目が腐ったボーダー隊員 ー改稿版ー   作:職業病

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執筆早くなりたいと思う今日この頃です。



32話です。今回めっちゃ長いです。

初登場の人物
永近英良
ハイセの親友。現在もハイセと同じ大学に通っている。人当たりがよく割と誰でもすぐに仲良くなれるが、彼女はいない。切実に彼女を欲しがっている。いつか彼にも春が訪れることをハイセは願っている。


32話 彼は改めて、社畜の恐ろしさを感じた。

「…………」

「これは酷いなぁ」

 

あれからまた数日。日に日に人数は減っていき、今や十数人しかいない。これでどうしろってんだよ……。犬飼先輩まで感嘆の声あげてんぞ。あれ、感嘆って悪い意味で使えるっけ?

 

「ううん……みんなには来るように言ってるのにぃ……」

 

隣では城廻先輩が結構本気でヘコんでる。そもそも委員長がいねぇもんなぁここ。その時点で既に末期。

 

「犬飼先輩、有志統制人手足りてるんすか?」

「ギリギリ回ってるかな。来てくれてる子はみんな結構手際よくてさー。あとー、あの金髪の葉山くんだっけか?彼も結構やってくれてるから」

「なるほど」

 

そうか、有志統制は葉山が手伝ってるんだったな。

 

「……まぁ知らぬ間にそっちに仕事が流れてるってのもあるんだろうけど」

 

それは間違いないですね。つっても犬飼先輩はやるべきことちゃんとやってるから文句は言えない。

 

「どーしてこうなっちゃったのかねえ……」

「同感です」

 

全てはあのポンコツ委員長のせいだ。そもそも佐々木さんにまで大量に仕事がいってる時点でおかしいからな。

 

「うへぇ、今日はこれまた随分少ないわ」

 

呆れた声を出しながら横山と綾辻が入ってきた。

 

「また減っちゃったみたいね」

「やれやれだぜ」

 

お前は承太郎か。

 

「お、夏希ちゃんに綾辻ちゃんじゃん」

「あ、ども、犬飼先輩」

「こんにちは犬飼先輩」

「どんどん減ってるねぇ」

「これ以上仕事回ってくるのは勘弁してほしいんですけどねー……。これ以上増えるとサッサンが死ぬんで」

「さすがにこれどうにかしないと……」

 

とはいっても、生徒会長がいろいろ動いてこのザマだ。俺らがどうこうできる状況ではないのかもしれない。

 

「……はぁ」

 

ほんと、やれやれだぜ。

 

 

やってもやっても終わらないものなーんだ。

 

仕事。

 

かれこれ二時間ほどずっとパソコンと向き合い書類の山を消化していってるが、全く終わらない。減ってはいる。だがまだ大量にあるだけだ。

そもそも記録雑務来てるの俺と横山しかいない。おかしいでしょ。どう足掻いても2人でこの量の仕事処理するとなるとかなり時間かかるよ?これでも佐々木さんが持って行ってくれたの除いてるんだよ?バカなの?死ぬの?いやほんと佐々木さん死にそうなんだけどさ。

こんな無駄思考をしていると集中力が切れてしまった。一旦休憩にしよう。

 

「ダメだ、一旦休憩」

「あたしもー……」

 

さて、マッカンでも買ってくるか………

 

「2-F担当者、企画申請書類が出てないのだけれど」

 

おいおい、企画申請書類出てないってやべーじゃん2-F。誰だよしっかりしろよな2-F担当者さんよぉ。

 

……俺だわ。

 

えーそれなんか相模がやるとか言ってなかった?そもそもクラスの方全く出てないから俺どうしよもないんだけど。でもあのポンコツいねぇし……。

 

「………俺書くわ」

「そう、今日中に提出」

 

マジかー……。休憩に仕事するってなんなん?社畜なん?

そして書類貰ったはいいが、当然のごとく全くわからん。

仕方ない、有志統制の手伝いしてる葉山に聞くか……。

 

「葉山、これ教えてくれ」

「すまない、全部把握してるわけじゃないんだ」

「いいよ、あとは適当に書くし」

「いやダメだろ……」

「聞こえてるのだけれど……」

 

えー……。

まぁしょうがないか。由比ヶ浜にでも教えてもらおう。

スマホを取り出し電話をかける。

 

『もしもしヒッキー?どしたの?』

「あーなんかクラスの企画申請書類出さなきゃいけないみたいでな。それ書こうにも俺クラスの方全くわからんから教えてくれ」

『うんいいよ。あたしそっち行った方がいい?あと隼人くんってそっちいる?』

「そうしてくれると助かる。ああ、有志統制の手伝いしてるぜ」

『わかった、すぐ行くね。あ、優実子ー!あたしちょっとこれから……』

 

