ここから第6章となります。
という訳で全体的にシリアス多めの第6章となりますが、ギャグもしっかり入れていきたいです。
ですがやっぱり導入はシリアス…!
043 《Tao Dead》
朝日が立ち上るのを見ながら、俺は大きく息を吐いた。
遠い。まるで朝日が永久の彼方にあるように思える。
「ふぅ……」
何時ものノリの軽さを捨てて、俺は振っていた刀を鞘にしまう。
感覚は掴んだ。
新しくギルドから支給された刀の名は【
刀身は黒く染まり、夜をイメージした美しい輝きを放っている。
何でも俺が刀を頼んで以降本格的に刀を作り始めた人が居たらしく、その人が毎日毎日一本ずつ作り続けた結果生まれたのがこの刀らしい。
きっと血の滲む様な努力があったのだろうと思いながら、俺は刀を振るう。
刀の記憶と共に込められている、絶対に折れないで欲しいと言う思い。
それが刀を握る手を通して伝わってくる。
実は前回まで使っていた刀が没収されて折られてしまったので、俺はこの刀を受け取ったのだ。
紫流は俺の望みを叶えてくれる様な素晴らしい刀だ。
真っ直ぐに、折れない芯の強い刀。
抜刀と共に目の前の木を切り捨てる。
豆腐を切り分ける様な軽い感覚の後、ズルリとズレた木が倒れる。
切断面は鮮やかで、およそ日本刀で切ったとは思えないレベルだった。
「何をしているかと思ったら、こんなところで刀を振っていらっしゃったのですね」
「……遊佐ちゃんか。やっほー」
「何時もの覇気がありませんね」
そう言う遊佐ちゃんも何時もの口調が無いなぁと思いつつ、俺は刀を鞘にしまう。
「何か嫌な感じを嗅ぎ取ったのではありませんか? 先日音無さんが何か感じたと言うことを、ゆりっぺさんに報告していましたし」
そう。体に感じるザワめきがあるのだ。
普通のザワめきではなくもっと大きな、忘れてはいけない大切なモノを喪失してしまったかの様な悪寒。
それと同時に思い浮かぶ、銀髪の女性の噂。
無関係とは言い切れないと理解しつつも、出来れば無関係であって欲しいと願ってしまうのは、仕方が無いことだろうと思う。
「私も、感じることがあります」
「へぇ。遊佐ちゃんが」
「はい。何か良くないものが動いている様な、全身を何かが蠢いている様な不気味さ」
――何かが起こっている。
理解するに時間は要らなかった。
その何かを理解しているわけではないが、嫌な予感がする程の何かだ。
ピリピリとした雰囲気になってしまうのもしょうがない。
「多々さん」
「何かな遊佐ちゃん」
「私は男が嫌いです」
唐突な発言だったけれど、大体は予想と言うか粗方聞いていたのでそこまでオーバーなリアクションは取らなかった。
「そんなアッチョンブリケと言う昔ながらの反応をされても困ります」
「手塚先生ネタまで伝わるとは流石遊佐ちゃん」
こう言ったネタでケラケラと笑いながらも、遊佐ちゃんのその瞳だけは見逃さなかった。
憎悪の、悪意の瞳だ。
今まで何度も晒されてきたからわかる。
この瞳を持っている者達は、正義の味方とかで解決出来るレベルのものではない。
「ですが最近、高松さんと一緒にいると暖かくなるのです」
その瞳に映るは困惑。
憎悪の対象に好意を抱いてしまうと言う矛盾を、彼女自身が認めていなかった。
俺にそれを指摘することは出来ないし、俺でなくとも指摘することは許されない。
何故ならそれを知った瞬間、彼女が崩壊してしまうことは目に見えていたからだ。
「この感情は何なのでしょうか? どうして私は苦しいのでしょうか?」
何も言うことは出来ない。
幾ら相談を受けてきたとしても、答えられるものと答えられないものは存在する。
今回はどうしようも無い程に、答えられないものなのだ。
自分で知るしかないのだ。
「多々さん。私は何故こんなにも、感情を捨ててしまったのでしょうか?」
憎悪と悪意を秘めた瞳と俺の瞳があった瞬間、俺は後ろへと回避した。
俺がそのままいたら突き刺さっていただろうハサミを冷や汗と共に眺めながら、しまったと。理解してしまったと。何故気がつかなかったのだと。
「何故生きようとするのですか多々さん」
その瞳に、生気が一切感じられなかった。
「別に死ぬわけでもないのに」
先程切った切り株の上までジャンプして後退すると、俺は木々の影に身を隠す。
――あれはマズイ。
俺が先程言った通り、あの憎悪と好意の矛盾は自分で気づくべき問題だった。
だけどきっと彼女はそれを誰かに知らされてしまった。
聞いたんだ。俺以外の誰かにも。
俺みたいに憎悪と嫌悪の視線と同じくらい好意の視線を受けていなければ気がつかないほどの、ブレ。
そのブレに気が付くことが出来ないのは仕方のない事だし、何より頼られて答えるのは当然のことだ。
だからこそ、この惨劇は起こったのかもしれない。
飛んできたハサミを紫流を抜いて切り裂くと、再び木々の影を縫うようにして走り抜ける。
「何処へ逃げるのですか多々さん」
底冷えする様な声が聞こえた。
――誘導されていた。
考えればわかる話だ。彼女の担当は参謀だぞ?
