ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

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なろうの方に掲載した一発ネタ……だったはずが、何時の間にか連載していたという異形の作品。
タイトルが全てを物語っている一作。
TS、悪役令嬢、魔法少女、転生、これらの要素の一つでもダメならば、今すぐブラウザを閉じましょう!


オリジナル関連
異世界に転生して悪役令嬢になったと思ったら、魔法少女になっていた(オリジナル)


「アスキスさん、貴女の番です。前へ出てください」

 

 先生の言葉に従って僕、いや、私は前に出る。

 先生は貴女になら簡単な事よ、と微笑んでおり、他の生徒達も私に期待の目を注いでいた。

 私が小心者だってみんな知ってる癖に、ひどいと思う。

 けど、避けては通れない道であるし、これも仕方ない。

 そう自分に言い聞かせながら、杖を強く握った。

 

 今日、二回生になってから初めての、魔法の実技の授業なのだ。

 緊張もするし、いやな汗も流れもする。

 今の私は学園内だけとはいえ、お家の看板を背負っているのだから失敗はしたくない。

 下手を打てば、周りのお嬢様方からせせら笑いを一身に受けるのだし、当然と言えよう。

 今回成功させなければならない魔法は、魔法を使う上での初歩の初歩。

 自らの姿を、魔法使いへと変える魔法。

 

 どういうことかといえば、魔法を使うには魔法力を引き出さないといけない。

 その為の最適な形へ、自分を変身させるのだ。

 これをやらなくても魔法は使えるが、その効率は大幅に落ちる。

 変身したら魔物と戦えるだけの力を持てるが、そうでないのなら精々日常で料理の火や洗濯時の水を用意する程度。

 だからこそ、これは魔法を習う時に最初に行う実践なのだ。

 

 変身で成れる姿は自分の中にある。

 自分の魔法使い像の具現化。

 それが今からやろうとしている魔法の本質である。

 

 例えば、賢者の姿だとか。

 例えば、聖者の姿だとか。

 例えば、勇者の姿だとか。

 

 人によって千差万別、心の中にある憧れの投影といえよう。

 でも、どこかでボロが出てくるのだ。

 纏う憧れの衣装が、ボロボロになっている事が多いから。

 マントだったり、鎧だったり、はたまた服装それ自体が継ぎ接ぎになっていたり。

 本人に理想の姿への適正がなければ、ひどいギャップが出てしまう。

 

 その姿は滑稽で、出来の悪い仮装パーティーと揶揄されるほどだ。

 そんな姿から、真に自分に合った姿へ徐々に近づけて行く。

 これは生徒達から大変不評であるが、教育の一環であると突っぱねられる。

 伯爵家であろうが、公爵家であろうが、例外はない。

 魔法を扱う者は、総じてプライドが高い故に、その鼻を折ろうとしているのだ。

 

 それも全ては、お国の為に。

 魔法使いの殆どは貴族であるし、そうでない人も選民意識が強いのだから仕方がない。

 大人しくしてくれなければ、扱いづらいから。

 

「アスキスさん?」

 

 気が付けば、先生が私の顔を覗きこんでくる。

 グダクダと回想へ逃げていた私を、心配そうに覗きこんでいる。

 じっと動かなかったのだ、そうもなるだろう。

 

「すいません、緊張で固まってました。

 もう、大丈夫です」

 

 ちょっと硬いであろうが笑顔も浮かべて、私は先生に言う。

 それに先生は緊張は誰でもします、大丈夫ですよと安心させるように言う。

 お陰で、心の準備はできた。

 さぁ、始めよう。

 

「我に魔導の正しき姿を与え給え。

 主と王の名において、今こそ顕現せよ」

 

 震える声で、詠唱を唱える。

 どうにも大仰で恥ずかしいが、詠唱とは総じてそういうものだと教えられた。

 だから今は恥ずかしさを底に沈めて、静かに言葉を紡ぐのみ。

 

「今こそ、我が姿をこそ纏え。

 マジカル・エンチャント!」

 

 最後の部分は叫んで。

 杖を微弱の魔力と共に振るう。

 成功してと、強く願いながら。

 

 ――汝の願い、正しく叶えられん。

 

 どこからか、そんな声が響いて。

 私の姿が変わっていく。

 眩い光に包まれて、服が変化を遂げていくのだ。

 

