目が腐ったボーダー隊員 ー改稿版ー   作:職業病

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初の他人視点の番外編。

みんなのママンがメインです。そしてとうとう、あのメガネも出てきます。
八幡もちゃんと出てきます。あとちょっと捏造設定がいくつかあります。ご了承を。
前の更新から一ヶ月経ってる?べ、別にサボってたわけじゃないし?レポートがきつかったせいで書く時間がなかっただけだし?FGOにかまけてたわけじゃないし?

遅れてすんませんごめんなさい。

番外編です。どうぞ。


番外編 ママンとメガネと、時々アホ毛。

朝日が窓から差し込み、電子音が鳴り響く。

 

「ん………」

 

布団に埋まった体を起こし、青年は目覚まし時計を止める。

時刻は6時半を指している。ひんやりした空気がどこか心地よく感じられる。

 

青年はまだ覚醒しきってない体に鞭打ち、布団から起き上がった。

 

ーーー

 

食物が焼ける匂いがこの静かで広いキッチンに僅かにたちこめる。匂いの発生源たるフライパンには、ベーコンと卵。傍らにな既に用意されていたサラダが盛り付けられた皿。

 

「よし」

 

火を止めベーコンと卵焼きを皿に盛り付ける。お手製コンソメスープをお椀に、白米を茶碗によそい、食卓へと運ぶ。そして最後にマグカップにコーヒーを淹れて、彼の朝食は完成した。

弁当の分の白米と卵焼きはあらかじめとってあるし、おかずは昨日のあまりの肉巻きときんぴらごぼうとその他もろもろがあるため問題はない。

 

「いただきます」

 

食卓には、青年1人のみの静かな食事風景だった。

 

ーーー

 

食事を終え、皿洗いも済ませ、歯も磨き終えた青年がすることは身支度。

普段からあまり変わらない服しか持っていない青年は、今日も普段と似たり寄ったりな黒いシャツにジーンズという出で立ちだ。

 

本日の講義の予定を確認し、教科書とノートをカバンにいれる。水筒と弁当をカバンに入れると、彼の準備は完了した。

 

そしてそのまま家を出る………ことはせず、彼は和室のある場所へと向かった。和室には、仏壇が置いてあった。

青年は仏壇に手を合わせる。

 

「いってきます、母さん」

 

仏壇に飾られた写真の中で微笑む女性にそう告げて、青年、佐々木琲世は家を後にした。

 

 

大学に向けて琲世は自転車を走らせた。彼の家から大学までそう距離は遠くないため、自転車だと15分かからずに着いてしまう。

 

「少し、早く出すぎたかな」

 

一限の講義まであと40分ほどあるにもかかわらず、大学はもう目の前。講義が始まるまで暇を持て余してしまうのは明白だった。

 

(開発室のレポートでもやってようかな)

 

このように隙間時間があったら、まず仕事をするという考えに至るあたりが社畜のそれであることに琲世は未だに気づいていない。彼の属する隊の隊長に死んだ魚みたいな目をしながら社畜まっしぐらだと言われたのに。そこ、いつも死んでるとか言わない。

そんな社畜精神な思考回路を回しながら、彼は講義のある教室へと向かった。教室に入ると、いるのはほんの数人だけだったが、時間が時間なため当たり前だろう。

 

 

彼は席に着くと、カバンからパソコンとメガネを取り出し開発室のレポートをやりはじめた。

 

 

既に社畜だったことに彼は気づいていない。

 

 

講義開始5分前

 

1人の学生が教室に滑り込んできた。

 

「5分前!余裕だな!」

「もう少し余裕持ってこれないの?ヒデ」

 

永近英良。琲世の小学生の頃からの友人である青年だ。

 

「しょーがないだろ、昨日飲み会で遅かったんだから」

「それは言い訳にはならないよ」

「かーっ!相変わらず佐々木は細けーんだよ!飲み会なんて学生にとっては立派な言い訳だっての!」

「えぇ……」

 

暴論だ、と思いつつもこれ以上言っても無駄なことを理解している琲世は苦笑だけ浮かべ口を閉じた。

 

「今度佐々木も来いよ!お前に会ってみたい女子とか、結構いるみたいだぜ?」

「それは多分、ボーダーに入ってる人と知り合いになりたいってだけだと思うよ。それに、そういう思考回路の子達なら僕より嵐山くんの方がウケいいよ」

「はー……お前はわかってねーなー」

「え?」

「わかんねーならいい。ったく、これだから佐々木はいつまで経っても彼女できねーんだよ」

「余計なお世話様〜」

 

そういうヒデもいないのだが。

そんな雑談をしていると、教授が教室に入ってくる。

 

