アイドルマスターシンデレラガールズ~花屋の少女のファン1号~   作:メルセデス

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さてさて、仕事が忙しくなり本格的に更新が出来なくなってきた今日この頃。

とりあえず、ひと段落はついた、ということで投稿致します。
…次はいつ投稿出来ることやら


第7話

バックダンサーの件は大成功だったらしい。ライブが終わったその夜、島村さんからメールが届き、メールの文章からその旨が伝わってきた。これでアイドルとしての一歩を踏み出した、と言ったところだろうか。いくらバックダンサーとはいえ、ステージに立てたことは良かったと思う。それだけではなく数日後、トントン拍子にバックダンサーで踊った三人組でCDデビューまで決まったらしく、収録も行なっていると島村さんから連絡があった。三人組というこは…島村さんと渋谷と…みお…さん(会ったこともないからさん付けにしとこう)だっけか。普通はこんなに早く決まるものなのかどうかはわからないが、何かきっかけがあったのかもしれない。…クラスメイトがアイドルで、しかもCDデビューか。何だかそう思うだけで特別な環境にいる気はする、良い意味でだ。そんな良い流れの中で日にちが過ぎていき、今日は生憎の曇り空。しかも雨雲っぽいのだ。今日は降らないかもしれないが近い内に振るのは間違いないだろう。しばらく雨なんて降ってなかったから、とある場所や人にとっては恵みの雨になるか。その反対で、必要な人もいるだろうが俺みたいな学生にとっては通学・帰宅の際に面倒な手間を取らせる。雨も必要なことだとは理解はしているが、面倒だと思うことくらいは許して欲しいものだ。…さて、授業中に別のことを考えるのは良くないし、そろそろ集中しよう。先生が俺を見てるしな。

 

「そう言えば、この前346プロのイベントに行ったんだけどさ。渋谷さんの様子が何か変だったんだよ」

 

放課後になり、近藤が話しかけてくる。先日、イベントがあった…と言うのはCDデビューのイベントだろうか。確か、渋谷や島村さんも参加していたイベントだったはずだが。

 

「というと?」

「渋谷さんがいる方のユニット方なんだけどさ、こう…楽しんでないっていうか…。単純に疲労が溜まって体調が悪いのかとも思ったんだけど、今日は普通に学校に来てたしさ」

 

もう既に渋谷は教室にはいないが、確かに今日は渋谷は学校に来ていた。今日は例のお菓子を作ってないため会話はしていない。何回か視線に映ったりはしたが、流石に何かを感じることはできなかった。

 

「渋谷がいる方のユニットってことは、そのイベント何組か参加してたのか?」

 

「もう1組だけな。もう1組の方はデュエットだったんだけど可愛いって言うより綺麗だったし、歌い終わった挨拶も全然普通だったよ」

「渋谷達の方は?歌い終わった挨拶に違和感があったってことか?」

「いや、歌ってる最中もだ。こう動きがぎこちないっていうか、元気が出そうな曲なのに表情は何とか作ってるような感じだったし、終わった後の挨拶も俯いてる感じだったんだよ。………そういえば、渋谷さんともう1人がセンターの子をやたら気にしてる様だったな」

「…センターの人って、髪は長かったか?」

「いーや、ショートだよ。…って、何でそんなこと聞くんだ?ショートヘアーの方が好みなのか?」

「そういうわけじゃないんだがな、ちょっと確認したかったんだ」

 

確かに聞き方が悪かったが、誰がセンターだったのか把握したかっただけだ。近藤の話からすると、センターは島村さんでも渋谷でもなくみお…さんという人だったのだろう。

 

「緊張…じゃないのか? それなら動きが固かったのもわかるし、センターの人が特に緊張してたから気遣ってたとかで話が通ると思うが」

 

…聞いた話だけだと全くわからない。体調不良には見えず、表情や動きが固かったとなれば…緊張という理由しか思いつかなかった。

 

「芳乃がそういうならそうなのかもな。まぁ、こういうのって一番は経験するしかないからなー…前にやった時は、会場は広かったけどバックダンサーだったし、今回は自分達で歌も歌ったんだから緊張の度合いが違ったんだよな、きっと」

