『禍の団』討伐に集えられた者たち。錚々たる面子と言っても過言ではない。
グリゴリの副総督にして『神の雷』と称されるバラキエルを筆頭に、グリゴリの所属の神滅具所持者であり裏方の特殊部隊に属する『刃狗』の幾瀬鳶雄。グレモリー家の番犬であり魔王サーゼクスの護衛も務めるセタンタ。大いなる酩酊者にして神をも超える怪物マダ。忍の起源にして頂点に立つ隠形の達人オンギョウキ。歴代最強と名高い白龍皇ヴァーリ。そして、最も新しく未知数の可能性を秘めた魔人人修羅ことシン。
テロリストを倒すどころかその気になれば他の神勢力へ戦いを挑める程の混合チームであった。
最後の戦力であるヴァーリたちとも合流し、このまま『禍の団』の拠点へ攻め込もうと皆が考えていたとき、一体の雪だるまが騒ぎ始める。
「ヴァーリ!」
「うん? ああ、ジャアクフロストか。久しぶりだな」
騒ぎの主であるジャアクフロストがヴァーリを指差しながら怒声を上げるが、ヴァーリは至って平然としており友人にでも会ったような態度であった。
「ここで会ったが百年目だホ!」
声のボリュームが壊れたのかと思えるぐらいやかましい声を上げるジャアクフロスト。連れてきた手前、シンはジャアクフロストに声を抑えるよう窘める。ここで騒いでいたら『禍の団』に気付かれる。折角、ここまで隠密行動をとっていたのに台無しになってしまう。
ジャアクフロストは聞く耳を持つ様子は無い。ヴァーリと久々に会ったせいで雪だるまなのにヒートアップしている。
強引に口を塞げば今度は大声だけでは済まないのが目に見えているので、仕方なくシンはバラキエルに視線を送った。
シンが何を考えているのか察してくれたバラキエルは、嫌な顔一つ見せずに小規模ながら結界を張り、外界へ音を洩れるのを防いでくれた。
「そんなガキみたいな姿をしてもオレ様は許さないホ!」
ヴァーリが子供の姿になっていたことを当初理解出来ず、頭に大量のクエスチョンマークを浮かべていたが、周りが気付いたことで数拍置いてジャアクフロストも気付いた。
「よくもオレ様を置いていったなホ!」
ロキとの戦いで忘れられ、置いてけぼりにされたことをジャアクフロストは今も根に持っており、心の中では昨日の出来事だったかのように鮮やかな怒りの炎が燃え盛っていた。
「あのときは俺も余裕が無かった。マタドールは余力を残して戦えるような相手じゃなかったからな」
ヴァーリの口からマタドールの名前が出され、この場に居る全員が一瞬だけ顔を顰めた。全員がマタドールと交戦経験があり、全員共通してマタドールのことが嫌いだからである。
ジャアクフロストもマタドールの実力と厄介さを知っているので、そのことについて追求することが出来ず歯嚙みするだけに留まる。
「と、とにかく! お前の永遠のライバルであるオレ様を忘れていったことは許さないホ! 謝れホ!」
ジャアクフロストはヴァーリに指を突き付ける。
「すまなかったな。余裕が無かったとはいえ仲間を置いてしまったのは俺の落ち度だ」
「ヒ、ヒホッ!」
ヴァーリに即謝られてしまったせいで振り上げた拳の落としどころを見失い、差していた指がワナワナと震える。
何とも居た堪れない空気が場に満ちる。ジャアクフロストはきっとヴァーリと同じようなやりとりを数度繰り返した上で自分の条件を呑ませたかったのだろうが、ヴァーリがあっさりとそれを呑んでしまったせいでヴァーリの器の大きさを見せつけると同時にジャアクフロストは器が小さく、矮小な存在のようになってしまった。
ジャアクフロストも自覚しており掻く必要もない赤っ恥を掻く結果となってしまう。一方でヴァーリの方は一切の他意無くやっているので質が悪い。
「間薙シン。今日までジャアクフロストの面倒を見てくれたことを感謝する。敵である立場のこいつを傷付けることなく保護してくれるなど中々出来ることじゃない」
「礼ならアザゼル先生に言ってくれ。色々と手を回してくれた」
「成程。いつまで経ってもアザゼルは世話焼きだな」
昔を思い出してかヴァーリは微笑を見せる。鳶雄も共通の思い出を持っているのかヴァーリと同じような笑みを浮かべていた。
「ヒ、ヒホォォォォ!」
ヴァーリという存在の前ですっかり小さくなってしまっていたジャアクフロストは、ヤケクソ気味に叫んでヴァーリへ殴り掛かる。
「おっと」
拳が届く前にヴァーリはジャアクフロストの胴体を両手で掴む。赤子をたかいたかいとあやすような形になった。二人の容姿もあって子供がぬいぐるみで遊んでいるようにしか見えない。