「よし、俺は寝る。佐々木、終わったら起こしてくれ」

「わかった、そのまま放置しとくね」

「薄情者!」

 

今日も世界は平和です。

 

 

「じゃあ今日はここまで」

 

教授はそれだけ言うと荷物をまとめて出て行った。

これで午前中の講義は終了だ。だが午後に一コマ分講義が入っているため昼食を早々に済ませて、次の教室に移動しておく必要がある。

なお、二コマめの講義はヒデは出席を取らない講義であるためバックれた。あの教授はちゃんと講義出て話を聞いていないと期末試験が厳しいと言われているのだが、どうせ試験前に泣きついてくるのだろうと琲世は内心諦めていた。

 

食堂へ移動する前に掲示板を見ておこうと考え、琲世は移動を開始した。

 

掲示板とは学生にとって重要な情報が載っているため、学生は毎日これをチェックするのだ。

 

「あれ、次の講義休講だ」

 

掲示板には琲世が次受ける講義が休講であることが記されていた。つまり、琲世は午後暇になったのだ。

 

「じゃあレポートができるな」

 

社畜はどこまでいっても社畜だった。

 

ーーー

 

「お、ハイセじゃないか!」

 

食堂に向かう途中、琲世はある人物と遭遇した。

 

「嵐山くん」

 

嵐山准。ハイセと同期の親友だ。

 

「これから昼か?」

「うん、これから。嵐山くんも?」

「ああ。どうだ?一緒に」

「いいよ。ちょうど1人だったからよかった」

 

琲世は1人でいることに対してあまり抵抗はないが、やはり1人でいるより誰かといた方が楽しいため好きなのだ。

 

(レポートは……後でいいか)

 

そう考えながら、琲世は嵐山とともに食堂へと向かった。

 

ーーー

 

食堂で琲世と嵐山は弁当を広げて雑談に花を咲かせていた………のだが

 

「ねぇねぇ、あそこ」

「あ!嵐山さんだ〜。かっこいい〜」

「一緒にいるのは、誰?」

「え?知らないの?ほら、あの人も……」

「え?そうなの?」

 

「………………」

「どうした、ハイセ」

「いや、なんでもないよ」

 

周囲の視線やらざわめきに全く気づかない友人のメンタルを少し羨ましく思いつつ、おかずの肉巻きを口に放り込む。さすがはボーダーの顔とも言うべき嵐山、いるだけで存在感がすごいし、そもそも生粋のイケメンだ。目立たないはずがない。

琲世もイケメンに部類されるタイプではあるが、嵐山といると知名度補正によりどうしても霞む。尤も、慣れてはいたし、そもそもざわめきの原因の一端が琲世自身にあることを彼は気づいていないのだが。

 

琲世は嵐山の知名度の高さを再確認しつつ、肉巻きを口に放り込む。

 

「ハイセは今日も弁当なんだな」

「うん、昨日の残り物だけどね」

「偉いよな、一人暮らしなのに毎日ちゃんと弁当持ってくるなんて」

「そう?まぁそうかもだけど、僕は料理が好きだからね。そんなに苦でもないんだ」

「さすがハイセだな」

「それに僕は正確には一人暮らしじゃないよ」

「ああ、そうだったな。いつ行っても1人だから、つい」

「この前は父さん帰ってきたんだよ」

「ああ、そうだったな。有馬さん、あんまり帰ってこないからこの前あえてよかった」

 

嵐山は父である有馬貴将とは知り合いであった。貴将は仕事柄、あまりボーダー本部にも自宅にもいないためボーダーのメンバーでも知ってる人は少ない。だが嵐山は顔としての仕事があるため貴将とは何度も顔を合わせていた。

 

「それで父さん、夏希ちゃんの拳を全部かわしたんだって」

「あの横山の?それはすごい……が、やはり有馬さんだな」

「ほーんと、生身でも規格外なんだよねぇ」

「しかし、有馬さんはともかく、横山が戦闘員じゃないのはやっぱ惜しいと思うんだよな」

 

夏希は実家が合気道の道場であるため、元よりの喧嘩っ早い性格もあるのだろうが、生身の戦闘力はかなり高い。筋力差があるというのにあの太れる獅子と同等かそれ以上の戦闘力があるとかないとかそんな噂があった。

だがそもそも相手にしているのがボーダーの『裏向きの意味での』最高戦力だ。あの黒トリガーの迅相手にノーマルトリガーで挑み、一度も傷を負うことなく完勝したような化け物が相手では、さすがに生身の戦闘力が高い横山といえども勝てる余地はない。

 

「A級0位部隊、か…」

「今まで本格的な戦闘に出たことはほとんどないらしいけどね」

 

