ALO〈アルヴヘイム・オンライン〉~神々の黄昏~ 作:剣の舞姫
ALO《アルヴヘイム・オンライン》
~神々の黄昏~
第三話
「妻となった者達」
東京都の某所にある高級住宅街、そこには昨年新築されたばかりの少し豪勢な一軒家が建っていた。
表札に書かれている苗字は桐ヶ谷、つまりこの家は世界的に有名な桐ヶ谷和人博士の家という事で、近所でも相当に注目を浴びている。
「ふんふ~ん♪」
桐ヶ谷邸の庭には、現在洗濯物を干している一人の女性が居た。栗色の髪とヘイゼルの瞳が美しいその女性の名は桐ヶ谷明日奈、桐ヶ谷和人博士の妻であり、世界的に有名な大企業、レクト社現CEOの妹でもある彼女は、普段は専業主婦として家事一切を勤める良妻だ。
「ママ~」
「まま!」
「あら、のどちゃん、あきちゃん、どうしたの?」
そんな明日奈の足元に歩み寄る二人の小さな人影、和人と明日奈の間に生まれた双子の男の子と女の子、桐ヶ谷 明と桐ヶ谷 和だ。
兄である明は母と同じ栗色の髪と父の漆黒の瞳を受け継ぎ、今は幼いながら明日奈の指導でフェンシングを習っている元気な男の子。
妹の和は父の黒髪と母のヘイゼルの瞳を受け継ぎ、父から剣道を教わっていて、姉に似てお淑やかな女の子。
「おきゃくさん! ゆりこおばさん来たよ!」
「ゆりちゃんきたの~!」
「あらあら、もうそんな時間なのね……それとのどちゃん、ゆりちゃんじゃなくて、百合子おばさんね?」
「あい!」
本当に理解しているのか怪しい愛娘に苦笑しながら、明日奈は双子の手を引いて庭からリビングに入ると、既にリビングのソファーに赤子を抱いた百合子が座っていて、軽くお辞儀をした。
織斑百合子、織斑一夏博士の妻であり、嘗ては情報工学の分野に優れ大学で教鞭を取っていたが、妊娠を機に退職後は明日奈と同じ専業主婦をしながらパソコンスクールの講師のアルバイトをしている。
「いらっしゃい百合子ちゃん、それと由夏君もいらっしゃい」
「はい、明日奈お義姉さん……ほら、由夏」
「あぅあ……ううぅ~」
「ふふ、かわいい~」
明日奈の方を向いて無垢な瞳で見つめる由夏はまだ1歳、流石に喋る事は出来ないが、何度も会っているから顔を覚えているのか手を伸ばして頬を突く明日奈の指を掴んで来た。
「だぅ」
「あらら、くすぐったかったかなー?」
「だぁ!」
由夏が指を離してくれたので、明日奈はカウンターキッチンに入って紅茶の用意を始める。ソファーに座る百合子が和と明の面倒を見てくれているので、心置きなく準備に専念出来るというものだ。
「そういえば真耶先生はまだ?」
「真耶先生は、少し遅れるって……午前中は病院で検査って言ってたから」
「そっか、もう4ヶ月だったもんねー」
今は主婦仲間となった嘗ての恩師の話題で盛り上がる中、紅茶を淹れ終わった明日奈が二人分の紅茶と、それから双子用のジュースを持ってリビングに戻ってきた。
「ありがとうございます……ん、美味しい」
「そう? 良かったぁ、それこの前の出張で和人君が買ってきたお土産なんだよ」
「前のというと……確かイギリスの?」
「そうそう、久しぶりにセシリアちゃんに会って貰って来たんだって」
遠い海の向こうに居る友人を思い出し、懐かしさを感じる。もう、IS学園を卒業してから7年の歳月が過ぎ、自分達も親となって、友人達もまた、それぞれの人生を歩んでいるのだと思うと、年月の流れを強く実感した。
「そういえば、百合子ちゃんの実家は……まだ?」
「ええ、未だに私達が結婚した事を許していないみたいで……更に、由夏を引き渡せとまで」
「やっぱり、跡継ぎを考えてるんだね」
「私としては、由夏が望むならそれも良いと思いますけど、まだ1歳なのだから、自由に育てたいです」
織斑夫妻の結婚も、桐ヶ谷夫妻の結婚も、実を言うと全ての人々に祝福されたものではない。織斑夫妻の場合は百合子の実家が未だ認めておらず、百合子は半ば絶縁されている。
桐ヶ谷夫妻の方も似たようなもので、明日奈の両親こそ認めてくれているが、明日奈の実家の本家……結城本家が未だ認めず、今でも明日奈に離婚させて新しい婚約者を宛がおうとしているのだ。
