ライブを終えた俺は一人学校の屋上でコーラを飲んでいた。
冷えた空気が非常に肌に刺さるけれど、今はそれすら気にならなかった。
歌っている時に感じたあの違和感。
無理矢理楽しくさせられた様なあの感覚。
――可能性はあると思っていた。
「この世界に神はいる……か」
俺でも理解できる。この世界には生前酷い思いをした人達が来ていて、その思いを精算できるような幸福感を掴むことができる様にする為の場所。
要するに未練を叶えて次の一歩を踏み出す為の場所だ。
そして俺は前者――生前酷い思いをしたと言うことでここに来た。
だが俺はこの世界で未練を叶えることができない。
だったら、別のことで満足させてしまえばいい。
別のことで未練を叶えたことにしてしまえばいい。
「そういうこと、だよなぁ……」
途端にこの恋心も実は植え付けられたものでないのかと思ってしまう。
だけれどもそれはすぐに否定できた。
彼女がもし生前に会っていたとしても、俺は彼女のことを好きになり一緒にいたいと思ったはずだから。
けれどあの、ライブをする幸福感を植えつけられたのは嫌だった。
俺の声は大切な人の為だけにある。
それを利用されたと言う可能性の高さに、やはり神と言うのはウザイだけだと確信する。
この気持ちは神如きがどうにかしていいものじゃない。
この気持ちは神程度が触れていい話じゃない。
それに触れるどころか利用までしようものなら、この世界全てを破壊してでも殺してやる。
神。お前を殺すことも俺の復讐なんだ。
「タッ君」
唐突に声をかけられた俺は、屋上への扉の方を見る。
そこには真面目な顔をして立っているしおりんちゃんの姿があった。
「やぁしおりんちゃん。どうかした――」
ズンズンと歩いてきたしおりんちゃんは、いきなり俺を抱きしめた。
「ど、どうしたのしおりんちゃん? なんか怖いことでもあったの?」
「――一人で抱え込まないでよタッ君。二人じゃないとダイジョーブじゃないでしょ?」
気づかれていたんだと言う事実に驚愕せず、逆に納得してしまう。
しおりんちゃんなら絶対に俺のことに気がつくんだろうね。
「ごめんね。ちょっと困っちゃった」
「何が、あったの?」
しおりんちゃんの言葉に俺は全てを話した。
バンドで知らない幸福感を感じたこと。
神によって植え付けられた感情を持っているかもしれないこと。
それが苦しくて堪らなくて、ライブを自分で楽しむことができなかったこと。
「それは……」
「うん。ありえない話かもしれない。この世界で単純に俺が新たに手に入れた願いだったのかもしれない。でもそんなはずは無いんだ。俺の歌は、大事な人に聞いてもらいたい歌だから」
まぁその一人が今目の前にいるんですけどね。
大好きな人が目の前にいるんですけどね?
本当の歌を聴かせたい人が目の前にいるんですけどね?
「大事な人かぁ……」
そう呟き直したしおりんちゃんを一瞥して、あぁやっぱり自分はこの子のことが好きだと確信する。
この気持ちだけは嘘偽りない自分の本心だと。
絶対に裏切ることのない、心から思っている本心だと。
「ねぇしおりんちゃん」
「ん? どうしたのタッ君?」
「好きだ」
いつの間にか俺の口からはその言葉が出てきていた。
しおりんちゃんも驚いた様に俺の方を見ている。
いきなり告白すれば誰でも驚く。
実際告白している俺自身だって、告白したことに驚いているんだから。
「そっか。そうだったんだね」
「俺と付き合って欲しいんだ。俺が、この世界から消えることが出来るまで」
これはエゴとも言える。
自分が消えるまで――死ぬまで一緒にいて欲しい。
そんなエゴをしおりんちゃんに押し付けている。
「いいよ」
だけどしおりんちゃんは、答えてくれた。
あまりにもあっさりとオッケーされたことに驚く俺だけれど、しおりんちゃんは夕日を横に受けながらも笑っていた。
その姿はとてつもなく可愛くて――美しかった。
「あたしだってタッ君のこと好きだったからね」
「えっ。マジっすか」
全然気が付いてなかったわけじゃないけれど殆ど気がつかなかったです。
人生わからんなぁ……。もう死んでるから人死?
