死を視る白眼   作:ナスの森

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馬鹿な……(急増するお気に入り登録数を見て)

何か自分の本命の七夜小説である「双夜譚月姫」より人気があって複雑です( ・´ー・`)


直死と万華鏡 中

 ――――コロセ

 

 声が聞こえる。

 誰からでもなく、自分が言った訳でも、耳に聞こえる訳でもなく……まるで脳に直接呼びかけられるみたいに。

 

 ――――コロセ。

 

 声が聞こえる。

 奥底から湧き上がってくるように、深淵から囀るかのように、まるで血流が逆流するように。

 

 ――――コロセ

 

 声が聞こえる。

 体中の神経に伝わるように、臓腑が語りかけてくるように、その衝動は湧き上がってくる。

 

 病気だった。

 流行り病やうつ病といった茶地なモノではなく、例えるなら何かに飢えるかのような。

 まるで自分がそういう存在であるかのような。

 気を抜けば意識が反転してしまいそうな。

 まるで自分でない自分であるかのような。

 それが本当の自分であると知らされるような。

 

 

 ――――衝動だった。

 

 

     ◇

 

 

 360°の視野、数百メートルの視界範囲―――――その白眼が映す世界の中に、透視能力を通して所々にその線は走っていた。

 黒いツギハギの線、それらを束ねる点。

 常人なら見ているだけで壊れそうになる世界を、シキは超広視野の白眼で視ている。

 まるで出来の悪い子供があちこちに書いたような線

 それらは皆、死だった。

 

「さあ、殺し合おう」

 

「……」

 

 シキのその一言の元、第二ラウンドが幕を開けた。

 二人はその場から消える。

 シキは蜘蛛のような低姿勢で、イタチもまた腰を低くし、二人とも疾風の如く駈ける。

 シキの動きは異常だった。

 極限の前傾姿勢、大凡卓袱台の下すらも潜る事のできる体勢で、いつもと変わらぬ超スピードで駈ける。

 更に驚愕すべきはその動きのメリハリ――――速度を零から最高速へ、最高速から零へ一瞬で変える。

 そして――――その動き、姿勢を維持しながら木々の枝や側面を足場とし、見事な立体軌道をしてみせる。

 

「……!」

 

 イタチは少し目を見開いた。

 

(チャクラの痕跡が……空中にしかない)

 

 忍びの基本的な訓練のルールとして木登りがある。

 忍びのジャンプ力や木の枝を使うことなく、二本脚で木の側面に垂直に立ってみせると言う、常人ならば考えられない行為。

 だが、これはチャクラを付着させた足を使ってできる芸当であって、何の小細工もなしでやれる芸当ではない。

 

 ――――だが、チャクラの痕跡は彼が足場にしたとされる空中にしかなく、彼が足場にしたとされる木にチャクラの後は微塵も残されていない。

 

(写輪眼でチャクラの痕跡を追う限り、奴はおそらく、チャクラを使わずして木の側面や天井などを高速移動できる)

 

 イタチはシキの動きを目と身体で追いながら死角を取られないように留意する。

 第一の奇襲が来る、斜め後ろからの突き。

 大凡暗殺には理想的な角度。

 だが、その程度で隙を突かれる程イタチは甘くない。

 だがそれは相手も同じ。

 感づかれはすれど、決して写輪眼の視界には入るまいと、空中蹴りを駆使して死角に回る。

 それでもイタチの写輪眼は彼の動きを追っていた。

 

 彼の尋常ならぬ短刀捌きでイタチの『死』を、柔拳でイタチの経絡系を的確に攻撃してくる。

 イタチはそれを全て苦無で受け流し、時には火遁や水遁の術を使うが、手刀や短刀でことごとく“消される”。

 

 ――――この感じ……天照の時と同じか……。

 

 ただ得物を振るわれただけで己の術がことごとく消滅していく。

 いくら白眼でもこんな芸当はできまい。

 

 苦無と匕首の鍔迫り合いの状態から一時距離を取り、イタチは懐から隠し持っていた手裏剣を無造作に周囲へ大量に投げつけた。

 ……それは出鱈目に投げているように見えて、計算された投げ方だった。

 無造作に周囲へ投げつけられた手裏剣が木々に当たり、跳ね返って一斉にシキへ襲い掛かる。

 だが、白眼に死角はない。

 シキは懐から取り出した投擲用の針を無造作に下方向に何本か投げつける。

 響き渡る金属音と同時、彼は何の動作もなしに地へ急降下した。

 

