ペンギンのおもちゃ箱   作:ペンギン3

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血染花はもう咲かない 4話

「ここもか」

 

 何度目になるかも分からない毒づきを飛ばす刑士郎。

 咲夜もどうしようもない虚無感に捕われそうになる。

 

 全滅した村、人ひとりも居ない狂騒の跡地。

 

 山中の集落、人が密集していたこの場所は酔いに酔った者達が自らの死体を積み上げていった。

 彼らは死ぬ時まで自分は至高、我は唯一無二と謳っていた。

 倫理の無くなった人間はこうも脆い。

 もはや第六天が発動した時点で彼らは人ではなくなっていたのだろう。

 

 そして刑士郎達がこの惨状の起こった場所を見るのも4回目である。

 

 この状況を見るたびに虚しさと遣る瀬無さが湧き上がってくる。

 

「兄様」

 

 咲夜の声にあぁ、短く返事をしこの村だった場所から離れる。

 

 何もかもが終わり新たに創成された曙光の世界、しかし旧世界の残滓とも言える傷は想像以上に深かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火後の国府内、葦原中津国の中の国や伊予島に繋がる玄関口であり、神国の中央に位置する土地である。

 

 そこには人がいた。

 嘆く者、怒る者、自失する者、様々な人がいるが生きていたのだ。

 大事なものを失った感覚を抱えたまま、暮らしていた。

 

 なぜ嘆くかと尋ねれば、

 なぜ怒るかと尋ねれば、

 なぜ自失するかとかと尋ねれば、

 

 皆が皆、分からないが大切なものが無くなったと言った。

 

 ある母親は子の骸を抱えたまま永遠と話しかけ続け、ある貴族は屋敷の残骸の前で必死に財を掻き出し、またある武者は積み上げられた死体を無味乾燥に埋葬していた。

 

 理由は分からない、どうしてこうなったかが分からない。

 

 だが、それでも人々は営みを取り戻しつつあった。

 ……互いに助け合いながら。

 

 

 

 

 

「記憶がない、ですか」

 

 咲耶が確かめるように言う。

 

「あぁ、あんな事があったなんて誰も覚えちゃいねぇ。

 最初から無かったようにな。

 それに……」

 

 刑士郎が目を向けた方向には、一人の男が子供に手を差し伸べていた。

 それを握りしめて泣く子供、抱きしめ慰める男。

 そんな光景があちらこちらで見られた。

 

「もう、こんなことは起こらねえよ」

 

 誰とでもなく言葉を紡ぐ刑士郎。

 無言で刑士郎を握る咲耶。

 

 二人に分かることは、自己愛という鎖はもう誰からも無くなったということだけだった。

 

 

 

 

 

 第六天の細胞はことごとくが曙光の光によって死滅した。

 その灰から人間という不安定で、脆い者達が姿を現れる。

 もう誰もが一人では生きられない。

 それはとても儚くて、そしてとても誇るべきことであろう。

 一人で生きられないのは弱さではないのだから。

 誰かを支えるのはとても強いことなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話は聞いている、乗れ」

 

 そう言って隙を見せない荒くれ風に見える男に誘導されて、頭に頭巾を被った者が二人が用意されていた船に乗船する。

 

「っ!」

 

 男は頭巾の間から見えた白髪の髪から思わず顔を背ける。

 禍憑きの一族、その象徴とも言える特別な白の髪は畏怖と嫌悪の象徴だった。

 それが昨日今日で変わるものでもなく、歪みが無くなった現在でもそれは変わらなかった。

 

「気にするな、咲耶」

 

 そう言って頭巾の下から刑士郎は気にした風もなく、こともなさげにそう言った。

 逆にそれが彼の気分が害されてるのを誤魔化す外装として無意識に用意したものだとしてもだ。

 だから彼は咲夜の手を握り、船の奥へと進んでいく。

 

「そうですね、今までがそうでした」

 

 咲耶の足が徐々に歩みを止めていく。

 それに伴い、二人は歩みを止めることになった。

 おもむろに振り返る刑士郎。

 咲耶の表情は頭巾の下に隠れて刑士郎には分からなかった。

 だが、その何時もことでは済まさないという雰囲気を咲耶から読み取れた。

 

「少々よろしいでしょうか」

 

 そう言って咲耶は荒くれ者に見える男に話しかけた。

 

「……なんだ」

 

 決して話しかけてる咲耶を見ようとせず、返事を返す男。

 その行動は酷く刑士郎を苛立たせたが、今は咲耶の舞台である。

 おとなしく拝聴する側に回った。

 

