――夢を見ていた。
昔の夢だ。
俺の家は四人家族で、姉さんと俺と両親で暮らしてた。
姉さんは生まれつき重い病気にかかっていて、その費用で家の金がドンドン無くなってしまっていると言うのは後から教えられたことだ。
姉さんが病気だったのは知ってたんだけれどね。
俺は姉さんがテレビを見ながら、これがしたかったなぁ言っていたことを無我夢中になってやった。
姉さんの代わりに俺が全てをやってやると意気込んで、バスケもバンドも料理も家事も勉強も全部やった。
周りからは何でそんなに色々なことが出来るんだよと言われていたけれど、それは俺が姉さんの為と思って全力で努力をし続けていたからだ。
そんな俺の姿を見て、一緒に居てくれる人が出てきた。
それが蓮花だった。
蓮花は俺が姉さんの為に頑張っている姿を見て、いつか自分も姉さんの代わりに何かできるようにと思ってくれたらしく頑張ってくれた。
姉さんは蓮花に俺との結婚を勧めるくらいの、俺達は仲になっていた。
でもその幸せは、長くは続かなかった。
姉さんの病気にドンドンお金を持って行かれて貧乏になっていった俺達の家族は、分断スレスレにまで陥っていた。
母さんと父さんは共働きだ。
そして俺もアルバイトをしながらお金を稼ぎ、頑張っていたんだ。
それでも毎日毎日飲まなければいけない薬は増えていき、そして遂に――母さんと父さんは夜逃げをした。
勿論俺もついてくるように言われたけれど、姉さんを置いていくと言う判断がどうしても出来なかった。
どちらにせよ長くは生きられないと告げられたのに、俺は姉さんと共にいる道を選んだ。
姉さんの治療費を稼ぐ為に必死に俺はアルバイトをした。
寝る間を惜しんでアルバイトをしていたし、それでも成績をキープして運動も軽音も頑張った。
蓮花も手伝ってくれて、二人で姉さんを支えながら生きていこうと思った。
でもそれは、ありえるハズのない未来だったんだ。
蓮花は姉さんの為にアルバイトをしてくれていただけでなく、両親のお金まで盗んでいた。
それを俺が知った時、既に蓮花は窃盗犯として捕まり学校の中でも誹謗中傷を受けていた。
勿論その原因である俺も極度のイジメにあったけれど、それでも俺は笑い続けた。
俺の本当の笑顔は姉さんと蓮花の為だけにある。
偽りの笑顔を皆に見せつけても構わない。
最早俺にとって蓮花と姉さんはかけがえのない存在であり、今思えば俺は姉さんと蓮花に対して依存していたんだと思う。
そして――最悪の結末を迎えた。
父さんと母さんは夜逃げした後にヤクザから金を借り、その担保として姉さんを出していたんだ。
金が払えなくなったとわかったヤクザ達は俺の家に押し入り、姉さんを連れて行った。
目の前で犯されたりもしていた。
それでも姉さんは、大丈夫必ず帰ってくるからと告げた。
蓮花はそれを探してくると俺の静止を振り切り、そのまま次の日に河川敷で死体となって発見された。
数々の陵辱の痕があったことから俺も犯人に浮上し、そのまま逮捕された。
証拠不十分で解放された後、家に帰って見たのは同じように陵辱を受けて死んでいる姉さんの姿だった。
その日から俺は壊れた。
学校に行ってはいつもの偽りの笑みを浮かべ、周りからの誹謗中傷を受けても何も言わない。
ただ笑うだけでいるだけの人形。
怒りだけは忘れることがなかった。
最初に、俺の生死を確認に来たヤクザをナイフで殺した。
その後そいつの荷物を調べて、ヤクザの本部を突き止めるとナイフ一本で何人も殺した。
銃で撃たれても、刀で切られても俺は何も感じなかった。
殺したいと言う意識だけに染られた俺は、もう人間ですら無かったんだ。
奇跡的に俺は死ななかった。
殺人犯として逮捕されたのに、俺の心は晴れずにいた。
俺の精神状態が不安定だということで、精神病棟にも入れられた。
結局俺は何の為に生きていたんだろう?
俺は幸せだったんだ。
なのになんでこんなに、幸福じゃないんだろう?
姉さんと蓮花と一緒に暮らすことができて、二人が殺されても簡単に仇を取ることが出来た。
なのになんでこんなに幸せなはずの心にぽっかりと穴が空いてるんだろう?
あぁそう言えばいつも言ってたっけ?
俺には悲しいって感情がないんだった。
ねぇ皆。どうして俺は嬉しいはずなのに、悲しくないはずなのに幸せを感じられないの?
どうして幸せなのはずなのに――幸せを感じられないの?
