さて、遅れた理由についてですが……
すんません、ちょっとサボってました……すいません本当に。
では35話です。
文化祭2日目
現在、俺は文化祭の風景を写真に収めている。
俺の趣味がカメラとかだったらよかったのだが、あいにく俺の趣味は読書だ。カメラなんぞスマホので十分である。最近のスマホはデジカメ並みに綺麗な写真が撮れるのだしカメラなんぞ俺には不要。カメラ会社涙目。
ではなぜ文化祭の風景の写真なんぞ撮っているか。
もちろん仕事である。
俺の記録雑務という役職は当日の風景やらなんやらを記録するのが仕事だ。本来、それが仕事なのだ。だから今まであんなに仕事してたのはどう考えてもおかしいのだ。
だが過ぎたことを言っても仕方ない。今はやることをやろう。
本来俺のような目の腐ったやつが写真撮って歩いてたら多分盗撮と間違えられて不審者扱いされかねないが、持ち前の影の薄さと隠密行動訓練を活かした体運びにより事なきを得ている。
そんな風にパシャパシャ写真撮ってたら急に背中に衝撃を感じる。
「お兄ちゃん!」
「おお小町」
気配でなんとなくわかっていたがやはり小町だった。さすが我が妹、今日もかわいい。
「1人か?」
「いやー茜ちゃんと来てたんだけどはぐれちゃって……」
やれやれ、やはり小町は小町だった。
「でも連絡とれてるから大丈夫だよ!それに小町はお兄ちゃんに会いに来たのですから!」
「そうか」
「うわテキトー……」
ほっとけ。
「で、お兄ちゃんは何してんの?」
「仕事」
「……で、お兄ちゃんは何してんの?」
「おいコラ、仕事つってんだろ」
「お、お兄ちゃんが、ボーダー以外で、仕事を⁈」
貴様、俺をなんだと思っている。
「小町嬉しいよ!……あれ?なんだろ、でもお兄ちゃんが遠いとこにいっちゃったような…」
「おいコラ」
「なーんてね、冗談だよ!お兄ちゃんが働き者なのは小町が誰よりも知ってるからね!」
「……そーかよ」
「じゃいくね!またねお兄ちゃん!」
そう言って小町は去っていった。
さて、仕事を再開……
「あ、八幡先輩」
む、また知ってる気配……。
「ん、おお黒江か」
「どうも」
まさか黒江も来てるとは。
「よお、1人か?」
「いえ、加古先輩と……」
「あら比企谷くん」
「ども」
ふむ、相変わらず加古隊はチームで行動するのな。
「2人いるってことはチームで来たんすか?」
「その予定だったんだけど、真衣と杏はちょっと来れなくて私たちだけよ」
「そすか。しかし黒江も来るとはなー。加古さんは一応母校ですけど黒江は中1から高校の文化祭来るとは随分熱心だな」
「あ……それは……その……」
「?」
「……八幡先輩と、同じ学校に行きたいので……」
お、おう。頬染めての上目遣い、グッときました。
「もー比企谷くん?」
「いだだだ」
やめて!頬つねらないで!というかなんで俺つねられてるの?あれか?犯罪現場に見えたか?解せぬ。
とにかくこの場を離れよう。周囲の視線が痛いしそろそろ犯罪者扱いされそうで怖い。
「じゃあ俺仕事あるんで……」
「あらそうなの?どうせなら一緒に回りたかったのだけれど…」
「すんません、そういうわけにもいかないんすよ。仕事なんで」
「……残念です」
「悪いな黒江、また本部でな」
「はい」
「じゃあ加古さんも」
「ええ、またね」
そうして2人は去っていった。
「さて、仕事しなきゃなぁ…」
*
「おーい比企谷ー」
「ん?おお、出水。米屋も来たのか」
「まーな」
「緑川は?」
「あいつはチームの方でなんかあるんだとさ」
来たのは弾バカと槍バカだった。
「お前はうちの文化祭来たからな。だからお返し的な感じで来たぜ」
「俺は半ば強制で連れていかれただけなんだがな」
佐々木さんとかに。あの人総武出身なのになんでわざわざ第一高校の方まで行くんだよ。そしてなんで俺を連れてくんだよ。いやいいんだけどさ。
