ハイスクールD³   作:K/K

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裁定、黒蠅

 その時はやって来た。案内役の悪魔に先導され、待機していたホテルからドーム会場まで移動する。そして、入場ゲートまで案内されると先導していた悪魔は一礼して離れていった。

 間も無くレーティングゲームが始まる。入場ゲートからは会場内の様子は確認出来ないが、観客の声と熱気が伝わってくる。それだけでどれほどの数の悪魔がこのゲームを楽しみにして集まったのかが分かった。

 これから大勢の悪魔たちの前に姿を晒すと思うと、一誠は服装が乱れていないか確認してしまう。普段はしない行為だというのに。

 因みにだが、一誠たちは駒王学園の制服を着用している。見た目は変わらないが、ゲームの為に用意した特別仕様であり、耐熱、耐寒は勿論のこと防弾、魔力防御などあらゆる防御面を高めている。尤もそれにも限度があり、普通よりは遥かにマシ程度である。ゼノヴィアは教会の戦闘服、ロスヴァイセは鎧、アーシアはシスター服と最も気持ちが昂る服装にしている。当然ながら制服と同じ仕様にしてある。

 やがて、アナウンスの声が聞こえる。

 

『東口ゲートからサイラオーグ・バアルチームの入場ですっ!』

 

 会場の声と熱気が一段階上がったのが分かった。歓声だけでビリビリとドームが揺れる。

 

「き、緊張しますぅぅぅぅ!」

「……大丈夫。ギャー君は成長してるし、やるときはやる子だから」

 

 緊張して縦揺れを起こしているギャスパーを小猫が落ち着かせようとしている。段ボール箱に逃げない辺り小猫の言う通り成長しているのかもしれない。

 

「やっぱり緊張しますね、ゼノヴィアさん」

「ああ。これほどの大舞台となると流石に体が無意識に強張ってしまうな。だが。応援してくれるイリナの手前、無様を晒す訳にはいかない」

「イリナさんはグレモリー側の応援団長をやってくれているという話でしたね」

「ああ。それとおっぱいドラゴンのファンの子供たちと一緒に応援をするお姉さんをするとも言っていたな」

 

 普段通りの会話をすることでアーシアとゼノヴィアは緊張を解していく。

 

「失敗しませんように失敗しませんように失敗しませんように失敗しませんように」

 

 念仏のように同じ言葉を繰り返し言い続けているのはロスヴァイセ。彼女にとってこれがレーティングゲーム初戦である。初戦が大舞台、これにプレッシャーを感じない訳が無い。加えてリアスの眷属の中で最年長でもある。色々と責任感を覚えている様子でもあった。

 

「そう硬くならないで下さい」

「ひゃっ!」

 

 朱乃が指で背中を突いたせいでロスヴァイセが可愛らしい声を上げた。

 

「あ、朱乃さん!」

「私たちはチームで戦うんですよ? そんなに自分の世界に閉じ込もらないで下さい」

 

 緊張状態で視野が狭くなっていることをやんわりとした笑顔で言われ、ロスヴァイセはハッとした表情の後に申し訳なさそうにする。

 

「すみません……年長者なのにみっともない姿を見せて」

「いえいえ。こんなことを言っている私も凄く緊張していますわ。ほら」

 

 朱乃がロスヴァイセの手を握る。朱乃の手はひんやりとしていた。

 

「……ちょっとだけ手を握っていてくれませんか?」

「はい……私もお願いします」

 

 ゲーム前に気持ちを通わせる朱乃とロスヴァイセ。

 

「にしても薄情だよな。わざわざ危ない所なんか行かずに俺たちの応援をしてくれればいいのに」

「まあ、それが間薙君らしいというか……時々つれないところがあるからね、彼」

 

 応援に顔を出さず『禍の団』討伐の方へ参加したシンに対し、愚痴る一誠と苦笑しながらも同意を示す木場。それは緊張感から来る不安の表れであり、何だかんだ言っているが頼りになる存在なので後ろにいるだけで心強いからであった。

 

「観戦しなかったことを後悔させてやるぐらいのゲームを見せてやろうぜ、木場」

「だね。頑張ろう、イッセー君」

 

 シンの話題から互いに士気を上げる一誠と木場。

 

「これから始まるのは実戦ではないわ。レーティングゲームよ。でも、実戦とは違う重い空気が場に満ちている。数多の目が見ている中で私たちは戦うけど臆さないで。どんな勝負も退いたら負けよ」

 

 リアスが皆に気持ちで負けないように言う。

 

