ヘヴィーオブジェクト ~語られる伝説の終止符~   作:白滝

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第3章 積み上げてきた全ての否定 >>東京湾洋上砲撃戦

 海底火山の噴火から避難したベイビーマグナムは、ラッシュと共に洋上に待機していた。

「あ、あぁぁ!?『島国』が……!?」

 ベイビーマグナムに搭乗しているミリンダが悲鳴を上げていた。

 噴火した溶岩は『あめのだりん』基地へ流れ込み、地下トンネルを通過して、『ニューゲート』基地から噴き出してしまっている。

 それが、『島国』を襲う溶岩の津波となって、挟撃作戦を行っていた歩兵部隊を次々と焼死させていた。

 その中には、彼女のよく知る人物、ヘイヴィア=ウィンチェルも当然該当している。

『落ち着いてお姫様!今あなたが突撃したところで、溶岩の上を現状の海戦用フロートで渡るのは危険すぎる。金属が熱疲労損傷を受けて脚部ユニットが機能しなくなったら、ベイビーマグナムまで溶岩に沈没する事になるわよ!!』

「でも……!!」

 頭では理解していた。

 それでも、ヘイヴィアを助けに向かう事ができない無力さに居たたまれなくなりそうだった。

 しかし、彼女が後悔に打ちひしがれる時間はなかった。

『――――ッッ!?お姫様、海底で動力炉の熱源反応よ!!かなりデカイ、試作実験炉じゃない。本物のオブジェクトよ!!遂に正体を現したわね』

「また――――!?まぁいい、あいてになってあげる」

 そう呟いて、ミリンダは操縦桿を握り直した。

 遠方にて、海面を割り裂いて浮上する巨大な球体兵器を目にする。

 そのオブジェクトは、

 

「――――――――――――――――――え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだお前は俺の事を名前で呼ぶのか。

 ヘイヴィアはそう思った。そして、10年振りのその呼び方に、不覚にも懐かしさを覚えてしまった。

 左目がジクジクと熱い痒みを発している。もし眼球が残ってたら、痛みの熱さで沸騰してしまうのではないか。そう思える程に、痒く、痛く、そして懐かしい。

「最近どうよ、お前」

 搾り出した言葉は、そんな他愛のない台詞だった。まるで同窓会で旧友に再会した時のように。

「ああ、元気だぜ。むしろ、今は周りに女の子が多くてチヤホヤされて役得なくらいだね」

「ククッ……ガキの頃と変わんねえなぁ、クウェンサー……一丁前に後ろ髪を針金で結うなんてガテン系な真似しやがって」

「ん……あぁ、これか。ここんとこ徹夜ばっかでまともにシャワー浴びるのも少ないくらいだったからなぁ。忙しくて髪を切る時間もなかったんだよ」

「白髪も増えたな。その年でもう禿始めてんのか?」

「うるせえ!そういうヘイヴィアだって、髭が濃くなってオッサン面になったんじゃないの?」

「俺はもう子供ができたんだよ。もうその辺の女に興味はねえっつの」

「え、嘘、マジで……!?いや、つーかその前に、お前って妻一筋になるような真面目な野郎じゃなかっただろ!!キャラ作んなよ!!」

「10年経ったんだ。変わるだろ性格くらい。お前だって変わっちまったじゃねえか、クウェンサー」

 その言葉を受けて、クウェンサーは改めて黙った。

 彼は咄嗟に懐から無線機を取り出したが、それをヘイヴィアがすかさず狙撃する。クウェンサーの手から無線機が正確に撃ち抜かれ、砕けた無線機が床を転がった。彼の手を銃弾が掠ったのか、ポタポタと血が床へ垂れる。