 そして、徐々に光が晴れていく。

 そうして現れた私の姿は……。

 

「え?」

 

 それは誰が漏らした声か。

 私か、先生か、それとも周りの生徒の誰かか。

 分からない、だって今私は混乱しているのだから。

 

「アスキスさん?」

 

 どこか呆然としたように、先生は私を見て呟いて。

 私も、自らの姿を認識する。

 

「どう、して……」

 

 思わず呟かずにはいられなかった私の姿。

 それは黒と紫のロココ調の装いに、黒色のニーソを履いていて。

 たなびく風が、ショートボブだった髪が長いストレートになっているのを教えてくれる。

 そして極めつけは、握った筈の杖が何故か玩具売り場にでもありそうな可愛らしいステッキになっていたのだ。

 

 それは他の生徒と比べて、一線を画す様な異常さであった。

 理想の姿、それは大抵の魔法使いは自らの親か伝記に出てくる人物を想像する。

 中にはドレス姿の人物も存在するが、ここまで露骨なのは存在しないであろう。

 

 端的に言えば、今の私の姿はゴスロリにステッキを持った不思議少女。

 ……どう考えても魔法少女です、本当にありがとうございました。

 

 事の異常さについて行けず、むしろ付いて行きたくないと脳が拒否反応を起こす。

 私の理想の姿が魔法少女? それもこんなこってこての狙っているかの様な?

 ……有り得ない、というか有り得てはイケナイ。

 

 考えれば考えるほど、頭はフラフラとしていく。

 もう、何も考えたくないと拒否するかの如く。

 あぁ、うん、もうダメ、おしまいだ。

 お家に知られたら、なんてふざけた姿にと嘆かれるだろうし、学校でもこの痛々しい姿は鮮明に記憶されたであろう。

 明日からは私も一躍有名人で、令嬢達の間で囁かれる存在になったに違いない。

 どう考えても、お先真っ暗である。

 

 そこまで考えて、自分の今後に耐え切れなかったのか、段々と私の意識が遠のいていく。

 最後に聞こえたのは、”アスキスさん!?” と悲鳴を上げる先生の姿であった。

 

 

 

 

 私、マリア・アスキス伯爵令嬢は、かつては僕であった。

 これだけだと意味不明であるが、それに転生者で男でしたと付け足すと、痛々しさが一気に跳ね上がる。

 しかし、これが真実なのだから仕方がない。

 

 かつての自分は、極々平凡な学生であった男である僕は、大学受験の成功に有頂天になっていた。

 私立ではあるが、自分の希望校を合格できたからこその喜びであった。

 我が世の春が来た! と大声で絶叫したほどである。

 ……無論、誰も見てないところであるが。

 

 それからは残り僅かな高校生活をのんびりと過ごして、余裕ぶっこいて最後の試験が赤点スレスレになるという悲劇に見舞われながらも、何とか大学生になろうとしていた。

 大学生活は明日からだ、これから頑張るぞ! と希望に満ちた未来図を広げていた、そんな入学式前日の出来事であった。

 

 ――コンクリート製の階段を踏み外して、ゴロゴロと最上段から一番下まで転げ落ちていったのだ。

 

 完全に自己過失、これで立ち上がれたのなら馬鹿な話で終わるのだが。

 僕は恐らく、大学受験で人生の運の大半を使い果たしていたのだろう。

 頭の打ちどころが悪く、あえなく人生からフェードアウトする事と相成った。

 

 受験に成功させて親を喜ばせてからの落差である。

 上げて落とすなどは伝統芸能ではあるが、それにして親不孝なことこの上ない。

 受験を支えてくれていた妹にも、顔を合わせられない出来事である。

 

 それで済めば、単なる馬鹿者の一生が終えた、どこにでもある話だ。

 けれども、そうは問屋が下ろさなかった。

 

 気が付けば、オギャーと言う泣き声と共に、新たな人生を歩み始める事になったのだから分からないものである。

 もしかしたら魂を司る者が、”親不孝者め、猛省せよ!” ということで転生させたのかもしれない。

 転生とは、本来徳が足りない人物が、人生やり直して徳を貯めて来い! というものであったと記憶しているから、概ね間違っていないように感じる。

 事実、新たな人生では前世の失敗を省みて、出来るだけ優等生で過ごしていたのだ。

 新しい人生、ならば出来るだけ格好よく過ごしたいと思うのも人情であろう。

 

 ……尤も、その人生の問題点を上げるとするならば、僕が私になってしまった事。

 二回目の人生は、女の子として生まれてしまったのだから!