『そしていよいよ! 西口ゲートからリアス・グレモリーチームの入場ですっ!』

 

 ついにリアスたちを呼ぶアナウンスが流れる。

 

「大丈夫。ここまでこれたのは紛れもなく貴方たちの実力よ。私についてきてくれてありがとう。そして、これからも一緒にいきましょう。私の眷属たち」

 

 慈しむようにリアスは自分の眷属たちを見渡した後、表情を引き締める。

 

「勝ちましょう!」

『はいっ!』

 

 全員の気持ちが一つとなり、入場ゲートを潜り抜ける。

 リアスたちの登場で対戦者たちが揃い、会場の熱気は最高潮に達した。

 

 

 ◇

 

 

 シンの下から突き上げる拳がアンチモンスターの腹部にめり込む。痛覚の無いアンチモンスターだが、シンの拳から伝わる衝撃は剛柔兼ね合わせたアンチモンスターの体を貫き、体全体を駆け巡ることでその動きを一時的に止めてしまう。

 シンは突き入れた拳を開き、広げた指先をアンチモンスターに引っ掛ける。腕を振り上げると指先に集中していた力が放たれ、アンチモンスターの上半身は縦に三分割される。

 許容範囲以上のダメージを受けたアンチモンスターはそのまま消滅し、シンは次なるターゲットを探すが殆ど残ってはいない。

 

「刃。斬れ(スラッシュ)

 

 鳶雄が刃へ合図を送るとアンチモンスターの足元の影から刃が伸び、アンチモンスターを貫いたかと思えば刺さった影の刃が動いてアンチモンスターを微塵切りにする。

 影があるなら自分、相手問わずに刃を生やせることが出来るという中々に反則的な能力。それに加えて刃と鳶雄自身の動きも速く、影の刃が一体倒している間にそれぞれ三対ずつアンチモンスターを倒している。

 能力だけでなく本体も強いとなると最早為す術も無い。

 本体から独立して動く神器を見るのはシンにとって初めてだが中々に強い。神器である刃だけでなく本体の鳶雄の動きも良いので本体が弱点ということも無い。鳶雄と刃はまだ余力を残している状態であり、奥の手の禁手も発動出来ると思われる。

 

「凄い! 凄ーい!」

「ヒーホー! どんどん行くホー!」

「ヒ~ホ~爽快だね~」

 

 そんな刃へ跨って電撃や凍気、炎を飛ばすピクシーとジャックフロスト、ジャックランタン。総合的な戦闘力を見れば集められたメンバーの中で最弱な為、護衛としてケルベロスだけでなく刃も付けられていた。最初はケルベロスに乗せておく予定であったが、ピクシーたちが駄々をこねて刃へ乗りたいと騒ぎ出した。

 仕方なく鳶雄に頼んでみると快く受け入れてくれ、今の形となった。

 ケルベロスは刃の傍で三人を守りながら刃の動きも気にしている。同じ犬同士、その強さを意識している様子であった。

 シンは足に力を溜め、後ろ回し蹴りの勢いに乗せて放つ。放たれた力は無数の魔槍と化し、シンの正面に並んでいたアンチモンスターたちを次々と突き刺さっていく。

 その間にも鳶雄は影の大鎌でシンの背後にいたアンチモンスターを斬り裂いて消滅させていた。

 シンと鳶雄たちは苦も無くアンチモンスターらを撃破していく様子に魔術師たちは既に逃げ腰になっており、アンチモンスターを呼べるだけ呼んだ後に後方へと下がってしまう。

 アンチモンスターを倒しながらシンは鳶雄の動きが気になっていた。皆がバラバラになって行動する中で鳶雄は最初からシンについて来ている。更にはシンが戦っている最中でもシンの背後や死角などにいる敵を倒していてくれた。こうなってくると意図的に動いているのが察せられる。

 シンが目の前のアンチモンスターの顔面を拳で撃ち抜き、機能停止にさせると鳶雄へ声を掛けた。

 

「もしかして──俺のことを守ってくれているんですか?」

「あー……やっぱり気付いちゃうか……」

 

 鳶雄は苦笑しながらアンチモンスターを斬り伏せた。

 なるべく悟られないように自然に守るつもりであったが、シンの目を誤魔化すことは出来ないと思い、認める。

 それなりの年齢に達しているシンに対し、守るという行為自体プライドを傷付けるのではないかと考慮して問われるまで言わなかったが、誤解を招いたり不審に思われる前に話すことに決めた。