「あーそうそう、お前のクラスの劇見たぞ」
あれを、見たのか?あれは女子向けに作られたやつなのだが……まぁ出水と米屋は他校だしんなことしらないからしょうがないか。
「あれだな、普通の星の王子様のはずなのになんかBLっぽかった」
それはプロデューサーが腐ってるから仕方ない。
「星の王子様ってああいう話……のはずだよな?」
「ああ、話は間違ってない」
「……なんか女子率高かったようにも感じるし」
「すまんな、あれは作ったプロデューサーが腐ってるから仕方ない」
「ああ、なるほど……」
それでも結構繁盛してるから始末に負えない。まぁそれは間違いなく葉山と戸塚のおかげだろう。
「で、比企谷はなにしてんの?」
「仕事」
「あの比企谷が、ボーダー以外で仕事だと?」
「おいコラ」
「お前、報酬でない仕事はとことんやりたがらないじゃん」
「いやまぁそうなんだけど……」
上司(横山)が怖いのよ…。
「他には誰かあったか?」
「おお、横山と宇佐美、あと綾辻にも会ったな」
「あとは三上と歌川にもな」
「このあと荒船さんのとこにも行こうかなって」
「まぁそんなもんか」
「と、思うじゃん?」
「あ?」
「菊地原忘れてんぞ」
「あ」
*
その後、出水米屋とともに行動しながら写真を撮って歩いていた。
「……なぁ比企谷」
「ん?どうした出水」
「なーんでこのあたりこんな人がごった返してんだ?」
体育館へと続く廊下はこれでもかというほど人がごった返していた。確か体育館はバンド演奏とかやってたはずだが、こんな人がくるようなのあったっけ?
そこで手元にあったタイムスケジュールを見る。するとすぐに合点がいった。
「ああ、なるほど」
「なんだよ」
「いや、ワケがわかった」
「ほう。で、どういう理由なんだ?」
「いきゃあわかるよ。行こうぜ」
『?』
*
ついた体育館はすでに人で埋まっていた。
「うおおなんだこりゃ。すげー人だなオイ」
「そうだな、多分下いたらロクに見えないだろうから上行こうぜ」
「え、上ってスタッフとかしか入れないやつじゃねーの?」
「いや、どいつもこいつも勝手にそう思ってるだけだ。本当にスタッフオンリーなとこはちゃんとロープ張ってあるし」
「んじゃいこうぜ」
ーーー
「へー、こっからもよく見えるじゃねーか」
「さすがスタッフ、穴場知ってるな」
「うっせー槍バカ」
「で、これから何始まんの?」
「まぁ見てろって」
わずかについてた明かりが消え、俺たちのいる場所の後ろからまばゆい光がステージに降り注ぐ。
そこにいたのは管弦楽器を持ち正装した集団だった。そしてその中には
「お、あれサッサンか」
「マジだ!サッサン楽器弾けんのか?」
「練習したからできんだろ」
ちなみに佐々木さんの楽器はチェロ。でっかいバイオリンみたいなやつだ。服装はタキシード。
そして舞台袖から黒いドレスに身を包んだ1人の女性が出てくる。
魔王、雪ノ下陽乃だ。
サマになってんなー……。
そして演奏が始まる。
雪ノ下姉が指揮棒を振るとそれに合わせ絶妙に絡み合った音楽が響きわたる。それはまるで川の流れのようになめらかで、それでいて力強い音だった。素人の俺でもそれがすごいことであるのがすぐにわかる。それほどのものだった。
「すげー」
「本当、すげーな」
「サッサンの弾いてるやつの音わかんねーな」
「ありゃチェロつって低い音の楽器だからわかりづれーと思うぜ」
「ほー、よく知ってんな比企谷」
「本人がそう言ってたんだよ」
この有志に参加することは佐々木さんとしては不本意だったようだが、それでもやるからには全力を尽くしたのだろう。あの人らしいが、その結果ぶっ倒れてるんだからな。もう少し加減というのを知ってもらいたいものだ。
と、そこでスマホが振動する。
なんだ?