そこで電話は切れた。

………俺のサイドエフェクトが反応している。嫌な予感がする。なぜだ。

映像が頭に浮かぶわけじゃないから何が起こるとかはわからないのが欠点なんだよな、これ。

 

 

数分後、由比ヶ浜が会議室に来て企画申請書類を書き始めた

 

のはよかったのだが………

 

「だから違うって!もっとこう、ばーんと!」

「わからん……」

 

説明が抽象的なすぎて全くわからん。なんでそんな効果音しかないんだよ。こいつの今までの説明大体『ばーん』とか『ざざー』とか『ぐーん』とかそんなんばっかだ。わかるわけねぇだろ、俺は横山と違って絵心ないんだよ。いやあってもわかんないけども。

 

しかし、由比ヶ浜のこのよくわからん説明が会議室の空気を柔らかくした。こいつのもつ子供っぽさが役にたつとはな。城廻先輩なんてニコニコしながら仕事してんぜ。綾辻もどことなく柔らかい表情になった。横山?こいつは隣で俺にちょっかい出して遊んでるよ。仕事しろ。

 

だがその空気を引き裂くようにして会議室の扉が開かれた。

 

「遅れてごめんなさーい。あ!葉山くん!こっちいたんだ!」

 

入ってきたのはポンコツ委員長相模だった。こいつの登場に誰もいい顔をしなかったが、相模本人は葉山しか頭に無いようだ。

横から殺気を感じ、恐る恐る横を見ると、横山が殺気を放ちながらマッカンの空き缶を弄んでた。こわい、こわいよ。

 

「……お疲れ、相模さんはクラスの方行ってたの?」

「うんうん!そうなんだー!」

 

そう言って葉山の方へ向かおうとした相模の前に、雪ノ下が立ちふさがった。

 

「相模さん、ここに決済印を。書類の不備はこちらで修正してあるわ」

「………そう。ありがとー」

 

それだけ言うと相模はハンコを持ちロクに確認せずポンポン押していく。そしてそれを雪ノ下が確認。………この構図、だいぶ問題あるよなぁ。

 

「……調子どう?」

「じゅんちょーかな」

「ああ、そうじゃなくて文実の方。クラスの方は優実子がやってくれてるみたいだし」

 

……要は「文実サボってるみたいだけどいいの?」ってところか。こいつも毒吐くんだな。

 

「あー三浦さんね。いつもと違って超元気だよねー、頼りになるっていうか」

(訳:あいつしゃしゃり出てうざいわー)

「はは、助かるしいいじゃん。まぁ悪いことじゃないよ」

(訳:それ以上言うのはやめておきなよ?)

「いやーああいう三浦さんみたいにみんなを引っ張れる存在になりたいなー。憧れるっていうか」

(訳:あいつ潰して成り上がりたいわー)

「相模さんもいいとこあるし、そのままでもいいんじゃない?」

(訳:それ以上言うのはやめようって言ったはずだよ。分をわきまえた方が身のためだよ)

 

………なんでこいつら皮肉言い合ってるの?仕事の邪魔だから消えてくれない?

 

「ヒッキー手が止まってる」

「わかんねーんだよ、そもそもこれ俺の仕事じゃねーし……」

 

と、俺がブツブツ菊地原のごとく文句言いながらも書類は書き終えた。

 

「……終わった」

「終わったねー」

「わり、助かった」

「いいよ。ヒッキーが頼ってくるなんて初めてだし」

「まさか、こんな日が来るとはな……」

「どんだけバカにしてんの⁈」

 

由比ヶ浜を適当にスルーし雪ノ下に提出する。

 

「受理したわ。お疲れ様」

 

言って、雪ノ下はそのままファイルに入れようとした。

 

「おい決済印」

「あ………相模さん、決済印を」

「え、はーい。……ていうか、うちがいなくても決済印押しちゃっていいよ」

「相模さん、それはちょっとよくないよ」

 

さすがに見かねた城廻先輩が口を出すが

 

「えーでも大事なのは中身だと思うんですよねー。そっちの方が効率いいですしー。ほら、委任って言うんですか?」

 

まるで効果なし。こいつはどうやら未だに自分は特別で認められた存在だと勘違いしているようだ。

ほんとなに言ってんのこいつ。

 

「あれ、そう言えば今日は佐々木さん来てないんですかー?」

「佐々木先輩は、いつも来てるわけじゃないの。佐々木先輩が来れる時にだけ……」

「そーなんですかー。まー大学生も大変ですもんねー。会いたかったのになー」

 

