ハイスクールD³   作:K/K

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待機、黒犬

 ゲーム当日。レーティングゲームの会場に選ばれたのは、空に浮かぶ島にある都市──アグレアス。都市を丸々収めた島が宙に浮かんでいる光景は、誰もが思い浮かべる幻想であり、ファンタジーという言葉がこれ程似合うシチュエーションは無いだろう。

 旧魔王の時代から存在している島であり、それなりの歴史を持つ。島が宙に浮かんでいる原理、動力は殆ど知られておらず、一握りの悪魔──アジュカ・ベルゼブブとその眷属ぐらいしか分からない。

 都市名のアグレアスから連想させる通り、この島はアガレス領である。何故、ここがレーティングゲームの会場に選ばれたかというと少々生臭い話となる。

 レーティングゲームの会場として最初望まれていたのはグレモリー領、もしくは魔王領での開催であった。これは現魔王派の上役の意向である。それに待ったを掛けたのが大王派のバアルであった。

 能力がある悪魔を上に置く現魔王の体制に対して大王派は筆頭のバアル家を含め、家柄や血統を重視している。そのバアルはバアル領でゲームの開催を譲らなかった。未だに貴族社会が幅を利かせている冥界に於いて、現魔王派と大王派が衝突するのは必然であった。

 そこから先は泥仕合同然の揉め合いである。現魔王派の方はどうにかしてバアルに退いてもらおうとしたが、バアルは頑として主張を譲らない。

 能力重視と血統重視。かつての旧魔王らとも揉め事の再現。過去にそれで痛い目を見て来たが、染み付いてきたものは中々変えられない。

 平行線の話し合いの後、アガレスが魔王とバアルの間を仲介し、妥協案としてアガレス領での開催となった。

 この結果はバアルの目論見通りと言える。傍から見れば現政権である魔王がバアルの為に折れた形になったように見える。バアルの、大王の権力は未だに健在と主張出来る。

 そのせいでこのレーティングゲームは、魔王ルシファーと大王バアルの代理戦争と捉える者たちもいた。純粋な力比べをしようとしていた一誠たちにとっては傍迷惑な話である。

 そんな裏で政治の泥のような権力闘争が渦巻いている中、一誠たちはそんなこと関係無いと言わんばかりに空中都市への道中を楽しんでいた。

 アグレアスへの入り方は三つ。一つは魔法陣による転移。これは一瞬だが、折角の景色を眺めることが出来ないので却下となった。

 二つ目は飛行船での移動。真上から見下ろすアグレアスの光景は中々のものらしいが、一誠たちは満場一致で三つ目の移動手段となった。

 下の乗り場からロープを辿って上を目指すゴンドラでの移動。アグレアスから滝のように落ちる水が快晴の光を反射させ虹を作る様子は、まさに夢で描いた空中都市そのもの。

 これから激しい戦いが待っているが、一誠たちは暫しの間それを忘れてゴンドラから見える雄大な風景に見惚れていた。

 ゴンドラの中で引率者であるアザゼルが待ち時間を利用して今回のレーティングゲームについての揉め事などを一誠らに説明する。説明している本人が面白くない話と前置きしながら、実につまらなそうに話していた方が印象的だったというのが一誠の感想である。

 アザゼルとしては冥界の実情を知るのに良い機会だと思っての事。上を目指すということは否応なしにそういった輩と関わることを意味する。

 表と裏から良い意味でも悪い意味でも注目をされているレーティングゲーム。自然と身が引き締まる気持ちになってくる。

 そんな会話の中で一誠はある疑問が浮かんだ。

 

「今更ですが、このゲームはテロリスト──英雄派に狙われるなんてことは?」

 

 以前、ディオドラの手引きで『禍の団』の旧魔王派が襲撃してきたのが記憶に新しい。そのことがあって警備は強化されている筈だが、つい心配になって訊いてしまう。

 このレーティングゲームは台無しにしたくない。それは一誠だけでなくリアスたちも同じ気持ちである。

 

「あるだろうな。これだけ注目されているし、会場には業界の上役が多数揃う」

 

 一誠の疑問をアザゼルはあっさりと肯定するので、一誠は目を見開いてしまう。

 

「敵から見れば大漁だからな。間違いなく狙うな」

 

 不安を煽るように言うアザゼル。そんな彼にリアスの非難する視線が刺さる。

 

「──英雄派が神器使いたちを投入するってことですか?」

 

 木場は目に鋭さを宿しながら訊く。彼の脳裏に浮かぶのは強敵のジークフリート。侮蔑する訳では無いが、警備レベルの悪魔ではまずジークフリートに勝つビジョンが見えない。

 

