アサルトライフルの引き金を引く。
マズルフラッシュに押し出されるようにして銃口から飛び出したライフル弾が、クウェンサーの頭部を目がけて空を割く。
しかし銃弾がクウェンサーに到達することはなかった。彼の眼前30cmほどで
「対策ゼロだと思ってんの?」
「まさか」
当然、クウェンサーが丸腰でこちらを待つとは思えない。こちらは奇襲を仕掛けたとはいえ、騒ぎを起こしたのだ。それを待つ時間も仕込みを済ませる時間もあったはずだ。
ヘイヴィアもそれ予測できていた。いや、そんな大層な事など考えなくても、対クウェンサーに関しては「なんかやべえな」という根拠無き直感がすべての正答へと結びついていく。
「いきなり逃げ出すのかよ。チキンなとこは昔から変わんないな、ヘイヴィア」
「俺の長所だからな。テメェみてえな死にたがり野郎には理解できねえ思考回路だろうよ」
ヘイヴィアは迂闊に間合いを詰めず、横に走りながら腰だめ撃ちのままアサルトライフルを乱射する。
しかし結果は変わらず。
弾丸はクウェンサーに届く直前で全て何かに弾かれてしまう。
「無駄弾使ってて大丈夫か?俺の爆弾と違って残弾気にした方がいいんじゃない?」
「無駄弾じゃねえな。今の攻撃で分かったぜ。銃弾が当たった際に金属音がしやがる……テメェ、
「……科学知識も原理も何も分かってない癖に結論だけは的を射てるのがムカツくわ。俺が『カメレオン』を作るのに何万ドルかけたと思ってんの?それってテクノロジーへの冒涜だよ」
クウェンサーはプラスチック爆弾に信管を挿し、ヘイヴィアに向けて遠投してきた。
大雑把で構わないという心情がありありと伝わる。その自信を見ただけで、ヘイヴィアは有効殺傷圏内を看破する。
(遮蔽物の壁に飛び込んでもまとめて爆破するクラスの威力か!?)
悟った瞬間には手が動いていた。
腰から抜いたアーミーナイフを指で挟み、ダーツの要領で投げ放つ。こちらに飛来するプラスチック爆弾をサクッと射抜き、クウェンサーの方へと落下方向を軌道修正してしまう。
クウェンサーは無線起爆用のスイッチにかけていた指を慌てて離した。この位置取りはまずい。自分が爆風に呑み込まれてしまう。
「どうした、押さないのか?」
「……手癖の悪い奴」
とはいえ、ヘイヴィアの携行するナイフはさっきの一本のみ。同じ攻撃をされたら今度は銃撃で撃ち落とすしかない。そして、それを繰り返す事は残弾の限られるヘイヴィアを死地に追い込むジリ貧行為だ。
「俺を直接狙ってみるか?」
クウェンサーの挑発にも思わず無言になる。ヘイヴィアの今の武装にはパワードスーツを貫通する火力はない。装備の時点で負けている。
「――――と思ってんだろうが、違うぜクウェンサー」
「?」
「思い出してみろよクウェンサー。オブジェクト戦以外で、テメェが俺に勝てたことがあるかよお荷物野郎」
「たくさんあったよ」
無視してヘイヴィアは笑う。彼が取り出したのはクウェンサーが持っている無線起爆用のリモコンと同じもの。
けれど、まだヘイヴィアはプラスチック爆弾を取り出してもいなければ仕掛けてもいない。
「お前が爆弾を使うなんて珍しい。工兵を馬鹿にしてたのは誰だっけ?」
「いやぁ、テメェと違って爆弾の扱いは上手くねえよ。でもな、テメェが絶対にプラスチック爆弾を作ってくるだろうな、とは余裕で想像できたぜ。そんなの一〇年前から知ってる。だから、対策だってできる」
「………?」
「俺の行動を振り返ってみろよ。本当に俺には無線を送るものはないのか?」
考えを巡らして、クウェンサーはハッと息を飲む。
足元。
そこに転がる、アーミーナイフの突き刺さったプラスチック爆弾。
ヘイヴィアは容赦なくスイッチを押した。
直後、
「――――俺様お手製、対クウェンサー用プラスチック爆弾鹵獲信管発射器。ナイフに擬態させちゃいるがフェイクだぜ」
最初からプラスチック爆弾を乗っ取るつもりだったのだ。
ヘイヴィアの信管が突き刺さったプラスチック爆弾が起爆し、爆風がクウェンサーを巻き込んだ。
