ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

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素敵で夢見るワンダーランドの続きです(続きと言うほど内容が無いですが)。
大体二千時程度ですので、クッキー一枚分程度の感覚で読めると思います。


没ネタ 物語との日常

「マスター、朝よ、朝だわ、朝なのよ!

 外は寒いくせに雪が降ってないの!

 ゲルダもこんな日なら直ぐに旅に出られたのに、可哀想ね!

 けれど、あたしたちは幸運よ。

 だって、お日様がこんなにも暖かいもの。

 今日はなんて良い日かしら、木陰でご本を読みましょう!」

 

「…………キャスター、今何時かしら」

 

「あたしは物語、時計じゃないわ。

 だからねマスター、狂った時刻で良ければ教えましょうか?」

 

「……良いわ、自分で確かめるから」

 

 今だ冬の真っ只中である一月中旬。

 魔術の研究で少ししか寝てない私を起こしたのは、ちょっと前に縁が出来たサーヴァント、キャスター。

 

 天真爛漫、変幻自在、自由奔放。

 本当に子供の様な娘で、ずっと私の方が振り回され続けている。

 正直な話、急に手の掛かる妹が出来た感覚であった。

 

「……六時、ね。

 もう少しだけ、寝ていたいわ」

 

「学校で寝れば良いのよ、マスター。

 ご飯を食べて、直ぐに用意しましょう!」

 

「学校は何する場所か知っていて?」

 

「えぇ、知っているわ。

 つまらない勉強をさせられて、段々と賢くなって、不思議の国にも鏡の国にも来れなくなっちゃうのでしょう?

 ピーターパンも真っ青ね」

 

「学校は嫌い?」

 

「それを決めるのはご本(あたし)じゃなくて、貴女よ(アリス)

 好きも嫌いも、貴女一つで真っ逆さま」

 

「……貴女にアリスと呼ばれると、少しくすぐったいわね」

 

「アリス、英語で五文字、カタカナでみっつ。

 素敵で夢見る子供の(名前)

 そうでしょう、マスター?」

 

「子供、ね」

 

 キャスターの物言いに、思わず苦笑する。

 それは彼女を召喚してから一回だけ、私は尋ねてみた事を思い出したから。

 

 

 

『貴女は誰?』

 

『あたしはありす(読者)、あたしはアリス(童話)、私はアリス(貴女)

 誰にだって成れるわ、誰にだって慣れるの。

 貴女が開いたページで、私の姿は変わっていける。

 アリス()は何がお望みかしら?』

 

 貴女は私で私は貴女、彼女は確かにそう言った。

 彼女自身、自分が誰か分かってないのか。

 それとも分かっていながら、定義できないのか。

 

 正直、どちらでも良い話だ。

 最初に見た彼女は一人ではなく一冊で、姿を変えるのが彼女の特徴なのは既に知っていたから。

 私にとって、確かめたい事は一つだけだったから。

 

『貴女はありすと、確かにそう言ったわ。

 それは、貴女にとって大切なモノなのかしら?』

 

 彼女はありすと聞いて、すぐさまその姿を取った。

 ”貴女もアリス!”と歓喜を持って。

 それはきっと、私以外の誰かが。

 恐らくはその姿の彼女が、キャスターにとって重要な人物であるのは疑いようがないのだから。

 

『えぇ、そうよ。

 あたしは愛読者、唯一にして普遍の』

 

 多弁なキャスターだけれども、その事についてはそれ以上は語らずに。

 けれどもどこか柔らかな、大切な宝物をそっとおもちゃ箱にしまう様な、そんな顔をしていた。

 

 彼女の愛読者、間違いなく見た目相応の女の子。

 キャスターが語る彼女は何者か分からず、ただ私と一緒の名前という事しか知らない人。

 その彼女を、キャスターはどうやら大好きらしい。

 キャスターを見ていて、私もその子程に彼女を愛せるのかと、ふと思ってしまったのだ。

 考えても分からない、その事に少しだけの敗北感。

 彼女を愛する条件はきっと、今の彼女を見ていれば一目瞭然であるのだから。

 

 今の私は子供と大人の境界線の上にいて。

 キャスターが言うところの、段々と賢くなっていく過程にいる。

 だとすると、次第に私は子供だから行ける万能の、全てがある世界には行けなくなるかもしれないという事。

 それが、最近の私のちょっとした不安。

 キャスターを愛し続ける条件を満たせているのかという、ちょっとした悩み。

 そんな事を考えてしまうくらいに、私は彼女を気に入っているのだから。

 

 

 

「ねぇ、キャスター」

 

「何、マスター?

 ようやくご本を読む気になった?

 だったら木陰が一番良いわ。

 あたしに膝枕しながら、マスターが語り聞かせるの」

 

「それは後で」

 

「後でって言ったわ、約束よ!

 嘘吐いたら、狼少年の最後みたいに私がジャバウォックになって食べちゃうんだから!」

 

「はいはい、キチンと覚えておくわ。

 だから、可愛い貴女のままでいなさいな」

 

「人形劇じゃなくて、ご本だからね!」

 

「…………私の人形劇は嫌?」

 

「好きよ、でも物語は紙で読むのが一番なの!」

 

 ……いつか、私の人形劇でしか満足できない体にしてやろう。

 そんな決意を固めつつ、どんな童話が良いかを考える。

 人形劇の為に、物語の収集は欠かしていない。

 だからキャスターを困らせる様な、本不足はここには無いのだ。

 

「不思議の国とオズの魔法使い、どちらが好き?」

 

「どっちもよ、本に貴賎なんてないもの。

 物語の数だけ、あたしは本を愛しているの」

 

「そう、なら」

 

 これで良いか、と私は一冊の本を取り出す。

 表題を見て、キャスターが目を輝かせているのに頬を緩ませながら。

 

「まずは朝ご飯からよ、キャスター」

 

「お菓子はあるかしら?」

 

「朝から食べてたら、子豚になってしまうわ」

 

「大丈夫よ、あたしはサーヴァントだもの!

 何も、なんにも変わらないわ!」

 

「……スコーンだけよ」

 

「ハチミツとイチゴのジャムもよ」

 

「分かっているわ」

 

 

 まぁ、取りあえずは今はこれで十分。

 そう私は小さく呟いて。

 ほんの少しだけ、これからの事に想いを馳せる。

 

 キャスターと私の日常は、見えない先まで続いていく予定なのだから。

 何時か大人になってしまった日にも、キャスターは物語さえ愛していれば傍にいてくれる。

 子供だけではない、大人だって物語を愛せるのだから。

 

「さぁ、行きましょうマスター。

 早くしないといけないわ。

 時間は私達より早く走っているもの。

 あっという間に過ぎてしまうわ」

 

 そっと差し出されたキャスターの手を握り返し、そのまま食堂へと歩んでいく。

 楽しげで、愉快げで、幸せな足取り。

 キャスターの歩調に合わせていれば、こちらにもそんな気分が伝播してくる気もして。

 これからも、ずっとずっとこんな生活が続けば良いと、思わずにはいられない。

 そんな日常の一ページの事。




ずっと何も書いてないと色々と退化していきそうな気がして、ちょこっと書いてみた短編です。
まぁ、こういうの書く余裕があっても本編は中々書ける時間が取れないのですが(白目)。

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