D×D magico 作:鎌鼬
不意に肌寒さを感じて甘粕は目を覚ました。春とは言えど、夜明け時はまだ冷えるらしく、毛布一枚では凌ぎきれなかった様だ。寒さが原因で甘粕は目を覚ましーーー勢い良く跳ね起きる。
「ーーー何故、俺は生きている?」
甘粕は覚えている、あのカラワーナと名乗る女性に敗れて心臓を貫かれて死んだ事を。戦闘と呼べるものでは無くてただの蹂躙としか呼べなかった。やる事なす事がすべて通じない。前世で魔王と呼ばれる様になってからも味わった事の無い圧倒的なまでの敗北だった。
「ーーークハッ」
その敗北を思い出して甘粕は獰猛な笑みを浮かべる。転生してから大人しくなったとはいえ、甘粕は困難を好んでいる。それが強大であればある程に燃える質なのだ。
ひとまず状況を把握する為に起きようとして自分が上半身裸で見覚えのある部屋のソファーに寝かされていた事を知る。ここは駒王学園の生徒会室だった。頻繁に出入りをしているので見間違うはずが無い。
そしてーーー甘粕の脚の辺りには仁村がソファーに頭を乗せ、床に膝を着けながら眠っていた。恐らくは甘粕の事を看病していて疲れて眠ってしまったのだろうと予想をする。甘粕は起こさぬ様に静かにソファーから抜け出し、代わりに仁村をそこに寝かせた。
身体を確かめてみるがカラワーナとの戦闘でついた傷は跡形も無く消えていた。砕けたはずの拳や脚も、貫かれたはずの胸も無傷のまま。軽く身体を動かしてもおかしなところは無く、逆に好調なくらいだ。
そんな時、甘粕の視界の端に姿見が映る。生徒会長の蒼那が生徒会の役員たちの身嗜みを整える為にと自費で購入した物だ。そんな経緯のある姿見の前に甘粕は立ちーーー迷わずポージングをとった。服を着ていたら細く見える甘粕ではあるが、それでも痩せているというわけでは無い。服の下にあるのは必要な筋肉だけを鍛えて作り出された実践的な身体。ボディービルダーの様な迫力こそ無いが美術館に保管されている銅像のような美しさを感じさせる。
「うぃーす、留流子〜、甘粕先輩は……」
そこに、生徒会書紀で甘粕とも面識のある匙が現れた。恐らく甘粕の事を看病していた仁村の様子でも見に来たのだろう。その筈なのに部屋の中にいるのは姿見の前でポーズをしている半裸の甘粕。
「……」
「……」
生徒会室の中を沈黙が支配する。無駄に甘粕の笑顔が良いのが腹が立つ。現状を受け入れることが出来たのか匙は深呼吸をしてーーー迷う事無く上着を脱いだ。そして甘粕と同じ様にポーズをとる。匙の筋肉もそれは見事なものだった。トレーニングで鍛えたのでは無く、実戦の中で自然に育てられた身体。甘粕の筋肉を銅像と称するのなら匙の筋肉は野生と呼べた。
「……」
「……」
そして二人は無言で握手を交わした。言葉など要らない、良くぞここまで育てたと称賛し合う。
生徒会室の外では二年生の由良翼紗が血塗れで倒れ、手元には血で『marvelous』と綴られていたそうな。
「ーーー甘粕さん、どこか身体に不調は感じられませんか?」
「あぁ、問題無い。それどころか良いくらいだ」
「本当ですか?痩せ我慢とかじゃ無いですよね?」
それからしばらく時間が経ち、蒼那や匙をはじめとした駒王学園生徒会のメンバー全員が生徒会室に集合した。
支取蒼那、真羅椿姫、匙元士郎、由良翼紗、巡巴柄、花戒桃、草下憐耶、仁村留流子、以上八名が駒王学園生徒会のメンバーである。
蒼那の背後で控えている彼らの中で由良だけが鼻にティッシュを詰めていたが触れてはいけない事なのだろうと思って無視をした。
「さて……どこから話せば良いのか……」
「なら俺に何をしたのか、それを教えてくれ。あの時俺は間違いなく心臓を貫かれて死んだはず、それなのに生きている。仮死状態であったのなら悪魔の魔法とやらで治す事が出来ただろうが完全に死んでいたらそれも出来ないはずだ」
