流れる悪魔だ」

「……その言い方、少し癪に障るわ」

 

 サイラオーグを絶対とするレグルスに呆れつつ、リアスは全身から滅びの魔力を迸らせる。

 

「だが、勝ちは譲らない」

「生憎、最初からそんなことは期待していないわ。それに勝ちは譲られるものではなくて、奪うものじゃなくて?」

「確かに」

 

 無表情であったレグルスは微かに笑った後、徐に『獅子王の戦斧』を持ち上げる。

 来る、とリアスが思うと同時に『獅子王の戦斧』が投擲された。

 

「えぇ!?」

 

 自ら武器を手放す行為。振り翳して迫ってくると思っていたリアスは意表を衝かれた。しかも、『獅子王の戦斧』はその大きさや重量感と裏腹にフリスビーのように軽々と飛んでくる。だが、速くともリアスが見切れない程ではない。加えて直線的な攻撃であり、射線状から離れれば容易く回避出来る。

 リアスは『獅子王の戦斧』の動きをきちんと見てから横に跳んで回避した。飛び道具を無効化させる『獅子王の戦斧』を手放した今こそがチャンスであり、リアスは掌をレグルスの方へ向ける。

 レグルスが見当たらない。

 

「後ろです!」

 

 アーシアの声が聞こえた瞬間、リアスは反射的に前へ飛び込む。背中に何かが掠め、背中に熱が広がっていく。

 リアスは狙いを定めずに背後へ滅びの魔力を撃ち出す。『獅子王の戦斧』を振り抜いたレグルスに命中することなく逸れていってしまった。

 リアスは顔を顰める。熱はいつの間にか痛みに変わっている。浅くではあるが、背中を斬られた。だが、今のリアスは傷よりも優先すべきことがある。

 

「何が起こったの……?」

 

 『獅子王の戦斧』を注視して一瞬だがレグルスへの意識が薄くなっていたとはいえ、魔法などが発動した気配は無い。どうやって投擲した『獅子王の戦斧』に追い付いたというのか。

 そのとき、リアスの体が暖かな光に包まれる。アーシアが遠距離から『聖母の微笑』を発動させてリアスの傷を治癒していた。

 

「──アーシア、貴女には見えていたの?」

 

 通信機に向けて小声で話す。離れた位置に避難をしていたアーシアならば何が起こったのか見えている筈である。

 

『あの、レグルスさんが斧を投げて、リアスお姉様が避けたら、レグルスさんが急に消えて斧の所に現れて……』

 

 アーシアは何が起こったのかを必死に伝える。それだけ知れば十分である。レグルスはもしかしたら、戦斧を目印にして転移出来る能力を持っている可能性がある。

 

「そう。分かったわ。ありがとう」

 

 通信を終え、レグルスをどう攻略しようかと考えたとき──

 

『あ、あの!』

 

 アーシアの方から通信の続きが入る。

 

『私に考えがありますっ!』

 

 アーシアから提案を出され、リアスは目を丸くするも続きを促す。

 

『私が──』

 

 自分の考えをリアスへ手短に伝える。

 

「ダメ。危険よ」

 

 リアスはアーシアの提案を却下しようとした。

 

『私も!』

 

 普段のアーシアとは違う強い声。

 

『私もリアスお姉様の眷属です!』

 

 リアスに守られる存在ではなくリアスを守りたり、勝たせたいという意志がその言葉には込められていた。レグルスの事を笑えないとリアスは自嘲する。自分もまた笑ってしまうぐらいに過保護だ。

 眷属の意思は尊重する。先程言った言葉を嘘には出来ない。

 

「お願い──いえ、違うわね。やりなさい、アーシア」

『はい!』

 

 頼むのではなく命令として下す。主として全ての責を背負う覚悟で。

 レグルスは戦斧を担ぎながらリアスの顔をジッと見ていた。顔付きが変わった。覚悟ある者がする表情。サイラオーグがよくする表情であり、レグルスはその表情が嫌いではない。

 

「お前を見せてみろ、リアス・グレモリー」

 