「ッ、痛ってえ……手首が折れるトコだったぜ」

「もう一度聞くぞ、クウェンサー……最近どうよ、お前」

 ヘイヴィアがアサルトライフルを降ろさずに告げた。

 和気あいあいはここまでだ、と。銃撃によって場の雰囲気を切り替えるように。

「どうもこうもないよ。少なくとも、『正統王国』にいた頃よりは充実した人生を送ってるよ」

「祖国を裏切り、亡命を繰り返し、二重スパイにまで成り果て……それがお前のしたかった事か?」

「それは手段だ。俺のゴールはこの先にある」

「じゃあそのゴールとやらを吐いてもらうぜ……テメェをぶっ殺してでも、だ」

「おーおー、怖い怖い。ガキの頃はそんな罵声しょっちゅうだったな」

「思い出話は終わりだっつったろ。話さないなら、冗談ではなくマジで殺す……反乱分子『ピリオド』を結成してまで、テメェは何をしたがってんだ?」

 そう言われ、クウェンサーは悲しげに目を細めた。ヘイヴィアは、その表情の意図が掴めない。

「……ヘイヴィア。お前なら、俺の野望が分かると思っていた。だから、お前に分かるように暗号を発信したんだ」

「あのモールス信号か?……バレバレ過ぎんだろ。第37機動整備大隊の連中には筒抜けだったぜ」

「馬鹿で脳筋のヘイヴィアに伝えるなら、あのぐらい簡単な暗号じゃないと理解が及ばないだろ?」

「立場が分かってねえようだなクウェンサー。この銃の引き金にかかる俺の指は、いつでも動かせる事を忘れんなよ?」

「立場を分かってないのはお前の方だぞヘイヴィア。これはラストチャンスだ。お前なら俺の野望に添い遂げられる!」

「は?世界の戦争を裏から操る大戦犯になれってか?」

「そうだよ」

 意外にも、クウェンサーはそれを肯定した。

「まぁ、『世界の戦争を裏から操る』って表現も、ヘイヴィア……というかお前ら『現代の戦争に慣れ切ってる連中』らしい捉え方だと思うよ。各世界的勢力は、俺が世界の局地戦に裏から干渉する事が気に入らないらしい」

「当然だろ。権力者共のパワーゲームが、お前のせいで台無しになってんだ。株で大損するのは避けたいんだろ?」

「それが腐ってるんだよ」

 ギリ、と。クウェンサーが奥歯を噛み締めながら呟いた。

「人死が少ない『クリーンな戦場』とか謳っておきながら、結局、現代の全ての戦争は泥沼に陥るよう裏で仕組まれたパワーゲームに過ぎない。戦争の1つを阻止した所で、意味はないんだ」

「だから権力者ではなく、自分が戦争を裏から操った、と?……ハッ、独裁者ごっこは楽しかったかよ偽善者ヒーロー。自分に酔いたいなら、ヤクでも吸って盛ってろインテリ野郎」

「批判はもとより覚悟の上だ。だがまずは聞いてくれ。戦争を長期化させようとする権力者を挫くには、俺が戦争に介入して、とことん叩き潰した方が早く終結するんだよ……知ってるか?確かに現在、世界で起こる局地戦のほぼ全ては俺が裏から干渉している。だが、俺のお蔭で泥沼化して長期戦になる事はなく、この数年で既に256件の局地戦を俺は未然に防いでいる」

「『だから人死は減った。だから俺が正義だ』……テメェはそう言いたいのか?」

「正義や悪だなんてどうでもいいよ。俺達はガキじゃないんだよヘイヴィア。大事なことは、『人死の少ない世界を作れるか』だろ。理由なんて後付けやこじつけでいい。矛盾さえ俺は許容する」

 ヘイヴィアは思わず黙った。一度目を瞑り、改めて目を開く。

「つまりお前の野望は、現代の『クリーンな戦争』を壊したい、って事か?」

「ああ、壊したいね……というより、現代の『クリーンな戦争』は不完全だと思ってる。どんなに時代が進んでも、技術が生まれても、人と人が争う機構を取り除く事は不可能だ。だから、『権力者のパワーゲームにされても、人死が起きない』ように、さらに『クリーンな戦争』を徹底させる必要がある」

「あ?国連崩壊前の時代に比べれりゃ、現代の戦争は充分に人死が少ないだろうが」

「いや、オブジェクト同士の戦力差が近すぎるんだよ。『ドラゴンキラー』と呼ばれた俺達のように、歩兵との連携によって創意工夫する発想が生まれてしまう。これじゃあ駄目なんだよ……」