 

予想としてはここまでだろう。これ以上は本人のいないところで議論しても仕方ない。

 

「それはそれとして…近藤」

「なんだ?何か聞きたいことが他にもあったか?」

「………それを何故に俺に聞いたんだ?渋谷の友人なら他にもこのクラスにいるだろ」

「だって、一番仲が良いの芳乃だろ」

「それはない。同性の友人の方が仲が良いし、異常があった場合は気付きやすいはずだ」

 

幼馴染とかならまだしも、高校に入学して初めて会ったんだ。しかも学校以外で顔を見ることは………あることははあるがそれも偶然だ。

 

「なら今度、クラスが集まってる時に聞いてみても良いぞ? 『このクラスで渋谷と一番仲が良いのは誰だと思う?』ってな」

 

「冗談でもやめてくれ」

仕方ないな、とニヤつきながら言うと近藤は帰っていった。今日は雨が降りそうなこともあってか、元々部活は休みの予定だったらしい。

…もし、一番仲が良いのが俺になったと証明されても、渋谷の機嫌が悪くなりそうだ。俺が一番仲が良いなんて証明されでもしたら、お互い話し掛け辛くなりそうだしな。はたまたその様子を察した渋谷の母親に何を言われるか、と想像しただけで頭が痛くなる。………まぁ、もし俺が現時点で渋谷と一番ではないにしろ仲が良いって言うなら、俺にとっては嬉しいがな。容姿の整ったアイドルと仲が良いって、嬉しくないわけがない。と、ズボンのポケットが震えたことに気付く。携帯の振動だ。数秒間のものだし、メールか何かだとは思うが。

 

「…ここ最近、忙しかったからな」

 

教室に誰もいなくて良かった。つい独り言を呟いてしまったが、島村さんが風邪を引いた、と本人からメールが来たのだ。先日のイベントで2人から気遣われていたセンターのみおさん。今日から風邪を引いている島村さん。そして、渋谷。

まるで天気によって流れが変化しているような気がするが…気のせいだよな。島村さんに『お大事に』とメールを打ち、帰宅のために席を立った。

 

 

 

現状で雨が降っていないため家から持って来た傘を学校に置きっ放しにしたが、今日は降らなそうだから安心した。今日は買い物もないし、真っ直ぐ家に帰ろう。と、曲がり角を曲がったところで何かとぶつかりそうになる。

 

「すいません」

「いえ、こちらこそ申し訳ございません」

 

ぶつからずに体を避けて軽く頭を下げて謝罪をしたところで、顔を上げるとスーツ姿が見えた。声も随分と野太いな…。最後まで顔を上げると、見覚えのある方だった。

 

「渋谷のプロデューサー…」

 

一度見れば中々忘れることが出来ない容姿だったため、流石に覚えていた。まさかこんなところで遭遇するとは思わなかったが。

 

「渋谷さんのクラスメイトの方…で宜しかったでしょうか?」

「そうです。こうして会うのはあの時の公園以来2度目です」

 

どうやら相手もこちらを覚えていたらしい。素性の確認のためにも疑問形で聞いて来たが、アイドルのプロデューサーだ。日々、色々な人に会うだろうし覚えていただけでも凄いとは思う。今回に関しては、仕事中だろうし出先に向かう途中だろうか。時間を取らせても悪い…とは思うが、聞いて良いものだろうか。先日、ステージ上に立った3人に問題自体が起こってないかもしれない。もしくは、センターのみおさんだけに問題が起こったとして、何か状況を聞こうものなら…それこそただのお節介だ。島村さんは風邪で休んでいるため恐らく自宅で療養中。彼女はプロデューサーがお見舞いに行って状況確認などするかもしれないから問題はないだろう。

 

「あの…お仕事中だとは思いますが…一つだけ聞いても良いですか」

「何でしょうか?」

「最近の事務所での渋谷は、元気でやってますか」

 

何も起こってなければ良い。そう思いながらも、聞いてしまった。担当のプロデューサーなら、彼女は自分のことを愛想がないと言っていたが、異常があれば気づいてる可能性は高いと思っている。

 