「離せホー!」
「どうした? 力が弱くなっているし速さも衰えているぞ? ──ああ、力を制限されているのか」
ジャアクフロストの力が封印されていることに気付いたヴァーリは、ジャアクフロストの帽子に付けられた金のアクセサリーを見た。
「取ってもいいか?」
「帰るならいつまでも付けておく必要は無い」
「なら──」
ヴァーリは金のアクセサリーを握り一瞬だけ力を込めると、どのような原理が働いたのか不明だが金のアクセサリーは消えていた。
「これで元通りだ」
ジャアクフロストを安心させるように微笑む。色々と格の差を見せつけられたジャアクフロストは、行き場の無い感情が体の内で溜まり切っているらしく全身を震わせている。
「ヒホー!」
ジャアクフロストはじたばたと体を動かし、ヴァーリの手から離れようとする。ヴァーリはジャアクフロストを気遣ってか掴んでいた手を離してしまった。
ジャアクフロストは地面に降りるとすかさずジャンプ。ヴァーリの頭を超え、その背中に張り付くようにしがみついた。
「口だけの謝罪なんて信用出来ないホ! また置いてかれないようにここで見張っているホ!」
そう主張するジャアクフロスト。口調は怒っているようだが、どことなく嬉しさのようなものを感じる。もしかしたら、今までヴァーリと会えなかったことが寂しかったのかもしれない。
「これだと戦い辛いぞ?」
「それで負けるようなお前じゃないホ!」
肩に白い龍のぬいぐるみを置き、背中にはジャアクフロストを背負っている。ますますファンシーな見た目になり、とても戦場へ行く姿に見えない。
「──話は済んだか? ならば急ごう。敵が先に動いたら全て台無しだ」
話の区切りをバラキエルが告げる。無駄話とはいかないまでも使える時間は限られている。仕事を与えられた以上、全うしなければならない。
一部を除いて基本的に真面目な性格のメンバーが集っているので、大人しくバラキエルの指示に従う。
少し歩いて『禍の団』の拠点が見下ろせるという場所へ着いた。しかし、見渡す限りそれらしきものは見つからず、平野が広がっている。だが、誰もヴァーリが誤情報を流したとは思っていなかった。
「隠れているな」
『禍の団』の古参は魔術師たちである。その気になれば大規模な幻影により拠点などを隠すことも容易い。
「じゃあ、炙り出してやるかぁ」
マダがニタリと笑い、瓢箪の酒を一気に飲み始める。バラキエルはマダが何かをしようとしているのを察し、広範囲に結界を張った。誰一人逃さない為に。
マダは天を仰ぎ見る。そして、喉を膨らませる。
「ウェェプッ!」
非常に耳障りな音を出しながら口から直径数百メートルはある巨大な炎の塊を吐き出した。一瞬地上に太陽が出現したのかと思えるような熱さと輝きを内包したそれは、空高く飛んで行く。そして、炎の塊は豆粒のように見える位置まで上がると破裂し、数百の火の玉となって地上へ降り注いでいく。
ある高さまで火の玉が落ちると、ガラスが砕けるようにして空間の一部が破砕。他者の目を欺く為に偽りの風景を映し出していた幻影が破壊され、その下から建物の一部が露出する。火の玉は続け様に幻影を破壊していき、隠されていた敵の拠点を露にする。
出て来たのは年季を感じさせる洋風の建物──だと思われる。全体を確認するよりも先に火の玉が屋根を突き破って中へ入って行く。数十の火の玉が同じく屋根を破って拠点の中へ侵入。
暫くすると悲鳴を上げながら『禍の団』の魔術師たちが拠点の外へ飛び出してきた。
突然の奇襲に無事で済んだ者たちも居れば、全身を火だるまにして転がり出て来る者たちも居る。火に焼かれている者たちは地面で揉み消そうとしたり、仲間の魔術師に消火されていたりもしたが、いずれも火を消すことが出来ずにそのまま焼け死んだ。
拠点に侵入出来ずに外れた火の玉も拠点周囲に落下して地面に炎を広げる。逃げ出した者たちも拠点の外が火の海になっていることに驚き、急いで火を消そうとしていた。
「ヒヒヒヒヒヒ。文字通り炙り出してやったぜぇ。おーおー、虫みたいにワラワラ出て来やがる」
地獄のような光景を生み出した張本人は笑いながら言う。先制の一撃としてはこれ以上無い程の強烈なものであったが、反面非常に情け容赦の無いもの。常人ならばマダの方がテロリストたちよりも悪党に見えたであろう。