「はい」
『あ、ヒッキー?』
「由比ヶ浜か。どうした?」
『今から舞台袖来れる?』
「行けるが……なんだ?」
『さがみんがいなくなったの』
相模がいなくなった?あのポンコツついに逃亡しやがったか?
「……事情はわかったが、なんで下っ端の俺にそんな話もってくんだ?」
『ゆきのんの話だと今他にも連絡とってるみたいなんだけど、他の人ほとんど手が離せなかったり遠くにいたりしてるみたいですぐ来れる人がいないみたいなの』
「……じゃあしょうがないな。わかった、すぐいく」
そう言って電話を切る。
「なんかあったか?」
「ああ、面倒事がな」
「つくづくついてねーなー比企谷って」
「うっせ」
「じゃあ行ってこいよ。俺らはここでサッサンの演奏聴いてるからよ。でもなんか手伝えそうなら言ってくれ」
「わりーな出水」
それだけ言うと俺はその場を後にし、舞台袖へと向かった。
*
舞台袖に来ると、そこには雪ノ下、城廻先輩、平塚先生、由比ヶ浜、そして綾辻がいた。
「あ、八幡くん」
「話は聞いた。相模が消えたんだってな」
「うん、エンディングセレモニーの最終打ち合わせをしようとしたんだけど……」
しようとしたらどこにもいなくてケータイも繋がらないらしい。ケータイが繋がらないとなると完全に逃げる気しかないのだろう。
「じゃあ代役立てるとかは?」
「それは難しいわ。挨拶や総評ならともかく、地域賞の投票結果を知ってるのは相模さんだけなの」
おいおい、なんであんなポンコツにそんな重要な役割やらせんだよ。あ、委員長だからか。
「じゃあ賞の結果はでっち上げれば?どーせ得票数は開示しないんだろ?」
「いやそれは……」
「却下」
ダメか。割と現実味のある策だと思ったのだが。
「こうなってるってことは、今から集計し直すってことが不可能なんだよな?」
「そうね、時間的にそれは不可能だと思うわ」
「となると、賞の発表だけ後日に回すか……」
「うん……でも地域賞はこの場で発表しないとあまり意味はないかな」
綾辻の言うことは尤もだ。
この文化祭から地域賞というものが導入されたというのにその発表は後日とかどんだけ無様なんだよ。
「じゃあもう相模探すしかねーじゃん」
「そうだね………みんな、いる?」
「ここに」
あれ、この人たちどこいたの?なに、みんな忍者なの?
「相模さんを探してきてくれる?」
「御意」
忍者か、忍者なのか。
「綾辻、あの人達忍者かなにか?」
「え?ただの生徒会役員だよ?」
そうなの?これが普通なの?
「とりあえずは彼らの連絡を待つしかないわけだが…」
「あたし、探してくるよ!」
「闇雲に探しても無駄だろ。平塚先生、放送はかけたんすか?」
「ああ、かけたがそれでもダメだったから君を呼んだのだよ」
なんで俺なんだよ……。
「どうかした?」
と、そこで後ろから声が聞こえてきた。
そこにいたのは葉山とそのバンドメンバーだった。
「葉山…」
「なにか問題があったみたいだけど、どうかしたのかい?」
「実は……
ーーー
ってことがあって…」
由比ヶ浜の説明に対して葉山は苦い顔をしながら聞いていた。自分のせいかも、とでも思ってるのかねぇ。
「……副委員長、追加でもう一曲歌わせてほしい。緊急だから口頭承認でいいよね?」
「そんなこと、できるの?」
「ああ。……優美子、追加でもう一曲歌える?」
「は⁈ちょ、ムリムリムリムリ。あーし今超テンパってるから!」
「頼むよ」
こういう時イケメンってすごいよな。無意識かどうかは知らんが人畜無害スマイルで女子を落としてるし。
「………うん」
「助かるわ」
「別にあんたらの為じゃないし!……ってあれ、戸部は?」
「あー……なんか腹痛でトイレ」
「はぁ⁈今⁈なにやってんのよあいつ!」
さすが戸部だわ。空気を読まない。いや別に戸部が空気読めないキャラかどうかなんて知らんけど。