「いや、英雄派の連中が首を突っ込むことは無いな」

「ハッキリと言いますね」

 

 断言するアザゼルに朱乃はその根拠を問う。

 

「英雄派の奴らは、前回の京都の件の失敗で『禍の団』の中で責任どうこう責められて大人しくしているらしい──まあ、それでも地位を追いやられる程では無いみたいだがな。形だけのパフォーマンスだ。反省してまーすってな」

 

 曹操率いる英雄派が京都で目的を果たせなかったことで、組織内で幾らかの発言力を失ってしまった。これにより『禍の団』の手綱を握り切れなくなったとのこと。

 

「随分詳しいですね」

「……ヴァーリから個人的な連絡が昨日届いてな」

「ヴァーリ? あいつからですか?」

「ああ。『禍の団』の今の実情をお節介にも教えてくれやがった」

「そうなんですか……」

「『あのバアル家のサイラオーグとグレモリー眷属の大事な試合だ。俺も注目している。兵藤一誠の邪魔はさせないさ』──だとさ、愛されてんな、イッセー」

 

 からかうアザゼルに一誠は体を震わす。

 

「や、やめて下さいよ! 気持ち悪い!」

 

 アザゼルは期待通りの一誠のリアクションに笑う。

 

「そうなると、白龍皇チームが曹操たちを牽制してくれているということですか?」

 

 木場の質問にアザゼルは頷く。

 

「そうなるな。曹操たちもヴァーリたちとやり合う訳にもいかんだろう。曹操らは禁手使いの英雄の子孫を集めまくったドリームチームだが、伝説級のバケモンを集めたヴァーリたち相手じゃ犠牲も大きい。何の得にもならねぇ……曹操たちは、な」

 

 含みのある言い方に若干の不安が過る。

 

「何なのその含みは」

 

 リアスが皆を代表して追究する。

 

「──さっきも言ったが、曹操たちの地位は少し下がっている。そのせいで、今まさに曹操たちが押さえ付けていた派閥が騒ぎ出し始めているらしくてな。これを機に一気に団の主導権を奪い返そうって肚らしい」

 

 皮肉なことに曹操たちを撃退してしまったせいで、本来ならば纏めて抑え付けられる筈であった下位のテロリストたちが暴走し出してしまった。

 

「でも、曹操たち以外だったらどうにかなるんじゃ……」

「面倒くさいことにな、間接的にだが曹操たちも関わっている。何でも『魔獣創造』で創ったアンチモンスターの大群を提供したって話だ」

 

 レーティングゲーム前に嫌な情報を聞かされた。『魔獣創造』で創ったモンスターは、持ち主のレオナルドが成長途中であることから巨大なモンスターなどはまだ生み出せないが、その代わりに相手の弱点をつくことに特化したアンチモンスターを創造することに長けている。この場合は、対悪魔用のアンチモンスターが大群で用意されており、そんなものが冥界に送り込まれたらどれ程の被害が出るだろうか。

 

「それ、大丈夫なんですか……」

「大丈夫だ」

 

 皆が不安そうにしている中、アザゼルは大して心配した様子を見せない。

 

「そのことは既にサーゼクスたちに伝えてある。向こうがやる気満々だっていうなら、こっちも容赦無く連中を潰す」

 

 歴戦の堕天使であるアザゼルから凍り付くような殺気が発せられる。同時に頼もしくも感じられた。これほどの気配を放つアザゼルが味方に居ることに。

 

「いい加減好き勝手されるのもウンザリしていた所だ。こっちから打って出ることになった」

「それは、何処に集まっているのか分かっているってことですか?」

「ああ。メンバーも編成済みだ。『禍の団』の連中に同情するぐらい奴らを用意した」

 

 情報源についてはアザゼルは言わなかったが、話の流れからしてリークしたのはヴァーリと思われる。余程リアスたちとサイラオーグたちとの戦いを邪魔させたくないのだろう。

 

「俺の伝手で用意した戦力があるが、サーゼクスも良い奴を出してくれた。セタンタが参戦してくれる」

「えっ! セタンタが?」

 

 セタンタの名を出され、リアスが一番驚いた。

 

「珍しい……セタンタが護衛以外でグレモリーやお兄様以外のことで冥界から離れるなんて……」

「何でもセタンタの方から立候補したって話だが?」

「何かあったのかしら……」

 

 セタンタの人柄を良く知っているリアスは、普段の彼が進んでしない行動に疑問と不安を感じる。

 