だが、この場に居るメンバーはそういった情に流されることはない。唯一、鳶雄はマダのやり方に眉根を寄せていたが文句を言うことはしなかった。マダのやり方というよりも命を軽視する発言が気に入らなかった。
「──やるぞ」
バラキエルの合図は短く、そして冷徹だった。空気の爆ぜる音と共に雷の性質を持つ光を纏う。それを皮切りにして各自戦闘態勢へ入る。
マダは再び瓢箪の酒を呷り、満足するまで飲むと口を拭いながら酒精漂う気を放つ。
オンギョウキはいつの間にか武器を構えていた。誰にも悟られることなく静かに。
セタンタは愛用の槍の握り締め、その眼光を鋭くさせる。この瞬間、守る番犬から狩る猟犬に切り替わった。
ヴァーリは神器を発動させることなく代わりに白いオーラを纏う。彼にしがみついているジャアクフロストは、それと相反するような黒いオーラを放っていた。
鳶雄は影の一部を伸ばし、それを引き抜く。引き抜いた影は大鎌の形となった。彼の分身でもある刃は触れれば斬られそうな気配を漂わせ、鳶雄の傍らで命令を待つ。
漂ってくる死のニオイに滾ることも昂ることもなく、淡々と冷静過ぎるぐらいに落ち着いた態度で紋様を浮かび上がらせるシン。彼は仲魔たちを率い、戦いの場へと赴く。
◇
ホテルのフロアにて神々と邂逅した一誠たちは、専用の待機部屋へ案内されていた。室内は広々としており、本番前までの調整が行えるようにトレーニング器具が各種揃えられており、何か腹に入れられるように様々な軽食も用意されている。一から十まで揃ったいたせり尽くせりな仕様であった。
レーティングゲーム開始まで残り六時間。あと六時間も残っていると思うか、あと六時間しか残っていないか、と考えるかで今後の明暗が分かれるかもしれない。
リアスたちは当然後者であり、ゲーム開始まで出来るだけ万全な状態に出来るよう軽い食事を摂った後にジャージに着替えて疲労が残らない程度の運動をして調整を行う。時間の経過と共に自然と強まっていく緊張感を誤魔化す為という理由もある。
各々がそれぞれに合った調整を行っているときであった。
「邪魔をする」
「遅くなり申し訳ございません」
ライザーとレイヴェルが入室してきた。
「ライザー!」
ライザーの来訪に驚くリアス。レイヴェルは一足先にアグレアスに入り、リアスたちがスムーズにホテルまで行けるように移動手段などの準備をしてくれ、遅れて合流することは知っていたが、そこに兄であるライザーが同伴するとは聞いていなかった。
「よー、来てやったぜ。愛すべき元婚約者の勇姿を見る為に」
婚約の件を嫌味というより冗談として話すライザー。既に彼の中では吹っ切れている証拠でもある。
「まさか、貴方が来るなんてね……」
「当然だろ? 今日のゲームはプロの好カードと遜色ない注目度だ。殆どプロのゲームと変わらない。今までは実戦に近い形式だったろうが、今回はかなりエンターテイメント性が強いゲームになる筈だ。気を付けろよ? 今までの比じゃないくらいの観客数だ。大舞台に呑まれて実力が発揮出来ないなんていう話は多々ある」
「でも、逆にそれを乗り越えられたら今まで以上の評価を得られる──正念場ということね」
ライザーが言いたいことをリアスが先に言う。
「……私はソーナのように戦の組み立て方が上手い訳じゃないわ。でも、眷属に恵まれていると胸を張って言える。この子たちを上手く導けるかどうか、それが私の課題」
「……リアス。例え、サイラオーグの対戦相手がソーナだとしてもシーグヴァイラだとしても結果は変わらない……今日、お前たちが選ばれたのは……運が悪かっただけだ」
「え? どういう意味なの……?」
急に神妙な顔で不吉なことを言い出すライザーにリアスを始め一誠たちも戸惑いを覚える。
「俺はサイラオーグとは交流があるし、個人的に好きではない『努力』というのもサイラオーグの姿を見ていたらそれも有りかと思った。あの性格も素直に尊敬出来る。だが、決して贔屓目で言っている訳じゃない……若手悪魔たちが今のサイラオーグに勝てる想像が出来ない」
遠回しにリアスたちがサイラオーグには勝てないとライザーは告げていた。
「冷やかしで言っている訳じゃない。事実を言ったまでだ。リアス、俺はお前が思っている以上に評価しているし、眷属も同じように買っている。もしかしたら、プロでもあのサイラオーグには苦戦、いや勝てないかもしれない」
「……一体何がそこまで貴方に言わせるの?」
ライザーは腕を組み、虚空を見上げる。