 理想論に取り憑かれているな。

 ヘイヴィアはそう思った。

 昔から、クウェンサーは積極的な意見を主張し過ぎる奴ではあった。

 一方で、自分は彼とは真逆の発想を持っており、

「できる訳ねえだろそんな理想郷。俺らは、このイカれた倫理観でキッチリカッチリ枠が出来上がっちまってる醜い『クリーンな戦争』に、一生付き合っていくんだよ」

 と、目の前の現実を受け入れるタイプの人間だった。

「諦めろよクウェンサー。この世界は変わんねえよ。お前が頑張ったって、一度狂っちまったこの時代は、もう元には戻らねえ。イカれた時代を正すのは、俺ら人間じゃねえ……時間だ。時間が解決してくれる」

「……黙れよヘイヴィア。何もせず、黙って見て見ぬ振りして、『いつかきっとこんな時代は終わる』とか『誰かがきっと何とかしてくれる』なんて考えてんなら、お前の方こそ平和ボケしてるぞ」

「いいじゃねえか平和ボケで。平和ボケの何が悪い?頑張るのなんか辞めちまえよ。世界に真の平和なんて訪れねえよ。世界中に喧嘩売って、色々な人間を裏切りまくって、命を賭してきたお前は、ただ自分の良心に酔ってるに過ぎねえんだよ、ファッキンヒーロー」

 罵詈雑言を受けて、クウェンサーの表情に怒りの感情が張り付いた。

 しかし、ヘイヴィアは構わず言葉を続ける。

「ガキじゃねえんだ……大人になれよ、クウェンサー。世界の醜さを受け入れて、諦めるのが正解だ」

「ガキはお前の方だ。イカれた倫理観にこの世界は染まり過ぎてる。誰かが立ち上がらなきゃいけないんだ。世界の醜さを受け入れずに目を背けてるのは、お前の方だぞヘイヴィア」

 そう言って、二人の間に再び沈黙が訪れた。

 揺るぎない視線をぶつけ合い、二人同時に溜め息を吐く。

 お互いに、一度目を閉じ、何かを諦めるような表情を浮かべる。

「話し合っても無駄みてえだな、クウェンサー」

「らしいな。お前なら話せると思った俺が馬鹿だったみたいだ」

 そう言って、ヘイヴィアはアサルトライフルの引き金を、引く。

「――――――さよならだ、相棒」

 ズガン、と。

 アサルトライフルの銃弾が、クウェンサーの脇腹を貫いた。

 

 しかし、それは急所を外れていた。

 

 クウェンサーが銃撃の瞬間に、体を横に逸らしたからだった。

「な、に――――ッッ!?」

 こちらの照準を読んでいた、という事に遅れて気付く。

 そしてヘイヴィアは自分の落ち度に気付いた。

 ずっと片目を瞑ってスコープ越しだったから気付かなかったが、現在進行形で崩壊しているこのビルは、パラパラと天井から粉塵が舞っていたのだ。ヘイヴィアのアサルトライフルはレーザーサイトを取り付けているため、レーザーの軌道が粉塵で視認できてしまっていた。射線が浮き彫りになってしまっていた。

 いや、レーザーサイトの照準が視認できるほど粉塵が濃くなるのを、クウェンサーは会話で時間稼ぎして待っていたのだろう。

 クウェンサーは口から血を吐きながらも、致命傷を避ける。そのまま背中のバックパックからプラスチック爆弾を取り出し、天井に設置して即座に起爆した。亀裂の入っていた天井が本格的に崩れ始めた。

 ヘイヴィアは慌ててクウェンサーへ向けて再度銃撃するが、崩れ落ちてきた天井の瓦礫に阻まれる。

「チッ……!!」

 だが、急所を外したとは言っても、重傷である事には変わりない。

 そのままクウェンサーが隠れた瓦礫まで接近しようとして、

 

 

 ――――――直後、視界が真っ白に塗り潰された。

 

