ALO〈アルヴヘイム・オンライン〉~神々の黄昏~ 作:剣の舞姫
ALO《アルヴヘイム・オンライン》
~神々の黄昏~
第一話
「桐ヶ谷 結」
「まったく! この玄人向けダンジョンに潜り慣れているからってカナちゃん一人で挑むなど言語道断です! いつもナツお兄さんやパパ達と一緒にPTを組んで潜るようにって口を酸っぱくして言ってますよね?」
「あ、あの~……ユイちゃん、こんなダンジョンの通路でお説教は簡便して欲しいなぁって、思ってみたり?」
「口答えするんじゃありません!」
「うぅ……」
最後のMobをユイの凍結魔法で倒した後、カナはダンジョンの通路の真ん中で正座させられてお説教を受けていた。
普段、この姉は怒る事は無く、どちらかと言うと穏やかでお淑やかで、優しい人物なのだが、怒ると本気で怖いのだ。
因みにユイはカナの実の姉なのではなく、ただの幼馴染で、カナの父の友人の娘で、幼い頃から姉と慕っているから姉扱いをしている。
「それで、どうして一人でこのダンジョンに入ったんですか?」
「えっとぉ~……なんとなく?」
「……♪」
まずい。カナがそう思った時は既に遅く、ユイが眩いばかりの笑顔を浮かべながら額に太っとい青筋を浮かべていた。
「カナちゃん」
「はい」
「今すぐダンジョンを出てログアウトしなさい」
「え……?」
「お姉ちゃんの言う事が聞けませんかー?」
「あ、あいまむ!」
ユイは怒ると彼女の母によく似ている。彼女の父の様な冷たく凍てつくようで、それでいて烈火の如き怒りではなく、ユイの母と同じで笑顔なのに瞳の奥が一切笑っていない最も萎縮する怒り。
取りあえず、怒ったユイに逆らうのは得策ではないので、急ぎ足でダンジョンを出たカナはログアウトをする為にイグドラシルシティへと戻るのだった……リアルに戻った後に待ち受けているであろうユイのお説教に怯えながら。
「……」
そんなカナの後姿を微笑ましく見送っていたユイは、ふと背後を振り返り、何も無い……ただダンジョンの通路が広がる空間を鋭く睨み付ける。
「何でしょうか……この違和感。ダンジョンから? いえ、違う……この違和感は、カーディナル? でも、何で……っ!」
すると、ユイはその場から飛び退いて魔法詠唱の準備を整えながらダンジョンの壁を睨み付けた。
「まだ、この世界で生きていたんですね」
『ふむ、やはり君には気づかれてしまうか』
「当然です。わたしを誰だと思っているんですか?」
『その君の創造主である私が知らないとでも?』
「その言い方……やめてください。わたしは桐ヶ谷和人と桐ヶ谷明日奈の娘の、桐ヶ谷 結です!」
『そうか、そうだったな……』
壁に映ったユイの影からユイの物ではない声が聞こえ、その声とユイは会話をしていた。それも初対面ではないかのような会話から、影から聞こえる声の主はユイと顔見知りという事になる。
「それで、態々電脳世界を延々と漂うだけの貴方が、今更わたしに何の用があるのですか?」
『忠告、という言葉がこの場合は当てはまるのだろうか』
「忠告?」
『気をつけたまえ。アルヴヘイムのカーディナルシステムは、ついにオリジナルコピーとしての役割を果たそうと動き出した』
「っ!? それは、まさか……」
『私は、それもまた一つの結末だと思っているが、君や、君の両親、それに妹君達も違うのだろう?』
「当然です! 絶対に……」
『どのような行動を見せてくれるのか、楽しみにさせて貰おう』
その言葉を最後に影から声が聞こえなくなった。忌々しいとばかりに舌打ちしそうになったユイだったが、はしたないと慌てて口を押さえる。
「……調べる必要がありそうですね」
いつの間にか、ユイを取り囲む様に30体以上のMobが武器を構えてユイをギラギラと血走った目で睨み付けている光景を、目を細め、流し目で確認したユイは溜息を一つ零して歩き出した。