「………少々、問題はありますが心配はありません」

 

答えるまでに間があり、目線を外し、後ろ首をさすりながら答えたプロデューサー。

 

「…そうですか」

「…では、私は急ぎますので」

 

プロデューサーはこちらに一礼して俺が来た道を歩いて行った。あの人がどこに行くのかは知らないが、知ったところで仕方がないだろう。質問にたいして問題がある、と答えたということは現状まだ解決してない。問題の発生は近藤の言っていた先日のライブである可能性が高い。そして渋谷、もしくは彼女を含めた3人に直接的に起こっている。少々、とは言ったがそれはプロデューサーにとっての見解であり、当人にとっては小さいかどうかはわからない。正直なところ本人に直接確認すれば良いのだが…明日明後日は学校は休みだ。直接家に行ってまで確認するというのも、躊躇いがある。島村さんに聞いたらわかるかもしれないが、体調不良の人にわざわざ聞くのもどうだろうか。

 

…なるようにしかならないか。

 

実際、どこまで接すれば良いのか、どこまで関わるべきなのか…俺の中でまだ決心がついていないからこんなにも優柔不断なんだと思う。

アイドルというのは、遠い存在のように実際感じることも事実だ。そんなアイドルの問題を…関わったところでどうにか出来るのか…?

相変わらずの曇り空を見上げ、明日は雨が降りそうなことを確信しながらそんなことを考えた。

 

 

 

 

翌日。昨日の確信は現実となり、雨が降っている。そんな中、学校に忘れた傘を取りに行った。なので今手元には2本の傘がある。実際は学校の傘を取りに行ったのはなんとなくだ。予備の傘は家にあったため取りに行かなくても良かったが、家にいても落ち着かないから外に出て、どうせならと思い取りに行っただけのこと。そして昨日と全く同じ道を帰ってる…と走っている誰かとすれ違った。こんな雨の日に急いでいるなんて大変だな…と思いつつも後ろを見ると、昨日振りの背中が見えた。傘を持っていない状態でだ。

 

「渋谷のプロデューサー!」

 

雨が降っている中で走っているため、聞こえなかったら意味がないと思い、声を出した。相手は気付いたらしく、こちらを振り返ると昨日の別れ際と同じように一礼をした。走っていたということは何処かに急いでいただろうに、礼を忘れないのは仕事が出来る人なのだろう。

 

「担当のアイドルが体調を崩してるのに、自分まで体調崩したら意味がないですよ」

 

急ぎ足で近付き、開いていない方の傘を渡す。髪もスーツも濡れてしまっているが、濡れ続けるよりかは良いだろう。

 

「ありがとうございます。必ずお返ししますので」

 

受け取った傘を開き言葉を告げて走って行った。…連絡先どころか名前も知らないが、どうやって返すつもりだろう。まぁ、そのまま自分の物にしてくれても別にいいんだがな。

…彼は彼で恐らくやるべきことのために走っている。それが自分のためなのかアイドルのためなのか、はたまた別のことなのかは定かではないにしろ、やるべきことがあるのだ。

…なら、俺のやるべきことはなんだろう。いつまでも考えるだけでは意味がない。意味がないのはわかっているが…明確な答えは出せない。

 

 

 

いつの間にか雨は止んでいた。いつの間に止んだのかはわからないが、傘が一本になり、そんなに時間は経っていないと思う。よほど考えに耽っていたのか、現在位置を把握するのに周りを見渡すと…例の公園が目の前にあった。そして…ベンチの前に座っている一匹の犬と…容姿からでもわかる同じクラスメイトのアイドルが見える。もう既に問題は解決してるかもしれないがそれならそれで良いだろう。ただ、ここで声をかけなければ現状把握も出来ない。歩いてベンチに近付くと、彼女の様子で問題がどうなっているかに気付く。 具体的な解決は出来ないかもしれないが、ここで放っておくほど知らない仲でもない。

 

「ベンチ、濡れてないか?」

 

渋谷が何に困って何に悩んでるかもわからないし、話してくれるかもわからないが…手は差し伸べてみよう。そう決心し、声をかけた。

 

 

 

「どうしてここに?」

 