「んでだ、シンの奴にも参加してもらった」

『なっ!?』

 

 シンの名前を出され、全員が驚く。

 

「あいつ、そんなことになってたのか! どうりで見送りに来ない訳だ……」

「アザゼル! 勝手な真似をして! あの子をそんな危険な場所に送るなんて!」

「冗談半分で訊いたら二つ返事で『いいですよ』って言われてな……安心しろ。最強クラスの護衛を付けてある。万が一のことはならない」

 

 ハッキリと言うアザゼル。用意した護衛に余程の自信と信頼がある様子。

 

「大丈夫だ……片方は不安だが、もう片方はしっかりしている」

 

 黙っておけばいい話を正直に話してしまったアザゼルに皆は一抹の不安を覚えるのであった。

 

 

 ◇

 

 

 場所は変わり某時刻、某所。テロを企んでいる『禍の団』の拠点から感知されない場所で待機しているのは、テロの阻止及び『禍の団』の壊滅の為に選ばれた選りすぐりの面々。動きに気付かれないように少数精鋭となっているが、誰もが一騎当千の実力を持つ。その中にシンも居た。

 前日にサイラオーグと激しい戦いの末、瀕死になったがフェニックスの兄妹の尽力で戦えるまでに回復している。それでも若干、顔色が悪く見える。

 テントなどの拠点は無く結界で姿を隠しているだけの野晒しであり、シンは岩に腰を下していた。

 シンは横目である人物を見る。今回の件でシンたちを束ねるリーダーであり、『神の子を見張る者』の副総督でもあり、朱乃の実父でもあるバラキエル。精悍な顔付きのバラキエルは目を閉じ、腕組みをして佇んでいる。

 この地に到着してバラキエルが最初に出した指示はその時が来るまで待機することであった。

 サイラオーグとの戦いの後、偶々アザゼルと会って今回の件について話を聞かされた。リアスたちがレーティングゲーム中、特にする予定も無かったので二つ返事で了承をした。

 そして、現在シンはお供の仲魔たちを率いて静かに待っている。ピクシー、ジャックフロスト、ジャアクフロスト、ジャックランタンはギャアギャアと騒がしく喋っている。結界は防音も備わっているので外に声や音が洩れることは無いが、それでも場所を弁えて欲しいとはシンも思う。それとは対照的にケルベロスは体を丸めて眠っており、静かなものであった。

『怖いぐらいに戦力が集まったから、お前の出番は無いかもな』とアザゼルは言っていたが、バラキエルを始めとして確かに強力なメンバーがここに集まっている。

 一人はセタンタ。グレモリー家やサーゼクスを守護するのが主な務めとしている彼がここに来ていたのはシンにとっても驚きであり、見たときには少し目を見開いてしまった。それはセタンタも同じようであったらしく、顔を合わせたときにシンと同じような表情をしていた。

 サイラオーグとの再戦の件は今も尾を引いており、セタンタはシンから可能な限り離れた場所に陣取り、そこから一歩も動かず喋らず彫像のように不動を貫く。セタンタはここに来てから殆ど喋っておらず、言葉を発したのはバラキエルにした一、二言の挨拶程度。

 しかし、この場にはセタンタと同じ位不動と沈黙を続けている存在が居た。

 岩場の影。そこに佇むのはオンギョウキ。京都での修学旅行の件で協力関係を結んだ本物の忍であり暗殺者。アザゼルが協力を願ったところ京都側もオンギョウキも快く了承してくれた。

 京都の妖怪の大将である八坂を英雄派に拉致された一件以来、オンギョウキは『禍の団』、特に英雄派を敵視しており、『禍の団』の殲滅に協力を惜しまなかった。今回は英雄派は間接的にしか関わっていないことを内心残念に思いつつ、それに関わる者たちは容赦無く潰すことを決めている。

 意識を集中させているオンギョウキは全くと言っていい程存在感が無く、意識しないとそこに居る筈なのに見えなくなってしまうような不可思議な感覚に捉われてしまう。

 

「ヒヒヒヒ。見事なぐらいに華がねぇなぁー。酌してくれる美人ぐらい用意しておいてくれよぉー、バラキエルー」

「……残念だが、ここではそれは不要だ。マダ殿」

 

 バラキエルに鬱陶しい絡み方をするのはマダ。ロキ襲撃の際に白龍皇とマタドールの戦いの巻き添えを受けて大怪我を負っていたが、すっかり完治している。

 

