書き差しは気持ち悪いから、という理由で黙々と書かれ続けたのがこちらになります。
本来なら本編にでも投げつけるものですが、今更ぬけぬけと更新しづらかったですからね、仕方ないですね!(でも皆さんに読んで欲しいというジレンマがあったり)
朝、目が覚める。
何時もと同じ冬木の朝。
すっかり私色に染められた遠坂邸の一室で、欠伸を噛み殺しながら私は何時もの細やかな儀式を行う。
「おはよう、上海、蓬莱」
返事のない挨拶、私だけの自己満足。
毎朝この子達のお陰で、私の目覚めは非常に心地良い。
笑ってないと分かるのに、にこりと彼女達は微笑んだ気がして。
それが心にそっと触れてくれた気がするから。
そんな彼女達に微笑んで、私はそっと立ち上がった。
今日の服を選ぶため、さて、と悩みながら箪笥に近づく。
これは何時もの朝の、いつもの光景。
……だから、
「おねーちゃん」
その声がした時、私は一体誰の声なのかが分からなかった。
「誰」
端的に、けど鋭い声で私は問いただす。
眠気は吹き飛び、誰とも知れぬ声がした方に振り向く。
私の後ろ、ベッドの方から聞こえてきた、幼い女の子の声に。
「おねーちゃん」
もう一度、声は繰り返される。
けど、それは先程とは違う女の子の声。
おねーちゃん、そのフレーズは、確実に私に向けられたもの。
声をした方をまじまじと見ると、そこに居るのは窓際に座る私の友達が二人だけ……。
だけれど、直後に私は雷に打たれたかの如く、固まってしまう事となる。
――その子達が、ゆったりとした動きで、こちらにトコトコと歩いて近づいて来たのだ。
――私は、この瞬間を恐らくは忘れることが出来ないだろう。
「……嘘」
「なにが?」
「どーしたの?」
頭の処理が追いつかずに言葉だけ零してしまうと、二人はゆったりと首を傾げて、なにかなー? と言葉を交わし合う。
青と赤のツーセット、まるで生きっているかの様に動く彼女達。
「……上海、蓬莱」
呟いた声は、彼女達には聞こえてきたようで。
なぁに? と二人揃って、小首を傾げながら私を見上げていたのだった。
「凛、凛、大変なの! 一大事よ!
貴方が魔法少女になるくらいの一大事なの!」
「……あんた、朝から喧嘩売りに来てるの?」
慌てて階段を駆け下りてきた私に、凛はとても冷たい目を向けていた。
まるで養豚所へ出荷される豚を見るような目。
けれど、それが実は過去の自身に向けられている目だという事を、私は知っている。
だからそんな目をしてる凛を無視して、私は一方的に語り始めた。
私は今この時、今までにないくらい興奮してると言っても過言ではないのだから!
「違うわ、それより聞いて欲しいの!」
「朝からうるさいわ、殺されたいの?」
「話を聞いてから殺しなさい」
怪訝な目を向けてくる凛に、私は笑顔全開で語りだす。
先ほど垣間見た奇跡と、あの愛らしい声について。
「上海と蓬莱が動いたの……可愛い声で、おねーちゃんって呼んだの」
「はあ?」
意味不明そうな顔をしている凛。
けど、私は構わずに喋り続ける。
だって、私は今喋りたくて、この感動を伝えたくて仕方ないのだから!
「動いたのよ、彼女達が、自分の意志で!」
言葉が脳裏に溢れすぎて、何を言えば良いのか分からない。
更に先程の、おねーちゃんというフレーズが頭の中で何度もリフレインする。
幸せというものを、今この時以上に感じたことがあるであろうか? いや、ない!