 そして、地面に地を付こうというタイミングで、空中へ蹴り、また木へと移動した。

 

 その地面には、草に紛れて毒を塗られたマキビシが撒かれてあった。

 

(油断も隙もあったもんじゃないね、まったく……)

 

 咄嗟に白眼でそのマキビシの存在に気付き空中を蹴って、そこから逃れたシキは改めてこのイタチという忍びの規格外さを思い知る。

 ――――体術だけではない。

 ――――忍術だけではない。

 ――――幻術だけではない。

 ――――写輪眼だけではない。

 シキの動きを冷静に見極め、そしてソレに瞬時に対応してみせる判断力。

 ……これほど完璧な忍びなど他にいるだろうか。

 

「……楽しいなあ」

 

 ……だが、彼の笑みに浮かぶのは歓喜の笑み。

 互いの五感全てを酷使しての生存競争――――殺し合い。

 彼の父親と殺りあって以来の昂揚。

 その時でさえ、自分は善戦していたとはいえ、実質的には圧倒されていた。

 余計な邪魔が入り辛うじて殺せた彼の父親。

 

 ――――今は、違う。

 

 自分はあの時からまた一層殺しの腕を上げ、そしてその技を存分に振るえる相手がここにいる。

 

「くっははは……」

 

 笑う。

 シキはこれ以上にない獲物を目のあたりにし、まるで愛おしいように、狂う様に笑みを浮かべる。

 

 ――――さあ、俺に生きている実感を与えてくれ!

 

 未だに紅き眼光を輝かせる獲物にそう懇願した蜘蛛は、駈ける。

 

(呆れた動きだ……)

 

 イタチは呆れと称賛を奇怪な動きをするシキに送る。

 チャクラをまったく必要としない三次元移動。

 そしてチャクラを使う際には空中を足場とし、ソレを交えての立体的軌道。

 それだけではなく写輪眼で断片的に見える、所々の奇怪な挙動。

 それでいて直線距離のスピードはイタチですら目を見張るモノだという始末。

 

 イタチが知る忍びの中で最も速い動きをした者は彼の兄的な存在にしてライバルであった、うちはシスイである。

 瞬身のシスイとして各里に名が知られていたシスイはその通り名の通りそのスピードは他のうちは一族、いや他里の忍び達の追随すら許さぬものだった。

 このシキという忍びは純粋な速度こそシスイには及びもしないが、速度のメリハリと動きそのものの捉え辛さに関してはこちらの方が上を行っていた。

 

 三次元移動する事自体は忍びであるのなら苦ではない。

 木や障害物を足場にしての戦闘は忍びが最も得意とする動きであり、そして忍びの動きの基礎中の基礎である。

 だが、チャクラを要さずしてそれ以上の高次元な三次元移動をやってのけるこの男――――チャクラを要するときでさえそれは空中を足場にした時のもの。

 

 相手があれほどの動きをするのならば自分もそれに付いて行かなくてはならぬと思うだろうが。

 

(迂闊に相手の土俵に立っては……間違いなくこちらが死ぬ)

 

 向こうは元より三次元戦闘用に特化した体術、おまけにチャクラを要さない為に微量のチャクラを消費までして向こうの土俵に立ってしまえばいずれ差が現れる。

 更には向こうには白眼という空間把握にはうってつけの眼を持っている。

 360°の視野と数百mの視界範囲と透視能力はあらゆる障害物の位置とその間の空間を把握し、獣じみた動きでそれらを使い視界潰しをする事も容易だろう。

 そんな中でこちらも同じような動きをしてみせたらどうなるか――――間違いなく恰好の獲物となる

 ……そんな中で相手と同じ土俵に立てる訳などない。

 だがしかし、同時にそれをしなければ相手はいつでも自分から逃げられる状態になってしまうが、イタチはそんな事はないと判断し、あくまで地に付けた足で疾走しながらシキの動きを追っていた。