それが彼女の第一声。嫌悪感は特に感じない。若干声が弱々しい…様な気がする。今は関わって欲しくない…という感じではないようだ。

 

「昨日、学校に忘れた傘を取りに行ってた。今日は特に予定もなかったしな。それで帰る途中に渋谷を見かけたから何してるのかと思って声をかけた」

「物を忘れるイメージなんてなかったから、意外だね」

「普通に物を忘れることだってある。むしろ傘なんて、朝に雨の予防で持って来て帰りはそのまま良く置いて帰る…というか忘れる」

 

渋谷がそんな風に見てたのは俺も意外だ。忘れるからこそ家に予備用の1本を常に置いてるわけだが。さて、唐突かもしれないが…遠回しに聞いてみるか。

 

「今日はレッスンは休みなのか?」

「………そうじゃないんだけどね」

 

言葉を濁らせる渋谷。これは…想像以上に深刻なのかもしれない。レッスンがある日なのに行ってないということは…学校で例えると不登校みたいなものだろう。

 

「何か…あったのか?」

「………」

 

何かあったことは改めて確信が持てた。ただ…何があったかは渋谷に話して貰うしかない。話すには躊躇うだろうから、しばらく硬直状態が続くかとは思ったが…そんなことはなかった。

 

「信じられなくなったんだよ。プロデューサーを」

「どうして?」

 

プロデューサーも関係してるのか。もしかしたら、渋谷の家に訪問しに行ったのかもしれない。

 

「私達3人のユニットの1人が辞めそうになってて、でもデビューしたからにはユニットの3人で活動するのが当たり前で…。プロデューサーに私達がどうなるのか聞いても、はっきり答えてもくれない…」

 

みおさんが先日のイベントの後に辞めると言ったのだろう。その後、プロデューサーは恐らくみおさんを引き留めに行っている…と思う。昨日今日で2度すれ違ったが、引き留めに行ってるのかもしれない。

はっきり答えなかったのは…引き留められる自信がなかったから…?

はたまた迷っていたのかもしれないな。それに対し、彼女は失望してしまったのか。

 

「わけのわからないままアイドルになって、CDデビューまでしたのに…誰を信じたらいいかわからない…そんなのもう嫌なんだよ…」

 

今の渋谷の言葉を聞いて、一つ決定的に3人のユニットの中で違うことがあることに気付いた。島村さんやみおさんも恐らくそうだと思うが、自分から進んでアイドルになろうとしてなったはずだ。ただ、渋谷は違う。プロデューサーに導かれるままアイドルになった。興味や経験がある程度ある状態と、全く持ってゼロの状態。3人の中で最も普通の女の子の立ち位置だ。アイドルとしての自覚と覚悟が固まらないまま…短期間でのCDデビューまで果たしたが、いきなりのこの展開だ。自分達がどうなるかわからないことに不安…恐怖のようなことを感じているのだ…と思う。誰も信じられなくなって、346プロを飛び出してきて、悩んでいる、と言ったところだろうか。

かくいう俺自身も、渋谷がアイドルという意識が強い。でも…その前に同じクラスメイトの異性で友人だったな。そして…仮にもファン1号らしい。本人から承諾は得ていないが、本人の母親からほぼ認定されている。ファンとしてなら、アイドルは辞めて欲しくないと思う。友人としても同じだ。どうしても辞めたいというのなら止めない。ただ…アイドルを続けるのが辛いから辞めたい、というわけじゃない。なら、続けて欲しい方向で話をするしかない。

 

「渋谷のプロデューサーはさ、確かにはっきり答えなかったかもしれないし、迷うことだってあると思う。そういった姿勢を見れば、信頼が揺らいでも仕方ない」

 

自分で言うのもなんだが…年頃の女性だ。それも女子高生。プロデューサーが彼女にどのように言葉を伝えれば良いのか迷ったというのもあったと思う。でも、それでも何とかしようとしているはずだ。でなければ、あんな雨の中で傘も差さずに走るとは思わない。

 