「落ち着きなさい、アリス」
「落ち着けると思う?」
答えた瞬間、頬に何かが掠めていく感覚が走る。
何事かと凛を見れば、人差し指を私に向けて銃の形に構えている。
……間違いなく、凛は魔術行使を行った。
それも、私に向かって。
「あ、頭が痛いわ」
「そう、そのまま冷えると良いわね」
ガンド、北欧のお呪い。
行使されたものは体調を崩し、寝込ませる魔術。
凛のそれは、物理的破壊力を持った、馬鹿げたモノとなっているのだが。
お陰で、私の頭が物理的に痛くなって来たのだ。
「……殺す気?」
「馬鹿ね、あんたはこの程度でくたばらないでしょう?」
「そういう問題じゃないの」
軽く抗議しつつ、私は魔術回路から魔力を体に回し始める。
そして、凛のガンドに侵食された部分の汚染を、そのまま魔力で洗い流す。
「あら、もう元気になったのね」
「まだ頭が痛いわ、どうしてくれるの」
「これで少しは冷静になれるでしょう?」
明け透けに言う凛を睨みつつ、私はそうね、と小さく返した。
流石にはしゃぎ過ぎたかと、頭痛の中で羞恥も覚える。
嬉しすぎたからといって、あんなアホの子の様な醜態を晒すなんて、あまりにあんまりだった。
そう言う意味では、手段にさえ目を瞑るなら凛の行動は的確であったといえる。
「で、落ち着いたところで、一体何なの?」
「それはさっき言ってた通りよ。
私の大切にしていたお人形が、自分の意志で動き出したの」
「中に亡霊が入ってたりとかは?」
「確認したけど、そういうものは無かったわ」
答えれば、凛はそう、とだけ小さく返事をする。
それから、真面目な顔をして私を見たのだ。
「それ、何が理由で動き出したと思う?」
「私の愛」
「真面目に答えなさい」
「半分は本気よ」
気持ち悪いわよ、と呆れた顔をしている凛を横目に、私もその理由について考える。
浮かれていたとはいえ、良くもまあ考えなかったものがと、自分のことながら呆れてしまう。
あれだけ目指しても出来なかった人形の自立化。
それが朝起きたら、私が何もしなくても動きました、何て都合の良すぎる話だというのに。
だから記憶の引き出しを、片っ端から開けていく。
私が何かをして、その因果関係で彼女達は動き出したのかと。
……しかし、
「全く持って、覚えはないわ」
「それこそ問題じゃない」
凛の返答に、返す言葉が見当たらない。
ご尤も、それこそが問題だというのに。
降って湧いて出た幸運……けど、その内の方はどうなっているのか。
それは、私は未だ確かめていない。
表面上の起こったことだけを見て、そして喜んでいたに過ぎないのだから。
ならば、と私は立ち上がる。
「上海達に、聞いてくるわ」
「それで分かると思う?」
「それこそ分からないわ。
でも、知ってる事はきっと答えてくれるわ」
「その根拠は?」
胡乱げな視線を向けてくる凛に、私はちょっと自信有りげに答える。
これは、恐らく私の思い込みかもしれないけど。
でも、それでも、私はそうだと感じているから。
「あの子達に不純物は何ら混ざってはいなかった。
幽霊とか、誰かの魔力とかね。
後に残っているのは、あの子達だけということ。
なら、私に嘘をつくはず無いじゃない」
自信を持っていると、凛は呆れた顔をしながら、早く行きなさいとだけ言う。
彼女の目は、呆れはしててもバカにはしていない。
それだけは理解できたから、私は自身の部屋へと道を辿り始める。
考えるよりも、今は足が動いていた。
「上海、蓬莱」
「あ、おねーちゃん」
「おかえりー」
扉を開ければ、そんな声が聞こえる。
何年も一緒にいるはずなのに、成長を忘れてしまったかの様な、そんな幼さ。
けど、時が止まっているのはお人形だから、そう言われれば納得するであろう。
私はそんな彼女達に向かって、一つのことを尋ねる。
疑問に思ってる確信、何ら遊ぶことなく、彼女達にぶつける。
それこそが、するべき事だと分かっていたから。
「ねぇ、二人共、どうしていきなり動き出せたの?