 溜息の一つでも吐きたくなる様な珍事であり惨事である。

 しかもだ、もう一つオマケに恐ろしい真実に気付いてしまった。

 

 それはある日のこと、急に親に婚約者が出来たと告げられた時の事である。

 当然、私としても反発を覚えずにはいられない暴挙であった。

 普段はおとなしい子で定評のある私も、三日間は親と口を利かなかった。

 使用人が何を言おうと、全て聞き流す。

 それほどの衝撃であったのだ。

 

『お父様もお母様も大っ嫌いっ!』

 

 そう叫んだ時の、崩れ落ちた二人の姿は今も覚えてる。

 子煩悩であったが故に、その威力は計り知れないものとなったのであろう。

 泣きながら、お父様もお母様も私に縋り付いて、私達が悪かったと謝っていた。

 じゃあ婚約を解消してくれる? と聞くと、それとこれとは……と曖昧に言葉を濁したから、三日間は無視を続ける事となった。

 

 それでも、ずっと口を利かなければ私が寂しいという見事な自爆により、こっちが白旗を上げたのだけれど。

 どんな年になっても、誰とも口を利かないというのは精神的に堪えると理解した事件。

 お陰で、婚約者が云々と誤魔化されてしまったのは、後の祭りであるのだけれど。

 

 そのせいか、ある日件の婚約者とやらの顔合わせに、私と両親でご挨拶に向かう羽目になった。

 最初は世話になっている公爵家へのご挨拶とか言い含められて、まんまと出発。

 婚約者とやらに会う前日の晩に、真実を打ち明けられた。

 しかもいやらしい事に、会わないと私達が嘘吐き呼ばわりされて、公爵の信頼を失ってしまうとまで言われたのだ。

 巫山戯ているのかと言ってやりたかったが、外堀を埋められたからには仕方がない。

 まさかここで駄々を捏ねるわけにも行かず、仕方なしに例の婚約者とやらの顔を拝むことになった。

 

 仕方なしに来た公爵家。

 そこで紹介されたのは幼ながらに精悍で、むすっとした姿が可愛くない子供と印象付けられる少年。

 ジロジロとこっちを見てきて、失礼なと一言言ってやりたい子供であった。

 けれど、問題はそこではない。

 私が仰天したのは、その少年の挨拶を聞いてた時であった。

 

『フェルディナンド・チャーチルだ』

 

 すごく素っ気ない挨拶。

 けれど、その声、態度、そして幼げな顔が私に一体となって伝わった時、ふと思い出したのだ。

 

 ――妹から貸してもらっていた乙女ゲーの、攻略対象の一人を。

 

 『貴方と私で鳴らす鐘』という乙女ゲー。

 前世で、妹から面白いからと貸してもらっていた一品。

 その攻略対象の一人が、フェルディナンド・チャーチルだった。

 

 チャーチル公爵家は武門の出で、フェルディナンドは将来の夢は軍人の頂点である元帥であると真顔で言ってのけている。

 実際に、必死になって公爵家お抱えの騎士や教師に様々な事を教え乞うて、その殆どを手にしてしまっているのだから、努力家であると認めねばならない。

 けれど、そんな無骨な彼だからこそ、女の子とどう向き合っていけば良いのかが分からなかったのだ。

 距離感を測りかねて、常にどんな子にも素っ気なく振舞う彼。

 お陰で、婚約者であるマリアとの中は冷え込んでいたと記憶している。

 

 そこまで思い出して、自分の間抜けさを呪った。

 マリア・アスキスって、モロにあの令嬢の名前ではないか! どうして気付かなかったのだろう、と。

 