0位部隊は有馬貴将とオペレーターのみの部隊だし、そのオペレーターも普段は開発室の一員であるため、正規で0位部隊として出ることは過去に片手で数えられる程度のものしかない。加えて最近では隊員の数も戦力も高くなってきているため、活動することがあるときは恐らく相当大規模な侵攻の時のみだろう。

 

それほどまで活動が少なかったため、今では有馬貴将の存在とその戦力の両方を知りうる者は4年前の大規模侵攻の直後にボーダーに入った者の数名と上層部、そして有馬貴将と近しい存在だけである。

 

そんな風に有馬貴将のデタラメさを実感しながら、彼らの昼食は進んでいった。

 

 

昼食後、嵐山は午後の講義があるため食堂で別れた。

手持ち無沙汰になり、学校に残る意味もなくなった琲世は本部に向かった。理由は特にないが、開発室へ出向けばなにかしらやることがあるはずだと思ったのだろう。事実、開発室は慢性的な人手不足であるため、琲世のように頭もよく料理もでき、優しい(?)隊員はとても重宝される。加えて無自覚社畜だ。これほど開発室に向いている隊員もそういないだろう。

 

琲世は開発室へ出向く前に自分の隊の作戦室に荷物を置く。そして開発室へ向かう途中になんとなく訓練室を覗いてみた。尤も、この時間だとほとんど人はいないのだが

 

「あれ?今日は人割といるな」

 

平日の昼間だというのに訓練室には思いの外多くの隊員がいた。

 

(そういえば今日どこかの中学校が振り替え休日だかなんだかで休みだったっけ)

 

そんなことを思い出しつつ、琲世は訓練室をぐるりと見渡す。見たところ、いるのはC級隊員だけのようだ。

 

(誰か知ってる子はいないかな……)

 

だが琲世の考えとは裏腹に、琲世の知り合いは誰1人としていないようだ。

 

「ん……?」

 

そんな中、端っこの訓練室で訓練をする1人の隊員が目にとまった。メガネをかけた少年で、隊服を見る限り訓練生だろう。

 

(使ってるのは……レイガストかな?)

 

なぜ彼が目に止まったのかはわからない。琲世が見る限り、攻撃手としてのセンスはない。動きもぎこちなく、相手をよく見れていないのは一目でわかった。

 

「……………」

 

しばらくその少年を見てわかったことは、彼にはちゃんと指導してくれる人がいないということだ。レイガストがどういう武器なのかもロクに理解できていない。時期から考えて入隊からそれなりに経っているにもかかわらず動きは初心者のそれだ。恐らく緑川あたりなら入隊の時点であれより高いレベルの動きができただろう。

普通の人間ならここでセンスがないと見て見ぬフリをするところだが、琲世はボーダーでも有名なおかん精神の持ち主だ。見て見ぬフリという選択肢がそもそも存在しない。

 

彼にあるのは如何にしてそのメガネの少年を指導するかだけである。もう教官にでもなれというツッコミがどこかからか飛んできそうであった。

 

ーーー

 

少年が訓練室から出てきたタイミングを見計らって琲世は少年に声をかけた。

 

「君、ちょっといい?」

「え?」

 

声をかけられた少年は戸惑ったような表情を浮かべながら琲世を見た。

 

「驚かせてごめんね。僕は佐々木琲世。君は?」

「ぼ、僕は三雲修です」

「三雲くんね。よろしく」

「よ、よろしくお願いします……」

 

相変わらず戸惑った表情を浮かべる少年……三雲に琲世はなお話し続ける。

 

「急だけど、君、師匠とかいる?」

「い、いえ、いません」

「そう、やっぱりそうか」

「?」

「それで、要件だけど……」

「は、はい」

「僕が君にトリガーの最低限の扱いを教えてあげる」

「え?」

「君さえよければだけど、僕が君にトリガーの扱いを教えてあげるって言ったんだ。あ、でも指導は最低限のとこまでだよ。僕はまだ人に全部教えてあげられるほど強くないからね」

 

聞く人によって皮肉に聞こえるかもしれない。なぜなら琲世はすでにNo.4攻撃手だ。最近ランク戦にあまり出ていないため村上にそろそろポイントが抜かれそうではあるが、それでもかなりの実力者だ。そんな人間が『自分はまだ強くない』と言うのだからぶっちゃけ皮肉にしか聞こえない。だが彼の父親を始めとする化け物が多数彼の周りには存在するため仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

 

「どうする?」

「基礎だけでも、教えてくれるんですよね?」

「うん。本当に最低限だけどね」

「じゃあ、お願いします」

「うん。じゃあ早速始めよう」

 

こうして琲世の特訓が始まった。

 

ーーー

 