「もし……昨日、何も無かったら俺はこんなことを言わなかった。激励してそれで終わりだっただろう。……サイラオーグの力は昨日、一段階上に上がった」
ライザーにここまで言わせる何がかが昨日あったらしい。隣では何故かレイヴェルが頬を上気させている。
「レイヴェル。お前も昨日何があったのか知っているのか?」
一誠が問うとレイヴェルは夢から覚めたような表情となり目を伏せる。
「申し訳ございません……昨日のことは口外してはならない決まりなので、例えイッセー様であってもお話する訳には……」
慕っている一誠にすら昨日あったことを話すのを拒む。内心葛藤しているらしく苦悶に満ちた表情を浮かべている。
「本当に申し訳ございません。私の口からは……あれは、あれは──」
何かを思い出しているレイヴェル。すると、興奮が一定値を超えてしまったのかレイヴェルは鼻から血を流し始めた。
「うおっ!?」
お嬢様のレイヴェルがまさかそんな風な反応をするとは思ってもみず、一誠は驚いてしまう。一誠のリアクションと周りの視線により自分が鼻血を流していることに気付いたレイヴェルは、興奮による紅潮が羞恥による紅潮へと変わる。
次の瞬間、レイヴェルの顔面が燃え上がった。顔から火を噴くという比喩では無く本当に顔面が炎上したのだ。火はすぐに消え、血一つ流していない状態へと戻る。フェニックスらしい豪快な応急手当であった。
「お見苦しいところを見せてしまいました……」
「本当に何があったんだよ……」
色々と突発過ぎてそれしか言えない。一誠以外も唖然としてしまう。
「男子三日会わざれば刮目して見よ、ってのは人間の言葉だったな。つまりそういうことだ。サイラオーグはお前たちが前に会ったときよりも強い」
この期に及んでライザーが惑わそうとしているとはリアスを含め誰も思わなかった。ライザーの顔は人を信じさせる程に真剣であり、同時にサイラオーグという悪魔がそれが出来ておかしくない、と信じさせる強さがあるからだ。
「……プレッシャーになったか?」
「十分過ぎる程にね。……でも、だからこそ私たちはサイラオーグたちと戦うべきなのよ」
頂点を目指す以上サイラオーグとの戦いは避けられない。いずれは戦う宿命にある。ならばこそ、ライザーの言う一段階上に上がったサイラオーグと真っ先に戦えることを幸福と思うべきなのだ。
「最高の相手だからこそ私の最高を以って挑むわ」
少し前まで弱気になっていたリアスだが、ライザーの忠告を聞いて逆に闘志を湧かせる。ネガティブな感情は全て吹っ切れ、宣言通り最高の状態で挑む為に腹を括った。
「ふふ。プロをやっている俺が保証してやるよ、リアス。その気概だけでも十分プロ級だ。やれやれ、俺も心機一転して強くなったつもりだったが、そんなに差を感じないな。今期の若手は色々豊富だ」
リアスの強い意思にライザーは苦笑を浮かべる。怠けていたらすぐにでも今の地位を蹴り落とされかねない。
「色々と嫌なことを言ったが、リアス、俺はお前も応援している──ゲームを楽しみにしている」
「ええ。最高のゲームを見せてあげる」
リアスの返事にライザーは満足そうな笑みを浮かべると、視線をリアスから外した。
「赤龍帝」
ライザーは一誠の名を呼び、真っ直ぐ彼を見つめる。彼の精神に大きな傷を残した赤龍帝への敗北。ショックが大き過ぎて領土に引きこもっていたが、荒療治で外に出られるようになった。まだ傷が完全に癒えていない状態で顔を合わせたときは、大量のアルコールの力を借りて何とか会話することが出来た。
今のライザーはアルコールに頼っていない。あのときの敗北をきちんと受け止め、屈辱も敗北も恥辱も全てを己の糧にし、心の傷は今やライザーと同化して一つとなって消え去った。だからこそ、ライザーは目を逸らすことなく一誠と目を合わせる。
「もし……もし、サイラオーグに勝てる可能性があるとしたら、俺はそれを赤龍帝──お前だと思っている」
「お、俺が?」
ライザーの言葉に一誠は驚きを隠せない。
「今だから言ってやるよ。お前の拳の一撃で嘗ての俺の全てが壊された。最初は恨んださ。名誉も地位もプライドもズタズタにされたからな。だが、そうなって初めて得たものもある。……きっと以前の俺だったら得ることが絶対無かったものだ」
思い出すように語るライザー。過去の傷を自ら掘り返しても今のライザーに動揺は無い。