「それでも、もう一度信じてみないか」

「・・・え?」

「渋谷のプロデューサーを。自分でスカウトしたアイドルだ。俺なら必ず連れ戻しに来る。本人がアイドルがやりたくないっていうなら話は別だけど、信頼を失ったならもう一度作る。そうしたら、最初の失った時にあった信頼よりも、新しく築き上げた信頼の方が上のはずだ。渋谷のプロデューサーだって、その辞めそうなアイドルの人も引き留めて、渋谷も連れ戻しに来るよ」

 

これで渋谷の元に来なかったら…というのは考えない。考えたくないっていうのが正しいかもしれないが。

 

「それに、その渋谷のユニットの他の2人もそうだし、普段一緒にいるアイドルの人達も信頼しよう。誰を頼ったらわからないなら、同じ境遇の仲間達を信頼すれば間違いないと思う」

 

少なくとも、俺が作ったお菓子を仲間達で食べるくらいなのだから仲は悪くないはずだ。そういった仲間達を信頼すれば、誰を信じて、誰を頼れば良いかは少なくともわかるはず。もちろん、それは俺が考えたことであって必ずしも正解じゃないだろう。でも、一番近くて一番簡単な答えだと思う。

 

「信じていいのかな…あの人を」

「信頼されたければ、まず相手を信頼することから始まる…と俺は思ってる。それが正しいかどうかはわからないけどな」

「そこは言い切らなくて曖昧なんだ。ちょっと格好悪いよ」

「そうは言われてもな。何が正しくて何が間違っているのかなんてて…判断つかないよ」

 

結局は人それぞれによって持論があるのだから、そこは言い切ってもな。逆にそういう考え方があるのかと感心したりもする時があるくらいだ。

 

「それに、個人的な理由を言うのであれば、辞めて欲しくないからな」

 

「え?」

 

「しぶりん!!」

 

公園に響く第三者の声。俺と渋谷が同じ方向を見れば、パーカーを着た渋谷と同年齢と思われるショートカットの女性が来ていた。走って来たのか、額に汗をかいている。彼女に数歩遅れて来たのは…同じように走って来たのか、上着を手に持っている渋谷のプロデューサーだ。…ということは、彼女がみおさん…でいいのか。恐らく話をしたいであろう二人のために、ほぼ自然と後ろに下がった。するとみおさんは渋谷との距離を詰めていく。対する相手もしっかりと目線を合わせた。

 

「しぶりん…リーダーなのに逃げ出しちゃって…迷惑かけてごめん!」

 

開口一番に謝罪の声。やはり、彼女はみおさんで間違いない。プロデューサーは彼女を引き留め、そのまま渋谷のところに来たのか。

 

「アイドル…続けさせて欲しい」

 

みおさんの不安そうな表情の傍ら、プロデューサーも渋谷の元へと一歩近づいた。昨日すれ違った時と違い、覚悟を決めたような…そんな表情が伺える。

 

「渋谷さん、貴方が言うように…正面から向き合うことから私は逃げていたのかもしれません」

 

正面から向き合うことは難しい。それが年齢も離れていて異性なら尚更な気はする。でも、それを言葉にしたということは…正面から向き合う覚悟が出来たということか。

 

「私は…アンタをもう一度信じていいの?」

 

渋谷もその覚悟を確認するかのようにプロデューサーを見据えて言葉を紡いだ。…しかし、年上にアンタってのは失礼だと思うが…それが渋谷らしいと思ってしまうのは何故だろう。

 

「努力します。もう一度、皆さんに信じて貰えるように」

 

そう言って、迎えに来た彼女に手を伸ばすプロデューサー。それは…王子様がシンデレラを迎えに来た構図に見えるような気もする。

 

渋谷は手を伸ばしたが…その手を掴むことを躊躇っているのか、掴むまで伸びない。

 

「しぶりん!」

 

そこは、渋谷のユニットのリーダーであるみおさんが、手と手を取り合わせた。少し強引かもしれないが、こういう強引さも必要な時がある。…俺には出来そうにないが。

 

「明日からも、よろしくお願いします」

 

一件落着…か。信頼が戻るまではぎこちないかもしれないが、恐らくは大丈夫だろう。渋谷も再度覚悟を決めたのなら、簡単に折れはしないだろう。この経験が、彼女達の経験になってくれれば尚良しと言ったところだな。