 

「アザゼル先生から頼まれましたか?」

「話が早いね」

 

 初対面の鳶雄がこのような行いをするとなると誰かに頼まれたと想像が付く。そうなると共通した人物はアザゼルしか思い浮かばない。

 シンの両腕に炎が灯ると二つの炎が重ね合わさり熱線となってアンチモンスターの腹部に命中する。膨大な熱が一点に集中したことで紙のように突き破られ、その後方に立っていたアンチモンスターも貫通した。

 アンチモンスターの腹の周辺は焼け焦げていたが、そこから延焼を起こしアンチモンスターを火達磨にする。

 人型の炎が灯りのように周囲を照らす。その光によって影が伸びる。

 

「刃。斬れ(スラッシュ)

 

 鳶雄が命令を下すと伸びた影から複数の刀が飛び出し、アンチモンスターを刺して針鼠のような姿へ返る。

 

「いい加減なようで過保護なところがありますから、アザゼル先生は」

「同意するよ」

 

 シンと考えが同じであることに鳶雄は微笑を見せる。戦いの中で会話を交えながらも一切集中力を途切れさせることはなく、アンチモンスターを会話のついでに撃破していく。

 

「アザゼルさんも心配しているんだよ」

「心配するぐらいなら、この件を持ち掛けなければ良かったのでは?」

「それはそうなんだけどね……君があっさり了承したから引けなくなったみたいなんだよね」

 

 アザゼルからすれば多少の期待はあってもリアスたちの応援の方を選ぶと思っていた。しかし、シンは『禍の団』討伐の方を選んでしまう。そっちの方を選んだシンにアザゼルは内心唖然としたが、選んだ以上シンにも考えがあると思ったらしく意思を尊重することにした。

 とはいえ送り出した側として責任を感じているらしく万が一の場合に備えて信頼出来る護衛と実力のある護衛をシンに付けることにした。

 その信頼出来る護衛が鳶雄である。鳶雄とアザゼルの付き合いはそこまで長くないが、鳶雄の人格についてはアザゼルも信頼している。その上で優秀な神滅具所持者なのでこれ以上の適役はいない。

 因みに実力のある護衛はマダのことであるが、早々にシンから離れて単独行動をしており護衛の役目を完全に放棄している。

 

「まあ、ちょっとだけ予想外のことが起こったけどね」

 

 鳶雄はチラリと刃を見た。刃が牙を剝いて威嚇している。それはアンチモンスターではなく鳶雄の傍にいるシンに向けてのものであった。初対面で護衛対象を傷付けようとしたときには、鳶雄も肝が冷えた。鳶雄に叱られたので威嚇以上のことはしなくはなったが。

 独立具現型神器である刃には個別の自我が宿っている。刃の意志でシンを危険と判断して襲ったということ。シンには刃を強く警戒させる何かを発していた。恐らくはそれが魔人特有の気配と思われる。

 鳶雄も薄々それを感じ取ってはいるが、アザゼルから頼まれた以上護衛の務めを果たす。

 

「それよりも、聞いた話じゃ仲間のレーティングゲームよりも優先したとか……?」

 

 若干咎めるように聞こえたのはシンの心の裡にある一握りの後ろめたさのせいか。前日の戦いでシンはサイラオーグと戦い、本来ならば目覚めることのない可能性を開花させた。偶然、事故のようなものだがシンが原因なのは間違いない。その力がリアスや一誠たちに振るわれるのを見る気がしなかったのだ。

 

「まあ……色々と」

 

 理由は誤魔化す。鳶雄はシンの内心を探るように見つめてきたが、鉄仮面の如き無表情からは流石に読み取れなかった。

 

「きっと君なりの理由があるんだろうね」

 

 鳶雄はそれだけ言い、これ以上の詮索は止める。

 傍から見れば年上と年下の仲を深める為のぎこちない交流。その間にもシンと鳶雄たちは意識を逸らすことなくアンチモンスターらを片付けていた。

 既にアンチモンスターの数は三分の一を下回っており、数え切れる程にまで減少している。

 シン、鳶雄、刃の圧倒的な動きに恐れをなした魔術師たちは、残ったアンチモンスターたちを壁のように横一列に並べ、少しでも自分たちが逃げる為の時間を稼ぐ。

 壁のように立ち塞がるアンチモンスターたち。だが、その並びはシンにとって返って都合が良かった。

 シンは抜刀のような構えをとる。鳶雄はシンがこの戦いで初めて構えらしい構えをしたので注目する。

 左手に集められた力が手の中で一本の剣を形成する。剣といってもまるで噴き出した炎のように形が安定しない。それの剣身に当たる部分を右手で覆うことにより急速に安定していき、不安定だった炎は誰が見ても剣と呼べる形に定まる。

