「着いたぜ、『島国』。俺はともかく、お前ら正規の軍人が『安全国』の地面に足を着けるのなんて久々じゃねえのか?」
そう尋ねたヘイヴィアの後ろに、3人の男女が続いてた。
ほとんど音を響かせないハイブリッドバイクで先陣を切るヘイヴィアの後ろを、同じ軍服を着た兵士が一列に走行している。
彼らのヘルメットには無線が装着されており、風切り音に関係なく会話ができるようになっている。
『そうでもない。俺は先日に休暇を取って帰省しました』
『でもベーシックって、せっかくの休暇でも実家でも筋トレしてるんでしょ?意味分かんないわその思考。休暇ぐらいゆっくり過ごしたいと思わない訳?』
『……徹夜でゲームを数十本も消化して、隈だらけの目でヘロヘロになったまま戦線に復帰するガーリーさんもどうかと思いますけど』
『ミョンリもミョンリで真面目すぎるのよ。まーだ妙な資格集めしてるの?そんな事に時間費やしてるから結婚できないのよ』
『そ、それは関係ありません!!』
ミョンリが甲高い声で叫んだ。ヘルメットにキンキンと反響して頭が痛くなる。懐かしい面々と顔を合わせた影響か、心なしか左目も疼くような痛みを発している。
ヘイヴィアは呆れた顔をしつつも、この雰囲気に懐かしさを感じていた。
「おい、大声出すなよ。一応『島国』の西方であるこっちは、『信心組織』と『正統王国』で所属がごちゃごちゃに揉めてるからな。いつ背後から撃たれるか分かんねえんだぞ」
『でも、フローレイティア女史が言うには、非公式とはいえ各世界的勢力が結集してクウェンサーさんを暗殺しに「トーキョー湾」へ向かっているんでしょう?上層部は裏で手を回して協力を仰ぎ合ってるらしいですし、バッタリ他の討伐部隊と出くわしても共闘したりできるんじゃないですかね?「みんなで世界の凶悪犯クウェンサーを倒しましょう!」って具合に』
「馬鹿か、寝ぼけた事言ってんな。裏で協力を仰いでるっつう事は、表じゃ何されても文句言えねえって事の裏返しだ。敵の敵が味方だったら、そもそも戦争なんてこの世には起きねえよ」
『まあ、そう気を張んないで下さいよヘイヴィア隊長。まだまだ目的地までは時間かかるし』
「あのなぁ……」
『はは。でも、ヘイヴィア隊長とこうして一緒の戦線に出るのも懐かしいですよね。部隊で訓練やる時はこのメンバーで班分けされる事が多かったですし』
『確かに』
『言われてみればそうね。不思議と懐かしさを感じるわ』
「そうかい。俺はお前らが敬語で呼んでくる事に全然慣れる気がしねえよ」
そう言いながらも、ヘイヴィアはぶつくさと独り言を繰り返していた。作戦内容を反芻して記憶に刻み込もうとしているのだろう。
『……隊長ぉー。さっきから無線でぶつくさぶつくさ呟かれれても困りますー。作戦内容の確認作業なら、昔みたいに小隊の全員でやりましょうよ』
『一人で抱え込むのはよくないぞ。昔のヘイヴィア隊長なら、むしろその辺は面倒臭がってジョークでも飛ばしています』
『ヘイヴィア隊長についていくんですから、私達だって隊長と以心伝心できてなきゃ困ります。簡単でいいからいつもの作業やりましょうよ』
「……分かったよ。じゃあ、ガーリー。今回の敵勢力の概要を説明しろ」
『はーい。標的はもちろんクウェンサーさんを指導者に向えた反乱組織。敵性コードネームは「ピリオド」。ピリオドの構成員は不明ですけど、各世界的勢力を裏切りながらクウェンサーさんがコネを作って引き抜いた生え抜きのオブジェクト技術屋が多いって諜報部門が言ってました。正規の軍人として「資本企業」のPMCを雇ったらしいですけど、詳細は不明です』
「そうだ。じゃあ、敵勢力の潜伏地の地理状況をベーシック」
『おう。敵の潜伏地は、「島国」南洋にある海底資源採掘用の人工浮揚島「あめのだりん」および、そこと地下トンネルで繋がっている「トーキョー湾」洋上の軍港「ニューゲート」です。「ニューゲート」は「あめのだりん」から地下トンネルを15km北方に位置する、クウェンサー氏が最近建造させたと推測される軍事基地で、詳細は不明。「あめのだりん」と繋がっている事から地下に広い構造であると電子シミュレート部門は報告しています』
