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「記憶が戻った」
「目の前で見てたのにわからないとでも思ったの?」
音無君のボディブローが入った。
最近みんな俺に容赦なさすぎない?
処す? 処す?
「まぁお前の記憶よりはマシだったけど、それでも胸糞悪いもんだった」
「仕方ないよね。だからここに来てるんだし」
音無君に珍しく俺がコーヒーを奢ってあげると、それを放り投げる。
とった音無君がプシューと言う音を立てて開いた缶を見て、ギョッとしたような顔で俺を見る。
炭酸コーヒーと言う素晴らしい商品を見つけてしまったのが悪い。
「お前が飲めよ」
「人が奢ってあげたんだからキチンと飲みなさい」
何その理不尽と呟きながらも、音無君はそれに口を付ける。
なるほど。チャレンジャーだな。
「意外と行ける」
「音無君は新しい扉を開いちゃったんだね」
音無君が投球フォームに入ったので、ステイと言って止まってもらう。
流石にそれは死ぬ。
「やめてくれ音無君。その技は俺に効く」
「ならやる」
ちょっとそこは考えてよーと思いながら、ひょいっと音無君が投げつけてきた炭酸コーヒーを避けると、炭酸コーヒーは床にぶちまけられる。
ここは教師の通り道なので、後で音無君は怒られることになるだろう。
なんだかんだ雑巾を持ってきて拭く音無君はいい子である。
何故やったし。
「働くがいい!」
「お前次は当てるからな」
「ごめん」
最近調子乗りすぎた気がしてきた。
ただそれでも何が嬉しいかといえば、音無君が記憶を取り戻したことにより、周りへの信頼感を覚えたことだと思う。
なんだかんだ言って、自分だけ周りの思いが理解できないって感じだったし、こうなれば戦線の思いに納得してくれる部分も出てくるはずだ。
最近タッチーと一緒に色々と、周りに幸せを知ってほしいと言う考えを持っている音無君が、記憶を取り戻し苦しみを知ったことでどうするかは疑問に思うところでもある。
少なくとも、タッチーを裏切るようなことはして欲しくない。
「というわけで多々。俺はどっちに行くべきなんだろうな。痛みを知った。だからお前達が神に抗いたいって気持ちも、わからなくないんだ」
「だけどタッチーの様な、だからこそ幸せを知ってほしいって願いもわからなくないんでしょ?」
難しいよねと返しながら、今回は考えることが多いなぁと思う。
考えることが多いってことはつまり、自分達がどうにかしなきゃいけないことが多いってことで。
停滞をやめたことによる弊害っちゃ弊害だった。
でも俺はこれを悪いことだと思わないし、いつか来るはずだったものが先に来た程度にしか思ってない。
そうしないと、やっていけないと思うし。
「そうだな。正直迷ってる」
「難しいところだよね。それは音無君が決めることであって俺が決めることではないのだけれども、友人として一つアドバイスをするならば、君がそれをやってどう思うかを考えるべきだ。例えばタッチーと協力して俺達の思いを知って、君がどうしたいかだ」
「俺が、どうしたいか……」
俺達を救いたいと思うもよし。
俺達と一緒に戦いたいと思うもよし。
どちらを願うにしても、俺達はそれを歓迎するだろう。
「ただ気をつけてね。この世界は確かに永遠にある。一度間違えても、何度でもやり直せる世界だ。だけど――人間関係だけは間違えれば永遠だ」
もしも彼が説得に失敗すれば、一生彼は苦しみ続けるだろう。
何故なら思いは永遠に続くのだから。
「俺は、間違えられないところに来てるんだな」
「そうだよ」
一歩間違えれば永遠に戻れない。
そんな分岐点に彼はいるのだ。
だからこそ、音無君には間違えて欲しくない。
「すぐに決めなくてもいい。ゆっくり考えればいいよ。自分が何をしたいかを」
そう告げると音無君はありがとなと返して、去っていった。