私、理由が知りたいわ」
私が端的に告げると、二人は顔を見合わせて、フリフリと頭を振るう……可愛い。
でも、その様子を見るに、二人はなぜ動いているのか分かってないのだろう。
動いてる二人を見てると嬉しさで体がムズムズするが、我慢して私は確認する。
「分からないのね?」
そう聞くと、また二人は首を振るう……可愛い。
でも、その答えはあまり要領の良いものではなくて。
困って顔を顰めていると、次には彼女達はこんな事を言ったのだ。
「しらないけど、わかるきがするの、おねーちゃん」
「しゃんはいのいうとおりよ、おねーちゃん」
上海と蓬莱、二人揃って謎掛けのような事を言う。
余計に分からなくなった私を見て、二人は何とか説明してくれようとしているのだけれど……。
「きっとね、きょうだけがトクベツなの」
「そうなの、このひだから、わたしたちはうごけてるんだわ」
「今日だけが……特別?」
不可思議極まりない言葉だと思う。
自分達が動き出した理由は分からないのに、今日だけしか動けないと彼女達はいう。
「……どうして今日だけなんていうのかしら?」
理由は分からない、法則なんて知りもしない。
だけど、彼女達が動けるのは今日だけだと、本人たちは言う。
この娘達は今、意識があるのに。
そう思うと、胸が苦しくなるような感覚に苛まれる。
この娘達が私に嘘をつくはずがない、それは私が凛に言った事だから。
だから私は、この娘達の言葉をそのまま信じてしまっていた。
「それはね、おねーちゃん」
「かんたんなんだよ、おねーちゃん」
多分、私は非常に不機嫌な顔をしている。
そんな私に、彼女達は正面から、堂々と言ってくる。
表情は変わらないけど、何故だか笑っている気配を漂わせながら、気持ちを載せて。
「きょうはすてきな、ウソツキのひ。
だったら、どんなウソがホントになっても、だれもおこらないの。
ニホンのエイプリルは、いちにちまるごとぜんぶだもの」
「だもの」
帰ってきた答えは、もはや理屈ではなかった。
無茶苦茶で、何も見通せることがない。
唯の子供の我が儘そのもの。
……けど、だけれども。
「だから、きょうはおねーちゃんといっしょにいるの」
「いっしょにあそんで、いっしょのものをかんじたいの」
迷いなくそう告げる彼女達は、間違いなく透き通っていて。
今日だけと聞いて切なさを感じていた心に、暖かさがじんわりと流れ込んできて。
堪らず、ギュッと二人を抱きしめた。
作り物のその体、血の通わない弾性の肌、けれども溢れる優しさごと、私は二人を感じすにはいられない。
「そうね、一緒に今から遊びましょう」
抱きしめたものと共に、私は二人にそう告げて。
さて、何して遊ぼうか、何て考え始めていた。
告げたのと同時に、わーい、という声と共に抱きしめ返してくれた二人。
私から移った体温が彼女達のモノに感じられて、ちょっぴり都合が良すぎるか、何て思ってしまったひと時。
今日は素敵な日にしたいなと、反射的に考えていた。
「で、言い包められた訳ね」
下に降りて上海達を肩に乗せているとこを見た、凛の最初の一言。
失礼極まりない話である。
「違うわ、分かり合ったの」
「どうだか」
睨めば呆れた表情が浮かぶ。
凛はどうやら、この肩の愛らしい二人が胡散臭く見えている様だ。
全く持って可哀想で、そして腹立たしい。
「上海、蓬莱、挨拶」
「りんちゃん、りんちゃん」
「おはよーございます!」
可愛く頭を下げた二人に、凛はジトっとした目をして。
サラリと、こんな暴言を放ったのだ。
「……訓練された犬ね」
「どこからどう見ても女の子よ!」
「人形のね」
「悪いの?」
「そうは言わないわよ……アリスのだし」
私の何だと聞きたいが、きっと不毛に違いないので流れを断つように沈黙で応える。
凛はまた溜息を吐いて、それから上海達に問うたのだ。