 五感が消し飛んだ。

 熱さも痛みも明るさも瞬間的に消し飛んだ。

 チカチカと明滅を繰り返し、ようやく自分が鼓膜と網膜がイカれるほどの衝撃を受けた事に気付いた。

 痛む体を揺り起こすと、クウェンサーが隠れる瓦礫と自分との間の廊下が、抉られたように陥没していた。

「な、にが……?」

 ここは溶岩の津波にも耐えるビルの地下。それが、頭上の天井ごと抉られている。

 爆弾程度で破壊できる規模ではない。まるでクレーターのようだ、と考え、そこでヘイヴィアの思考が止まる。

 瓦礫の影に身を寄せるクウェンサーに向けて、ぼそりと呟いた。

「まさか、これ……オブジェクトの砲撃か!?」

「ガハッ、ごふっ……ご、ご名答。俺の作ったオブジェクトだ。中々の出来だと思うぜ?せっかくだからちょっと鑑賞してけよ」

 電子シミュレート部門から聞かされていた、反乱分子『ピリオド』のオブジェクト。

 『ドラゴンキラー』クウェンサー=バーボタージュの設計した10年がかりの野望の結晶。

 当初の作戦は成功せず、クウェンサーを仕留める前にオブジェクトへの応援を呼ばれてしまった。

 こうなると形成逆転だ。

 オブジェクトに居場所を特定された時点で、ほぼヘイヴィアは詰んでいると言っていい。

 慌てて反乱分子『ピリオド』の指導者となっているクウェンサーを人質に取って脱出しようと咄嗟に考えたが、

「甘いぜ、ヘイヴィア」

 ヘイヴィアの考えを先読みしたように、瓦礫の向こうからクウェンサーがプラスチック爆弾を投げつけてきた。

 一本道の廊下では爆風から身を守る逃げ道がない。クウェンサーに接近するのは不可能だった。

 この時点で、ヘイヴィアはコンマ数秒の逡巡もなくクウェンサーの確保を早々に諦めていた。

 この『早々に目的を投げ出し自分の命を最優先で行動する』逃げ足の早さこそがヘイヴィア=ウィンチェルの強みであり、そして、その決断が絶体絶命の窮地から彼の命をギリギリのところで拾い上げる。

 痛む体を翻して慌てて廊下の反対側へ駆ける。起爆寸前、何とかプラスチック爆弾の有効殺傷半径から逃れる事に成功した。

 背中にプラスチック爆弾の爆風を受け、よろめきながらも必死に逃走する。

 廊下の角を曲がった直後、先ほどまで自分が走っていた位置を、今度は頭上からオブジェクトの砲撃が襲った。爆風に煽られ、今度こそ本当に体が宙に浮くようにして吹っ飛ばされた。呻きながらも必死に立ち上がり、逃走を続ける。

「クッソ……この階まで溶岩が侵入してやがる……」

 地上から放たれるオブジェクトの砲撃によって、地上からこのビルの最深部まで大きな穴が空いてしまっていた。ビルの外の溶岩が、ビル内に流れ始めていた。

 クウェンサーは廊下の奥の非常口から脱出できるかもしれないが、ヘイヴィアにはそれができない。

 最深部に流れる溶岩がこの最下層をどんどん浸食しているため、上の階に避難しなければならない。しかし、1階の出口は既に溶岩に埋もれている。2階以上の高さに上って、『ピリオド』のオブジェクトにバレないように、近くの建物へ飛び降りなければならない。

 階段を必死に駆け上がりながら、ふと『ピリオド』構成員の死体の無線機が、電子音を響かせている事に気付いた。

 拾って耳を近づける。

『ようし、いいぞ。ナイスタイミングだ「クラウンマグナム」。現状の説明を頼む』

『はい。現状、洋上に待機していたオブジェクトを迎撃および大破させました。洋上に残るのは「正統王国」軍のベイビーマグナムのみです』

『お姫様の機体か……』

 なんと、クウェンサーが敵エリートと無線で通信していた。

 チャンスである。このまま会話を傍受すれば、何か貴重な情報が手に入るかもしれない。

 もしこのままビルから飛び降りれば、オブジェクトに発見されて空中で撃ち抜かれる可能性が高い。

 このビルから脱出を企てる上で、『ピリオド』のオブジェクトを攪乱する必要がある。

「クウェンサーが無事に地下通路を脱出すまでは、ビルの倒壊の恐れがあるような威力の攻撃はしないはず……逆に言えば、クウェンサーが非常口から脱出するまでが、俺に残されたタイムリミットだ」

 周りは溶岩の海。そして、ビルを監視する反乱分子『ピリオド』のオブジェクト――――――『クラウンマグナム』。

 両者を克服して脱出しなければ、ヘイヴィアには明日はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラウンマグナム。