んにゃろう……。おめーのせいで佐々木さん死にそうだってのによくもまぁいけしゃあしゃあと。

横でメキッと音がした。横山がマッカンの缶を縦に握りつぶした音だった。すげぇ、足ならともかく手で縦に握りつぶすやつ初めて見た。

そしてそこで下校時間になり、チャイムが鳴る。

 

「楽しいことしてると1日がはやーい。じゃ、お疲れ様でしたー」

 

そういってポンコツ委員長は取り巻きと共に帰っていった。帰る際に取り巻きとの会話が少し聞こえた。

 

「南って葉山くん推しじゃなかったっけ?」

「えー!えーっと……」

「なーに?もしかしてあの大学生の先輩に乗り換えるのー?」

「どっちもかっこいいもんねー」

 

佐々木さん、ご愁傷様。どうやらあなたはポンコツ委員長に目をつけられたようです。

 

そして今日も綾辻の見回りの手伝いを横山として帰った。

 

 

 

防衛任務の為に本部へ行ったのだが、その時会った佐々木さんの顔色と動きがあまりよくなかったことがその日はずっと頭に残ってた。

 

本気で休ませた方がよさそうだ。このままだと佐々木さんマジで死ぬ。

 

 

今日は土曜日だから学校もないし防衛任務もないし小町も塾で家にいない。なら作戦室にカマクラつれていってだらけるか。多分、横山もいるだろうしな。

 

そう思いながらカマクラをキャリーバックにいれる。

 

めっちゃ抵抗された……。

 

だがどうにか入れることに成功したためそのまま連れて行った。本部長の許可はとってあるから問題なし。

 

んじゃ行くか。

 

 

本部に入り作戦室へ向かっていると、スマホが振動する。

横山から電話だった。なんだ?

 

「もしもし?」

『ハッチ今どこ!』

「え、いや、今作戦室向かってるとこ」

『近くにいるのね?じゃあ一旦急いで来て!』

「どうした?」

『サッサンが倒れた!』

 

その瞬間、俺は走り出してた。

 

ーーー

 

「佐々木さん!」

 

作戦室に入るやいなや大声で相棒の先輩の名前を呼ぶ。

入ってすぐのとこにはいなかったし、倒れたとなるとベイルアウト用のベッドにいるだろう。そこに向かって走る。

いたのは横山と、ベッドに寝かされた顔色の悪い佐々木さんだった。

 

「佐々木さん!」

「………ああ、比企谷くん」

「佐々木さん、どうしたんすか?」

「……過労みたいよ」

「過労……」

 

確かに昨日から顔色悪かったし、最近のこの人の働き方は異様だった。どうやらボーダーの方も理由としてあるようだが、この人が持って帰った仕事の量は雪ノ下に負けず劣らずの量だ。こんだけやればさすがに倒れる。というか

 

「佐々木さん、あなた卒業生なのになんでこんな大量に仕事持って帰ってるんすか?」

 

率先して社畜になりにいってるようなもんじゃねーか。

 

「……あはは、みんな大変そうだからさ、僕が……ちょっとでも負担を……軽減させてあげられたらって思ったんだけど……」

「それでサッサンが倒れちゃ意味ないでしょ」

「………面目ない」

 

この人は本当に自分を省みない性格だな。

 

「ほら、ちょっと熱もあるみたいだしさっさと寝て」

「高校生に面倒見られるとは思ってなかったなぁ……」

「はいはい、貸しにしとくね。ハッチ、お粥とか作るからこれ買ってきてくれない?」

「ん?おお」

 

えーっと、卵にうどんにウイダーに冷えピタか。完全に病人介護の品揃えだな。

 

「んじゃ、行ってくるわ」

「お願いね。あたしは本部長のとこいって防衛任務別の部隊に入れてもらえるようにしてくるから。サッサン抜けたらハッチしかいないしそれじゃダメだろうからね」

「おう」

 

さて、行くか。

 

 

 

 

「あ、カマクラ預かっといてくれ」

「お、久しぶりのカマクラ」

 

カマクラはキャリーバックから出ると横山の足に擦り付き、その後に佐々木さんが寝てるベッドに飛び乗りそこで丸くなった。どうやらカマクラは俺以外の人間には懐いてるようだ。

 

解せぬ。

 

 

買い物を済ませて作戦室に戻る。

 

「おう横山、買ってきたぜ」

「サンキューハッチ」

「佐々木さんは?」

「寝てるよ。起きたらお粥作るよ」

 