「よし。じゃあミョンリ。各世界的勢力の進行ルートを」
「はい。現状、クウェンサー氏およびピリオドの潜伏状況は不明ですが、JPlavelMHD動力炉の熱源反応が確認されたのは「あめのだりん」側の基地です。オブジェクトを隠しているのならば、おそらくそこ。そこで、オブジェクトを保有する「情報同盟」の「ラッシュ」および我々第37機動整備大隊のベイビーマグナムが南方から同時攻撃を仕掛けます』
「で、洋上の『あめのだりん』が戦闘区域になれば、非戦闘員は地下トンネルを通過して北方の『ニューゲート』基地へ退避するはずだ。そこを、『島国』に既に潜伏させていた少数精鋭の小隊で挟み撃ちにする、と。本作戦の注意点を言ってみろ、ベーシック」
『何分、各世界的勢力が裏で共同戦線を張り合う一大作戦です。南方の2機のオブジェクトはともかく、我々の小隊は各世界的勢力から複数が選出されていますし、現地で出くわし衝突する事がありえます。クウェンサー氏の暗殺という同じ目的を持っていても、使用している無線信号はお互い暗号をかけているので意志疎通ができませんし、混戦が予想が予想されます』
『なーんで、こんな面倒臭い事になってんだろうね。裏で各世界的勢力の上層部同士がコンタクト取り合ってんだから、無線の波長を教え合う流れになったっていいじゃん』
『それは無茶でしょう。少なくともクウェンサーさんは現在、「資本企業」と「情報同盟」に所属している事になってます。「正統王国」や「信心組織」側からしたら、共同戦線と謳っておきながら直前でクウェンサーさんに加担して裏切り一人勝ちを狙っているかもしれない、と見える訳ですから』
「その通りだ。むしろ、ここまでの共同戦線が実現できたのが奇跡と言っていい。アイツはこの歩幅の揃わない戦況も意図して操ってそうだが、これ以上の協力を他の世界的勢力に強いるのは無理がある。……何より、アイツは俺が仕留める。この件は、俺ら『正統王国』がケジメをつけなくちゃいけねえ」
『…………』
ヘイヴィアの静かなる迫力に、メンバーが黙った。
かつてのように、彼の冗談で小隊の会話が笑顔に弾む事はなかった。
まるで人が変わったかのように、ヘイヴィア=ウィンチェルは静かに闘志を燃やす。
4人のハイブリッドバイクは変わらぬ速度で『島国』の地を駆ける。
潜伏予定地は近い。
間もなく、作戦が始まる……
ベイビーマグナムに搭乗したミリンダは、作戦開始の合図を待ちながら太平洋洋上に静かに浮遊していた。あらゆる戦況が想定される未確定な要素が多い本作戦において、総合マルチロール型の第一世代オブジェクトはある意味で適任と評価していいだろう。
ただし、彼女のベイビーマグナムが単機で、世紀のマッドサイエンティスト・クウェンサー=バーボタージュの開発したオブジェクトに対抗できるかどうかは、また別の話になる。
だからこそ彼女の隣には、『情報同盟』の第二世代オブジェクト『ラッシュ』も同様に浮遊している。陸戦特化型ではあるものの、海戦用フロートに換装する事で海戦にも適応できるため、ラッシュもラッシュで様々な戦況に派遣がされる事が多い。
とはいえ、
『だいいちせだいオブジェクトほどぞんざいなあつかいはうけていませんわ、おほほ。いまどき、げんぞんするだいいちせだいオブジェクトなんてあなたのベイビーマグナムぐらいしかありませんわ』
もはや恒例とも言うべき挑発。暗号処理を施していないオープンな波長で、ラッシュのエリートの少女がミリンダを煽りにきた。
「よけいなおせわ。アンタとのくされえんも今日がさいごよ。つぎに会うときはいのちがないと思いなさい」
『おほほ、それはねがってもないもうしでですわ!なんにせよ、あのとのがたにみすてられた者どうし、こんかいは手をとりあうとしましょう』
「…………」
『あらあら、「せいとうおうこく」のやばんなおサルさんのくせに、ずいぶんとウブなはんのうをするのね。しつれんははじめてかしら?』