 充填された力が解放されたとき、シンは魔剣を振り抜いていた。いつの間にかシンの左手に握られていた剣が消えている。一連の動きは鳶雄でも目で追うことが出来ず抜いたかと思ったときには既に終わっていた。

 そして、振り抜いた時点で攻撃も終わっている。

 横並びになっているアンチモンスターの背後の地面にいつの間にか横一文字の亀裂が生じていた。その亀裂と重なるようにアンチモンスターの体に線が走る。

 アンチモンスターたちの体が傾いた瞬間、先に刻まれていた地面の亀裂から膨大な力が噴き出し、アンチモンスターたちを消し飛ばしてしまう。

 これがシンの熱波剣の新たな形。レーザーの如く集束された魔力を飛ばし、相手を切断するだけでなく攻撃後の魔力を爆ぜさせることで相手を吹き飛ばす二段攻撃。

 実戦で使用したのはこれで二度目であるが成功したという手応えはあまり感じられない。思っていたよりもアンチモンスターたちが柔かったのが原因であると思われる。闘気を全開にしたサイラオーグの硬さと比べたら、アンチモンスターたちなど豆腐に等しい。

 

「凄いね! こんな技も持っているなんて!」

 

 アンチモンスターたちを纏めて屠ったシンの技を鳶雄は素直に称賛する。

 

「どうも」

 

 相変わらず大して感情を感じさせない態度でそれを受け取るシン。

 今ので呼び出されたアンチモンスターは全滅した。残るは逃げ始めている魔術師たちのみである。逃走をしようとしているが無駄である。周囲はバラキエルが張った結界によって囲われている。ここで逃げ出すような魔術師程度なら結界を破ることは出来ず、転送魔法陣で結界外に逃げようとしても結界自体が転送を阻害する力を働かせているので無意味。

 魔術師たちは既に詰まれた状態にあった。

 シンは下手な足掻きをされる前にさっさと倒してしまおうと思ったが、魔術師たちの方へ向かおうとした瞬間、その足が止まった。

 鳶雄もまたシンと同じように硬直しており、刃と共に周囲を探っている。

 見られている。しかし、何処にいるのか分からない。気配すら感じない。シンと鳶雄たちに位置を悟らせない時点で実力者なのは間違いない。

 

「……間薙君」

「──はい。見られていますね……場所は分かりませんが」

「ああ、こっちもだよ」

 

 直感で不穏なものを感じ取りながら周りを警戒するシンたち。そのとき、こちらへ向かって来る足音が聞こえた。

 すぐさま足音の方を見る二人。足音を出していたのは逃げた筈の魔術師の一人である。

 魔術師は目や口を限界まで開いた状態でこちらを見ていたが、やがて糸が切れたように倒れる。

 何か攻撃を受けた様子ではあるが、自分たちではなく魔術師が襲われたことを不審に思いつつ、倒れている魔術師へと近付く。

 

「刃。周りを見ていてくれ」

 

 刃に周囲を警戒させながらシンと鳶雄は倒れている魔術師の状態を確認する。

 息は既にしていない。目立った外傷は無く、だが何かしらの力によって死に至らしめられた様子。でなければ、これほどまでに苦悶に満ちた表情はしないだろう。

 

「何か分かりますか?」

「ごめん……魔術とかの知識はあるけど専門じゃないんだ……」

 

 申し訳なさそうな表情をした後「ラヴィニアがいたらな……」と小声で呟く。

 シンは魔術師の死体を注視する。何故なのか背筋が寒気立つ感覚がした。シンはそれと似たような感覚を知っている。

 魔人が現れるときの恐ろしい気配に近い。

 

「このことをバラキエル先生たちにも報せた方がいい」

「そうですね」

 

 不審に思ったことがあればすぐに情報を共有する。仮に杞憂で終わったとしても、それはそれで構わない。

 バラキエルへ報告をしようとしたとき、バラキエルの声が思念となって飛ばされてきた。

 

『気を付けろ! いつの間にか結界が破られていた! 何者かが侵入してきているぞ!』

 

 緊迫したバラキエルの声が頭の中で響く。内部からではなく外部から破られた結界。しかも、バラキエルに発見を遅らせる程静かに。その情報だけで実力者が侵入してきたのが分かる。バラキエルもそれを理解しているので緊迫しているのであろう。