 ――――ああいう手合いは、必ず逃げる事無く、あくまでコチラを殺そうと躍起になってくる。

 事実イタチの目測は正しく、今もシキは逃げずにイタチとこうして殺り合っているのだから。

 

(ならば……足場を潰す)

 

 木々は邪魔だった。

 こちらが相手の土俵に上がれないというのであれば、こちらの土俵に引きずり出してしまえばいい。

 シキの攻撃を躱しながらそう思考したイタチは即座に印を結び、それを放つ。

 

 ――――火遁・鳳仙火の術

 

 同時に、連続して炎の弾幕を放つ。

 通常、この術は小規模の炎の玉を一つずつ連続して放つ術であるが、イタチのそれは一回分で複数もの炎弾を放出する。

 放たれた炎弾の一つ一つがそれぞれの木々に刺さり、それは燃え広がってゆく。

 元の木の葉の忍びとしてその光景にすこし胃を痛めてしまうが、あくまでイタチは己の標的を優先した。

 炎弾が次々と木に命中してゆき、やがてそれは森を紅蓮の色へ染め上げる。

 

(これで奴の足場が少しでも限定されれば……)

 

 瞬間、イタチの写輪眼がシキの姿を捉える。

 ……驚異的な速さで、炎に包まれた木々を次々と解体してゆく姿を。

 イタチの周りの木々も含め次々と解体されてゆく。

 まるでチーズでも切っているように。

 燃え盛る木々は崩れる積み木のようにバラバラになり、それら全てイタチへ落下してゆく。

 それだけでは終わらない。

 それらの木々の上空に陣取ったシキが印を結び、術を発動させた。

 

 ――――風遁・大突破

 

 一陣の風が広範囲へばら撒かれる。

 それは燃え盛る木片に当たり、木片は火の勢いと落下速度を増しながらイタチに襲い掛かった。

 

(そうは問屋が下ろさないか……!)

 

 火球が大群となってイタチの方へ落下してくる。

 イタチは即座に、普段から自分と行動を共にしていた相棒が使っている術と同じ印を結ぶ。

 

 ――――水遁・爆水衝波

 

 口の中のチャクラが津波に変換され、吐き出される。

 だがそれは普段彼の相棒が使っているソレの量には及ばない。

 元よりこの術は彼の相棒が使っているソレを写輪眼でコピーした物であり、使用するのも今回が初めてであった。

 だが、イタチにとってはそれで十分だった。

 今放った水遁の術は降ってくる燃えた木片を防ぐ事ではなく、足場の不利を逃れる事。

 もし燃えた大量の木片が地上に落ちてしまえば、草木にまで火の手が上がり、イタチの足場まで限られてしまう。

 ……上がった波はやがて地へ渡ってゆき、降ってくる木片のクッションとなる。

 紅蓮に染まった木片らは地面の草木を燃やす事には至らず、先ほどイタチが放った水遁の水によって鎮火されてゆく。

 

 そしてイタチに向かって大きめの燃えた木片が落下してくる。

 それを避けたイタチの眼前に―――――匕首の刃が迫っていた。

 

「――――っ!」

 

 即座に避けると同時、苦無を取り出し、カウンターを狙う。

 ――――シキの匕首の刃はイタチの頬を切り裂き。

 ――――イタチの苦無はシキの脇腹を掠る。

 

「ちぃっ!」

 

 両者は舞う。

 蜘蛛の如き動きで水面を滑るかのように疾走する紅い影。

 同じく水面の上で蜘蛛と踊る黒い影。

 

 蜘蛛の忍びは己の最も有利たる足場を消され、黒い忍びの方も己の望んだ展開に進んだとは言い難い。

 きしくも両者がそれぞれ望んだ内容とは違う形で同じ土俵に立った二人。

 それでも二人は疾走する。

 武器で打ち合い、受け流し、避け合う。

 そしてイタチの苦無とシキの匕首がぶつかるタイミングで――――水面の下からイタチの影分身が現れた。

 ――――打ち合いの最中、シキに気付かれずに影分身の印を結んでいたのだ。

 四方からの手裏剣の嵐がシキを襲う。

 シキは己の匕首と切り結んでいるイタチの苦無を、身体を反転させて蹴り上げ、即座に手裏剣への対処をしようとする。

 