「待つばっかりじゃ暇でつまんねぇよぉー。俺もアザゼルに引っ付いてレーティングゲームを見に行きゃ良かったなぁ」

「貴方は今、冥界への立ち入りを禁止されているだろう」

「入っちまえばこっちのもんよ。俺を追い出せる奴なんて冥界でも片手で数える程しかいねぇんだから」

「その為に魔王が駆り出されるとしたら、不憫で仕方ない」

 

 我儘で自分勝手なことを言いながら酒を呷るマダ。それに手を焼かせられているバラキエル。暇だ暇だと言ってバラキエルにちょっかいを掛けて相手の反応を窺って暇潰しをするという質の悪いことをしている。

 

「ってかいつまで待てばいいんだよ、マジで。これだけ揃えばテロリストの千や万ぐらい楽勝だろう?」

 

 バラキエルを揶揄いながら不意打ちのようにマダは本題に入る。尤も、マダの質問には正当性があった。待機するとバラキエルは言ったきりでどれくらい待つのかすら説明していない。

 

「もう少しだけ待ってくれるか? まだ全員揃っていない」

「これ以上戦力が必要なのかよぉー」

 

 不満を洩らすマダであったが、不意に口を閉ざした。

 シンも同様にバラキエルとマダの会話から意識が離れ、別の方へ向けられる。この場にいるセタンタとオンギョウキもまた同じようにある方向を見出していた。

 張られていた結界が揺らぎ、そこから誰かが入って来る。

 見た目は日本人、歳は二十歳前後と思われる。整った顔立ちをしており、十人が十人カッコいいと評するだろう。彼一人ならば警戒する必要のない雰囲気だが、それよりも注目すべきはその青年が連れている一匹の犬である。

 サイズは大型犬。頭から尻尾の先まで影から抜き出したようなムラ一つ無い漆黒の毛色。金色の瞳からは獣にはない知性を感じさせると同時に普通ではない何かを感じさせる力が宿っていた。

 

「おやおやぁー? アザゼルったら随分と豪勢な助っ人呼んでくれるじゃねぇか」

「バラキエル先生、マダさん。お久しぶりです」

 

 バラキエル、マダと顔見知りらしく青年はマダを見て一礼する。

 

「紹介しよう。彼は刃狗(スラッシュ・ドッグ)──『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』の所有者だ」

「初めまして。幾瀬鳶雄といいます」

 

『黒刃の狗神』。それは『赤龍帝の籠手』と同じ神滅具。

 

「刃狗……グリゴリ所属の神滅具所持者ですか。名前は知っていましたが……思っていたよりも若い」

 

 黙っていたセタンタが口を開く。無言を貫けない程度には鳶雄の参戦に驚いている様子。

 オンギョウキも神滅具所持者である鳶雄と彼と連れ添っている黒犬を注意深く観察している。

 鳶雄はシンたちを見る。心なしか緊張した面持ちに見えた。

 

「アザゼルさんから話は伺っています。セタンタさん、オンギョウキさん、そして──」

 

 シンの顔を見て、鳶雄は何故か数度瞬きをした。

 

「──間薙シン君だね」

「──はい」

 

 シンを見て何か思うことがあったような反応をしたが、すぐに取り繕いシンに握手を求める。

 

「君がこの中で俺と一番歳が近い。出来ることなら仲良くして欲しい」

 

 他意も敵意も感じられない。シンはその握手に素直に応じる──筈だった。

 鳶雄とシンの手が触れそうになったとき、黒犬が牙を剝いて唸ったかと思えば。影から鋭利な刃を伸ばし、シンの手首を狙う。

 

「ッ!? (ジン)!」

 

 鳶雄が反応し、名を呼んで攻撃を止めさせようとするが、一度走った影の刃は止まらない。

 シンの手首が切り離される──

 

「変わった握手ですね」

 

 ──ことはなく、シンは伸ばされた影の刃を素手で掴み取って皮肉を言う。

 指の隙間から血が垂れるが、シンは構うことなく強く握り締め、遂には実体の無い筈の影の刃を握り砕いてしまう。砕かれた影の刃は霧散した。

 

「すまない。本当にすまない。普段の刃だったらこんなことはしないんだ」

「謝らなくても大丈夫です。──嫌われる心当たりがあるので」

 

 ついこの間も同じ理由で敵視されたので怒る気も無かった。

 刃と呼ばれた黒犬は、今もシンに敵意と牙を剥き出しにしている。

 

「止すんだ! 刃!」

 

 鳶雄から強く叱られ、刃は子犬のように耳と尻尾を下げてしまう。

 

「せめて傷の手当てでも」

「それも大丈夫です」

 