「俺に完敗した奴が経緯はどうあれ俺に勝ったんだ。お前には勝利を手繰り寄せる力がある。不思議なものだ。サイラオーグにも勝って欲しいが、赤龍帝──お前に負けて欲しくないとも思っている。前にも言ったと思うが、やっぱり俺に勝った男だからかな?」
矛盾した感情にライザーは苦笑する。
「もっと上を目指せよ、赤龍帝。お前との再戦は華々しいプロのレーティングゲームと決めているんだ。そのときは、成長した俺の強さと怖さを教えてやる」
空気が一瞬だけ熱を帯びた。なのに体からは冷たい汗が滲み出る。ライザーは確実にあのときのレーティングゲームから強くなっているのが肌で分かった。
「は、はい! 勿論っスよ!」
最初は忌み嫌っていたライザー。それが今ではこうやって応援と激励を送ってくれる。そして、一誠はそれを受けて自分の戦意が高まっていくのを感じていた。きっと、少し前では想像も付かない光景であろう。
「ライバルとして絶対にあんたとはもう一度戦って正式に勝ちますから!」
すると、ライザーはニヤリと笑う。
「ライバルか……生憎、一番目の席は埋まっているからお前は特別に二番目にしてやる」
「二番目? もしかして、一番目って──」
ライザーは一誠の話を最後まで聞かず、隣に立っているレイヴェルの頭に手を乗せた。
「レイヴェル。せいぜい、楽しんで来い。でも、最近刺激が強過ぎるものばかり見ているからな……また粗相をするなよ?」
「お、お兄様! よ、余計なお世話ですわ……!」
ついさっき失態をおかしてしまったレイヴェルは、反論しても説得力が無いことを自覚しているのか語尾が小さくなっていく。
「……色々と喋り過ぎたな」
振り返って自分のキャラじゃないと思ったのか、ライザーは苦笑いを残しながら退室していった──かと思いきや、急に足を止めて振り向く。
「言い忘れていたことがあった。サーゼクス様がお呼びだ。時間があったらVIPルームに顔を出してくれとさ。見せたいものがあるそうだ」
言付けを伝えるとライザーは今度こそ退室する。
サーゼクスが何の用件で自分を呼び出したのか。心当たりが無い一誠は首を傾げつつ、言われた通りにVIPルームへと一人向かうのであった。
◇
突然の奇襲を受けた『禍の団』は蜘蛛の子を散らすように炎上する拠点から逃げ出していた。若い魔術師らは完全にパニックになっており、兎に角燃え盛る建物から離れようとする。そして、周囲が結界によって塞がれており逃げ場が無いことを知って絶望する。
一方でそれなりの経験を積んでいる古参の魔術師たちは、焦りはしているものの反撃の手段が手元にあることで冷静さを取り戻し、それらを魔術によって呼び出す。
魔法陣から次々と転送されてくるアンチモンスターたち。並み程度の悪魔、堕天使、天使ならば歯が立たない性能を有している。それらを何百も召喚し、反撃の準備を整えていく。
判断としては間違ってはいない。しかし、残念ながら今回の奇襲で選ばれた者たちはアンチモンスター程度では止めることの出来ない猛者しかいなかった。
構えるアンチモンスターの群の中を白い光が流星のように駆け抜けていく。
アンチモンスターの一体がその光に手を伸ばそうとするが、白い光はアンチモンスターの手を掻い潜って懐に入り込む。
「ふっ!」
ヴァーリの蹴りがアンチモンスターの胴体に命中。深々と捻じ込められ、命中箇所を中心にして亀裂が生じる。ヴァーリは蹴り付けたアンチモンスターを踏み台にして別のアンチモンスターへ跳ぶ。踏み台にされたアンチモンスターは上半身が粉砕された。
跳んだ先にいるアンチモンスターにヴァーリの拳が刺さる。痛みを感じないアンチモンスターは殴られた状態で反撃をしようとするが、反撃が来る前にヴァーリは十発程拳を打ち込んでアンチモンスターを動けなくした。
子供時代の姿になっても身体能力に変わりは無い。『白龍皇の光翼』の能力を使用せず、オーラだけを拳や足に込めているだけの状態だがアンチモンスター相手なら破壊力は十分過ぎる程であった。
それに加えて──
「ヒーホー!」
──ヴァーリにしがみついているジャアクフロストが強烈な冷気を放ち、周囲のアンチモンスターたちを氷漬けにしていく。久しぶりの全力にジャアクフロストも楽しんでいる。
「また強くなったか?」
「ヒーホー! 当たり前だホ! オレ様は白龍皇のライバルホ!」
ジャアクフロストの変わらないライバル宣言にヴァーリは微笑を浮かべつつ、氷の彫像となったアンチモンスターらの傍を駆ける。