「あんた達は何なの?」
向けられたのは、胡乱と猜疑に満ちた視線。
けど彼女達は一切怯まず、凛に対して毅然と答える。
舌っ足らずな、あどけない声で。
「わたしたちは、アリスおねーちゃんのおにんぎょうさん」
「きょういちにちは姉妹なの」
ギュッと私の方に抱きついて、二人は軽やかに言葉を紡ぐ。
それに合わせて、私も凛へと視線を向ける。
またも睨んで、今度は文句あるかと意味も乗せて。
すると凛の目は、胡乱から放任に。
もうどうでも良いわ、と適当なものに反応がシフトした。
呆れを通り越して、投げやりへの変化。
この可愛さが目に入らぬのかと言いたいが、あまり絡み過ぎてもウザがられる。
だってこの反応は、凜が危険はないと判断してくれたということなのだから。
舌打ち代わりに人差し指で凛の頬っぺたをムニッと押して、私はそのまま玄関へ。
「どこに行くの?」
「お外に遊びに」
「見つからないようにね」
何が、とは言うまでも無い。
動いている上海と蓬莱の事だ。
「分かっているわ、そんなこと」
「そう、一応あの子に何か言っておくことは?」
「……今日は特にないわ」
あの子とは、少し前からこの家に居候してる少女のこと。
私がここに呼んで来てくれた娘。
昔は問題を抱えていたが、今では引き篭って魔術の研究ばかりしている位に元気である。
「じゃ、行ってくるわ」
「貴方達、勝手に動いたりしちゃダメだからね」
「はーい、りんちゃん」
「わかったよ、りんちゃん」
凛の心配を他所に、私達は朗らかに遠坂邸を踏み出す。
この子達とどんなものを見るのか、それにどんな反応をするのか。
それを見れる期待と、高揚感を感じながらの道のりの始まりだった。
……が、しかし。
「ここは冬木大橋よ。
周りに公園があるでしょう?
ここからの風景と上からの風景は、大分違って見えるのよ」
「うん、しってるよ、おねーちゃん」
「みたことあるわ、おねーちゃん」
「……そう」
私のカバンからひょっこり頭を出してるこの子達は、大体こんな反応しかしない。
何でも、何時でもおねーちゃんと一緒だったから知ってる、とのこと。
ニコニコしてくれているのは分かるけれど、こちらとしては物足りない。
予定としては、アリスおねーちゃんありがとう! と言われていたはずなのだから。
「貴方達は、どこに行きたい?」
どこを回ってもこんな受け答え。
なので、私は思い切って聞いてみた。
上海たちが見て知ってるというのなら、感じて楽しい所に連れて行ってあげたいから。
さ、答えて?
そう彼女達を覗き込むと、二人は顔を合わあせて、そしてこんな受け答えをする。
聞いた時、私が目を丸くしたのは、ある意味で仕方なかっただろう。
「じゃあ、まずはワカメさんのおうち」
「わかめにいさん! わかめにいさん!」
「……間桐くんの家ね」
確かめるように聞くと、元気に揃ってウン! と答えが返ってきて。
間桐くんが、どうにも不憫に感じてしまった瞬間であった。
まぁ、彼の場合は、ある意味でそれがトレードマークなところがあるのではあるが。
「分かったわ、行くわよ」
「ウン、ありがとう」
「おねーちゃん、いこー!」
この子達は、実際に色んな人とお話をしたいのかもしれない。
今まで喋れなかったけれど、私と一緒にいた記憶があるというのは、つまりはそういう事だろう。
だったら、話せる人達のところに連れて行ってあげるべきなのだ。
歩き回りすぎて、見つかっても問題であるし。
「はやく! はやく!」
「いそぐの! いそぐの!」
「はしゃぎ過ぎよ、貴方達」
好き勝手に言葉を発する彼女達を諌めながら、私は道を進んでいく。
道を歩きながら思うことは、いつもよりも騒がしいという、感じたままのモノ。
けど、この子達となら、煩いのも煩わしくないと思うのは、些か入れ込み過ぎであろうか?
