D×D magico 作:鎌鼬
「ーーー」
『ヒサメ!?まーーー』
その光景を見た瞬間に俺は動いた。ヴリトラが何かを言っていたが届かない。全力で地面を蹴り母さんに目が行っている三人の最後から飛び掛かる。
先に気付いたのは金髪と黒髪の後ろに立っていた白髪。俺に気がつき金髪と黒髪に向かって叫びながら飛び退く。それによって金髪と黒髪にも俺の存在がバレてしまい逃げられた。腹から刃物を生やして地面に突き刺し、それをブレーキ代わりにして母さんの目の前で止まる。
母さんは酷い状態だった。全身ボロボロで綺麗だった青い鱗は見る影も無い。足は折られて翼は皮一枚で繋がっているーーーだけど生きている。痛いのか時折上がる呻き声に俺は安堵した。
「■■■■■■!!」
「■■■!!」
「■■■■■■■■■!!」
三人が何やら喚いているが理解出来ない。理解したくも無い。
あの転生者らしき女の言葉からこいつらは母さんのことを悪だと決めつけてやって来た。
だったら殺す。
この世で得た新しい家族を、
ようやく得た唯一の肉親を、
俺が愛する家族を殺そうとするのなら、穢そうと言うのなら、生かしておく道理など
ーーーやれやれ、出番が来るのはもう少し先だと思ったんだがね。
その時に餓鬼道の覇道神の声が聞こえた。ヴリトラにも聞こえているらしく混乱しているがそんなことはどうでも良い。
「おい、あんた言ってたよな……餓鬼道の加護をくれてやるって、親愛の対象が危険に晒されていたらパワーアップ出来る祝福を与えるって」
ーーーあぁ言ったさ。その言葉に二言は無いぞ。
「だったら寄越せ。勝手に母さんのことを悪だと決めつけて正義に酔い痴れている阿呆共を殺せる力を寄越せ」
ーーー正義に酔い痴れている阿呆共?……ああ、ああ、そういうことね……良いだろう、俺は正義やら大義名分が無ければ動く事が出来ずにそれらに酔い痴れている阿呆共が心底嫌いなんだ。それに母親を亡くす悲しみは理解しているさ……
聞こえる声が僅かに暗くなる。そのことは気になるが言質は取れたし、どうやら覇道神はこの手の輩が嫌いの様だな。
ーーー行くぞ、
「ハッ!!今更なんだよ。
ーーー上々だ、なら受け取れ。俺からの祝福だ。
「ーーー
口が動き祝詞が紡がれる。これは餓鬼道の赤子である俺だけに許された呪詛だ。
「
俺はお前たちを愛している。だからお前たちを殺そうと、穢そうとするものを許せない。故に滅尽滅相、我が親愛なる者らを脅かした貴様らを細胞の一変たりともこの世から消し去ってやるという滅殺の誓い。
「
これは間違いか?あぁ間違いなのだろう。いくら大切なのだとは言っても悪行を犯してまで守る意味があるのか?意味など無い、守りたいから守るのだ。愛する者らが穢されるくらいなら己が穢れよう。
なんと傲慢な願いか。だけどそれは美しい願いだ。そして俺もそれを美しいと感じている。
「
ならば、躊躇う道理など俺の中には存在しない。
「ここに誓おうーーー滅尽滅相だ。酔い痴れる正義共、欠片も残さず滅殺してやる」
(あぁ……)
ティアマットは漂っていた。突然現れた三人の人間に襲われて致命傷を負った。最近は大人しかったとは言え昔は好き勝手に暴れ回っていたのだ。そのツケが回ってきたのだろう。ティアマットは倒されたことには何の恨みも持っていなかった。彼女の心中にあるのは愛しの我が子の、ヒサメの事だけだ。
過去にヒサメの父親である堕天使と人間のハーフのピースと出会い、戦い、自らが傷つこうとも、蔑まれようとも、誰も殺さない不殺の誓いを貫くその生き様に惚れた。その想いを告げた時にはピースはタジタジだったが粘り強く付き合っている内にピースの方もティアマットに気があった事が発覚し二人は結婚したのだ。
その祝いの席でティアマットの盟友と、ピースの父親である堕天使が一悶着を起こしたりしたが今となっては笑い話でしか無かった。
そしてピースは助けた相手に背後から刺されて死んだ。
その訃報を聞いた時にティアマットは嘆き、悲しみ、ピースの後を追う事も考えたが自分とピースの子供である卵を見てその考えを捨てた。その卵から生まれたのがヒサメである。
ティアマットはヒサメに自分が出来る限りでの愛情を注いだ。ヒサメもそれに応える様に健やかに成長してくれた。転生者であると分かった時には驚きはしたがそれでも愛する我が子であることには変わり無かった。
(アジュカ……親父殿……気づいてくれよ……)
自分は死ぬと思っていたから、盟友であるアジュカとピースの父親である義理の父にヒサメのことを任せて死の瞬間をティアマットは待っていた。
ーーー良いのかい?そんな簡単に逝っちゃって?