 シンはそう言い、掌を見せる。血が流れていた筈だが、掌には傷一つ無かった。とは言え、これから共闘する仲間だというのに仲間間で血が流れたせいで気不味い空気が流れ始める──訳でもなく、シンを心配するよりも刃の動きを興味深そうに見ていた。

 薄情なのかそれともシンの実力を知ってか特に気にしている様子は無い。鳶雄が一番心配しているぐらいである。

 

「ひゃはははは。お前もこいつに嫌われたかぁ! 俺と一緒だなぁ!」

 

 そんな中で良い見世物でも見たかのようにマダが上機嫌に笑いながらシンの背中をバシバシと叩いた。

 

「マダさんが嫌われたのは、刃を食べようとしたからでしょうが」

「未熟だった頃のあいつは、食べたくなるぐらい可愛かったからなぁ」

 

 本気か冗談なのか分からないマダに鳶雄は何とも言えない表情をする。これから戦いがあるというのに弛緩した空気が流れる。

 

「それはそうと、これで全員でいいんだよなぁ? バラキエル」

「ああ。後は現地で待ち合わせることになっている──行こう」

「早く行った方が良いかもしれません。──今、ちょっと機嫌が悪いみたですし」

 

 まだ戦力が用意されているとのことだが、シンの見立てでは過剰戦力と言える。どうやら三勢力側の考えとしては反抗の意思すら持てない程徹底的に磨り潰すつもりらしい。そして、口振りからして現地集合の味方と鳶雄は顔見知りの関係にある。

 バラキエルの号令で全員が結界の外へ出ていく。その間際、鳶雄はシンに話し掛ける。

 

「間薙君。何度も言うがすまない」

 

 随分と真面目な性格らしくシン本人が許しても納得出来ずに謝罪をしてくる。

 

「気にしなくてもいいですよ」

「だが──」

「そう言っても気になるのなら、全部終わった後で話しましょう」

「──ああ、そうだな。確かにその通りだ」

 

 一先ず保留にし、目の前のことに集中するよう促す。

 

「ところで間薙君」

「はい?」

「……いや、やっぱり何でもない。呼び止めて悪かった」

 

 歯切れの悪い鳶雄を訝しみながらシンは結界の外に出る。

 

(何だろう、この既視感は? 彼とは何処かで会ったことがなかったか?)

 

 

 ◇

 

 

 空中都市アグレアス。そこは数多の娯楽施設が存在し、その規模に圧倒される。数ある施設の中でも一際大きな巨大ドーム。有名なアーティストの公演を主としたこのドーム会場──アグレアス・ドームこそが一誠たちの戦いの場となる。

 そして現在、一誠たちはアグレアス・ドームの隣に建っているホテルに居た。豪勢という言葉でも足りないぐらい細部に至るまで手掛られた内部。今までの価値観が覆される程の煌びやか造りであった。

 一生に一度泊まれるか否かの高級ホテルに専用の待機室を用意されており、まさに至れり尽くせりである。

 

「おっ」

「あっ」

 

 案内されている最中、アザゼルとロスヴァイセが何かに気付いて声を上げる。二人の視線を辿るとオーディンが居り、こちらの視線に気付く。

 

「むっ」

 

 不味いという表情をしたが一歩遅かった。ロスヴァイセは凄まじい勢いでオーディンに詰め寄り、礼節などかなぐり捨ててローブごと掴み上げる。

 

「オーディン様! ここであったが百年目ぇぇ!」

「お、おお。ロスヴァイセよ。元気そうだのう」

「私のことを置き去りにしてぇぇぇ! こんのクソジジイィィィ!」

 

 北欧の最高神がヴァルキリーに掴まれ、激しく前後に揺さぶられる。

 

「一人ぼっちだと分かったとき、私がどれだけ心細かったか!」

「真面目で堅物なお主に世界の広さを教えたくてのー。随分と柔らかくなったようじゃ」

「言うにことかいて師匠面ですか!」

 

 特に反省している様子の無いオーディンにロスヴァイセの怒りが更に燃え上がる。

 オーディンが小娘にいいようにされている光景に周囲は騒めいているが、上位の神々たちは面白そうに眺めている。

 

「あ、あの、オーディン様への無礼はそこまでにしておくべきかと……」

 

 オーディンが今回のお供にしていた新しいヴァルキリーが、ロスヴァイセの剣幕に圧倒されながらも勇気を振り絞って主神を助けようとする。

 ギロリとヴァルキリーの方へ目を向けるロスヴァイセ。その眼光にヴァルキリーは完全に呑まれそうになる。

 