佐々木さんを見るとぐっすり眠っていた。相当疲れが溜まってたのだろう。顔色は未だに悪い。

おでこには既に買ってきた冷えピタが貼られている。

 

「悪いことしたなぁ……」

「なーんでハッチが責任感じるのよ」

「いや、アレだ。多分夏休みの防衛任務の過密スケジュールも少なからず関係してんだろうなぁって思ったからよ……」

「………どうなんだろうね、あたしらはサッサンの大学生活がどんだけ忙しいのか知らないから」

「それに、雪ノ下姉は多分俺がいなかったら佐々木さんを有志に呼ぶことはできなかっただろうし、俺が相模をどうにかできれば……」

「あーはいはいもういいから。そういうなんでも自分のせいにするクセは治ってないのね。口に出すだけまだマシになったけど」

「………うるせ」

「はいはい。あ、そーだ。ハッチ、遥のとこいってきてくんない?」

 

綾辻のとこ?なんで?

 

「遥も最近働きづめでしょ?遥まで倒れるのはあたしとしても嫌だからさ、休むようハッチからも言ってやってよ。多分今は作戦室いるから」

「まぁいいけど……横山は言ったのか?」

「言ったけど、あたしが言うよりハッチが言う方があの子は聞くよ」

「なんで?」

「いいからさっさといけ」

「イエス、マム」

 

やっぱこいつ怖いわ。

 

 

嵐山隊作戦室

 

「ちわーっす」

「おっ、比企谷じゃないか」

「ども」

「あれ、八幡くん」

「よ、綾辻」

「どうも比企谷先輩」

「よう時枝。木虎も」

「どうも」

「ちょ⁈俺は⁈」

「ああ、いたのか佐鳥」

「ひどい⁈」

 

はて、何が酷いのか俺はわからないなぁ。

 

「どうしたの八幡くん、なんかうちに用でもあったっけ?」

「いや、まぁないんだが……」

 

さて、どうするかね。そのまんま横山と佐々木さんのこと引き合いに出しゃいいか。

 

「おっと本部長に呼ばれたな。木虎、充、賢、行くぞ」

「はい」

「了解」

「はーい」

「綾辻は比企谷の相手をしててくれ」

「え?ちょ……」

「じゃあ行ってくる!」

 

いい笑顔で親指を立てて顔の横に「♢」を出しながら嵐山さんとその他メンバーは出ていった。……なんだ?俺が来たのそんなに嫌だった?

 

「……もう」

「なんだ、あれ」

「さ、さぁ?」

 

なぜしどろもどろになる。

 

「で、どうしたの?」

「あーいや、最近綾辻働きづめだからちょっとでも休ませようかと…」

「心配してくれたんだ」

「横山がそんなこと言ってたからな。それに、綾辻にまで倒れられたらかなわん」

「までって………」

 

あ………まぁいいか。

 

「佐々木さんが過労で倒れたんだ」

「え⁈だ、大丈夫なの⁈」

「とりあえずな。ちょっと熱もあるが、今は横山が見ててくれてる」

「そっか……よかった」

「んで、綾辻も働きづめだから休ませようってことになったってわけだ」

「そっか……まぁでもそうかなー。最近ちょっと疲れてたし、働きづめなのは否定できないなぁ…」

「ま、そういうわけだ。綾辻も無理せずたまにはゆっくり休めよ。今日休日なんだし」

 

休む日と書いて休日だ。本来休日とは休むためにある。なのにみんな休日返上で仕事してる。その挙句佐々木さんはぶっ倒れる。やだ、社畜って怖い。

 

「じゃあその休憩に、八幡くんも付き合ってくれる?」

「は?」

「1人で休んでても楽しくないでしょ?休めって言った張本人なんだから、付き合ってくれるよね?」

「………」

 

これは、付き合わなきゃいけないやつだな。別に嫌じゃないのだが、佐々木さんがちょっと心配。まぁでも横山いるし大丈夫か。

 

「わーったよ」

 

ーーー

 

現在、売店でお菓子やらなんやらを買って、綾辻の淹れたお茶を飲みながら雑談している。

 

「そういえば」

「ん?」

「私に休めって言ったけど、そういう八幡くんは大丈夫なの?」

「問題ない。ちょっと疲れてたけど」

「本当に大丈夫?」

「あ、ああ」

 

近い近い近い近い。顔も距離も近い。昔っからこういうとこあるよな綾辻は!そういう行動が男に黒歴史を作るんだからやめなさい!