「……だまれ」
『まあいいでしょう。みれんタラタラでいざひきがねを引くゆびがとまったとしても、わたしがえんりょなくブチぬいてさしあげますからお気になさらずに。足だけはひっぱらないでく――――』
耳障りな通信を遮断した。
ふう、と深呼吸し直す。
(みれんなんて、ない)
そんな呟きは、この10年間で何度も繰り返してきた事だった。
(ひきがねを引くのに、ちゅうちょはない)
その呟きも、もはや何十回、何百回と重ねてきた問いだった。
全ては今日、この日のために。
自らの手で彼を追い詰めるために。
『お姫様、準備はいいかしら?』
フローレイティアからの通信が入った。
「だいじょうぶ、いつでも行けるよ」
『……覚悟は済ませたかしら?』
「だいじょうぶだって」
『これは上官としての命令ではなく、純粋な個人として、あなたの友人としての質問よ。……ミリンダ。あなた、クウェンサーを殺す覚悟はできた?』
「だいじょうぶ。できるよ」
力強く返答する。
迷いはない。
終わらせる。
『あの日』に全てを裏切って亡命し、世界の戦争を影から操作する大戦犯へと変貌した彼。
自分の知っていた頃の、若き日の彼の顔を思い浮かべる。
「いつでもいい」
『……そう。分かったわ。では、始めましょう。あなたの砲撃が、各世界的勢力の共同戦線の全てが動き出す開戦の狼煙になっているわ。好きなタイミングで始めてちょうだい』
深呼吸なんて要らない。全てはもう済ませた。
だからミリンダは、いきなり引き金を引いた。
七門の主砲から大口径コイルガンが発射される。
数キロ先にある「あめのだりん」基地に直撃する。
「よし」
終わるための戦いが、始まる。
『もぬけの空、ね』
「これは一体、どういう事だ……」
ミリンダの報告を受け、フローレイティアは困惑していた。
ベイビーマグナムの砲撃によって、『あめのだりん』基地は崩壊した。ラッシュによる連速ビーム式ガトリング砲の追撃によって、半壊したと表現しても過言ではない。
だからこそ困惑する。
「どうして『あめのだりん』基地に、反乱分子『ピリオド』の構成員が一人もいないんだ……?」
オブジェクトは50メートル級の超巨大兵器だ。
如何なるステルスを使った所で、その巨体を完璧に隠す事は不可能だ。
作戦開始前から『あめのだりん』基地と『ニューゲート』基地から反乱分子『ピリオド』を逃がさないために、包囲網を敷いていた。
『ピリオド』の構成員を逃したりはしない。
何より、強行突破すれば定時連絡ですぐに分かる。
(『あめのだりん』基地で観測したJPlevelMHD動力炉を放置したまま逃走した?……いや、あり得ない。せっかく手に入れた試金石だぞ。やっとの想いで手に入れた自分のオブジェクトを命惜しさに手放しに逃げる程度の覚悟なら、そもそもクウェンサーは私達『正統王国』から亡命するような事をしていないだろう)
『だめだ、センサーで走査したけどどこにもいない……オブジェクトはともかく、「ニューゲート」きちのほうへへいしはにげたのかな?』
「いや、お姫様の砲撃を合図に歩兵小隊も『ニューゲート』基地へ突入して挟み撃ちを狙っていたが、同じようにもぬけの殻らしい。現在は地下トンネルに侵入し、『あめのだりん』基地へ向けて慎重に南下している最中だ」
『じゃあ、「ピリオド」は……クウェンサーは、一体どこに行ったの……?』
「……」
分からない。
ホワイトボードの盤面を必死に見渡し、部下から報告された情報を繋げ戦況を推理する。
しかし、具体的な行動を移す前に、戦況に動きがあった。
『海底でねつげんはんのう……ッッ!?オブジェクトのものだ!!』
「位置は!?」
『めんどう!データはおくった、かくにんして!!』
言いながら、ベイビーマグナムは即座に反応した。
海水の壁に阻まれ威力が殺されるため、金属砲弾を利用するレールガンやコイルガンは不可能。荷電が拡散し易い海水ではプラズマ砲も無力。
(やるなら、レーザービーム!!)