「この度はわたくし共に力を貸して頂き、誠に感謝しています」

 

「……ああ」

 

 咲耶の行動に面食らった男だが出来うる限り気にせずに無関心を装いつつ簡素な返事だけを返す。

 何なのだと不快な猜疑に囚われた男だが、思考が始まる前に咲耶が言葉を紡いだ。

 

 

 

「つきましては旅中の間、私に飯炊きを任せて頂けないでしょうか」

 

 

 刑士郎は呆れと共に口元を釣り上がらせ、男はただ呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜行からの手紙

 

 

 五体満足のようで何よりだ。

 お前を地上へと送り返したあの棒は私が用意したものだ。

 効果は体感した通り、死ぬという事象を殺すことにある。

 尤も、魂ごと散華させられたのならどうしようもないのだがな。

 無事に蘇生できたから問題はなかったのであろうよ。

 良き哉、未完成品だったのだがな。

 この摩多羅夜行の施策の効果を己が身を以て実証できたのだ、誇るがよい。

 

 

 

 さて、これで気も解れたであろう、本題に入るしよう。

 どこの世界でもあの屑の後始末に苦戦していてる。

 全く、糞を撒き散らすなら場所を弁える程度はして欲しいものなのだがな。

 

 まあ、その撒き散らされたものの中にお前達の手配書もある。

 私と龍水は糞の後始末をするために秀真へと向かう。

 名門の出は過去の偉人と被せられて色眼鏡で見られやすい。

 故に、今の状況を打開すべく藁にも縋る思いで頼ってくるであろう、龍明殿の影を見てな。

 つまらなくはあるが好都合でもある、うまく踊り切るするかな。

 

 言いたいことは想像できるな。

 そう、この掃除と共に手配書も処分する予定だ。

 だがそれでも危険であろう。

 何分今の状況は間が悪い、だから秀真周辺だけには近づいてくれるなよ。

 

 敢えて推奨するなら穢土に近き土地であろうな。

 彼の地は夜刀殿の太極の残滓の庇護を得て、第六天の影響を大して受けなかった非常に稀有な土地だ。

 更には手配書も回っていない、正にうってつけと言えよう。

 

 ということだ、船は手配はしておく。

 国府内から堺へと渡り平野の国に行くがよい。

 あそこには覇吐の祖先の間抜けな銅像が立っている。

 幼少の時に自分の祖先とは知らず、小便を覇吐はかけていたな。

 

 今では錆びて見るも無残な様相を呈しているがな。

 赤みがかかってより覇吐により近づいている。

 あの滑稽さは見ものだ、酒の肴にも使える。

 

 書き記すことといえば、大体はこの程度だ。

 後はそうだな、私だけ手紙を出すのは不公平だとかでお前と咲耶に皆からの書き寄せが共に入っているぞ。

 刑士郎、お前の人徳の無さが如実に現れているが、何気にすることはない。

 お前はそういう役どころだ。

 

 ではな、あの桜は何時までも枯れることはない。

 お前達は遅刻するのが義務と思え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2枚目

 

 

 

 てめえ、ちゃんと手紙読んでるか。

 妹をクンクンするのに忙しいか何だかは知らないが目ん玉ひん剥いて俺様の文字を心に刻めよ。

 てめえは『ブラコン』って奴らしい。

 妹に執着して変態をこじらせた野郎のことだ。

 俺も妹がいたらそうなってた。

 だけどいないから喜んでその座は渡すぜ。

 あと座での葬らんした時な、おもいっきしやりすぎてタダでも歪んでる魂が更にひん曲がったと思ったが大丈夫そうでなによりだぜ。

 

 じゃあな、あ・に・さ・ま

 

                     世界一カッコいい最強の益荒男 坂上覇吐より

 

 追伸 そのクソ兄貴に愛想をつかしたら俺のところに来いよ、咲耶ちゃん。

    嫁は竜胆だが妹にだったら出来るぜ。

 

 

 

 

 手紙越しだか久しいな刑士郎、咲耶。

 久しぶりの手紙でこんな事を書くのは遺憾だがあえて書かせてもらう。

 お前達がどういう状況なのかは分かっている。

 私の落ち度だ、済まない。

 

 だがお前達なら乗り越えられる、無責任なのは百も承知だがそう信じている。

 夜行や龍水も働きかけてくれているから少しの間だけ辛抱して欲しい。

 