……そうだ。人間関係だけはこの世界で絶対に間違えることができない、究極の選択だ。
「だから間違えられないんだよ、日向君」
ゆっくりと物陰から出てきた日向君が、バレてたかと声をかけてきた。
わざとわかるようにしていたようにも思えたけれど、そんなことは気が付いていないだろう。
「俺は間違えたくない。だからこそ、停滞を望んでいた。でもそれじゃいけないって気がついた。……はずだったのに」
停滞を望んでしまった。
このまま時間が止まってしまえばいいと。
そんなこと、望んではいけないとわかっていたはずなのに。
「俺は、進みたいんだ」
永遠の世界ですら、全てのことが永遠に続くとは限らない。
いつゆいにゃんの願いが叶うかわからないし、それが実は直ぐかも知れない。
いつ終わっても不思議じゃないんだ。
そうすればゆいにゃんがここに戻ってくる確率は、それこそほぼありえない。
「俺の気持ちがどうであれ、この世界には去る時があって、全てが過去になっていく。終わった記憶は、もう戻らない」
日向君が拳に籠める力が膨れ上がる。
それは自分に対する、怒りだ。
進みたいと願っているはずなのに、停滞を選んでしまう自分への怒り。
「どれだけ楽しい時間でも、終わらないものなんて無いんだから」
俺は日向君の独白を聞き終えた。
これを思えるだけでも、日向君にとっては成長なのだろう。
理解なのだろう。
事実すごいと思ったし、流石は日向君そこまでたどり着くなんてと思った。
だからこそ、その全てが悲しく思えた。
「時よ止まれ、汝は美しい。かつてファウストと言う男が、メフィストに魂を与える時の言葉だよ。実際はメフィストは魂を奪わなかったんだけど、若返った彼がその言葉を言ったのは、人々の為に仕事をする喜びを感じたからだ。日向君はこれによく似ているよね」
永遠の命を与えられ、自分の夢を叶えれば命が終わる。
つまり魂を持っていかれる。
「彼の様に、今の君は喜びを感じているかい? あぁ、この世界で俺はこんなに素晴らしいことを出来たんだって、満足して逝けるかい?」
日向君は首を横に振った。
素晴らしい仲間に出会えた。
それだけでも素晴らしいことだ。
でも自分が何をできたかと問われれば、停滞していただけだと答える他ない。
いや実際はそうではないのかもしれないけれど、思考の狭まっている日向君はきっと停滞にしか気がつかない。
「甘えるなよ。君はまだやるべきことがある。ここで諦めていていいはずがない」
きっと、なすべきことは俺にもある。
まだ俺も何も出来ていない。
だから俺にそれを相談するのは、お門違いだ。
相談に乗ってあげたいし、背中を押してあげたい。
でも、背中を押すだけが友達じゃないはずだ。
「俺はやるよ多々。絶対に、停滞だけじゃ終わらない」
停滞が愛おしかったことは認めるけどなと言いながら、日向君は去っていった。
去っていった日向君を見ながら、俺はため息を吐いてから若干の笑みを浮かべる。
「それなんて藤井蓮?」
しおりと合流した俺は、ガルデモの曲を聞きながら思う。
久しぶりに、曲のテンポが取れてないなって。
「はいストップ。ちょっと休憩いれようか」
ひさ子ちゃんが無理矢理連れてきたのは悪いと思うけれど、これはひどいなと改めて実感する。
完全にテンポに乗れていないゆいにゃんが、ガルデモ全体の足を引っ張っていた。
これには連れてきたひさ子ちゃんもバツが悪そうだし、わざわざ見に来てくれたまさみちゃんも悩ましげだ。
「すみません。やっぱり帰ってもいいですか?」
「ダメ」
だけど帰ろうとするゆいにゃんは、しおりに止められる。
しおり超スパルタと思いながらも、その本質にゆいにゃんに対する熱い思いがあることを理解しているから何も言わない。
これはしおりなりのゆいにゃんに対する愛のムチなのだ。