 ところで、だ。

 私ことマリア・アスキスは、『貴方と私で鳴らす鐘』の、世間様で言うところの悪役令嬢である。

 けど、最初からそうであった訳ではない。

 ゲーム内では最初は主人公に親身に接していたのだ。

 所謂、貴族の義務を果たそうとしていたのだろう。

 頼ってくれる主人公を、最初のうちは可愛がっていたのだ。

 けれども、自分よりも才能が上で、それを存分に開花させていく主人公に段々と劣等感を抱くようにないく。

 そのため、ある日いきなり”もう貴方の面倒はみませんわ。平民如きの世話を私がしようとしたのが間違いでしたわ”と手のひらをグルッと回転させるのである。

 フェルディナンドのルート以外では多少茶々を入れてくる程度だが、彼のルートだと本気で主人公に噛み付いてくる。

 劣等感を抱いている上に、婚約者まで分捕られようとしているのである、当たり前だ。

 しかも詳しいことはボンヤリとしているが、最終的に死に至った覚えはある。

 全く持って、我が身の事と思うのならば、洒落になってない。

 まぁ、ヒロインにあまり酷いことをしなければ、特に何もないのは知っているから問題ないのだけれど。

 けどまぁ、まさか自分がその悪役令嬢になるとは、想像を遥かに超えた出来事だ。

 転生が云々も相当ではあるのだが。

 

 でも、そんな彼とまさか婚約者になるなんて思いもよらなかった。

 けれど順当に行けば、このまま冷えた関係で終わることは目に見えている。

 露骨に冷たく接する事はないが、このまま素っ気なく行こうと決意する。

 事実、公爵家でフェルディナンドと交わした言葉は、挨拶と食べ物に関しての非常に素っ気ないもの。

 二人っきりにされもしたが、お菓子美味しいとミルクが美味しいとか、そんな事しか言ってなかった気がする。

 多分、食いしん坊と見られているかもしれない。

 それはそれで、印象が悪くなって宜しいかもしれないが。

 

 とこのようにして、フェルディナンドとはエンカウントした。

 尤も、他の攻略対象に出会うとか、フェルディナンドとの仲が進展したとかそんな事は一切なく、非常に伸び伸びと私は生活する事が出来た。

 貴族であることが、生活水準が高かった事の一因であろう。

 非常に運の良い転生だったと言える。

 

 だけれども、貴族なら貴族なりの面倒くささがあって。

 令嬢方のお茶会などのお誘いは、行かなきゃ相手のメンツを潰すとかで面倒ではあるけれど行かねばならなかった事が挙げられる。

 令嬢で少女、しかし中身は元高校生。

 幼い少女と会話を合わせるのは、非常に辛い出来事であった。

 微妙に話が噛み合わなくて、端っこで一人お茶を飲んでる事なんてしょっちゅうであった。

 幸い、活版印刷技術はあったので、本に困ることは無かったが為に、常に本を読んで暇を潰せていたが。

 

 そんなぼっちライフを満喫していた幼女時代はさておいて、お稽古にお勉強とガリ勉道を進みつつ、私は学校に入れる歳にまでなった。

 それも、前世には無かった魔法学校。

 幼女時代は、子供の魔法の使用は身体上に非常に大きな悪影響を与える、と学んでいたが為に手が出せなかった分野である。

 正直、テンションはやたらと急上昇していた。

 けれど、それにも冷水が浴びせられる。

 

 何故か? 理由は単純である。

 一年生の間は、正しい魔法を覚える為に、座学に専念すべしとの事である。

 昔から本を読んで、知識だけは人一倍だった私にとって、それは苦痛でしかなかった。

 言っていることは正しいので、本当にしょうがなく、渋々受け入れたのだけれど。

 あれ、私って以外に弱い? と思ったのはどうでも良い話。

 

 そんなこんなで、勉強のできる優等生として一年を過ごす事となった。

 例の主人公の姿も確認はしたが、こっちから取り立てて接触する事もなく、非常に順風満帆な学生生活であったといえよう。

 

 ――ズキリと、どうしてだか頭が痛む。

 

 あれ、どうなってるんだろう?

 何かが思い出せないけど、何かとんでもない事があったような?

 そこまで考えた時、走馬灯の如く今日の出来事が思い出されていく。

 魔法実習の事、詠唱を唱えたこと、そして……例の魔法少女姿の自分の事。

 全てが夢のようで、悪夢で終われば良いとさえ思っている出来事。

 でも、結局は分かっている、全て本当の事なのだと。

 はぁ、と一つ溜息を吐いたところで、水面に浮かぶように、意識が浮上していく。

 そこでようやく、私は理解した。

 

 ――あぁ、夢を見てたんだな、と。

 

 

 

「んっ」

 

「あら、起きたの、アスキスさん」

 

 意識が目覚めて、最初に聞こえてきたのは、耳に馴染みやすい女性の声。

 この魔法学校の保険医の声だ。

 

「あの、おはようございます」

 

「はい、おはよう。

 よく眠っていたわね」

 

「えぇ、お陰さまで」

 

 何事もなかったかの様な反応。

 もしかしたら、本当に何もないのでは?

