やはり俺の青春ラブコメがゲームなのは間違っている。   作:Lチキ

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彼は初めて死の恐怖に対面する。

 薄暗い森の中、人影が大量の植物に襲われている。

 植物に襲われる。なんて、違和感を感じる表現だが繰り広げられる光景はそう表現するしか言いようがない。比喩でもなんでもなく。植物に襲われている。

 

 と、いっても、それは植物と言うには甚だ醜悪だ。

 

 花のつぼみのような寸胴型で2本の触手が足元からうねうねと蠢いている。

 例えるのならハエ取り草みたいな大きな口からは緑色の液体を放出している。

 綺麗な花に手足をつけたような愛嬌もなく、その姿はまるでモンスターだ。というか、普通にモンスターだ。

 

 ホルンカの村から少し離れた西の森。そこに生息する植物型モンスターリトルネペント。食虫花型モンスターでありレベルとしてはフレンジ―ボアより少し強いくらいで、ある1つの特性に注意すればさして問題のない雑魚モンスターである。

 

 そう、ある1つの特性を除けば。

 

 個であれば軽く倒せる相手。それが雑魚と呼ばれるモンスター達。例え2体であっても、何なら3体であっても難なく倒せる。

 しかし、どんな相手でもそれが集団となれば話は別だろう。

 

「ぐぎゃぁ」

 

「はぁはぁ‥‥23‥‥どんだけいやがんだよ!」

 

 その証拠が今、1体のモンスターを倒した彼の状況だ。23という数のモンスターを倒した彼のレベルは決して低くはない。彼、比企谷八幡ことプレイヤーネームヤハタ。

 

 個という漢字を体現したような存在。直接的な言い方で言うとぼっちである彼は、自身の天敵ともいえる集団と対峙している。

 倒した数を察するに苦手な相手であっても一騎当千の奮闘を見せる彼は、はたから見ればレベルの高いプレイヤーとなるだろう。

 

 だが、いくら敵を倒そうと次から次に湧いてくる相手に疲弊を余儀なくされていた。

 息も荒く、なぜか現実と同じように濁りが反映されてる瞳も普段の数倍酷くなっている。

 

 彼の弁曰く、集団で群れる者は弱さを補うためらしい。故に逆説的に、ぼっちである比企谷八幡は絶対的強者と呼んでいいだろう。たぶん違うと思うが。

 しかし、逆説の逆説的に言えば集団とは、つまり強者という事だ。モンスターでもリア充でも。スライムでも、童貞風見鳥でもそれは同じなのだ。

 

「‥‥くそが!!」

 

 また1体のリトルペネントを屠るが、見渡しても数が減った実感を持つことはできない。むしろ、彼を取り囲む包囲網は着実に迫ってきていた。疲労につれ段々と被弾する数も受け、すでに3分の1以上のHPを失っている。

 

 

 

 でも、なぜ彼がこんなピンチに陥っているか?

 それは今よりさらに1時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと着いた・・・ここがホルンカの村か?」

 

 デスゲームが始まり3日。

 ゲーム攻略へ乗り出してる俺は3日目にしてようやく次の村にたどり着けた。なお、正常であり平常通りぼっちのソロプレイヤーである。

 パーティーゲーム?そんな迷信、信じてるの?マ○オパーティーは1人か兄妹で楽しむ物だし、ス○ブラは全キャラでマスターハンドを倒すまでを楽しむゲームだ。ポケモンの通信なんてものは1人で2機のゲームを買えという企業戦略に他ならない。

 

 基本的にそういう企業戦略に屈しないのが俺のスタイル。だからバレンタインとかも参加しない。別にもらえない訳じゃない。ちょっと前にした気もするがそれは部活道で仕方なくだ。 

 という訳で今回も同じようにソロでいる訳ですよ。別に誰にも相手にされてないとかいう訳じゃないんだからね! 