「気がついて無かったでしょ。タッ君は自分が好意向けるのは得意だけど自分への好意はあんま気がつかないタイプだからね」
「いやどうしてそこまで俺のタイプを知っているのか激しく問いたいです」
俺はそんなにわかりやすい性格をしてないゾ☆
嘘ですすみません。わかりやすいですね。
「そんなのあたしとタッ君だからに決まってるぜぃ!」
「オーケー。会話をしよう。でも大体のことは察した」
話すつもりは無いことを察した。
俺の頭の片隅からラーメンライスが迸るぜぃ!
このネタは多分しおりんちゃんでもわからないと思うけれどね。
「じゃあ付き合うって方針でよろ」
「こっちこそよろ」
あまりにも簡単に告白が成功してしまい、俺はどうするべきなのか迷い始めてきた。
ふむ。現実かどうか確かめる為に一回飛び降りるのもいいかもしれない。
そうだ。現実かどうか確かめるにはそれが一番いい。
「ちょっと現実かどうか確かめる為に飛び降りてみるわ」
「ちょっと待ってタッ君! 現実だから! 現実だからね!?」
「飛び降りればわかる」
「死ぬだけだよ! 死んで蘇ってまた告白するだけだろ!」
「あぁ聖母しおりんちゃんよ。私を救い給え」
「今から救ってあげるからちょっと待って!」
そんなコントをしていたらふといつもの勘が冴えてきたので、俺は飛び降りるのをやめてキリッとした視線でしおりんちゃんを見た。
あぁ、そう言えばこんな傍から見れば面白いイベント逃すわけないよな。
「な、何かなタッ君」
「――この中に何人か俺達のことを見張っている人達がいる!」
俺が大声で叫ぶと、ガタンと言う物音が聞こえてきた。
心を研ぎ澄ませ。
思いを馳せろ。
俺ならば出来るはずだ。
俺はFiveSevenを抜くと、物音のした所を撃ち抜いた。
パンと言う軽い音と共に飛んでいった銃弾は――何かを貫いた。
いや、何かは俺でも理解している。
ゆっくりと倒れてきた人影を見て、俺は小さく笑みを浮かべた。
倒れている日向君は――股間を押さえたまま死んでいた。
「な、なんて恐ろしい一撃だ……」
「見てないのに股間を撃ち抜くとか怖すぎるよ!」
「絶望のcarnival……」
「まさに男を奪う一撃だ」
「ふん。軟弱なっ。はぅ!?」
「何故ッ、私まで……」
面倒なので野田君の股間を撃ち抜いたら、その後ろにいた高松君の股間まで撃ち抜いてしまった。
ごめん高松君。今度麻婆豆腐を無理矢理口の中に突っ込んであげるから許してね。
「ふぅ。またつまらぬものを撃ってしまった」
「つまらぬって言うより粗末なモノね」
「ゆりちゃん酷い」
現れたゆりちゃんは凄まじい事を言っていた。
見たことあんのかよコラー! 女子に粗末なモノって言われた時の苦しみ知ってるかコラー!
ちなみに俺は言われたことは無い。
凄く……大きいです……って男子に言われた。
男子に言われたって嬉しくねぇよクソが! てめぇが短小だっただけだろうがこの包茎野郎!
……俺も半包茎だから人のこと言えないんだけどさぁ……。
「えっと……ごめんねしおりん」
「全部見させてもらったぜ馬鹿二人」
「ひゅぅ! これでまたいい歌が書ける気がするぜ」
「ほ、本物の岩沢さんが前に出てくるなんて! 後でサインください!」
「あぁいいぜ」
若干一名違う奴が混ざってるし別のことをしているが、そこには紛う事なきガルデモのメンバーがいた。
こりゃ厄介な相手に見つかっちゃったなぁ。
いつも好きだって叫んでいる相手が告白しているシーンなんて、この子達から見ればどう見えているんだろう?