 

「なんだかんだで八幡くんも結構無理するからなぁ……」

「仕事の場合は話は別だけどな」

「ふふ、そうだね」

 

そう言いながら綾辻は売店で買ったグミを口に放り込んだ。

 

「昔から好きだよな」

「え⁈な、なにが⁈」

「グミ」

「あ、ああ。そうだね。だって美味しいじゃない」

昔から綾辻はグミを好んで食べてた。まぁ確かにうまい。

 

「でも女子って基本チョコが好きじゃん」

「そう、かなぁ?あーでもそうかもね。夏希とか特にそうだし」

「あいつは甘いもんならなんでもいいじゃねぇか」

「それは八幡くんもじゃない?」

「俺はマッカンが原点にして頂点だ」

 

異論は認めない。

 

「ふふ、八幡くんも昔から変わってないのね」

「ほっとけ」

 

マッカンは至高、それだけだ。

 

「あ、そうだ。この前ね…」

「ほう」

 

このまましばらく雑談に花を咲かせていた。

 

ーーー

 

気づけばかなり長い時間雑談していた。

 

「あ、もうこんな時間なんだ」

「仕事してる時とは違って、時が進むのは早いな」

「楽しいことしてると時間が早く感じるもんね」

「そうだな」

「………」

「どうした?顔赤いぞ?」

 

まさか綾辻まで風邪か?

 

「なーんでもない」

「………?」

(私といるの、楽しいんだ。嬉しいな)

 

なにこの子、反抗期?

 

「八幡くんそろそろ戻ったら?佐々木さんのこと心配でしょ?」

「そうだな、そろそろ戻るわ」

「いい気分転換になったわ。ありがとうね」

「別に問題ねーよ。こんくらいならまた付き合う」

「ほんと?じゃあまたそのうちお願いしようかな」

「ああ。じゃあな」

「うん、またね」

 

そうして俺は嵐山隊作戦室を後にした。

 

 

「うぃーす」

「あ、ハッチ帰ってきた」

 

作戦室に戻ると横山がカマクラをいじくりまわして遊んでた。

 

「佐々木さんは?」

「寝てる。もうちょっとしたら起きるかもね、だいぶ前に寝たから。次起きたらお粥作るわ」

「そうか」

 

と、そんな話をしていたら佐々木さんが起きてきた。

 

「お、噂をすれば」

「佐々木さん、大丈夫すか?」

「……ああ、比企谷くん。帰ってきてたんだ。うん、だいぶよくなったよ。心配かけてごめんね」

「いいっすよ」

「じゃあサッサンそこ座ってて。今お粥作るから。あ、うどんの方がいい?」

「じゃあどっちも」

「………食欲はあるのね。ハッチ、手伝って」

「はいよ」

 

ーーー

 

横山と共にキッチンへ向かい、お粥とうどんを作る。作戦室にキッチンがあるのはうちと加古隊のとこくらいだろうな。

足元ではカマクラがおこぼれをもらおうとうろついている。意地汚いやつめ、貴様にやるおこぼれはない。

 

「そーいやさ」

「ん?」

「なんでサッサンは姉ノ下さん嫌いなんだろうね」

 

姉ノ下……ああ、雪ノ下姉のことか。

 

「逆に好きになれるかあの人」

 

加古さんは例外として。

 

「まぁそうなんだけどさ、サッサンってそんなに人の好き嫌い激しくないじゃん?嫌いな人でも最低限の礼節はわきまえるし。姉ノ下さんサッサンの先輩でしょ?先輩相手にあそこまで毛嫌いオーラガンガンに出すのは珍しいなって」

 

確かに。

来馬さん、ゾエさんに並ぶ菩薩精神をもつ佐々木さんは人のことをあまり毛嫌いしない。それなのに雪ノ下姉にはあそこまで毛嫌いする。あの人があんなんで俺の中での印象が悪かったから気にしてなかったが、言われてみればその通りだった。

 

「後で聞いてみっか」

「そーね。よし、お粥できた。そっちは?」

「もうちょい」

「そ。お粥冷めちゃうから先に食べさせとくね」

「おう」

 

そうして横山はお粥持って佐々木さんの元へむかった。カマクラもそれについていく。

 

 

俺、飼い主としての威厳なさ過ぎじゃね?