「落ち着け優美子、今やってるとこは結構長めに時間とってるからまだ時間はある」
「そーだけど……」
……このバンドが終わったらもうすぐにエンディングセレモニーだ。未だにどのシノビマスターからの連絡も来てない。となると少しでも多く探す時間が必要だ。
……非常に不本意ではあるが、こうするしかなさそうだ。
「雪ノ下」
「なにかしら」
「ちょっと呼んでほしい人がいるんだが…」
「誰?」
「お前の姉貴」
*
「はぁ〜い雪乃ちゃん、なにかご用かしら〜?」
雪ノ下の呼び出しに対して雪ノ下姉はすぐに対応した。
なぜか佐々木さんを連れて。
「……なんで僕まで」
「いーのいーの。で、なにかしら雪乃ちゃん」
「姉さん、時間を稼いで場を繋ぐわ。手伝いなさい」
「ふーん、いいわよ。雪乃ちゃんが私にお願いするなんて初めてだし」
「お願い?勘違いしてもらっては困るわ。これはお願いではなく実行委員としての命令よ」
おいおい、実行委員なんて権力が通じるのは校内だけだろ。
「えーでもそれ断っても私にペナルティとかあるわけじゃないでしょ?出展取り消しされても私は構わないし。それともどうする?先生に言いつけちゃう?」
そう言って魔王は笑った。
だが雪ノ下は憮然とした態度を崩さずに言った。
「ペナルティはないわ。でもメリットはある」
「どんな?」
「この私に貸しを一つ作れる。これをどうとるかは姉さんの自由よ」
なんでこんな偉そうなの?菊地原なの?
「………ふーん。雪乃ちゃん、変わったね」
「いいえ、私は元からこういう人間よ。16年一緒に過ごしてきてわからなかった?」
「……そうね。じゃあやりましょう。時間を稼ぐとなると…」
それだけいうと魔王は佐々木さんを見た。
「……ここまで来たら付き合いますよ、不本意ですけど」
「オッケー!さすが私のハイセくん!」
「………」
「じゃあハイセくんギターやりながらボーカルね」
さらっとえげつない役目やらせてきたなこの大魔王は!
「わかりました」
いいのかよ⁈
「じゃあ静ちゃんベースね。私ドラムやるからめぐりキーボードね」
「仕方ないな」
「任せて下さい!」
「で、私たちは準備できたけど雪乃ちゃんはどうするの?」
「できるだけ時間を稼ぐために私たちもバンドを組むわ。まず姉さんたちがやった後に葉山くんたちのバンド。そのあとにやるから姉さんも手伝いなさい」
「わかったわ。二回もバンドやるなんてねー、雪乃ちゃんも無茶振りするねー」
「この程度、無茶振りに入らないでしょう?むしろ姉さんが佐々木さんにやらせてることの方がよほど無茶振りだわ。でもこれで30分程稼げるわね」
間違いない。
と、そこで前のバンドの最後の曲が終わった。
「じゃあ比企谷くん、時間は稼ぐからよろしくね」
佐々木さんは普段の私服の上から舞台演劇の衣装で使われてた黒いジャケットを羽織り深くフードを被った。どうやら顔を隠してやる気でいるようだ。
「佐々木さんのお願いとあらば」
「命令したのは私なのだけれど?」
「知るか」
「じゃあ比企谷くん、お願いするわ」
「ん」
「ヒッキー頑張って!」
適当に手をヒラヒラ振りながら舞台袖を後にした。
さて、ここからが正念場だな。
*
さて、時間は約30分程稼げると雪ノ下が言っていた。30分あるとはいえ、この広い校舎を30分で隅々まで探すのは不可能だ。
なら探す場所を絞るしかない。
まず、呼び出しがかかったというのに出てこないし、生徒会のシノビマスター達も未だ見つけられないということは人目につく場所にはいない。そうなると普通の教室や図書室等の解放されてる教室にはまずいない。そうなると先生のいる保健室もないだろう。屋外にいたとしても屋外にも出店やらイベントやらがあるため目につく場所にはいない。つまりグラウンドとかその辺りにもいないはずだ。部室棟にいたらどうしよもないが、由比ヶ浜の話だとあいつは部活には入っていないらしい。なら入れる部室はない。
