ALO〈アルヴヘイム・オンライン〉~神々の黄昏~ 作:剣の舞姫
ALO《アルヴヘイム・オンライン》
~神々の黄昏~
第七話
「揃う主人公」
もう、駄目かと思った。こんな、グランドクエストの序盤で自分の戦いは終わるのかと、涙が出そうにもなった。
だけど、カナの前に現れた漆黒の青年が振るう虹色の刃が、ガーディアンを蹴散らした事により、カナは絶体絶命のピンチから抜け出せたのだ。
「無事か?」
「あ、ありがとう……えと」
「俺は、シン……見ての通り
「わ、私はカナ! えっと、改めてありがとうシン君」
「いや……それより、さっきのMobは? 初めて見るタイプだけど」
青年……シンが尋ねたのはガーディアンの事についてだ。ALOがレクトからユーミルの管理になり、新生されてからガーディアンは本来なら削除されている。
だから、旧ALOを知らない世代はガーディアンを知らないのも当然で、それはつまりシンが旧ALOを知らない世代という事だ。
「私も初めて見る奴だったよ……多分、このグランドクエスト限定のMobじゃないかな」
「グランドクエストか……本当に突然始まったから俺も驚いている」
「うん、私も。だからこれからの事をお父さんの友達と相談しようと思ってアインクラッドに向かってる途中だったんだ」
「君の父も、ALOプレイヤーなのか」
「うん、古参組だよ」
ならば丁度良いとシンは口にした。どうやら彼は独自にグランドクエストについて調べて対応しようとしていたらしく、カナに着いて行けば何か分かるかもしれないのだと判断したのだとか。
「俺も、着いて行って良いか?」
「シン君も?」
「ああ、それにグランドクエストが始まってからMobの出現アルゴリズムが崩れてるし、普段よりも強くなってる……パーティーを組めるなら組んでおきたい」
「う~ん、そうだねぇ……うん、じゃあこっちからもお願いしようかな」
シンの実力は先ほど見せてもらった。自分にも迫るか、もしかしたら同等以上かもしれない実力があると見た彼と組めば、生き残れる可能性が上がる。
「それで、アインクラッドの何処に?」
「えっと、22層にあるコラルの村から南西エリアの南岸だよ」
カナと、それから両親のホームは61層のセルムブルグにあるのだが、仲間内が集まるのは基本的に22層の方だ。
だから現在ログインしているらしき父の友人も22層に居るのだろう。
「じゃあ、アインクラッドまで一気に行くけど……シン君、超高速飛行は?」
「大丈夫、出来る」
「ん、そんじゃ……GO!」
二人揃って静止状態から一気にトップスピードで飛行する。
そして、アインクラッドに到着するまでの間に何度かガーディアンや普通のMobが出現したものの、ALOでもトップクラスの実力者であろう二人が揃った現状なら特に障害とはなり得ない為、問題なくアインクラッドの第1層に到着するのだった。
アインクラッド第1層はじまりの街に到着したカナとシンは転移門から22層コラルの村へ移動し、そこから更に飛行して南西エリアへ向かっていた。
「……良い、村だな」
「えへへ~、でしょ? 私のホームは61層だけど、こっちも気に入ってるんだよ」
「へぇ……いや、分かる気がする」
下を見れば湖で釣りをしているプレイヤーの姿も見えて、本当に穏やかな村なのだという事が分かる。
現在でもグランドクエストが発生しているというのに、この場所だけはそんな事は関係無いとばかりに、極々普通の穏やかな空気が流れているのだ。
「見えた!」
「ん? ああ、あのログハウスか?」
「そうだよ!」
二人の視界に映ったのは湖の畔にある森に囲まれた一軒のログハウスだった。そのログハウスの前に到着した二人は地上に着地して羽を消すとカナが先頭に立って玄関まで行き、扉をノックする。
「は~い!」
「あれ? この声……」