歩き出すのと同時に
すると、ユイの姿は今までの20歳くらいの女性の姿から小さな愛らしい妖精の姿……ナビーションピクシーの姿になり、小さな羽根を羽ばたいて空を飛んだ。
「カーディナル……あなたの好きには、させませんよ」
ALOから現実世界のユイの身体……桐ヶ谷 結としての擬体に戻った結は身支度を整える為にクローゼットを開く。
中から取り出した白のフリル付きブラウスとレモン色のミニ丈フレアスカート、薄手のデニムシャツを取り出すと大学へ行く時に普段着ているワンピースを脱いでスカートとブラウスを着込み、最後にデニムシャツをボタンを閉めずに羽織る。
後は軽くだがナチュラルメイクを施して唇に桜色のリップを塗り、最後に昨年の春、大学入学祝いだと母方の祖母にプレゼントして貰ったブランド物である桜色のハンドバックを持つと髪型は特に弄らなくて良いだろうとストレートヘアーのまま部屋を出て、夏奈子の所へ行く前にキッチンで夕飯の支度を始めていた母に一声掛けた。
「ママ、ちょっとカナちゃんのところに行って来ますね」
「あれー? 結ちゃん、カナちゃんに用事? もう遅いよ?」
「いえ、ちょっとお説教してくるだけですから」
母、桐ヶ谷明日奈は娘の言葉に苦笑しながらエプロンで手を拭いつつ結に歩み寄り、すっかり視線の高さが同じになった娘の頭に手を置いた。
「あまり長くお説教は駄目だよ? それと、一夏君と百合子ちゃんの迷惑にならないようにね?」
「勿論です。それと、わたしが帰る前にパパが帰ってきたら少しお話があると伝えてくれませんか?」
「お話?」
「ええ、ちょっとALOの事で……」
随分と真剣そうな表情をしている娘を見て、明日奈も重要な何かがあるのだと察し、静かに頷いてくれた。
「ねーねー、おでかけ~?」
「あきもいく!」
「あ、あらあら……ごめんね? お姉ちゃん、ちょっとカナちゃんと大事なお話をしに行くだけだから、あきちゃんとのどちゃんはママとお留守番してて?」
「カナちゃん!」
「カナちゃんにあいたい!」
明日奈と話していたらリビングから結にとって弟と妹である桐ヶ谷 明と桐ヶ谷 和が出てきて結の足にしがみ付いて来た。
そんな愛らしい双子に結は笑みを浮かべながらしゃがんで二人の頭を撫でて明日奈とお留守番するように諭すのだが、夏奈子のことも大好きな双子は彼女の名前を出してしまった為に行きたいを連呼してしまう。
「あきちゃん、のどちゃん……お姉ちゃんね、カナちゃんにお説教しに行くの。それでも行きたい?」
「「お、おせっきょう……」」
どうやらこの双子、姉に怒られた事があるらしく、笑顔の姉の口から出たお説教という言葉を聞き、青褪めながら離れて母親の後ろに隠れてしまった。
「ということでママ、行ってきます」
「あ、あはは……じゃあ、やり過ぎないようにねー」
玄関を出て外に出た結はハンドバックから車のキーを取り出し、自宅敷地内にある車庫に入ると父に買ってもらった車に乗り込んだ。
月産という古くからある自動車メーカーの車で、小さな高級車の異名を持つ白いディータは普段は隣に駐車されている同一モデルの黒である父の愛車と同時に購入した物で、今では結の愛車兼、父が居ない時の買い物の足でもある。
「さてと、ナツお兄さんとユリコお姉さんが帰ってくる前にはお説教を終わらせましょうか」
車のエンジンを掛けながらそんな事を呟き、時代の流れと共に進歩したエンジン技術で全くエンジン音がしない愛車のアクセルを踏む。
走り出した愛車のハンドルを握り、結は鼻歌を歌いながらお説教した時に夏奈子がどんな言い訳を聞かせてくれるのか、どんな声で鳴いてくれるのかを楽しみにするという、どこかドS染みた事を考えているのだった。
次行くぜ!