威力は減衰する。しかし、海底に潜んでいたオブジェクトまでは届く。
「やったか!?」
『ねつげんはんのうはきえた。ちょくげきしたと思う。今からセンサーで走査し―――――あらたなねつげんはんのう!?オブジェクトのものだ!!』
「――――な!?2機目だとッッ!?」
『ラッシュがたいおうした、はかいしたっぽい……わたしもねんのため走査し――――ねつげんはんのう!?オブジェクト!!』
「3機目、だと……!?」
『ちがう、もう1機いる!!……いや、またふえた!!ドンドンふえる!?ごうけい9機のねつげんはんのうをかくにん!!』
「――――ッ!?か、考える前に撃て!!そいつらはまだ起動中だ、準備が済む前に全て撃ち抜けッッ!!」
フローレイティアに声に急かされるように、ベイビーマグナムとラッシュが次々に海底へ向けて主砲のレーザービームを発射する。
『ハァ、ハァ、ハァ……ぶ、ぶじに、げきはかんりょう……もうないよ』
「……ご苦労……何だったんだ、今のは……?」
まさか12機もオブジェクトを建造していた、なんて馬鹿な話はないだろう。電子シミュレート部門に解析を回すよりも、オブジェクトの高精度センサーで走査した方が早い。
ミリンダの報告を待ちながら様々なモニターに視線を向けていたフローレイティアだったが、異変に気付いた。
「こ、れは――――――――ッッ!?」
ちょうどそのタイミングで、新たな通信が入った。
『俺です、ヘイヴィアです!!やべえぞ、今すぐベイビーマグナムと歩兵の全部隊を戦線から下げさせろ!!』
ヘイヴィアがフローレイティアに無線を飛ばす、その数分前の事だった。
「ヘイヴィア隊長!!何で私達の小隊はこんな『トーキョー湾』から離れた雑居ビルの屋上で呑気にバーベーキューなんてやってるんですか!?早く行きましょう!!もうお姫様が主砲で『あめのだりん』基地へ攻撃を始めました!」
「焦んなよミョンリ。今『ニューゲート』基地に突っ込んで行っても、他の世界的勢力の討伐部隊と鉢合わせて面倒な事になるぞ」
「いや、目的はクウェンサー氏の暗殺で共通している。混戦時の誤射ならまだしも、突入間近の今なら誤認もないでしょう。例え他勢力だったとしても、一緒に行動した方がいい気がします。俺も突入すべきだと思います」
「ベーシックも焦んなよ。ほら、筋トレしててもいいんだぞ?」
「ふざけてんのか、アンタ!!」
怒声と共に、ガーリーがバーベキューの機材を蹴飛ばした。そのままヘイヴィアの胸倉を掴み上げる。
「何すんだよガーリー。俺はこの小隊の隊長だぞ?」
「そうだ、ヘイヴィア。アンタが隊長だ!!そして、アンタは伝説の『ドラゴンキラー』でもある。それなのに、一体全体これはどういう事よ!!」
「理由は説明したろ。今『ニューゲート』基地に突入しても――――」
「じゃあ私達は何のために此処に来た?何のために『島国』まで来た?何のためにアンタを隊長として呼び戻した?答えて!!」
「当然、アイツを殺すためだ」
「そうよ。じゃあ、アンタはクウェンサーを他の世界的勢力に横取りされていいっての!?彼を殺すのは自分だって言ってたじゃない?ここで時間を潰す事が、どうやったらクウェンサーの暗殺に繋がるの!!」
ベーシックもミョンリも、ガーリーを止めなかった。彼らも同じ思いなのだろう。
ヘイヴィアが現状を説明する事を求めている。
彼は目を閉じ、ゆっくりと溜め息をついた。
「分かったよ、説明する。だから襟首から手を離してくれ」
ガーリーが舌打ちし、乱暴に手を離した。
「……確信がねえ勘だからあんまり言いたくなかったが、しょうがねえから説明する。……俺は今、とある違和感を抱いてる。何だと思う?」
「自分が伝説の『ドラゴンキラー』かどうかって事じゃない?」
ガーリーが苛立たし気にそう皮肉を言った。
ヘイヴィアは無視して続ける。
「アイツはモールス信号で俺を呼んでいる。当然、『正統王国』だって動く。つまり、アイツはオブジェクトに襲撃される事を想定している」
「そんな事は私達も分かっています。だからこそ、事前に世界的勢力が包囲網を作って、ここまで監視を続け、今日、ついに襲撃を試みたんですから」
「じゃあ、アイツは対策を打たなくちゃいけねえ。いや、対策を講じ終わってからモールス信号を発していたはずなんだ。オブジェクトに襲撃されても、自身の開発したオブジェクトを守り切り、自身も一緒に逃亡する算段を」