「貴女は大丈夫ですか!? オーディン様からセクハラされていませんか!? 油断も隙も無い我儘神のお世話は大変じゃないですか!? 何かされたら言って下さい! 私がこのジジイに折檻を与えます!」

 

 親身になって様子を尋ねて来るロスヴァイセにヴァルキリーは面食らった顔になる。

 

「いえ、大丈夫です、まだ。その……オーディン様をジジイ呼ばわりするのは……」

「でも、クソジジイなのは事実ですよね?」

「……」

「何故そこで無言になるのかのう」

 

 オーディンへの怒りが収まらないロスヴァイセを見て、アザゼルは溜息は吐いた後にリアスたちに言う。

 

「ちょっと止めてくる。先行っててもいいぞー」

 

 ロスヴァイセを止める為にアザゼルはリアスたちから離れていった。

 

「どうなされますか?」

 

 案内役のボーイがリアスに確認してくる。

 

「ごめんなさい。ここで少し待つわ」

「分かりました」

 

 ボーイは丁寧にお辞儀をし、壁際で直立不動となる。いつでも声を掛けられるようにリアスたちの視界に収まる位置だった。

 アザゼルが呆れながらロスヴァイセをオーディンから離そうとしている様子を、リアスたちは眺めていたが、急に肌を刺すような冷たく不穏な気配を感じた。

 リアスたちが気配の方へ目を向けたとき、その集団は既にリアスたちの目の前に立っていた。

 全員が足元まで隠れる程の長いローブを纏っていたが、中央に立つ者だけが司祭のような祭服や帽子を纏い、杖を携えている。

 その顔は皮も肉も無い剥き出しの骸骨。司祭姿の骸骨を見て、一誠の頭の中に『魔人』の二つの文字が過った。

 

『これはこれは紅髪のグレモリーではないか。赤い龍もいるな』

 

 目玉の代わりに眼孔の奥を光らせながら話し掛けてきた骸骨司祭。敢えてこちらを委縮させるようなプレッシャーを放っている。

 

「……お初にお目にかかります。冥府の主にして死を司る偉大なる神ハーデス様」

 

 そのプレッシャーに屈することなく澱みない口調で丁寧に挨拶を返すリアス。冥府の神であるハーデスは、リアスの態度を見て眼光を和らげる。適切な対応に感心したからではない。年の若いリアスが神の重圧を跳ね除けたことが面白くなかったからだ。

 

『それなりの礼儀は知っているようだ──毛色の違う蝙蝠にしては』

 

 悪魔に対する蔑称を平然と使うハーデス。主を馬鹿にされたことでリアスの眷属たちから怒気が発せられるが、ハーデスの取り巻きたちから冷たい殺気が放たれる。

 

『ファファファ……あの赤い龍が蝙蝠に飼われる時代が来るとはな。白い龍と共に地獄の底で暴れ回っていた頃が遠い過去のようだ』

 

 決して友好的ではない視線を一誠へ向けるハーデス。最初からこちらへの蔑みと恨みつらみを隠そうとしない。ロキ並みに非友好的な神であった。

 

「おいおい。骸骨ジジイ。勢力間の協定に否定的だからって若いもんに八つ当たりするもんじゃないぞ。ただでさえ低い世間からの好感度がマイナスになっちまう」

『アザゼル先生!』

 

 ロスヴァイセを宥めに行っていたアザゼルが不穏な気配を感じて戻って来てくれた。更には──

 

「同じ年寄りとして言わせてもらうが、いい年したもんが若い世代をいじめるのはちと見っともないぞ?」

 

 オーディンもリアスたちを庇うように加わってくる。因みにオーディンの台詞を聞いたロスヴァイセは小声で『貴方が言いますか?』と愚痴っていたが、幸い誰の耳にも入っていない。

 

『カラスに北欧のくたばり損ないか。肩を並べて仲の良いことだ。時代に迎合した者の成れの果ての姿だ』

「ただ単に新しいものが認められないだけだろうが、老害ジジイ」

「神は不滅だが、不変で在り続けるのは怠慢とどこが違うのかのう?」

 

 二対一の状況で口論する三人。

 

『──まあよいわ。今日は楽しむ為に招かれた。貴様たちの戦う様を高見から見物させて貰おう。それにだ』

 

 一誠にはハーデスが笑ったように見えた。骸骨の表情など分からない筈なのに。マタドールが笑っている雰囲気と被っていたからかもしれない。嫌な判別能力を身に付けてしまった。

 

『今宵は少し忙しくなるかもしれないんでな。それまでの暇潰しにさせてもらう』

 

