少ししか出てないのに溢れる欝があります。
「――まぁ普通だな」
練習を初めて一週間。
日向君が案外普通にギターを弾くことができたことにより、俺達は順調に準備を進めていた。
「普通だね。それ以上でもそれ以下でも無い」
でも何だかしっくりこないんだよね。
普通って言うか、ノーマル?
アブノーマルが足りない気がする。別に異常が欲しいわけじゃないよ?
「バンド……厳しいかもしれないね」
正直に言って、この学校でバンドを披露してもあまり上手くいかない気がする。
この学園にはガルデモというあまりにも大きすぎる存在があるから、それ以上の演奏をしなければ意味が無い。
「まぁやれるところまではやってみようよ」
しおりんちゃんの言葉に頷くと、俺達は練習を始める。
しおりんちゃんとみゆきちちゃんの演奏は最早凄まじいというレベルだ。
なのに普通よりも上がらないのは――俺と日向君が足を引っ張っているからにほかならない。
演奏を続けて歌い終えた瞬間、やはり思う。
二人についていけていない。
ゆいにゃんも頑張っていて、普通に俺達よりも上手いししおりんちゃんとみゆきちちゃんのレベルにも到達しそうなほどだ。
「――足りないのは俺達かな」
「だよなぁ……」
バンドっていうのは精密だ。
例え凄い人が三人いたとしても、二人下手がいればたちまち崩れ始める。
俺は歌うだけだけれど、それでも音程を完全に取り切れているとは言えない。
ゆいにゃんと合わせるのが精一杯な状態だ。
曲を完全に理解して歌えていない。
「多々先輩! 全部合わせなきゃいいんじゃないでしょうか!?」
いきなりそう叫んだゆいにゃんの言葉に、なる程と頷いた。
まぁ日向君は意味がわかっていなかったらしいけれど。
「サビの部分以外はAパートとBパートで声を分けて、サビになったら二人が合わせるってわけか」
「おぉ! それなら出来るんじゃね!?」
だがそれだと問題が日向君に移るだけだ。
正直に言えば後数週間でどうにかなるレベルの話じゃない。
それこそあの二人は、恐らく生前から今まで練習し続けてきてあのレベルに到達したんだ。
なら俺達が数週間で出来る話じゃない。
「ひなっちにはあたしが教える!」
しおりんちゃんがそう真面目な顔で言った。
やっぱり音楽には真っ直ぐな子だ。
俺はその姿を見つめてから、心の中に強い思いを感じた。
――しおりんちゃんが好きだ。
心の底から愛していると確信しているし、彼女になら俺の全てを話してしまってもいいと思っている。
だけどそれをしてしまえば、俺は自分が許せなくなってしまう。
でも俺は大切な人に――最後の約束に答えてあげたい。
二人の未練と俺の未練。
その全てを叶えたいからこそ、俺はここにいるんだから。
しおりんちゃんの部屋に俺は来ていた。
今回は特別許可を得て日向君も来てるし、ゆりちゃんもいる。
全員の名前を挙げてみれば、俺、しおりんちゃん、みゆきちちゃん、日向君、ゆりちゃん、ひさ子ちゃん、まさみちゃんの七人だ。
「貴方が定期的に女子寮に入っていたことはわかったわ」
遂に俺がいることがバレたのだ。
まぁ手を出していないってことで堪忍されたし、マネージャーという立場上話すこともあるからこれからも入っていいと言われたけど。
ちなみにここでNOと言われても俺は入っていたけどね。
「それで――日向君と私をここに呼んだ理由は何かしら?」
そう。本来ならば女子寮に侵入したという話をするのは今日じゃなくても良かった。
それに日向君に来てもらう必要も無かった。
なのにここにいるのは、俺が呼んだからだ。
「知っててもらいたい事があったんだ」
「知っててもらいたいこと?」
怪訝な顔をするゆりちゃんに、珍しく真剣な表情で頷いた。
「俺の――あの世界に残している未練の話」
「……過去を話すというわけね。岩沢さん、部屋の鍵を閉めてもらえるかしら?」
カチャリと閉められた扉を一瞥してから、俺は口を開いた。
