ハイスクールD³   作:K/K

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今年最後の投稿となります。


爆音、静寂

「流石だ。言葉にすれば陳腐だがそうとしか表現出来ない」

 

 曹操は聖槍を肩に担ぎながら拍手を送る。その拍手を送られるのは百メートル以上も離れた位置に立つアザゼルとオンギョウキ。

彼らは曹操が放った破魔と呪殺の攻撃に対して無傷で切り抜けたのだ。

 『黄昏の聖槍』によって効果が高められただいそうじょう由来の破魔と呪殺に対して二人が行った回避は至って単純なもの。

 迫り来るそれらの力に対してオンギョウキは忍術、アザゼルは光の力と自らの力をぶつけ、拡散を遅らせることで効果範囲外にまで逃げ延びたのだ。

 言葉にすれば簡単そうに聞こえるが、実際のところ神滅具最強と名高い『黄昏の聖槍』と悪名轟く魔人の力が合わさったそれを短時間ではあるが拮抗に等しい状態にするのは並外れたことである。そこら辺りの悪魔や堕天使がやった所で津波に対して水飛沫を掛ける様なもの。彼らが行ったことは単独で津波を止めたに匹敵する偉業である。

 勿論彼らは自分達がそんなことが出来るなど知る由も無い。曹操がだいそうじょうから破魔と呪殺の力を借りているなど思ってもいなかった。だが、二人は何の保証も無い実戦にて見事に偉業を為した。力もそうだが精神面に於いても並外れた事である。

 曹操もそれが分かっており、敵ながらも賞賛の言葉と拍手を送ってしまった。

 

「いるかよ、そんなもん」

「耳障りだ。黙っていろ」

 

 だが、曹操の賞賛もアザゼル、オンギョウキからすれば嬉しくも何ともない。寧ろ、不愉快さを露にして突き放す。

 二人から冷たい言葉を浴びせられ、曹操は苦笑しながら肩を竦める。

 

「残念だ。心の底から思っているのに。感動や敬意はやっぱり言葉にして出すべきだ」

「そうやって本気で言っているのが嫌らしいんだよ、お前は」

 

 アザゼルが腕を振るう。二メートル程の長さの光の槍がその一動作で百以上同時に投擲された。

 

「ふっ!」

 

 曹操が聖槍を振り抜く。一閃した軌跡に残る聖槍の光が槍の群に向けて飛ばされる。

 横一文字の光がアザゼルの投げ放った光の槍と接触。そのまま相殺されるのかと思いきや、聖槍の光がアザゼルの光を吸収する。

 聖槍の光が進めば引力に引かれる様にして光の槍が軌道を変えて取り込まれていく。聖槍という唯一無二の奇跡に堕天使の光は従属するかの様に吸い込まれていき、その度に聖槍の光は輝きを増していく。

 そのままアザゼル達も光で斬り裂こうとした時、二人は動く。範囲外への回避──ではなく曹操と距離を詰める為に前進をしてきたのだ。

 アザゼルは飛翔して聖槍の光の上に飛び上がって回避すると共に、新たな光の槍を作り出し、それらを周囲に展開し全ての穂先を曹操へ向ける。

 アザゼルの派手な動きに曹操は思わず目で動きを追ってしまう。その直後に自分が軽率な行動をとってしまったことに気付き、奪われてしまった目線を無理矢理正面へと戻す。

 聖槍の光が誰もいない空間を通過し、建物などを切り裂いて彼方へと飛んで行く。時すでに遅し、アザゼルの動きを目晦ましにしてオンギョウキは完璧に姿を消してしまった。

 組んで間もない者達の動きでは無い、と曹操はつくづく思ってしまう。曹操が見る限り言葉の指示も無くアイコンタクトなどの合図も無い状態でどちらも最善としか言いようのない動きを見せている。

 片や神に反逆して今日に至るまで生き延びてきた堕天使の長。片や本物の忍びの技を駆使し、己の存在を完璧に隠す隠遁を使う黒衣の鬼。年季が人とは桁外れ故にこちらの想像を絶する様なことを容易く行ってみせる。

 

(まあ、だからこそ挑む価値がある!)