いや、結城本家はまだ更にえげつないのかもしれない。明日奈だけではなく、和と明にも結城家は目を付けており、既に婚約の話を明日奈の実家に持ってきているという話を聞いたことがあった。
「旧家の出身と、長い歴史を持つ華道の家元の出身って、本当に大変だねー」
「ですね」
暗い話になりそうになったが、そんな空気をチャイムの音が吹き飛ばしてくれた。
明日奈がモニターで確認してみれば、来客は予想通り二人の恩師、壷井真耶がマタニティードレス姿でカメラに映っている。
『こんにちは、結城さん』
「真耶先生! 今開けますねー」
明日奈が玄関に向かい、真耶を迎えると、二人揃ってリビングに入ってきた。
「こんにちは、真耶先生」
「宍戸さん! こんにちは、お元気そうですね」
「真耶先生も……お腹、少し出てきた?」
「はい、最近は悪阻も酷くて……」
椅子に座った真耶は鞄の中から手作りレモネードを取り出し、明日奈が差し出したコップに注ぐ。どうやら紅茶の香りは駄目らしく、レモネードを予め作って来ていたらしい。
「そうだ、遼太郎さんが昇進なさったんですよね? おめでとうございます」
「ありがとうございます! あの人も喜んでいますよ……まぁ、桐ヶ谷君と織斑君にはご迷惑を掛けたみたいですが」
「「あ、あはは……」」
先日深酒をして帰ってきた夫を思い出し、苦笑する妻二人と恐縮する妻一人。
「それにしても、平和になりましたね~」
「私達がIS学園に居た頃は、戦ってばかりだった、かな」
「真耶先生はわたし達が卒業した後も大変でしたよねー」
「あ~、あれですか……
「あの時は確か、一夏と遼太郎さんが駆けつけて撃退したんでしたっけ?」
「そうですよ~、あの頃はもう男性でもISを動かせるようになってましたから、遼太郎さんったら束さんから頂いた専用機で戦ってました」
当時大学生でアメリカ在住だった一夏と、日本に居た遼太郎がIS学園に駆けつけ、あの事件が切欠で遼太郎と真耶は結婚したのだから、今となっては良い思い出とも言える真耶だった。
「IS学園か~、懐かしいねー」
「今は束さんが教頭で、千冬義姉さんが学年主任だっけ」
「そうみたいですよ~。私が寿退職した時は既に束さんが教頭になってました」
「男子生徒数が、全体の30%になったのも、昔を考えれば変わった」
ISが男性でも操縦可能になってから5年、世界はISが登場する前の時代に戻りつつある。
今でも女尊男卑主義を掲げる国家も存在するし、女性権利団体も10年前の事件で大多数が逮捕、処刑されたが、それでも未だ残党が小さな活動を続けているが、殆どの国家で男女平等が戻ってきた。
「今はニューロリンカーの登場でVR技術の全盛期ですから、ISはいずれ衰退しますねぇ」
「元日本代表候補生がそんな事を言って、大丈夫ですか? いえ、ニューロリンカー作った夫を持つ身が言うべき事ではないですけど」
「大丈夫ですよ。あくまでそれは元ですし、IS学園教師だったのも元の話、今は遼太郎さんの妻で、これからお母さんになるんですから、ISからはもう完全に離れました」
まぁ、真耶の言う通り、IS技術はどんどん衰退している。第4世代の量産化までは何処の世界でも成功したが、第5世代の試作段階から先に進んだ国は、今現在も存在しない。
「さぁ! ISの話はもうお終いにして、百合子ちゃん真耶先生! 今日はお夕飯食べて行くんだよね?」
「うん、今日は一夏もクロエちゃんと一緒にこっちに来るって言ってた」
「こちらも遼太郎さんが桐ヶ谷君とユイちゃんと一緒に来るってメールが入ってます」
「じゃあ、主婦三人でちょっと豪勢な夕飯にしましょっか!」
「賛成です!」
「……頑張ります!」
こうして、主婦達が腕を振るった結果、帰宅した夫三人と、一緒だったクロエ、夏奈子は大層満足し、それを眺めながら擬体のエネルギー補給をしていたユイがその光景を写真に収めていたのは、言うまでも無いだろう。
続いて最新話行きます。