「それも分かっている!!だから、それを妨害するために俺達が派遣されたんでしょう!!」
「それはどうかな?」
ヘイヴィアは意味深に笑った。
その意味を、3人は理解できない。
「考えてみればおかしくないか?何故アイツは隠れ家がバレた?」
「自分のオブジェクトを開発したからでしょう。完成したオブジェクトを隠す事はできないでしょう?JPlevelMHD動力炉の熱源反応なんて、GPSなんて使わなくても各世界的勢力の民間衛星でも一発で分かります」
「モールス信号の意味は?」
「……分かりませんけど。でも、クウェンサーさんが自身の設計したオブジェクトを完成させた事は推測できます」
「じゃあ、何故このタイミングで建造した?」
「は?」
「どうしてこのタイミングで作った?このタイミングでオブジェクトを建造すれば、世界的勢力が群がって殺しに来るのは必然じゃねえか。アイツにとって不利でしかない。どうしてだと思う?」
「……それは……多分、自分の設計したオブジェクトなら、各世界的勢力のオブジェクトをまとめて撃破できる自信があるからじゃない?」
「なら、どうして包囲網に囲まれて『あめのだりん』基地で籠城なんてしてた?こんな状況に陥る前に、とっととオブジェクトを起動して包囲網を強行突破すればいい。何故しなかったと思う?」
「それは…………」
ベーシックが黙った。ガーリーもミョンリも押し黙る。
ヘイヴィアが静かに言う。
「ここまで質問を重ねれば分かっただろ?アイツの行動には疑問点が多い。矛盾だらけなんだ。そもそも、オブジェクトの居場所がバレるのはアイツにとって不利でしかない。アイツは、自分が不利になるような事はしない」
「失態だったんじゃないですか?伝説の『ドラゴンキラー』だって人間ですから、ミスもあるはずです。アナタが色々と挫折して、今ここにいるように」
「居場所がバレたのが、アイツのミス……俺にはどうもそうは思えない……むしろ、俺にはアイツが誘っているように見えるんだ。アイツが、何か企んでいるように感じるんだよ」
「……でも、ただの勘ですよね?」
「そうだ。ただの勘だ。だからお前らを説得できるとも思ってねえし、無理に従えとは言わねえ。突入したかったら言ってくれ」
「……」
沈黙が訪れる。
水平線の向こうでは、2機の超巨大兵器が立て続けに主砲を発射していた。
それを眺めていたヘイヴィアが、ふと我に返った。
「おい……あれおかしくないか?」
「何がだ?」
「だって、さっきからベイビーマグナムやラッシュが海中に砲撃してるぞ?海中に敵がいるのか?」
「本当だ……海中に『ピリオド』が逃げたから?」
「いや、ガーリー、それは考えすぎだろう。俺は作戦投入前にフローレイティア女史に『トーキョー湾』一帯の地図を見せて頂いたが、今ベイビーマグナム達が砲撃しているあの辺は、海底火山が近くて地下トンネルを無闇に掘れないはずだ」
「ちょっと待て……海底火山だと……?――――し、しまった!!そういう事かよクソったれ!!」
疑問符を解消できない3人を置き去りに、ヘイヴィアが無線機で本部のフローレイティアに通信を飛ばす。
「ちょ、ちょっと、説明してよ!!」
「時間がねえ、後だ!!」
ヘイヴィアの思考速度についていけない。昔から、彼は『悪い可能性』について誰よりも早く察知する人間だった。
「俺です、ヘイヴィアです!!やべえぞ、今すぐベイビーマグナムと歩兵の全部隊を戦線から下げさせろ!!」
『私もちょうど気付いた……試作実験炉だ!!「ピリオド」は、事前に「トーキョー湾」の海底にいくつかの試作実験炉を沈ませ、私達が派遣したオブジェクトに砲撃させるつもりだったんだ!!海底火山を刺激し、噴火を起こさせてオブジェクトを破壊するために!!』
「そんな事は分かってる!!だから早く退かせろ!!」
『もうお姫様に退避の命令は出した。噴火の予想範囲から退避済みだ』
言った瞬間だった。
――――ドウンッッ!!と。
腹に響くような地響きが起こった。
単純なオブジェクトの砲撃とは違う、地面の底から波打つような重い振動だった。
『……やはり海底火山の噴火が狙いだったか。だが、いいぞ!お姫様のベイビーマグナムは既に退避し、被害を受けていない』
「違う、そうじゃねえんだ!!」
『……何?』
「狙いはオブジェクトじゃねえ!!俺達、歩兵の小隊だ!!」