 

 表向きは冷静な表情ながらも内心では迫り来る難関に熱く滾る。この苦難を乗り越えれば自分は新たな成長を遂げることが出来ると確信していた。そう考えれば恐怖よりも喜びが勝る。

 曹操の心を表すかの如く聖槍の輝きは強さを増した。

 鼓動が早まる。体が緊張感に満ちる。しかし、嫌な感覚では無い。臓腑が爛れる様なストレスを感じさせる緊張感とは異なり、まるで告白の答えを待つ乙女の様な体に熱が籠るものであった。

 伝説の武器を携え、悠久の時を生きた魔物と戦う。まるで絵物語の英雄そのもの。

 真の意味で英雄に成れるのか、それともドン・キホーテの様に滑稽な存在としておわるのかどうかはこの状況を打破するかに掛かっている。

 飛び上がっていたアザゼルが周囲に展開させていた光の槍を一斉発射する。曹操はすぐさま着弾点から離れるが、アザゼルはそれを見越して何本か残しており、曹操の動きを見て発射のタイミングを遅らせてから射る。

 移動した直後の曹操を狙う数本の光の槍。だが、曹操にとってもそれは想定内のこと。腕に巻いてある数珠から石を一つ取り、光の槍に向けて指で弾く。

 弾かれた石は光の槍に接触した途端寒気立つ黒い光を発し、光の槍を呑み込んでいった。

 石に込められた呪殺の力がアザゼルの光の力を食い潰したのだ。その光景を見てもアザゼルに特に焦った様な感情は無い。まるで予想通りと言わんばかりの表情をしている。

 撃ち出した光の槍が全て無駄に終わった瞬間にアザゼル自身が光の槍を構えて曹操へと突撃を開始する。

 

(何処だ? 何処から仕掛けて来る?)

 

 アザゼルも脅威ではあるが、曹操が今最も警戒しているのは消えたオンギョウキである。まず間違いなくアザゼルの攻撃に便乗して攻撃してくる。それもこちらの隙を確実に衝く致命的な攻撃を。

 アザゼルの攻撃が届くまでの時間などたった数秒。その与えられた数秒間の中で曹操の集中力は極限にまで研ぎ澄まされた。

 

(刹那の瞬間まで思考を途切れさせるな!)

 

 曹操が知るオンギョウキの情報は数少ない。不可視と思える様な完璧な気配遮断に影を通じての移動。

 

(焦りと恐れで視野を狭めるな!)

 

 常人ならば耐え難い重圧の中でも曹操は視野を広げることを止めず、些細な変化を見過ごさない。

 

(そして、諦めるな。最後の瞬間まで!)

 

 如何なる状況下でも最後に物を言うのは諦めないこと、折れないこと。その瞬間に勝利の可能性は完全に潰える。

 曹操の中に流れる英雄の血。そして、今まで積み重ねてきた経験が芯となり、窮地の状態でも曹操に冷静さを与える。

 あと一秒も経たずにアザゼルと共に光の槍が降ってくる。そんな中でも曹操の眼球はせわしなく動き、あらゆることを見落とさない様にする。

 光の槍とアザゼル自身が放つ眩い輝きがすぐそこまで感じる。強い光に応じて足元に映る影は色を濃くする。

 

(……影?)

 

 曹操が注目したのは地面に映るアザゼルの影。それを見た瞬間、喉元に冷たいものが通り抜けて行くイメージが浮かぶ。

 死の象徴と言うべき魔人と関わることで曹操に備わった、或いは発達した死をより敏感に感じ取る第六感。

 

(──成程)

 

 曹操が全てを納得した瞬間、地面の影から刃が飛び出してくる。アザゼルの影に潜んでいたオンギョウキによる奇襲。

 上下から迫る同時攻撃は曹操に逃げる隙を与えない──かに思われた。

 次に取った曹操の行動は、アザゼルとオンギョウキを驚かせるのには十分であった。

 喉元に迫るオンギョウキの刃に対し、曹操は全力で聖槍を叩き付ける。鬼の一撃を防ぐには人間である曹操がありったけの力を振り絞らなければならない。

 それ故に後のことなど考えていない大振りの一撃となる。

 辛うじてオンギョウキの一撃を防いだ曹操。その直後にアザゼルの光の槍が彼の肩を貫く。

 

「っ!」

 

 絶叫を上げてもおかしくない傷なのに曹操は口を結んでそれを耐える。一方で刺し貫いたアザゼルと攻撃を防がれたオンギョウキは瞠目していた。

 あろうことか曹操は最初からアザゼルの攻撃を回避することを捨てていた。それを覚悟してオンギョウキへ強打を繰り出したのだ。敢えて振りの大きい攻撃をすることで急所への狙いはずらしたが、それでも下手をすれば命を落としてもおかしくなかった。実際にアザゼルの狙いが頭部ではなく胴体狙いだったなら曹操のこの動きも無駄になっていた。

