なんかもう月一でしか投稿できてませんが、次からワートリ本編も少しづつ絡んで来ますのでよろしくお願いします。
46話です。
休暇をもらった次の休日
当然休暇中なので防衛任務もない。そのため試験が近づいてきた小町のサポートを存分にしてやることができる。今日も朝飯と弁当を作ってやったりした。夜には晩飯用の弁当を持ってこいとも命令されている。あれ?なんでお願いじゃなくて命令なんだろ。
今は昼時。防衛任務も課題もないし、ただダラダラしているだけ。あまり長く家にこもっていると電気代がかかる。どこか、本屋でもいくか。
そう考えて俺はコートを羽織り外へと向かった。
*
「さむ……」
クリスマスも近くなってきて、街並みはイルミネーションに彩られて華やかな雰囲気になってきている。もっとも、まだ昼時なためイルミネーションは光ってないが。
本屋に向かってぼんやり歩いているとどことなく知ってる気配を察知する。これ、普通にやってるけど地味にすごい能力な気がする。というか気配察知をクセでやるって俺はアサシンかなにかなのかな?
「あ、八幡先輩」
「おう、黒江か」
気配の正体は黒江だった。
「よう、一人か?」
「はい。ちょっと、問題集を買いに……」
「問題集?なんでだ、お前そんな成績悪くねーだろ」
むしろよかった気がするが……。
「あ、その……今から、ある程度勉強できる習慣をつけておいた方がいいって、教わったので……」
ああ、そういやそんなこと前にいったような気が……。
「偉いな、俺その頃あんま勉強してねーぞ」
中1レベルならあんま勉強しなくてもサイドエフェクトでどうにかなってしまってたのだ。数学も含めて。つってもその頃サイドエフェクトなんで知らなかったけどな。
「あ、あの!」
「ん?」
「その……よかったら、一緒に選んでもらえますか?」
「いいぜ、暇だったし」
その言葉を聞くとパァっと黒江の顔が明るくなる。なんだ、そんな表情もできるじゃん。
「んじゃ、いきますか」
「はい」
*
「そういえば、八幡先輩達ってまたランクから外れたんですよね」
「ああ、まあな」
「なにかしたんですか?」
あれ?俺そんなに信用ない?
「この前は影浦隊も降格したし、今度は八幡先輩も……最近A級のランクがせわしないなって」
「確かにそーだな。影浦隊は、まぁカゲさんが根付さんにアッパーかましたから降格したんだけど……。俺らは単に休暇もらっただけだ」
「どうしてですか?」
「働きすぎって言われた」
「ああ、確かに佐々木さんとかは顕著ですからね」
「だろ?あの人完全に社畜だから」
とは言っても、その社畜がいなくなったら今度は開発室が亡者で溢れかえってるけど。主にササキメシに依存してる冬島さんとか。そのうちササキメシ食えなくて禁断症状で逆立ちとかし始めそうで怖い。
「八幡先輩と夏希先輩もかなり働いていると思うんですが……」
「俺たちはまだマシだ。それにうちは県外遠征とか行かねーからそれくらいやって然るべきだ」
むしろそれくらいやらないと罪悪感が湧いてくるわ。
「それを加味しても佐々木さんは働きすぎです」
「そーなんだが、言っても聞かねーんだよあの人。全く、仏なのも大概にした方がいいってのに……」
「八幡先輩が言っても聞かないんですか?」
「あの人割と頑固なんだよ。無理矢理聞かせるとしたら横山の拳しかねーな」
やだ、横山の拳有用性高すぎ……?