『……は?いやいや、噴火域とはかなり離れた位置に「ニューゲート」基地はあるんだぞ?「あめのだりん」基地ならともかく、「ニューゲート」基地には溶岩の影響はないはずだ』
「……それは、アイツが関係なかった場合の話ならな」
ヘイヴィアは一言で斬り伏せた。
「アイツはそんなんじゃ終わらねえ。アイツは……『ドラゴンキラー』は、こんな程度の一発逆転じゃ終わらねえ。そんな生温い起死回生じゃここまで死線を越えてきていない。……考えてみて下さいよフローレイティアさん。アイツ視点で今回の事件を眺めれば、各世界的勢力が揃い踏みな上にオブジェクトが2機も自分を襲いに来てる。ここまで絶対絶命な舞台が整っちまったら、むしろアイツの独壇場じゃねえか。アイツは絶対にやらかす。『打開不可能な大戦力を前にして突破口を開く』アイツのエンジンがかかっちまう!!」
『……どういう事だ?何故言い切れる?根拠はなんだ?』
「根拠はないが、奴の考えている事が分かった。狙いから逆算すれば、意図の全貌を把握できる。海底火山を刺激して溶岩の噴出させる事は、オブジェクトを狙った一手じゃねえ」
『歩兵狙いだと?だが、各世界的勢力が結集した歩兵の混成小隊は今、「あめのだりん」基地と「ニューゲート」基地を繋ぐ地下トンネルにいる。溶岩の噴出域とはかなり離れているわ』
「離れているから、細工しているはずだ……『あめのだりん』基地へ流れ込んだ溶岩は、今頃は地下トンネルを通過している」
『地下トンネルは10km以上ある。粘性が高い上に、海水で冷やされて固化される溶岩なんかじゃ、歩兵部隊の元まで辿り着かないだろう』
「だから細工をしているはずなんだ。いや、絶対にしている。溶岩の粘性を下げる……例えば、通路自体に熱源を多数配置して温めているとか。固化をギリギリまで起こさせないとか」
『……それだけじゃ難しい気がするが』
「溶岩の粘性の原因はケイ酸だったよな?じゃあ、地下トンネルにケイ酸を分解する試薬を大量に撒いておいた、とかな……細かい理屈は分かんねえよ!!そういうのは、いつもアイツが考えるのが担当だったんだ!!でも、結果は分かる。予想がつく。アイツの考えている事が手に取るように分かるんだ」
『しかし……』
「早くしねえと、地下トンネルを通った溶岩がこっちへやって来る!?――――こうしちゃいられねえ、お前ら!とっととこの場から避難するぞ!!」
ヘイヴィアが無線機を放り捨て、バイクに飛び乗ろうとする。
「は?え、ちょ、マジですか!?」
「何もせず戦場から逃げ出すんですか?」
文句を言い始めるミョンリやベーシックがどう対応しようか考える暇はなかった。
視線の先、『ニューゲート』基地の入口から、真っ黒い津波が噴水のように勢いよく噴き出した。
辺りの街並みを呑み込み、焼き尽くしながら黒い津波がこちらへ迫って来る。
「溶岩の津波だ!!マジで粘性を落として海底火山から『トーキョー湾』のこっちまで流しやがった!!」
「本当に、本当にそうなった!?……ヘイヴィア隊長は何も見てないのに。何も知らないはずなのに、違和感だけで本当にクウェンサーさんの狙いを看破した……!?」
「これが、『ドラゴンキラー』の片割れ……」
「ごちゃごちゃ下らねえ事言ってんな!!逃げるぞ!!」
ヘイヴィアに続いて、3人も一斉にハイブリッドバイクに飛び乗った。
慌てて退避する3人だったが、直後にヘイヴィアが逆方向にバイクを走らせ始めた。押し寄せる黒い津波に向けて、ヘイヴィアがバイクを真正面から走らせていく。
『ちょ、ちょっとヘイヴィア隊長!!どこに行くつもりですか!!そっちに向かった部隊は溶岩で全滅してますよ!!逃げましょう!!』
「お前らは逃げろ!!俺はやる事がある!!」
そう言い捨て、ヘルメットの通信を切った。
既にヘイヴィアは、クウェンサーの狙いを看破していた。
細かい理屈は分からないし、具体的な方法も全く思い浮かばない。
しかし、それでも分かる。
彼のしたい事が、予測できる。
(――――お前にとって一番の脅威は歩兵のはずだ!!歩兵の脅威を、俺ら『ドラゴンキラー』は身に染みて体験してきている。だから、溶岩の津波によって強引に排除する。『オブジェクトしか存在しない戦場』をお前は作りたがるはずだ!!――――そんな好きにはさせねえ!!俺がお前を止めてやる!!)
