召喚の日、大聖杯のある大空洞にて、私は思わず声を荒げていた。
有り得ないと、憤慨ここに著しいものがあると言わんばかりに。
だって、だって、それは……。
「酔った魔術協会の学生が、クリスマスに礼装を鍋敷きに使って焼け落ちた、ですって?」
「はい、金色に輝く鍋と炎が見られたとの情報が入っております。
これについて、魔術協会は学生の処分を行い、当面の希少品、礼装などの貸出を禁止するとの決定を下した様です」
なんて冗談、面白くないから夢なら覚めて。
強くそう願ったけれど、残念ながらここは現実で、告げてきたアインツベルンの彼女は、至って真顔で。
巫山戯るのも大概にして、と憤りを覚えずには居られなかった。
本当に、どうなっているというのか。
そもそも、イギリスにある時計塔で、どうして日本の鍋なんかが行われていたのか。
全く持って意味不明すぎて、呆然とする他にない。
「魔術協会って、一体……」
「呵呵、儂も若かりし頃は時計塔で鍋をしたものよ。
伝統じゃな、闇鍋にゴキブリを混ぜるのが楽しみであった」
呆れ果てたと言わんばかりに呟く凛に、臓硯は昔を懐かしむ様に目を細めた……色々と最悪すぎる思い出みたいだけれど。
一方で神父はニヤニヤと私を見ていて、今すぐに撃ち殺したくなってくる。
目が、どんな気持ちだね、マーガトロイド? と口ほどに語っていたのだから。
「呪われてしまいなさい」
九割学生、一割神父に向けての呪いを呟くと、私はメイドの彼女の方に振り返った。
彼女はもう既にやる気を失っており、直ぐにでも帰りたそうなオーラを漂わせている。
私としても、茶番だと叫びたくなる衝動に駆られるが、主催者としてそうは問屋が下ろさない。
……もう心が折れてしまいそうだけれど、それでもこれからについて私が決定しなくてはならないのだから。
「他の礼装を探すのって、どれほど現実的かしら?」
「魔術協会はしばらく当てにはなりませんので、それこそ探検に出ねばなりません」
「探検?」
「はい、我らアインツベルンは八年前、資金と札束と金貨を使って、召喚用の礼装を調達いたしました」
「全部お金なのね」
「因みに、その総額は十億を軽く超えます」
「十億……」
「ファンタジーな数字ね」
絶句する私を他所に、凛が羨ましそうにアインツベルンの彼女を見つめるが、残念ながら札束は湧いてこない。
私の実家も裕福ではあるが、十億を簡単に捻り出せる程に財産は無い。
もし使えたとしても、こんな博打に投下するにはあまりにリスキーであると言わざるを得ない。
「無理、ね」
「では、諦める他に無いと、そういう事でよろしいですか?」
尋ねられて、私は言葉に詰まった。
ようやく、ここまで来たのだ。
それをこんな事で、鍋のせいで全部木っ端微塵になるなんて、そんなの絶対に認められる訳がないのだから。
「何か、他に方法はないかしら?」
周りを見渡し、ここに居る面々に意見を募る。
幸いにして、ここに居る連中は冬木の御三家。
何かしらの知恵を持っていると、私はそう期待して。
……どうしてだか、臓硯以外の全員に目を逸らされた。
「凛」
「無いわよ、ここにだって初めて来たくらいなんだから」
「貴女は?」
「先程述べた方法以外に、術はないかと」
「……神父」
「私は一教会の神父に過ぎない。
魔術にも、残念ながら詳しくはない」
全員、駄目だった。
最悪な事に、どうしようも無い状況である。
寄りにもよって、この妖怪を頼る事になるなんて……。
「………………何か、方法は?」
「嫌々聞く事もあるまい。
いっその事、機会を待つのも策じゃ」
「私は貴方ほど気は長くないの。
だからこんな事をしている、分かるでしょう?」
「若いのぅ。
まぁ、だからここまで来れたとも言えるか」
「それで?」
「ふむ、一つだけ方法はある」
「聞かせて」
ここまで来ると、もうこの妖怪相手でも縋らずにはいられない。
手段も方法も理不尽に吹き飛んだのだから致し方ない、そう自分に言い聞かせる。
そんな私を舐める様に臓硯は見た後に、ふむ、と小さく呟いてからその方法を告げた。
「召喚の詠唱に、一節を加えるだけで良い。
三騎士やライダーなどは土台無理でも、キャスターならば呼びつけられる」
「それは?」