 

「バラキエル先生、実は俺たちも不自然な死体を──」

 

 シンと鳶雄はバラキエルへの報告に意識を向けていたので気付くことが出来なかった。

 死んだ魔術師の口から一匹の蠅が這い出てきた光景に。

 蠅が首を動かし、複眼で周囲を見回す。そして、シンと鳶雄を捉えた。黒い蠅の赤い複眼には昆虫にあるまじき確かな悪意が宿っていた。

 

 

 ◇

 

 

 リアスとサイラオーグの両チームが入場したことで今回のレーティングゲームの特殊ルールが説明される。

 今回のレーティングゲームは用意されたフィールドで両チームが駆け巡るような方式ではなく試合形式。そして、参加する選手は二つのダイスによって決定される。

 一から六までの目が振られた普通のダイスを両陣営の代表が一つずつ振り、その出た合計値によって出す選手を決めるのだ。

 悪魔の駒には価値基準が備わっており、『兵士』は1、『騎士』と『僧侶』は3、『戦車』は5、『女王』は9となっている。

 例えばダイスが出した目の合計が8ならば駒価値の合計が8になるように選手を出せる。『兵士』を八人出したり、『騎士』と『戦車』の二人を出したりなど。因みに駒を複数消費している場合はその消費分が駒価値になる一誠の場合8が出なければ試合に出られない。

 ライザーが事前に説明していたように今までのレーティングゲームとは違ってゲーム性に傾いた試合形式となっていた。

 上手く行けばチームワークで戦えるが、逆に複数人相手に一人で戦わなければならない可能性もある。

 そして、今までのレーティングゲームと同じく『王』が取られた時点でそのチームは敗北となる。戦いが進めば『王』が出ざるを得ない状況もやって来る。そして、その場合は必ずしも有利な条件で戦える訳では無い。

 実況の悪魔が一通り説明し終えると、巨大なモニターにリアスとサイラオーグの顔が映し出され、その下に数字が表示される。リアスが8でサイラオーグは12。これは事前にゲームの審査委員会が過去のゲーム内容などを参考にして算出した『王』の駒価値の評価である。やはりと言うべきかサイラオーグの評価はリアスよりも上であった。

 ゲームとして考えればリアスの方が有利である。サイラオーグは6のゾロ目を出さない限り試合には出られない。サイラオーグより下に見られているということへの悔しいという気持ちは少なからずある。だが、同時にサイラオーグの数値が最大であることに安堵している自分もいた。

 

(サイラオーグ……ここ数日の間に貴方に何が起こったというの?)

 

 サイラオーグの雰囲気は前の記者会見のときと比べると落ち着いている。肌で感じるような威圧感が感じられない。しかし、サイラオーグを間近で見てあることに気付く。

 本当にサイラオーグからは何も感じられないのだ。威圧感や覇気、闘志というものが一切無い。

 これからレーティングゲームを行う者とは思えないぐらいに何も発していない。戦いを前にすれば滲み出てもおかしくない筈なのにサイラオーグにはそれが無い。

 戦いを既に放棄していると感じさせるぐらいの無。だが、リアスは本能的に察してしまう。今のサイラオーグはそういった類を完全に制御していることに。サイラオーグという器に完全に封をされた全ての気。その内に何が宿っているのか把握出来ないという恐ろしさ。サイラオーグを見ているだけで無意識に汗が噴き出してくる。

 ライザーが忠告してくれたことをリアスは心から感謝する。サイラオーグが一段階成長したということを知っていなければもっと動揺していた。

 短期間の内に何があったのか本当に知りたくなる。

 リアスがサイラオーグに気を取られている間にもルールは説明されていく。

 同じ選手は連続しては出せない。後半になるにつれて出せる数値も変化していくので数値の条件を満たす選手がいなければ振り直しが行われる等々。

 レーティングゲームの参加者と観客たちに混乱が起きないように丁寧に説明をする。

 そして、両チームには各チームには一つずつフェニックスの涙が配られる。いざというときの切り札になるが、使うタイミングは良く考えなければならない。

 最強の戦力に使うのか、『王』が倒されそうになったときに使うのか。サイラオーグのチームの場合は彼自身が最大戦力の為、サイラオーグが使用することはまず間違いないと思われる。そうなるとサイラオーグを二度倒すという高い壁を超えなければならない。

 

『さあ、そろそろ運命のゲームがスタートとなります! 両陣営、準備はよろしいでしょうか?』

 