バイクで駆けながら、街並みを見渡す。
不自然に、溶岩の津波を逃れている建物があった。地面ごと焼き尽くされ崩れ落ちるビル群の中で、1つだけ微動だにせず君臨する高層ビルがあった。
(――――あれだな)
おそらく『ピリオド』が潜伏している隠れ家は、その高層ビルだろう。歩兵を全て排して尚、彼らはクウェンサーが開発したオブジェクトでベイビーマグナムやラッシュと戦う必要があるのだから。
溶岩の津波で歩兵小隊の排除には成功したものの、彼ら『ピリオド』は溶岩から離れた高い位置で、戦場である海の向こうを眺められる位置を陣取らなければならない。そう逆算して推測すると、確かにその高層ビルは絶好のポジションだった。
(どうやってあの建物に移る!?考えろ!!)
溶岩の津波はまだ2,3kmは離れている。しかし、5分も経たずにこちらへ押し寄せてくるだろう。高さは2m近い。飲み込まれたら最後、骨さえ残らない。
『ピリオド』が潜伏しているであろう高層ビルは、既に溶岩の波に呑まれている。当然ながら玄関からは入れない。どこからか飛び入らなければならない。
「くそっ、足場なんてねえ!!どうすりゃいいんだ!!」
辺りを見渡す。
足場を探す。階段を。段差を。坂を。建物を。
そして、ある建物が目に入った。
ある方法を思い付いた。
そんな策が浮かんでしまった自分に、思わず恐怖する。
まずは否定から入る、そんな自分の悪い癖が顔を出し始めた。それを押さえ付け、懸命に勇気を振り絞る。
(やるしかねえ―――――ッッ!!これしか方法はねえ!!)
目的地はすぐ近くにあった。
―――――『トーキョータワー』。
『島国』の観光名所として知られる、国内最大の建造物だった。
その展望台まで、バイクに乗ったままエレベーターで上がる。
エレベーターでの上昇中に、溶岩の津波がやって来た。
『トーキョータワー』の根元が焼かれ、足が折れる。
その塔が、ガクリと思い切り傾いだ。
(――――今だッッ!!)