「夏希先輩は今どうしてるんですか?」
「多分寝てるか遊んでるかトレーニングのどれかだな。あいつ、俺と違ってアクティブだし」
勉強というか可能性もあるが、多分今日はやってない。あいつは基本平日にがっつりやるタイプだ。
「夏希先輩、やっぱりいつもトレーニングしてるんですか」
「でなきゃあんな鋭い拳放てねーよ。話によると、合気道部のエースの弟より単純な戦闘力は高いらしい。もはや戦闘民族だな」
「す、すごいですね……」
あいつはトリオン量さえどうにかなってれば恐らく太刀川さんと渡り合えるくらいの攻撃手になってたかもしれない。それほどまであいつの戦闘センスは凄まじいのだ。本人がやる気になるかどうかはまた別だが。というかなんだよ戦闘センスが高いオペレーターって。そのうち念能力とか覇気とか使いそう。
「そっちは?今日加古さんと一緒じゃねーのか」
「はい。今日は大学の方で集まりがあるそうです」
「ほー……サークルとか入ってんのかね」
「確か入ってないです。ボーダーの仕事が突然入ることもA級だとあるので、それを見越してのことかと」
「加古さんらしいや」
そんな雑談をしていると、本屋が見えてくる。
中に入ると静かながらそこそこ人が入っているのがわかる。
「んで、問題集だったか?」
「はい。理系科目を中心に」
「理系科目、ね」
俺は文系だから専門外だが、中1レベルなら問題ないだろう。
そんなことを思いつつ問題集コーナーへと足を進める。
「へぇ、結構あるな」
「はい。実は前に下見に来たんですけど数が多すぎてどれがいいのかわからなかったんです。それで加古さんに聞いたら『基礎から発展までできるのがいい』って言われたんで」
「なるほど、その通りだな。理系科目ならなおさら」
「国語とかは違うんですか?」
「中1レベルならまぁ漢字とか以外ならできるやつはできる。高校までくるとある程度解き方とコツを理解すりゃどーとでもなる。古典とかは暗記と反復かな」
「社会科はどうすれば?」
「あれも中学のうちは暗記だ。そんな難しい内容ねーし暗記が一番手っ取り早い」
「なるほど」
そんなことを話しつつ問題集をいろいろ開いては戻し開いては戻しを繰り返す。どれもパッとしないな。
だがそれなりに種類があるとどこかでいいものが見つかる。そう思いつついろいろ漁ってみるとなかなか良さげなのがあった。
「お、これとか良さげだな」
「あ、それいいですね」
その後、いろいろ物色してみた結果、全科目良さげな問題集が見つかった。
会計を済ませた黒江が戻ってくる。
「お待たせしました」
「いや、問題ねーよ。いいの買えて良かったな」
「はい。ありがとうございました」
そう言って笑う黒江の頭を軽く撫でる。くすぐったそうにしながらも嬉しそうに笑う黒江を見て、俺も軽く顔をほころばせた。
*
気づけば正午を過ぎていた。
「お、もうこんな時間か。どっかでメシでも食うか?奢ってやるよ」
「え⁈いや、ごはん行くのは賛成ですけど、そんな奢ってもらうなんて……」
「気にすんな。普段から良くしてもらってるからな。それに、たまには先輩らしいとこ見せねーとな」
「…………じゃあ、ご一緒しても?」
「おう」
「ありがとうございます」
「決まりだな。さて、どこ行くか」
ぐるりと見渡すとさすが商店街、飯屋も結構ある。
黒江は……なにが好きだったかな。確か、あんみつが好きだったな。ならデザートにあんみつがあるとことかがいいかもな。
お、あそこならありそうだな。
「あそことかどーだ」
そう言って俺が指さしたのは、和食屋。
「はい。いいと思います」
「よし、決まりだな」
ーーー
店内は人で賑わっていた。思っていたより人気店のようだ。だが運よくすぐに席につくことができた。
「思ったより混んでるな」
「はい。お昼時なので当然かと」
「それもそーか。んじゃ、早速なに食うか選べ。奢りだ」
「あ、ありがとうございます」
そう言って黒江はメニューを開いた。俺もそれに続いてメニューを開く。ふむ、なにがいいか。お、この天ぷら蕎麦うまそう。これでいいや、値段も手頃だし。
「俺はこの天ぷら蕎麦にするわ」
「私はこのかき揚げうどんで」
「デザートにあんみつとかどーだ?」
「あんみつ⁈いいですね!……あ、でも……」
「遠慮すんな、俺がおごるつってんだからよ」
「じゃあ、せめて八幡先輩もなにか頼んでくれませんか?」
「俺もか。んー……」
デザートの方は見てなかったな。黒江はあんみつか。