ヴァーリたちが通り過ぎた後、凍ったアンチモンスターたちは全て粉々に砕け散った。
頼みの綱であったアンチモンスターたちが次から次へ撃破されていくことに啞然とさせられる魔術師たち。アンチモンスターの性能が優れていることはきちんと把握済みである。なのに子供一人と雪だるま一体を倒せないのは悪夢そのものであった。
取り囲んでいたアンチモンスターを全て倒したヴァーリは、後方で待機していた魔術師たちへ接近する。
急いで魔術を発動させようとするが、ヴァーリの拳がそれよりも速く魔術師の腹部へ突き刺さり、一瞬で意識を奪う。同胞が倒れたことで動揺している間にヴァーリは跳び、蹴りによって意識を刈り取った。
アンチモンスターに比べれば瞬殺という速さでヴァーリは魔術師たちを鎮圧してしまう。
「ヒホ! オレ様の分も残しておけホ!」
活躍を奪われたジャアクフロストがヴァーリの背中で暴れて抗議する。
「悪いな。思ったよりも手応えが無くて」
魔人や神滅具所持者との戦闘経験が豊富なヴァーリからすればアンチモンスターも魔術師たちも温い相手である。それこそ『白龍皇の光翼』の能力を使用しなくてもハンデにもならない。
『神滅具のお零れを貰って増長したか』
ヴァーリの肩に置かれてある白いドラゴンのぬいぐるが喋り出す。ご丁寧に口まで動いている。
「『魔獣創造』のアンチモンスターを自分たちの力と錯覚したということか? ──やれやれ、情けない話だ」
ぬいぐるみと自然に会話をするヴァーリ。
「誰ホ?」
『──私だ。アルビオンだ』
「ヒホ! ビックリするぐらい似合わない姿になっているから気付かなかったホ!」
『……相変わらず可愛げの無い雪だるまだ』
ぬいぐるみを介してのアルビオンとの会話はヴァーリがまだ未熟だった頃の再現である。体に負荷が掛かるという理由で付けられていたが、当然今のヴァーリには関係の無いこと。ヴァーリを子供の姿に変身させた者の拘りである。
『お前や赤龍帝などの神滅具所持者などで感覚が麻痺しているかもしれないが、身の丈に合わない力を持つということは増長となり破滅へと結びつくということだ。この魔術師たちもアンチモンスターなど与えられなければ、『禍の団』の隅で大人しくしていただろうに』
「……曹操はこうなることが分かっていて力を貸したのか?」
『それは分からない。奴は計画を立てる一方で天運に任せているところもある。どこまでが奴の考えの内かは計れない』
想定外の出来事ですら受け止め、それを糧にしようとする貪欲さがある曹操。その思想は他の英雄派の者たちにも伝播しており、中々に質の悪い集団と化している。ヴァーリ個人としては嫌いではないが。
「──さて」
他の魔術師たちが呼び出したアンチモンスターが集まって来ている。小休憩は終わりである。
「せめて、この戦いに何かしら得るものがあることを願っているよ」
儚い願いであることは分かっていながらもヴァーリは再び戦いを始める。戦いを避けるという選択肢などヴァーリには最初から無い。
◇
魔術師の一人は、今目の前で何が起こっているのか分からなかった。正確には現実の無情さが魔術師の器では収まり切らないせいで思考停止状態になっていた。
アンチモンスターの大群は全滅した。しかも、魔術師たちにその姿を一切見せずに、である。
瞬きをする度にアンチモンスターの数が減っていき、気付いたときには視界の中で立っているアンチモンスターは居なくなっていた。
「ど、どこだ……一体何処に──」
隣に居た魔術師が平常心を失い、唾を飛ばしながら喚き出したかと思えば急に言葉を詰まらせる。
それを不審に思って隣に視線を向けたとき、彼は言葉を失った。
隣の魔術師が顎を上向きにしてつま先立ちになっている。その顎下には三日月状の両刃が引っ掛けられていた。人間よりも遥かに大きな影──オンギョウキが己の武器で吊り上げている。
吊り上げられている魔術師と目があった。喋れば深く食い込んでいる刃が喉を切り裂くので言葉を発することが出来ないが、目と僅かに動く唇が『たすけて』と救いを求めている。
だが、魔術師は同胞を救う為に動くことが出来なかった。今は向けられていないが、下手に動けばオンギョウキの刃が自分に向く可能性があったからだ。そのせいで逃げることすら出来ない。
このとき魔術師たちは一つ勘違いをしていた。救えず、動けず、逃げられず、という恐怖で縛ることがオンギョウキの狙い。そして、オンギョウキは相手を確実に屠る為ならばどれだけ残酷なことでも容易く行う。