「じゃあまずトリガーの持ち方から」

「え?」

「持ち方から君は間違えてる。トリガーを持ってる手、力んでるでしょ」

「あ、はい」

「それじゃダメだ。無駄な力が入りすぎてるせいでトリガーを振る時も余計な力に引っ張られちゃうよ。もっと楽に、極端な話手に持ってるだけで他のとこの力は抜いていい」

 

それだけいうと三雲は意識して力を抜くようにした。

 

「うん、そんな感じ。最初はそんな風に楽な状態を保ちながらトリガーを振るとこからだね」

「は、はい」

「あ、また力んだ」

「あ………」

「楽に楽に。じゃあそれで僕に斬りかかってきて」

「え」

「僕もトリオン体だから平気だよ」

 

そう言っても三雲は未だにどうするか迷っている。そんな三雲を見て琲世はため息を一つつき、三雲に近寄った。

 

「三雲くん」

「は…いて!」

 

近寄った琲世はいきなり三雲の頭を軽いチョップを食らわせた。

 

「そこは迷うところじゃない。全力で僕に斬りかかってくるところだよ。試行錯誤しながら強くなるのも大切だけど、君はまだそれ以前の問題だ。だから教わると決めたなら迷わず言うことを聞こうね」

「は……はい」

「じゃあ始めよう」

 

三雲は思った。この人は自分を真剣に強くしようとしてくれている。

 

 

そしてなによりすごく優しい人だということに気づいた。

 

ーーー

 

「いいね、大分よくなってきたよ」

 

三雲はセンスや才能はないが、頭はいいようで琲世が言ったことをうまく頭で噛み砕いて飲み込んでいる。まともな師匠がいればポイントもそれなりに取れるようになっていただろう。

だが近接のセンスがないのは明らか。そのためどこかでオールラウンダーあたりに転向するのがいいかもしれないと琲世は思ったが、それをどうするかは自分が言うことではないということでその考えを振り払った。

 

「じゃあ最後にバムスターと戦ってみよう」

「え?」

「今まで教えたことをおさらいするには、トリオン兵あたりが一番手っ取り早いからね。ちなみに入隊直後の記録はどれくらいだった?」

「あ……えっと……時間切れで、失格です」

「そっか。でも今ならもっと早く倒せると思うよ。三雲くんがさっきまでの動きがちゃんとできたらね」

「は、はい!」

「よし、やってみようか」

 

そういって琲世は訓練室を出て、訓練室のオペレータールームへむかった。

 

「じゃあ始めるよ」

『はい!』

 

その声を確認すると琲世はバムスターを出現させた。

 

「さて、どうなるかな」

 

琲世は1人そう呟きながら三雲がバムスターと戦う様を見ていた。

 

 

最後に三雲がバムスターの目に一撃を加え、バムスターはようやく活動を停止した。

 

『記録、1分38秒』

「1分半、か。まぁ時間切れになってた時と比べれば随分うまくなったんだろうな」

 

三雲の方を見ると、彼は自分が強くなったことに驚いているようだった。琲世からすればまだまだだが、これで最低限のとこまではこれただろう。

 

「お疲れ様。だいぶよくなったんじゃない?」

「は、はい。おかげさまで」

「うん、これで最低限のことは伝えられたかな」

「あ、ありがとうございました!」

「ううん。でも無理やり教える形になっちゃってごめんね。余計なおせっかいだったかもしれないけど……」

「い、いえ!僕としてはすごくありがたかったです!」

「そう?ならいいんだけど」

 

そういって琲世は腕時計で時間を確認する。

 

「3時か……三雲くん、君はこれから予定ある?」

「え?……いや、特には……」

「そう?ならうちの作戦室に来ない?無理やりおせっかいしたちょっとしたお詫びにお茶くらいなら出すよ」

「え⁈いや、でも…」

「もちろん強制はしないよ。君さえ良ければってだけだから」

「はぁ……」

 

あまりに人がよすぎる琲世に三雲は僅かに困惑していた。

 

「じゃあ、お邪魔してもいいですか?」

「うん、おいでおいで。最近いい豆買ったんだ〜」

 

そう言って鼻歌まじりに歩き出す琲世を見て、なんだかおかしくて三雲は僅かに笑ってしまった。

 

この人は、本当にいい人なのだろうと、三雲は改めてそう思った。

 

 

「さ、入って」

 

連れてこられたのはA級2位部隊、比企谷隊作戦室だった。

 

「さ、佐々木さんってA級2位部隊の隊員なんですか⁈」

「あれ、言ってなかったっけ?そうだよ」

(僕、本当はとてもすごい人に教わってたんだ……)

 