 この土壇場で天運に身を任せ、賭け同然の真似をした曹操の胆力に二人は純粋に驚かされる。

 だが、払った代償は決して軽いものではない。突き刺さったアザゼルの光の槍は曹操の背中側まで突き抜けている。肉も骨も神経も穿たれており、当然そんな状態で聖槍を握ることなど出来ず、聖槍を掴んでいた手は緩み出す。

 オンギョウキの奇襲を辛うじて防げたが、片手が使用不能になった今いつまでもオンギョウキの武器を押さえておくことなど不可能。

 武器を押さえる力が緩む。オンギョウキは力を込め、最初の狙い通りに曹操の喉を裂こうとした。

 曹操の手が力無く垂れる。最早、満足に手を握ることも出来ない。その時、曹操の手から何かが落ちる。

 常人ならばまず見通していてもおかしくない些細な事。しかし、常人とは遥かに異なる存在である二人だからこそそれを決して見逃すことは無かった。

 曹操の手から落ちた物。それは一粒の石。

 その石を見た途端、アザゼルとオンギョウキはすぐさまその場から離れた。破魔、呪殺どちらの力を込められているのか判断が付かないが、曹操が自分諸共二人を巻き込もうとしていたのは分かるので、範囲外へと逃れる。

 石が曹操の手から離れた刹那の間にアザゼル達は急いで数メートル以上も距離を取る。

 二人が安全圏へ着くと同時に石が地面に着く。それをスイッチにして石に内包されていた力が解放され光が溢れるが、その光は破魔とも呪殺とも異なる光であった。

 その光を見て二人は自分達の判断が早過ぎたことを察しアザゼルは顔を顰め、オンギョウキは小さく舌打ちをする。

 曹操は光の中で見る見るうちに負わされた怪我を治癒させていた。だいそうじょうが石に込めたのは何も攻撃の為のものだけではない。いざという時の為の治癒の力も込めていたのだ。

 アザゼルによって風穴を開けられた肩の穿たれた肉、骨、皮はアーシアの神器、フェニックスの涙と同等以上の治癒速度により負傷は無かった事になる。流石に衣服の修繕までは出来ないが、穴が開いた服から覗かせる傷一つ無い皮膚は絶望感を煽るには十分であった。

 

「いやいや、本当にだいそうじょうには頭が下がる」

 

 見せつける様に傷を負っていた肩を回す曹操。何の支障も無いことをアピールする。

 

「嫌味な奴め」

 

 アザゼルもそれが分かっており、ボソリと呟く。アザゼル達も危険は覚悟して攻めたがこうもあっさりと無意味にされると愚痴の一つも言いたくなってしまう。

 曹操は演武の様に聖槍を両手で回し、肩に担ぐ。

 

「本当に危なかったのは間違いないさ。だいそうじょうの力が無ければこうも軽口も叩けない。アザゼル、貴方の槍の矛先がもう少し横にずれていたら結果は変わっていたかも」

「褒めてるつもりか? そういうのは嫌味にしかならないんだよ」

 

 あったかもしれない未来のことを言われても実際にはそうならなかったのだから無意味な仮定である。敢えてそんなIFを出す辺りに曹操の余裕が窺える。

 

「良く喋る。もう少し戦いに集中したらどうだ?」

 

 お返しと言わんばかりにオンギョウキの方から嫌味が飛ぶ。

 

「あはははははっ! それは分かっているんだが、自分でも思った様に制御出来ないんだ! さっきも言った様に生死ギリギリの所を切り抜けたせいで少しハイになってる! 頭の中はアドレナリンとエンドルフィンで満杯だ!」

 

 昂揚していることを認める曹操。オンギョウキはそれに反して負の感情を滾らせていく。主である八坂を誘拐した一味であり、そのことで九重を悲しませてもいる。オンギョウキからすれば存在そのものが不愉快の塊である。それが意気揚々としている様など目と耳を侵す猛毒を振り撒いているに等しい。

 今すぐにでも飛び掛かりたい衝動に駆られる。その時、アザゼルから見えざる念の様なものが飛ばされた。テレパシーなどの特別なことをしている訳では無い。ただ視線に『待て』という意志を込めてオンギョウキを見ただけである。

 普通ならば感じ取ることなど出来ないが、オンギョウキはそれを正確に受け取り、理性を働かせてギリギリで踏み止まる。

 

「そういや曹操よぉ。一つ訊いてない事があったな?」

「何かな?」

「お前らはここで実験をするって言ってたよなぁ? 俺も研究者だから、そういう言葉が気になって仕方ないんだよ」

 