「く、そ、がァぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
いくら軍用のパワードスーツといえど、ドラゴンキラーに特別支給される高火力プラスチック爆弾を至近から食らえばひとたまりもない。
爆風に吹き飛ばされたクウェンサーは頭から血を流して無線起爆用のリモコンを取り落とした。
「テメェの敗因はただ一つ。俺は対クウェンサーに備えて来たが、テメェは対ヘイヴィアを用意してなかったっつーことだ」
ヘイヴィアが銃を下ろしてクウェンサーに近づいた。警戒を解いた訳ではなく、パワードスーツが歪んでクウェンサーが自力で脱出できなくなっているためだった。こうなればパワードスーツは金属の棺桶と化す。
クウェンサーは怒りの眼差しでヘイヴィアを見返した。
「く、そ……!!」
「どうだ。やればできるだろ、俺だって」
「……ハッ、だから?これからどうする気だ。俺を倒したところで、クラウンマグナムは止まらない!!臆病なお前がオブジェクトを倒せるとでも?……思い上がるなよ。お前なんて、俺がいなけりゃ何もできないヘタレじゃないか!!」
「ジョークが冴えてないぜクウェンサー。このヘタレ王ヘイヴィア様がオブジェクトと戦う訳ねえだろうが……そう、『俺』はな」
自信満々なヘイヴィアの答えに、クウェンサーは困惑した。
ヘイヴィアは近くのメンテナンス機材のモニターの電源を立ち上げると、プログラムをいじっていく。
「この世でオブジェクトを生身で倒せるのは『ドラゴンキラー』のクウェンサーだけ。なら話は簡単じゃねえか。
そう言ってヘイヴィアが開いたPCの画面には、とあるプログラムの名前が表示されていた。
クウェンサーは一瞬で全てを理解した。
「……エリート用の認識介入プログラム『真実の鏡』!?まさか、お前……ッッ!?」
「ハハッ、やっぱあると思ったぜ!ここはテメェの技術の粋を集めた秘密基地。そして、『クラウンマグナム』の設計の元となったのは『ベイビーマグナム』。ミリンダに関する技術情報も必ずあると思ったんだよなぁ。まぁ、9割勘だったけど」
そう言って、ヘイヴィアは『真実の鏡』の追加コマンドとしてとあるプログラムをインストールし始めた。
それは、
「まさかお姫様の脳に、人工AI『ポジティブ:Q』と『ネガティブ:H』の思考プログラムを突っ込む気か!?でも、それじゃあ……」
「ああそうだ。元々は認識介入のプログラムは同時に複数も入力できねえ。だから『ポジティブ:Q』しかインストールしねえ。『ネガティブ:H』の代わりにはここにあるしな」
そう言ってヘイヴィアは、自分の頭をトントンと叩いた。
そうだ。
クラウンマグナムがかつてのドラゴンキラーの思考アルゴリズムを搭載しているというのなら、こっちだってクウェンサーとヘイヴィアを復活させれば良い。
かつてそこにいた相棒の人格データを、ミリンダの脳に浸食させる。
あらゆるミリンダの認識を、感情を、クウェンサー=バーボタージュのものへと変換する。
しかし、クウェンサーは問題に気付いていた。
その顔を青くさせながら、
「おい……ちょっと待てよ。『真実の鏡』のシンクロ率をそんな高レベルで使用したら、人格を浸食する洗脳兵器みたいになるだろ……」
「当然だ。ミリンダに精神障害が発生する可能性は高えし、後遺症として多重人格になっちまうかもしれねえ。だがな、ミリンダは覚悟を決めていたぜ。『やる』ってな」
ヘイヴィアは感情の乗っていない、冷たい目でクウェンサーを見下ろしていた。
クウェンサーは口をパクパクと開閉していたが、言葉はなかなか出てこなかった。
その目は親友に裏切られたかのように潤んでいた。まさかお姫様には手を出さないだろう。いくら敵として袂を分かとうと、彼女にだけは手を出さないと親友の善性を信じていたのに、裏切られたような。
ヘイヴィアは残酷に告げた。
「昔から何度も語って聞かせただろうが。守りたい女がいるんならいつでも駆け付けてやれるように決して離れちゃいけねえ、ってな。大事な女を他人に預けるからそうなる」
「…………やめろ」