不意に魔術師の顎に引っ掛けられていた刃が消えた。突然の解放に魔術師は驚きながらもつま先立ちだった両足を地に着ける。
途端ずれた。凡そ四分の一。仮面のように魔術師の顔は下に落ちていき、最後には離れる。
当人以外はその光景を見て頭が真っ白になった。そして、当人は地面に落ちた自分の顔と数秒見つめ合った後に崩れ落ちる。
現実に起こっていることだが、どうしても頭がそれを現実であると認識するのを拒んでしまう。そのせいで受け入れるまでに数秒の間を空けてしまった。
頭が現実と恐怖を同時に受け入れてしまったときに気付いた。背後に立っていた筈のオンギョウキの姿が無いことに。
成人男性の倍程の身長を持つオンギョウキを見失うなどあり得ないことだが、実際に見当たらない。
あれだけの凶行を行ったオンギョウキが消えたせいで魔術師たちはパニック状態になる。自分もまたあの魔術師のように惨たらしく殺害されるかもしれないという考えが、彼らから冷静さを奪う。
魔術師の何人かはすぐにでも魔術を発動出来るように準備をするが、恐怖に駆られたその表情は如何にも危うい。そして、オンギョウキはそれを見逃さない。
「次はお前だ」
耳元で囁かれるオンギョウキの宣告。脳髄を恐怖で震わされた魔術師は自己防衛の本能に従い、振り向き様に魔術を放った。
「うぎゃああああっ!」
絶叫が上がる。同胞である魔術師が魔術の炎に焼かれ、火だるまと化していた。
魔術を放った魔術師は予想外のことに呆然としてしまう。それは周りも同様で味方の同士討ちのせいで動きが止まってしまった。
味方が見ている前で魔術師はやがて声を上げなくなり、動かなくなって静かに燃え続ける。
立て続けに恐ろしいことが起こっているせいで頭が上手く回らない。普段ならば滑らかに動く思考が錆び切った歯車のように停滞を起こす。
「っぁ」
短い悲鳴に声の方を見る。そこに居た筈の魔術師の姿が無い。
「っぅ」
視線が誘導された後に再び聞こえる小さな悲鳴。声の主はやはり消えていた。
迅速に、確実に魔術師たちが消えていく。周りで起こる小さな変化に過敏な程に反応してしまい、その度に人が消えていく。しかも、消える瞬間も犯人であるオンギョウキの姿も見えない。
気付けば魔術師は残り一人になっていた。震え過ぎて口が動かず、カチカチと歯が鳴る音だけが一人っきりの空間内に響く。
「……ぁ」
そして、最後の魔術師も何処かへと消えた。敵を全て葬ってもオンギョウキは姿を現さない。結果として彼は何一つ痕跡を残さずにこの場に居た魔術師たちを倒した。
役目を終えたオンギョウキは次なる戦いの場へ赴く。やはり、誰にも気付かれずに影に潜むように無音で。
◇
オニたちこと三鬼は戦いに神経を集中させていた。だが、それはアンチモンスターや魔術師たちが強敵だったからではない。
「尻尾を出すなよ?」
「ソッチコソ」
「来るなよー、大将来るなよー」
いつ現れるか分からないオンギョウキに神経を擦り減らしながら、なるべくボロを出さないように戦う。
声や動きを見られたらオンギョウキならば即座に疑いの眼差しを向けてくる。オンギョウキから出来るだけ離れた位置で戦ってはいるが、気が気ではない。
戦っているアンチモンスターや魔術師たちの実力を見るにオンギョウキの敵では無い。問題なのは一掃した後に他の戦いに介入してくる可能性が高いこと。
「あーあー。何でこんなことになったのやら」
スイキは対魔用の光を発射しようとしていたアンチモンスターの頭部を金棒で粉砕しながら愚痴る。
「運ガ悪カッタ。ソウトシカ言イ様ガナイ」
キンキは魔術を発動しようとしている魔術師の喉を金棒で突き、一撃で絶命させながら己の不運を嘆く。
「程度があるぜぇ!」
伸び伸びと戦えると思っていた矢先にこの世で最も恐れているオンギョウキと鉢合わせしてしまったことに理不尽を覚えながら、フウキはアンチモンスター、魔術師を纏めて金棒で殴り飛ばした。
何だかんだ言いながらも戦いの中では自制出来ない三鬼。いざというときにはルフェイに頼んで途中離脱しようと考えながら、それまでの間は戦いを楽しむ。
◇
最近、碌なことが起きないとセタンタは心中で溜息を吐いた。
シンと接触するようになってから、これまでの自分に疑いを持ってしまうようなことが起こり、言葉に出来ないストレスが溜まっていた。