 

 といった感じで企業に、さらに言えば茅場晶彦の思惑に真っ向から対峙してる俺なのだが、なにぶんソロだと色々と大変だ。まず、安全マージンが低くなるし、1度に持てるポーションも限られてるから補充のために街とフィールドを行き来するので時間もかかる。

 

 始まりの街からここまで、多少入り組んではいたが距離的には1日、いや半日もあればたどり着けるのになんやかんやで3日もかかってしまった。

 

 それでも時間がここまでかかった理由は、俺がモンスター1体1体の生態やら攻撃パターンを地道に探っていたからだけどな。

 

 何分このゲーム、攻撃パターンは豊富だし決まったアルゴリズムで動くものの分かりずらい。1体の時とそれ以上の時で攻撃パターンが違うとかなんだよその設定。しかも集団になればなるほど難解になってく。

 

 もうさ、技の数は4つ野生のモンスターは最高でも2体とかでいいだろ。もしくはパターンになきごえとかにらみつけるとか非攻撃の技を入れてくれ。

 

 しかも人型のモンスター、コボルトなんて手に持った武器でソードスキル使ってくる始末だぞ?初めて見た時、驚きのあまり「あsぢphp不二子sdfふれw!?!?!?」みたいな、変な声だしちゃったよ。

 

 そういう初見のモンスターでも複数人で囲んだりすれば難なく倒せるのだろうけど‥‥何見てんだよ、見せもんじゃねえぞ?あん?

 いっそあれだな影分身とか使えないかな?孤独を紛らわす術を使えば1人でもどうにかなる。それかテニヌだテニヌ。反復横跳びしとけば1人ダブルスできるだろ?いや無理だから。

 

 クソ、これも全て茅場が悪い。マジで茅場許すまじ。神様どうか茅場晶彦がゲームするときロードにやたら時間のかかる呪いをかけてくれ。お願いします。3百円あげるから。俺以外の誰かが。

 呪いがしょぼい上に他力本願。

 うん、いつも通りの俺だな。大丈夫まだ焦る時間じゃない。幸いにもこのゲームをプレイしてる奴は9千人近くいるのだし俺以外の誰か、元ベータテスターとかは先に進んでいるはずだ。

 次の街に行くのに3日かかっても絶望するのはまだ早い。

 

 そういや、ベータテスターって聞くとあいつの顔を思い出すな。

 しかし、まさかキリトとクラインがホモ達だったとは‥‥。あまりの衝撃に、気が付けば2人ともいなかったし。

 

 いくらデスゲームに巻き込まれ自暴自棄になってもああなっては人間終わりだと思う。

 

 あいつらが攻略に出てるならいずれ会う事になるかもしれないが、その時は知らない振りをしよう。下手をすればあれだし。俺のアレがあいつらのアレであーしてアーッ的なな?うん、今後2度とあいつらに会わない事を願おう。

 それにほら、海老名さんが出血死してしまう可能性がある。人命にかけてあいつらと俺は赤の他人だ。

 

「えーと・・・ここか?」

 

 さて、このホルンカの村に来たのには攻略意外に理由がある。まだデスゲームになる前に仕入れたNPC情報で、この村で強力な武器が手に入るクエストがある事が判明しているからだ。

 

 その武器が片手剣という事で断念したが、武器屋で3000コル程度の武器に命を預けるのも心もとない。命が掛かってるのでは自分の信条よりも性能や効率を重視するのは当り前だ。むしろ、この柔軟な思考と対応能力こそ俺の信条といっても過言ではない。

 

 まぁ、もし俺が一流のゲーマーならこんな労を伴わずにすんだのだろうけど。空白くらいの腕があればデスゲームもぬるげーと化すかもしれんな。結構似てるとおもうんだけどな。世界一可愛い妹がいる所とか、世間を斜に見てる所とか。ただ、あそこの兄妹は義兄妹なんだよな。妹と結婚できるとかマジで空許すまじ。俺だって、仮に小町と血が繋がっていなかったら即ルート入りしてるところだ。

 

 おっと、ここから先は一方通行だ。違った行き止まりだ。これ以上の思考は色々とやばいので早々にゲームを進めようではないか。

 とりあえず最後に言葉を残すなら、俺は義兄妹は邪道、兄妹こそが王道と言おうと俺は思いました。 

 

 ホルンカの村のさらに外れ。寂しくポツンと佇む民家で例のクエストを受けられるようだ。

 たて付けの悪い扉を開けると中には老人が1人。それにベットに横たわる少女が1人。合計2人いた。その中で老人の方の頭の上には?マークが浮かんでいた。変わったファッションですね。多分違う。

 

「ああ、なんていう事じゃ!わしの、わしの大切な孫娘が病におかされてしまった‥‥」

 