「………じゃあこの抹茶アイスにするかね」
「冬にアイスですか」
「ばっかお前、アイスは冬もうまいんだよ」
「冬が、じゃなくて冬もなんですね」
「夏でもアイスはうまいからな」
異論は認めない。
「じゃ、注文すっか」
「はい」
ーーー
注文を取りしばらくすると料理が運ばれてきた。
「んじゃ食うか」
「はい」
『いただきます』
まずは天ぷらを一口……ほう、いい具合に揚がっているな。人気店になるのもうなずける。
「八幡先輩」
「ん?」
「先輩達ってこれからどうなるんですか?」
「どうって?」
「ランク、外れたじゃないですか」
「ああ、休暇期間が終わったら戻るよ。ランクは最下位スタートか、それとも前のランクに入るのかはわからんがな」
多分、最下位スタートだろうな。
「せっかく2位まで上り詰めたのに、もったいないですね」
「ま、うちはあんまランクとか気にしてねーから。固定給貰えりゃとりあえずなんでもいい。高いに越したことはないけどな」
「この前はうちはやられちゃいましたからね。でも八幡先輩達は私たちより強いから当たり前だと思います」
「A級となると、一試合の勝敗ごときで隊の戦力の優劣はつけられんよ。あの時はうちにステージ選択権があったからってのもあんだろうさ。人数のこともあるし、加古隊とはどっこいってとこじゃねーか?」
実際、A級一位の太刀川隊ですら負ける時は負ける。たかが一回の勝敗で正確な実力は測れないし、仮にうちが加古隊より強くても毎回勝てる保証などどこにもないのだ。
「そうですね……勉強になります」
「チーム戦は個人でやるのとだいぶ違うからな。目の前の敵倒しゃ終わりってわけでもねーから。個人で強いに越したことはねーけど」
実際、チーム戦でも一人でやることも多々ある。連携だけじゃとても上にはいけない。地力がなければ連携以前の問題だからな。
「今度、ご指導お願いしてもいいですか?」
「まぁいいけど……俺射手なんだけど?」
佐々木さんとかの方がいいと思うんだが……。
「いえ、八幡先輩がいいんです」
「なんでさ……」
「それは………その………」
なんで言いづらそうにしてんだよ。
「と、とにかく八幡先輩がいいんです!」
「えぇ……」
攻撃手の動きとか基礎しかわかんねーぞ俺。それでいいのかよ。
*
食事を済ませて外に出る。正直これ以上やることはないから帰るなりなんなりしてもいいのだが。
「黒江、この後は?」
「特になにも。さっき買った問題集を解こうかとも思ったんですがせっかくなのでどこかいきませんか?」
お、俺から誘おうと思っていたのだが向こうから来るとは。
「俺もそー思ってた」
「本当ですか」
「おお。よし、適当にぶらつこうや」
「はい!」
*
「そういやさ」
「はい」
「黒江ってなんでボーダー入ったんだ?」
「へ?」
「いや、さっきボーダーの話してたろ。その時にふと思ったんだ。なんでボーダー入ったのかなって。入る理由は人それぞれだ。俺なんかは金のためだし、三輪なんかは復讐だ。特に理由はないってやつもいるだろうけど、黒江はなにかしらありそうだなーって」
黒江は結構合理的思考の持ち主だ。あまり無駄なことをしたがるタイプではない。そのためなにかしら理由があると予想したのだ。
「えっと………」
「?」
「………………………………」
なーんか顔赤くして押し黙っちまったな。なんだ?そんな恥ずかしい理由なのか?
「……あ、憧れたんです」
「なにに?」
「……その、ある隊員に……」
「ほー」
こいつは意外。てっきり緑川が入るって言ったから的なものかと思ったんだが、まさか憧れた人がいたのか。緑川と同じタイプか。
「その人に助けてもらったりしたのか?」
「は、はい」
「ほー、さぞかっこいい助け方したんだろーなそいつは」
「そう、ですね」
黒江がこういう風に言うってのは珍しいような気がするな。あんまりそういうこと言うイメージないと思ってたんだがな。
「ちなみにその人誰だ?多分俺知ってると思うんだが」
「な、なんでそう思うんですか?」
「助けてもらったってことは、正隊員だろ?黒江が入隊する前の正隊員つったら、それなりに絞られる。それなら知り合いじゃなくても多分知ってはいると思うんだが」
「…………………秘密です」
「なんだ、秘密か。ま、そー言うなら無理に聞かねーよ」
(あなたのことですよ、朴念仁)
なんか今誰かにディスられた気がするんだが、気のせいか?
