心地よさそうではないな。
夢を見ているであろうその男を前にして、僕は立っていた。
死んだ世界戦線と自らを呼んでいた奴らは、全員で反乱分子となった遊佐の鎮圧に向かっている。
本当に偶然だと言うのかと思うほど整備されているこの状況に、僕は目の前の男――雨野多々に対する恐怖を覚えてやまない。
全てを。予測していた。
予言や預言と言った類のものではなく、恐らくなるだろうという曖昧なものではあったが。
それでも彼がいつかこう言う自体が起こるだろうと予測していたことに、恐怖以外の何を覚えろというのだろうか?
まるでこの男の手のひらの上で踊らされているかの様だった。
「誰も悪くなくて、普通なら当たり前で、当たり前過ぎた故に起きたことか」
そう、僕はこれを評価している。
誰が悪かったわけでもなく、普通だったからこそ起こった事実。
そこに僕は、悪意を注入する。
「……はぁ。目が覚めていることに気づかれちゃってたか」
「その通りだ。【雨野多々】」
僕――直井文人はそう答えた。
何時もとは違う気だるそうな雰囲気に、濁ったような目。
恐らくこの世界で唯一僕だけが知っているその真実。
「――雨野多々に催眠術は通用しない」
雨野多々、と言うのは何時も僕のことをダークネス・ルシファーだの好き勝手に呼んでくれている方だ。
では目の前の【雨野多々】は誰なのか?
答えは単純に、NPCとしての雨野多々だ。
「その理由は彼が催眠術にかかった場合、すぐにそれを君が乗り移り人格を移してしまうからだ。催眠術にかかっていた人格Aが一度人格Bに入れ替わることによって、その後すぐに人格Aに戻すと人格Aは催眠をかけられていない状況になってしまう」
「それが俺がお前に教えた多重人格者に催眠術が通用しない理由だったな」
【雨野多々】。またの名を
それが憑依される以前のNPCとして存在していた彼の名前。
「わかっている。僕に催眠術を教えたのは貴様だからな」
トラウマが離れなくて陶器を見てしまうと吐いてしまう僕に、彼は催眠療法を提案した。
そして彼は催眠療法を使い、僕のトラウマに干渉し和らげた。
トラウマが和らいだことにより僕は自力でトラウマと立ち向かい、見事乗り越えることに成功した。
しかし彼は消えた。
「NPCに憑依してしまったって言い方は実は正しくない。俺が雨野多々に憑依した」
「だからこそ貴様の肉体は風化し、消滅した。僕のタダ一人の親友だった君は」
雨野多々が悪かったわけでも、天乃夕緒が悪かったわけでも、誰が悪かったわけでもない。
少し前に起こった、どうしようもない事態。
そしてそれをきっかけとして、僕は神になることを望んだ。
「雨野多々を救済する」
それだけだ。
もし僕が神だったならば、雨野多々に催眠術をかけることによって救済できたはずなんだ。
僕は親友を失わず、親友もまた肉体を失わずに済んだ。
生徒会長が存在しない今代理生徒会長は僕だ。
ギルド、と呼ばれる場所の入口は全て封鎖し、生徒会長として全校生徒を招集して催眠にかける。
死んだ世界戦線と呼ばれるメンバー全員も、催眠術による幸福感によって消滅させる。
それ以外の方法だってある。
死んだ世界戦線と共同戦線を張り天使を撲滅し、神への挑戦権を手に入れる。
この世界全てを散策し、人の塔を立ててあの壁の向こう側へ向かう。
方法なら幾らでもある。
それに抗う権利も、死んだ者達は持っている。
そうなれば戦うしかないだろう。
「この世界最強は紛れもない夕緒。貴様だ」
「そんなこと言っちゃって。全く俺も信頼されたもんだぜ」
立ち上がった夕緒に、刀を与える。
白く輝く白銀の刀身は名を【
僕と彼で校内を探検した時に見つけた、彼曰く銘刀らしい。
NPCとは見れないその頭の構造は、僕をしても疑問は残るが仕方がない。
疑問とは解消するものだけとは限らないのだ。
そのままにしておいた方がいいものだってある。
「それじゃあ俺は動き出すとすっか。取り敢えず、言うこと聞かない奴らぶった切ればいいんだろ?」
「あぁ。ただし、相手を間違えるなよ?」
「わーってるよ。口出しすんなや」
漸く元の夕緒の口調に戻ってきたことを確認しながら、その体の奥に押し込んである多々のことを考える。
あいつは何時も僕を馬鹿にしているかの様な口調だった。
それがウザイと感じたことは何度もあったが、昔の夕緒を思い出してふと楽しくなったこともある。
奴自体、気が付いていたのかもしれないな。
俺がお前に憑依しているNPCの親友だったのだと。
まぁ希望的観測でしかないが、それでも考えたっていいだろう?