 特殊ルールの説明も一通り終わり、今までルール説明をしていた実況者の声により熱が入る。

 

「それでは両『王』の選手、前へ」

 

 審判に促されてリアスとサイラオーグは前に出る。そして、ダイスの置かれた台の前に立つ。

 審判の掛け声の後、二人はダイスを振る。これにより第一試合の選手が決定される。

 

『一回戦目を決める運命の目は何だぁ!?』

 

 実況の煽る中で二つのダイスは止まる。リアスは2、サイラオーグは1。合計値が3なのでそれに合わせた選手を出さなければならないが、二チームとも『兵士』が複数の駒を消費しているので必然的に出せるのは『騎士』と『僧侶』のどちらかである。

 

「作戦タイムは五分。その間に出場選手を選出して下さい」

 

 審判が説明すると両陣営が結界に覆われる。

 

『この結界は完全防音となっております! そして、モニターの方にも注目!』

 

 実況が巨大モニターを指す。巨大モニターには両陣営が映っていたが、顔の辺りが加工されて特殊なマークが浮かんでいた。

 

『このように読唇術による情報の洩れも防いでいます! 両チームもそうですが、我々もどのような対戦カードになるか心待ちにしましょう!』

 

 特殊ルール説明から今に至るまで殆ど声を途切れさせない実況者。目を惹く派手な恰好をしたこの男性悪魔は、元七十二柱のガミジン家のナウド・ガミジン。プロ仕様のゲームらしく実力のある実況者が付けられている。

 そして、審判を務めているのは長い銀髪の美男子。名はリュディガー・ローゼンクロイツ。元人間の転生悪魔であり最上級悪魔にしてレーティングゲームの現役プロでありランキング七位のトップランカー。こちらも豪華な人材が使われている。

 

『やはり初戦は両チームともに落としたくはない大事な一戦です。ここは限られた値の中でも実力の高い選手が選別されそうですね!』

 

 ナウドは隣に座っている人物に話し掛ける。

 

『グレモリーチームのアドバイザーとしてはどうお考えでしょうか? アザゼル総督?』

 

 実況席に座っているのはアザゼルであった。彼を知る者ならばすぐに営業スマイルと分かる程わざとらしいぐらい爽やかな笑みを見せながら解説を行う。

 

『そうですね。私としても同じ考えです。そうなると選ばれる可能性が高いのは『騎士』でしょうね。サイラオーグチームもこれは予想出来ている筈です。ただ安易に選択をすると痛い目を見るのはサイラオーグチームかもしれませんね』

 

 口調、声、表情ともに隙が無い。完璧過ぎる外面でアザゼルは解説をしている。

 

『ほうほう? 選択次第ではサイラオーグチームがピンチになると? これはどういった意味でしょうか──』

 

 ナウドの視線がアザゼルの隣に座る人物へ向けられた。

 

『王者ベリアル?』

 

 レーティングゲームランキング第1位であり、皇帝の異名を持つ悪魔ディハウザー・ベリアル。今日はサイラオーグのアドバイザーという立場から解説に来ていた。

 

『そうですね。資料や今までのレーティングゲームの映像からグレモリーチームの『騎士』はタイプが異なっています。木場祐斗選出は『騎士』らしくスピードとテクニックで翻弄する選手です。しかも、『魔剣創造』により多彩な攻撃手段を持っています。一方でゼノヴィア選手はパワータイプであり、『騎士』ではあまり見ない一撃で相手を倒す手段を持っています。そして、彼女を語る上で外せないのが『聖剣』です。悪魔にとってかなりプレッシャーになりますね』

 

 ディハウザーは淀みなく解説する。ディハウザーの解説は的確らしく隣で聞いているアザゼルも時折同意して頷いていた。

 ゲーム開始までの五分間。実況と解説が間を埋めることで観客の熱気を冷めさせないようにしている。

 

『──ではお二人に最後の質問をさせていただきます! ズバリ! このゲームで最も注目している選手は誰でしょうか!?』

『サイラオーグだ』

『サイラオーグ選手ですね』

 

 質問に対し二人は一切の迷いなく即答した。

 

『おおっと! まさかここで答えが一致するとは! 確かにサイラオーグ選手は若手悪魔では最強と謳われています! ある意味で納得のいく答えですが……理由を訊いてもよろしいでしょうか!?』

 

 ナウドはまずアザゼルに理由を問う。

 