ある日俺は死んだ。
何故か知らないけれど幸福感を感じられると言われて錯乱し、死んでしまった。
何をしたのかと言われればナニをしたとしか答えられないけれど、俺は死んでしまったんだ。
テクノブレイク。世間ではそう呼ばれている死因によって……。
薄れていく。
――違う。
何が違うんだ。
――何かが違う。
きっと俺は自分が思っていた最高のハッピーエンドを迎えられたんだ。
――それは違う。
さっきから否定している君は誰なんだ?
――俺はお前だ。
意味がわからない。俺は人間じゃないんだ。だからあの終わり方が、一番のハッピーエンドなんだ。
――お前は本当の幸せや満足感を知らずに世界を終えてしまった。
本当の幸せ? 姉さんと蓮花と暮らせたことこそが俺の青春じゃないか。
――違う。それは青春じゃない。ただ言いなりに動いていただけの、白紙の青春だ。
パリンと、何かが割れる音がした。
――お前に感じて欲しいのは、本当の青春なんだ。仲間達と助け合い、傷つけ合い、そして協力し合う大切な青春だ。
せい、しゅん……。
――お前はそれを知らずに死んでしまったせいで、自分が幸せな生涯を送ったと思っている。それではこの世界に来たとしても永遠に戸惑うだけだ。
俺が知らなかったっていうのか? 本当の幸せを。
――あぁ知らなかったんだ。お前は自分の幸せが世間一般的な幸せと勘違いし、世間と自分の幸せの違いに困惑して死んだ。
俺が世間一般とは違う幸せを持っていた?
だからなんだ。それは俺の思いで、誰にも汚されるハズのない宝物だ。
――それじゃあ許せない人だっているんだ。君に本当の幸せを知って欲しかった人だっているんだ。
それは……。
――だからお前は知るべきだ。本当の幸せを、本当の青春を。
もう一度だけ、教えてくれ。君は一体誰なんだ?
――俺か? 俺は――。
「俺は雨野多々だ。お前と同じ、雨野多々だ」
目が覚めた。
傷ついたハズの体が元通りになっていて、体も非常に軽く感じる。
そうだ。俺はNPCであり人間だったんだ。
一般的な感性を持っているNPCと言う存在に、幸せを知らない雨野多々と言う存在を複合させて生まれた雨野多々だったんだ。
……何だよ。どっちにしろ俺は俺だったってことじゃないか。
「え? 嘘……」
驚いたようにこっちを見てきているしおり。
組み伏せているのは恐らく俺が止めようとして、失敗した教師達の姿だ。
他にも何人も教師が来ているところを見ると、俺が死んでから数分ってところだろう。
こんな早く生き返ることがあるのかと思いつつも、俺は体育館の床を踏みしめた。
「――俺の女に触れるんじゃねぇ!」
体育館の壇上まで走って行ってジャンプして乗った俺は、しおりに触れている教師の顔面を右拳のストレートで殴り飛ばした。
「しおり、全部取り戻したよ。やっぱり俺は記憶が抜けてたんだ」
「タッ君、それって……」
「あぁ。俺の死因は変わらなかったけれど、それでも俺は全てを知ったよ」
しおりの頭を撫でてから、俺はすぐにみゆきちちゃんを抑えている教師の顔面を蹴り飛ばす。
「お前なんで――!?」
「こいつらは全員俺の仲間だ。まぁしおりだけは仲間じゃなくて嫁だけどな」
ひさ子ちゃんの上に乗っている教師の腕を掴むと一本背負いで投げ飛ばし、まさみちゃんを抑えている教師の首を絞めるとそのまま壇上から投げ落とした。
因みに遊佐ちゃんの上に乗っていた教師は遊佐ちゃんが普通に処理してました。あれぇ?