 曹操が饒舌になっているのを利用し、彼らの目的──八坂を利用した実験が何なのかを聞き出そうとする。

 

「ああ、それかい」

 

 曹操は躊躇することなくあっさりと内容をばらす。

 

「都市の力と九尾の狐を使って、この空間にグレートレッドを呼び寄せるのさ」

 

 実験の内容に二人は揃って絶句し、声を荒げる。

 

「正気か、お前っ!」

「馬鹿げたことを……! 八坂様だけでなくこの京都を消滅させるつもりかっ!」

 

 グレートレッドは基本的に温厚である。というよりも最強故にあらゆる事象、全くと言っていい程関心が無い。グレートレッドが唯一愛するのは己の自由。

 そのグレートレッドが自由を侵される様なことがあれば一気に牙を剝くことになり、京都など吐息一つで消し飛ぶことになるだろう。そこに住む人々ごと。

 

「まあ、打倒グレートレッドは他ならぬうちのボス──オーフィスの願いでもあるからね。正直な話、九尾の狐を使うよりも複数の龍王を使った方が確実だった。ただ、場所が散らばっている龍王を捕獲するのは至難の業だ。居場所も掴めていない龍王も居る。神仏だって難儀する」

 

 都合よくヴリトラの器である匙が居たが、龍王一匹居た所で意味が無いので捕獲は見送られることとなった。

 

「……なら八坂様はただの代用目的で攫われたのか?」

 

 オンギョウキの怒気と殺気が一気に膨れ上がる。近くに居たアザゼルは鎧を纏っていてもその気で肌が炙られる様な気分であった。

 忍びらしからぬ激しい気配を放つオンギョウキの様子を窺いながら、アザゼルは一つ気になったことを問う。

 

「わざわざグレートレッドを呼ぶってことは……勝つ算段でもあるって訳か?」

 

 アザゼルは曹操が対グレートレッド用に何かを用意していることに勘付いていた。でなければグレートレッドを呼ぶなどというリスクの大きなことはしない。

 

「それは──」

 

 曹操は何かを言い掛けるがすぐに口を閉じ、ニヤリと笑う。

 

「──これ以上は止めておこう。大総督殿に情報の一欠けらでも洩らしたらたちまち真実まで辿り着くかもしれない。そんなことをしたら仲間から大目玉を喰らってしまうよ」

「ちっ。男は口の回る方がモテるぞ?」

「生憎、そこまで女性には困っていないので」

 

 アザゼルとしてはもっと情報を引き出したかったが曹操がグレートレッドに対して何らかの攻略手段を用意していることは分かった。

 

「──話はここまででいいか?」

 

 オンギョウキが静かに問う。ほんの少し前までは業火の様な殺気や怒気を纏っていたが、今は全くそれを感じられない。

 アザゼルと曹操との会話の中で鎮火したのか? 否、そうではないことはアザゼルも曹操も分かっていた。

 オンギョウキは自らの感情を極限まで集束させていた。それも外部の者達が感じ取れない程完璧に。それを解き放った時、如何なることが起こるのか想像も付かない。

 

(……胃がいてぇ)

 

 今のオンギョウキを見ていると抜刀寸前の刀剣を彷彿とさせ、不自然過ぎる静けさに味方ながら何をするのか予想が出来ずストレスを感じ、胃がキリキリと痛んでくる。これなら先程みたいに分かり易く殺気を出してくれた方がマシであった。

 オンギョウキの赤い眼光が曹操を射抜く。

 

「怖い怖い」

 