随分と幼い声が聞こえた。そして、その声はカナにも聞き覚えのあるもので……。
「あれ? カナちゃんじゃない、久しぶりね」
「セブンさん!?」
出てきたのは
「セブンさん、どなたが……あら、カナちゃん?」
「ユイちゃん!? こっちに来てたの!?」
セブンの後ろから現れた女性は、やはりというか、ユイだった。それはそうだ、このログハウスの管理者はセブンではない、本来の管理者か、ユイが居なければ中に入れないのだから、ユイが居ても不自然ではないのだから。
「とりあえず、カナちゃんと……貴方も、中に入ってください」
「あ、うん」
「……どうも」
中に案内され、カナは勝手知ったる他人の家と言わんばかりにソファーへ腰を下ろし、シンは少し緊張気味に、そして所在無さ気に立ち尽くしていた。
「あら、そんなに緊張しないでください。どうぞ、カナちゃんの隣に腰掛けて頂いても良いですから」
「えっと……は、はぁ」
セブンは元々座っていた席に座り、シンもカナの隣の席に恐る恐る腰掛けると、目の前にユイが紅茶を差し出した。
そして、ユイがカナの向かい側の席に腰掛けて自分の紅茶をカップに注いだ事でようやく話が出来る体制が出来上がる。
「先ずは初めましての方も居ますし、改めて自己紹介しましょう?」
「そうだね! じゃあ、シン君、改めてさっきはありがとう、
「
「
「ユイです、カナちゃんの幼馴染で一応ナビゲーションピクシーっていう立場ですね」
ユイがナビゲーションピクシーと名乗った事でシンが首を傾げた。それはそうだ、何故なら今のユイは姿こそ妖精ではないが、プレイヤーと見紛うばかりの姿なのだから。
黒いロングヘアーが美しい20代程であろう均整の取れた美貌の美女、160cm近くはありそうな身長と抜群のスタイルは男なら誰もが振り向きそうなモデル体型で、細い銀糸を爪弾いたかのような聞き心地の良い声と相まって、まさに美人のお姉さんと言えるのが今のユイだ。
「ちょっとわたしは特殊な事情がありまして……まぁ、今はそれは関係ないので省きます。それで、カナちゃん……気づいていると思いますが」
「あ、うん……グランドクエストだよね?」
「ええ、狼の冬、風の冬の二つが発生し、先ほど剣の冬も確認された以上、もう確定です」
「あれ? 剣の冬? 起きたっけ……」
「ここに来る途中、こんなMobに出会いませんでした?」
ユイが手元に映したパネルには一体のMobの姿が写っていた。それは先ほどカナやシンが戦ったガーディアンの姿で、カナとシンもそれを見て頷く。
「これが大量にALOの各地で現れたそうです。このMob……ガーディアンの出現こそが剣の冬で間違い無いでしょう」
「ガーディアン? あのMobの事、ですよね?」
「はい、シン君とカナちゃんが知らないのも無理は無いと思いますが、このガーディアンは昔の……ALOが現在のユーミルではなく、まだレクトプログレスにて運営されていた当時の旧ALOにおけるグランドクエスト、世界樹攻略に際して出現する世界樹のガーディアンだったMobです」
世界樹のガーディアンが剣の冬の正体、つまりこれで三つの冬全てがALOで発生した事になる。
これから始まるのだ。ALOの存亡を賭けた、全プレイヤー強制参加型超大規模クエスト……グランドクエストが。
「私はアメリカからログインしてるんだけど、アメリカでも結構話題になったよ。グランドクエスト発生後に死亡してALOにログイン出来なくなったプレイヤーが大量発生したって」
「そういえば、セブンさんは何でALOに? 5年前くらいに引退したって聞いたけど」
「キリト君に話を聞いて調査にね、これでもVR研究者ですから」
セブンが調査しているのはALOのカーディナルシステムだ。何故カーディナルが、こんなクエストを発生させたのか、いや……何故起きたのかは、既に理解している。だから、何故このタイミングで、なのかを調べていると言った。