 

 

「はい、どーぞ」

「ありがとう夏希ちゃん。比企谷くんも」

「いえ」

 

そう言うと佐々木さんは箸を持ち、手をあわせる。

 

「いただきます」

 

お粥とうどんを佐々木さんは食べ始めた。体調悪い割には食欲あるしかなり寝たおかげで大分回復したのかもしれない。かなりのハイペースで食べてるし。

 

「……ねぇサッサン」

「ん?」

「ちょっと聞いてもいい?」

「……モノにもよるけど、いいよ」

 

横山、あのことを聞くつもりか。

 

「なんで、姉ノ下さんのことあんなに嫌ってるの?」

 

佐々木さんの手が止まった。箸を置いて横山を見つめる。

 

「……どうして?」

「サッサンってあんまり人の好き嫌いしないじゃん。合わない人相手でも適当に流すようにして波風立てないようにしてるからさ、あんなに毛嫌いしてるなんて珍しいなって思ったから」

「………」

「あたしもあの人はいい印象なかったけどさ、サッサンがあそこまで言うってのが気になったの」

「それは、比企谷くんも?」

「ええ、まぁ」

 

佐々木さんがここまで嫌うというのはなんらかの理由があるはずだ。今後もあの大魔王と関わる可能性を考慮すると、何をされたか知っておき、より警戒を深めるのもいいだろう。

 

だが佐々木さんは顎を触りながらこう言った。

 

「……単純に、性格が合わなくてね」

 

嘘だ。それだけであそこまではならない。

 

そもそも顎触ってるし。(佐々木さんは何かを隠したり嘘ついたりする時に顎を触るクセがある)

 

「サッサン」

「ん?」

「あたしに嘘つくとはいい度胸ね?」

 

指の骨を鳴らしながら横山は満面の笑みを浮かべた。わー怖い。

 

「えっと、僕は嘘は……」

「サッサン、自分が嘘つくの下手なの知ってる?バレバレだから」

「…………」

 

やはり男は女に勝てないようだ。横山だけの可能性もあるけどね。

 

「言いたくないなら言いたくないって言えばいいのに」

「……うーん、言いたくないってわけじゃないんだけど……」

「じゃあなに?」

「………君たちを、巻き込みたくなくて」

「ふん!」

「ガッ!」

 

おお、横山の正拳突きが佐々木さんの顔に突き刺さった。痛そう。というか佐々木さん病人ですよわかってます?

 

「いっつ……」

「あたしらはあの大魔王にそんな深く関わるつもりはない。だからヘーキよ」

「………僕だって、深く関わるつもりはなかったんだ」

「え?」

「あの人は、関わるとロクなことにならないことがわかってた。だから僕は関わるつもりはなかったんだ。でも、目をつけられてね。それで……」

 

目をつけられた。

 

つまり目をつけられるかどうかが分水嶺だとしたら俺とかもう詰んでるんじゃないの?

 

「なにがあったんすか?」

「少し長いかもしれないけど、いい?」

「俺はいいですよ」

「あたしも」

「じゃあ話すよ。あれは僕が高1のころだった」

 

ーーー

 

回想

 

僕が総武高校に入学してから半年近く経ったくらいの時に、僕は目をつけられた。

 

 

 

昼休みにいつものように親友の永近英良と昼食を食べ、今は比企谷くんがベストプレイスと呼んでいる場所へと雑談しながら向かう。

すると昇降口あたりに人だかりができているのが見えた。

 

「ん?あれなんだ?」

「さぁ……」

 

どうやら誰かを中心にして人だかりができているようにみえる。その中心の人物は見覚えがあった。

 

「あ、アレ2年の雪ノ下先輩じゃね?」

「えっと、あのすごい美人だって話の?」

「そうそう!すっげー美人でスタイルもよくて成績も良くて運動もできるパーフェクトな人だって話だぜ?」

 

話だけなら本当に絵に描いたように完璧な人だ。

だが確かにわずかにみえる顔はとても整っていて街を歩けば誰もが振り返りそうなほどだ。

 

「ふーん」

「相変わらず佐々木は女子に対する興味が薄いよな〜」

「うーん、そうかな?」

「そうだよ。んにしても本当に美人だなー雪ノ下先輩」

「……珍しく『付き合いたい』って言わないんだね」

「ん?ああ、あの人の彼氏は絶対無理だわ」

「なんで?」

「なんとなーくな。釣り合わないってのを抜きにしても無理だわ」

「ふーん」

 

ヒデがこんなことを言うのは珍しい。普段なら『うおおおお付き合いてー!』って言うのに。

再び雪ノ下先輩に視線を戻す。

絶世の美女とはこのことを言うのだろうか。

そんなことを思いながらぼんやりと彼女の顔を眺めていると、不意に目が合った。

 

 

その瞬間、全身に悪寒が走った。

 

 

その合った目が、とても人のものには思えないほどドス黒いドロついたなにかを秘めた目をしていたからだ。

 