 それを受けても腰を抜かすことなく軽口を言ってのける曹操の胆力は凄まじい。しかし、完全に受け流すことは出来なかったのか額から冷や汗を一筋流している。

 オンギョウキが音も無く構える。曹操も合わせる様に聖槍をオンギョウキへ向けた。

 さっきまでとは違い、今度はアザゼルの方がオンギョウキに合わせる立場となる。オンギョウキの動きを感じ取りながらも曹操から意識を離さない。

 場の空気が締まって行き、静寂に満たされていく。小さな物音一つすら大音に聞こえそうな程の静けさ。

 アザゼルはその静けさに嫌なものを感じ取り、オンギョウキから数歩程度離れる。その時、アザゼルは微かだが視線を感じた。視線の主はオンギョウキ──であったと思われる。

 その視線は勝手に動いたアザゼルを咎めるものではなく、寧ろ感心を含んだものに感じられた。あくまで一瞬のことなどでアザゼルも自信は無かったが。

 我慢し切れなくなったのかオンギョウキの押し留めていた殺気が外部へと漏れ出し始める。だが、オンギョウキはまだ動かない。

 漏れ出した殺気が音の代わりに場を満たし出しそれが極限まで高まる。

 この時、アザゼルと曹操はオンギョウキが動くと自然に思った。

 次の瞬間──オンギョウキの体が内側から膨れ上がり、爆発する。

 唐突な自爆に曹操は絶句する余裕も無かった。爆発と共に広がる熱波によりオンギョウキを凝視していた目が即座に乾き、痛みと共に眼球を潤す為に反射的に瞼が閉じる。

 そして、オンギョウキが発する物音一つ聞き溢さない様にしていたので爆音が曹操の鼓膜を直撃し、大きな耳鳴りとなってそれ以外の音を全て消す。

 アザゼルも似たような状態であったが、曹操に比べればまだ症状は軽い。目も見えているし、耳も耳鳴りはあるが聞こえている。纏っている人工神器のおかげもあるが、爆発寸前に離れていたことも理由の一つであった。

 アザゼルはオンギョウキが感心を向けた理由が分かった。伝えてもいないのに偶然だが、オンギョウキにとって都合のいい動きをしたからである。同時にあの時動かなければ巻き込むつもりであったのも理解する。

 尤もそのことに関してはアザゼルも怒りは湧かない。そういう可能性を考慮した上でオンギョウキと共闘しているからだ。

 

(怒りに呑まれていたかと思えば、随分な搦め手を使って来るじゃないか!)

 

 一方で曹操はやられた、と内心悔しがる。何処まで本気で何処まで演技か分からないが、分かり易く自分に注目を集めることで、いつ入れ替わったのか分からない変わり身を爆発させて意表を衝き、まんまと曹操の視力と聴力を封じてみせた。

 忍びらしからぬ派手な欺き方。だが、オンギョウキは同時に暗殺者でもある。何が何でも曹操を殺すという強いメッセージがそこに込められていた。

 

(さあ、何処から来る! 来たのなら……)

 

 堂々と正面か。暗殺らしく背後からか。それとも右か左か。

 目や耳でオンギョウキは追えない。ならば、曹操がこの時取った手段は──

 

(後は天運に任せるとしよう!)

 

 ──自らの運を信じて山を張るというもの。思考停止も甚だしい行為に思えるかもしれないが、曹操は本気であった。

 英雄というものは力や知の他に運という努力などでは決して手に入らないものに恵まれている。神器を宿した時点で運という条件を満たしているが、曹操はその先を求める。

 それは窮地すらも切り抜く強運。

 強運に恵まれていなければ、所詮自分はそこまでの存在だったということ。

 一世一代の山勘に己の生命を賭し、ここだと心が叫んだ瞬間に曹操は聖槍を振るった。

 甲高く響く金属音。腕に伝わる重い感触。曹操は閉じていた目を開けば、背後に向けて振るわれた聖槍が見事にオンギョウキの得物を受け止めていた。

 止められたオンギョウキの動揺が伝わって来る。どう考えても止められる道理は無かったのに曹操は防いだ。まさか勘で止めたなど思い至る筈も無い。

 

「また一つ成長させてもらった!」

 

 聖槍が聖なる気を発する。賭けに勝った曹操の昂りがそのまま聖槍の輝きとなり、破邪の光がオンギョウキに浴びせられる。

 その威光は並程度の悪魔ならば何百、何千居ようとも即座に滅する程のものであり、間近で威光を受けたオンギョウキは無事では済まず、声を発することなく消滅する。

 オンギョウキに勝った曹操。しかし、その表情に喜びは無く寧ろ動揺が浮かんでいた。

 幾ら何でも簡単過ぎる。

 

(まさか……!)

 

 先程あった昂ぶりが一瞬で冷める。眼光を可能な限り稼働させ、周囲を探る。

 視界の端で空間が歪み、人型の何かが動く。

 背後ではなくオンギョウキは最初から正面に潜んでいたのだ。

 

(やはり、あれは分身!)

 

 背筋が粟立つ。客観的に見て絶好の機会であった。だというのにオンギョウキは本体ではなく分身を先行させた。そこに一切の驕りも油断も無い。万が一の可能性を想定しての臆病とすら取れる行動。

 だが、結果として曹操の天運に任せた行動は空振りに終わってしまい、再びオンギョウキにチャンスを与えることとなる。

 

(間に合うか!)