ただのいい人とは思ってなかったが、こんなにすごい人だとは思ってなかった。

作戦室をぐるりと見渡すと、どこにでも本がある。壁は本棚で埋め尽くされているが、乱雑とした様子はなくどことなく図書館のような落ち着いた雰囲気が感じられた。

 

「……すごい本ですね」

「うちの隊、みんな本が好きだからねー。結成当初はここまで多くなかったんだけど、気づいたらこんなになってたんだ。マンガとか参考書とかも結構あるよ」

 

そういって琲世はあははと笑うが、気づいたらこんなに本が増えるなんてことそうそうあることだとは思えない。どれだけ本が好きな隊なのだろうか。

 

「三雲くん、こっちだよ」

「あ、はい!」

 

そういって案内された場所は、大きな食卓がある部屋だった。その空間は生活感が溢れていて、時々誰かしらが寝泊まりできそうなまであった。

 

「三雲くん、コーヒーと紅茶どっちがいい?」

「え?じゃあ、コーヒーで」

「はいはーい」

 

そういってキッチンに立つ琲世はやたら様になっていた。もはやお母さんに見えるレベルである。

 

事実、琲世のあだ名はママンなのだが。

 

ーーー

 

「お待たせ。はい、どーぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

目の前に出されたコーヒーにミルクと砂糖を少し加え、飲む。すると口の中に程よい苦味と甘味が広がった。

 

「おいしい……!」

「そう?」

「はい!今まで飲んだコーヒーのどれよりもおいしいです!」

 

そう思えるくらい琲世のコーヒーはおいしかった。

 

「喜んでもらってよかった。あ、あとこれもよかったら」

「これは……?」

 

目の前に出されたのはカップケーキのようなものだった。だがカップケーキとはなにか違うような見た目であった。

 

「僕が作ったミニタルトだよ。タルトをカップケーキの型で作ってみたんだ」

「へぇ……じゃあいただきます」

 

そういって一つ手に取り齧る。

 

「おいしい…!」

「そう?お菓子作りは久しぶりだからうまくできてるか心配だったんだけど、そう言ってもらえて嬉しいよ。じゃあ僕も……うん、悪くない」

「佐々木さんはよく料理したりするんですか?」

「そうだね、僕の趣味が料理なんだ。よくいろんな人に作ってるよ」

「へえ…」

 

そう関心しつつもう一口タルトを齧る。タルトの生地の程よい固さの歯ごたえと控えめな甘さ、そしてイチゴを使ったであろう赤いペースト状の甘酸っぱいソースとまろやかなチーズの味がうまく噛み合ってる。

気づいたら一つを食べ終わりもう一つ手を伸ばしていた。

 

「気に入ってくれた?」

「は、はい」

「いっぱいあるから、好きなだけ食べていいよ」

 

本当に母親のような慈愛を持つ人だと、三雲は思った。

二つ目を食べ始めたところで、三雲は疑問に思ってたことを口にする。

 

「あの……」

「ん?」

「なんで、僕に指導をしてくれたんですか?」

「……少し、言いづらいんだけど……三雲くんがボーダーに入って多少の時間は経ってるはずなのに、動きは初心者のそれだった。有り体に言えば弱かったから、かな」

「はぁ……それだけですか?」

「僕は、A級だ。でもね、ここまで来ると僕自身のレベルを上げるのはかなりの時間をかけなきゃならない。でもね、君のような初心者のレベルを上げるのは割と簡単にできるんだ。だから僕自身のレベルを上げるのはもちろんなんだけど、レベルの低い子たちを指導して強くしていく方がボーダー全体のためになるんじゃないかなって思うんだ。

それに……君はなにか焦ってるような目をしていたのがわかったからね」

「っ⁈」

「図星か。なんで焦ってたのかは聞かないけど、何かしら目的と理由があるんだと思う。だから僕はそれの手助けをしたいと思ったんだ」

「でも…僕だけこんなにしてもらって…」

「ごめん、実は君だけじゃないんだ」

「え?」

「これまで何人も僕はこんな感じの指導をしている」

「そうなんですか」

「一部からは、先生って呼ばれたりしてるよ」

 

ちゃんとした師匠をやるわけじゃないからね、と苦笑しながら琲世は笑った。確かに琲世の場合は師匠より先生の方が合ってるな、と三雲は思った。

 

「その指導した子たちも今ではB級になったり、人によってはA級部隊に入ったりしてる。だから、君も努力を続けていくといいと思うよ」

「は、はい!」

 

するとそこで作戦室の扉が開いた。

 

「よーっす」

 

入ってきたのは長い髪の女性だった。どことなく活発な雰囲気がある。

 

「あ、夏希ちゃん」

「お、サッサン。今日は早いのね……ってその子は?」

「ああ、彼は三雲修くん。今日僕が指導したんだ」

「まーた指導したのサッサン。物好きねー」

 