 レグルスがその場で跳躍。真っ直ぐ高く上がると頂点から戦斧を投げ飛ばす。

 縦回転しながら飛んで来る戦斧を先程と同じく横へ移動して回避するリアス。外れた戦斧は大地を粉砕。巻き上がる土煙。直後に土煙を突き破って現れたレグルスが戦斧を振り上げてリアスとの距離を詰める。リアスの予想通り、戦斧の位置まで転移する能力を有していた。

 リアスは手に滅びの魔力を纏わせているが、放つには相手が近過ぎる。そして、近距離ならばレグルスが戦斧を振る速度の方が速い。

 レグルスの戦斧が振るわれようとしたまさにその瞬間、バチリという音がレグルスの背中から鳴り響く。

 

「な、に?」

 

 ダメージは殆ど無い。それこそ静電気に触れた程度ぐらいのもの。しかし、レグルスは思わず硬直をしてしまう。飛び道具が当たらない筈の自分に攻撃が当たったのだから。

 レグルスはつい後ろを見てしまった。そこには極度の緊張で顔を蒼褪めさせているアーシア。

 レグルスはアーシアのことなど言い方は悪いが眼中になど無かった。『聖母の微笑』は厄介かもしれないが、時間稼ぎを目的としているレグルスにとっては都合が良い。リアスが治癒されればそれだけ長く戦える。

 だからこそ攻撃をしてこないと最初から決めて掛かっていた。事実、アーシアは今までのレーティングゲームで攻撃に参加したことがない。

 そんな彼女が初めて魔力で他者を攻撃した。しかし、良くも悪くもアーシアは優しい。攻撃に殺気も敵意も込められない。本人としては一生懸命攻撃をしたのかもしれないが、『僧侶』という潤沢な魔力を持つ彼女が放てたのは静電気程度の雷。

 しかし、今回は逆にそれが良かった。アーシア自身もこうなるとは思ってもいなかっただろう。彼女がリアスに言ったのは自分が気を惹くということのみ。だが、殺気も敵意も全く無いあまりに弱々し過ぎる魔力をレグルスの持つ『獅子王の戦斧』はそれを飛び道具による攻撃と認識することが出来なかった。

 それが思いもよらない驚きをレグルスへと与える。

 

「はあっ!」

 

 偶然とはいえアーシアが作り出してくれたチャンスをリアスは逃さない。リアスの方からレグルスへと接近する。レグルスがリアスが近付いていると気付いたときには既にリアスの攻撃が実行されていた。

 

「っ!」

 

 滅びの魔力を纏わせた拳がレグルスの胸を貫く。飛び道具が効かないのであれば直接叩き込めばいい。普段は近接戦を行わないリアスであるが、一誠たちと比べれば数段劣りはするものの出来ないという訳ではない。ましてや、ここで動かなければアーシアたちを率いる『王』として相応しくない。

 様々な要素が重なり合い、逆転の一撃を与えたリアス。レグルスが受けた傷は下手をすれば命に係わる致命傷である。

 

「──恐ろしいな」

 

 レグルスは小声を洩らす。その呟きを聞いたリアスの全身は総毛立つ。まだ終わっていない、リアスの直感がそう告げる。

 

「ここまで晒すつもりはなかったが……仕方ない」

 

 レグルスは戦斧を地面に突き立てた。無手となるとレグルスの体が音を立てて膨れ上がる。リアスは急いで突き刺していた腕を抜く。そこで気付いた。胸に開いた穴から血の一滴も流れ出ていないことに。

 リアスが驚いている間にもレグルスの体は作り変えられていく。膨れるのは胴体だけでなく腕や脚も太くなる。肥大化しているのではない。逞しい手足に変わっていく。

 口が裂け、歯が牙となる。全身から金色の体毛が生え、尻尾も生え、首回りには豊かな鬣が出来ている。

 額に宝玉を持つ、リアスの三倍の大きさを持つ獅子へとレグルスは変身していた。

 

「まさか、貴方……!?」

 

 リアスはレグルスの変身を見て自分が思い違いをしていたことを知る。レグルスの正体は──

 

『ネメアの獅子か!?』

 