 そう思った……のだけれども。

 

「そう、奇天烈な姿になったと聞いたから、もしかして精神的に疲れているのかもって思ってたけれど、見たところ大丈夫そうね」

 

 一瞬で、希望が粉々に打ち砕かれる。

 おうふ、と天を仰いで、この世界にいるであろう神に私は囁いた。

 ”何時か覚えておけ、同じ目に合わせてやる”と。

 まぁ、神からすれば、小童の声など全く聞こえないであろうが。

 

「その、私が奇天烈な姿になったって、広まっているのですか?」

 

「えぇ、流石はお嬢様方の情報網と言えるほどにね」

 

 クソゥ、やっぱりダメだったか。

 今頃、噂を丸呑みにした奴らは、私を小馬鹿にして話を盛り上げているのだろう。

 この運のなさ、今世では貴族の家に転生したので使い果たしたのか。

 もしそうだとしたら、今この瞬間を呪うしかない。

 

 ……もう、何か色々と馬鹿らしい。

 まさか、大いに自爆する事になろうとは。

 自分の積み上げてきたものが一瞬で崩壊する。

 この損失感と、これから見舞われるであろう好奇の視線。

 それを考えると、何もかもを放り出して実家に帰りたくなる。

 私がそんな浸っている時に、無慈悲な声が部屋に響く。

 

「起きたのなら、そろそろ帰りなさい。

 今は放課後よ」

 

 一切の慈悲なく、保険医は私にそう告げた。

 

「どうしても、ですか?」

 

「ここで粘っても、どうせ寮なのよ……諦めなさい」

 

 ……そう、私は寮暮らしで、現在実家を出て暮らしている。

 ならば、帰った直後にヒソヒソと囁かれるのは容易に想像できて。

 でも、どちらにしろ帰らなきゃいけないのだ。

 門限までに帰らないと、こっぴどく怒られるから。

 

「わかり、ました。

 ありがとうございます」

 

「分かればいいのよ、それじゃあお大事にね」

 

「……はい」

 

 憂鬱なまま立ち上がって、私は医務室の扉に手を掛ける。

 だけれど、その直前で一つ気になった事を、保険医の先生に訊ねたのだ。

 

「私があんな姿になったのって何故ですか?」

 

 そう尋ねると、どこか可哀想なものを見る目で、保険医の先生は答えてくれた。

 

「それはね、貴女の目指す魔法使いの姿がそういうものだったからよ。

 ボロもツギハギもなかったって聞いているし、素質はあるのね」

 

 あっけなく告げられた言葉は、もはや皮肉にしか聞こえなかった。

 失礼しますと小さく告げて、私は全力で医務室を後にする。

 顔が赤い、羞恥と恥でいっぱいになる。

 

「ちくしょー。

 こんな事になるなら、今日は失敗すれば良かったのに」

 

 自分に言い訳するように、走りながら呟く。

 聞こえていたのは、やはり自分にのみであった。

 

 

 

 

 

 そうして、ブラブラする気にも成れずに、私は結局寮へと直行することに。

 憂鬱だけれど、仕方がない。

 私は陰鬱な気持ちを押さえ込み、一歩寮内へと足を踏み入れる。

 

 ――すると、少々騒がしかったエントランスが、急に静かになった。

 

 皆が、私を見ている。

 私を見ながら、小さな声でヒソヒソと会話している。

 ……やっぱり、予測通り。

 想像できていた事とは言え、流石に嫌になる。

 だから、私は部屋に篭ろうと足を進めようとして……。

 

「ま、待ってください!」

 

 けれど、大きな声に呼び止められたのだ。

 疑問に思って振り向くと、そこには茶髪をポニーテールにした少女が立っていた。

 私からすれば、見覚えもあるし気にもしていたが、接触しなかった人物。

 

 ――主人公だ。

 

 主人公、リセナ・アトリーが私の前に立っていた。

 彼女こそが、この『貴方と私で鳴らす鐘』の世界の主役。

 そんな彼女が、私の目の前に立っていたのだ。

 

「何か、用事でも?」

 