 各世界的勢力の技術を盗みながら逃亡を続けたクウェンサー=バーボタージュが設計に携わった虎の子の機体。

 国境、倫理、言語、文化……その全ての垣根を超えて『人類の歪な結晶』を生み出す技術を吸収し続け膨れ上がった、異形のオブジェクト。

 その外観を窓から覗いたヘイヴィアは、さながらベイビーマグナムのようだと感じた。

 真っ白な球体状の本体。エアクッション式推進装置。そして、7門の主砲。

「ベイビーマグナムと全く同じなんじゃねえか、あれ……?」

 ビルの窓際の壁に身を隠しながら、クラウンマグナムを観察するヘイヴィアはそう呟いた。

 パクリ。

 そう表現して、否定する要素が見つからないほどに酷似している。

 ただし、大きく異なる点が一つ。

 まるで小学生がランドセルを背負うように、球体状本体の後部に巨大なコンテナが接続されていた。

 より正確に言うと、主砲アームの可動域を圧迫しないように、浮き輪のように中央に穴の開いた円形の巨大コンテナが、球体状本体の後ろに搭載されている。

 さながらベイビーマグナムが王冠(クラウン)を被っているみたいだ、と呟きかけて、自分のネーミングセンスがクウェンサーと同じ事に思わず苦笑した。

「さて、どうやってこのビルから脱出するかね……」

 周りは溶岩の海。

 脱出経路は、こちらの窓から、溶岩で流され横倒しになった隣のビル。

 残り時間は、クウェンサーが地下通路を脱出するまで。彼が安全に脱出した事を確認し次第、クラウンマグナムはビルを倒壊させヘイヴィアを生き埋めにさせるよう砲撃を開始するだろう。

「必要なものは、安全に着地するためのパラシュート……それから、クラウンマグナムのセンサーを攪乱する手段だな」

 幸い、トーキョータワーから侵入した際の階まで戻った所、パラシュートは回収できた。

 しかし、クラウンマグナムのセンサー群を回避する手段に見当がつかない。

(つーか、なんで今、俺ってクラウンマグナムのセンサーに補足されてねえんだ?)

 有視界カメラで補足できないのは分かる。彼は今、ビル内に隠れながら移動しているからだ。

 赤外線センサーで補足できないのも理解できる。何せ辺り一帯が溶岩の海なのだ。周囲の温度が高すぎてサーモグラフに何の意味もない。

 音響センサーでも補足できないだろう。このビルは現在進行形で崩壊を続けている。鉄筋コンクリートがひしゃげ、軋む音がけたたましく、こうしたノイズに些細な音は埋もれてしまうだろう。

 ここまで振り返り、ヘイヴィアはこのビル内が安置である事に気付いた。少なくともクウェンサーが地下通路を抜けるまでの短い間だが、オブジェクト相手に安全圏を得られて安心し、思わずほっと溜息が漏れた。

「このまま諦めて帰ってくれねえかなぁ」

 そもそも、クラウンマグナムが溶岩の海の上を走行して来た事が意味不明すぎる。

 溶岩を相手に海上フロートで機体を浮かばせて浮力を確保、なんてできない。静電気式推進システムだって、噴射した反発剤が溶岩に流れて拡散してしまうため、まともに走行できないはずだ。エアクッション式推進システムだって、総重量20万トンを超える怪物を数メートル浮かすのがやっとのレベルだ。短時間なら走行できるかもしれないが、長時間運用すれば溶岩の熱で熱疲労を起こし、脚部ユニットが故障するだろう。

 ゆえに、通常のオブジェクトが溶岩の海の上を走行する事は不可能だ。……そもそも「溶岩の海」なんてフィールドが普通では発生し得ないのだから、想定されていないのも無理はない。

 ならば、クラウンマグナムはどうして「溶岩の海」なんて極大なイレギュラー環境に適応できている?