 ――――風遁・大突破。

 

 印を結び、真下の水面に向けての強風の息。

 上方から風に押された水面はシキを四方から守る津波となり、四方から飛んでくる手裏剣を防いでゆく。

 そして、防ぎきれなかった残りの手裏剣を針で全て打ち落とした。

 しかし、それだけでは終わらなかった。

 

 津波に接触した四体の影分身の内の三体が、爆発を起こす。

 

 手裏剣を防ぐ為の津波は三方からの爆風により即座にシキを襲う業流へと寝返った。

 白眼によりイタチともう一体の影分身の場所は分かる。

 相手もそれを承知の上でこれをした筈だ。

 ――――ならば、この津波はコチラの動きを封じる為だけの目的しかない筈。

 そう思考したシキは匕首に己のチャクラを込める。

 

 ――――チャクラ刀。

 

 風の性質変化を加えてより切れ味が強化されたそれは全方位からシキに襲い掛かる津波を切って捨てる。

 その波を切り裂いた先にあったのは、正面と後ろからイタチと影分身が斜め上方向から挟撃してくる姿が。

 

「蹴り穿つ……!」

 

 シキは反転し、影分身の方に向け、身体ごと跳ね上げながら蹴り上げを放つ。

 ただの強い蹴りではなかった。

 その足からは柔拳と同じくチャクラが放出されている事を見抜いたイタチの分身は即座に見切って避けるが――――。

 

「悪いね」

 

 突如、背後からの衝撃がイタチの影分身に襲い掛かる。

 イタチの影分身はそれをもろに食らってしまった。

 

 その衝撃の正体は――――シキの影分身だった。

 

 先ほどの津波の合間にシキはチャクラ刀を展開する前に、影分身の印を結んでいたのだ。

 ちょうど津波が隠れ蓑として利用できた為、イタチの写輪眼にはその様子が映らなかった。

 

「まだまだ!」

 

 シキの影分身は蹴り上げた衝撃を殺し、空中でイタチの影分身を掴み、そのままシキの本体を狙うイタチの本体に向けて投げつけた

 

「――――っ!?」

 

 結果、シキの柔拳による蹴り上げを受けるか、投げつけられた自らの影分身を受けるかの二択に迫られる。

 

 否―――――それはシキの蹴り上げと投げつけられた影分身を同時に受けるか、それとも首を捩じ切られるか(・・・・・・・・・)の二択だった。

 

 シキの影分身はイタチの影分身を投げると同時に、空中蹴り、同じスピードでイタチの背後に回ったのだ。

 そしてイタチの首をへし折らんとその手を伸ばしていた。

 

 ――――そして、イタチが取ったのは第三の選択。

 

 身体を逸らす事で己の首が捩じ切られるタイミングをずらす。

 そして、目を瞑り血を流した右眼を開眼。

 

 ――――天照。

 

 即座に万華鏡写輪眼で投げつけられた己の影分身に黒炎を着火させる。

 そして炎が全身に回りきらない内に己の影分身を蹴りつけ、そのまま身体を回転させてシキの影分身へぶつける。

 その回転の際にシキ本体からの蹴り上げも同時に回避した。

 

 それらのやり取りは、まさしく互いに神業だった。

 

 イタチの影分身に着火された天照の黒炎はやがてシキの影分身へと燃え移り、両者の影分身は煙となって、やがてそれぞれの本体へとそのチャクラを還元させる。

 

 やがて両者は空中で密接状態となり、そのまま空中で体術でやりあったのち、水面に着地する間もなく、互いに蹴りをぶつけ、その衝撃で両者は距離を取る。

 

 イタチは二本脚で水面に着地し、シキは四足を突き蜘蛛のような姿勢で構えを取りながら着地する。

 

 そして、それからは同じことの繰り返しだった。

 

 両者共に疾風の速さで動く。

 蜘蛛のごとき動きしながら戦うシキ

 その動きを写輪眼で追いながら、対応するイタチ。

 