僕にとってある意味、夕緒も多々も変わらなかったんだから。
「……まぁ、今更言っても意味ないか」
「何か言ったか?」
「いや、何でもない」
僕達は動くだけだ。
誰もが幸せになる未来を目指して、今幸せになれる者達を潰す為に。
SIDE:高松
――遊佐さん。
私の好きな人であり、暴走してしまった少女。
彼女のことを反乱を起こしたと呼びつつも、あくまで組織として敵対しているだけです。
思っていることは全員同じ。彼女を助けたいと言うたった一つの思い。
その中でも最も私がそれを望んでいると、自信を持っていうことができます。
これも全て、多々さんから教えていただいたもの。
本人は私が気づいただけだと言っているけれども、それでも彼がそのヒントをくれたことには変わりない。
だからこそ、これは多々さんに対する贖罪だとも思っている。
私は持っている拳銃を握る力を強めながら、ギルドへの道のりを進んでいた。
何処にいるかも分からず、足を止めないといけない為トラップは作動したまま。
なので幾つかの小隊に分け、先を進むことになった。
フォーマンセル。その内の一つが、私が率いているこのチームです。
一人が関根さん。
一人が音無さん。
一人が天使。
何故私がここにと思うかもしれませんが、ゆりっぺさん曰く一番出会う確率が高いのが私だから、だそうです。
交渉役としての関根さん、そして迎撃役としての天使さん、いざという時関根さんを守る事ができる可能性が高い音無さん。
音無さんは以前のギルド降下作戦でも生き残っていたのでかなり妥当かと。
「それで高松、俺達は何処に向かってるんだ?」
「オールドギルドと呼ばれている場所です。かつて武器はそこで作られていましたからね」
何故オールドギルドかと言われてしまえば、勘としか答えられない。
ただ今回はその勘を信じてくれたゆりっぺさんと、本当に私が原因ならば私が考える場所にいるだろうと言う可能性があります。
ならば私は私を信じてくれるその人達を信じるしかない。
「それにしても今回のこと、本当に遊佐が一人で全部起こしたのか?」
「いえ。恐らくと言うよりも、本当のところは誰が悪いわけでもありません。あくまで実行してしまった遊佐さんを敵とみなすことによって、組織を纏めているに過ぎません」
「それって! 要は遊佐に全ての責任を押し付けてるようじゃねぇか!」
「現に押し付けているんです」
あくまで冷静を装って、私はそう告げた。
そう。今回のことは誰も悪くない。
私は私が悪いと言いたくなってしまうけれど、それは遊佐さんへの裏切りだ。
私が遊佐さんのことを好きにならなければ良かった。そんなことは許されない。
「わからないのですか? 誰かが責任を取らなければならないんです」
起こってしまった以上、誰かに責任を求めなければならない。
その最も求めやすい場所に、遊佐さんがいたというだけだ。
「それは……」
音無さんの気持ちはよくわかる。
よくわかるからこそ、理解しているからこそ、否定することしかできない。
「ダメだよ音無君。ここは抑えて」
「何でだよ」
「まだ音無君にはわからないかもしれないけれど、覚えてないだけかもしれないけれど、人を好きになるってことはね、絶対にその味方でいたいって思ってしまうくらいなの。だから一番遊佐ちゃんの味方でいたいのは高松君なの」
まっすぐにそう言われてしまった音無さんは静かになった。
正直に言えば助かりました。
もしもあのまま質問され続けてしまえば、恐らく私は何処かで怒りを爆発させてしまっていたでしょうから。
味方でいたくないはずがない。
敵対したいわけがない。
「オールドギルドに、恐らく遊佐さんはいます」
「確信があるわけじゃなさそうね」
ここに来て始めて話した天使に私は頷く。
「確信はありませんが自信はあります。彼女は賢い人ですから」
全ての行動を知ってしまいそうな人だ。
恐らく彼女が多々さんを襲ったのは、本当に否定してもらえなかったからだけではない。