 それと刑士郎、お前達の在り方は凄く好ましいと思う。

 だがそれにかまけて咲耶にばかり負担をかけるのはまた違うぞ。

 咲耶は腹にもう一人を抱えているのだからな。

 女はこういう時は男に頼りたいものだ、よく覚えておけ。

 というわけだ、咲耶。

 お前も今は存分に刑士郎に甘えろ。

 

                                   雅竜胆鈴鹿より

 

 

 

 咲耶は無事か、刑士郎に粗雑な扱いを受けていないか心配で仕方がない。

 聞けば妊娠中だそうだな。

 栄養を沢山取って刑士郎を場所馬のごとく扱うがいい。

 もし助けが欲しいなら誰もいないところで大声で叫んで欲しい。

 すぐに飛んでいくぞ。

 それと、なんだ、刑士郎は咲耶が選んだ男だ。

 私には分からないが、きっといい男なのだろう。

 胸を張って二人で歩くといいと思う。

 

 それとまた何時あの時の話の続きをしよう。

 刑士郎はやはり受けだな、夜行様との絡みは中々に上場だと思う。

 

 あ、書くのを忘れていたが刑士郎、お前が読むな、読んだのなら直ぐに記憶から消せ。

 

                                    御門龍水より

 

 

 

 

 お元気でしょうか、刑士郎さん、咲耶さん。

 僕は日々が満ち足りています。

 紫織さんと刃を交えるのは常に僕を高揚させる。

 そういえば、その後で紫織さんに料理を振舞っていただきました。

 覇吐さんが意地汚くも手を出してきたので思わず斬ってしまいましたが、特に間違った事をしたとは考えてません、ええ微塵もね。

 

 そういえば嬉しいことが一つありました。

 都合上仕方なく蔑称で記しますが悪路さんが言ってくれました。

 

 最早木偶の剣に非ず、と。

 

 これほど報われたと思ったのは久しぶりです。

 彼とも何度か刃を交えているのですが、技量は相変わらず高く、更には高度な戦術まで織り交ぜてくるので勝率はあまり芳しくありません。

 ですが何時かは彼を上回ってみせます。

 咲耶さんはすぐ壊れてしまいそうですが、刑士郎さんとはまた刃を交えたいですね。

           

                                   壬生宗次郎より

 

 

 

 久しぶり、二人共。

 こっちは皆元気だけどそっちはどうなの。

 ま、聞くまでもなさそうよね。

 まさか咲耶が一番早く妊娠しちゃうなんてね。

 そんだけお盛んだったってことでしょう。

 いいわね、そっちは。

 私なんて寝ぼけた宗次郎に陵辱だなんて巫山戯たのが一回だけだってのに。

 

 ていうかさ、私達の間で一番早く子供産むのって漠然と私って考えてたからちょっと驚いた。

 なんかさ、負けたはこりゃって思ってしまうのよね。

 宗次郎はいい男よ。

 でもね毎日、艶事なんて無くてマジで遣り合ってばっかりってどうなのよって話。

 相性的に子供とかずっと先の話になっちゃうんでしょうね。

 仕方がないのかもって最近では思ってる。

 そう言えばさ、子供が生まれたらそっち行くからそん時は抱かせてね。

 結構楽しみにしてるから。

                                    玖錠紫織より




この作品は、ここら辺が最盛期でした。
後は文字数が急激に減っていくという……。

あ、オマケも載せておきますね。



刑士郎と咲耶の感想的な何か(一言)

夜行= 刑士郎……てめえの趣味の悪さは相変わらずだな
         にしても、親切な夜行とか気持ちわりぃ、一体何なんだ
   
    咲耶……ご親切にどうも有難うございます
        あの時の桜が何れ程美しくなっているのか今から楽しみです

覇吐= 刑士郎……死ね、死んで去ね!

    咲耶……覇吐さんは相変わらずですね

竜胆= 刑士郎……余計なお世話だ
         だが、忠告は受け取っておく

    咲耶……本当にお久しぶりです
        あの時は生きた心地がしませんでした
        では、ご忠告通り兄様に存分に甘えるとします

龍水= 刑士郎……俺は何も見ちゃいねえ、見てねえんだよおぉぉ!

    咲耶……その通りです、兄様は素敵な男子です
        ふふ、その話はまた二人の時にでも

宗次郎= 刑士郎……惚気るな

     咲耶……流石に宗次郎さんと私では比べ物にならないでしょう
         それにしても宗次郎さんと悪路さんですか……

紫織= 刑士郎……愚痴るな

    咲耶……勝ってしまいました
        私も生まれてくる子については楽しみにしています。
        男子か女子で名前も変えねばなりませんからね。

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