「っ」

 

 恐らく?マークがクエスト受注できる印みたいなものだと予想して近づくと老人は突然大声を上げた。 

 

 ゲームなのだしそううものだと理解できるけど、なんとなく恐い。人と同じ姿なのに決定的と言わないまでも違い、違和感を感じる。

 

 いや、多分それは俺がこれをゲームだと認識してるからだろう。偽物と思っているものが本物に近すぎる事でそれが違和感となっているんだろう。仮に俺が何も知らずにこの光景を見ていれば老人の鬼気迫る嘆きを真に受け涙腺を緩ませている所だ。

 いわば不気味の谷の逆バージョン。

 

「この病を治すにはホルンカの西にある森にしか生息しない植物から採取された花が必要じゃ!

 しかし、老い先短いワシでは途中でモンスターに殺されてしまう‥‥誰かが西の森から薬の原料を持ってきさえすれば娘は助かるのに‥‥」

 

 そうこう考えてる間にも老人の独白は続く。

 ふむ、どうやら採取系のクエストみたいだな。その植物の花を持ちかえればいい感じのRPGではおなじみの奴だな。

 

「さすれば、せめてものお礼に先祖伝来の長剣を差し上げる」

 

 老人が話し終えると俺の前にクエスト受注画面が開かれた。

 

 

クエスト名:『森の秘薬』

 

クエスト内容:リトルネペントの胚珠1つを持ち帰る

 

クエスト受注:YES/NO

 

 

 攻略の遅れからか、それとも油断していただけかなのかここで俺は1つ失念していた。決定的に勘違いをしていた。

 老人の話からこのクエストはてっきり植物採取系の簡単なものだと思っていたんだ。多少面倒でも戦闘は少ないと高を括っていた。 

 

 まさか植物が植物型モンスターだとは夢にも思わなかった。

 さらには、この敵のモンスターリトルペネントに対しても油断していた。初めて見た時キモッと思い速攻狩に行ったらフレンジ―ボア並みに簡単に倒せた。まぁ、多少の違いはあれど所詮は1階層なんだしこんなものだと思ってしまったんだ。

 

 このゲームの主催者たる趣味悪い、性格悪い、マッドサイエンティストの3拍子揃った最悪の男、茅場晶彦がそんなヌルゲー作るはずもないというのに。

 

 俺は失念していた。

 

 だからだろうか、今まで慎重に慎重を重ねてきた俺があんな軽率な行動に出たのは。いやそれだけじゃない。連戦による低下した思考が、倒しても倒しても一向にドロップしないイラつきが、目の前に現れたイレギュラーに対し警戒心を鈍らせ、平然と攻撃してしまった。

 

 頭の上に”実のついた”リトルペネントを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして冒頭に戻る。

 

 あの頭の上に実のついたやつを攻撃すると奴は叫び声をあげ、それに準ずるようにわらわらとリトルペネントが集まってきて今の状況になった。

 

 ‥‥まじでピンチだ。

 

 もはや何体倒したのかも分からないほどリトルペネントを葬ったが一向に活路は見いだせない。

 活路と勝つエロは似ていると思った。駄目だ、思考を放棄するな!意識をしっかり持てよ俺!!

 

 でも、世界に本物の勝利というのがあるのならそれは間違いなくエロだ。つまり、矢吹先生は神である。まじダークネス!!

 

 しっかりしろ俺!!!

 

「おらッ‥‥な!?」

 

 そんな馬鹿な事を考えていた報いだろうか?また一太刀敵に浴びせると、同時にポキンという間抜けな金属音が聞こえた。さらに、音だけではなく見た目もポキンと真っ二つに折れ虚しく地面に吸い込まれていく曲刀があった。

 

 薄いホログラムと化し地面に落ちた刃も握りしめてた柄の部分も消えていく。

 

「こんな時に耐久限界かよ!!」

 

 ゲームシステムの1つである耐久限界。武器や防具、はては食事や雑貨なんかにも備わっているこれは、文字通り耐久の限界であり、これを迎えた物はすべからず消えてなくなる。

 

 武器や防具といった物は定期メンテナンスをすれば大丈夫なんだが、この連戦でどうやら限界を迎えたようだ。

 戦闘時で武器を失うという事は、そのまま嬲り殺しにされる事を意味してる。だから、もしもやらかしてしまったら即刻その戦闘を離脱するか、新しい武器に持ち変えるのが定石だ。