校舎の外にいたらもうどうしよもないが、多分それは大丈夫だ。俺のサイドエフェクトがそう言っている。
頭で整理した情報を手にしたパンフレットに書き込んでいく。
だいぶ選択肢が減ったが、まだ数ある。
なら1人になれる場所をよく知ってるやつに聞くか。
スマホに登録された連絡先を開き、電話をかける。
『我だ!』
ノータイムででたなこいつ。
「材木座、お前1人でいる時って基本どこにいる?」
『なんだ藪からスティックに』
「さっさと答えろ」
『ヒィ⁈と、図書室かベランダだ!部室棟の方も中庭にいるこのもある!あとは特別棟の上だ!』
……………。
「サンキュ」
『うむ!よきにはから』ブツッ
電話を切り、スマホをしまう。
材木座の情報でもう確信がついた。あいつはあの場所にいる。
俺のサイドエフェクトがそう言っている。
*
特別棟の屋上へと続く階段は今は大量の荷物が置かれて普通に登ることはできない。だがよくみると獣道のような人が1人ギリギリ通れる程度の道が存在した。
ビンゴだ。
由比ヶ浜は相模は一年の頃のクラスでトップにいたことを誇らしく思っていたというらしい。
だが今のクラスではせいぜい2位カーストといったところだ。そして女子のトップカーストは三浦だ。その三浦はカースト順位をなんとも残酷な「かわいさ」で決めた。ぶっちゃけ相模の容姿は普通だ。そこらへんの有象無象となにも変わらない村人Aみたいなもんだ。それなら2位カーストに落ちても仕方ない。
一度固定されたカーストを変えるのは難しい。しかも相手があの三浦となると不可能に近い。
だから相模はなにかでトップに立つことで、自分の優位性を確認したかったのだ。
だからインスタントに委員長という肩書きを貼り付けた。それにより他人を下に見ることができると思ったからだ。
だがそれは雪ノ下姉妹によって破綻してしまった。雪ノ下の方はどうか知らんが姉の方は間違いなくこうなることを予想してたはずだ。
そして、自分で貼り付けた肩書きも気づけばレッテルに変わっていた。
相模、お前のいう成長の正体とはこの薄汚れた欲望からできたなにかだ。
人の上に立ちたい、という欲求があることは別になんとも思わない。ある意味人として当たり前でもある。ランク戦という制度もその人の欲望を利用してものなのだから。
だが、その欲望のために人を踏み台にするのは成長とは言わない。そんなものが成長であってたまるか。
お前みたいな
俺はわずかに作られた道を登りながらスマホである人物にメールを送る。
『彼ら』のためにも俺はできることをやろう。
まぁ俺ができることなどたかが知れてるのだがな。
自嘲気味に笑いながら俺は屋上の扉を開いた。
*
扉を開けると、やはり相模はそこにいた。一瞬、すがりつくような表情をしたが、入ってきたのが俺だとわかった瞬間落胆の表情に変わった。
俺だってお前みたいなやつを迎えに来たくなかったよ。
「エンディングセレモニーが始まるから戻れ」
「……もう始まってるんじゃないの?」
予定はしっかり把握してんのな。
「本来ならそろそろ始まるだろうよ。だがどうにか時間を稼いでる」
「……ふーん、それ誰がやってるの?」
「三浦とか佐々木さんとか」
ここで嫉妬してる雪ノ下の名前を出すのは悪手だろう。
「…ふーん、そ」
「だからさっさと戻ってくれ。そう長くは続かない」
多分、時間的にもうそろそろ佐々木さんが来るはずだ。
「…雪ノ下さんとかいるでしょ?あの人なんでもできるんだからやらせればいいじゃない」
「それができたら苦労しねーよ。お前の持ってる集計結果が必要なんだよ」
「なら集計結果だけ持っていけばいいでしょ!」
そう言って相模は集計結果の書かれた紙を床に叩きつけた。
正直、本当はそれでもよかった。必要なのは相模の持ってる集計結果だけなのだからぶっちゃけ相模はいらない。代役でもどうにかなるのだ。