「俺の未練はこの世界では叶えられない。だから俺はこの世界で完全に満足することは出来ないし、だからこそこの世界から出ることは永遠に叶わない」
それは既にガルデモのメンバーには伝えてあること。
だからこそそれを聞いた人の反応はわかっているし、案の定ゆりちゃんと日向君は絶句していた。
「そしてここからが俺の過去の話。俺が抱えているのは三つの未練」
三つのことを全て思い出す。
大切な人と、俺の望んでいる未練を。
「一つ目。俺には姉さんがいた。その人の名前は
笑いかけてくれた姉さんの、暖かい笑顔を思い浮かべて俺は唇を噛み締めた。
「二つ目。俺には彼女がいた。その人の名前は
一緒にいてくれた優しいその心を思い出し、俺は両手を握り締める。
「そして三つ目。俺の願い。姉さんを傷つけた奴らを、蓮花を殺した奴らを一人残らず殺すこと。それが俺の最後の願いにして、絶対に叶わない思い」
いつだか教えてくれた。
この世界に命ある者は生まれない。
だから蓮花の思いに応えることができない。
この世界に結婚はない。
だから俺は姉さんの思いに応えることが出来ない。
この世界に奴らはいない。
だから俺は俺の願いを叶えることが出来ない。
「……その二人に何があったのかは、今は聞かないでおくわ」
「そっか」
言葉を失った人達がいる。ガルデモのメンバーだ。
俺の中に眠る悪の心を、俺の中にいる大切な二人を知っていて欲しかった。
特に俺の好きな人であるしおりんちゃんには、やっぱり隠し事をすることはできなかった。
例え自分が許せなくなってしまったとしても、俺は自分の心を吐露したくなってしまうほどしおりんちゃんのことを愛してしまっていた。
もしもこの真実で嫌われるとしても、彼女に隠しているのだけは嫌だと思ってしまった。
「じゃあ死因は何だったんだ?」
瞬間空気が凍りつく。
しおりんちゃんが俺に視線を向けてきてから一瞬で逸らし、少し顔を赤くしていた。
ひさ子ちゃんも俺と目を合わせないようにしている。
その空気に気がついた日向君が言葉を下げようとしたけれど、結局のところいつもシリアスにネタを突っ込まれても困るので言う事にした。
「――テクノにブレイクした」
「殺すわ」
ゆりちゃんが拳銃を俺の頭に押し付けてきた。
ステイ、ステイ。聞いたのは日向君だ。俺は悪くない。
「貴方酷い生涯で可哀想って思った瞬間にこれ!? 貴方のあのしんみりとした表情は何処に行ったの!? 何故そこでコメディをぶち込んできたの!? シリアスがシリアルに早変わりじゃない!」
だってしょうがないじゃない。
あの頃は性欲盛んな高校生だったし、色々あったんだよ。
「マジごめん。でも、俺は普通の人よりも多分消えにくいと思うよ」
どれだけ自分が幸せになろうとも、絶対に復讐というこの思いは無くならない。
殺すと決めたあの日から、俺は止まらずに生きてきたから。
「はぁ。それでも貴方のことは理解できたわ。そして貴方が男子を避けている理由も、常に金的を狙い続けている理由も大体は予測がついたわ」
あははは。やっぱりゆりちゃんは頭がいいなぁ。
やっぱり俺の心にそういう事があったっていうのが根強く残っているからね。
無意識の内に男性を避けちゃうし、取り敢えず金玉を潰すという考えが出てきちゃうんだよね。
「貴方がここに居続けるならやはり戦線にいなさい。私達がそれを守るわ」
「流石ゆりちゃん。マジリスペクトっすわ」
日向君を見ると、少し笑っていた。
「お前が普通に居てくれれば、俺は安心だよ」
「ねぇ助けて! ホモに狙われてる! 俺に安心できる日はないんだ!」
「ホモじゃねぇよ! と言うか普通にお前のことを褒めたんだからそんな反応するなよ! 悲しいだろ!?」
悲しいとか言われるとちょっと心に響いて弄りにくくなるからやめていただきたい。
「タッ君」
しおりんちゃんの声で止まった。
え? 何で日向君もゆりちゃんも静まり返るの?
取り敢えずシリアスは過ぎたんじゃなかったの?