「ぐ、あぁ!」
体を空中で無理をしてでも捻り、そのまま木を蹴って目の前でハサミをもって待ち構えていた遊佐ちゃんを回避する。
次の瞬間、俺はありえないものを見た。
遊佐ちゃんの体がブレた。
思い出せばわかったはずだ。いつも遊佐ちゃんはどうやって俺達の前に現れていた?
ずっと居たかの様に、いつの間にか現れていたじゃないか!
「――ッ!」
着地地点でハサミを構えている遊佐ちゃんを見て、困惑した様な悲しそうな顔を見て、俺は抵抗するのをやめた。
SIDE:しおり
あたしは急いで保健室に向かっていた。
「――ッ! タッ君!」
保健室に入るとそこにはベッドの上で寝ているタッ君の姿と、その前で椅子に座っているゆりっぺさん。
そしてゆりっぺさんを護衛するかの様に立っている音無君と日向君の姿があった。
「まだ起きていないわ。いいえ。
「起き、ない?」
タッ君が起きないって、どういうことなの?
「俺が説明する。俺が多々を見つけたのは、今日の朝だった。昨日の朝出て行ったきり帰ってこないって言うのを昨日聞いたから、要するにもう二日目のはずなんだ。なのにまだ目を覚ましていない」
音無君の言っている言葉が頭に入ってこない。
どうしてタッ君が倒れているのか。
どうしてタッ君が目を覚まさないのか。
それが一切わからなかった。
「全戦線メンバーに緊急招集をかける為に校内放送を使わせてくれたのは天使よ。今回の作戦は、天使と合同で行うことになったわ」
「何でですか? 何が起こってるんですか!?」
「――離反よ。遊佐さんが一人で革命を起こしてくれたわ」
遊佐、さん?
でも遊佐さんは何時もタッ君と仲良しで、タッ君のことをいい人だって言ってる様な人で――。
「彼女が一概に悪いとも言えないような状況なの。彼女が雨野君を襲ったのだろうけれど、雨野君がどこを攻撃されたのかすらわからない状況よ」
一度落ち着こう。
頭に血が上りすぎているせいで、遊佐さんが全て悪いと決めつけそうになっていた。
何時もタッ君が言っている通り、全ての物事には理由ときっかけがある。
それを知らずに否定するのは良くないことだ。
「彼が持っていたはずの日本刀紫流が行方不明。恐らく遊佐さんが持っていると考えていいでしょう」
ゆりっぺさんの話に耳を傾けながら、あたしの少ない頭を総動員させる。
何故、タッ君を襲う必要があったのか。
一人で山にいたと言うだけでも襲いやすかったからと言う理由にはなるが、それでも不確定要素が多すぎないだろうか?