そんな事をつらつらと考えながらの歩み、目指すは間桐邸。
間桐くん、見たらびっくりするかしら?
それが私が気に掛けていた事柄で、はしゃぐなと言いつつも私自身も胸の高鳴りを感じて。
出来れば、悪い反応でなかったらいいな、なんて思いながらの道行。
皆の反応を想像するのは、意外と想像を掻き立てられていた。
「何だよ、急にやってきて」
「ご挨拶ね、他の娘なら歓待したでしょうに」
「お前には塩しか贈るものはない!」
「お中元ね」
「お前は塩を送られて喜ぶのか」
インターフォンを押してから少々。
出てきた間桐くんは、何時も通り変わることのない面倒くさそうな顔を浮かべて口撃を仕掛けてきた。
変わることのない光景、そこに変化を齎す様に、私は一つ石を投げ入れる。
尤も、その石は、キラキラと輝いている宝石なのだけれど。
「さ、二人とも」
私の声に反応して、上海と蓬莱がひょっこりカバンから顔を出す。
間桐くんは訝しげな顔を浮かべ、何をする気だと視線を寄越してくる。
それに応えるように、私は二人にこう言った。
「こんにちは、ワカメにいさん」
「きょうもカミがかいさんぶつ!」
「馬鹿にしかしてないよねぇ、海産物って揶揄どころかそのまんまじゃないか!
……って、ん? どういうこと?」
どこからか聞こえた声に、間桐くんは困惑して。
視線を彷徨わせた後に、私の鞄へとそれを定める。
「…………」
「ワカメにいさんどうしたの?」
「わたしとしゃんはいにヒトメボレ?」
二人の声に反応して、間桐くんは何だこれはと視線を向けてくる。
何だと問われれば、私の家族と答えるしかないが、そういう事を聞きたいんじゃないのは分かる。
だから端的に、分かるようにはっきりと告げた。
「意思を持って動いているの、腹話術なんかじゃないわ」
胡散臭げな目に負けず、堂々と話す。
上海と蓬莱は単なる人形ではなく、個人になったのだと。
すると間桐くんは酷く怪しい顔をして、絡みつくような視線で上海達を見た。
その目から、これがどういう仕掛けなのか読み解こうとする気配を感じ取れて。
「種も仕掛けも全くないわ。
私だって、今の状況がどうして起こったのか、そんな事は分からないのだから」
「……それは魔術で動いているのか?」
「さぁね」
言い切ると、間桐くんは苦虫を噛み潰した表情を浮かべていた。
きっと、自分が持つ魔術の知識と噛み合わないからであろう。
いっその事、統合性だけを考えるのなら、私が怪しげな超能力に目覚めたと考えたほうが自然なのだ。
彼が何を言いたいのか、それは少しばかりだけは分かるつもりである。
私も魔術師であるし、その理と法則は知っているのだから。
「良く分からない力の奇跡でこの子達は動いているわ。
それが何なのか、今の私には分からない。
けど、一緒にいると分かるの。
この子達は、確かに私と一緒にいてくれていた子達なんだって」
「あっそう、別にイイけどね。
最終的に取り殺されないように、精々気をつけておけばさ」
「あら? 心配してくれるの?」
「皮肉だって気づいてるくせに、よくそこまでぬけぬけと返せるね。
皮の厚さだけは、追随を許さないなお前は」
余計なお世話な上に、自分に帰ってくる言葉であろうに。
そう思って私も更に何かを言い返そうとした時、それは唐突に訪れた。
何が、と言えば、さっきまでと同じように上海達が喋り始めたこと。
何が違ったかといえば、それは上海達の言葉の内容が、大きく違う。
私も、そして間桐くんも言葉が出なくなるような内容だったのだから。