 

 聖なる輝きを放つ聖槍を振り回すと同時に正面へ向き直る。聖槍の放つ光がオンギョウキを隠す隠形法を剥ぎ取り、オンギョウキの姿を引き摺り出す。

 全身の筋肉を稼働させ、オンギョウキの振り下ろしに合わせようとする曹操。彼の脳裏に『間に合った』という言葉が浮かび上がる。

 しかし、曹操はそこで疑問を抱くべきであった。気付かれてから攻撃に移るまでのオンギョウキの動きが僅かに遅いことを。

まるでわざと曹操に合わせているかの様に。

 曹操の聖槍とオンギョウキの得物が衝突する直前、オンギョウキの口から何かが吹き出される。

 吐き出されるのは細かな針。

 

「っ!」

 

 得物を防ぐことで必死になっていた曹操にそれを防ぐ手段は無く、曹操の瞼、そして眼球部分へと突き刺さる。

 死ね、という言葉をオンギョウキは吐かない。その言葉は振るわれた刃が曹操の首を刎ねた時に吐き捨てられるからだ。

 

 

 

 

「──はっ。見栄えは少し良くなったか?」

 

 ヘラクレスの神器の力を取り込み、爆炎で作り上げた実体の無い二頭によってようやく地獄の番犬らしい姿になったケルベロスに軽口を言う。

 

「グルルルル!」

 

 ケルベロスはそんな話に付き合う義理など無く、ヘラクレスに向かって走り出す。まだ倒れているロスヴァイセに被害が及ばない様に直線ではなく彼女から離れる様に弧を描きながらの疾走であった。

 

「吹っ飛べ!」

 

『超人による悪意の波動』が生成するミサイルがケルベロスへ一斉発射される。ケルベロスの狙い通り、全てのミサイルはケルベロスに殺到する。

 

「ガアアアアアッ!」

 

 ケルベロスの三つの口が開く。中央の口からは炎が吐き出され、左右の口からは衝撃を伴った炎──爆炎が放たれる。

 業火で焼かれたミサイルはケルベロスに着弾する前に爆発。その爆発は誘爆を引き起こして周囲のミサイルも巻き込む。神器の力を取り込んだことで吐かれた爆炎は、まず衝撃によってミサイルを変形させて弾道を狂わせ、後から来る炎によって爆発を起こさせる。

 

「ちぃっ!」

 

 ヘラクレスは舌打ちをする。ケルベロスに全ての照準を向けたせいでミサイルが密集状態となり、誘爆が起こり易い状態になってしまっていた。そのせいでケルベロスの方は碌に狙い定めず容易にミサイルを打ち落としてしまう。

 次弾をすぐに発射しようと考えるヘラクレスであったが、それよりもケルベロスが間合いを詰める方が早い。仮に発射しても神器の性質上ある程度の射程が無ければ意味が無い。元々大雑把な神器だが、禁手化によって更に大雑把になってしまっている。

 その間にケルベロスは自らの間合いまで接近しており、ヘラクレスへ牙を剝いて飛び掛かる。

 

「グルアアアッ!」

「させるかよぉぉ!」

 

 ケルベロスは頭部を嚙み砕こうとしていたが、腕を間に挟み込まれてしまったので代わりに腕へ噛み付く。

 腕は手甲の様に神器に覆われていたが、ケルベロスの牙はそれを嚙み砕き鍛え抜かれたヘラクレスの生身の腕まで牙を通す。

 

「くっ! いてぇじゃねぇか! 犬ッコロ!」

 

 筋肉を引き締め、牙が深く侵入するのを防ぐケルベロス。すると、真ん中の頭部だけでなく左右の爆炎の頭もまたヘラクレスの腕へ噛み付く。

 

「グルルルル! モラッタモノヲ返スゾ!」

「何!」

 

 爆音と共にヘラクレスの腕に衝撃が駆け抜ける。

 

「がはっ!」

 

腕を伝い、全身を駆け巡る強い衝撃。体の内部から揺さぶられる。痛みもあるがそれよりも経験したことのない不快感がヘラクレスを襲う。

 ケルベロスが捨て身で取り込んだヘラクレスの禁手の力。それを言葉通りヘラクレスの体内へと送り込んでおり、ヘラクレス自身が自らの放ったミサイルの破壊力を体感することとなった。

 桁外れに頑丈な肉体を持つヘラクレスでも染み渡る様に広がる神器の力には苦痛を覚える。そう何度も耐えられる様なものではない。

 

「調子に乗るんじゃねぇぞ!」

 

 ヘラクレスはもう一方の腕に束にしたミサイルを生成する。これだけの至近距離だとヘラクロス自身にも被害が及ぶが彼は構わなかった。それよりも『超人による悪意の波動』のミサイルを直接ケルベロスへ叩き込むことを優先する。