 けれど、私は極めて素っ気なく言う。

 例の婚約者並みの鉄壁さ。

 普通なら、大抵の人物はこれで怯む。

 

 だがしかし、乙女ゲーの主人公は伊達ではないのだろう。

 意に介した様子を見せず、私に言ったのだ。

 

「あの、例の噂は本当ですか!」

 

 例の噂、十中八九きょうの出来事だろう。

 わざわざ傷を抉りにでも来たのか。

 尋ねること自体が過ちだと気付けばいいのに。

 けど、ある程度図々しくないと乙女ゲーの主人公は務まらないのか、物怖じせずに訪ねてくる。

 正直、鬱陶しくあるのだが、それ以上にこの場を離れたかった。

 好奇の視線に、耐えられないから。

 だから私は、正直に答える。

 

「そうよ、だからそこをどきなさい」

 

 不機嫌なことも隠さずに、私は主人公、リセナに言う。

 けれど彼女は、大きく首を振って、とんでもない事を言い出したのだ。

 

「私、友達から聞いたんです!

 アスキスさんが、とても可愛らしく愛らしい姿に変身したって。

 まるで恋する乙女の様に言うから、私気になっちゃって……」

 

 ダメ、ですか? と上目遣いで見上げてくる。

 ……流石は主人公というべきか、その姿はやたら可愛い。

 ぶっちゃけて言うと、男だったら即座に頷きかねない威力だ。

 けれども、だ。

 

「言ったでしょう、そこをお退きなさいと」

 

 今の私は女で、彼女と同性だ。

 割り切れておらず、少しクラッとはしたが、それだけ。

 そう簡単に頷ける程、今の私はちょろくないのだ。

 でも、彼女は、真剣な目をしていて。

 こんな事を主張し始めたのだ

 

「私、知ってるんです。

 何時もアスキスさんは真面目だったって」

 

 急に、何を言っているのだろうか。

 訳が分からず硬直する私に、彼女は立て続けにこんな言葉を続けていく。

 

「それなのに、みんなアスキスさんに変な願望があるんだって、急に手のひらを返したように言い出して。

 私、すごく怒ってるんです。

 一生懸命な姿を見てるくせに、恥ずかしくないのかってすごく思います」

 

 貴族もいるこの場で、よくもこんな風に言える。

 思わず、そんな感心を抱いてしまう。

 それも、殆ど関わりがなかった私に対してだ。

 目を見開いていると、止めにリセナはこんな言葉を紡いだのだ。

 

「だからアスキスさん、貴女の姿はどこもおかしくないって証明しましょう!

 私の友達は確かな審美眼を持っています。

 だから、アスキスさんが変だなんて、聞いててすごく腹が立ってきちゃったんです。

 どうしてこんなにみんな、人の悪口が言えるんだろうって」

 

 ……驚いた、まさかここまで言ってくれるとは。

 何時の間にか、早く部屋に戻りたいという気持ちは落ち着いていて。

 代わりに、リセナの言葉に深く耳を傾けていたのだ。

 

「まるでお姫様のようで、それでいて正義の味方のような格好だったって聞いています。

 それを聞いた時、すごくすごく興味を持ったんです。

 なのでこれは、私の我侭に過ぎません。

 だけど、おかしな格好じゃないと証明したいのも本当なんです。 

 だから、だからどうか、力を貸してくれませんか?」

 

 深く頭を下げて、リセナはお願いをしてくる。

 真摯さを持って、自分の我侭だと言い切って。

 関係の薄いはずの私に、こうして頭まで下げて頼み事をしにくる。

 そこで、ようやく私は理解した。

 だからこそ、彼女は乙女ゲーの主人公足り得るのだと。

 図々しくても、空気が読めなくても、こうして一歩踏み込めるからこその彼女なのだと。 

 

 ……本当に、私はちょろくなんてないはずだけれど。

 でも、どうしてだか私は、何時の間にかポロリと返事をしていてたのだ。

 

「分かったわ、やってみる」

 

 そう言うと、彼女は私の手を握って、ブンブン振り回し始める。

 まるで犬が尻尾を振る様に、彼女は笑顔を満面に咲かせていた。

 

「ありがとうございます!