「でもこんなんじゃ練習にならないじゃないですか!」
「練習にならないのはゆいにゃんが集中しないからだよ。キチンと集中して」
バチバチと火花が散りそうな程ぶつかり合うしおりとゆいにゃん。
流石の俺も大丈夫かなと不安に思うレベルで、チラチラとひさ子ちゃんが助け舟を俺に求めているレベルだ。
いつも殴られてるから無視するけど。
「だって……!」
「だってじゃないの。いい? 今ここにいるのはガルデモのメンバー。ガルデモは戦線の補給の要なんだよ? ゆいにゃんは望んでこのガルデモに入ったの。なら練習。それが第一」
実際しおりは俺と付き合い始めても、ガルデモの練習をサボったことなんてない。
絶対に練習には参加していたし、練習を減らそうと言う意見すら出したことがない。
「私はちょっとしかベースが出来ないのにこのガルデモに入ったせいで、すごい苦労した。みゆきちもそう。このガルデモは私達の努力の結晶なの。ひさ子さんも岩沢さんも、ずっと練習してきたんだよ? ゆいはそこに少ない練習時間でも、追いつかなきゃいけないの」
それがガルデモだから。
そう言う言葉に、ゆいにゃんは若干涙を浮かべながらも唇を噛み締める。
「なら――!」
「なら辞めるとか、別の人にすればいいじゃないですかとか言ったら、本気で殴るから」
しおりはその先を言わせなかった。
どちらを言おうとしていたのかはわからないけれど、しおりの気持ちもわからなくないから黙る。
「ゆいが気がついているかわからないけれど、ゆいはガルデモに入ることを選んだの。推薦もあったかもしれないけれど、入ると決めたのはゆいでしょ? それは一歩踏み出すことなの。停滞から一歩出る行為なの。もう二度と戻れないの」
選択した。
それは今日向君と音無君が悩んでいることであり、出来ていないことである。
その選択を無意識とは言え、ゆいにゃんはしたのだ。
夢に向けて一歩踏み出したのだ。
だから、あとは前を見るしかない。
「やめて満足? ほかの人がそこにいて満足? ガルデモはそんなに甘くない。頑張って頑張って頑張って、漸くここにたどり着いた人達が何人いると思う? ガルデモを侮辱しないで」
楽なだけとか、楽しいだけとか、そう言うのもいいかもしれない。
でもガルデモはただのバンドじゃなくて、人を惹きつけなきゃいけないバンドだ。
NPC達の心を掴まなきゃいけないバンドだ。
だから、ガルデモの問題はガルデモだけでは済まない。
「ッ――!」
飛び出したゆいにゃんを、ひさ子ちゃんとまさみちゃんが追いかける。
俺は追いかけずに、立っているしおりを見ていた。
「しおりん……」
「ごめんねみゆきち。らしくなかったよね」
「ううん。私も、同じ気持ちだったから」
まさみちゃんとひさ子ちゃんは、所謂天才タイプだ。
最初から上手かったとは言わないけれど、努力が確実に実っていくタイプだ。
一方でみゆきちちゃんやしおりは、努力が確実に実るタイプじゃない。
何年もかけて必死に努力して、それで漸く二人に認められる程になって、ガルデモと言うグループを立ち上げたんだ。
きっとみゆきちちゃんやしおりには、ガルデモに対する生半可じゃない思いがある。
だからこそ、ガルデモが結成する前じゃなく後に入ったゆいにゃんのことを一番気遣っていた。
だからこそ、ゆいにゃんがどれほど難しい道を歩まなきゃいけないのかわかっていた。
「難しいよね。気持ちって」
素直にそう言うしかない。
「うん。難しいね。タッ君、私はあれであってたのかな?」
「あってたかどうかはわからない。それを判断するのはゆいにゃんと、しおりが決めることだから」
ガルデモと言う停滞していた別の一部も、動き始めた。
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今回はファウストや藤井蓮君っぽくなりました(๑≧౪≦)てへぺろ