「――皆さんお待たせいたしました! 邪魔な奴らは入ってきたけれどもう安心! まさみちゃん、よろしく!」
「あぁ。聞いてくれ――MySong」
バラードとしての曲を歌い始めたまさみちゃんの声を――ひさ子ちゃんがすぐに上に上がって全校放送へと切り替えた。
その歌唱力は止めようとしていた教師達をも驚かせ、歩を止めさせる。
前回屋上で聞いた時よりも、ずっと綺麗な歌声だった。
全く適わないなぁまさみちゃんには。
「タッ君……」
しおりは俺に抱きついてきた。
そのまま俺もしおりを抱きしめ返すと、一緒にまさみちゃんの方を見る。
「俺、NPCと人間両方だったんだ。余りにも壮絶すぎて幸せすらわからなかった俺に、NPCの俺が心を貸したんだ。だから、俺はNPCであって人間であって、NPCでなくて人間でもない」
「色々とややこしいってことはわかったよ」
「そう言えばしおりはあんまり難しいこと好きじゃなかったね」
ごめんごめんと謝りながらも、俺達はまさみちゃんの声に聞き惚れていた。
美しすぎるその歌声に、目を閉じて聞いて心から酔いしれる。
歌い終わった時、コトリとギターを置く音が聞こえた。
――逝っちゃったかな。
そう思って目を開くと、そこには満面の笑みを浮かべるまさみちゃんの姿があった。
「消えると思ったのか?」
「まぁね」
「馬鹿だな多々。私は言っただろ? お前が消えるまで消えないって」
律儀に守ってくれちゃってと思いながらも、俺はひさ子ちゃんからマイクを受け取った。
「――まさみちゃんの最後の曲、酔いしれたかい?」
俺が聞くとそれに返事をする代わりに頷きが返ってくる。
その反応に満足すると、俺は目を閉じた。
「教師の皆さんはご退場ってね」
突如として現れた戦線メンバー。
体育館の入口から入ってきた皆は俺の方を見ると喜んで手を挙げてくれる。
そう言えば俺の今の服装って、右足が途中から切れてて心臓の所に血がメッチャついてる凄い格好なんだよね。
左足のところも結構血がついてるし。
「日向君達は教師の皆をどうにかしてくれるかい?」
任せろと言う声と共に教師の清掃作業に入ってくれた皆を見つつ、俺は声をあげる。
「しんみり最後って言うのもいいかもしれないけれど、それはガルデモのまさみちゃんの終わり方に相応しいと思うかい?」
その言葉に会場は黙り込む。
「おいおいいのかよそれで。これはまさみちゃんの、ガルデモとしての最後の舞台なんだぜ? だったら――盛り上げていくしかねぇだろ皆!」
うぉぉぉおおおおおお! と言うドデカイ歓声が聞こえてきたのを感じると、俺はマイクスタンドにマイクを取り付けてそれごと握り締めた。
「CrowSong二発目! これは普通とは違うから覚悟しやがれ!」
そして――ボーカルとして俺が入った。
同時に巻き起こる歓声に、もしかして俺って割と人気あると思いながら叫ぶ。
歌に爆発するようなこの思いを込めて放つ。
感情を埋め込まれるだ? 勝手にしやがれ! 俺が求めてるのは今熱さだ!
燃え盛る様なこの会場を包み込む、もっと膨大な熱さだ!
「もっとだ! もっと熱くなれよ!」
更に煽る。最後ぐらいこんだけ大きくしないと盛り上がらないだろうが!
誰が来ようと何をしようとどうでもいいくらいの大きな盛り上がりを見せたこのまさみちゃんの無期限活動停止のライブを、最高のショーとして提供出来た。
全てを終えた俺はその場に倒れて、大きく息を吐いた。
――楽しかった。
観客の前で歌えたことよりも何よりも、このガルデモと言うメンバー全員と一緒に歌えたことが楽しかった。
――どうだい。これが本当の幸せと満足って奴だぜ。
俺が俺に問いかけると、俺は普通にそうだねと返してきた。
全く俺ってやつは……と言う感じで俺と言う言葉がゲシュタルト崩壊思想になっている件について。
「良くもまぁこれだけ暴れてくれたわね。天使エリアの侵入には成功したけれど、これじゃあ台無しじゃない。このバカとんちんかん」
「いやぁ、楽しくなっちゃってついつい。てへぺろ☆」
「お前が言っても可愛くないわ」
「うん。自覚はあったんだ。そっとしておいて」
軽くいじけてみるけれど、やっぱりこの感じがいつも通りで調子が良くなりますわー。
「みゆきちちゃんに慰めてもらうもーん!」
「た、多々君いきなり来ないで!」
「いいじゃんみゆきちちゃん。しおりともイチャイチャしてるんだし俺ともイチャイチャしたっていいだろ? 三角関係って奴?」
「こ、困るよぅ」
「困ってるみゆきちちゃんマジ天使! しおりもそう思わない?」
「思う思う! ってあたしの前で堂々とみゆきちを汚そうとするな! この馬鹿彼氏!」
いつも通りじゃないかもしれないし、いつも通りかもしれない。
でもどっちでも良くて、今が楽しければそれで良し。
そう言う考えで生きていったっていいじゃないですかー。やだー。
「取り敢えず、次回からも新生ガルデモで頑張りましょう! イッツショウタイム」
「それレッドギルドだから。プレイヤーキルし始めちゃうからー!」
「たっはー! 間違えちった」
「もー。タッ君のド・ジ・っ・子♪」
「この二人いつになくテンションが高いわね。殴っていいかしら?」
「オーケーゆり。あたしも手伝うぜ」
二人してゆりちゃんとひさ子ちゃんに殴られて停止するまで騒ぎ続けていたのも、いい思い出です。
次回予告
「とにかく、貴方は人間でありNPCであると捉えていいのかしら?」
「流石はゆりちゃん。そこに痺れる憧れるぅ!」
「うわぁ……。アホップルがいる」
「多々さんはいつでもひさ子さんに投げられていますね。その襟首は飾りですか?」
「別にいいさ。ガルデモのメンバーは俺と一緒に卒業してもらうから」
「それならば問題ありませんね。いつか私も貴方に卒業させてもらえることを楽しみにしています」
「起こしてくれればよかったのに」
「愛してる。ずっと一緒にいたい」
第33話《Engage》