取り敢えず目が覚めたらゆりちゃんに怒られました。
ここは天使の対策をするところであって、俺達がイチャイチャする場所では無いとのことです。
ご最も。と言うよりも俺達も逃げてくるつもりは無かったんすわ。
ちょっと心苦しそうな顔をしているみゆきちちゃんにダイジョーブと告げてから、俺はガルデモが最終調整をしている合間に屋上で日本刀を振るう。
本来日本刀の使い方なんてものは長年日本刀と一緒に有り続けることで体感していくんだろうけれど、俺には恐らくそんな必要はない。
きっとあの戦闘モードはある意味プログラミングされているものだからだ。
俺の記憶に存在しないということは、本当に俺は銃の扱いにもナイフの扱いにも長けてなかった。
それをあの歌を歌った時の様に無理矢理長けさせたのが、あの状態なんだろうと俺は予想する。
ならそれは日本刀であっても同じはずだ。
意識を研ぎ澄ませて振るった日本刀は、綺麗に屋上の壁に薄い傷跡を残す。
遠くから見れば傷跡すら気がつかない程の剣戟。やはり俺の記憶には無い。
「――ふぅ」
息を吐いてから日本刀をしまうと、俺は日本刀を眺めた。
これはギルドと俺との繋がりを示す、新たな道筋だ。
その重さに軽く笑みを零してから、刀を結びつけると前を見る。
後ろを振り向くな。前だけを見て走れ。
今の俺に後ろを振り向いていられる時間は無いんだ。
「大切な人達が、ドンドン増えていって困るよ全く」
彼女、姉。そしてそこに新たに加わった、親友という大切な存在。
仲間という新しい存在。
俺の記憶とは全然違う今の光景に、変わったなという思いしか浮かんでこなかった。
――戦わなければいけないのだ俺は。
「迷っている様な顔をしているな」
「あ、ダークネス・ルシファーさん」
「直井文人だ! 取り敢えずお前に頼まれていた、生徒会会議の延長は行える。その付き添いをする為にガルデモに敵対意識を持っていた教師の一人を起用したから、以前より一人少なくなっているはずだ」
今回俺は数多の厨二病の名前を持つ直井君に脅迫――もとい協力をお願いしていた。
いやぁ快く引き受けてくれましたとも。引きつった笑みで。
「だが天使と教師を相手にすれば、お前と言えどひとたまりもないだろう。何故そこまでしてあいつらに肩入れをする?」
そうだよな。直井君は俺の中に眠る、俺のものかわからない復讐心を知っているんだもんな。
勿論自分がNPCかもしれないからって、その復讐心が消えるわけじゃない。
ただそれでも守りたい何かがあるだけだ。
「貴様のことはよくわからん。僕からしてみれば、その行いはただの偽善だ」
「偽善でもその行いは善だと、とある人は言ったのさ」
本物の悪なんてひと握りしか存在しない。
同じように本物の善なんてひと握りしか存在しないんだ。
「なる程な。確かに善かも知れないが、他一般的に見ればその行いは悪だ。わかっているのか? 天使にこれから確実に狙われるんだぞ。それにお前は再び仲間との約束を破ることになる」
NPCを傷つけるな……か。
そのNPCに俺も含まれているんだから、しょうがないと言えばしょうがないよな。
戦線のルールを完全に守れる気がしないもん。
「大切な人がいるんだ。その人の願いを叶える為にも、俺は頑張らなきゃならない」
「願いを叶えればこの世界から消える。貴様はそれでいいのか?」
「良くないさ。でも、永遠に願いが叶えられないよりはマシだろ? そんなの、耐え切れないじゃないか」
グッと拳を握り締めた。
永遠に願いが叶えられず苦しみ続けるだなんて、そんなことは認めない。認めてなるものか。
彼女達が目指しているのは神を倒すことだ。
でもだからって、報われてはいけないなんてことはない。
「僕が神になればそんなことをしなくとも、願いを叶えることが出来るだろう。お前の願いを叶えてやることだって出来る。そう、僕が神になれば……」
声が小さくなりながらもそう言った直井君に、俺はそうかいと応えることしか出来なかった。
こんな時に何か気を紛らすことが出来るものがあったらどんなに楽だっただろうかと思いつつ、自分で自分の馬鹿さに苦笑する。
しおりに合えばどうせすぐにそっちの方の考えに移行するというのが見え見えだったからだ。