 思わず、ヘイヴィアはベイビーマグナムの設計コンセプトを思い出していた。

 全地形・全天候対応の総合マルチロール型第一世代。

 しかし、彼女の機体でも溶岩の海は走行不可能だろう。いくらあらゆる環境に対応できると言っても、それにはフロートの換装を始め、兵装を選択する必要に迫られる。

 クラウンマグナムは、その先を行っている。

「水陸両用、雪原・山地適用」という意味での全地形対応ではなく、比喩ではなく文字通りの意味で全地形・全天候に対応している。

「いや、待てよ……」

 咄嗟に浮かんだ自分の考えに、寒気が走った。

 クウェンサーが何を考えてクラウンマグナムを作ったのか予想し、その考えに自分で震えていた。

「あ、合ってる訳ねえ……はは……そんな馬鹿な事が……」

 そう言いつつ、自分が真実を探り当てている事を自覚していた。

 クウェンサーの考えを誰よりも理解しているから、退役した彼が徴兵されたのだ。

 彼の思惑を予測だけで看破した数時間前と同じように、今回もまた、予測だけでクウェンサーの考えに辿り着いていた。

 現状、オブジェクト戦で戦果を上げているのは特化型と呼ばれる第二世代だ。

 それらのコンセプトは、短所を生んでも事足りる、それを補って余りある極大の長所を尖らせる事にある。短所などあっても、それを生じない環境で運用すれば良い。

 ……クラウンマグナムは、この第二世代の設計コンセプトと一線を画している。

 あらゆる地形・天候に対応する。そう表現すれば第一世代と同じように聞こえるが、見方を変えればこうも表現できる。

 戦場の環境を改変すれば、こちらは適応できても、敵オブジェクトは短所が浮き彫りになり、長所を発揮する事すらままならない。

 仮にクラウンマグナムが、火星でテラフォーミングを行うように戦場の環境を改変する機能を有していた場合、第二世代オブジェクト……いや、この世に存在する全てのオブジェクトを駆逐する事ができる。

 最悪の予想を思い浮かび、もはや乾いた笑みを浮かべながらヘイヴィアは思わず呟いていた。

 

「全地理・全災害対応の万能マルチロール型第三世代……クラウンマグナム」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘイヴィアとクウェンサーが邂逅する、その約一時間前。

 海底火山の噴火から退避していたベイビーマグナムとラッシュは、海面を割り裂いて浮上する謎のオブジェクトを目撃していた。

 7門の主砲を始めとして、自分の搭乗しているベイビーマグナムと外見が似ている事にミリンダは驚く。

 そして、同時に理解する。

 これこそがクウェンサーの設計した、反乱分子『ピリオド』のオブジェクトなのだと。

 どうしようもないドロっとした感情が胸中に湧いた。

 ベイビーマグナムと瓜二つのオブジェクト。

 まるでもうベイビーマグナムなんて彼には必要ないかのような、彼にはもう新しいパートナーがいるんだと見せつけられたような、もやもやとした感情が噴き出す。

 それを、嫉妬だと認めたくない自分もいて、未練を引きずっている情けなさに自己嫌悪も湧いた。

『ぼーっとしてると、追いていきますわよ?』

 ラッシュのエリートから通信が入った。

 彼女はラッシュを前進させ、得意の接近戦に持ち込もうとしている。

 連速ビーム式のガトリング砲。

 5本の砲身を絶えず放射するガトリング砲により、光の速さで飛ぶレーザービームで敵を炙り殺す近接戦闘の死神。

 しかし、彼女のラッシュの主砲が火を噴く前に、敵オブジェクトの主砲が動いた。

 身構え、照準機器の予備動作から射線を弾道計算し、ベイビーマグナムを高速移動させるミリンダ。

 しかし、放たれたのはレールガンでもコイルガンでもレーザービームでもプラズマ砲でもなかった。

『バブルチャフ――――ッッ!?』

 性質としてはゴムに近い、粘性の高い泡。

 傘を開くような形で、円筒形の主砲の1つが、パラボナアンテナのように広がった。そこから、次々とバブルチャフが生み出されていく。

『あれはくっせつりつをかえて、レーザービームのきどうをそらすためのギミックよ!』

『わかってますわ、正統王国のどろくさいエリートさん。ですがそのていどの泡のかべで、ラッシュのれんそくビーム式ガトリングほうにたえられるかしら?おほほ』

 ラッシュが敵オブジェクトまで5キロ程度まで接近し、バブルチャフの壁の上から主砲を立て続けに放射する。

 いくらバブルチャフがレーザービームの軌道を逸らせるとはいえ、レーザービームの熱で泡は燃え尽きる。1回使えば消滅する壁で、ガトリング砲の照射速度に対応できるのか?