ーーー
その後、適当にぶらぶらして入ったのは雑貨屋。簡単に言えば俺にはよくわからない場所。
俺はよくわからないからぼんやりいろいろ眺めてるだけだが、黒江は意外と目を輝かせながらちょっとした小物とかを見ていた。あまり表情が変わらず、基本冷たい印象があり、事実木虎には冷たい黒江だが、やはり中学生女子。それなりにかわいいものには興味があるようだ。
「そういうの、好きなのか?」
「え?」
「いや、結構興味ありげにいろいろ見てっからそうなのかなって」
「えっと……変ですか?」
「いや、黒江もやっぱ年頃女子なんだなってなんか安心した」
「えっ⁈」
あれ?なんか変なこといったか俺。
「どーした?」
「い、いえ」
「?」
(ちゃんと女の子として見てくれてるんだ…)
ふむ、やはり黒江も女子だな。男の俺とは違う思考回路なのかちょくちょくなに考えてるのかわからん。一番わかんないの横山だけど。あいつ頭のネジ飛んでるし。
そこで一旦思考を停止させ、ふと横を見るとガラス細工の置物やらグラスやらが置いてあった。
「へぇ、すげーなこれ」
「あ、ほんとですね。綺麗…」
こういうのってよくできてるよな。職人技と言うべきか。
「すごいですね。あ、これ写真立てとして使えるみたいですよ」
「おお。ガラスでこんなのもできんのか。お、これは……ガラスペンってやつみたいだな」
「聞いたことあります。なんでも普通のペンより長く書けるとか」
「ほー。ガラスペンって結構高性能なのな」
万年筆より長持ちしそうだな。どういう仕組みなんだろ。
「わ、このグラス綺麗」
黒江が手に取ったのは青いグラス。色は底の部分がとても濃い青で上に行くにつれて薄くなっているグラデーションタイプのやつだ。
「へー、ガラスって結構色つけられるもんなんだな。もう少し薄い色を想像してたんだが」
あれだな、無機化学で出てきた硫酸銅みたいな色だ。
「あ、黒と白もありますよ」
ガラスに白ってあるのか。
「ほー……この黒いのいいな」
「黒、好きなんですか?」
「まーな。隊服とかスマホとか大体黒だし」
黒に白に青。………あれ?この色の組み合わせどっかで。
「……うちのエンブレムカラーじゃねーか」
「あ、そうですね。太極図に青い龍。まるっきりエンブレムカラーですね」
「どーせだし、土産で買ってくかな。普段世話になってるし」
「私もみんなになにか買っていこうかな」
俺はそうして黒と白と青のグラスを手に取る。
そこでこっそりもう一つ、別のものを内緒で手に取った。
*
雑貨屋を出て再びぶらぶらしていると、甘い匂いがしそちらを見るとクレープ屋があった。
「お、クレープか」
「割と人気みたいですね。列ができてる」
「どーせだ。ちょっと食ってこうぜ」
「え?」
「ほれ、いくぞ」
俺が食いたいだけなんだけどな!
「八幡先輩、本当に甘いのが好きなんですね」
「まーな。でなかったらあんなコーヒー飲んでねーよ」
「そうですね」
マッカンは至高。異論は認めない。
「そういえば前から気になってたんですけど、クレープってどうやって作るんですか?」
「クレープか。確か、ホットケーキの生地みたいなやつを鉄板の上でうすーく広げて焼いて作るんだったかな〜」
「そうなんですか。意外と簡単そうですね」
「コツを掴んじまえば簡単だが、それまでがな」
「作ったことあるんですか?」
「おお。実は前に佐々木さんがうちの作戦室で作ってくれてな。その時に試しに作ってみたんだが、これが難しくてな。クレープを鉄板から取るんだが、その時にボロボロになっちまうんだ」
あの時はまだ今より料理スキルが低かったからかなり難しく感じられた。今やればもう少しマシだろうな。そういや横山はセンスがあったのか、すぐにマスターしてて俺をめちゃくちゃ煽ってきて殺意が湧いた記憶があるな。
「ま、ある程度はできるようになったとこでやめたかは多分今は何回か練習してからじゃねーとまともなのはできねーな」
「………やっぱり、料理ってできた方がいいですか?」
「まぁ、できて損はねーだろ」
「……………」
「?」
「あ、あの!」
なんだ、黒江がこんな大きな声出すなんて。
「その……料理を、教えてもらえませんか?」
………ん?
「まぁ、いいけど」
その言葉を聞くと黒江の表情がとても明るくなった。なんで?