クウェンサーは額から冷や汗を流しながら、思わずそう呟いていた。
「やめろォぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ヘイヴィアは止まらない。インストールを終えた『真実の鏡』の追加コマンド『クウェンサーの人格データ』を送信する。
「送ったぜ、ミリンダ!!俺らの絆を魅せてやれ!!」
『とどいたよ、ヘイヴィア。魅せてあげよう、わたしたち
ミリンダはヘイヴィアから転送された『真実の鏡』の追加コマンドを実行する。
瞬間、コックピット内の電源が落ちて闇に包まれる。
彼女の精神内部で蜷局を巻くように不協和音が反響する。
ギチギチと、脳が裂けて心に赤ん坊が産まれるような、五感を超えた先で絶叫が迸る。
ミリンダ=ブランティーニの体へ、クウェンサー=バーボタージュの心が挿入されていく。それは浸食であり、感染。例えるならば、精神を蝕むウィルスに近かった。
コックピットの暗転は一瞬だった。
再び電源が戻った機内で、ミリンダはゆっくりと瞼を開く。
彼女のらしからぬ好戦的な表情を浮かべたミリンダは、嘲るように高らかに宣言した。
それはまるで、クウェンサー=バーボタージュのように。自らの脳を依代に彼の人格を召喚する。
『ようやく準備が整った!私のパクリ野郎をぶっ壊してやろう!!』
「テメェの死にたがりに付き合うのはこれが最後だからな!さあ、『ドラゴンキラー』の伝説に終止符を打とう。これが、俺とテメェの最後のフィナーレだ!!」
クウェンサー=バーボタージュと化したミリンダが、『ベイビーマグナム』の手綱を握る。クウェンサーの人格が、状況に最も合致する解決策を導き出す。それをヘイヴィアが真っ向から否定し、無線のマイクでミリンダへ伝え、思考の粗をデバッカーのように潰していく。
起きる現象は明確だった。
これまで圧倒していた『クラウンマグナム』の動きを、『ベイビーマグナム』が先読みし出す。
両者の動きが完全にシンクロしていた。
人工知能版ドラゴンキラーVS疑似代用ドラゴンキラー。
両者が同じ舞台にのし上がった。
一方的な殺戮ではない、通常のオブジェクト戦が始まりを告げる。
上空から降り注ぐを氷槍を副砲のキラースコールで叩き落し、連射する下位安定式プラズマ砲の熱による僅かな上昇気圧でハリケーンを生むはずの絶妙な気圧バランスを崩し、迫る落雷の避雷針の代わりにコイルガンの砲弾を発射する。
例え天災を起こす事ができなくても、天候に干渉する術はある。ミリンダはそのバランスを崩せばいい。
海上戦用フロートが押し流す波で海流を操作し、海面の氷がクラウンマグナムにぶつかるようにポジショニングを完全にコントロールする。
『オブジェクト操縦の年季が違うよ。出直して来い!』
ミリンダが不敵に笑った。
『……さよなら、私の青春』
結末は完結だった。
青色の閃光のが、彼の化身をブチ抜いて爆発させる。
「クラウンマグナムが……ベイビーマグナムに負けた……!?」
「ジ・エンドだぜ。テメェの逆転劇も今日までだ」
「……くく、はははははははははっははははっははははっははは!!まさかお姫様に一杯食わせられるとはなぁ!!畜生、盲点だったよ……」
クウェンサーは一人でケラケラと笑っていた。
その頬には一筋の涙が流れていた。
「なぁ、最後に一生のお願いを聞いてくれないか?」
「これから死ぬんだからマジの『一生のお願い』じゃねえか。いいぜ、聞いてやる」
「俺を殺してもいい。でも、独りで死ぬのは怖いんだ……もしよかったらさ、お前も一緒に死んでくれないかな?」
「………………」
「お前と一緒なら、死後の世界があろうがなかろうが、どこでもやっていける気がするんだ。駄目か?」
「……俺がすると思うのか?哀れだぜ、クウェンサー……」
どこまでも悲しげな表情をして、ヘイヴィアは背後を指差した。
そちらにあった整備場の窓。そこに映るのはベイビーマグナム。脱出口から出てきたのか、ミリンダが望遠鏡でこちらの基地を眺めていた。
「どんな逸話や伝説だって、姫に巡り会えなかった騎士は身に余る力に呑まれて悪に堕ちるもんだ……テメェの事だぜ、クウェンサー」