 両者は一歩も譲らず、瞬時の間に行われる体術の打ち合い、手裏剣と投擲針のぶつかる金属音。

 イタチの放った火遁や水遁の忍術もシキの『眼』に殺され、シキはイタチの写輪眼に視線を合わせる事無くイタチの死角に回り続け、イタチもまたそのシキの動きを『眼』でギリギリ追いながら、かつてうちはの鬼才と言われた男と、かつて日向の異端児と呼ばれた男は、己の芯をぶつけ合っていた。

 

「クッ、アハハハハ!」

 

 シキは笑う。

 ――――これだ。

 ――――自らが死となり相手を追うと同時に、自分もまた死に追われる感覚。

 ――――中途半端な生ではあり得ない、死の実感。

 

「楽しい、楽しすぎだってあんた!」

 

 称賛の言葉を送りながら、彼は手に持った短刀を躍らせる。

 己が独自に磨き上げた暗殺術と、柔拳と、短刀術の見事な使い分けとコンビネーションで、彼はうちはイタチと互角に打ち合っていた。

 

「――――っ」

 

 イタチは、表情は冷静ながらも内心では焦っていた。

 それは相手の想定外の強さ、洞察力、そして判断力。

 どれを取ってもイタチからしてみれば一流のモノだった。

 それに加えてイタチは一つの懸念に迫られていた。

 

 ――――奴にやられたであろう、何分割にもされた死体。

 

 ――――短刀が振るわれるだけで、天照を含み、ことごとく消されてゆく己の忍術。

 

 ――――そして、先ほどの見せた、周囲の木々をいとも簡単に何分割にも解体してみせる芸当。

 

 どれも、チャクラを消費して行われた者ではなく、相手の短刀によって行われたという事実。

 仮に血継限界だったとしても、白眼にそんな芸当ができるとは思えない。

 だがもし――――仮に、それが本当なのだとしたら。

 

 イタチは先ほどから“ある恐怖”に駆られていた。

 根拠があってではない。

 里の為に、弟の為に、暁の犯罪者として己の全てを投げ込まんとする男が、ある恐怖に駆られていた。

 

 

(奴は一体……『何』を視ている?)

 

 

 イタチは察していた。

 ――――相手は、他の日向一族の白眼とは……また違うナニカが視えているのではないかと。

 ――――未だ自分が感じているこの未知の感覚の原因が、ソレであるのではないかと。

 

(形振り構ってはいられない……か)

 

 イタチはシキの事を認めていた。

 ――――強い。

 忍術はともかく、おそらく体術そのものに関しては向こうの方が上。

 全方位視野の白眼を発動していながら、頑なにこちらの写輪眼に視線を合わせぬ技量。

 そして何より突出すべきはその頭の機転のよさに加え、類稀なる戦闘センス。

 そのどれもがイタチと拮抗しあっていたのだから。

 

 ――――出来れば、もっと早く出会いたかった。

 

 ――――自分がまだアカデミーにいた時に、己と並びうる実力を持つこの忍びと、切磋琢磨し、競い合いたかった。

 

 だが、それはもう遅かった。

 互いにもう里を抜け、そして互いにS級犯罪者同士。

 自分が今すべき事は、里の脅威になり得る組織、この暁の監視と――――

 

(サスケ……)

 

 ――――死ぬ前に、己が背負ううちはの未来を、弟に委ねる事。

 

 その為にも――――ここで出し惜しみをしてはならないのだ。

 

「……?」

 

 シキは突如、疑問符を浮かべ立ち止まる。

 イタチが突如、その動きを止めたからだ。

 “好機”であると、普段なら思うが、背中に走る“予感”が彼をイタチに近づけるのを良しとしていなかった。

 ――――コイツのような奴が、無駄な事なするわけがない。

 悪寒とそれ以上の期待を抱きながら、見つめていたその時――――

 

 

 

 

 ――――現れたのは、赤い高濃度のチャクラの炎で形成された、骸骨状の巨人だった。

 

 

 

 

「――――」

 

 その存在感にシキは眼を奪われ、立ちすくんだ。

 

 骨の巨人は更にその姿を変える。

 骨の隙間から肉が発生し、そしてやがて骨全体を覆う。

 やがて更にその全身を覆う様に、フード付きのマントのようなものを巨人は羽織った。

 

 そして――――右手の瓢箪から発生したチャクラで形成された剣と、左手に装備された巨大な円盤状の盾。

 

(死が、視えない!?)