「しかし、どうした突然」
「………別に」
「?????」
黒江の真意がわからず頭をひねっていると、いつの間にか列の一番前まで来ていた。
これ以上考えても多分わかんねーから一旦忘れよ。
「ほー、いろいろあんな。俺はこのチョコクリームクレープで」
「私はこのみかんソースクレープ」
「かしこまりました」
少しして、すぐに注目したクレープが出て来た。
近くにあったベンチに腰を下ろしてクレープをかじる。
「お、うまい」
「おいしいですね」
久々に食ったが、うまいな。こういうのってたまに食うからうまいんだよな。あれ、違う?クレープは違うか。ポテチとかか。
「…………」
「ん?どうした?」
なぜか黒江は俺のクレープをじーっとみながら自分のクレープをかじっていた。あ、もしかして。
「一口食うか?」
「いいんですか?」
「おう」
そう言って俺は黒江にクレープを手渡した。
受け取った黒江はなぜか少し残念そうにしている。なんでさ。
「ん、おいしい」
「だろ?」
「あの……私のも、食べますか?」
「おお、いいのか。じゃ、もらうわ」
そう言って手をさし出そうとしたら、黒江はクレープを俺の口にぐいっと近づけて来た。…………えー?
「あ、あの?」
「どうぞ」
「あの、黒江さん?」
「どうぞ」
「えー………」
「どうぞ」
……これはテコでも動かねーな。
仕方ない、観念しよう。べ、別に役得なんて思ってねーし!
「ん」
「!!!!!!!」
俺が差し出されたクレープをかじると、黒江の顔が一気に赤くなる。いや、恥ずかしいならやるなよ。俺も恥ずかしいから。
「おお、うまい」
なんとか平静を装いながらクレープの味を堪能する。みかんソースっていいな。クリームとの相性がバッチリだ。今度作ってもらおう、佐々木さんに。
そしてそのまま雑談をしつつクレープを平らげた。
「ふー、うまかった」
「おいしかったですね」
「おお……って、黒江。みかんソースついてんぞ」
そう言って俺は黒江の口についてるみかんソースをナプキンで拭き取ってやった。昔小町にもよくしてやったなこういうの。あの頃はかわいかった。いや、あの頃もか。
「……………………………」
なぜか黙り込む黒江。
なーんで軽く顔赤いんだ?あ、子供扱いされて怒ってるのか。まぁまだ子供だしな。俺は大人ってわけじゃねーけど。
(………朴念仁)
なぜか軽く背筋が寒くなった気がした。
ーーー
とうとうやることが無くなった。
「どうしますかこの後」
「んー……」
このままこの商店街回るってのもなぁ。こっから先もうないし。
「あ、そうだ。この後まだ時間あるか?」
「はい」
「ならうち来いよ。さっき言ってたろ?料理教えてくれって。これから小町の晩飯の弁当作るからよ。そのついでで良ければ教えんぞ」
「ほ、本当ですか⁉︎」
「おう」
「い、行きます」
作戦室でもよかったが、こっからなら本部行くよりうちの方が近い。それに前に一度来たことあるしな。
そう言って俺たちは我が家へと歩を進めた。
*
比企谷宅
「さ、上がれよ」
「お、お邪魔します」
帰ってくる途中、少しだけ食材を買い足してきたためその食材を冷蔵庫にぶち込む。どこかで「お兄ちゃん雑!」と言われた気がしたが、多分気のせい。
「早速やるか、と言いたいが少し休憩するか。外寒かったし、ちょっと暖まろうぜ」
「そうですね」
「コーヒーでいいか?」
「あ、いえ、お構いなく」
遠慮する黒江の言葉をシカトし、コーヒーを淹れる準備をする。
「最近いい豆もらったんだ。せっかくだから飲んでみようぜ」
「もらった、ですか」
「佐々木さんがくれた」
「ああ(察し)」
そんな雑談をしながらコーヒーを淹れて行く。佐々木さんほどうまくはできないが、悪くはないはずだ。
「ほい」
「ありがとうございます」
そう言って黒江は一口コーヒーを飲むのを見ながら俺もコーヒーを一口すする。
「おいしい……」
「いい豆使ってるからな」
「ミルクと砂糖いれないんですね」
「まーな。いれてもうまいが、やっぱこういういい豆使ったコーヒーはブラックが一番うまい」