いつまでも情けない顔のままでグレモリー家やサーゼクスを守る訳にもいかず、気分転換という訳では無いが実戦にて己を引き締めようとサーゼクス経由で今回の話を聞いたとき、迷いなく協力を申し出た。
しかし、失敗であったと現地に着いて思い知らされる。セタンタにとって悩みの種であるシンまでもが今回の件に参加していた。その場で知ったときは、正直に言うと逃げ出したい気持ちにさせられたが、自分で協力すると言った手前そのような真似を出来る筈もない。
『そもそもリアスたちがレーティングゲームやっているんだから、素直にそっちを応援しておけ! この薄情者が!』
と、心の中でシンを罵倒するほかなかった。
結局、『禍の団』掃討が始まるまでシンとの接触は可能な限り避け、息を潜めて植物のように存在感を消していた。
戦いが始まり、各自がバラバラに動き出してセタンタはホッとしていた。シンと離れることが出来たこと、そして久々に守る以外の戦いが出来ることに。
しかし、思ったよりも手応えが無い。アンチモンスターはそれなりの攻撃力を持っているが動きが良い訳では無い。魔術師たちに至っては完全に腰が引けている。
(まるで弱い者イジメだな)
自らの行いを客観的に評価し、マフラーの下で苦笑を浮かべた。
やはり、多少は気分転換になっているらしい。苦笑ではあるが久々に笑えた。
視界の端で魔術師が魔術を発動しようとするのが見える。
「──あっ?」
その直後に魔術師は空気の抜けるような声を出した。魔術が発動する前にセタンタの槍が魔術師の心臓を貫いている。
間を置いて絶命する魔術師。崩れ落ちる前にセタンタは槍を抜く。抜くのも刺すのも速過ぎたせいか、穂先が血で濡れていない。
自らの行いを弱い者イジメと揶揄したセタンタであるが、だからといってこの場に居る『禍の団』の者たちを一人たりとも逃がすつもりはなかった。
そもそも『禍の団』のテロで悪魔や堕天使、天使に被害も出ている。今回の件は報復ではないが散っていった者たちへの弔いではあった。
情けを掛けて中途半端な真似をすれば、反逆の火種が残る。それはいずれ大火となって冥界を襲うかもしれない。ならばこそやるならば徹底的に叩く。
争いの火種を完全に消し去ることなど不可能であることはセタンタも承知の上。いずれは第二、第三の『禍の団』が現れるかもしれない。
セタンタが出来ることは、それが現れる日を遅らせること。せめて、ミリキャスやリアスの子が平穏な時代を送れるようにしたい。
その為ならば存分に槍を振るえる──尽くす相手はそれでいいのか?
頭の中にノイズが走る。自分の声が自分を疑う。
黙っていろと心の中で叫ぶ。ノイズは中々消えない。常にセタンタに問い続ける。
お前は何者なのかと。お前の忠義は誰へのものなのかと。お前の本当の姿はどれなのかと。
立ち尽くしてしまうセタンタ。魔術師たちは訝しむも絶好の機会と思い、アンチモンスターらに指示を飛ばす。
数十体のアンチモンスターは四方からセタンタを囲む。セタンタはまだ動こうとしない。
アンチモンスターたちは口を開き、一斉に光線を発射した。一発でもかなりの威力を持つそれが、セタンタという一点に集中することで相乗効果を得る。その結果、光は大爆発を起こし、セタンタは光によって掻き消された。
最上級の天使に匹敵する光。直撃を受けたセタンタは塵一つ残らない。少なくとも魔術師たちはそう思っていた。
何の前触れも無くアンチモンスターたちが微塵となって消滅した。
それに驚愕する暇も無く魔術師が一人また一人と血霞になって消し飛んでいく。
魔術師の中で最も後方へ待機していた彼のみが見た。
白い影が通り過ぎていく度に誰かが死ぬ。
やがて自分の番が回ってきたとき、その魔術師は気付かない内に心臓を貫かれていた。
あまりにも速過ぎたせいで僅かな時間だが、彼の意識はあった。だからこそ最期に見ることが出来た。
そこに立っているのは少年ではない。白い鎧を纏い、長い髪を垂らした青年。眉目秀麗、見目麗しい。あらゆる賛美は相応しい中性的な顔立ち。これから死ぬ魔術師もこれほどの美貌の持ち主ならば、それはそれで人生の最期に相応しいと納得してしまう。
魔術師の体に死が追い付き、絶命する。その顔に満足そうな表情を浮かべ。
青年は憂い帯びた表情で空を見上げる。それすらも著名な絵画に匹敵する。
青年──セタンタであった彼の胸中から未だに迷いは晴れず。
主人公側が襲撃側になったせいで何となく悪役チックな感じになりました。