ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

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弟に桜の誕生日だから、と言われてその日に慌てて書いた作品。
割と雑かも、です。
単なる士郎と桜の短いイチャイチャ話。
多分冬木の街の人形師の世界だろうけれど、本編には全く絡まれない状況というね。


Fate関連
月の下の縁側で(Fate)


 夜、縁側に座っていた俺の横に、何時の間にか桜が座っていた。

 無言で、二人で、月を眺める。

 何気なしに落ち着く時間、ずっとこのままでいたいとさえ思える。

 そんな、ある種の清らかとさえ感じる時間。

 

「……先輩」

 

 だけれども、沈黙は破られる。

 それは、今の時の流れを否定されるようで。

 でもそれを否定的には感じられない。

 だってそれすらも、今は是と感じてしまう。

 もしかしたら、それも風情なのかもしれない。

 

「なんだ、桜」

 

「月、綺麗ですね」

 

 空を見上げる。

 そこには少し欠けている月が存在している。

 それでも、丸くなくても、月はやはり輝いている。

 純粋に、それも美しいと思える。

 

「そう……だな。

 綺麗だ」

 

 桜は、静かに微笑むだけ。

 僅かな一言で、全てが繋がっている。

 そう感じるほどに、今の時間が愛おしい。

 

「先輩、笑ってみてくださいよ」

 

 胸から何かが溢れそうだ。

 そんなことを考えていたら、桜がいたずらっぽそうに笑って、そんなお願いをしてきた。

 

「唐突にどうしたんだ?」

 

「いえ、何となくです。

 今先輩が笑ったら、とっても素敵なんじゃないかと思ったんです」

 

「……変な桜だ」

 

 そう、言わずにはいられない。

 俺なんかが笑っても、場違いに過ぎないのではないか。

 そんなことを考えてしまう。

 

「変って……先輩ひどいです!」

 

 むくれてしまっている桜。

 それもまた、可愛く見えてしまう。

 

「悪い悪い、でもやっぱり俺が笑ってもなぁ」

 

 悪いが絵になるとも思えない。

 仏頂面でいるのはいつものことなのだ。

 急に笑顔と言われても、難しい。

 それに、だ。

 

「どちらかというと、桜が笑ってくれた方が、きっと綺麗だと思う」

 

「……それなら私が笑ったのなら、先輩も笑顔を見せてください」

 

 ほんのりと月の光で桜の顔が照らし出される。

 その色は、俺の思っていた通りの色で、ちょっと胸が温かくなる。

 

「分かった、頑張ってみる」

 

「お願いしますね、先輩」

 

 だから、桜のお願いを自然と受け入れていた。

 出来るのか、とも思ったが、それ以上に桜の笑顔を見たいと思ってしまたから。

 

「はい、では行きます!」

 

 そう宣言してから、桜は楚々と、笑顔を見せたのだ。

 その笑顔は、どこまでも柔らかで、どこまでも優しくて、目が離せない。

 

「先輩も、です」

 

 言われて、ハッとする。

 約束を違えるわけには行かない。

 俺もできるだけ集中して、そうして顔の筋肉を動かす。

 意図的に動かすまでもなく、桜を見ていると自然と自分の顔が動いていくのが自覚できる。

 そうして、俺の顔を見た桜は、満開とも言える笑みを見せたのであった。

 

「先輩、可愛いです」

 

「だから、その可愛いっていうのやめろって、前から言ってるだろう」

 

「それ以上の形容ができないんです」

 

 これも全部、童顔が悪い。

 早く成長しないものか、とつい思ってしまう。

 何をするにも体つきがしっかりしていなくては、ならないのだから。

 

「ねぇ、先輩。

 こんな話を知ってますか?」

 

「何だよ、桜」

 

 ちょっと不機嫌な声で応えてしまう。

 我ながら大人気がないものだと、ため息を履きたくもなるが。

 それを抑えて、耳を傾ける。

 桜はごめんなさいと、いたずらっぽい笑みで答えてから、こんなことを語りだした。

 