 もっとも今の俺に逃げるなんて選択肢はない。かっこつけとかじゃなく囲まれてリンチに合ってるし。だから、やむおえず俺は急いでメニュー画面から新しい武器を装備しようと手を動かす。

 

「ぐぁっ!?」

 

 が、故意かどうかは分からないが俺のその行動は最後までやり終わる前に乱暴な衝撃で邪魔される。

 襲いくる触手から身を守りながら必死に手を動かす。が、武器がない今俺にモンスターの攻撃を防ぐすべはない。手を盾にしてもダメージも衝撃も受ける。

 

 無情にもHPバーは徐々に減っていき緑色から黄色へ 

 

 嘘だろ?まさかこんなところでかよ・・・

 

 このまま辿るであろう自分の未来に体が震えだす。

 

 認めたくない。認めたくないがこのまま俺に向けられる結果は、末路は変わらない。

 

 こんな所で、こんな形で。

 

 

俺は死ぬのか?

 

 

 

 死。という字が頭によぎる。明確でいて、誰しもに平等に訪れる変えられない真実。でも、それがまさか、こんなものだとは夢にも思わない。

 

 

 

 

 

 

‥‥‥‥‥嫌だ。

 

 嫌だ。嫌だ。こんなの嫌だ!死にたくない。俺はまだ死にたくない!!

 

 こんな所で死んでたまるか!まだ俺にはやり残したことがあんだよ!

 

 こんな形で小町と離れるなんて嫌だ!

 

 由比ヶ浜にハニトーを驕る約束も果たしてない!

 

 一色のいう責任だってまだ取れてない!

 

 戸塚にお別れも言ってない!

 

 それに、雪ノ下との約束だってまだ‥‥ッ!

 

 俺はまだ、こんなところで死にたくない!

 

 襲う衝撃の中、縋るように手を伸ばすが、誰も助けてはくれない。

 

 死にたくない。

 

 HPが赤色に代わった。

 

 死にたくない。

 

 救いはない。覚悟のできてない死の感覚が俺の体を包み込む。

 

 死にたくない。

 

 緩やかに、それでいて不快なほど柔らかい極上の絹のような感覚。これに身を委ねれば苦しむことなく死ねるだろう。

 

 死にたくない。

 

 諦めたけど、諦めきれずに天を仰ぐ俺。もがき苦しみ惨めに伸ばす手を誰かに掴んでほしくて伸ばし続ける。

 

 それでも、その時は訪れる。もうHPはスズメの涙ほどしかなく、最後の一撃とばかりに目の前に現れたリトルペネントは触手を大きく振り上げた。錯覚かどうか、大きく開いた口が俺を嘲笑ってるように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、その時だった。受け入れられない現実に目を見開く俺の前に丸い何かが放り込まれた。

 

 一瞬何か分からなかったがよく見るとそれは癇癪玉のような形状で、地面に落ちると同時に破裂する。すると、その中から大量の煙が放出された。どうやら煙玉のようだ。

 

「な‥‥て、くさっ!?」

 

 緑色の煙は、視覚よりも嗅覚に対し効果を発揮した。無茶苦茶臭い。何かが腐ったような苦いような鼻の奥をしびれさせる何とも言えない臭いが充満する。

 

「~~~~~~」

 

 するとどういう事だろう。煙に触れたリトルペネント達は急に苦しみだした。今まで完璧とも思える包囲網を築き上げてきたやつらは連携を失った烏合の衆の様に足並みを崩し始め穴を作る。

 死の恐怖と突然起こった事態。それと強烈な悪臭に思考が追いつかなく呆けていると、伸ばしっぱなしの手が何かに捕まれ引っ張られる。

 

「‥‥え?」

 

「いそゲ。逃げるゾ!」

 

 フードをすっぽりとかぶり、くぐもった声の誰かに捕まれた手は成すがままに誘導され、するりするりとモンスターの間を抜ける。

  

 死の恐怖から一変、何が何だか分からない俺を残し急死を脱却することに成功した。頭に?マークを作りながらふと思ったのは、引っ張られる手に感じる小さなぬくもりだけだった。

 

 

 

 


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