「……ははっ、なんだよその言い草は。ギャルゲーでヒロイン攻略に失敗したバッドエンドみたいな言い方じゃないか」
「そう言ってんだよ。『ドラゴンキラー』の伝説も同じだ。平民のテメェは夢を抱いて憧れの騎士になった。だが一緒に添い遂げる姫を見つけられねえで、誰を守っていいかも定まらず正義を持て余した騎士の亡霊だ。だから人類全て、不特定多数を救済しようなんてトチ狂った正義の暴走が始まる」
クウェンサーは空を見上げようとしたがそこにあるのは鋼の天井で、小さくふっと笑った。
「俺がお姫様を選んでいたら、別の人生があったのかな……?」
「少なくとも今とは違う選択肢を取っただろうぜ。俺に銃口を向けられる事もなかったさ」
「ヒロインと添い遂げられずバッドエンドな俺を看取りにやって来たのが、よりにもよって親友の男なのかよ。ギャルゲーの神様は中々にジョークが好きらしい。はははは……なんだよ、くそ。思い残す事がなくなっちまったじゃんかよ……」
クウェンサーはもう一度笑みを浮かべた。
それを最期の死に化粧にしたいのか、その表情を崩さなかった。
静かに告げた。
「やっちゃってくれ。殺してくれるのがお前で良かったよ、相棒」
「さよならだ、ナイト様。テメェと出会ってからの日々は、本当に楽しかった」
幕引きは一発の銃弾だった。
ズガンと火薬の弾ける音と共に、クウェンサーの右目に穴が空き、後頭部を貫いて血飛沫が舞った。それっきり、クウェンサーの体は動かなくなった。
数秒間の沈黙があった。
それは黙祷だったのか、あるいはただの逡巡だったのか。
ヘイヴィアは銃も爆弾も全てを足元に捨て、くるりと背を向けて立ち去った。
頬を伝う雫があった。
ヘイヴィアは誰にも顔を見られたくないのか、静かに戦場を去った。
こうして世界は救われた。
けれど、後の歴史でヘイヴィア=ウィンチェルが誰からも賞賛される事はなかった。
「俺の記録を全て消してください。『ドラゴンキラー』の栄誉は、全部アイツだけでいい」
全ての軍記録から抹消された彼は、世界の誰から忘れ去られ、田舎の孤島で静かに余生を過ごしたという。
歴史に名を刻んだ『ドラゴンキラー』、クウェンサー=バーボタージュ。
しかしこの陰には、誰も知らないもう一人の『ドラゴンキラー』の片割れが存在した。
名誉なき英雄。誰からも評価をされないヒーロー。
いつしか、そんな都市伝説が軍でも囁かれるようになった。事実を知るのは、もう既に軍上層部の老人達しかいなかった。
ヘイヴィアの享年は、彼が40歳になった年だったという。
亡きクウェンサーを追い駆けるように、余りにも早すぎる老衰だった。
ベッドに横たわる彼の最期の遺言は、
「俺をアイツの墓の隣に埋めてくれ」
だったという。
精気を失った彼の余生において、その瞬間だけは瞳が輝いていたと妻は語る。
こうして、語れる伝説に終止符が打たれた。
これはクウェンサー=バーボタージュとヘイヴィア=ウィンチェルの、運命の物語。
運命の、終点の物語。
……完結しました!!
ギリギリ2年経ってませんよ!!(必死の言い訳)
という訳で原作より先に最終巻をやってしまおうという妄想から出発したIFなSSでした。
クレアさんやハニーサックルが化け物と評価したクウェンサーが闇堕ちしたらどうなるか考えるのも楽しかったのですが、やっぱりヘイヴィアの立ち回りを考えるのが楽しかったです。
対クウェンサーに特化している、ってのがロマンなのだよ、感性を学びたまえ若人。
本当はあとがきでいろいろとべらべら後語りしたかったのですが、投稿開始から2年も経つと言いたい事を忘れてしまいました。少し無念です。
ちょうどアニメの放映時に投稿を開始したと思います。
いやー、アニメが最高に面白かったですね!!
特に23~24話のアニオリ回が最高でした。円盤で何回繰り返し見たかわかりませんww
いつの日かマリーディ回のOVAが実現することを祈りつつ、誰得なあとがきもこの辺にしておこうと思います。
HOのSSもっと増えろー!!