入ってきたのは、A級2位比企谷隊オペレーター横山夏希。鉄拳やら核兵器やら物騒なあだ名がつけられているオペレーターだ。

 

「えーっと、三雲でいいんだっけ?」

「あ、はい」

「そ、よろしくね。あたしは横山夏希、ここの隊のオペレーターやってるの」

「よろしくお願いします」

「じゃーちょっと出てくるね〜。すぐ戻るから」

「うん」

 

そう言って横山は出て行った。

 

「あの……僕なにかしちゃいましたか?」

 

明らかに三雲を警戒しての行動をしていたため、三雲は疑問に思ったことを琲世に聞いた。

 

「ううん、彼女はね、少し男の人が苦手なんだ。だから初対面の人には誰でもあんな感じ。慣れれば普通に接してくれるから許してあげて」

「は、はい」

 

男性が苦手だと聞いて少し悪いことをしてしまった気分になった三雲だったが、琲世のフォローでその気分も薄らいだ。

 

もう一口タルトを齧る。やはり甘かった。

 

 

しばらく談笑していると、それなりに時間が経ってしまっていた。

 

「あれ、もうこんな時間」

「あ、本当ですね」

「ごめんねこんな時間まで話し込んじゃって」

「いえ、僕も楽しかったので…」

「僕も楽しかったよ。あ、もう帰るよね?」

「は、はい」

「じゃあこれちょっとだけど持って行って、よかったらお家の人と食べて」

 

そういって琲世は先ほどのタルトを差し出した。

 

「い、いえそんなお構いなく!」

「いいからいいから」

 

そうやって無理やり押し付ける形にはなったが、三雲はタルトを受け取った。

 

「じゃあまたね」

「は、はい。今日はいろいろとありがとうございました」

 

そういって三雲が作戦室から出ようとした瞬間、作戦室の扉が開いた。

入ってきたのは、目が死んでると形容するのにふさわしい目をしたアホ毛の少年だった。

 

「うぃーす……って、どちら様?」

「あ、え、えっと」

「や、今日はちょっと遅かったね比企谷くん」

「今日も部活っすよ、大目に見てください。で、どちら様?」

 

比企谷、という名を聞いてこの人がこの隊の隊長だと三雲は確信した。気怠げな雰囲気を纏っているが、それでもどことなく強者の雰囲気も持っている。さすがA級部隊隊長だと三雲は思った。

 

「今日僕が指導した三雲修くん」

「三雲、ね。……えーっと、俺は比企谷八幡。この部隊の一応隊長やってる」

「み、三雲修です。今日は佐々木さんにご指導してもらって……」

「どーせ佐々木さんが強引な形で教えにいったんだろ?この人面倒見の鬼だから」

「ひどいなぁ」

「褒めてるんすよ」

「言い方」

 

このわずかな会話から互いの信頼関係が感じ取れて、それに対して三雲はわずかながら羨望を覚えた。

 

「で、強くはなれたか?」

「あ、はい!おかげさまで」

「そーか、ならいいんじゃね?もう帰りか?」

「は、はい」

「そーか。ま、このままお前がボーダー続けていったらどっかで会うだろうな。それも割と近いうちに」

「え?」

「俺の勘はよく当たる。近いうちにまた会うって俺の勘が言ってんだ」

「はぁ…」

「もう時間もそれなりに遅い。そろそろ家に帰った方がいいぞ」

「あ、はい。ありがとうございました」

「おう」

「またね、三雲くん」

 

ーーー

 

「……指導するのもほどほどにしといた方がいいっすよ」

 

三雲が去ると比企谷は琲世にいった。

 

「…そうかな」

「そうっすよ。指導されなかったやつから勝手に逆恨みされる、なんて事態になっても不思議じゃないですからね」

「そうなんだけどさ、 ああいうちゃんとした師匠がいない子でもある程度強くなった方がモチベーション上がると思うんだ。そうすればボーダー全体のためにもなると思うから、さ」

「お人好しっすね、相変わらず」

 

お人好しという面については比企谷も当てはまるのだろうが、皮肉げに言う比企谷の言葉に反論できず琲世はわずかな苦笑を浮かべた。

 

「比企谷くん、コーヒー?」

「マッカン佐々木スペシャルで」

「あんまり糖分とりすぎない方がいいよ〜」

「俺のサイドエフェクトは糖分使うんすよ、知らんけど」

「直感って糖分いるのかな……」

 

そう言いつつも琲世は比企谷の希望の通りのコーヒーを用意し始めた。

 

「そういや横山はどーしたんすか?俺より早く来てると思うんすけど。あいつ部活やってないし」

「あー、夏希ちゃんは三雲くんが来てる時に来てね。それで」

「あー(察し)」

 