『私としてはグレモリーチームの専属コーチという立場としてグレモリー眷属の誰かを挙げるつもりでした……今のサイラオーグ選手を見るまでは。正直、驚いています。模擬戦を見たときとは明らかに纏っている空気が違う。短い期間の中で彼に何が起こったのか強い興味を持っています』

『私もアザゼル総督と同意見ですね』

 

 アザゼルの言葉を次いでディハウザーもサイラオーグの名を挙げた理由を話し始めた。

 

『サイラオーグ選手は『王』としても優秀だと思いますが、それ以上に選手としてチーム最強を誇っていました。故に今の段階でサイラオーグ選手の強さはほぼ完成したと思っていました。後は年月による経験により強さを伸ばしていくものだと考えていましたが、どうやら私は思い違いをしていました。サイラオーグ選手の強さは、未だに完成に至っていません。既に一つ殻を破り、新たな段階に来ています。アドバイザーとして嬉しく思う反面、そこに導けなかった己の未熟さを恥じる限りです』

 

 口調は穏やかだが、その瞳には覇気が宿っている。未来の好敵手が誕生したことに王者としての喜びと、対等に見ているからこその対抗心が合わさって生じた昂ぶりであった。

 

『おおっ! 確かに私としてもサイラオーグ選手からは目が離せません! 彼の身に一体何が起こったというのか!? アドバイザーである王者ディハウザーはご存知でしょうか!?』

 

 ナウドの質問にディハウザーは一度口を開きかけ、閉じ。少し間を置いた後にもう一度口を開く。

 

『──申し訳ないですが、私も心当たりが無くて……若い悪魔の成長は時として我々の予想を遥かに上回るのかもしれませんね』

 

 アザゼルはディハウザーが言葉を選んでいたことに気付いた。それは僅かな間であったが、アザゼルは見逃さない。ディハウザーには、サイラオーグが強くなったことに何かしらの心当たりがあるのだ。

 

『そろそろ制限時間の五分になろうとしています。試合に出場する選手は魔法陣の方へ』

 

 聞きたいのはやまやまだが、レーティングゲームの一試合目が始まろうとしていたので後回しにすることにした。解説の仕事を受けた手前、それを疎かにすることは出来ない。

 それぞれ選んだ選手が魔法陣へ移動する。この時点では誰が選ばれたのかは分からない。判明するのは別空間に用意されたバトルフィールドに転送されたときである。

 選手が転送されるとモニターにバトルフィールドの様子が映し出される。

 遮蔽物の無い見渡す限り青々とした草原。それが初戦のバトルフィールド。

 バトルフィールドに転送されたのはリアスチームからは木場。そして、サイラオーグチームからは青白い炎を纏う馬に跨った甲冑騎士──見た目通りバアルの『騎士』であるベルーガ・フールカス。

 初戦は『騎士』対『騎士』の対決となる。

 

 

 ◇

 

 

『禍の団』の魔術師にとってそれは具現化した悪夢であった。彼女はそれが恐ろしく、岩陰に隠れ、体を限界まで丸めて縮こまっていることしか出来ない。

 

「やめてくれ! やめて──」

 

 同胞の絶叫が途切れる。あの怪物にやられてしまった。目を閉じて現実から目を背けても耳は閉ざすことは出来ず、鼓膜が同胞の悲鳴によって震わされ、その震えは彼女の震えとなる。

 

「ひーひっひっひっ!」

 

 心底楽しそうな声が仲間たちの絶叫を掻き消す。どうしてそこまで楽しく笑えるのか、逆に悍ましさを感じさせるぐらいに腹の底から愉快に笑う。

 仲間の悲鳴が上がる度にその笑い声によって消される。声だけでなく存在ごと。

 炎上するアンチモンスターたちが灯篭に役割を果たし、地面に影が映される。

 異形の四本の腕がそれぞれ一人ずつ魔術師を掴んでいる。逃れようと足をジタバタ動かしているが、その程度で抜け出せる筈も無い。

 魔術師の影が異形の影へと重ねられていく。影が影を呑み込み、最終的には一つなって魔術師の影は消えてしまった。岩に隠れている魔術師はそれを影越しに見ているしかない。

 四本腕の異形──マダは軽食でも済ますかのようにどんどん魔術師たちを己の中へ放り込んでいく。放り込まれた先に何があるのか、それはマダの口を潜っていった者しか分からない。

 そうやってマダはあっという間にアンチモンスターたちを含む魔術師らを喰らい尽くした──隠れている魔術師を除いて。

 

「足りねぇなぁ」

 