「そんなこといって、わかめにいさんはおねーちゃんがきになる。
はずかしいから、ぜったいにいってなんてあげないけど」
「おねーちゃんも、わかめにいさんといるのがたのしい。
だいじなだいじなオトモダチっておもってる」
「すなおじゃないけど、りょうおもい?」
「しゃんはいったらオマセさん。
でもどっちも、ときめいたりなんてしてないわ」
「ほうらいったらつまんない。
でも、それがしんじつだものね」
ヒソヒソ話というにはあまりに大きな声で、二人は童話を読み上げるように謳っていく。
但し、その内容は、あまりに直球で、咄嗟に言葉が出なくなるほどの勢いを持っていたけれど。
そして、最初に再起動したのは私ではなく間桐くん。
顔は真っ赤で、物言いたげ。
今すぐにでも、言葉が溢れて広がりそうな震え。
感じることができた時点で、既に沸点であった。
「なぁに巫山戯た事言ってるわけぇ?
僕がマーガトロイドを気にしてる?
あぁ、危険人物としてならそうだけど、それ以外なら全くもって意味不明だよ!
そもそもさぁ、人形風情が僕のこと推し量ろうなんて、頭が高いとは思わないの?
人形なら人形らしく、言葉を喋らずジッとしてろよっ!」
勢いにのって、捲し立てる間桐くん。
その物言いにはカチンとくるものがあるが、彼も上海達にそういう部分を指摘されたからこうも顔を赤くしているのだろう。
恥ずかしいという気持ちは、誰にだってあるのだから。
それを暴かれれば、こうもなる。
そして、それを言われた上海達といえば……。
「きゅうにわかめにいさん、ゲンキになったね」
「きっと、ずぼしをつかれておどろいてるのよ」
「ほうらいはあたまいいね」
大体こんな感じの会話を交わしていた。
しかも、間桐くんはそれを直に聞いてしまっていて。
……プライドの高い彼が、プルプルと震えてしまうのも無理はない事だと言える。
「あのさぁ」
「言いたいことは分かるわ」
皆まで言うなと押しとどめると、間桐くんはとても深い、まだ冬ではないのに白い息が吐かれているのかと勘違いするほどの溜息を吐いた。
それは落ち着くためのもので、私の言うことを間桐くんが正しく理解してくれた証であろう。
そうして溜息のあと、顔を上げた間桐くんは怖い顔をしていて、一言だけ言葉を発する。
「帰れ」
それ以外の言葉など必要ないと言わんばかりの清々しさが、そこにはあった。
「また、機会があれば来るわ。
……ごめんなさい」
「来なくて結構」
言葉を交わらせれただけでも僥倖か。
間桐くんとは、そこで別れた。
ただ、家に戻るその背中に、上海達は言葉をかけて。
「わかめにいさん、おねーちゃんはわかめにいさんのことをトモダチだっておもってるよ」
「わかめにいさん、これからもおねーちゃんとなかよくね!」
「うるさい!」
案の定、間桐くんからの怒りの返事を貰うことになる。
そうしてバタンと間桐邸の玄関は閉まり、後に道に残っていたのは頭痛が頭の芯からする私と、無垢な顔をした上海達だけ。
ついでに言えば、疲労も私の中には残っていた。
「上海、蓬莱、人間関係はある程度相手を慮る事から始まるのよ」
「おもんぱかる、ぱかぱか!」
「しゃんはいったら、アルパカをそうぞうしているのね!」
「馬じゃないのね……」
間桐邸から離れて暫く、私達は桟橋のベンチに座っていた。
そして先程の出来事を反省するように二人に促すが、正に馬耳東風の二人。
楽しげなのは良いことであるのだが、この分だと私の促しが二人に届くことはないんだろう。