 

「吹っ飛びやがれっ!」

 

 弾帯の様になったミサイルをケルベロスの胴体へ撃ち込もうとした瞬間──

 

「させません!」

 

 悪魔の翼を羽ばたかせたロスヴァイセが突っ込み、ヘラクレスの腕にしがみつく。

 

「てめえっ!」

 

 ヘラクレスはロスヴァイセを振り解こうとするが、ヘラクレスの腕は真横に伸ばされたまま動かない。ヘラクレスの怪力がロスヴァイセの細腕の力に抑え込まれている。

 

「私は、『戦車』です! 力も、結構あるんですよ……!」 

 

 それでもロスヴァイセ一人だったのならヘラクレスを押さえつけるのは無理だっただろう。だが、片腕だけならロスヴァイセの力でも辛うじて止められる。

 

「この──ぐあっ!」

 

 ヘラクレスの体内を爆発の衝撃が貫く。ヘラクレスの目が赤く充血し、鼻血が垂れ出す。体中の毛細血管が衝撃によって切れたことによるもの。直接噛まれている腕など既に内出血でどす黒く変色し出している。

 ヘラクレスは穴という穴から血を噴き出して絶命することとなる──このまま行けばの話だが。

 

「く、くくく……はははははははっ!」

 

 ヘラクレスはこの逆境に於いて笑う。どうしようもなくなった諦観による笑いでは無い。声に覇気が満ちている。

 

「甘く見てたぜぇ。お前らのことを! ははははははは!」

 

 自らを戒め、これから起こること全てを自分の甘さが招いたことと受け入れる。

ヘラクレスの笑いは自らを鼓舞する為のものであった。

 その決意はケルベロスとロスヴァイセにも伝わって来る

 

「さあて……ド派手に行こうじゃねぇかっ!」

 

 ヘラクレスの体からミサイルの弾頭が隆起する。しかし、それらは発射されることはなく、ヘラクレスの体に付けたまま輝き始めた。

 ケルベロスは喰らい付いたままロスヴァイセの方を見る。ロスヴァイセは覚悟を宿した瞳でケルベロスを見返す。それを答えと受け取り、ケルベロスもまた離れることなく攻撃を与え続ける。

 

「一緒に吹っ飛べぇぇぇぇ!」

 

 最初は光。その後に音。そしてそれを追うかの様に衝撃波が発生し、巨大な爆発が生まれる。

 ヘラクレスの覚悟を形にした盛大な自爆。周囲の木々や建物が余波で倒れていく。

 大きなキノコ雲が空高く昇った後、爆心地では深く、広いクレーターが出来上がっており、その中心ではヘラクレスが片膝を突いていた。

 

「はあ……はあ……一つ、勉強させて、貰ったぜ……!」

 

 ヘラクレス自身の頑丈さもあったが、『超人による悪意の波動』を発動した際に纏っていた神器はミサイルの威力をかなり軽減させられるのを身を以って知った。いくらヘラクレスでも試しで自分の禁手で自分を攻撃する様な真似はしなかった。だからこそ今に至るまで知らなかったのだ。代償として神器はほぼ壊れてしまい、残骸が体に張り付いているだけの状態になっている。

 しかし、それでも自爆でのダメージはそれなりにあり、体の表皮が剥がれ落ちた箇所や抉れていたり裂けていたりなどし全身から血が滴っている。ミサイルの爆発に巻き込まれて形が残っていることを考慮すれば軽過ぎるぐらいだが。

 大量出血する中でヘラクレスは視線を動かす。数メートル離れた所でロスヴァイセが横たわっているのを発見する。ヘラクレスの自爆を至近距離から貰ったというのにこちらも形を留めている。悪魔の駒の『戦車』は力と耐久力を上げることを知っていたが、それでもダメージが少ない様に思えた。

 ロスヴァイセを警戒するヘラクレス。しかし、視線の端に銀色のものが映り意識が反射的にそちらへと引っ張られてしまった。

 首を動かし視界の中心にそれを映す。目当てのケルベロスは伏せの様な姿勢で動かずに居た。こちらもまた五体満足な状態である。

 

「ちっ……どいつもこいつも頑丈だな」

 

 自分はまだしもケルベロスとロスヴァイセが四肢の一つも捥げていないのはヘラクレスからすれば少々プライドが傷付く結果であった。神滅具には敵わないかもしれないが、通常クラスの神器の中では上位の破壊力を有していると自負しているヘラクレスとしては面白くない結果である。