 

 その巨人が持つ剣と盾には、あるべきモノがなかった……否――――

 

 ――――ほんのかすかに、視える。

 

 ――――『点』はまったく視えず、しかし数本の細い『線』が、確かに走っていた。

 

「……」

 

 シキは再度、その武器を含め、巨人をその白眼で視る。

 ――――その巨人は、膨大なチャクラの塊だった。

 どことなく女神を思わせるその巨人は、この舞台においての誰もが逆らえぬ絶対者だった。

 

「おいおい……」

 

 シキは冷や汗を流し、巨人を見上げたまま動かなかった。

 

「これを……見せる事になるとはな……」

 

 そして、その巨人の透き通った皮膚の内側に視える、イタチの存在。

 表情か変わらずとも、心なしか苦痛に耐えているような表情。

 

「月読と天照……これら二つの万華鏡の能力を開眼した時に得た、もう一つの能力。

 ――――須佐之乎だ」

 

 

 

 

 

 ――――須佐之乎。

 

 

 

 

 その名がシキの脳内に刻まれると同時、蹂躙は始まった。

 

「――――っ!?」

 

 咄嗟にシキは身体を動かす。

 その動きを視たのではなく、感じたのでもなく。

 ――――その身に臓腑まで切り刻まれた『死の嗅覚』が、彼の身体を突き動かした。

 

 瞬間、彼のいた位置に、大地を刻むような一閃が放たれていた。

 

 それは刹那だった。

 その巨体に似合わぬ攻撃スピード。

 暴力という理不尽の塊だった。

 

「クッ、ククク……」

 

 その様を見、シキはかみ殺したような笑いを浮かべ――――

 

「アッハッハッハッハッ……!!」

 

 男は嗤う。

 狂喜する。

 その笑いは恐怖によるものでもなく、諦めのものでもなく――――歓喜一色の狂笑だった。

 

「くく、はは、ああ、そうだ、こうでなくちゃあ――――」

 

 ――――殺し甲斐がない!!

 

 歓喜を胸に、シキは身体を動かす。

 己の出来る限りのスピード、出来る限りの身のこなし。

 それらの限界すら超え、蜘蛛は獣の域すら超えて動き出した。

 衝動のままに、本能のままに。

 人外の域すら超えた動きで蜘蛛は掛け続けた。

 

 ――――一閃が迫る。

 

 目で見るのではなく、ただ身体に委ねたまま、蜘蛛の如き動きで躱す。

 その動きは既に人ではない。

 

 ――――またもや巨人が剣を振るう。

 

 もはや目視は適わず、白眼すら意味は成さない。

 それでも、シキは避ける。

 まるで空中に視えない巣を貼る蜘蛛のごとく、彼は避けた。

 

 ――――三閃目。

 

 その一振りはシキの右肩を掠り。

 それだけで打ち落とされるてしまうような衝撃が身体を走る。

 それでも――――蜘蛛は疾走する。

 

 ――――四閃目。

 もはや両者の間に距離はない。

 巨人の一振りは更に強力なモノとなりて、シキに振るわれる。

 その一振りは、シキの頭の上を走る。

 数本の髪が掠り、舞う。

 

「――――殺す」

 

 その刃を、巨人の皮膚に突き立てようとした時――――神聖の盾がその行く手を阻み、放出された衝撃で匕首を押し返されたシキは、そのまま吹っ飛んだ。

 

「――――ッ」

 

 声もでない衝撃と痛みが彼を襲い、舞った彼の身体は地面に二、三回バウンドし、そして木に衝突した。

 ――――その木に大きな軋みと罅が入る。

 ようやく動きを止めた彼の身体は、クッションとなった木からゆっくりと崩れ、そのまま動かなくなった。

 

「……」

 

 動かなくなった彼の身体を遠くから写輪眼で確認したイタチは、須佐之乎を仕舞い、ゆっくりと膝を付く。

 

「ク、ゥ……ハァ、ハァ……」

 

 幾たびなる術の使用に加え、天照を二回使用、更には須佐之乎すらも使用した彼の身体には負担が重なっていた。

 既に残りのチャクラも少なく、酷使して動き回った身体も既に限界だった。

 イタチは身体の痛みを抑えながら、ゆっくりと動かないシキの身体を遠くから見つめた。

 