甘粕は悪魔の知識に関しても蒼那経由で教わっていたので知っていた。魔法とはRPGによるあるそれと同じ物だと思えば良い。魔力を使って炎を起こしたり、水を出したり、風を吹かせたりなど出来るそれだ。それを使えば傷の治療も出来なくは無いのだが死んでいたはずの甘粕を蘇生させるのは魔法では不可能なはずだ。
「えぇ、確かに魔法では死者の蘇生は出来ません……ですから、これを使いました」
蒼那が取り出したのは甘粕も見た事のあるチェスの駒。だがその駒は普通の駒とはどこか違う雰囲気を放っていた。
「この駒は
「……つまり、俺は悪魔になったと?」
「その通りです」
そう言うと蒼那は席を立ち、床に膝を着いて頭を下げた。誰もが知っているそれは土下座だった。
「貴方を助けるためとはいえ人間を辞めさせてしまった事をこの程度の事で許されるとは思っていません。 ですが甘粕さんが殺された事、同意無く甘粕さんを悪魔にへと転生させた事、そのすべての非は私にあります。本当に……ごめんなさい……!!」
ゴンゴンと、床に額をぶつけながら蒼那は甘粕に謝っていた。許されるわけがないと分かっていながら真面目な彼女は謝る事を選んだ。甘粕の申し訳なさからか、最後の方の言葉は涙声になっている。
甘粕は人間から悪魔になってしまった自分の手を見つめ、ゆっくりと視線を土下座をしている蒼那にへと移した。
「……頭を上げろ、支取」
落ち着いた声色で、甘粕はそう言った。そこには怒りや憎しみなどの負の感情は一切感じられない。それに従い蒼那が顔を上げる。額は床にぶつけたせいで赤くなり、鼻水と涙まで汚れてしまっている。
「俺はお前たちを憎みなどしないさ。支取は俺を悪魔に転生させることが最善だと判断したのだろう?その結果俺はこうして生きている。なら感謝こそすれど憎む理由など無い」
「でも……でも……!!」
蒼那は知っている。甘粕は人間を愛し、人間であることに誇りを持っていると。
悪魔の仕事で甘粕とチェスをしていた時に蒼那は話の話題としてもしも悪魔になれるとしたらなりたいかを聞いた事がある。そして甘粕はその問いに対して迷う事無く否と答えた。
『確かに人間は悪魔たち人外に比べれば脆弱な種族かもしれんな。だが、例え弱いとしても、諦めを拒絶して前へと歩く事ができる強さがあるのだ。そんな人間の事を俺は愛しているし、そんな人間でありたいと常々思っているさ。あぁ、俺は人間として生まれてきたとこを誇りに思っている』
その甘粕の言葉を聞いて蒼那は甘粕を眷属に誘うことを諦めた。彼が心から人間を愛していて、人間である事に誇りを抱いている彼を悪魔にするなど彼女には出来なかったから。
だというのに、非常事態だったとはいえ甘粕を悪魔にしてしまった。その事実が、蒼那にとって何より重かった。
「確かに、人間を辞めてしまったことは惜しいとは思う。だが、これはこれで良かったかもしれん」
「ーーーえ?」
「悪魔になったということはそれだけ長く生きれるという事なのだろう?つまりはそれだけ長く人々の輝きを見届けられるという事!!あぁ素晴らしい、素晴らしいぞ!!ヒャッホォイ!!!!」
予想もしない言葉を言いながらはしゃいでいる甘粕に蒼那は呆気に取られる。そんな彼女に匙が肩に手を置きながらハンカチを差し出した。
「会長、これで顔拭いてください……会長も知ってると思いますけど甘粕先輩って基本馬鹿なんすよ。目の前の現実を逸らさずに見て前を向く……そんな人が会長のした事を怒るなんてありえませんよ」
「……あぁ、そうでしたね」
匙にそう言われて蒼那は甘粕がどんな人間だったのかを思い出した。甘粕はひたすらに高みを目指す求道者、困難を前にして嬉々として挑み、他の人にもそうであって欲しいと願っている。そんな彼が高々悪魔になった程度の事で怒り狂うなどありえない。それどころか自分を助けてくれた事に感謝するだろう。事実、甘粕は蒼那の事を憎んでいないのだから。
その事を思い出して可笑しいのか笑う蒼那の顔を見て匙は照れたのか、はしゃいでいる甘粕の腹にボディーブローを決めている仁村の方に視線を向けた。