そんなティアマットの耳に、聞こえるはずのない声が届く。聞き覚えの無い声にティアマットは億劫そうに目を開いて声の主を視界に入れる。
声の主は黒いコートを着た男性。人を小馬鹿にする様な笑みを浮かべながら男性はティアマットのことを見ていた。
(なんだ……私は助からないんだ……)
いくら龍の生命力は強くても限度はある。今回の傷はその限度を超えていることをティアマットは理解していたのだ。だから死を覚悟している。
だが、その覚悟は男性の言葉を聞いて吹き飛ばされることになる。
ーーーねぇ御宅のお子さん、虐められてるよ?
「ーーーおい、今、なんと言ったのだ?」
虐められてる?私の子供が?信じがたい事を告げられたティアマットの中には死の覚悟など微塵も残っていなかった。
ーーー御宅のお子さん虐められてるって言ったのさ?聞こえなかったのか?
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!なんであの子が虐められているのだ?どうしてあの子が!!優しい子なのだ愛しい子なのだ!!大切な家族なのにどうしてどうしてどうしてぇぇぇぇぇ!!!!」
ーーー偶にいやがるんだよねぇあぁいう輩が。与えられた力に自分は特別なんだと酔い痴れて周りの迷惑考えないで良い気分になってる馬鹿が。そいつらからしたら御宅のお子さんみたいな小さい奴なんて丁度いい遊び道具にしかならねぇんだよ。
「ーーー許さない」
男性の言葉を聞いてティアマットから零れたのは許せないという一言だけ。しかしその声色はどれだけ他者の感情に鈍い者が聞いても分かるほどに憤怒を孕んでいた。それを聞いて、男性は満足そうに笑う。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない…………!!!!」
許さないと壊れたラジオの様に繰り返すティアマットに男性はある方向を指差した。そこには全身から黒炎に包まれた刃を生やして三人の人間相手に立ち回っているヒサメの姿が見える。
「よくも……よくもぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!!!」
ティアマットはその光景目掛けて全力で駈け出す。その目には男性の姿など映っていない。ティアマットの中にあるのはヒサメが虐げられているといあ事実だけ。愛しの我が子を守る為に、ティアマットは無意識の内に邪神からの加護を受けていた。
ティアマットの意識が現実に戻る。全身に激痛が走り危険信号を発している。
それをねじ伏せて、ティアマットは叫んだ。
「よくもアタシとピースの子供に……!!手を挙げたなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
ティアマット、親愛を謳う餓鬼道の赤子としての覚醒の瞬間である。
〜転生者三人
言葉が出ていないのは仕様。三人称なら書くけどブチ切れているヒサメの視点では理解する事を拒んでいるから理解できない。
〜餓鬼道様は正義がお嫌い
餓鬼道様は正義そのものが嫌いなのでは無く、確固たる物を持たない軽い正義がお嫌い。餓鬼道様曰く、正義や大義名分を逃げ道にするな、如何なる悪行を背負おうとも貫く己の誓いを持て、だそうです。
〜下劣畜生邪見即正の道理
餓鬼道の赤子として覚醒したヒサメが歌った餓鬼道を奉る祝詞にして呪詛。餓鬼道様の納める餓鬼道の世界では間違いなく祝いの言葉になるのだが外の世界からすれば餓鬼道様は邪神の扱いなので呪いの言葉でもある。なお、詠唱が変更されているのは仕様です。
〜ティアマット煽り
餓鬼道様によるティアマット煽り。煽ることで死に向かっていた彼女の魂を蘇らせて、餓鬼道の赤子に仕立て上げた。作者イメージは不能聖者によるヤンデレ姉煽り。
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