それにしおりにだったら相談できる。あいつの前じゃもう、俺は只の雨野多々なんだから。
「……行くのか」
「あぁ行くさ。俺にはやらなきゃいけないことが沢山、残ってるからな」
直井君に手を振りながら屋上の扉を開き、下に降りていく。
これでまさみちゃんが消えても、俺はその行為を良かったと迎えることが出来る。
約束したのは俺かもしれないけれど、それを裏切られても別にまさみちゃんを責めるつもりなんてない。
むしろよく頑張ったねと褒めてあげたいくらいだ。
「人間の感情なんて、一枚岩じゃないか……」
同時にまさみちゃんに消えて欲しくないという思いも、消えてしまったら責めてしまいたいという思いもある。
そうやってせめぎ合っている感情を感じて、あぁ俺って人間ぽいなと思うことができるんだ。
NPCでも人間でももうどっちでもいいんだけどな。
「多々」
声をかけてきたのは、日向君だった。
「何かな日向君」
「お前が何かをしでかそうとしてるのは大体わかる。つかお前がガルデモに関わる時で何かしない時がないからな」
その言葉に俺は深く考え込む。
確かにマトモじゃないことしでかしまくってきたから、警戒されてるのも無理はないか。
「ゆりちゃんに言いつける? まぁゆりちゃんも大体気がついてると思うけどね」
「別に言いつけることなんて何もねぇよ。ただ一つ言いたいことがあるとすれば――俺達はお前が何をしでかそうともお前の味方だってことだ。高々ゆりっぺの言うことを破ったくらいで見捨てるほど、俺達はやわな気持ちでいるわけじゃねぇよ」
ただのホモじゃなくてイケメンのホモだったとはね。
でも俺はしおり一筋だから惚れたりしないよ? 安心してね。
「ありがとう日向君。その気持ちだけでも心がぴょんぴょんするよ」
そう答えてからでもと続ける。
「俺は俺の意思を貫く。例えどんな敵が相手でも、もし仲間達が敵に回ってもそれでも俺は自分の意思を貫きたいんだ」
「わかってるよ。お前がそう言う奴ってことくらい」
「うん。じゃあ行ってくるよ」
取り敢えずバンドの準備をしないとね。
SIDE:日向
結局俺もあいつと同じか。
ゆりっぺからは多々がしようとしていることを止めなさいと言われたけれど、そりゃ無理だぜゆりっぺ。
あれは覚悟を決めた男の顔だからな。
「いいのか日向。あいつ放っておいて」
「悪いだろうなぁ。でも止められると思うか? あんな覚悟決めた奴を」
「前回だってそれでNPCを傷つけたんだろ? このままだとまた同じどころか今度はもっとヤバイことをするんじゃないのか?」
確かに。あいつはもしかするとNPCを殺しちまうかもしれないからな。
それでも俺は止めねぇし、あいつがそれで怒られたら俺も一緒に怒られる。
まぁさっきはゆりっぺが約束破ったら戦線から抜けさせる位のことを言う様に聞こえたかもしれねぇけど、ゆりっぺはゆりっぺであいつのことそこそこ信頼してるからな。
多々を戦線から抜けさせるなんてことはねぇだろ。
そんな簡単に仲間を抜けさせる様な奴は戦線にいないってーの。
「取り敢えず天使エリアの侵入を終えたら、俺達だけでも別働隊として多々の所に向かえるようにゆりっぺを説得するところから始めるぞ」
「わかった」
「今思うとお前多々のことになると物分りいいよな」
「そうか? まぁある意味戦線のメンバーの中で一番良くしてくれた奴だからかもな」
そんなことを言ってから、俺達は天使エリアに侵入する為の会議に向かった。
今回は本当にやばいかもしれねーぜ、多々。
SIDE:多々
「――うんオッケー。じゃあ俺が入るタイミングは最後の時だから、その時間になったらインカムに遊佐ちゃんから連絡が来る様にするよ」
最後のチェックをしながら、俺はそう告げた。
「今回はどこで見てるんだ?」
「ちょっと外でね。陽動とは言っても危ない奴が来るかも知れないしさ」
ひさ子ちゃんの問いにそう答えてからチラリとしおりを見る。
もうしおりの方はわかっているみたいだし、わざわざ告げる必要も無い事だ。
いつも通りライブをやって、最後に華やかに出来る様にすればいい話。
怒られるのも、慣れてるからね。
「そうか。危なくなったらすぐに逃げろよ」
「おやっ? デレ期キタ――(゚∀゚)――!!」