エレベーターのガラスをアサルトライフルで撃ち割り、バイクを上面の壁に乗せる。
そのまま、現在進行形でゆっくりと倒れつつある『トーキョータワー』の柱の一つを、滑走路のようにバイクで駆ける。
まるでカタパルト。
溶岩の津波で脚が折れ、傾いだ事で巨大な坂となった『トーキョータワー』の壁面を、バイクで駆ける。
アクセルはフルスロットル。
少しでもタイヤを踏み外せば転落して即死する。
その恐怖を抑え込む。
血の気が引いて気を失いそうな意識を、必死に保つ。
ドミノのようにゆっくりと倒れる『トーキョータワー』が、ついに『ピリオド』が潜伏している高層ビルの真横を通過する。
そのタイミングを狙って、ヘイヴィアはバイクから飛び出した。
『トーキョータワー』からのスカイダイブ。
「―――――――ぉぉぉぉぉぉ、らぁああああああああああああああああああああああああ!!」
『トーキョータワー』に来た時点で、非常用としてエレベーター内に設置されていたパラシュートを奪い、背負っている。
パラシュートを展開させながら滑空し、高層ビルの窓ガラスへ向かう。階層で言うなら、既に20階近い高さだった。
アサルトライフルは背中に引っ掛けてあるため、パラシュートの展開中には上手く腰を捻れずに手に取れない。
仕方なくサイドアームの拳銃を抜いたが、五十口径を以てしても窓に小さな穴しか開かなかった。
このままでは思い切り窓ガラスに衝突し、パラシュートが絡まって地面に激突する。……いや、溶岩に墜落して焼死するだろう。
「クッソが!!一発限りだってのにここで使うのかよ!!」
歩兵携行式の一発使い捨ての対戦車ミサイルを担ぎ直す。
そのまま、窓ガラスに向けて発射した。
轟音が響く。爆風で失速し、危うく爆破した窓ガラスに届かなくなりかけながら、ギリギリのところで高層ビルに着地した。
パラシュートを脱ぎ捨て、アサルトライフルを担ぎ直す。
「……あ、危ねえ……今回ばかりはマジで死ぬかと思った……」
だが今は、安堵している時間さえ惜しい。
突入した部屋には誰もいなかったが、
「し、侵入者だ!!」
「嘘だろオイ!?どこから来やがった!!?」
「空だ!!空からパラシュートで来やがった!!」
慌てふためきながら逃走していく白衣の男達が見て取れた。
どうみても軍人の動きには見えない。
(『資本企業』のPMCを雇ってるって話だったが、この高層ビルにいるのは全員、研究者や整備兵とかのインテリ集団って訳か?……だとしたら好都合、雑魚しかいねえ)
とはいえ、この高層ビルも長くはもたないだろう。研究員が下層へ逃げていった事から推測するに、地下通路などの非常用退路が存在するのかもしれない。
最低限の警戒だけを行い、ヘイヴィアは地下へ向けて走る。
崩れ落ちる天井の瓦礫の雨から逃れるように、走る。
もうここまで来たら推測も作戦も無い。とにかく走る。ひたすら走る。
死体を飛び越えながら通路を駆け、視界に入った敵兵は、片っ端からアサルトライフルで撃ち抜いていった。
そうして、ようやく非常口に到着する。
最後の曲がり角を左折した瞬間、非常口へ駆ける白衣の男が目に入った。
「―――――ふっ」
その面影に、覚えがあった。
ついに、捉えた。
緊張と驚きと困惑と殺意と。
もやもやとそれらが混じる表現し難い感情を、短い吐息で押し沈める。
(慌てず、狙う……落ち着け!!)
これまでの腰だめ撃ちとは切り替え、望遠スコープを覗いた精密射撃。
アサルトライフルの光学照準に補正を受けたヘイヴィアの瞳が、獲物を狙う鷹の目と化す。
ズガン!!という射撃音と共に、非常口の真上の天井が崩れ落ちた。瓦礫で通路が塞がれる。
亀裂の走る天井の『傷』を、彼が正確に狙撃したからだった。
非常口に駆け込む白衣の男が慌てて急ブレーキをかける。
彼は肩を上下させるように荒い息を吐きながら、ゆっくりとこちらを振り返った。
スコープ越しに、こちらと目が合った。
互いの距離は20メートルほど。
溶岩の影響が少ないとはいえ、現在進行形で崩壊しているこの高層ビルは、コンクリートや鉄筋がひしゃげるけたたましい音が響いていた。
しかし、彼ら2人の間だけは、恐ろしい程の静かな沈黙が流れていた。
互いに一歩も動かない。
互いに言葉を発しない。
互いに視線をぶつけながら、その想いを汲み取っていた。
ヘイヴィアは、本当は色々と言おうとしていた事あるはずだった。そのためにここまで来たのだから。
白衣の男も、何か言おうとしていたはずだった。だからこそ、ここまでの事をしてきたのだから。
それでも、互いに目を合わせ、想いを察し、そして、今更言葉を交わす必要がない事に気付いた。
だから、時が止まったかのような長い沈黙の後、彼らは搾り出すように静かに呟いた。
「待ち焦がれたぜ、クウェンサー」
「……久し振りだな、ヘイヴィア」
そうして、語られる伝説達が再会した。
かつて命を預け合った