「ちょっと、待て……いや待ってください。グランドクエスト発生の理由、分かってるんですか?」
「はい……恐らく、引き金を引いたのはわたし達、ですね」
「え、ユイちゃん……どういうこと?」
「……カナちゃん、パパの持っている剣の名前、言ってみてください」
そう言われてカナはユイの父、キリトの持つ三本の剣を思い浮かべ、その名前を口にした。
「えっと、ユナイティウォークスと、フェイトリレイター、それからエクスキャリバーだよね?」
「エクスキャリバー!? あのレジェンダリーウェポンのか?」
「あ、うん」
「そうです。そして、今回のグランドクエスト発生の引き金を引いたのは、そのエクスキャリバーです……前にも、ALOの崩壊が起き掛けたクエストがあったんです」
それは、嘗てユイも参加したエクスキャリバー入手のクエストだ。あの時も、ALOが危うく崩壊仕掛ける事態になった。
そして、そのクエストのボスが口にしていた言葉から察するに……あのクエストが、そしてエクスキャリバーを入手した事自体が……今回のグランドクエスト発生の引き金となったのだろう。
「パパも、それに気づいて責任を感じているようでして……今はリアルの方でママと、ナツお兄さん、ユリコお姉さん達と一緒に動いてます……嘗ての仲間達を集めて、このグランドクエストを攻略する為に」
「そして、その先遣隊としてログインしたのが私ってことだよ」
ブラッキー先生ことキリトの嘗ての仲間達、ALOにおける伝説のプレイヤー達が、10年の時を経て再びALOで大きく動こうとしている。
確かに心強い。もしかしたらこのグランドクエストも彼らなら攻略出来るかもしれないという思いもある。だけど、カナはそれを待っていられるほど辛抱強く無い。
「ユイちゃん、私は……」
「分かってます。カナちゃんは座して待つなんて出来る子じゃないって事は。だからナツお兄さんがわたしに頼んできたんですよ」
「お父さんが?」
「カナちゃんのサポートをして欲しいって、このグランドクエスト発生中はカーディナルもわたしというバグに力を裂いている余裕は無いですから、わたしも本気を出せます」
そう言って、ユイは今までピクシーとしての姿でなければ出せなかった羽を、今の人間大の姿で出現させた。
「わたしもカナちゃんと一緒に戦います。幸い、武器はありますから」
ユイの手に現れたのは彼女の母と同じ世界樹の枝と、それから紺色に染まった細身の片手剣だ。
「それ、マクアフィテル?」
「はい、亡きユウキさんの剣をお借りしてます。ママからも、わたしなら良いと許可を頂いてますから」
残念ながらセブンは自ら戦うタイプではないので、カナのサポートは出来ない。だからこそ、カナと共に戦い、サポートするのはユイなのだ。
「あの……俺も、その」
「シン君?」
「いや、話を聞いて、俺も手伝えないかと思って……俺も、ALOが無くなるのは嫌だから」
それは心強かった。カナはシンの実力を知っている、彼なら共に戦う仲間として十分過ぎるほどだ。
「良いんですか? 貴方は確かに実力があるようですけど、本来ならこの戦いはわたし達の責任でもあります」
「確かに、引き金を引いたのはあなた達なのかもしれないけど、でも……ALOの為に戦うのはALOプレイヤーの義務だ。なら、俺はその義務を果たしたい」
「そうですか……なら、お手伝い、して頂けますか?」
「はい!」
こうして、カナ、ユイ、シン、三人のパーティーが結成された。進行するALOの崩壊に向けたグランドクエストに対抗する為、新たな世代の剣士達が、ここに揃う。
それを見ていたセブンはふと、思う所があったのか窓の外に目を向けて友人達へメッセージを飛ばした。
「(私達の時代は、もう終わったのかもしれないね……キリト、ナツ)」
次回から本格的にグランドクエスト開始! 北欧神話の勉強大変ですw