 それは戦い足りないのか、食べたりないのか、それとも両方なのか。呟いたマダにしか分からないが、声には退屈さが混じっていた。

 ここでの戦いが終わったと思ったのか、マダの足音が離れて行く。魔術師は足音が聞こえなくなるまで息を殺し続けていた。

 どれだけの時間が過ぎただろうか。魔術師は深く、だが、なるべく音を出さないように息を吐く。

 強い志を持って『禍の団』へ入ったが、今のこの瞬間に彼女の心は完全にへし折れてしまった。もう二度と戦うことは出来ない。今までの自分も魔術も捨て、新たな場所で新たな人生を始めようと決心する。

 そんなことを考えていると自然と涙が零れてしまう。そんな彼女を慰めるように頭にそっと手が置かれる。

 

「……え?」

 

 この手は誰の手? 何の手? いつの間に置かれた手? 

 気付いてしまった瞬間、全身の血が凍り付くような気分であった。恐怖で全身が震える。

 

「よお」

 

 陽気な声。しかし、その陽気さは凍り付く恐怖を溶かす暖かさは無い。寧ろ、彼女の中の恐怖を煽る。別人かもしれないという万が一の可能性がこの瞬間に断たれた。

 

「こんなところで隠れて何をしてんだぁ?」

 

 笑いを含んだ声。マダは最初から知っていた。一人隠れていることを。知っていてわざと気付いていないフリをしていた。

 悪趣味としか言いようがない所業。だが、これがマダの性なのだ。殺生或いは狩猟という悪徳はマダにとって己の身そのもの。無論、それが褒められたものではないことは自覚しているが、否定することも切り捨てることも出来ない。ただ、己に従った結果なのだ。

 魔術師は諦めてしまった。最早、為す術は無いのだ。他の同胞と同じようにこの怪物に食われて終わる。

 

「──何だ?」

 

 今まで笑っていた筈のマダの声が急に真剣なものへと変わる。

 

「この感じ……魔王級かぁ? いつの間に現れやがった……?」

 

 何かを感じ取り、ブツブツと呟くマダ。既に魔術師のことなど眼中に無い。

 

「匂うなぁ……腐ったニオイだ……いや、こりゃあ……死臭か?」

 

 バッと首を動かし、何故かマダは魔術師を凝視する。その行動の意味を理解出来ないまま、魔術師はマダによって空高く放り投げられた。

 

「──ぁ」

 

 魔術師の体が突如として膨張したかと思えば、内側を突き破り大量の蠅が群れとなって飛び出す。魔術師は既に死んでいた。本人の自覚の無いままに。そして、蠅を隠す為の隠れ蓑にされていた。

 悍ましい数の蠅が騒音に等しい羽音を鳴らし、一つの塊となって空中を旋回する。群全体が一つの意志で統一されているかのような動きをしている。

 

「はっ」

 

 マダは笑い、瓢箪の酒を呷る。

 

「楽な仕事が楽しい仕事になってきたじゃねぇか……!」

 

 

 ◇

 

 

 彼には全てが見えていた。彼が放った己の分身たちの目は彼の目でもあり、この戦場に居る者たちを映す。

 

「白龍皇……バラキエル……神滅具所持者……魔人か……」

 

 錚々たる面々。生まれ変わった自分の力を試すには申し分無い。

 その男は嘗て血統に優れた悪魔であった。しかし、時の流れにより王の座を追われ、代わりに名前だけ受け継いだ偽りの王たちがその座に就いた。正統たる後継者がいるにも関わらず。

 だが、今は寧ろそのことを感謝すらしている。そんな寛容さすらあった。奪われたことで本当の力と大いなる御方と出会うことが出来たからだ。

 無間の地獄の中で髪は色を失い、白髪となった。死と再生を数え切れない程繰り返した結果、片眼は変異を起こし虫と同じ複眼となり今も赤く輝いている。

 悪魔としての誇りである両翼は地獄の苦痛の中で腐り落ちた。だが、それを惜しくは思わない。今はそれにも勝る片翅を手に入れたからだ。

 半透明の昆虫の翅。そこに描かれる黒い髑髏。彼は失ったことで、真の力を得てベルゼブブの名に相応しき存在へと昇華された。

 

「まずは貴公らに絶望を送ろう」

 

 シャルバ・ベルゼブブは顔を歪め、嗤った。

 




一誠側はルール説明で終わりましたが、次からは試合をやっていきます。
人修羅側は退場していた旧魔王派の復活となります。

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