「……僕も、あの人の彼氏は向こうからお願いされても嫌だな」

「だろ?」

 

どうやらヒデも気づいていたらしい。ヒデは昔からこういうことには聡いから当然かもしれない。

 

そのまま僕らはその場を離れた。

 

 

 

その時、雪ノ下先輩が僕の後ろ姿を見て笑みを浮かべていたことを僕らは知らない。

 

 

放課後。

ヒデはすぐにサッカー部の練習へと向かった。僕は日直だったため仕事を終わらせるために少し残っていた。

 

そしてようやく仕事が終わる。

 

「僕も本部に行こうかな」

 

そう呟いた瞬間

 

「ねぇ君、ちょっといい?」

 

突然声をかけられた。

振り返ると、そこにいたのはあの雪ノ下先輩だった。

 

「えっと……」

「突然ごめんね?私は雪ノ下陽乃。2年生よ。あなたの名前は?」

「僕は、佐々木琲世です」

「琲世………ハイセくんね。よろしくね」

 

仕草の1つ1つに男心をくすぐるものがある。そこらへんの男子なら顔のニヤけが止まらないだろうな、とか思いつつ会話を進める。

 

「それで、僕にはどういったご用件で?」

「そうそう。君、今日昼休みに私のこと見てたよね?」

「不愉快でしたらもうしませんが……」

 

 

「どうして私と目が合った瞬間に逸らしたの?」

「…………」

 

………さすがにこの場であんな抽象的なことを言うわけにはいかなかった僕は何も言えなかった。

 

「多分、あなたは私のこの仮面のことを見抜いたのよね?」

「……」

「沈黙は肯定とみなすわね。うん、この学校で教師を含めて私のこの仮面を見抜いた数少ない人間よ。初見でしかもあの一瞬で見抜いたのは、多分もっと少ない」

 

それにはヒデも含まれてるのだろうか。

 

「それで、僕にどうしろと?」

 

仮面のことを言いふらすな、とか言われるのかな?

 

 

 

「あなた、私のモノになりなさい」

 

 

 

プロポーズされました。

 

ーーー

 

「へ?」

「だから、私のモノになりなさい」

「プロポーズならお断りですよ」

「あら、それもいいわね」

 

僕は嫌です。

 

「……どういう意味ですか?」

「あなたの事が気に入ったの。だから私のモノにしたい。それだけよ」

 

それだけとは一体なんなのだろう。

 

「お断りします。僕はそんな評価される人間ではありませんからね」

 

彼女の得体の知れない恐怖感から、少し素っ気ない言い方になってしまってかもしれない。でも仕方ないよね、怖いものは怖いし。

 

「そっかーなら仕方ないなー」

 

あれ、意外とすんなり諦めるんだ。

 

「私ねー、欲しいものは絶対手に入れたいんだ。どんな手を使ってもね」

「はぁ……」

「来週、また聞くわね。その時にまた答えをちょうだい」

 

僕の答えは決まっているけどね。

失礼します、とだけ言って部活へと向かおうとする。するとまた雪ノ下先輩が後ろから声をかけてくる。

 

「今週の君のクラスの動向に注意しててね」

 

その意味を理解することはその日はできなかった。

 

 

雪ノ下先輩からの謎のお誘いを受けてから数日、彼女が最後に言った言葉の意味をようやく理解した。

 

 

クラスの人気者だった子が急に最下位カーストへと落とされたのだ。

 

 

詳しくは全く知らないが、どうやら人間関係でなにか不祥事があったらしい。

おそらくこれは雪ノ下先輩が仕組んだことだろう。彼女には学校に教師を含め多数の信者がいる。これくらいのことはやろうと思えばできるのだろう。

 

つまり彼女が言いたいことは2つ。

この学校は全て自分の管理下にあるということ。

そして僕が雪ノ下先輩のモノにならないと僕がこうなるということだろう。

 

そして来たる日。

 

「それで、答えは出た?」

「はい。やっぱりお断りします」

「ふーん」

「僕はやっぱりそんな評価される人間ではありません。それに、僕はカースト最下位でも最悪生きていけますから。それに、遊び半分で人の立ち位置を変える人の元には行きたくありません」

 

僕は微笑みながらそう言った。

これで簡単に雪ノ下先輩が諦めてくれるとは思わない。でも言うべきことはしっかり言わないと丸め込まれてしまいそうだったからちゃんと言った。

 

「ふーん、じゃあしょうがないか」

 

あれ、案外あっさり諦めるのかな?