 

 

 

 

 

結局のところ、俺が関わるかどうかなんて些細な問題だったのだ。俺が別に思考しなくても、なるようになったとは思う。ただ…俺は俺なりに何とかしたかった、というただの自己満足に過ぎない。

 

「ところでさ、聞きそびれたんだけど…」

 

明日からまたレッスン等に励むことになった渋谷。今日はそのまま解散ということで、今は帰宅途中。帰り道が同じ渋谷と俺は並んで歩いている。プロデューサーや本田さんと別れる際、貸した傘は返して貰った。

 

「何を?」

「…さっき、個人的には辞めて欲しくないって言ってたけど…何で?」

「あー…そういえば…言ったな」

 

…そういえば、本田さんが渋谷を呼んだから理由は言ってなかった。今更聞き直してくるとは思わなかった上に、改めて言おうと思うと…何だか嫌だな。なお、「もしかして、しぶりんの彼氏?」と聞かれたが、「クラスメイトです」と即答しておいた。

 

「…まぁ、なんだ、せっかく始めたのに簡単に辞めるってのは…早計じゃないかと思っただけだ」

「ふーん…でもそれだけじゃないよね?」

「…根拠は?」

「ない。でも個人的な理由って言ったんだから、そんな理由じゃないと思っただけ」

 

…やっぱり言わなきゃダメか。

 

「…渋谷は知らないかもしれないが…渋谷の母親から渋谷のファン1号認定されてな。まぁ、確かに島村さんは同じアイドルだし、プロデューサーはファンとは違う。渋谷をアイドルに勧めた…というか後押し…したのは確かに俺だしな。そう言った意味では否定しきれなかったという点もあったから、否定はしなかったんだ」

「………あの話、本当だったんだ」

 

溜め息混じりに呟いた渋谷。…俺も同じ立場なら溜め息くらい出たかもしれない。

 

「でも、そうだな。渋谷の母親には、渋谷が認めればって言ってたからな。認めてなければ特に何もなしだ」

 

俺も話しながら思い出したが、当の本人の決断はどうなのだろうか。渋谷の母親は既に自分の娘には話してるみたいだが。と、渋谷が三歩ほど前に出て、こちらを振り返ったので、歩みを止めた。

 

「芳乃…アンタはどうなの?」

「…というと?」

 

俺を見る彼女の視線は、目を見ているのだと思った。目の動きから何かを察しようとしているのかどうかはわからないが…彼女から目を離す訳にはいかないと思った。

 

「私が認めるかどうかじゃなくて、アンタ自身は…その…私のファンなの?」

「………あぁ、そういうことか」

 

要するに彼女が認めるかどうかではなく、俺自身がアイドル渋谷凛のファンなのかどうかと、そう問い掛けているのか。俺は彼女から視線を外して止まっていた足を進める。

 

「クラスメイトでもあるが、俺はアイドル渋谷凛のファンだ。これからも応援するし、お菓子の差し入れも続けるよ」

 

彼女の横を通り過ぎたところで、そう告げた。面と向かって言うのは正直無理だ。告白などしたことはないが、それに近い物なのかもしれない。彼女はその事を察してるのかいないのか、隣に来て顔を覗き込見ながらも視線を合わせようとする。

 

「じゃあ、私のファンなら…ステージ見に来てよ」

「ファンだからと言って、見に行かないといけないってことはないだろ。チケットも取れるかわからないしな」

「私が出るステージの時には、プロデューサーに席が確保出来るかどうか頼んでみるよ。無理にとは言わないけど…損はさせないから」

「…わかった。でも、損なんてしないと思うぞ」

 

そこまで言われれば、嫌だとは言えない。俺自身も見て見たいという気持ちはある。アイドル渋谷凛のファンとして見るステージは、俺の視線にどう映るのか…見た後、どんな事を思っているのか。正確な答えはわからないが、一つだけ思ったことは…。

 

「だって、俺は渋谷凛のファンなんだから」

 

きっと、もっとアイドル渋谷凛のファンになることだけは、間違いないと思った。


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