「ひさ子ちゃんがさっき新しい曲を作りたいんだけど、どういう風にすればいいのかわからないんだって言ってたから後で教えてあげてねまさみちゃん」
「わかった」
「多々てめぇ!」
襲いかかってきそうになっているひさ子ちゃんを藤巻君達が抑えていた。
いいぞ! そのまま胸を揉め!
あ、藤巻君の頭にひさ子ちゃんの指がめり込んだ。ご愁傷様です。
え? 俺のせいじゃないかって?
違う違う。合法的にボディタッチをした藤巻君が悪い。
「それにしても、やはり消えなかったわね。キスでもすれば消えるんじゃないかしら?」
「あのー、ゆりちゃん? 確か俺達は消えない為にここにいる気がするけれど?」
「えぇ。だけどリア充は別よ。失せなさい」
「酷い!?」
こんなのリア充差別だ! 警察に訴えてやる!
男と女のすることをしてないんだからカップルとは言い難いぞ!
でもそんなことできないから俺達は今のままでカップルを名乗ってやろう。
しょうがないんだ。ヘタレじゃない。
「でもまぁおめでとう」
拍手をしないでください。
俺はシンジ君じゃない!
逃げちゃダメだとか呟き続けてる人じゃないからね!?
しおりんちゃんの隣でシコシコして僕は最低だとか言わないからね!?
別に何をシコシコするかは言ってないからダイジョーブ。
アウト判定はしおりんちゃんがするけれど聞いてないから更にダイジョーブ。
「この世界で何気に初めてのカップルじゃないかしら?」
「別に過去にいてもおかしくないと思うけれどね」
そして消えていった。俺という存在は多分非常に特別だから。
ふと思う。もしもその人が残っていたのならと。
片方だけが消えてしまったのだとしたら。
その人は消えることが出来たのだろうかと。
そんなありえないことを考えながらも――しおりんちゃんと一緒にゆりちゃん達の方へと走り出した。
SIDE:???
「愛が、生まれましたか」
だけれどこれは何なのでしょう?
愛が生まれたというのに、一方通行の愛だ。
愛してほしいと思っていない愛がある。
愛が生まれたら影を使い世界のリセットをする様にプログラムされています。
ですがこれは、愛が生まれたと言えるのでしょうか?
まだ愛は生まれておらず、愛が生まれる直前だと言うべきなのでしょうか?
愛とは互いに愛し、受け入れることだとプログラムされています。
彼女の愛を受け入れ、自分も愛を与える。
彼氏の愛を受け入れ、自分も愛を与える。
だというのに、彼女の愛を受け入れない。
自分の愛だけを無意識に一方的にぶつけている。
彼女の方は愛が生まれていると言って差し支えないでしょう。
わからない。
理解不能。
彼が何を思っているのかは知りませんが――。
そこで打つ手が止まった。
何かがここに近づいてくる?
何かが起きようとしている?
「――ストップです」
その人物が誰かはわからなかった。
仮面で顔を隠した人物が、そこには立っていた。
「――貴方の決断は間違いではありません」
愛が生まれていると言うことを、彼女は知っている。
「――だが今はそれを起こすべき時ではありません」
「それは出来ません。私はプログラムですから」
だが自分の腕は動かなかった。
まるで汚染されていくかのように、私の思考回路は彼女に浸かって行く。
一体彼女は何者なのだろうと、聞くことは出来なかった。
その前に私のしようとしていたANGELPLAYERの使用権は封印されてしまったから。
いつまでもいつまでも落ちていく意識の中で、最後に彼女の髪が見えた。
白く、銀色に光り輝いている髪が。
次回予告
「下ネタやめろ」
「子作りしようよ子作り」
「今他の女の子のこと考えてたでしょ」
「みゆきちちゃんはマジ天使」
「目がぁ! 目がぁぁぁ!」
「やっぱりしおりは俺の嫁」
「消えるの!? やっぱり幸せになりすぎちゃった!?」
「ねぇタッ君。この時位はしおりって呼んでみて?」
第14話《Your Name》