多々さんが私に教えたことを知っていたからだ。
そうでなければ男子が嫌いと言うだけの矛盾もしていない気持ちだけで入れたのにと言う、怒りを向けたのだ。
そして私達は、オールドギルドへと足を踏み入れた。
SIDE:ゆり
遊佐さんの今回の反乱は、ある意味自分のすべき事がわからなかったことの暴走と言えるわね。
あたしのチーム、日向君、椎名さん、藤巻君のメンバーと共に歩きながらそう確信していた。
高松君が遊佐さんに触れて、遊佐さんの心が少しでも解ければと思ったのだけれど。
それは多分失敗だった。
遊佐さんには早すぎた。
と言うよりも重すぎた。
最初から愛を求めてしまった。
そしてその矛盾に押しつぶされてしまった。
「あたしの失敗だわ」
「そんなことねーって。言ってたろ? 誰も悪くない。悪いならみんな悪いって」
「そうかもしれないけれど、その一人にあたしも入ってるってことよ」
自覚してしまえば色々な思いは出てくる。
だけれどそれは理想論で、現実論じゃないわ。
あの時あぁだったらって言うのは、仮定としても少ない。
その場合は、もしそのことを知っていてあぁだったらって考えなければならない。
まぁこれも多々君の言葉なんだけどね。
「それにしても何も無すぎるな」
椎名さんの言葉に、あたしは止まった。
何も無すぎる。何故?
ギルドにはトラップを解除しないように言っておいたのに、何故トラップが発動しない?
トラップを解除する必要がなかった? それもギルドの独断で?
「――違うッ!」
気がついた。気がついてしまった。
もう遅いかもしれないけれど、気がついてしまった。
何故この可能性を考えなかったのか。
何故この可能性を思いつかなかったのか。
狙いがもし、あたし達じゃないとしたら?
遊佐さんだけが思想で動いていないとしたら?
「ど、どうしたんだよゆりっぺ……」
あたしは急いで外にいる仲間にトランシーバで連絡を取るが、連絡は返ってこない。
誰にかけても、誰も連絡が返ってこなかった。
「……やられた」
利用された。
遊佐さんも、あたし達の行動パターンも、天使さえも、利用されたッ!
「何があった?」
「外との連絡が取れないわ」
どこまでが遊佐さんの思考だったのか。
どこからが別の誰かの思想だったのか。
どちらにせよあたしが感じられる現実は要するに、ギルドに閉じ込められたと言う現実だけだった。
だったら何故、トラップを解除する必要があったのか。
「おいおい! 閉じ込められたってことかよ! 誰にだ!?」
「それがわかったら苦労しないわよ。恐らくだけれど、別の誰かよ。天使でも戦線のメンバーでも遊佐さんでもない別の誰か」
「そんなこと言ったってだってこれは――」
「利用されてたのよ。遊佐さんのこの行動も、あたし達の行動も。そこにたまたま天使と言う敵まで閉じ込めることに成功してしまっただけの」
言い換えるならば予測されていた、かもしれないわね。
誰が一体そんなことをできると言うの?
少なくとも私達の頭じゃ絶対にできない。
「ギルド内の全員に連絡して。今すぐ脱出口を探してって――」
その時、連絡が入ってきた。
松下君、大山君、TK、野田君のチームからだわ。
それに出るけれど、ノイズしか聞こえてこなかった。
――何かがあった。
「松下君、大山君、TK、野田君、無事?」
「無事じゃねぇなぁ」
聞いたことがある様な声が聞こえた。
「……貴方は誰かしら?」
「俺? 俺かぁ……。そうだな。名乗るとしたら、俺の名前は――」
それは現在一番聞きたくない名前だった。
「天乃夕緒だよ」
「天乃夕緒……。あたし達が知っている多々君とはまた違った口調なのね」
「俺が殺した」
「来るな」
「貴方はその心を沈めたはず。何故今になって起き上がってきたの?」
「俺を巻き込むな!」
「勿論です」
「来てください遊佐さん。例え貴方が何をしようとも、私は貴方を愛する気持ちを変えません」
第45話《Bent》