「月の光って、死んだ光だってご存知ですか?」

 

「いや、知らない」

 

 死んだ光、何とも不気味な表現である。

 

「でも悪い意味じゃないんですよ。

 太陽の下じゃ、みんな急いじゃうんです。

 頑張らなきゃって、精一杯に。

 でもですね、その束縛から逃れられるんですよ」

 

「月の下なら、か」

 

 月の下であるなら、休んでも良い。

 桜は言外にそう言っている。

 そんな、気がする。

 

「この光が満ちている中でなら、ほんの少し生きるのを止められるんです。

 夜だけを生きていられたら、永遠が得られるのかもしれませんね」

 

「人間には、無理そうな話だよな。

 俺たちは太陽の下で動きたいんだから」

 

「そうですね……」

 

 どこまでも明るく感じる月の光。

 でも、死んでいるらしい光。

 それはどこか蠱惑的で、惹きつけられるものがある。

 

「でも、ですね」

 

 桜は語る。

 月を見ながら、何かを思いながら。

 

「先輩と一緒に見るこの時間だけは、月のせいか永遠に感じられます。

 それはいけないことだって分かっていても、つい嬉しく感じちゃいます」

 

 どこか楽しげに、それでも儚く。

 桜の姿はしっかりしているが、どことなく危なくも見える。

 それが、何とも不安で。

 

「俺も、月を見るときは桜の隣で見ていたいな」

 

 気付けば、そんな言葉を吐いていた。

 一人で月を見上げる桜が不安ならば、俺が隣で一緒に見ていよう。

 それはどこか子供じみた不安ではあったが。

 何となく、それが正しいのだと、そう感じた自分がいたから。

 

「嬉しい、です」

 

 気付けば桜は、月ではなく俺の顔を見ていて。

 

「先輩とずっと一緒にいられたら、私は死んでも構いません」

 

 そんなことを透明な顔でいうものだから。

 どこまでも澄んでいて、今すぐにでも消えてしまうように感じたから。

 

「……馬鹿言うな。

 桜が隣にいなきゃ、俺が困る」

 

 そんなことを、言ってしまうのであった。

 

「先輩は鈍感さんです」

 

「……なんでさ」

 

 嬉しそうに、しかしむくれた顔を精一杯作っている桜。

 理不尽なように感じられたのだけれど、それでもその桜は、どこまでも可愛いと思ってしまった。

 

「そういえば、桜」

 

「はい?」

 

 私怒ってます、と全体で示している桜。

 そんな桜に、申し訳なく思いつつも、できる限りの思いを込めて伝えるべきことを伝える。

 

「誕生日、おめでとう」

 

 言った瞬間、面白いと思える程に桜の目が見開かれる。

 本当にびっくりしているのが、手に取るように分かる。

 

「先輩……知ってたんですか」

 

「さっき、慎二から電話があったんだ」

 

 兄さん、と小さく零している桜。

 桜なんかどうでもいいと、そう装っている慎二だが、しっかりと桜の誕生日のことは覚えていた。

 それが嬉しいのか、安心したのか、あわあわとしている桜。

 そうして桜は、俺の方を向き直り……。

 

「先輩は、やっぱり狡いです」

 

 真っ赤な顔で、そう言って。

 

「全部、先輩のせいなんですから」

 

 それは突然だった。

 桜の顔が、目の前に迫る。

 心臓が、ドキリと高鳴った。

 そして小さな声で、

 

「お返しです」

 

 そんな呟きが聞こえた。

 そうして俺は、柔らかな感触に包まれることになった。

 その柔らかさは、落ち着きをもたらしてくれて。

 ……そのくせ、心臓の高鳴りは一層激しくなっていたのだった。




月が綺麗ですね、は有名。
個人的に使いたいセリフの上位を占めています。
本編でも、雰囲気抜群なところでぶち込みたいです。

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