横山の男嫌いは今に始まったことではないし、そもそもボーダーのメンバーならば普通に接することができるようになっただけマシになったと言えるだろう。

と、そんな話をしていると扉が開いた。入ってきたのは横山だった。

 

「ただいま〜、あれ、もう三雲くん帰った?」

「お、噂をすれば」

「おかえり夏希ちゃん。三雲くんはさっき帰ったよ」

「ん、ただいま。ああ、帰ったのね。で?噂って?」

「お前の男嫌いについてちょっとな」

「我ながらこれでもかなりマシになったと思うけどね〜。っと、そうだ。本部長が呼んでるわ。あたし達全員本部長室に来いってさ」

「え、呼び出し?お前なんかしたん?またナンパしてきた訓練生殴っちゃった?」

「違うわ!あたしもよくわかんないけどとにかく来てって」

 

不審に思いつつも説教の類ではないことがなんとなく察したので彼らはそうそうに向かうことにした。

 

 

本部長室

 

「失礼します。比企谷隊、集合に応じ参上しました」

「来たな。さすがに早いな」

「なんとなく説教じゃないことがわかったんで」

 

遠まわしに説教ならバックレると言ってるように聞こえるが、そんなことをする彼らではないことを本部長の忍田はよく理解していた。

 

「あまり時間をかけるような要件でもない。すぐに本題に入ろう」

「はい」

「比企谷隊、君たちに当分の休暇を与える」

「はい?え、クビですか?」

「違う」

 

いきなり休暇を与える、とか言われてクビを連想するあたり比企谷の思考回路はだいぶぶっ飛んだ方向にあるのが読み取れる。

 

「理由はなんですか?」

「実は先ほど沢村くんからこんな話を聞いてね。『佐々木が秋頃過労で倒れた』、という話を」

「げ」

 

どこから漏れたかは知らないが、琲世が倒れたことは上層部の耳に入ってしまっているらしい。

 

「無論、佐々木が比企谷達の文化祭の手伝いをしていたからというのも聞いているが、その時期に私も彼に仕事を頼んでいるし、その時既に開発室のレポートを5つ抱えていたそうじゃないか。鬼怒田さんに聞いたらその後も幾つかレポートを任せたことも発覚した。

いくらA級隊員とはいえ、あまりにも過酷すぎる仕事環境になってしまったのはこちらの落ち度だ」

「で、でも今はもう落ち着いてますけど」

「嵐山隊のような広報をするわけじゃないし、遠征に行くわけでもない。だからその分他の仕事を積極的に任せるようにしていたが、これでは他のどの隊よりも仕事をしているどころか、君たち学生にやらせるレベルの仕事量をはるかに超えている。鬼怒田さんもそのあたりは素直に非を認めた。

それから上層部で話し合った結果、我々は君たちに休暇を与えることにした」

「期限はどんくらいなんすか?」

「そこは君たちが決める。選択肢は二つだ。来シーズンまで休むか、一週間程度休むかのどちらかだ」

「来シーズンまでって、ずいぶん長いですね」

「そうだ。ただ、来シーズンまでだとランク戦に出ることができない。そのためA級の肩書きはそのままだが、順位がまたリセットされてほとんど休隊扱いだ。

一方一週間程度の休暇の場合、学校等のせいであまり休暇らしい休暇にならない。この時期はいろいろ家の方である者もいるだろうからな。さぁ、どうする?」

「来シーズンまでで」

「あたしもそれで」

「二人がそういうなら僕も」

 

あまりにも早い3人の決断に忍田は驚愕の表情を浮かべた。

 

「早いな。少し考えてもいいのだぞ?」

「あたしは最近ちょっと勉強が遅れ気味になってたんで、この期に一気に受験勉強にまで漕ぎ着けられるくらいの勉強したいと思ったので」

「僕は、もともと僕が原因でみんなに迷惑をかけてしまったからここでしっかり休んでリフレッシュしようかなって。それに中途半端な休みだとまたクセで仕事しちゃいそうなので……。でも比企谷くんはいいの?来シーズンまで休むでも」

「夏休みにだいぶ稼いだんで金には余裕があるんすよ。それにちょっと最近疲れがたまってたんでいい機会だと思ったんすよ。

あと、最近ちょっと小町に構ってやれてないと思ったんでね」

「相変わらずね」

 

比企谷のシスコンぶりに軽く溜息をつきつつも、忍田は全員の同意を得られたことに安堵の表情を浮かべた。

 

「じゃあ、来シーズンまで休暇ということでいいんだな」

「うす」

「はーい」

「はい」

「わかった。休暇についての詳細は追って伝える」

 