 後を引く不気味さを残し、ハーデスはマントの集団を連れて行ってしまった。緊張状態から解放され、ゲーム前だというのに疲労感を覚えてしまう。

 

「相変わらず陰気な奴じゃのう」

「あれで俺より強いんだからたまったもんじゃないぜ」

 

 アザゼルがハーデスを明確に格上に定めていることに皆は驚く。そして、一誠たちに釘を刺す。

 

「下手に喧嘩を売るなよ。強い上に執念深いからな。周りの死神どもも厄介で不気味な相手だ」

 

 死神すらも付き人とするハーデス。改めて実力者だと感じる。

 一誠は緊張から解放されたせいか、つい口が滑った。

 

「魔人より強いんですか?」

 

 その瞬間、電光石火の早業でアザゼルが一誠の口を塞ぎ、誰にも聞かれていないか周りを確認する。反応からしてアザゼルたち以外に聞こえていないことが分かると一誠の口を塞いだままアザゼルは語気を強めて言った。

 

「──いいか、イッセー。こういう場でそいつらの名前を出すな。連中は色んな勢力にちょっかいをかけてお前が想像している何百倍も嫌われている。余計なトラブルはお前も御免だろう?」

 

 一誠がコクコクと首を縦に振るのを見て、押さえていた手を離す。

 

「悪かったな」

「いえ、俺も不注意でした」

 

 詫びるアザゼルに一誠も反省した態度をとる。

 

「デハハハハ! 早速揉め事か? アザゼルゥ!」

「ガハハハッ! いつまでたってもやんちゃ坊主だなぁ! アザゼル!」

 

 体格のいい豊かな髭を生やした巨漢が豪快に笑いながらアザゼルにまとわりつくように絡んできた。片方は上半身が裸であり筋骨隆々の体を惜しげもなく披露し、もう片方は古代ローマの衣服であるトーガを纏い、王冠を被っている。アザゼルは顔見知りであり、それを振り解くことはせず嘆息する。

 

「そっちは相も変わらず騒々しいな。ゼウスのオヤジにポセイドンのオヤジ。その陽気さをハーデスの爺に分けてやってくれ」

「オーディンも久しぶりだな! 相変わらず腰が曲がっているな!」

「もっと鍛えた方が良いぞ! 筋肉をつけろ! 筋肉を!」

「生憎、体よりも頭を鍛える方が向いておるのでのう」

 

 ゼウスにポセイドン。ギリシャ神話の主神で全知全能の存在とされる神と同じくギリシャ神話で海と地震を司るゼウスに次ぐ強さを持つ海洋の支配者。どちらも知名度ならば一、二を争う。

 そんな神と極めて自然且つフレンドリーに会話をするアザゼル。アザゼルの交友関係の広さを思い知らされた気分であった。

 試合目前のホテルで賑わう神などの上位者たち。その誰もが自分たちの戦いを期待していると思うとプレッシャーと同時にやる気が漲ってくる。

 数ヶ月前まではこれといった特技の無い人間であったが自分が、神の注目を集めるようになるとは夢にも思わなかった。

 それは光栄なことなのかもしれないが、一誠にはそれよりももっと重要な目的がある。

 

(俺はこのゲームに勝って、そして部長に……!)

 

 一誠の中の決意は今も揺らぐことなく燃え続けていた。

 

 

 ◇

 

 

 結界の外に出たシンたち。目的の地点まで移動を開始する。

 

「ここは私が」

 

 斥候を買って出るオンギョウキ。バラキエルはオンギョウキの実力をアザゼルから聞かされている。話に聞いた通りか確かめる為にそれを許可する。

 

「では」

 

 次の瞬間、オンギョウキは忽然と姿を消した。気配も音などの予備動作の一切無い名の通りの隠形。最初からそこに居なかったかのような隠れ方に誰もが感心した。

 

「これほどとは……」

「凄い。刃ですら追えないなんて」

「羨ましい。覗き放題だなぁ」

 

 一人だけしょうもない感想を言うマダに全員の視線が刺さるが、全く気にしていなかった。

 暫くしてオンギョウキが現れる。消えたときと同じく現れるときも全く気配を感じられなかった。

 

「敵の姿は見えん。索敵の術も無い。このまま進んでも問題無い」

 

 短時間で十分過ぎる仕事をこなしてきたオンギョウキ。その言葉を信用し、シンたちは先へと進んで行く。

 

「あそこです」

 

 拠点の近くまで来たとき、鳶雄は声と共にある場所を指差した。拠点を見下ろせる高台。そこに最後のメンバーが居るとのこと。

 