「それでもあたしはタッ君が消えれるまで待つよ」
――何も言葉が出なかった。
真っ直ぐと俺を見て放たれた言葉が、俺の心にひしひしと染み込んでいく。
俺が未練を叶えるまで待っていてくれる。
正直に言えば拒絶されると思っていた。
常に復讐を考え、殆ど女性としか話せないこの欠陥品のことを嫌いになると思っていた。
「だって約束したじゃん。だたらあたしがタッ君が未練叶えて消えるまで一緒にいるよって」
そんなこと忘れていると思っていた。
「一人だったら悲しいけれど。二人いればダイジョーブ!」
こんな俺のことなんて、忘れてくれていると思っていた。
「あたし達ガルデモは、マネージャーにも優しいスーパーバンドですから!」
だというのに、彼女は忘れていなかった。
俺なんかとの約束を忘れていなかった。
「――マジな奴だな」
「――えぇこれは反則ね」
日向君とゆりちゃんのひそひそ話が少し聞こえたけれど、それすら耳に入らない。
頭の中で永遠と流れ続けているしおりんちゃんの言葉。
待っていてくれるという安心感。
一緒にいてくれるという安心感。
それのどれもが姉さんと蓮花に与えられた幸福感で、それを一気にしおりんちゃんは俺に与えてくれた。
参ったなぁ……。我慢できないよ。
こんなに大好きな人がこんなに俺のことを考えてくれていたなんて、俺は夢の一つを叶えたくなっちゃうじゃん。
一緒に居ようって、答えたくなっちゃうじゃん。
「ありが、とう」
漸く絞り出した言葉を言って、俺は俯く。
この心の奥に眠る復讐心と同じくらいに大きな存在に、出会ってしまったのかもしれない。
もしかすると俺は、この子によって変えられてしまうのかもしれない。
「どういたしまして!」
その笑顔を、俺は大好きだと確信した。
迷わない。逃げ出さない。
本気で俺は、彼女を愛したい。
「頑張ろうね、学園祭」
多分そう告げた俺の顔は、非常に赤かったと思う。
SIDE:ゆり
関根さんと多々君以外が集まった校長室にて、私は新たなオペレーションを提示した。
「オペレーション、ラブシンドローム……?」
「おいゆりっぺ。そりゃ一体どんなオペレーション何だ?」
「Please tell me」
高松君、藤巻君、TKの反応に私は口を開く。
「皆知っているかもしれないけれど、多々君は確実に関根さんのことが好きよ」
何人かはざわめいたが、それ以外は黙って頷いていた。
やっぱり皆気がついていたのね。
と言うよりも気がつかない方がおかしいというレベルだった気もするけれど。
「そして先日聞いた話だと、多々君は自分が幸せになっても叶えられない程の未練を持っているわ。そして入江さんからの情報によると関根さんの未練は今や多々君が未練を叶えることになりかけているらしいわ」
関根さんも実際多々君のことが好きなのね。
そして関根さんは恐らく、多々君が消える瞬間を見るまで消えられないと思っている。
私とあまり変わらな――いえ違うわね。
「正直に言っていつもいつもはしゃぎながらも一緒にいて笑い、一緒にいて初心な反応しているあのリア充――もとい多々君と関根さんがうるさいので付き合わせちゃえばいいじゃない!」
「でもゆりっぺ。それで多々達が消えたらどうするつもりだ?」
「消えないわ。そんなヤワな思いじゃないもの」
あの時の多々君からは本気で殺気を感じたわ。
そしてあの時のあの瞳は、本当に殺すという覚悟を決めた者の目。
私以上の怒りと憎悪を持っているのはすぐにわかったもの。
「今回のオペレーションラブシンドロームの内容は、多々君が告白することを止めずに眺めながらそれを邪魔する全てを排除することよ!」
「俺達が何かするわけじゃないのか?」
「そんなことしなくても告白するわよ」
「だけど確か多々君ってヘタレじゃなかったっけ?」
大山君の言葉を聞いて、そう言えばそうねと思い出した。
彼はヘタレ……いえ。それでもやる時はやる男よ。
と言うよりも今回告白しなかったら学校の屋上で放送しながら告白させてやるわ。
「安心しなさい。彼ならやるわ」
それでも信頼できるのは、恐らく彼が女性に対して真摯な態度を持っているからなのかしら?
そう思いながらこのオペレーションラブシンドロームを――開始した。
次回予告
「普通だね。それ以上でもそれ以下でも無い」
「多々先輩! 全部合わせなきゃいいんじゃないでしょうか!?」
「貴方が定期的に女子寮に入っていたことはわかったわ」
「――テクノにブレイクした」
「貴方がここに居続けるならやはり戦線にいなさい。私達がそれを守るわ」
「おいゆりっぺ。そりゃ一体どんなオペレーション何だ?」
「だけど確か多々君ってヘタレじゃなかったっけ?」
「だって約束したじゃん。だたらあたしがタッ君が未練叶えて消えるまで一緒にいるよって」
第10話《Three Regret》