 ラッシュの答えは単純明快だった。

 真っ直ぐ突っ込み、ぶっ放す。

 それこそがガトリング砲に求められる最大の戦果であり、こうしたパワーゲームを通じさせる圧倒的な制圧力こそが連速ビーム式ガトリング砲なのである。

 ラッシュの猛攻により、バブルチャフの壁が剥がされていく。この調子なら、残り2分も経たずにレーザービームが敵オブジェクト本体に直撃するだろう。

 ベイビーマグナムを15キロ程度の距離へ退避させ、中距離砲撃を狙うミリンダはそう考えていた。

 直後、その考えを改める。

 敵オブジェクトの主砲が、天空に向けて火を噴いた。上空で弾頭が爆発する。

(なにをねらっている……?)

 ラッシュの猛攻を受けているこの状況で、空に主砲を撃つだけとは思えない。

 訝しむミリンダの不安は、またもや予想外の結果として眼前に突き付けられる。

 

 ―――――天空から、氷の柱が降って来た。

 

 

『――――――――――――は?』

 一瞬の思考の空白。

 それを自覚した瞬間に、ラッシュもベイビーマグナムも慌てて天空から飛来する氷のミサイルを迎撃する。

『「天候兵器」ですわ―――――ッッ!!』

『ベイビーマグナムのセンサーを走らせたら、上空で雲がはっせいしてた!凝結剤をまいて、ごういんに水分をぎょうけつさせたんだと思う!』

『わたしのラッシュは、マイクロウェーブをかんちしていますわ!おそらく、水分子をしんどうさせて、気圧にかんけいなく固化させています!!』

 何故、雨は空から落ちてくるのに傘は破れないのか?

 そんな疑問を抱いた事はあるだろうか?

 答えは、雨粒が小さい場合、空気抵抗と吊り合うために空から地面までゆっくり落ちてくるからだ。

 では、空気抵抗じゃ釣り合わないレベルの、全長20メートルを超える超巨大な氷の槍が空から飛来したら一体どうなるのか?

 敢えて名付けるならば、超高度からの位置エネルギー弾。

 射程距離は上空の雲の面積……ざっと数十キロに及ぶ。

 次々と空から降り注ぐ位置エネルギー弾の雨を、2機のオブジェクトが迎撃し損ねた際、海面に直撃した氷の槍が大波を引き起こした。

 ラッシュは慌てて旋回して距離を取る。

 そしてラッシュの猛攻がやめば、敵オブジェクトもさらなる追撃を起こす事ができる。

 空から降り注ぐ巨大な氷の槍を迎撃するラッシュとベイビーマグナムの足元に向けて、敵オブジェクトは主砲を放った。

 2機のオブジェクトは回避するが、直撃した海面が瞬間凍結した。

『こ、こおった――――!?』

『えきたいちっそだけじゃせつめいできませんわ!!おそらく、なにかしら凍結剤もだんとうに積んでいるのでしょう!!』

 ベイビーマグナムもラッシュも、海上運用する際は専用の海上フロートに換装している。

 つまり、『フロートで海上に浮いて浮力を確保する』必要に迫られる。

 この場合、凍った海面は障害物でしかない。もちろん、オブジェクトの高速移動で体当たりすれば粉々に粉砕できはするが、衝突すれば機体の速度は落ちる。

 まるでまきびしを撒かれたようなものだ。

 ベイビーマグナムとラッシュの機動力が着実に削がれていく。本来の力が発揮できない状況へ追い込まれていく。

 2機のオブジェクトが手数で1機に劣るという劣勢の中、敵オブジェクトがさらに2門の主砲を同時に放った。

 バラバラの方角に発射されたそれぞれの弾丸は、上空の離れた位置で同時に爆発した。

 直後、ハリケーンが巻き起こった。

 学校の運動場でつむじ風が巻き起こるように、局所的な範囲であれば人工的にハリケーンを起こす事は可能だ。

 様々な方法論が存在するが、敵オブジェクトの採用した方式は『気圧の変動』。片方には高気圧、片方に低気圧。天候兵器用の特殊な薬品を散布し、爆圧を起点に突風のトリガーを引く。