「”汝こそは偉大なる祖。汝こそは魔を統べる法。我は汝の共謀者”、これさえ囁けば、魔術師が引っ掛かるであろう。
尤も、触媒無くして何奴が来るかなどは保証できぬが」
へぇ、と凛が感心した声を漏らす。
私としても、正に裏技な方法は今初めて知った。
流石は腐っても、冬木御三家の一角と言えるか。
「良いわ、もうどうしようもないもの。
やるしかないのよ、私は」
「告げておくが、この召喚で十年分の魔力が吹き飛ぶ。
次はない事は、覚えておくが良い」
神父がご丁寧に解説してくれるが、そんな事は百も承知である。
全く持って巫山戯た状況であるが、もう後に引く事なんてできない。
後は当たって砕けろの精神で、死中に活を見出す他にない。
半ば、ヤケクソでの行動。
でも、今までで一番やる気に満ちていた。
「……始めるわ」
そうして、準備を整えた私は、神父から令呪を受け取り陣へと向かい合う。
お守りの代わりに、私の右手には、昔に貰った大切な
何時もはスカートの裏に縫い止めているそれを、今ここで引っ張り出して。
――深く溜息を吐いた後に、私は始める。
――浅く、浅く、小さく、小さく息をして。
――そして、
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
俄かに、魔道書が発光する。
緩やかに、けれども渦巻きながら。
まるでこの魔道書が、重力の発生地帯の様に。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する。
――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
上から、下に。
下から、上に。
魔力の本流が反射し、瞬く間に工程を完了していく。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者。
我は常世総ての悪を敷く者。
汝こそは偉大なる祖。汝こそは魔を統べる法。我は汝の共謀者。
汝三大の言霊を纏う七天。
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
魔道書のページが、風に吹かれてパラパラと捲れて行く。
魔法陣から、光が溢れて目を覆う。
何かが、私の下へ飛び込んでくる。
それを、私は受け止めて、それで……。
「え?」
小さく声を漏らした。
私の手元には、元々持っていたグリモワールが一冊と、それとは別にもう一冊。
ファンシーな絵柄の、絵本の様な物体が一冊手元にあって。
「……………………」
これは、つまりはどういう事なのか。
分からない事柄に、私の頭はこんがらがりそうになる。
けれど、それよりも前に……。
『こんにちは、素敵なあなた。
夢見るあたしは、あなたの使い魔。
貴女はあたしで貴女はあなた、貴女も一緒に夢を見るの。
だから、あなたの名前を教えて頂戴』
どこからか歌う様に、少年とも少女とも、淑女とも紳士ともつかない声が聞こえてきて。
蝶が花に誘われる様に、私の名前をボソリと呟く。
「アリス、よ」
小さな声で、ポツリと。
それだけ言うのに、精一杯で。
それ以上、私は言葉を述べられなくて。
でも、この絵本にとっては、それだけでも十分だったらしい。
途端に声が、少女のモノへと変化して。
『まぁまぁまぁ!
あなたはアリス! 迷子のアリス!
不思議で不可思議、でもアリス。
だったらこれは運命ね!』
楽しげな声の下に、絵本の姿がボヤけて変わる。
まるで手品で蜃気楼、だけれどキチンと姿を現して。
……その姿は、そう。
「アリスがあなたで、私もアリス。
素敵な出会いに祝福を、夢の時間はまだまだ続くわ。
だからアリスをよろしくね」
銀髪の少女、ゴシックロリータを纏った姿は、まるで絵本の主人公。
魅入る私に、彼女も見入る。
これはきっと不思議な出会い、ワンダーランドへの第一歩。
こんなの、望んでなかった、けれど……。
不思議と、私の心臓は高鳴っていた。
ナーサリーちゃんがすっごい好きなので、ちょっとやらかしてしまいました。
可愛い、すっごく可愛い、めちゃくちゃ可愛い、兎に角可愛い。
絶対に嫁に出したくない程に可愛いので、FGOで絆レベル10になったら養子縁組します。