だが、集計結果だけ持っていけば恐らく俺はこいつに悪者にされる。「色んな言葉で脅されて集計結果だけ持っていかれた」とか言って。それは困る。いや、俺だけならいいのだが、俺の味方をしてくれるやつらまで巻き込むわけにはいかない。しかも約束もあるのだ。そんなことできない。
だからこの手は使えない。
早くあいつら来てくれ、と思ったところで再び扉が開く。
そこにいたのは佐々木さんだった。
*
「ここにいたのか。探したよ」
佐々木さんは無表情でそう言った。雰囲気が、ない。なにも感じない。
逆にそれが俺は怖かった。
「…さ、佐々木、先輩」
「わかってると思うけど、もうエンディングセレモニーが始まる。早く戻って」
「………でも、もううちなんて…」
さっさと戻れよこのやろう。
「……必要なのはうちじゃなくて集計結果でしょ」
「………君がそう思うなら、そうなのかもね」
「…………」
「でも、それでいいの?」
「…え?」
「ここで僕たちが集計結果だけ持っていったら君は本当にいらない存在になってしまう。これからの学生生活にも支障が出てしまうかもしれないよ」
「っ!」
「君が『どういうつもり』で委員長になったのか僕は知ってる。だから君を思っての忠告だよ」
「お、想って……」
おい、字が違うぞそれ。なに顔赤くしてんだ。前に佐々木さんに言われたこと忘れたのか。
「君がそれでもいいって言うなら僕たちはこの集計結果だけ持っていく。本当にそれでもいいなら、ね」
「…………」
よし、ここまでは作戦通りだ。
あの野郎、早く来いよ。まだバンドやってんのか?
「……それで、どうするんだい?」
「…う、うちは……」
佐々木さんが急かすが、相模は未だに煮え切らない。時計を見ると多分そろそろ雪ノ下達の演奏が始まってる頃だ。
ならもう来てもいい頃だろうが。
「ここにいたのか。探したよ」
佐々木さんと全く同じセリフをいいながら入ってきた人物がいた。
葉山だった。
*
ようやく来たか。
内心悪態をつきながらも俺は少しホッとしていた。こいつが相模を動かすのに最も適したやつだからだ。まあ相模が葉山に惚れてるってだけなんだけど。
そして佐々木さんにメールで葉山にも来るよう言っといてもらうことを頼んだのだ。
「連絡取れなくて安心したよ。いろいろ聞いて回って上にいくのを見たって子がいてくれて助かった」
相模の顔が喜色に染まる。あの葉山が探してくれたという事実が嬉しかったのだろう。
「早く戻ろう。みんな待ってる」
そう言って葉山は相模に手を差し出す。葉山に1番いって欲しいセリフを、そして佐々木さんには現実を見させてもらうようにした。要するに『お前がやっていることはお前のためには欠片もならない。それでもいいならそこにいろ』って言ってもらっただけなのだが。
「君はまだ求められてる。早く戻りな」
「……っ!はい!」
佐々木さんの言葉を聞くと、相模は葉山の手を取って笑顔で戻っていった。
屋上には俺と佐々木さんだけになった。
「なかなか、迫真の演技でしたね」
「そうかな?君ならすぐに演技だってわかったんじゃないの?」
「そうっすね。ま、やらせたのそもそも俺ですから」
「あはは、それもそうだね」
しばしの沈黙が流れる。
「それにしても、君も性格悪いね」
「いきなり辛辣だなオイ」
「僕は正しいと思うけどね」
「なら佐々木さんも大概じゃないすか?」
「そうだね」
俺らがやったことは相模を救うことには全くなってないのだ。
なぜなら相模はただの悪者で俺らはその悪者を処刑台に送っただけのようなものなのだから。既に逃げたという事実は実行委員で広まっている。加えて実行委員のサボりムードを作ったという話もなぜか広まっているらしい。そんなやつが逃げ出して挙句悲劇のヒロイン気取って帰ってきたらどうだろうか?さすがに罵詈雑言を浴びせられることはないと思うが、白い目で見られるのは確かだ。