じゃあ僕帰っていいかな?じゃあ、とだけいい雪ノ下先輩の隣を通り過ぎる。

 

「じゃあ次は、永近くんにしようかな〜」

 

僕はバッと振り返った。

 

「今、なんと?」

「次は永近くんにしようかな〜って言っただけよ?」

 

クスクス笑いながらそう言った。

 

「何を、する気だ」

 

知らず知らずのうちに手に力が入る。冷や汗が背中を流れるのを感じた。

 

「別にーなにもー?ただハイセくんが私のモノになってくれなくてつまらないことになりそうだから暇つぶしに永近くんと遊ぼうかなーって」

 

それを聞いた瞬間僕は確信した。

 

この人は、ヒデを壊す気だ、と。

カーストを変えることくらい造作もなくやる人だ。人を壊すことくらい、やりかねない。

つまり、僕が彼女のものになるか、ヒデを壊されるか選べということだ。

 

「どうしたのハイセくん。行くんじゃないの?」

 

この人は本当に性格が悪い。

僕がヒデを守る為にこの人の元に下ることを、確信しているんだ。

 

「………」

 

ヒデは僕の親友だ。絶対に、失いたくない。

 

「………わかりました」

「ん?」

「……あなたの、モノになります」

「本当⁈きゃー嬉しいー!ありがとー!」

 

ゾワッ、と背筋に悪寒が走り抜けた。

 

 

この人は、バケモノだ。

 

 

僕はそう確信した。

 

 

「……それから、僕はあの人の道具として過ごしてきたんだ」

「………」

 

思ってたより、あの大魔王が大魔王しててビビってます。

え、なにあの人。学校のカーストもいじれるの?怖すぎ。

 

「なるほど、『人質』ってのはそういうことでしたか」

「うん。壊されたくなかったら従えってことだよ」

 

あの人そんなやばいやつなのかよ。

 

「僕は、正面切ってあの人から君達を守ることはできない。僕がなにをしても彼女はそれを乗り越えてくる。だからこうするしかなかったんだ」

「それでも、サッサンがここまで無理するのとは関係ないでしょ?」

「………それは」

「間違いないな」

「すいません」

 

それとこれは全く別物だ。俺らを少しでも楽にしたいって気持ちはありがたいが倒れられたらこっちが困る。もともと社畜みたいなのにさらに率先して社畜になりにいってるようなもんじゃねーか。

 

やだ、社畜って恐ろしい!

 

「まぁとりあえず姉ノ下さんの恐ろしさと手口はわかったし、できるだけ近づかないようにしよ。サッサンは早く食べちゃって」

「うん」

 

さて、今後どうするかね。

 

 

佐々木さんは食事を終えるとまた眠ってしまった。

 

「俺もそろそろ小町帰ってくる時間だし帰るわ」

「オッケー。あたしは今日は泊まるよ。サッサン心配だし」

「親には?」

「もう連絡した」

 

仕事が早いな。

 

「すまん横山、カマクラキャリーバッグに入れてくんね?」

 

俺だと抵抗されるから。

 

「ほい」

「はや」

 

なぜ俺だとあんなに抵抗するんだよ。飼い主なのに。

 

「んじゃな」

「うん、小町ちゃんによろしく」

 

そう言って俺は帰路についた。

 

 

 

 

また、面倒なことが起こる予感がした。

 

この予感は恐らくボーダー関連のことではない。ボーダー関連ではないとすると最近のことで起こりそうな面倒事は1つ。

 

文実だ。

 

その中での問題点が普通ならこの予感に直結しているはずだ。その問題点は挙げたらキリがないが、恐らく今回の佐々木さんと似たような事が起こる。そんな気がするのだ。

 

この場合誰か、そんなのは考えるまでもない。

 

よくよく考えたら、佐々木さんでも倒れるんだ。それに匹敵する量の仕事をこなしているんだ。

 

佐々木さんよりも全然体力のない雪ノ下が、どうなるか。多分あの堅物は今も仕事している。

 

つまり、俺の予感が正しければ雪ノ下が倒れる可能性があるということだ。迅さんの予言も、多分雪ノ下あたりだろう。

 

「月曜日、どうなってることやらねぇ……」

 

キャリーバッグの中でカマクラが鳴き俺の呟きに答えた。

 

 

 

 




サッサンがぶっ倒れましたね。本当は綾辻さんを倒れさせて八幡がキレるという展開も考えてましたが、綾辻さんを倒れさせるのにはとても抵抗があったのでサッサンに倒れてもらいました(笑)ごめんねサッサン

琲世「ひどい!」

ちなみに回想の時のハイセはまだ訓練生です。八幡もまだ入隊していません。


次回は八幡が世界を変えます(笑)

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