そうして彼らは長めの休暇を取ることとなった。

 

 

「ごめんね二人とも」

 

本部長室から出て作戦室に戻る道中、琲世は前を歩く二人に謝罪の言葉を述べた。

 

「はい?」

「いや……その、僕がなんでもかんでも仕事請け負っていったせいで体壊して二人に迷惑かけちゃって、挙句こんなことに……」

「なにを今更。佐々木さんがそういう人なのは今に始まったことじゃないっすよ」

「そーそ。いつかこーなるのわかってて、でも自分のことで手一杯でサッサンを助けられなかったあたしらにも非はあるの。だからそんな気にしなくていいの。その結果長めのお休みもらえたんだしいいじゃん!儲けもんくらいに考えておけば!」

「給料は普通に出るみたいですし、防衛任務も申請すれば入れるっぽいんで佐々木さんが気に病むようなことはなんもないっすよ」

「というかそんなことばっか考えてるから体壊すのよサッサンは」

 

二人の言葉を聞いて琲世はフッと微笑みを浮かべた。

 

「ああ、僕はいい仲間を持ったな」

「いや、そういうのは心に留めてもらえます?恥ずいんで」

「サッサンきもいよ」

「ひどいなぁ」

 

そう言いつつも彼らの表情は柔らかい。

 

 

きっとこれからも自分は彼らとの日々を過ごしていくのだろうと思いつつ、琲世は二人にと並んで歩いていった。

 

 

***

 

おまけ

 

メガネとアホ毛とラーメン屋

 

だいぶ寒くなってきた夜に俺は小町と並んで歩いていた。向かう先はラーメン屋。

今日は平日だが、休暇をもらったためたまには外食しようとなったのだ。なにが食べたいと聞いた結果、ラーメンと言われたのでラーメン屋に向かっているということだ。小町曰く、時々無性にラーメンが食べたくなるだとか。うむ、やはり兄妹だ。

 

ちなみに向かっているラーメン屋は全国チェーンのお店だが、全国チェーンゆえに安定のうまさというものがある店だ。

 

「いやーお兄ちゃんと一緒にラーメン屋なんて久しぶりだね〜」

「最近はお互い忙しいもんな」

 

俺はつい先日から休暇もらったけど。

 

「小町も遅くまで塾で勉強で、お兄ちゃんは防衛任務だもんねー」

「まぁ、大変さでいったら今のお前の方が大変だろうよ」

「どっちが大変かなんてわかんないでしょー。大変さの感じ方は人それぞれだしね」

「だな」

 

そんな会話をしているとラーメン屋に到着。中に入り席に通され、早速メニューを開く。

 

「お、今日は替え玉半額なのか」

「じゃあ小町5玉くらい食べる!」

 

お前のその身体のどこにそんなに入るんだ。あれか、別腹ってやつなのか。

そんな小町に軽く戦慄していると、水を取って隣を通り過ぎようとした人と目があう。いや、目があうというより俺の腐った目とメガネがあった。

 

というか、三雲だった。

 

「あ、比企谷先輩……ですよね」

「おお、三雲か」

「ど、どうも。先日はお世話になりました」

「それは俺じゃなくて佐々木さんに言ってやれ」

 

俺はぶっちゃけなんもしてないし。ぶっちゃけなくてもなんもしてないし。

 

「お兄ちゃん、知り合い?」

「おお、先日佐々木さんの指導を受けた三雲だ」

「あ、三雲です」

「おお〜これはどうも、兄が迷惑をかけました」

「おい、俺が迷惑をかけた前提で話進めんな」

「あ、あはは……」

「一人か?」

「いえ、母と来てます」

「そーか。じゃ、邪魔しちゃ悪りーな」

「あ、はい。じゃあこれで」

「おう、またな(・・・)

 

そうして三雲は少し離れた席についた。……あれ?母親と来たって言ってたよな?あれ本当に母親?若すぎじゃね?姉の間違いじゃね?

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

「ん?」

「なんでわざわざまたなのとこ強調したの?弟子にでもするの?」

「いや、別に。ただまぁ、あいつはまたどっかで必ず関わるだろうからさ」

「勘?」

「勘だ」

「ふーん」

「いつになるかは、わからんがな。まぁそれよりさっさと頼もうぜ。腹減ったわ」

「さんせー!スイマセーン!注文いいですかー?」

 

あいつとはどこかでまた関わる。俺のサイドエフェクトがそう言っている。

 

 

どんな形かは、さっぱりだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回で八幡たちを一時的にランクから外したのは、今後の展開に矛盾を少しでも減らすためです。ご了承を。


次回は黒江かなー。次はもっと早く更新できるように頑張ります……。

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