俺らが力づくで引き戻すとか、罵詈雑言を浴びせて葉山にヒーロー役をやらせるのなら相模を被害者に仕立て上げることも可能だろうが
なんで俺があんな
と、いつかの闇ササキみたいなことを内心つぶやいてみた。
「じゃ、戻ろうか」
「うす」
俺には仲間がいる。その仲間のためにも無闇に泥を被ることは、もうできないのだ。
*
戻ると、ちょうど雪ノ下達の演奏が終わったところだった。どうやら間に合ったようでなにより。
そして続くエンディングセレモニーだが、オープニングセレモニーの時とは打って変わった相模がそこにいた。スラスラ読むし噛みもしない。本当に単純なやつだと思う。
だが、それらが終わり下手袖にはけた後がきつそうだったらしい。まず、逃げたことに対して他の実行委員から言及されたりしたし、普通に白い目で見られたりもしてかなり居心地悪そうだったとか。そして広まったサボりの噂のこともあり、結局サボり組もかなり居心地悪そうだったとか。
文化祭の内容そのものはいい出来だったと思うが、それを動かす首脳部はかなりお粗末だったと思う。まぁ、俺には関係ないが。
全ては自業自得だ。ザマァないな。
そんなことを思いながら教室への道を歩いていると背後から声をかけられた。
「ひゃっはろ〜」
「なんすか」
やはり雪ノ下姉だった。
「聞いたよ、君の功績」
「はぁ」
「なーんか期待外れ。君ならもっとヒール役みたいなことすると思ったのになー」
「あんたの期待に添えなかったのは、非常に嬉しいことですね」
「あら、生意気ー」
そう言って頬をつついてくる。近い近い。胸当たってるから。
「ま、いいや。あ、そうだ。ハイセくんどこにいるか知ってる?」
「さぁ?帰ったんじゃないすか?」
「むー」
「んじゃ俺は行くんで」
「うん、まったね〜」
そうして雪ノ下姉は去っていった。やれやれ、なにがしたいのかよくわからんし、佐々木さんに執着しすぎじゃね?なに?佐々木さんに恋しちゃった?
「まさかな」
あの大魔王にそんな感情があるとはとても思えない。ただ自分のおもちゃで遊びたいだけなのだろうから。
まぁ、もうおもちゃじゃないんだろうけどな。
*
教室に戻り簡易的なホームルームを終えると俺は奉仕部の部室へと向かった。最後に記録雑務として報告書をまとめなければならないのだが、教室は騒がしい。だから静かな場所に行きたかったのだ。相模が肩身狭そうな感じがしてたが、どうでもいい。
ぼんやり歩きながらそんなことを考えていると、部室に到着。中から気配がするところを見ると、多分雪ノ下でもいるのだろう。
扉を開けると、やはりと言うべきか雪ノ下がいた。
「あら」
「よぉ」
それだけの簡単な挨拶をして俺は席に着き報告書をまとめ始める。
「……なにを書いてるの?」
「報告書。お前は?」
「進路希望調査票よ。書く時間がなかったのよ」
「ぶっ倒れるくらいだもんな」
佐々木さんもぶっ倒れたけど。
「……相模さんの件、助かったわ。ありがとう」
「お前が礼を言うとは珍しいな。なんか悪いもんでも食ったか?」
「そうね、目が腐った男が近くにいるからかしら」
「そいつはよかった。まぁ相模の件は礼を言われるようなことはしてねーよ」
「でも、ちゃんと連れてきてくれたじゃない。探しもしたし」
「ありゃ他のメンバーの協力があったからだ。俺1人じゃムリだ」
だから俺に礼を言うのは違うだろうよ。
「……そう、かしら」
「そうだ」
「…………ねぇ、もう一ついいかしら?」
「お好きに」
「あの………例の件で…」
例の件……ああ、あの交通事故もどきか。
「それがなに?」
「………あなたの知ってる通りあの車に乗ってたのは私なの」
「で?」
「その………今まで、なにも言わないでいて、ごめんなさい…」
まだ気にしてたのかよ。もう半年くらい前だぞ。