「遅かったな」

 

 不機嫌そうな声。男か女か判断し難い高さのある声であった。

 

「悪い。待たせた」

 

 詫びる鳶雄。彼の視線の先に立つのは高学年ぐらいの銀髪の少年。容姿を見ると声と同じく少年か少女か分かり難い中性的な整った顔立ちをしている。

 小学生らしい丈の短いパンツと青いジャケットを羽織り、首にはマフラーを巻き、右肩には何故か白い龍のぬいぐるみを置いてある。

 年不相応な落ち着きと威圧感。そして、既視感。少年が誰なのかシンには分かった。

 

「……ヴァーリか?」

「……そうだ」

 

 拗ねたように口を尖らせながら不本意そうに肯定する。

 

「うっわ。また懐かしい恰好してんなぁ。どうした? 新しい趣味に目覚めたか?」

「うるさい。そんな訳あるか」

「本当に懐かしいな……初めて会ったときのことを思い出す」

 

 揶揄うマダと懐かしむ鳶雄をヴァーリは本気で睨むが、どうも可愛いらしさの方が前面に出てしまい、威圧も半減してしまう。

 

「おー怖い怖い。俺、ときめいちゃいそう」

 

 

 いつまでも人を揶揄うのを止めないマダ。このままだと話が進まなくなるのかと思ったのかバラキエルが会話に入る。

 

「協力してくれるのは有り難いが、いいのか?」

 

『禍の団』に非協力的とはいえ一応は所属している形になっている。バレれば追われる立場になる。

 

「大事な試合を邪魔するなと釘を刺しておいたが、曹操はそれに従わなかった。詭弁で免れたつもりだろうが俺には通じない。やると言ったからやる。それだけだ」

 

 今の立場に微塵も興味を示さないヴァーリ。今となっては『禍の団』などに大して未練など無いのだろう。

 

「その割には変装をすんだな?」

「俺は別にそのままで良かったが、抜けるにも色々と準備が必要だと皆に言われた。時間稼ぎの為だ」

 

 不本意そうに言うヴァーリの表情は年相応に見え、やけに愛らしい。

 

「それでその恰好かよ?」

「知り合いの魔術師に頼んだら、こうなっただけだ」

 

 ヴァーリの答えに鳶雄は苦笑いをしている。もしかしたら、知り合いの魔術師に心当たりがあるのかもしれない。

 

「ふーん……それはそれとして、お前の周りにいる奴らは誰だ?」

 

 ヴァーリを囲うように立つ三体の異形についてまるで今気付いたかのようにマダは触れる。

 頭から足先まで真っ赤な体ははち切れんばかりに鍛えられており、藍色と白色で染められた羽織を直に着ている。下も同色の和装を履いているが、腿までの丈しかなかった。

 口にはズラリと牙が並び、特に下顎の犬歯は口に収まり切らない程に太く長い。瞳の無い薄水色の目。額からは一対の黒い角を生やし、頭頂部には黒い角よりも長い角が生えておりまるでモヒカンのようであった。

 オニ。異形の姿はまさにそう表現するしかない。

 

「ルフェイがスカウトしてきた。腕試しも兼ねて連れて来た」

「へぇそう。お前の知り合いか?」

 

 マダはオンギョウキに訊いてみる。

 

「いや。京では知らぬ顔だ。オニにも住処を持たない流れ者もいる。お前たちはどこのオニだ?」

 

 オンギョウキが尋ねてみるが、オニらはオンギョウキの質問を無視してそっぽを向いてしまう。

 

「愛想が悪くてすまない」

「構わん。私の方が馴れ馴れしかった」

 

 気分を害した様子の無いオンギョウキ。しかし、三人のオニがオンギョウキを無視したのにはちゃんとした理由がある。

 

(嘘だろ!? 何で大将がここに居るんだよ!?)

(マサカ、用事トハコノコトダッタノカ……!)

(やべぇ、やべぇ……! バレたら殺される……!)

 

 オニたちの正体は素性がバレないように魔術によって姿を変えたスイキ、キンキ、フウキの三鬼。オンギョウキが用事で京都を留守にするので、これ幸いにヴァーリからの呼び出しに応じたのだが、まさかオンギョウキも同じ目的で呼び出されていたとは思ってもいなかった。

 戦いが始まる前から三鬼たちは死地にいるような気分になり、その赤ら顔をゆっくりと蒼褪めさせていくのであった。

 




一誠たちがレーティングゲームをやっている一方で人修羅は別行動となります。
クロスオーバーらしく色んなキャラを集合させてみました。

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