 私、とてもドキドキしています!!」

 

 純真な笑顔を、私に向けていて。

 邪気が見当たらないその顔に、気が付けば心に入り込まれていた。

 

「じゃあ、その、始めるわね」

 

 思わず照れてしまって、小さくそう言う。

 すると彼女は元気に、はいと大きく一つ返事をして、じぃっと私を見つめ始める。

 その姿だけが、今の私の目に入っていて、だからこそ勇気が湧いてきた。

 思い切ってやってやろうと思ったのだ。

 

 胸元のポケットから杖を取り出し、例の呪文を唱え始める。

 最初に、大恥を掻いた出来事の始まりである呪文を。

 

「我に魔導の正しき姿を与え給え。

 主と王の名において、今こそ顕現せよ」

 

 今度は大丈夫、自分にそう言い聞かせながら。

 目の前の彼女の微笑みのお陰で、迷いなく詠唱できたのだ。

 

「今こそ、我が姿をこそ纏え。

 マジカル・エンチャント!」

 

 光が満ちる。

 姿が変わる。

 私の服が変形するのだ、魔法を使う形へと。

 ――そうして、光が止んで現れたのは……。

 

「本当に、お姫様みたいです」

 

 ウットリとした顔で、リセナが小さく呟く。

 例のゴスロリに玩具ステッキという、世紀末な姿を目の前にしてだ。

 

「本当に、そう思ってるの?」

 

「はい、すごくすごく可愛いです!」

 

 元より友達が少なかった私は、可愛いと言われるのに慣れておらず、思わず赤面する。

 なんて恥ずかしい言葉なのだろう、と。

 けれどもそんな私を見て、リセナは周りを見渡して、高らかに叫んだのだ。

 

「これのどこがおかしいって言うんですか!

 こんなに愛らしいのに、そんなことを言うんですか!

 私からすれば、嫉妬しているようにしか見えません!!」

 

 そう目を潤ませながら言うリセナを前にして、始めて私は気が付いたのだ。

 あ、これ、周りのみんなに見られていたんだと。

 ……何だろう、この言い知れぬ恥ずかしさは。

 周りの人たちは、気まずそうにそっと視線を逸らす人と、何故だか私に魅入っている人の二種類に分けられていた。

 ……もしかして、本当に可愛いって思われてる?

 私の勘違いじゃない?

 

「ねぇ」

 

 不安になってリセナに声を掛けるが、彼女は笑顔を返してくるだけ。

 背中が、異様にムズムズしてくる。

 そのせいか、気が付けば……。

 

「私、大丈夫かしら?」

 

 そんな情けないことを聞いてしまって。

 でもリセナは、とっても良い笑顔で答えてくれたのだ。

 

「はい、きっと誰よりも可愛いです♪」

 

 そうして、私はリセナに手を引かれ始める。

 ふぇ、と変な声が出てしまうくらいに、動揺して。

 

「ど、どこに行くの?」

 

「アスキスさんを、天使だと言った友達のところにですよ。

 今日はみんなアスキスさんを馬鹿にした報いで、私が独占させてもらいます!」

 

「ええ!?」

 

 私の驚きの悲鳴をよそに、リセナはとても楽しげに私の手を取って歩き始める。

 何だろう、この展開。

 何だろう、この行動。

 そんな私の一切合切の思惑を無視して、そのまま彼女は歩いていく。

 ……乙女ゲーの主人公って、破天荒なのね、と心の中に呟いてしまう出来事であった。

 

 この日、私には新しく友達がひとり増えた。

 そして連れて行かれた友達の部屋が、まさか男の子の部屋で、そこで告白されるなんて、思ってもみなかった。

 そんな、類を見ないほど慌ただしい一日。

 これからは、私にはもっと忙しい日々が訪れるとは、今は全然気付かなかった。

 しかも将来的に、偉大なる魔法少女なる本が出版されて、それが私の事をひたすら書き綴ったモノに成るなんて、そんな悪夢には全然気付くはずもなかったのだった。

 

 一体何がどうなっているのか……何かがおかしい。

 今更ながらに、そんな事を思わずにはいられなかった。




なろうで流行している悪役令嬢物に便乗して、自分の性癖をこれでもかと詰め込んだ作品。
制作時間、約3時間の大作(笑)
ネタに走りすぎたと思ってはいるが、反省も後悔もしていない。
多分そのうち、なろうの方で更新再開すると思われます。

あ、それから、このおもちゃ箱のネタが切れたので、時期に何か衝動的に書くまで、更新は無いものと思われます。

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