 

    ◆

 

 

 

 ――――動かぬシキの身体の傍の地面から、それは現れた。

 

「あれ……死んじゃったのかな?」

 

「……サアナ、ダガ須佐之乎ノ一撃ヲマトモニ食ラッテハタダデハ済マイナイダロウ」

 

 現れたのはゼツだった。

 あまりにも壮絶だったので忘れる所ではあったが、これはあくまでシキを暁へ勧誘するための戦いなのである。

 そのためイタチとシキの殺し合いとも言うべきソレは度が過ぎていた。

 だが……ソレも仕方のない事。

 出し惜しみをして勝てる程――――甘い男ではなかったのだから。

 

 ゼツはシキの安否を確認せんとその身体に触れようとする。

 ……死んでいるのであれば諦める他ない。

 ……まだ生きているのならアジトに連れ帰り、新しいメンバーとして迎え入れようではないか。

 

 

 

 ――――そして、ゼツの白い方の腕が、シキの身体に触れようとしたその時―――

 

 

 

 ――――その直前、男はその白い眼を開けた。

 

 

 

「――――ッ!?」

 

 そして、ゼツに振るわれる、一振りの匕首。

 驚いたゼツはすかさず後退する。

 だが――――その一閃はあまりにも速すぎた。

 

 後退したゼツはすかさず己の身体を確認する、そして――――

 

 

 ――――白い方のゼツの腕が、肩から無くなっていた。

 

 

「――――ッ?!!!」

 

 突如、自分の腕の感覚が肩から消えた事に違和感を感じたゼツ。

 やがて己の腕が男によって切り落とされた事を認識したゼツは、切り落とした犯人に苦渋の表情で睨んだ。

 

 

「オマエ、僕の腕をっ……!!」

 

 切り落とされた後の断面を抑えながら、ゼツはその犯人に吠える。

 ……『今すぐにでもお前を殺したい』と嗤う眼が、ゼツを睨んでいた。

 

「見ロ、白ゼツ……」

 

「何だよっ!?」

 

「切リ落オトサレタ腕ガ……消滅シテイクゾ」

 

「――――ッ!!?」

 

 黒ゼツに指摘され、白ゼツは地面に落ちている切り落とされた己の腕を見た。

 ――――無数の砂となって、そのまま消えていく己の腕が見えた。

 

 それを認めた白ゼツは改めてシキの方を視る。

 

 ――――殺される。

 

 その白眼を見た途端、ただそれだけの思考と恐怖が白ゼツを支配し、その恐怖で彼はしばし固まってしまった。

 だが、直後のシキの発言によってその硬直は解かれた。

 

「あんたじゃ、ないな」

 

 そう呟いた後、シキは木につかまりながらゆっくりと立ち上がる。

 

「今ので殺したつもりだったんだがな……どうやら獲物を間違えたらしい」

 

 シキは額から流れる血を掻き上げ、その眼を覗かせる。

 ――――その眼中に白ゼツの姿など映っていなく、目先に存在する獲物しか映っていなかった。

 それを確認したシキはゆっくりと歩きだす。

 ふらふらとした足取りで、しかし隙を決して見せず。

 イタチの前に――――再び立ちふさがった。

 

「まだ……やるつもりか?」

 

「無論、そういう性分だからね。それにしてもひどいじゃないか、そんなものを隠しもってるなんて、余計に濡れちまいそうで仕方ないよ」

 

「……」

 

 そして、シキは動いた。

 先ほどとまったく遜色ない動き。

 捉えづらい蜘蛛の動きを展開させ、またイタチに迫らんとした。

 何処にそんな元気があるのかと呆れるイタチは、再び須佐之男を発現させた。

 

(もう既に身体にガタが来そうだが……ここで出し惜しみをしてはいけない)

 

 そう思い、イタチの須佐之乎の「十拳剣」が振るわれると同時。

 

 

 疾走する蜘蛛は、薄ら笑いを浮かべ――――

 

 

 

 

「教えてやる」

 

 

 

 

 匕首を地面に突き立て――――

 

 

 

 

「これが、モノを殺すという事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、世界が殺された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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