飛ばして頂いても問題ありません。
幼少期のヘイヴィア=ウィンチェルは、とにかく泣き虫な少年だった。
家から一歩でも踏み出せば、もう近所の少年に苛められてしまう。
意気地がなければ、度胸もない。ビクビクと常に周りの視線に怯えているような子だった。
本国のパリから離れて侍女達と共に田舎で過ごした彼の周りには平民の民家が立ち並び、彼を嫉妬してちょっかいを出される事が多かったのだ。
「やーい、赤鼻ヘイヴィアー!悔しかったらかかって来いよー」
いつもいつも地面にうずくまり、顔を真っ赤に腫らしながらぐずぐずと泣いている事から、ついた渾名は「赤鼻」。
平民の少年達4人に囲まれて、しかしヘイヴィアは抵抗もせずにその場にへたり込んでただただ泣くだけだった。
「返してよぉ……せっかく僕の誕生日プレゼントに本国のお母様が送ってくれたのに……!」
「うっせーグズ。お前に『エクスカリバー』なんて宝の持ち腐れだろ」
「お母様お母様っていっつもうるせえんだよ。つーかお前を捨てたんじゃないの?家から追い出されたりして?」
「そ、そんな事ないもん……」
「絶対そうだろ。お前ん家って侍女しかいないんだろ?完全に捨てられてんじゃん!」
「やーい捨てられたー!赤鼻ヘイヴィアは捨て子だぞー!」
「う、うぅぅ……」
「また泣いてるよ。そうやって泣くから、母親も面倒臭くてお前を捨てたんじゃないの?」
玩具の剣を振り回すガキ大将は、意地悪い笑みを浮かべながらヘイヴィアを剣で突いた。
騎士道を重んじる『正統王国』にとって、アーサー王物語は教科書どころか絵本になるほど有名な昔話だ。
嬉しさの余りはしゃいで玩具の剣を抱えたまま外へ出かけてしまい、近所の少年達に捕まってしまったのだ。
「痛いっ!やめて!ごめんなさい!」
「やだねー。お前が言う事聞くまでやめない」
「分かったからもうやめて!何でも言う事聞くから!許して!」
「あ、じゃあ良い事思い付いたぜ」
「……?」
少年達の中の一人が、一際意地の悪いの笑みを浮かべた。
「お前ん家の庭にある薔薇園。あそこの薔薇を全部切り落として来いよ。そしたら返してやる」
「そ、そんな……!」
薔薇はウィンチェル家の家紋にされる大事な花だ。家の庭には、品種改良した青色の薔薇の花がいくつも植えられていた。
「やれよ。じゃなきゃ返さないぞ」
「う、うぅぅぅぅぅぅぅ……」
嗚咽を漏らしながらヘイヴィアは涙を堪える。
仕方がない。少年達には敵わない。そもそも喧嘩なんてした事がない。
それでも、滅多に会えない母親から送られてきた大切な物だった。
(もう、いいや……後でカレンとかに隠れて庭の薔薇をこっそり切ろう……どうせ花なんてすぐ生えるし)
ヘイヴィアがそう心中で呟き、それを言葉にしようと口を開きかけた時だった。
「コラァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!おんどれらは何しちょるんかァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
ドスの利いた女性の声が響き渡った。
「やべえ、あの眼帯メイドだ!」
「逃げろ!」
少年達が玩具の剣を投げ捨て、一目散に逃げ出していく。
ぽつんと残されてうずくまるヘイヴィアの前に、眼帯をしたエプロン姿の侍女が現れた。
「お坊ちゃま、お怪我はありませんか?」
「カレン……うん、大丈夫」
そう言ってカレンの差し出した手へ、自分も手を伸ばした。
てっきり、自分を引っ張り起こしてくれるのかと思った。
「――――であれば、余計に助ける事はできません」
直後、ヘイヴィアの手を取ったカレンが、そのまま柔道の一本投げのような形でヘイヴィアを投げ飛ばした。
空を舞って地面に背中から叩き落とされ、ヘイヴィアは激痛に顔をしかめた。
……実はカレンがかなり注意を払って極力衝撃を抑えていたのだが、齢一桁の少年に気付く事はなかった。
「な、ななな、なん、で……!?」
ヘイヴィアは咳き込みながら、またもやぼろぼろと涙を流し始める。
対してカレンは、静かに告げた。
「失礼ながら、実はプレゼントを奪われた時から陰でお坊ちゃまを見張っておりました。お坊ちゃまが勇気を出して、自ら立ち上がるのを見守っているつもりでした」
そこでカレンの言いたい事に気付いた。
ヘイヴィアは愕然とした。
自分が家を捨て、目先の物に釣られる様子をカレンに見られた事になる。
「薔薇はウィンチェル家の家紋。それは何も変え難い一族の誇りでもあります。お坊ちゃまには、それを分かっていて欲しかった」
「ごめん、なさい……」
「玩具の剣が何だというのです。そんなのくれてやればいいのです。ですが、ウィンチェル家の騎士としての誇りを失ってはいけません。騎士道を、プライドを、そして臣下を守る長となる事を、忘れてはならないのでございます」
「僕には、無理だよ……」
「いいえ、お坊ちゃまにもできます。かつてウィンチェルの人間が国家に反逆してでも一国の姫に忠義を尽くしたように。お坊ちゃまにも、いつか守りたいと思えるような方が現れると思います。間違った道へ歩む友人を、ぶん殴ってでも止めなきゃいけない日が来るかもしれません」
「そう、なのかな……?」
「絶対です。ですからいつか来るその時に、守りたい時に手を伸ばせるように、誤った道から救い出せるように、勇気と誇りを培わなければなりません」
「こんな僕でも?」
「そんなお坊ちゃまだからこそ、です」
HOアニメ最終回、お疲れ様でした!(視聴しました)
原作シナリオを丁寧にアニメの脚本に起こし、尚且つアニオリの補完が素晴らしくて最高に面白かったです。
……ハニーサックルさんからの「怪物」認定も得られたし、存分にクウェンサーを闇堕ちさせられるぞぅ!!ww