 

「──まあ、いいか。そんだけ歯応えがあったってことだ」

 

 相手の実力を認める一方で自分を慰める様な独り言を零すとケルベロスの方へ向かっていく。

宣言通りにケルベロスの毛皮を剥ぐつもりであった。その途中、何かに足を取られ、体がよろける。

 

「おっ……」

 

 視線を下ろす。普段ならば絶対に引っ掛からないだろう小さな窪み。それにさえ見落としているということは、自分が思っている以上に消耗していることを思い報せる。

 誰も見ていないが無様を晒したことに苛立ち舌打ちするヘラクレス。

 下げていた視線を上げ──

 

「──ああっ?」

 

 ──飛び掛かって来ていたケルベロスの存在にようやく気付いた。

 

「があっ!」

 

 咄嗟に後方へと下がるが、振り下ろされたケルベロスの爪先から集束された魔力が飛び、前脚の長さ以上の間合いを持っていたことからヘラクレスの肩から腹部に掛けて袈裟切りにされ、四本の深い傷が刻まれる。

 

「て、てめぇ……!」

 

 鋼の肉体から足元を一瞬で血溜まりにする量の血が噴き出る。

 

「グ、グルルルル……!」

 

 ケルベロスはヘラクレスを切り裂くと共に碌な着地も出来ず、地面へ側面から落ちて動かなくなる。

 

「まだ、意識があったのかよ……!」

 

 よろよろと意思に反して後退するヘラクレスの足。うつ伏せになって気絶していたと思っていたが、あれは密かに四肢へ力を溜めていたのだと今更気付かされる。

 

「やるじゃねぇか……!」

 

 ヘラクレスはふらつく足に力を入れて踏み止まると、神器を発動しようとする。だが、その瞬間、抉られた傷から勢い良く血が飛び出した。

 

「くっ……!」

 

 大量の失血によりさしものヘラクレスも膝を突いてしまう。

 神器が発動しない。神器は使い手の強い意思に反応する。意識が朦朧とし始め出したヘラクレスでは意思を強く保てない。

 

(血が足りねぇ……!)

 

 鼓動の速さがおかしくなる。血流が弱まり、脳へ送る血液も減る。ヘラクレスの闘志はまだ尽きていないが、体はそれに付いてけない。

 

(まだだ! 俺は……!)

 

 弱る体を精神力で無理矢理動かそうとした時、ヘラクレスの足元に霧が発生する。

 自分の良く知るそれにヘラクレスは瞠目し、叫ぶ。

 

「止めろ! ゲオルク……! 俺は──」

 

 最後まで言い切ることを許さず、ヘラクレスの意思を無視して霧は彼を包み込み、霧が消えるとヘラクレスも居なくなっていた。

 ゲオルクの『絶霧』による転送。仲間の命の危機を察しての回収だったのかもしれないが、結果としてこの戦いの決着は付かずに終わってしまった。

 

「グルルル……生キテ……イルカ……?」

「はい……何とかですが……」

 

 ケルベロスの擦れた声にロスヴァイセがか細い声で応える。

 

「礼ヲ言ウ……アノ時……オマエノ魔法ガナカッタラ……ヤラレテイタ……」

 

 ヘラクレスが自爆する直前、ロスヴァイセは自分とケルベロスに防御魔法を施していた。それにより爆発のダメージをある程度軽減することができ、ケルベロスも最後の一撃を与える為の余力を残せられた。

 

「そう言って……貰えると……勉強した甲斐が……あります……」

 

 ロスヴァイセは微かに微笑んだ。

 

「でも……残念です……イッセー君達の……所へ……行けそうに……ありません……」

「グルルル……ヤルダケノコトハヤッタ……」

「そう……ですね……」

 

 ロスヴァイセは限界を迎え、目を閉じて意識を失う。

 ケルベロスの方も瞼が重くなり、意識に闇が掛かって来ていた。ヘラクレスとの戦闘によるダメージや神器の力を吸収するという無茶のツケが回って来た。

 

「後ハ信ジルシカナイ……スマン……」

 

 指一本動かすことの出来ないことを無念に思い、シンへの謝罪の言葉を残しながらケルベロスもまた気絶する。

 先程までの激しい戦いが嘘の様な静寂。それが戦いの終わりを告げる音無き合図であった。

 




真・女神転生Ⅴクリアしました。今回は色々と固有技が増えて良かったです。
人修羅も倒しましたが、新しい技が増えましたね。
ハードではクリア出来る気がしません。

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