遊佐さん一人がタッ君に勝てるとは思えないし、そもそも戦線で一番強い人を最初に狙うメリットがない。
戦意を削ぐつもりなら、言い方は悪いけれどタッ君を磔にでもして見える場所に置くはずだ。
それもせず、ただ殺して刀を取って終了。
おかしい。
「今回の件に関して何か情報を持ってないかしら関根さん」
「……情報ではないですけど、おかしくないですか?」
「おかしい?」
ゆりっぺさんは首を傾げた。
「タッ君を最初に狙うメリットとして考えられるのって、あんまりないじゃないですか」
「言われてみればそうだな。あいつは確かに戦線で多分一番強いけど、それでも特出して強いわけじゃない。それに強い奴を狙ったならわかる場所に置くはずだ」
「察しがいいな日向。俺もそれは気になったんだ。何でわかりにくい場所に置いたんだろうと」
「刀を奪う為、とか考えられないかしら?」
「紫流を奪ったところで、あれはただの日本刀でしかないです」
実際触ってみたけれど、美しいとしか思わなかった。
それに日本刀を使いたいのであれば、遊佐さんが普通に頼めばタッ君も見せるなり貸すなりしていたはずだ。
「タッ君を最初に狙うメリットって、あたしが考えられる中で一つしかないんです」
「それは?」
「――否定して欲しかった」
否定。それはきっとこの戦線で唯一タッ君だけが出来ること。
戦線の皆は気が付いていないかもしれないけれど、あたし達は他人に対して否定的な意見を言えない特徴がある。
それは自分達が同じように苦しい経験をしてきたと言うことと、仲間意識が強い故に傷つけたくないと思うからだ。
でもタッ君は仲間意識が強く自分も苦しい経験をしてきたから故に、誰かにそれをはっきりと告げる。
自分の様に迷い続けて欲しくないからと、それを告げる。
「きっと遊佐さんは何かを否定して欲しかったんです。ただ、タッ君は否定しなかった」
「それがトリガーとなって雨野君を殺した。と言うよりは止めて欲しかったけれど止めてもらえなかったと言うところかしら?」
タッ君。きっとタッ君は遊佐さんのことを思って否定しなかったんだと思う。
良くも悪くも他人の幸せに意味を見出すタッ君にとって、遊佐さんのその揺らぎは自分で止めなければならなかったものなんだろう。
それを他人任せにしてしまった。
だけれどもそれも悪いことじゃなくて、他人に意見を求めるのは当然のことだ。
当然のことをした結果が、上手く行くとは限らない。
「遊佐さんがいる場所、わかりますか?」
「――ギルドよ」
そこに、遊佐さんがいる。
少なくともスペック的にはタッ君を倒せるレベルのスペックは持っているはずだ。
ギルドの罠を考えれば、以前聞いたようにタッ君が誰かを助けると言うことも出来ない。
つまり本当に、死者を出しながらでも進むしかないのだ。
「あたしも行きます」
「無理よ。貴方は陽動担当でしょ? それに今回は尺だけれど、天使もギルドに入れるわ。勿論ギルドを破壊しないと言う契約をしてね」
「遊佐さんと話ができるのは多分、あたししかいないから」
あたしは多分だけれど、この一連の流れの原因に気がついている。
それは遊佐さんの言っていた、高松君のことを考えると胸が苦しくなると言うこと。
答えてしまったのはあたしだ。
それが恋だと伝えたのはあたしだ。
きっとそれを――否定して欲しかったんだ。
「全て満面の笑みになるハッピーエンドで終わらせてみせます」
なるとは限らない。今回のことについては本当に、誰もが悪くて誰も悪くないって言う言い方が適切だと思う。
あたしが答えたのが悪い。
遊佐さんが頼ったのが悪い。
タッ君が否定しなかったのが悪い。
高松君が遊佐さんを誘惑したのが悪い。
だけれどもそれは全て正解であって全て違う。
何故なら答えたのも、頼ったのも、否定しないのも、誘惑するのも、間違ってはいなからだ。
過程で間違えなくても結果で間違えることはある。
だからこそ、今回はそれなんだ。
「……意思は固いようね。わかったわ。今回に限り貴方の作戦参加を認めます」
「おいゆりっぺいいのかよ!」
「仕方ないでしょ。今回もしかするとキーになるのは本当に関根さんかも知れない。頼りにしてるわよ」
「任せてください!」
待っててタッ君。今助けるから。
次回予告
「誰も悪くなくて、普通なら当たり前で、当たり前過ぎた故に起きたことか」
「NPCに憑依してしまったって言い方は実は正しくない。俺が雨野多々に憑依した」
「それにしても今回のこと、本当に遊佐が一人で全部起こしたのか?」
「ダメだよ音無君。ここは抑えて」
「確信があるわけじゃなさそうね」
「そんなことねーって。言ってたろ? 誰も悪くない。悪いならみんな悪いって」
「雨野多々を救済する」
第44話《UnderGround》