 解説のアザゼルがレグルスの姿を言い当てた。

 

『『獅子王の戦斧』の所持者がサイラオーグの『兵士』になっていたかと思ったが、どうやら違うみたいだな……。神滅具自体を悪魔に転生させたな!』

 

 アザゼルの目と顔が好奇心で輝く。教え子のリアスたちのピンチだと分かっているが、極めてレアな現象に好奇心の方が勝ってしまっていた。

 

「そういうこと……最初から貴方を攻撃しても無駄だった訳ね……」

 

 本体は戦斧の方であり、レグルス自体は『兵士』の駒が生み出した仮初めの体に過ぎない。戦斧を手足のように使えたのは神滅具自体が振るっていたから。戦斧の場所に転移出来たのは仮初めの体を消して、再召喚していたからである。

 獅子に変化したレグルスの声は子供ではなく大人の低い声で話す。

 

『本来の我が所持者は既に死んでいる』

 

 ある日、『獅子王の戦斧』は怪しげな集団の手により呆気無く命を落とした。本来であればその時点で『獅子王の戦斧』は次なる所持者の許へ移る筈であった。だが、例外が起こる。主の復讐により強い意思を持った『獅子王の戦斧』は、獅子へと姿を変えて襲撃者たちを皆殺しにした。

 その後は消滅を待つ身であったが、偶然サイラオーグと出会い、『兵士』の駒を与えられたことにより悪魔へと転生して眷属となった。

 神器の中には意思を持つ独立具現化型という神器も存在するが、『獅子王の戦斧』は度重なる偶然により後天的にその特性を得た。

 

『サイラオーグ様には感謝してもし尽せない』

 

 レグルスは牙の連なる口を開き、突き立てていた『獅子王の戦斧』の柄を咥えると、戦斧を持ち上げる。

 

『今まで振るわれてきた私が、主を守る為に自らを振るうことが出来るのだからな!』

 

 

 

 

「おーおー。盛り上がってんじゃねぇか」

 

 映像機器によって映し出されたリアスとサイラオーグのレーティングゲームを見ながらマダは愉快そうに笑って酒を呷る。

マダと並んで最前列で見ているのはピクシー、ジャックフロスト、ジャックランタン。少し離れた位置でシン、鳶雄、バラキエル、ケルベロスも映像を見ていた。

標的の『禍の団』を壊滅させ、シャルバも撃退した一行。後は後始末が残っていたが──

 

『俺たちはきちんと仕事をしたんだから、後は下っ端にやらせておけ』

 

 ──とマダが駄々をこね始めたので、バラキエルは仕方なく連絡を取り、堕天使たちに後始末を頼んだ。

 その間にマダはどこからか映像機器を取り出し、リアスとサイラオーグのレーティングゲームを観戦しようと言い出す。

 オンギョウキとセタンタは仕事は終わった、と言ってあっさりと帰ってしまった。ヴァーリが呼んだ三匹のオニもいつの間にか居なくなっている。まるで逃げるように。

 そして、意外なことにヴァーリも観戦を断った。

 ヴァーリ曰く──

 

『見ていたらきっと滾ってしまう。……それとも鎮める為に俺の相手をしてくれるか?』

 

 ──とのこと。シンを見ながら誘うように言ってきたが、シンの方は──

 

『さようなら』

 

 ──相手にもせず、シッシッと手で払うドライな対応。ヴァーリは特に気にすることなく微笑を浮かべ、ジャアクフロストを連れて帰ってしまった。去り際、ジャアクフロストがシンたちの方を見て何か言いたそうに口をもごもごとさせていたが、結局何も言わずに元の居場所へと帰る。

 そう長い付き合いではないが、別れにしては少々あっさりとしたものであった。尤も、ヴァーリの傍に居る限りそう遠くない内に会える気がするが。

 

「なあ、お前ら」

 

 マダは映像を見ながらシンたちに話し掛ける。

 

「どっちが勝つか賭けねぇか?」

 

 マダの好きな賭博の誘い。

 

「──賭けが成立するんですか?」

 

 シンが問うとマダはゲラゲラと愉快そうに笑い声を上げた。

 


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