「ちげーよ! 普通に心配なんだよお前のことが。あたしも入江も関根も岩沢も、お前が一人で天使と戦おうとしてるんじゃないかと思ってるんだ」
はい戦おうとしております。
と言うかしおりは知ってるんだけれど、隠しておいてくれたんだね。
ってことはこれは告げない方がいいことってことかな。
「皆。今回のライブは必ず成功させなきゃいけない。絶対にだ。今までのガルデモの全てを賭けて、このライブを行うんだ。ゆいにゃんと合わせたら更にそれを超えなきゃいけない。だから――全力全開の音楽で観客をぶっ飛ばそう!」
「「「「おう(はい)!」」」」
全員の心が一つになっていくのを確認して、俺は目を閉じた。
振り絞れ力を。全力を出すのは歌だけじゃないはずだ。
「準備オッケー! じゃあ準備班は搬入を開始してください!」
ポスターを学園中に貼ったし、本当に引退すると言う噂も流した。
新曲の披露もあると言ったし、ほぼ全てのガルデモファンが集まると言っても過言ではない。
そしてそのほぼ全てのガルデモファンが集まると言うことは、それに連れてこられた一般生徒や教師そして――天使ちゃんまで来ると言うことだ。
「多々さん。ゆりっぺさんからの伝言です。無茶はしないようにと」
「りょーかいって返しておいて」
隣にいた遊佐ちゃんにそう告げると、遊佐ちゃんはそのまま伝えてくれたらしい。
そして少し会話をすることにする。
「遊佐ちゃんは、このライブのことをどう思う?」
「必要なことかと。ガルデモでは岩沢さんの好きな歌を歌うことは出来ませんから」
「だよなぁ……」
真面目バージョンの遊佐ちゃんって言うのも久しぶりな気がする。
「多々さん。貴方が自分の命を賭けてでも今回何かをしようとしていることは、私でもわかります」
「俺ってそんなに顔に出やすい?」
「はい」
ちょっと傷つくかも。結局俺って顔見られれば何しでかそうとしているかわかっちゃうのか。
それじゃあいつも一緒にいるしおりにバレても仕方がないかなぁ。
「ですが私はそれを咎めるつもりもありませんし、戦線のメンバー全員が応援していることを忘れないでください。私達は言い換えてしまえば家族の様なものですから」
ゆりちゃんを中心にして出来上がった家族。
そう考えれば割としっくりくるから驚きだ。
きっとゆりちゃんは生前長女だったんだろう。
「頑張ってください。応援しています」
「ありがとう」
日向君も遊佐ちゃんもしおりも。
ううん。きっとゆりちゃんも、音無君も、まさみちゃんも、みゆきちちゃんも、ひさ子ちゃんも、藤巻君も、TKも、松下君も、高松君も、直井君も、大山君も、椎名ちゃんも、野田君……は論外か。それに最近会ったクライスト君も。
皆が皆俺の作戦に気がつきながらも、俺の好きにさせてくれているんだ。
「なら、失敗するわけには行かないよな」
クスリと笑ってから、体育館へ荷物を搬送し終わったことを確認する。
準備は整った。開演を前にして生徒達が集まってこようとしている。
教師はまだ来ていない。疑わしきは罰せずがこの世界のルールだからだ。
何かして初めて、教師は動き出す。
開演の音が聞こえてくる。
きっと今から音楽が始まるんだ。
俺の大好きなまさみちゃんの声が、体育館の中を征服していくんだろう。
俺の大好きなみゆきちちゃんのドラムが、ガールズバンドとは思えない程力強いビートを刻むのだろう。
俺の大好きなひさ子ちゃんのリードが、まさみちゃんのリズムごと引っ張っていくんだろう。
そして俺の大好きで彼女なしおりのベースが、周りを引っ掻き回しながらも最も重要なリズムを奏でるんだろう。
俺はそれを守りたいんだ。
「――皆の声を、俺にも届けてくれ」
そう言って俺は、体育館の入口で柄へと手をかけた。
次回予告
「すいやせん先生方。こっから先は生徒以外立ち入り禁止なんすわ」
「舞おうぜアミーゴ」
「彼女作ってから出直してきなぁ!」
「それだけは絶対に譲れねぇ」
「あったり前だろ……。あんたらとは覚悟が違うんだよ。こちとら死ぬ気で、ガチで止めに入ってるんだからなぁ!」
「わかってないな天使ちゃんは。好きな女一人守れない男なんて、カッコ悪いじゃん?」
「お前達に、邪魔させっかよ」
「誰になんて言われようとも、俺はしおりを愛している! そしてガルデモの皆のことが大好きだ!」
第31話《Defensive》