「前にも言ったが、俺は別に気にしてない。治療費まで出してもらったんだしな。運転してたのがお前なら文句の一つくらい言ってやったんだが、そうじゃねーならいう意味がない。だからこの件は終わり」
「………そうね」
やれやれ、真面目なのか馬鹿正直なのかよくわからんなこいつは。ま、わだかまりが消えたのならそれは結構なことだがな。
と、そこで外からパタパタかけてくる音がする。
「やっはろー!」
スパーン!と音を立てて入ってきたのは由比ヶ浜だった。まぁ他に来る人いねーだろうけど。
「文化祭お疲れー。というわけでこれからみんなで後夜祭へ行こう!」
どういうわけだよ。全くつながりが見えん。
「行かない」
「ええー!」
やかましい。
「そうね、後夜祭は実行委員が行ってるわけでもないし特別行く意味を感じないわ」
「ええー行こうよー!で、2人はなにしてんの?」
「報告書」
「進路希望調査票」
「ふーん。じゃあ終わるまで待ってるね」
「行くとは言ってないんだけど……」
なんだこいつは。忠犬ハチ公か。
と、そんなこと思いながらも手は常に動かしていたから報告書が書き終わる。
「じゃ、俺は書き終わったから帰る」
「ええーヒッキーも後夜祭行こうよー!」
「断る。先約があるんでな」
「先約?」
「ああ。今日はうちの隊でメシ食うんだ」
ササキメシのコース料理なんてそうそう食えるもんじゃない。今からワクワクが止まらないレベルで楽しみだ。もちろん小町も来る。
「へーそういうのいいね」
「んじゃ俺は行く」
ササキメシが俺を待っている。
*
総武高校屋上
そこに一組の男女がいた。
女性の名は雪ノ下陽乃。夕焼けに照らされる彼女の顔は酷く美しく、誰もが見惚れてしまうようなものだった。
そして男性の名は佐々木琲世。
なぜ彼らがこんな所にいるか、それは琲世が雪ノ下陽乃を呼び出したからだった。
「珍しいね、ハイセくんが私を呼ぶなんて」
「そうですね。大体僕が呼ばれてますからね」
「で、どうしたの?」
「ああ、そうでしたね。今日はちょっと、感謝を伝えようと思いまして」
「感謝?」
雪ノ下陽乃の頭にはクエスチョンマークが大量に浮かんでいた。それもそのはず。雪ノ下陽乃は琲世をこき使い自らの所有物として扱ってきたからだ。琲世がそれを不本意なのも彼女は承知の上だったが、感謝されるようなことをした覚えはここ最近ではない。
「はい。あなたのおかげで、僕は、僕が『佐々木琲世』であることを確認できたんです」
「?」
「あなたは僕をあなたの所有物だと言った。でも僕はそれに反発した。今まで、ロクに自分の意見を持たなかった僕が、初めて持った自分の確固たる意志を持てた。それは僕にとってとても革新的なことなんだ」
「………それで?その
「所有物じゃなくなるもなにも、僕は誰のものでもない。僕は僕だ。『佐々木琲世』だ。そのことを確認するきっかけをあなたはくれた。だから、その感謝を伝えようと思います」
「………」
「雪ノ下さん。……いや、陽乃さん、僕を強くしてくれてありがとうございました」
そう言われた雪ノ下陽乃の顔は既に普段の余裕の笑みは消えていた。
「……永近くんがどうなってもいいの?」
「もしあなたがヒデをどうにかしようとしたら、今度はあなたより強い人の助けを借りてあなたに報復しますから」
「…………」
「こんな風に感謝できるようになったのは、ここ数日です」
「………なにかあったの?」
「ええ。僕にとっては大きなことが」
「…………」
「じゃあそろそろ行きます。この後約束があるんで」
それだけ言うと琲世は屋上から去っていった。
雪ノ下陽乃にとって、約20年の人生において最も大きな敗北感を味わった瞬間だった。
その後、
比企谷隊の得意なこと
八幡→工作(日曜大工とかできる)
琲世→料理(プロ並み)
夏希→絵(デザインが1番得意)