最初は全部似たり寄ったりだと思ってたが、これが意外と違う。コーヒーによって酸味が強かったり、苦味が強かったり、その苦味や酸味にもいろいろ差があってなかなか面白い。
そんなコーヒーのうまさを教えてくれたのはやはり佐々木さん。佐々木さんが淹れるコーヒーは店で出されるのよりも遥かにうまい。なんでも行きつけの喫茶店で教えてもらったとかなんとか。確か霧島がバイトしてる店だとか言ってたな。今度行くか。いや、顔面の骨が陥没する事態になりかねんからやめよう。
「インスタントのとは、格別ですね」
「だろ?」
「でも、私が淹れてもこんなに美味しくはできないと思います」
「コーヒーは最初結構手こずるぜ。でも慣れりゃどうとでもなる」
「今度、それも教えてもらえますか?」
「ああ、いいぜ」
そうして穏やかなコーヒーの香りと共に時間が過ぎていった。
ーーー
「んじゃ、始めるか」
「はい」
互いにエプロンを着用し、調理を始める。
「つっても小町の弁当と俺の晩飯用のやつだから今回は基本の部分だけだがな」
「今日はなにを作るんですか?」
「青椒肉絲とほうれん草のおひたし、それと味噌汁だな」
小町の弁当はスープも入れられるタイプのだ。味噌汁も持っていってやろう。
「まず青椒肉絲な」
「はい」
「切るのはピーマンとタケノコ、あとは肉。まずピーマンから切っていくか」
そう言って俺はまずピーマンを真っ二つにした。
「タネを取って、あとは細く切っていく。こんな風に」
「なるほど」
「やってみ」
「はい」
そう言って黒江はピーマンを切り始める。ほぉ、筋は悪くないな。思ったよりスムーズにやってる。普段から刃物(弧月)使ってるからかね。
「いい感じだな」
「ど、どうも」
「ただ、もうちょい包丁持ち上げる高さ低くすると指切る可能性が下がるぜ」
「はい」
思いの外、ペースが早く、割とすぐにピーマンは切り終えた。
「んじゃ次タケノコな。タケノコもピーマンとそう変わんねーよ。抑える手は猫の手で、包丁は極力低く。力は込めすぎない。これだけ注意してりゃ大丈夫だ」
「はい」
その後、順調に調理を進めていき、思ったよりずっと早く弁当を作り終えることができた。
「よっし完成」
「……意外とできるものですね」
「いやぁ、黒江のスジがよかったからだ。みんな初めからこうはできない。少なくとも俺はできなかったな」
「そうなんですか」
「ああ。このまま練習してきゃすぐにでもまともに料理できるようになるだろうよ」
「はい」
「手伝ってくれてありがとうな」
そういって黒江の頭を軽くなでる。
「い、いえ。教えていただいたので、それでチャラです……でも、また教えてもらえますか?」
「おう」
「ありがとうございます。その時はまたお願いしますね」
「ああ。っと、そろそろいい時間だな。弁当届けるついでに途中まで送ってやるよ」
「はい、ありがとうございます」
ーーー
「小町さん、受験生なんですよね」
「ああ。学校以外は大体塾で勉強してるよ」
「……やっぱり大変なんですよね」
「そりゃな。多分、高校より大学受験の方が大変だろうな。俺はまだ経験してないが、佐々木さん見てたら多分そうなんだろうなって思った」
「私も、いつかやるんですよね」
「そうだが、でも今から身構えてても意味ねーよ。今は目の前のことを確実にやりゃいいんだからな」
「はい」
そうしていると互いが分かれる場所まできた。
「じゃあここまでですね」
「おう。またな」
「今日はありがとうございました。ではまた」
「あ、あーちょい待ち黒江」
「はい?どうしました?」
「その……ほれ」
そう言って俺はポケットから紙袋を取り出した。
「え……これって…」
「雑貨屋行ったろ?そんでその時、お前ずっとこれ見てたろ。その、今日料理頑張ったご褒美程度に思っとけ」
「………ありがとうございます。すごく、すごく嬉しいです」
「大したことしてねーよ。じゃ、またな」
なんとなく気恥ずかしくなって俺はさっさと歩き去ろうとした。こういつとこからコミュ障が滲み出ているな。さすがぼっち。
「はい。大切にしますね」
「おう」
「では。ありがとうございました」
「じゃな」
そういって俺達は別の方向の薄暗い街灯に照らされた道を歩いていった。
次回からクリスマス編