だから困った顔をしていたら、上海達は私の顔を覗いていて。
ゆったりとした口調で、こんな言葉を伝えてくれる。
「げんきだして、おねーちゃん!」
「わたしはミカタよ、おねーちゃん!」
二人が原因とは知らず、けれどもいじらしく慰めてくれる。
その姿には何とも癒しを感じずにはいられないが、この娘達はまだ目覚めたばかり。
人と人との間にある情緒が理解しきれていない。
これは見ているだけだったのと、実際に会話を交わすのが別物であるという証左であろう。
けど、人の心が分からないという訳でもないのが、何とももどかしい。
これから育っていくのだというなら見守るのだが、彼女達には制約がある。
だから私は、噛み砕いた一言だけを彼女達に贈る。
心のどこかに、ひっそりとでも良いから留めて欲しいと思いながら。
「二人共、貴方達は周りに遠慮をする必要はないわ。
でもね、それは無神経であっていいという事ではないの。
分からないというのなら、相手に優しくしてあげなさい。
感じるものは、きっとあるはずだから」
口で言っても、中身が伴わなければ伝わらない。
だから、今言えるのはこれだけなのだ。
きっと、彼女達がそれを分かるには一日じゃ足りない。
それが悔しくて、どうして時間は有限なのかと罵りたくなる。
「だいじょうぶだよ、おねーちゃん」
「きにしないで、おねーちゃん」
それでも、彼女達はこう言うのだ。
動かない表情、けれども伝わってくるものはある。
それは柔らかな安堵、動き始めたばかりの子供であるはずの彼女達から伝わってくる、確かな感触。
「おねーちゃんをみて、しってるから」
「おねーちゃんからきいて、しってるから」
合わせながら、私に彼女達は囁き続ける。
私達はねと、意思を表すかの如く。
「わたしたちは、おねーちゃんといつもいっしょ」
「みたものも、かんじたものも、ぜんぶぜんぶいっしょなの」
だから、しんぱいなんてしなくていいよ。
上海達はそう言って、笑わない顔で優しく微笑んだ気がした。
「……そう」
貴方達は、貴方達の情緒を持てば良い。
そう言うには、時間があまりに足りない。
口惜しくも、私は何も言えなくなってしまった。
「だいじょうぶだよ」
慰めるように言う上海に、私は自然と溜息を吐いてしまっていたのは、正直仕方のない事だと思っている。
でも、そんな彼女達は、やはり可愛くてしょうがなくて。
「次はどこに行く?」
「えみやんとさくらのおうち!」
「あいのす~!」
「……ネコさんからね」
えみやん、衛宮くんをそう呼ぶのはネコさんくらいしか存在しない。
悪い影響とは言わないが、何とも複雑な気分。
どうせなら、えみやくんでも良いのに、と思ってしまうから。
そして蓬莱はどこでそんな言葉を覚えてきたのか、まったくもって疑問だ。
「まぁ良いわ、行きましょうか」
「れっつご~!」
「ぜんそくぜんし~ん!」
威勢の良い上海達の声と共に、私は次の目標へと歩き始める。
恐らく、間桐くん同様に迷惑を掛けると思うけれど、それでもあの二人なら許してくれるわね、何て甘えを抱えながら。
カバンから覗いている二人の頭を撫でると、髪の毛はサラサラで。
何時も手入れしてあげて良かったと、素直に感じた。
これからも、ずっと世話をしてあげたいな、なんて親心と共に。
どうでも良い話ですが、まえがきに言い訳並べすぎですね。
でも、書いてなきゃやってられないので、敢えて残したままにしておきます。
下は前書きで述べた通り、何とか今月中に完成させます……(震え声)。