 まるでベイビーマグナムとラッシュを一筆書きで凪ぐように、局所的なハリケーンが2機を襲う。

 いくら総重量が20万トンを超えるオブジェクトであろうと、海上フロートを採用している関係上、海面が大きく変動すれば転倒も生じる。突風そのものよりも、海面の急激な変化による転倒の心配の方が大きかった。

 おまけに、海面には氷山のように凍結した障害物がいくつも漂流し、天空からは突風で乱雑に軌道が変化する位置エネルギー弾の雨あられ。

 完全に迎撃の一手で手一杯であった。

(くっそ……あのオブジェクト、「天候兵器」を使ってせんじょうのかんきょうそのものをかえてくる。でも、そんなことをしたら自分だってたいおうできないかんきょうになりそうなのに……!!)

 敵オブジェクトも同じ環境に晒されているにも関わらず、全く機動に影響が見られない。ベイビーマグナムは全地形・全天候対応の総合マルチロール型なのである程度は対応できているものの、そもそもにおいて陸戦特化型のラッシュは被弾率が高く、圧倒的に損傷していた。

 対人・対空装備の差は特に顕著で、ベイビーマグナムに比べて彼女のラッシュは迎撃し損ねる頻度も高い。

 このままではまずい。そう思い、ミリンダが強行突破して接近戦に移ろうとした時だった。

『あぶないですわ!!』

『――――ッッ!?』

 ミリンダが迎撃を怠った瞬間を狙って、敵オブジェクトから下位安定式プラズマ砲が放たれた。

 ミリンダの周囲には氷山のまきびし、強引に機体を動かそうとブレーキをかけると、ちょうとハリケーンに呑まれる位置であった。

 回避不能。

 そう判断しかけた時、ラッシュがこちらに突っ込んだ。

 ゴォウン!!という低い衝突音と共に、ベイビーマグナムが体当たりを喰らって海面を滑る。

 直後、ベイビーマグナムと位置を入れ替わったラッシュへ、下位安定式プラズマ砲が直撃した。

 中破して小爆発を起こすラッシュには迎撃行動が取れず、天空から飛来する巨大な氷の槍が次々に被弾して海中に叩き込まれる。

 ぶくぶくと、ラッシュが海底に沈んでいった。

『あぁぁぁぁああああああ――――――!!??』

 いつだって憎まれ口を叩いていた彼女が、まさか自分を助けるとは思わなかった。

 ギロリ、とまるで主砲の照準を変えるように、敵オブジェクトがこちらに狙いを澄ませる。

『お姫様、撤退しなさい!!』

 本部のフローレイティアから、ようやく撤退命令が出た。

『そ、そんな!?でもラッシュが!!』

『しょうがないでしょう!!敵オブジェクトは天候兵器を複数搭載していて、戦場の環境そのものを改変してくる。特化型の第二世代オブジェクトでは太刀打ちできないわ!!これに太刀打ちできるのは、世界で現存する最後の第一世代オブジェクト、ベイビーマグナムのみよ!!』

『――――ッッ!?』

『こんな所で大破する訳にはいかないわ。即時撤退して、十分に敵機を解析してから再戦をする。今はとにかく逃げるのよ!!』

 ラッシュのエリートを見殺しにする。

 その罪悪感を押し殺し、ベイビーマグナムは一気に撤退する。敵オブジェクトはこちらを深追いせず、溶岩の海の先、トーキョーへと進んで行った。

 数十キロを逃げ、全身に冷や汗をかいたミリンダは、パイロットスーツを脱いでほっと溜息をついた。

 第一世代が時代遅れと呼ばれるようになって、何年が経っただろうか?

 もはや第二世代ばかりとなった現状、全地形・全天候対応の総合マルチロール型の第一世代が何機存命しているだろうか?

 ……おそらく、自分のベイビーマグナムのみだろう。

 戦場の環境を改変するという設計コンセプト自体が、この世全ての第二世代を否定する考え方だ。

 悔しさと罪悪感にまみれながら、一方でミリンダは強く決心する。

「あのオブジェクトとたたかえるのは、総合マルチロール型のわたしだけ……必ず、ぜったいにわたしの手でたおす」

 

 

 

 

 

 


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